女装探偵イコの事件簿
ロリータ連続殺人事件
Ⅰ
世間の話題がロリータ連続殺人事件に集中している中、俺の関心は別のところにあった。それは来週の期末テストなんかでもなく一人の少女にあった。高校生らしい青臭いことだ。
棘野(いばらの)サニアはその名の通り心と言動に棘をもつ女の子だ。
チョコレートのように甘そうな栗色のロングヘアと利発そうなおしゃれ眼鏡、それに整った顔。クラスメイトの俺から見ても素直に可愛いと思える少女だけど彼女は実に困った性格、いや、言葉を濁さず言えば実に凶暴、彼女は何の躊躇もせずに暴力をふるえる女の子だった。
だが不良だとかスケバンだとかと言った部類の人種でもなく、彼女は成績もよかったし普段は教室のすみの机で、大人しく本を読んでるだけだった。
しかし一度怒らせると容赦がない。小学生のときにロリコン教師にちょっとしたセクハラを受けたことがあって、その教師は教室の椅子で流血するほど殴られたらしく、また、サニアをからかった馬鹿な男子は卒業まで病院生活だった。
中学に上がってからもサニアの凶暴性は留まることをしらなかった、サニアを陰湿的ないじめで苦しめようと下駄箱の中に猫の死体を入れた奴がいた。誰が犯人かわからない状態だったが、サニアはあろうことか毎日出席番号順に一人一人拷問して回った。
拷問を受けたクラスメイトたちは軽いPTSD状態になり、一体何をされたのか語ろうとする奴はいなかった。俺もびくびくしていたが運よく俺の番が来る前にはそのイジメの犯人は特定され、拷問は終了した。
高校に入学して、絡んでくる人間がいなくなり、サニアも暴力を振るう回数が減り少しは大人しくなったと思っていたが、ある日サニアがクラスのボス的女子に呼び出されたことがあった。呼び出された理由は知らないが、察するに余りある。俺はたまたま呼び出されたの見てしまって、ばれないように後をつけた。場所は体育館裏。当然ながら人気がない。ベタすぎて俺は思わず笑ってしまったが、当の本人たちは真剣そのものである。
クラスのボスメス猿、高橋は五人の仲間をつれてきていた。その中の一人は三年の不良男子で、俺は少し不安を感じながらも影に隠れながら見ていた。
「サニア、あんたちょっと顔と成績いいからって調子のってんじゃないの?」
「別に。言いたいのはそれだけなのかしら、下らないことで呼ばないでよ無能女」
その言葉にかっとなった高橋はサニアのリボンを掴んだのだが、その瞬間サニアの足が上がり、高橋の腹部に思い切り膝をぶちこんだのだ。突然の衝撃に高橋が腹を抑えて前のめりになるとサニアは超著なく高橋の顔面に向けてつま先蹴りを放ち、思い切り蹴り上げ、弧を描いて高橋は後ろに倒れこみながら鼻血を噴水のように噴出していた。
一瞬固まっていた残りの仲間のうちの女子二人はすぐさまサニアに飛び掛ったのだが、体育館の裏に転がっていたバットを拾ったサニアは、なんの容赦もなくその二人の女子の頭をフルスイングした。失神して糸の切れた人形のように少女らはぐらりと倒れた。俺はおいおい、と思いながらもサニアの無駄の無い暴力の行使に見惚れていた。美しい。
しかし残りの不良男子はポケットからサバイバルナイフを取り出しており、もう一人の女子を殴るのに夢中のサニアはまだ気付いてない。俺は不良がナイフを突きつけてサニアに向かってくる瞬間に飛び出し、ドロップキックを食らわして吹き飛ばした。
そんな俺の活躍をサニアは冷めた瞳で見つめていた。
「あら春馬(はるま)くんじゃない。あなた見てたの?」
「いや、別に。たまたまだっつーの」
「ほんとかしら、覗きなんていい趣味じゃないわね」
それが入学以来初めてサニアと交わした会話だった。味もそっけもないものだが、サニアが俺の名前を覚えていたことに少し俺は驚いていた。
「てめえ二年の一色(ひとしき)春馬か、こんなことしてただで済むと思うなよ!」
起き上がった不良男子は俺に殴りかかってきたが、俺はその拳を紙一重で避け、足払いをして転ばせる。倒れこむと同時に俺は安全靴のつま先で不良男子の頭をサッカーボールのように蹴っ飛ばした。それで不良男子は戦意を喪失してうずくまっていたがサニアは、「駄目だよ。もっと徹底的にやらなきゃ意味ないわ」そう言って手に持ったバットで不良男子を数分間殴り倒した。不良男子は最初なにやら謝罪の言葉を延々と呟いていたが、やがて気を失った。
その後サニアはその女子たちと不良男子を裸にひん剥き、写メをとっていた。口止めと脅迫の意味を込めてのことだろう。
「春馬くん、このこと誰にも言わないでね。言ったらあなたもただじゃおかないわ」
うわーちょーこえー。と思いながらも俺は内心喜んでいた。
サニアとは小学校以来話をすることがなかった。
