黒鉄珠雫が召喚したその男は、巨大だった。
 単純な肉体の大きさもさることながら、全身に纏う威圧感、凄味。
 数え切れないほどの場数を踏んできたというだけでは、得ることの出来ない強さ。
 精神。肉体。双方共に―――極限。
 ただ歩くだけで大地が軋み、拳を振るえば太古の城も現代のビルも、皆平等に崩れ去っていく。
 槍を持たない、徒手のランサー。
 いいや、槍なら持っている。
 その拳、その豪腕。
 破城槍をすら思わせる、破壊の印。

 ランサーは、珠雫のよく知る人物だった。
 もっとも、彼の生きた時代は珠雫が生まれる何百年も前。
 面識などあろうはずもない。
 それでも日本人ならば、その名前を知らない人間の方が確実に稀。
 それほどの英雄なのだ、ランサーは。
 いや……『英傑』と呼ぶべきだろうか。

「……情けない末路だな、貴様の知る我は」

 紙袋を潰す音を、何倍も鈍くしたような音。
 それはハードカバーの分厚い歴史書が、文字通り握り潰された音だ。
 彼の開いていた頁は、戦国時代。
 かつて日本が、隣国――朝鮮半島への出兵を行った頃の記述がそこにはあった。

「だが戒めよう。我が統べる日ノ本に、二度とは衰亡を齎さぬよう」

 戦国三英傑。
 織田信長、徳川家康。
 知らぬ者のない英傑達と並列に語られる、もう一人の男の末路は悲惨なものだった。
 老いさらばえ、幻覚に怯え、最後の野望は虚しく消え果てて。
 そうして一人命を落とす。
 珠雫の見せた歴史に、ランサーは憤怒していた。
 別な歴史の自分とはいえ―――この自分と同じ名前を持った男が、そんな惨めで無様な晩生を送っていようとは。

 そう、男の真名は『豊臣秀吉』。
 魔王の暴虐により衰退した国力を、その覇道で立て直さんとした愛国心の漢。
 珠雫は特別歴史に詳しいわけではなかったが、もしこの男が朝鮮出兵に乗り出していたなら、日本は全く別な反映の形を取っていただろうことは分かる。
 それだけの力を、この英傑は有していた。
 珠雫の目に写る彼のステータスも、局所的に低い箇所こそあるものの、筋力のステータスは規格外のEXランクと来ている。
 ―――『当たり』だ。珠雫は薄桃色の唇を噛み、喜びの味を噛み締めた。
 自分がサーヴァントに求めた破格の力を、間違いなくこのサーヴァントは持っている。

 覇王の眼差しが、それを見上げる珠雫に降り注ぐ。
 英霊の神秘は、現代に近付けば近付くほど低下していくというのが通説だ。
 神秘の薄い戦国時代に生まれ、名を馳せた男が持つ神秘の量など、所詮はたかが知れている。
 神代の英霊が神秘を武器に挑み来るなら、この男は神秘すら砕く武力で対抗するのだろう。

「――――娘よ、何を求める。何を求め、お前は我をこの荒野へ呼んだ」

 握り潰した紙片を放り捨て、槍なき覇王は問う。
 己を呼び出した、華奢で弱々しい小娘に。

 答えが返ってくる前に、覇王は彼方に広がる町並みを睥睨した。
 その視線に宿るのは軽蔑、嘆き、怒り―――

「この国は荒野だ。力を捨てて偽りの平穏に甘んじているばかりか、民も将も、己の愚かさに気付いている様子が無い。
 ……強き兵も持たず、俗な富ばかりを積み上げ富国を気取る。
 お前に召喚され、この忌むべき未来を見て……我は思い知った。国も民も腐らせることなく、千年、万年後までも強き国を保つには、黄金の杯を傾けねばならんと」

 歴史書の記述からも分かるように、この時代は彼の知る日ノ本とは異なる歴史を辿った、言ってしまえばイフの日ノ本だ。
 秀吉の愛した国がこうなるという確証はないし、またこうならないという確証もない。
 だが、そんなものはどちらでも構わなかった。
 現代がどんな状態であれ、覇王の覚悟が極限まで強まるか強まらないかの違いでしかない。
 豊臣秀吉は必ず聖杯を狙う。日ノ本に望み通りの繁栄をもたらすために。
 自分の果たせなかった役割をこの死後より完遂し、国の大成をもって豊臣軍の勝利とする。
 それこそが、彼の願い。

