――八日目、朝――
作戦会議と称して食卓を囲むのも、もはや恒例となった。
「残るサーヴァントは、アーチャーとキャスターでしたか」
切り出したセイバーに、頷いて返す。
「加えて、残りのマスターも判明しているわ。遠坂凛とルヴィアゼリッタ…どちらも優秀な魔術師のはず」
「なるほど。何か策はあるのですか?」
「…一体ずつ、確実に」
地味だけれど、堅実な作戦だ。
セイバーとライダー、二人の直接的な戦闘力が、残りのサーヴァントに劣っているとは思えない。
しかし、侮ってはいけない。
此方が優位に立っている時こそ、より冷静に、容赦なく攻めるべきだ。
「だったら、どっちを先に攻めるんだ?」
「サーヴァントの話でいうなら、先に消しておきたい不安要素はアーチャーね」
セイバーとライダーは、両者とも高い対魔力を有している。
キャスターと正面衝突になれば、先ず負けることは無いだろう。
消去法的に不安要素となるのは、相手が多数となっても狙撃による迎撃が可能な、弓の英霊の方だ。
「ただ…残されたサーヴァントの情報は、ほとんどないわ」
唯一の情報が、グラウンドで戦っていた赤い英霊の外見、というだけだ。
「なら、マスターの方で決めてみるか」
「…妥当ね」
マスターならば、両者ともにある程度の情報を持っている。
「先に倒すなら、遠坂凛の方でしょう」
「どうして?」
尋ねたのはイリヤ。
「仮にも御三家の当代で、この地の管理者よ?」
「だから、よ。実力がある程度予測がついて、かつ自宅という定置に留まっている可能性が高い」
「学校でも会えるしな。探すとなれば、圧倒的に楽だ」
そう、そのはずだ。
何も間違ってはいない。
だから、この不安は虫の知らせのようなもの。
私が凛を先に相手したいというのは、その根拠のない直感を否定したかったからだ。
昨日大がかりな魔術を行使したにも関わらず彼女が動きを見せなかったことだって、別段不思議でもなんでもない。
学校に行けば、クラスに凛がいるはず。
そこで挑戦の旨を伝えれば良い。
――八日目、学校――
昨日一日休めたおかげで、体の疲れはほとんどなかった。
いつものように士郎と登校し、自分のクラスへ向かう。
教室の扉を開けて、中を見渡す。
凛の姿は、まだない。
ホームルームまで待ってみても、あの赤いコートは姿を現さなかった。
もしかしたら、自分と同じで工房に引きこもっているのだろうか。
いや、きっとそうだ。
残るクラスはキャスターとアーチャー。
どちらも防戦向けの能力を有する英霊が多い。
「…士郎」
「遠坂は?」
首を振る。
結局遅刻でも無く、放課になっても彼女は姿を現さなかった。
「…遠坂邸に向かいましょう」
「…わかった」
嫌な予感は、鼓動が早くなるのに比例して大きくなる。
きっと、籠城中なんだ。
そうに決まっている。
万が一、なんてありえない。
それは最悪のケースを考えて行動するという、父の教えからは遠く離れた思考。
そう在ってほしいと願うばかりに、裏切られた時の絶望もまた、深くなる。
走って、走って、坂を駆け上がる。
士郎と同じくらいに鍛えてはいるはずなのに、どんどん息が苦しくなる。
遠坂邸の門前に立ち、そして、私は膝をつきそうになった。
士郎という守るべき存在がいなければ、絶望に囚われていたかもしれない。
冷静に、静かに、私は事態の深刻さを悟る。
「…どうした?」
それでも、余程酷い顔色だったのだろう。
私を気遣うように、士郎が尋ねた。
私は、ただ事実を告げる。
「……結界が、無い」
それだけで、士郎にも事の深刻さは伝わった。
一土地に居を構えている魔術師が結界を張らないなんてありえない。
管理者ともなれば、それはますます必要条件だ。
結界が消えてしまったとするならば、それは、
私と士郎は同時に駆けだし、遠坂邸に飛び込む。
待ち伏せされているかもしれない、という考えなど、微塵もなかった。
「うっ…」
扉を開くなり、士郎が鼻を塞ぐ。
生臭い。
私はもちろん、彼もその匂いを以前にも嗅いだ事があった。
死の匂いだった。
血が。
何かを引きずったような血の跡が、部屋の奥に続いている。
そこに何があるか、なんて、想像したくなかった。
それでも、私たちは確認しなければならない。
体が拒むのを無理矢理動かして、足を奥に進めていく。
腕を失った、女性の死体。
恐らくは、彼女が聖杯戦争の最初の犠牲者だった。
見開かれた目には絶望。
開かれた口の形は怨恨。
体の至る所から血が滴っている。
「うそ、だろ…」
士郎は言葉もないようだった。
無理もない。私だって、相当きつい。
つい数日前までは、敵対関係とはいえ、言葉を交わしていた相手。
殺されたのだ、と、百人が百人理解するだろうほど、彼女は無残な姿だった。
既に腐敗が始まっているらしく、酷い匂いがする。
体中の筋肉が弛緩し、血と混ざり合った排泄物が床を汚していた。
学園のマドンナとまで呼ばれていたほど、美しい少女だったのに。
誰が、彼女を汚したのか。
怒りにも似た喪失感に駆られる。
残るマスターはルヴィア一人。
では、彼女がこれを…?