こんな形とは言え、また関係を持てたことに俺は高揚していた。でもこんな風に暴力を振るい続けるサニアに俺は悲しみを覚えた。なぜ彼女がこうなってしまったのかはわからないが、俺は彼女に何かあるのなら、助けになってやろうと心に決めた。
Ⅱ
「つまりハルくんはボクよりサニアちゃんのほうが大事ってわけだね」
何を怒ってるのかイコは俺のほうを見ずにパソコンとにらめっこしている。
小柄な身体をゆらゆらと動かしているのは不機嫌なときのこいつの癖だ。子供が着るような猫耳のついたパーカーを深く被り、キーボードをカタカタと打っている。画面を覗き込んでもごちゃごちゃしててさっぱりわからない。
ここは俺の友人、双神(ふたがみ)イコの家だ。イコも小学生の頃からの仲で高校に入ってからはぼろぼろの借家で一人暮らしをしている。しかしここ数年欠席日数ぎりぎりで家に篭りきりで、まともな生活を送っていない。ほっておくと飯も食わないので俺は定期的に家を訪ねている。
しかし部屋の中も相変わらずごちゃごちゃしている。わけのわからないケーブル機器や数台のパソコン。漫画や小説や雑誌や同人誌などが無造作に床に落ちている。きたねえ。不摂生すぎるだろうまったく。
「だっていつもよりここに来るのが二十分も遅かったんだよ。カップラーメンが七つはできちゃうよ。サニアちゃんといるのが楽しかったんでしょ?」
「バーカ。いっちょまえに妬いてんなよボケ。たまたまあんな場面に出会っただけだよ。まあ遅れたのは悪かった、そう思ってお詫びにこれ買ってきてやったぞ」
俺は下校のついでに買ってきたミスドの箱を鞄から取り出す。そうするとイコはこっちを振り向き、ものすごい笑顔で俺に抱きついてきた。
ええい抱きつくな暑苦しい。女の子ならともかく野郎にハグされても全然嬉しくないぞ俺は。
「わーありがとーハルくん。愛してる、チョーラブ!激ラブ!」
そんな調子のいいことを言って箱から取り出したチョコファッションをほおばっている。口の中にためこみすぎてリスみたいになっている。
「ミスドはオールドファッションかチョコファッションに限るよね、というかそれ以外はドーナツじゃないし!」
とか言ってるが俺はポンデリングが好きだから同意しない。イコは気にせずモクモクと食べ続けている。バカっぽい。
「あーおいしい。そういえば二日ぶりに食べ物食べた気がするにゃー」
「お前……。そんなだからいつまでたってもチビのまんまだってのに」
やれやれ、夜になったらなんか栄養のつくもんを作ってやるとするか。俺は呆れて溜息をつく。そんな俺の気持ちを知ってか知らずかイコはじゅるるるるると牛乳をすすっている。
「しかし二日も物食べてないってそんなに夢中になるもんがあったのか?」
「えっと、ハルくんはロリータ連続殺人事件のことは知ってるよね。多分毎日ニュースでやってると思うけど」
名古屋連続少女殺害事件、通称ロリータ連続殺人事件。去年の春ごろから名古屋を震撼させ続けているこの事件の犯人は未だ捕まっていない。このいかれた犯人は既に今日までに四人の少女たちの胸にナイフを突き立てて殺している。
しかも奇妙なことに被害者の少女らは皆、フリフリビラビラのついた西洋ドレス、いわゆるロリータファッションを身に着けていたらしい。それでネットや週刊誌などではロリータ殺人事件などと安直な名前で呼ばれている。ロリータだけに犯人の俗称を、ナボコフの小説からなぞらえてハンバートハンバートなどと呼んだりもしているらしく、まったくもってセンスとモラルのかけらもない連中だとつくづく思う。
「まあ一応テレビで見るぶんには知ってるがそれがどうした。まさかお前なんか関係してんのか、あぶねえな」
「いやいや違うよハルくん。ひどいなぁ、ボクが犯罪者に見える?そうじゃなくてこの事件って世間以上にネットの一部で大騒ぎになってるんだよ。お祭りお祭り」
「どういうことだイコ」
「被害者のロリータ少女たちはみんなネットアイドルだったんだよ。これみてこれー」
イコはカチカチっとマウスをクリックしてピンクで強調されたページが表示された。やけにデコレーションが施されて見難い。音楽まで流れてやがる。うざったい。
そこは名古屋限定のネットアイドルのコミュニティのサイトで、いくつものサイトが登録されている。イコはその中の一つをクリックした。新しいブラウザが出てきてページが表示される。またもや甘ったるい色調の背景にロリータ服の少女が映し出されている。
「これ最初の被害者、HN山田チョコ子ちゃんだね。んでこっちがその次の―ってこんな感じにみんなロリータファッション系のネットアイドルなんだよねー。この娘たちのファンたちが大騒ぎだよ」
そう言って残っている掲示板の書き込みを俺は見た。「なんでチョコちゃん死んじゃったのー許せない(顔文字略)」「ブスは死んで当然」「チョコ子様は死んで天使になられたのです」などと気味の悪いファンたちの書き込みに吐き気を覚える。