「我は強き国を作る。聖杯はその為の『鍵』だ。
 我はその為に立ち塞ぐ全てを薙ぎ倒し、打ち砕き、蹂躙するだろう。
 だが我もこの戦ではいち英霊。マスターのお前なくしては現界も保てない、か弱き存在でしかない」
「………………」
「故に見極めねばなるまい、お前の器を。我を率いるに相応しい器か否か、この場で示してみろ」
「…………すか」

 スカートの裾を強く握り締める、珠雫。
 誰の目から見ても明らかに、今の彼女には熱が入っていた。
 燃えるような感情の熱。

「あなたは、存在しない者のように扱われたことがありますか?」
「……無いな」
「私の兄は、そうでした」

 秀吉は、恵まれた男だった。
 彼が嫌悪するかの第六天魔王に愛情や敬愛を寄せる者達があったように、この覇王にもまた、その身を案じてくれる存在が常に居た。
 その野望を止めんとする、古き友。この手で殺した女。
 その野望に寄り添う、新しき友。儚き天才軍師。
 だから彼には、自分の存在を蔑ろにされた経験というものがそもそもない。

「お兄様は、兄は、きっと今は幸せでしょう。
 寄り添ってくれる人も居て、彼の世界は輝いていることでしょう」
「ならば、何故にお前は救おうと願う。既に救われている者を救うなど、徒労でしかないだろう」
「―――それでも!!」

 珠雫と兄の間にある血縁関係は本物だ。
 血の繋がった、正真正銘本物の兄妹だ。
 だからこそ分かることも、思うこともある。
 たとえ兄がそれを拒んでも、世界がそれを許さなくても。
 黒鉄珠雫は、それを願う。

「それでも私は……あの人に幸せになってほしい。あの人が幸せに暮らせる世界を作りたい」

 秀吉には、その気持ちは分からない。
 ただ一人の為に使うには、奇跡の名はあまりに重い。
 大局を見据え続ける覇王には、個人の幸福の為に聖杯を傾けるなど狂気の沙汰にすら思えた。 

「……つまらん願いだ。我の願いと隣り合うには矮小が過ぎるぞ、娘」
「つまらなくても構いません。これが……これが私の願いですから。
 貴方がその『つまらん願い』に付いて行けないというのなら、それでもいいです。その時は令呪を使って、強引に事を押し進めることにします。
 もしそうなったら、貴方の戦いも苦しくなると思いますけどね」
「随分と、口が達者だな」
「私も譲れないので、こればかりは」

 秀吉は、珠雫の気持ちなど分からない。
 分かるはずもないし、分かりたいとも思わない。
 だが言っても聞かない馬鹿というのは、彼にも覚えがあった。
 ……何度張り倒しても懲りずに現れる、あの傾奇者。
 脳裏に浮かんだ姿を瞑目して薙ぎ払い、秀吉は踵を返し、実体化を解除する。

『ならばその願い、その闘志がこの我を従えるに相応しい物だと、働きを以って証明するがいい』
『……言われなくてもそうしますよ、ええ、そうしますとも』

 霊体化したことで、秀吉の姿は見えない。
 一人になった珠雫は、静かに記憶の中の兄へ思いを馳せた。
 兄は優しい人間だ。
 自分がこんなことをしようとしていると知ったなら、きっと怒って止めるだろう。
 ―――僕はもう幸せだ。珠雫が僕の為に手を汚す必要なんて、何処にもないんだよ。
 そんな優しい言葉をかけてくれるかもしれない。
 それでも、止まる気はなかった。

「愛しています、お兄様。
 貴方を愛さなかった皆の分まで、珠雫は貴方を愛しています」

 ―――だから。

「私の願望(あい)を以て、全ての願望(ねがい)を打ち破る」

 これは、愛を取り戻す為の戦い。


【クラス】
 ランサー

【真名】
 豊臣秀吉@戦国BASARA

【ステータス】
 筋力EX 耐久A 敏捷D 魔力E 幸運D 宝具B++

【属性】
 秩序・中庸

【クラススキル】
対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【保有スキル】
カリスマ:A
 大軍団を指揮する天性の才能。
 Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。