なぜ腕を失っていたのか、どうして部屋の中に争った痕跡がほとんどないのか。
考えるべきことは山ほどあるのに、混乱してしまった頭では、まともな思考が働かない。
ただ彼女の死を汚したくは無かったので、一応屋敷には簡易的に人払いの魔術を施しておいた。
――八日目、夜――
遠坂凛の死は、私たち全員に少なからずショックを与えた。
特に士郎の消耗は激しく、同級生の死という事実を、頭では理解していても心が拒絶しているらしい。
とにかく戦おう。
体を動かしている間は、深く考えずに済む。
救えなかった凛の死を悲しむのは、あとでも出来ること。
どちらにせよ、きっとこの聖杯戦争を勝ち抜くことが、彼女の死の謎にも繋がっていくはずだ。
新都、オフィス街の公園。
「…待っていましたわ」
雄々しく仁王立ちしていたのは、ルヴィアゼリッタ。
街灯を反射する金髪が目立つので、割合すぐに見つけることが出来た。
隣には、爬虫類のような大きい目をした、道化のような大男。
彼女のサーヴァントだろう。
抱えているのは魔道書。それも、慎二が持っていたようなチャチなものじゃない。
士郎を除けば、彼らが最後のマスターとサーヴァント。
道理で考えるなら、凛を殺したのは彼女ということになる。
尋ねる、べきだろうか。
口を開きかけて、ルヴィアが遮る。
「貴女方を討ち、トオサカも倒せば…私の勝利ですわ」
全員が固まった。
『遠坂を倒せば』、その言葉に。
彼女はまだ、凛の死を知らない…?
嘘だとは考えにくい。
此方の動揺を誘うためだったとしても、そのメリットが理解できない。
何より、そういう器用で狡猾な嘘をつく人間には見えなかった。
「キャスター、行きますわよ」
「…了解しました、ルヴィア」
「…!」
まだ情報の整理が出来ていない此方に、二人は容赦なく身構える。
そうとも、当然だ。
これは戦争なのだ、此方の都合など向こうの知るところじゃない。
「セイバー、前へ!」
ルヴィアはあの英霊をキャスターと呼んだ。
「対魔力の高い貴女が、突破口を開いてください」
「わかりました、五鈴。そのように…」
一瞬で鎧を身に纏い、不可視の剣を掲げる。
ライダーは彼女を補佐するように、距離を取って短剣を構えた。
と、
「…ああ、あ、あああ!」
思わず転んでしまいそうなほど、場にそぐわない珍妙な声。
呻くような声の主はキャスター、セイバーを見つめたまま呆然としている。
「…セイバー、知り合い?」
「いえ、私は何も…」
此方の会話などまるで耳に入っていないかのように、大男は歓喜に奮え、天を仰ぐ。
「神は、まだ彼女を見捨ててはいなかった!」
吠えるような大音声。
理解できない、と顔をしかめたセイバーは、そのまま大男に切りかかる。
が、
「…くっ、!?」
彼女の足元から、見るも吐き気のする夥しい量の触手が現れる。
足に絡みつくように蠢く数本を切り払い、セイバーは後退した。
恐らくは、キャスターにより召喚された魔の類のものだろう。
「ルヴィアよ、見なさい! 聖処女が此処に降臨されている!」
「は、はぁ!?」
「聖杯は我が手に入ったのだ…願いはもう既に叶えられた!」
マスターであるルヴィアとも、会話が噛み合っていない。
精神汚染でも受けているのだろうか。
どこか上の空のまま、キャスターは聞くに堪えない暴言を吐き散らかした。
その言葉に、真っ先に反応したのはセイバー。
風に変換された魔力が、勢いよく彼女から吹き付けてくる。
激昂によって、暴れる魔力を抑えきれないのだ。
「英霊の願いを愚弄するか、キャスター…!!」
足元に絡みつこうとした触手は、しかしライダーが投擲した短剣によって引き裂かれる。
一瞬だけノーマークとなったセイバーが、その剣を翳すのには十分すぎる。
「はぁああっ――!!」
一閃。
真名を開放するまでもなく、叩きつけられる風の鞘。
深淵より呼び出された魔の類と言えども、彼女の怒りの前には有象無象に等しい。
キャスターは、それすらもお構いなし、と言った様子で、ひたすらにセイバーの一挙手一動足に見惚れている。
まるで熱にでも浮かされたかのような様子。
目に宿る光は、むしろセイバーの雄姿を称えているようだ。
「真面目にやりなさい、キャスター…!」
ルヴィアが怒鳴る。
あるいは令呪で以て命じれば、その言葉も彼の耳に届いたのかもしれない。
しかし、遅すぎる。
「合わせてください、セイバー」
ライダーが投擲した短剣は、避ける素振りも見せなかったキャスターの腕を貫通し、絡みつく。
背負い投げの要領で、ライダーは力の限り、鎖ごとキャスターを引っ張り上げた。
本来は鬼や獣が持つほどの、怪力の業。
大男一人を宙に舞わせることなど容易かっただろう。
高く上がった体は、放物線を描いて落ちてくる。
落下地点には、剣を構えたセイバーの姿があった。
一刀両断、風の通った軌道に血飛沫が舞う。
「ジャ、ン…ヌ……」
断末魔の声は、怒り狂う暴風にかき消された。
キャスターの聖杯戦争への暴言に憤ったのは、彼女の願いへの執着が、それほどまで強いということ。
「…願いを叶えるのは、私だ」
誰に当てたわけでもないセイバーの言葉と共に、大男の英霊は霧散した。
――八日目、終了――
最終更新:2012年01月15日 15:09