「あ、この『チョコ子@マジラブ』ってHNはボクなんだ」
こいつも同類か。やれやれ。まあだからこんなサイトも知ってるわけだ。
「この娘たちがネットアイドルってのはまだ警察の情報にはないみたいだね」
「なんでお前が警察の捜査状況知ってるんだよ」
「うんちょっと警視庁にハッキングしてね。まあそんなことより、これって絶対事件に関係あるよねー」
ちらっと物凄い犯罪を見逃した気がするが、巻き込まれたくないのでスルーするとして、たしかに被害者全員がネットアイドルってのは確実な共通点だ。
「おい、これこそ警察に伝えた方がいいんじゃないのかイコ」
「ふふん。そんなのおもしろくないじゃーん。こういうのはボクらネットアングラーの特権なのさ。それにさハルくん、これみてよ」
イコは何やらニヤニヤしながらまた別のページを開いた。そのサイトは黒が基調で、なんだかゴシックな雰囲気がする。サイト名は『眠りの森』。イコはそのままサイトの『ギャラリー』をクリックし、そこに映し出されたものを見て俺は驚愕した。
黒い西洋ドレス、いわゆるゴスロリ系の服を纏った棘野サニアがそこに映っていた。
メガネを外し目の下に黒いメイク、黒い口紅。長く強調された付け睫毛。だがそれは間違いなくあのサニアだった。
「ボクは前からサニアちゃんがネットアイドルって知ってたけどね。まあ、『いばら姫』って言ったらけっこう人気のネットアイドルなんだけど。まさかハルくんがあの普段は怖いサニアちゃんと友達になるとは思ってなかったよ。びっくりだ」
びっくりしたのは俺の方だ。
そこに映るサニアは相変わらず無愛想な表情だが、ゴスロリ系特有の気だるい感じが出ていて服装となかなか合っている。こんな格好をしているサニアは不良を暴力で蹂躙していたあのサニアとは別人に見える。いや、ネットアイドルなんて他人を演じるものでもあるから、それは正しい姿であるのかもしれないが、違和感は拭えない。
「おいイコ。明日は学校来いよ。絶対だ」
「えーめんどいよー」
「またミスド奢ってやるから来い。久しぶりに探偵ごっこしようぜ」
なんだか俺は胸騒ぎを覚えた。
それがなにを意味するのか今はまだわからないけど。
きっと俺たちは踏み入れてはいけない所に土足で入っていることにこの時は気付きもしなかった。
Ⅲ
そんなわけで翌日。しぶるイコを家から引きずり出して登校してきた。
久しぶりにイコの征服姿を見たが、今度はカエルの頭を模した緑のニット帽を被っていて、子供っぽいというかもはやアホっぽい。
「それでどうすんのさハルくん」
「どうするったってな。もしロリータ殺人の共通項がネットアイドルならサニアも狙われる可能性だってあるだろうな」
「じゃあ本人に直接話してみよーよ」
「しかし、あいつに『お前ネットアイドルのいばら姫なんだってな。アハハ』なんて言ったら、拳が飛んでくるだけじゃすまんかもしれんぞ……っておい!」
俺が悠長にそんなことを言っていると、イコは教室の片隅で本を読みふけっているサニアの机までスキップ混じりに直行した。あのバカ!
「サ~ニアちゃん。えへへ。久しぶり!」
「誰よあんた?」
「うわっひどい!同じクラスなのにぃ!小学校からずっと一緒なのにぃ!」
まあ、イコは数えるほどしか学校に来てないんだから覚えてなくてもしょうがないわな。実際今クラスにいる連中もイコのことなんて覚えてないだろう。哀れイコ。
「もう、ボクは『眠りの森』の常連なのになぁ。HN『聖☆来栖』って言ったらわかるかな?ボクもよく掲示板に書き込みしてるんだけど。サニアちゃんがあの『いばら姫』でしょ」
その瞬間サニアの目はカッと見開き、顔は青ざめていた。それでもイコはまったく気にせず話を続ける。イコのやつ少しは空気を読め。
「な、ななな何のことかしら。あなたの言ってることがよくわからないんだけど」
「そんなー。じゃあこれ見てよ、これサニアちゃんでしょ!」
そう言ってプリントアウトしたらしいサニア、いや、『いばら姫』の写真をイコは鞄から取り出した。これはやばいぞ。
それを見たサニアはガタッと席を立ち、その写真を奪ってくしゃくしゃにしてイコが「あーうー!」とか言っているとイコの首根っこを掴んで教室から一緒に出て行ってしまった。クラスメイトが何事かとこっちを見ている。だが関わりあいたくないのか何も言わない。しかしこれは超やばい。
「ちょ、ちょっと待てサニア!イコ!」
イコみたいなちっちゃいのがサニアの暴力の被害にあったらまじで死んでしまう。俺は教室を出て行った二人をすぐに追いかけた。うわ、もう見えねえ。どこ行きやがった。俺は適当に人目の付かないであろう場所を見回った。すると閉鎖された屋上へ続く階段の踊り場に二人はいた。どうやらイコは無傷らしい。間に合ったか。
「あなたそれ、誰にも言ってないでしょうね」