護国の鬼将:B+
 あらかじめ地脈を確保しておくことにより、特定の範囲を"自らの領土"とする。
 この領土内の戦闘において、ランサーはバーサーカーのBランク『狂化』に匹敵するほどの高い戦闘力ボーナスを獲得できる。
 彼は元々日ノ本の衰弱に憤り、富国強兵を掲げて立ち上がった英霊であるため、舞台が日本である限り何処においてもこのスキルの恩恵を受けることが可能。

太閤検地:A
 生前の彼が実施した測量、検知の逸話そのもの。
 聖杯戦争においては、他人の領土への侵入スキルとして反映された。
 土地、建造物、結界、あらゆる領域にランサーは自在に踏み込み、その空間が及ぼすいかなる影響をも受け付けない。
 時間をかけて準備をし、良質な陣を築けば築くほど、ランサーの前でそれは裏目に出る。

【宝具】

『裂界武帝(れっかいぶてい)』
ランク:B++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~20 最大補足:100人
 一般に伝えられる豊臣秀吉は『小柄で調子のいい切れ者』というイメージだが、ランサーはそれに反して天を衝くような巨体を持つ。
 この宝具はそんな彼が負った畏怖と鍛え上げられた肉体そのもの。
 拳の一撃で要塞や城を易々と破壊し、剛拳を掲げただけで雲が割れ、太陽の光が降り注ぐ。
 彼がランサーのクラスに当て嵌められた所以である、特大の破城槍をすら思わせる大腕である。
 多くの兵をその圧倒的な強さで平伏させた伝承から、相手が彼を強者と思っていればいるほど、ランサーの筋力・耐久ステータスは強化されていく。

【weapon】
 拳

【人物背景】
 第六天魔王、織田信長に蹂躙され弱った日ノ本の現状に憤りを感じ、元凶の信長を打倒して日ノ本をより強大な国家に昇華させるべく旗揚げをした戦国武将。
 統率された強固な軍事力を武器に瞬く間に全国各地を制圧し、ついには天下統一を成し遂げる。
 その後彼の野望は海外にすらも向けられるが、彼が海外の地を踏むことはついになかった。
 覇王は、光り輝く絆に討ち倒された。

【サーヴァントとしての願い】
 聖杯の恩寵全てを日ノ本に注ぎ、究極の国を作り上げる

【運用法】
 格下からの下克上にとにかく強い。
 特に太閤検地スキルの存在によって、キャスターのサーヴァントにはかなりの優位を持てる。
 だがその分、彼を強者と認識しない強大な敵に対しては、宝具のステータス増強があまり見込めないのが欠点か。


【マスター】
 黒鉄珠雫@落第騎士の英雄譚

【マスターとしての願い】
 兄を救いたい。

【weapon】
 固有霊装『宵時雨』。小太刀の形状をしている。

【能力・技能】
 水や氷を操る。水を純水にしたり、傷口の止血程度ならば人の水分や血流も操作できる。
 幼い頃から伐刀者としての才能があり、能力を鍛える努力も怠らなかったため実力は高い。
 特に魔力制御はAランク相当。誰にも気づかれず技を発動させたり、複雑な魔力を用いた技を同時進行で使うことができる。
 兄・一輝の影響で体術にもある程度の知識はあるが、魔力の強化を優先していたため本人の身体能力は並の伐刀者程度。

【人物背景】
 破軍学園の一年四組学年次席で、一年唯一のBランク騎士。名家・黒鉄家の長女。
 兄のことをお兄様と呼んで慕っており、兄としてだけでなく「一人の異性」としても意識している。
 その兄が家出して間もなく彼が親族から嫌われている理由を知り、珠雫は親族を憎むようになったと同時に、自分が一輝を唯一愛せる人間になろうと誓った。


【把握媒体】
セイバー(豊臣秀吉):
 アニメ第二期の視聴が最も確実。
 ゲームのプレイ動画でも動きや性格は把握できるが、アニメの方が壮大で分かりやすい。

黒鉄珠雫:
 原作小説。
 もしくはアニメの視聴でも把握可能。

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最終更新:2016年07月05日 16:22