序章-第三幕- 推参するは知己なりと
がきぃんッ!
刀身での防御にはかろうじて成功したものの、スプレッダー幼生体の
攻撃を受け止めたジルベルトは、大きくのけぞった。
これは戦場において致命的な隙になりかねない。
(シエル……頼む、なるだけ早く来て欲しいんだ!)
ジルベルトは念じ、祈った。
治癒の力を持つ妹さえ来てくれれば。
戦局の逆転は必要以上に可能だからである。
そしてこれこそがジルベルトのもう一つの力、
超能力者『
エスパー』である。より上位の存在になれば
『
サイキッカー』と呼ばれ、敬意を払われるようにもなるが、
幸か不幸か、そのような次元には至っていない。
せいぜい出来るのは、
テレパスと呼ばれる意思疎通の技のみ。
この技を使えば、テレパス保持者同士での相互意志疎通が出来るが、
片方が出来ない場合は、片方のみが心を読み取られるのみである。
しかし、これこそがジルベルトの口数を減らす最大の原因であるため、
身内はあまりこの能力を快く思っていない節があるらしい。
(シエルが来るまで、もつか!?)
ジルベルトは再度構え直し、スプレッダー幼生体の攻撃に備えた。
だが、その時だった。
「呼ばれなくても、もう来ているもの」
(シエル……ありがとう)
相変わらずジルベルトは一言も発さず、しかし意思疎通を行った。
救い主たるはジルベルトの妹、
シエル=ラネージュ。
体格はほぼ兄と同じく、小柄気味。黒髪を伸ばし放題にしており、
雑な印象を与える。柔和に見えて実は勝ち気な印象は、
純粋に父親譲りと言えるだろうが、概ね態度は飄々としているようだ。
彼女も『エスパー』の能力によって意思疎通が出来る。
しかし彼女はその能力に頼りすぎる事もなく、
普通に喋るようであった。
そしてそこに随伴する少女がもう一人。
「ジル君、怪我は大丈夫?」
(ユイナ姫まで……!)
「無茶したら駄目よ?」
戦場に似つかわしくない穏やかな笑みと声が、
戦いの場所に、一時の涼風を運んだ。
彼女は
ユイナ=カザミネ=ザン=アーム王女。
ザン共和王国王政部筆頭、イスティームⅦ世王の愛娘である。
小さな体格に桃色のシニヨンというヘアスタイルがよく映えている。
しかしその手には大きな槍。はっきり言って不釣合いではあるが、
騎乗している事で多少はカバーされているようにも見える。
(ありがとう)
ジルベルトは頭をぺこりと下げると、ユイナ姫は微笑んだ。
彼の知己、というよりはほとんど幼馴染みといっていい関係である。
言いたい事は大体阿吽の呼吸というもので伝わるのであろう。
「
ヒールキャノン」
治癒の中位呪文の力で、ジルベルトの傷がたちまち癒えていく。
ジルベルトの構えに、すぐさま力強さが戻る。
(もう遅れなんか取らない)
その間もスプレッダー幼生体の攻撃が実は続いているが、
ユイナ姫がそれを一手に引き付け、巧みに受け流す。
スプレッダーの粘液糸も、爪も、全てが槍一本の力で受け流される。
「ここまでウチの子達を苦しめるなんて、許せないわ」
ユイナ姫の言う『ウチの子』とはザン共和王国国民の事を指す。
ユイナ姫が微笑みながら、実はその身に怒りを宿していたのだ。
「
チトセ!」
ユイナ姫の騎乗する愛馬が、一斉に駆け出す。
ざしゅっ!
その勢いのまま、渾身の突きが、
見事にスプレッダー幼生体を捉えた。
「ぎぎゃぁぁぁあぁあぁぁぁぁ!」
スプレッダー幼生体の弱点と思しき部位にヒットしたらしい。
スプレッダー幼生体は金切り声をあげ、のたうち回り始めた。
そこでジルベルトの治療はおおむね完了した。
(ありがとう、シエル)
(後は任せるわ。お兄ちゃん)
シエルが後ろに退き、ジルベルトは前へと出た。
(ユイナ姫も。後は任せて)
「ええ、分かっているわ。とどめを」
ユイナ姫の言葉に、ジルベルトも頷く。
ジルベルトが魔力を集中させ、剣を高く掲げる。
(
封神封魔流は速が秘剣――『
精霊包囲弾』)
『封神封魔流』。神をも、魔をも封じる、すなわち滅するほどの力。
彼の祖先、
アルファ=ストレンジャーの力の遺伝による剣術流派。
大技をもって難敵を仕留める最強の、そして最も希少な剣術。
地の、水の、火の、風の精霊が多数集まり、
ジルベルトが剣で張った結界の中の
スプレッダー幼生体を巻き込むべく、
中で無秩序に、かつ破滅的に大暴れを始めた。
ずどんずどどどんずどんずどどんどぉぉおぉおおん!
爆風が周囲に地震のようなものさえ引き起こすが、
ジルベルトも、ユイナ姫も、そしてシエルさえも微動だにしない。
「ぎ……が……ぁぁぁ…………!」
スプレッダー幼生体は遂にその動きと、息の根を止めた。
大技のせいか、その殻はボロボロに破壊され、
原型をまともに留める事さえ困難な模様だった。
「終わったのね」
ユイナ姫の言葉に、ジルベルトは再度頷いた。
「まったく、鬱陶しいったらないのよね」
横からシエルも合流する。若干皮肉屋なところがあるようだ。
「お兄ちゃんだって、仔猫を探しに
来ただけだってのに……あら、仔猫は?」
(危ないから待たせてあるんだ。
信頼出来る人に預けておいたよ)
「そう。じゃあ迎えに行きましょう。
落ち着きがないんだから、あの子は」
そういうシエルの胸元から、次々に仔猫が三匹出てきた。
それぞれに全く毛色が違い、同じ親から
生まれた仔猫とは気付きにくいが、
顔立ちなどには共通のものを感じる、愛嬌のある仔猫達だった。
「どこへ行くの?」
テレパス能力の無いユイナ姫には、
二人の詳細な意思疎通までは
独自の解釈で片付ける事が出来ないため、
こういう事も仕方が無い。
「ユイナ姫も一緒に行きましょう。
この子達のお兄ちゃんを迎えに行くのよ」
「そうなの? ジル君」
(うん。一緒に行こう)
その意志を込め、ジルベルトは頷いた。
そして彼は未だ口を開かず歩き出す。
シエルは黙ったまま、そしてユイナ姫は事後処理のための
通信を取りながらも、慌てて愛馬に後を追わせる。
時刻は夕方になろうとしていた。
ジルベルトがソニアを助けてから、約一時間半。
(そろそろ、待ちくたびれているかもしれないから)
(彼女には大いなる力の片鱗が、僕には見える。
ひょっとしたら僕の力になってくれるかもしれない)
そんな事を考えながら、ジルベルトは町を出るのだった。
スプレッダー幼生体の死骸を背に、血だらけの服のまま。
しかしこの戦いなど、所詮は前哨戦に過ぎない。
スプレッダーの幼生体など、既にかなりの数が
惑星中にいるのだから。
あくまで、叩き潰すべきは発生源たる、
唯一の成体の方なのだという事を。
単純な破壊力からして、成体は桁違いなのだから。
彼等はまだそれを知る運命には無かった……
最終更新:2011年02月18日 01:10