サニアは見たこともない恐ろしい目でイコを睨んでいる。イコはニハハと笑いながら俺の方を指差した。やめろっての。
「あそこのハルくんも知ってるよー」
「春馬くん、あなた……」
「いやいやいやいや。話し合おうサニアさん」
俺は死を覚悟したが、意外にもサニアは深い溜息をついて肩をがっくりと落とした。
「春馬くん、この子なんなの?春馬くんの彼氏?」
「そうそう俺の……っておい!どんな目で俺を見てんだ、腐った目か?腐った目なのか!」
「彼氏じゃなくてむしろハルくんがボクの嫁」
「黙ってろアホ!あーいや、こいつはただのダチだよサニア」
俺がそう言うとサニアは「ふーん」と、俺とイコを交互に見つめたが、やがて。
「どうでもいいけど、あなたたち私がネットアイドルだとしたらどうすんの?笑う?それともクラスの晒し者にでもする気?」
そんな風につっけんどんに言うサニアを見て俺は少し悲しくなった。自分が信用されていないということより、サニアが誰も信用できない性格になってしまったことが悲しかった。
「確かにサニアがネットアイドルやってたなんてびっくりしたんだけど、別に晒し者にしようとか誰かに言おうとかは思ってないよ。俺はただちょっと心配しただけで……」
そう、ロリータ連続殺人の被害者は皆ネットアイドルたちだ。サニアも人気のあるネットアイドルなら狙われる可能性もあるかもしれない。俺はそれを危惧しているのだが、サニアの顔は険しくなっていた。
「だからなサニア、例の事件……」
「言っておくけど私はネットアイドルなんかじゃないわよ」
「へ?」
と俺とイコは同時に間抜けな声を上げてしまった。まさかこの期に及んでまだ否定するのかと思ったが、どうも様子が違う。
「そのサイトに写っているのは私じゃない……。いえ、それが間違いなく私だということは認めるわ。だけど私はそんなサイトを立てた覚えも、そんなおかしな格好をした覚えもないのよ!」
後半サニアは涙を流しながらそう言った。俺は正直なにがなんだかわからなかった。俺は横目でイコを見ると、珍しく真剣な眼差しでサニアを見つめていた。
「サニアちゃん、それって誰かがサニアちゃんの写真をコラして騙ってるってこと?」
「……」
「おいイコ。そんなことできんのかよ」
俺のその問いにイコは呆れたように俺を見上げる。無知な奴だ、と心の声が聞こえる気がする。むかつく。
「できるよ、あれほど違和感の無いコラを作るのは技術がいるけど。ソフトがあれば誰でも作れるしね、実際にボクも本物と見分けがつかないくらいのコラージュとか作って、よく大騒ぎになったりしたのを楽しんでたし。ボク天才だし!」
そんなことを自慢すんなっての。まあでもこいつがそう言うんなら出来ることなんだろうな。俺はパソコンをもってないし使えないからよくわからないんだが。
「サニア、それが本当なら俺たちがなんか相談にのるよ。俺はパソコン関連は無能だがこいつ、イコはその手のことには強いからな」
「うん、まかせといてー」
と言ってイコはくるくると回って踊っている。うぜえ、が、頼りになるのは間違いない。俺はイコの頭をがしがしと撫でてやる。だがサニアは俺たちをキッと睨んでいる。
「あなたたちには関係ないでしょ」
ぴしゃりとそう言われた。言われてしまった。
「これは私の問題よ。勝手な親切心を装った好奇心で私の物語に入ってこないで!」
サニアはそう怒鳴るとイコの胸倉を掴み上げ、俺に思い切り投げてぶつけてきた。俺は「うぬあー」と間抜けな声を発しながらイコが飛んでくるのをなんとか受け止めた。なんて無茶しやがる、というかなんて腕力だ。俺たちが絡まってるすきにサニアはその場から走り去った。角を曲がり姿が見えなく直前に「このこと誰かに言ったらぶっ殺すわよ」と言い放ち、鷹のような鋭い目で俺たちを睨んだ。
「もー。なんなのサニアちゃん、怖いよ!」
「ああ、それには同感だ」
だが俺はこんな目にあっても、余計にサニアが気になってしまう。
誰かを傷つけ続ける少女。誰かを傷つけざる得ない少女。棘野サニア。いばら姫。
俺は一体彼女に何をしてやれるんだろうか。
何もしないこと、それが俺にできる唯一のこととは認めたくなかった。
結局その後サニアは教室に戻ってこなかった。俺も授業に出る気がしなくて、そのまま閉鎖された扉を蹴破り、昼寝をするためにイコと屋上へ上がった。
俺の曇った気分をバカにするような無駄に青い空を見上げながら俺は眠りについた。
Ⅳ
サニアがああなってしまったのは俺たちが小学四年の頃だったと、今にして思う。
あの頃はまだサニアは暴力なんてものとは皆無なほどにただの可愛くて大人しくて優しい少女だったはずだ。
俺らのクラスが世話していた学校のウサギが変質者に皆殺しになった事件があったが、そのとき生きているうちはちやほやしたくせにウサギの死体を気持ち悪いと言ってなにもしなかった同級生たちとは違い、サニアは服が血まみれになるのを構わずウサギたちを抱きしめ泣いていた。それを見ていた俺とイコはウサギたちを埋めるのを手伝った。
クラスで孤立していた俺が同級生たちと毎日殴りあいの喧嘩をしていた時も、サニアは怪我した俺を心配していつも絆創膏を貼ってくれた。
だがある日サニアの苗字が変っていた。小四の夏までサニアは木下サニアだったのだが、夏休みが明けたとき、サニアは棘野サニアになっていた。棘野は母方の苗字で、つまりサニアの両親は離婚したのだ。その時の俺にはなぜ苗字が変ったのかなんてよくわからなかったから、サニアの異変が俺には唐突に感じられた。
サニアの目から光が消え、触れるものを全て傷つける狂気の棘になったのはこの時からだった。だが両親の離婚で何故そこまで変貌したのかわからない。もっと別の要因があるのかもしれない。しかし、それは俺にわかりようがない。
「確かにサニアちゃん昔は優しかったよね。サニアちゃんは覚えてないみたいだけど、ボクが小三のときイジメで不登校になったときいつもプリントとか、授業の内容を書いたノートとか持ってきてくれたもの」
イコは胸焼けしそうなほどの大量の生クリームが盛られたパフェをぱくぱく食べながらそう言った。喋るか食べるかにしろっての、口元にクリームがついて汚いじゃねえか。
俺たちは放課後、学校近くの行きつけの喫茶店に立ち寄り、小腹が空いたから俺はサンドイッチを頼んだ。パンにハムを挟んだだけの実に安っぽいものだが、実際に安いからしょうがない。うまくもまずくも無いけど。
それにこの店はあまり繁盛してなくて、客がいないからだべり目的の俺たちには好都合だ。マスターがロックマニアらしく、壁にはサイン入りギターや、マーク・ボランの写真があちこちに貼ってある。いい趣味してらぁ。
「んで、どーすんのさハルくん」
イコは家から持ってきた薄型ノートパソコンをテーブルの上に置き、例のサイトを見ている。相変わらずゴスロリ服を着込んだサニアが映し出されている。これがコラージュとは、すごいな今の技術は。
「どーするったって、警察に言うしかないだろ」
「うーん。今の警察なら昔と違ってハイテク犯罪にも対応してくれるだろうけど、サニアちゃんが警察に通報してないってことはサニアちゃんは警察に絡んで欲しくないんじゃないかな、だからボクらの協力も拒んだ」
イコはたまに鋭いことを言う。確かにそうだ、あのサイトを潰したければ通報するなりなんなりすればいいだけの話だ。だとすると一体サニアは何をもってしてこのサイトを生かしておくんだろう。
「ねえハルくん。もしかしてロリータ連続殺人事件と何か関係あるんじゃないのかな?」
「まあ、確かにネットアイドルが殺されてるしなぁ。だけどサニアがロリータ殺人と関係あるってのは総計だろ」
俺はイコの意見を否定した。サニアが殺人事件と絡んでいるなんて考えたくも無い。いくらサニアが暴力の徒だとしても、そんなことはありえない。あってほしくない。
「おいイコ、お前ならこのサイトを作った奴が誰か特定できるだろ」
「うん、まあ家のパソコン使えばハッキングして個人情報抜き取ることは多分出来るよ。住所くらいなら簡単に特定できるから」
「頼んでいいか」
「まかしといてー。まあここのお代奢ってくれるならだけどね!」
「はいはいわかったわかった」
俺はイコにクリームソーダとワッフルも頼んでやった。大盤振る舞いだ。俺も少しワッフルをかじりながら店に備え付けられているテレビに目を向けた。俺とイコは同時に「あっ」と声を漏らした。なんてこった。
テレビに映るニュースが報道したのはロリータ連続殺人の新しい被害者だった。
またもやロリータ服を着込んだ少女が殺害されたとアナウンサーは無表情で淡々と語っている。被害者の名前は栗山未来、まだ十五歳の少女だ。俺たちはすぐにパソコンに目を向ける。
「おいイコ、この子もネットアイドルか?」
「う、うん。あれは今ランキング一位のミライちゃんだよ。今凄い勢いで掲示板に書き込みが増えてる。さすがに警察もこれで感づくんじゃない」
「ああ、そうだな」
もしこの事件にサニアが絡んでいるなら、警察はミステリ小説のように無能じゃないからすぐにサニアに対して何らかのアクションをとるだろう。だが俺はサニアが事件に関係無関係に関わらず警察より先にサニアと話がしたかった。
「イコ、お前は家で例の件頼むよ」
「ハルくんはどうするんのさ」
「俺は、サニアの家に寄ってみる」
俺は席を立ち上がったが、イコは俺を心配そうに見上げる。俺はそんなイコにでこピンを食らわせる。「いたーい」と涙ぐむイコの姿を見て、少し緊張が緩んだ。
「大丈夫だっつーの。まさかサニアがロリータ殺人の犯人じゃあるまいし。あいつが本当は優しい奴だってお前だって知ってるだろ」
「でも……うん、わかった。気をつけてね」
「はは、まあ殴られたりはするかもな。じゃあ出ようぜ」
俺はイコの分の支払いも済ませて店を出た。もう日が暮れる寸前だ、イコは別れ際まで俺の心配をしていたが俺はサニアの家へ向かう。
学校でサニアが怒って帰ってしまったから会うのは気まずいな、しかも連絡に無しに家に行くなんてまじでぶん殴られるかも。ああ、それにしてもサニアの家に行くなんて初めてだ。緊張する。俺は住宅街のごく普通の一軒家の目の前まで来た。ここがサニアの家。棘野家。
電気はついている、少なくとも誰かはいるだろう。俺はチャイムを鳴らす。ピンポーンと音が鳴り響く。しばらくして「誰?」とインターフォンからサニアの声が聞こえた。
「あ、俺春馬だけど」
またしばらく無言が続いたが、やがてがちゃりと扉が開かれた。そこに立っていたのは何年ぶりかに見る私服姿のサニアだった。Tシャツにジーパンというラフな格好だ。俺はドギマギしながらサニアの言葉を待った。
「春馬くん、何の用。昼のことなら……」
「サニア、やっぱり俺はお前が心配だよ。頼むから話を聞いてくれないか」
俺はサニアを見つめたが、サニアは目を逸らす。これなら睨まれたほうがましだ。
「サニア、あのサイトのことお前は何か知ってるんじゃないのか。お前、ロリータ連続殺人は人気ネットアイドルが標的になってるのはわかってるか?」
「だから何なのよ、心配してるっての?ほっといてよ!」
サニアの怒声に俺は身体が固まる。沈黙。しかしその沈黙を破ったのはサニアだが意外にもその言葉は俺に向けられたものではなかった。
「お、お兄ちゃん……お帰りなさい」
突然の第三者の登場に俺は驚いた。そいつはいつのまにか玄関先にいる俺の真後ろに立っていた。男なのに長い髪に汚らしい無精髭。上下黒のジャージ。まるで外見を整えていない感じがする男だった。しかし底知れぬその暗い瞳が俺をぞっとさせる。俺の防衛本能が警鐘を鳴らしている。心臓がドクドクと早く打ち、頭がガンガンする。危険だこの男は。
お兄ちゃん。兄。サニアの兄貴だって?そう言えばサニアに兄がいるって昔聞いたことがあるが、なんなんだこの威圧感は。
「こいつは誰なんだ」
もう一度サニアの兄が口を開く。やばい。
やばいやばいやばいやばいやばい。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
「そ、その人はただのクラスメイトよ。今日学校早退したからプリント届けてくれただけよ」
サニアの兄は「ふぅん」と呟いて、固まってる俺の横を通り過ぎてそのまま家に入っていった。俺はもう何も言えなかった。自分でも理解できない恐怖に支配されて、何がなんだかわからなかった。
だがあの男は危険だ。何故なのかはわからないけど。
サニアは俺を一瞥もせずにドアを閉め、がちゃりと鍵を掛ける音が聞こえた。俺はしばらく呆然とその場に突っ立っていた。しかし、ポケットから鳴り響いた携帯の着信音で俺は我に帰る。画面を見るとイコからの着信だった。俺はその電話に出た。「あ、ハルくん。ボクだけど」そんな聞きなれたイコの声で、あの恐怖の感覚から自分が現実に戻ってこれたことを確認した。
「あ、ああどうしたイコ。俺は今サニアの……」
「ハルくんあのサイトの管理人の住所がわかったよ!」
イコは俺の言葉を待たずに早口でそう言った。何をテンパッてるんだ。
「あのね、ハルくん。これがどういうことなのかまだボクにはわからないんだけど」
「ああ、落ち着け。それでどこなんだ」
イコは一拍置いてゆっくりと、言い聞かせるようにこう言った。
「サニアちゃんの家だよ」
俺は数秒間その言葉の意味がわからなかった。だが目の前に存在するごく普通の家が俺には唐突に夜の闇に聳え立つ魔窟に見えた。
Ⅴ
翌日も俺は学校に行く気にもなれず、イコの家のコタツに入ってだらだらしていた。
「なあイコ。そのサイトがサニアの家で作られてるんなら、やっぱサニア本人が自分で作ったんじゃないか。照れくさいから俺たちには嘘ついただけで」
俺はみかんを向きながら一緒にコタツに入ってパソコンをいじっているイコに話しかけた。今日のイコはウサギの着ぐるみパジャマだ。ウサ耳がみょんみょんとうざったい。
「ボクも最初はそう考えたんだけど、サイトのサニアちゃんの写真を調べてみたらやっぱりコラなのは間違いないよ。写真によって微妙に首から下に違いがあるんだ。例えば、これ」
イコは写真を拡大して俺に見せた。だが俺には何が違うのかよくわからない。
「この腕部分に黒子があるよね、それが実際のサニアちゃんには無いんだ。あと、スリーサイズとか写真によってけっこうバラバラだったりする。つまり顔だけはサニアちゃんだけど、身体部分はまったく別に、色んなとこから素材を持ってきてコラージュしてるんだよ。これってサニアちゃん本人がこのサイトを運営しているなら、そんな手の込んだことする必要ないよね」
よくわかるなそんなこと。呆れるぜ。というかなんでスリーサイズとかわかるんだ、とか言う突っ込みはもうあえてしないでおこう。
「それにこの掲示板の書き込みに対する返事がね、サニアちゃんが学校にいる時間帯にもあるんだよ携帯でできるかもしれないけど。サニアちゃんが携帯をいじってるとこなんて見たこと無いよね」
「となると、あの家でこのサイトを運営している人物は」
「サニアちゃんのお兄さん……だね」
棘野恭一(きょういち)。サニアの兄。二十五歳、無職。
少し近所を聞いて回ったが、数年前から家に引き篭もっているという情報意外には特に何も無かった。逆に怪しい。あんな恐ろしい雰囲気の人物が普通の人間なわけがない。
もし棘野恭一がサニアの、実の妹のネットアイドルサイトを作って本人を騙って運営しているならこれ異常に狂っていることはない。サニア本人も薄々気付いていてそれで通報していないのなら筋は通る。
棘野恭一が何故こんなことをしているのか。
歪んだ愛情。妹への愛。異常すぎるとは言え、有り得ないことじゃない。だけど本人を騙ってネットアイドルをするなんて少し趣向が違う気がする。
解らない。理解できない世界の話だ。だけどこれを放置していたらサニアにどんな苦しみが待っているかわからない。それにロリータ殺人に狙われる可能性も……。
「そう言えばロリータ殺人の方の進展は何かあったのか?」
「まだ報道を見る限りは何もないみたいだね。警察がどこまで捜査してるかは、まあまたハッキングすればわかるけど。やる?」
「いや、それはいいや」
ニコニコと笑いながらそう言うニコは怖い物知らずだな。うらやましい。それに比べて俺は情けない奴だ。あんな奴に怖気づいてへこへこ帰ってくるとは。俺はサニアを守りたかったはずなのに、恐怖に負けてしまった。俺は溜息を漏らしながら寝転がる。これからどうするか考えなくちゃいけない。どこまでサニアの家庭に踏み込んでいいか考えなければいけない。
遊び半分の好奇心で踏み込んじゃ駄目なんだ。だけど俺はサニアをほっておくわけにはいかない。知ってしまった以上俺はサニアを見捨てるわけにはいかない。
そんなことをすれば俺の魂が死ぬ。
一生負け犬として生きていかなくちゃいけなくなる。
そんなのはごめんだ。だけど俺は一体どうしたら……。
「えへへ」
いつの間にかイコは俺に覆いかぶさるように一緒にコタツに入ってきた。狭い。
「ほい、これ食べて元気出して」そう言ってでかいぺろぺろキャンディーを俺の口に突っ込んだ。無理矢理突っ込まれて俺は「うげえ」と、えづいてしまう。何しやがる。
「駄目だよハルくん、塞ぎこんでちゃ。ハルくんらしくないよ」
「バーカ、何言ってんだよ。俺が塞ぎこんでるって、考え事してただけさ。いや、ほんと。まじでまじで」
そうだ、考えろ。今はそれしかない。自分に出来ること、この一件の解決方法を。
まず問題なのはサニアのネットアイドルサイトが実の兄が運営しているってこと。これ事態はどうなんだろうか、ほおって置いても問題ないのだろうか。いや、サニアはこれをよしとしていないだろう。だが実の兄のことだから逆らえないのかもしれない。
次に問題なのはそのサイトを見てロリータ殺人の犯人がサニアを標的になる可能性があるってことだ。だがこれはどのくらいの確率なんだろうか。何か他に殺人の法則があれば次に狙われるネットアイドルが誰かわかるんじゃないか。法則。ん、ちょっとまて。
「おいイコ。昨日殺されたのはランキング一位の子だったんだよな。他の子達はどうだったんだ?」
「え、ちょっと待って」
イコはすぐにパソコンをカチャカチャいじりだす。俺も起き上がって横からディスプレイを覗き込む。映っているのは過去数ヶ月のランキング表だ。イコが個人的に作ってたらしく、あちこちにウサギやら猫やらのマスコットが映し出されて目がチカチカする。見にくい。
その表を見ると過去ロリータ殺人の被害者は皆、ランキング一位になったことがあるネットアイドルばかりだった。
「これって。ボク今まで気付かなかったけど、まさか」
「ああ、ビンゴだ。これが第二の共通点。それで、サニア、いや『いばら姫』のランキングはどうなってる?」
「何回か一位になってるね。でもすぐに二位になって他のサイトに抜かれてるけど……あっ、これって」
そう、ロリータ殺人の被害者はランキング一位の子たちだ。そしてその子達が殺されてサイトが閉鎖されて『いばら姫』が繰上げで一位になっている。だけどサニア、『いばら姫』はロリータ殺人の被害にあっていない。『いばら姫』だけがロリータ殺人の法則から外れている。そしてまたランキングが覆されればその一位のネットアイドルが殺される。もはやこれは偶然じゃないだろう。
「ハルくん。まさかロリータ連続殺人事件の犯人は……」
「ああ、ロリータ殺しの殺人鬼は、サニアの兄。棘野恭一だろうな」
俺があいつに覚えたあの恐怖感は殺人鬼独特のものだったんだな。引き篭もりの棘野恭一があの日外から帰ってきたのも納得出来る。栗山未来ちゃんを殺してきた帰りなのだろう。人を躊躇なく殺せる奴ほど恐ろしい奴はいない。だが俺はその殺人鬼と相対する必要がある。
暴力少女棘野サニア。
少女殺しの棘野恭一。
呪われてるとしか思えない棘野家を解き放つことが俺にできるだろうか。
「さて、奴とどう対決すればいいんだかな。証拠なんてありゃしないから直接言っても警察に言っても相手にされないだろう」
「だーいじょうぶだよハルくん!」
そう言うイコの顔は不気味なほどの笑顔で自身に溢れていた。なんだか嫌な予感がする。
「ボクにまかせておいて。面白い方法を考えたから」
俺の嫌な予感は大的中だった。
青空の下、真昼間の公園で何が悲しくて男を撮影しなきゃならんのだ。
俺はイコの提案で近くの公園までやってきた。青い芝生が一面に広がっている。空気も澄んでて実に気持ちのいい空間なのだが、いかんせん目の前の異質な状況に俺はうんざりする。
「はーいハルくん。今度はこっちの服で撮るからよろちく!」
イコはのりのりでびらびらスカートのロリータ服を着こみネコ耳カチューシャをつけている。イコは上目遣いで女の子座りしてそれを俺は自前のデジカメで適当に撮ってやる。何やってんだ俺。端から見たら変態にしか見えないだろう。
昼間とは言え、周りには親子や休憩中のサラリーマン、ホームレスなどが好奇心丸出しの目で俺たちを見ている。平日だから同級生などに見られていないのだけが救いだな。俺は何枚もポーズや服を変えるイコの写真を撮る。こうなったら無心でやるしかない。
「たくっ、よくそんな服持ってるな。お前こんな趣味あったのかよ」
「自分で着るのは初めてなんだけどね。けっこう気持ちいいよ。ああ、でもスカートはやっぱ少しスースーして変な気分だけど」
そう言ってイコはくるりと回ってスカートをふわっと回転させる。
「バカ、パンツ見えるぞ。男のパンツなんて見たくも無いわ」
「えへへ、パンツもちゃーんと女の子ものだよ。それなら見たい?もうハルくんはエッチだなぁ。でもハルくんになら……」
「だあああ。やめろっての、俺にそんな趣味は無い!」
俺はスカートをたくし上げようとするイコを蹴り飛ばした。「うにょあー」と芝生の上を転がっていく。まったくこいつは緊張感の欠片も無いな。イコはそのまま寝転がりながら公園に持ってきたパソコンを立ち上げ、デジカメのメモリーをパソコンに移して編集を始めた。
イコは信じられないスピードで画像編集ソフトを使って自分の写真を加工していく、元から女っぽい顔をしているが、目に星を入れたり、ただでさえ白い肌をさらに白く輝かせて誰が見ても女の子にしか見えない。いかん、けっこう可愛い。
イコが考えた作戦とは実にシンプルなものだ。
自分が囮になるということだった。イコのネットアイドルサイトを立ち上げて一位になるということ、気の遠い話だと最初は思ったが「ハッキングしてコミニティサイトのランキングいじるから問題ないよ、とりあえず見た目だけでもサイトを作っておこうと思って」イコは邪悪な微笑みでそう言った。恐ろしい。
「だけどいいのかイコ。囮になるってことは自分に危険が及ぶってことだぞ」
イコはパソコンに目を向けたままだが、ちょこんと、座り直した。
「構わないよ。言ったでしょ、ボクはイジメられてた時にサニアちゃんに助けられたって。サニアちゃんにとってはちょっとした親切なだけだっただろうけど、ボクはそれでとても救われたんだ。だから今度はボクがサニアちゃんを救いたいんだ。それにボクはちゃんとハルくんが助けてくれるって信じてるから」
そう言ってイコは振り返り、真剣な眼差しで俺を見つめる。
「あんまり俺を過大評価するなよ、俺はただの無力なガキだ」
「そんなことないよ、最終的にボクをイジメてたクラスメイトをボコボコにしてくれたのはハルくんじゃん。ボクにとってはハルくんがヒーローだよ。ボクにとっての月光仮面、ボクにとってのハルク・ホーガンだよ」
そんなこともあったな。おかげで俺もクラス全員からはぶられてこうしてイコとずっとツルんでるわけだが。けど後悔はない。かけがえの無い親友が一人いるだけで十分だ。俺はイコの後ろに腰を下ろし、イコと背中と背中をくっつけ合う。
「イコ、今度ミスドでたらふく食おうぜ。サニアも含めて三人で」
「うん!」
顔が見えなくてもイコがものすごい笑顔なのが伝わってくる。
頬を撫でる空気が心地いい。なんだか物凄くいい気分だ。
さあ、いっちょやるか。
レッツファックサノバビッチ!
最終更新:2010年04月07日 23:39