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第一章-第一幕- 汝が行く先、其は勇者軍





「どっ、どうしたの!? 一体どこへ行ってきたの!?」
ソニア=メーベルヴァーゲンは驚愕した。
仔猫を押し付けてどこに行ったかと思えば
数時間も待たされ、その末に戻ってきた少年が
何故か血まみれの服を着て、しかも人数が増えているからだ。
この少女、ソニアは若干思い込みの激しいところがあり、
事態を曲解して、後ろにいる少女A(シエル)と少女B(ユイナ姫)が
実は影のボス(何の?)ではないかと勘違いしかけた程である。
それぐらい少年――ジルベルトは突飛な状態だった。
よく見ればさっきは持っていなかった剣まで持っているではないか。
少女はすぐさま異常な事態である事だけは察知した。
「…………」
だというのに、この少年、一体何を考えているのか。
頭をぺこりと下げた後、ちゃんと仔猫を受け取って済ませた。
「一体どこへ行ってきたか知らないけど、怪我は大丈夫?」
こくこく、と頷くジルベルト。心配無用、という事だろうか?

「不躾だけど……あなた、さっきから何で喋らないの?」
ソニアは最大の質問をジルベルトに投げかけた。
「ごめんなさいね。お兄ちゃんはほとんど喋らないから」
そこにシエルが割って入る。
「能力に任せて日頃から横着してるから、
 こうなっちゃって、ごめんなさい」
「能力?」
ソニアは訝った。事態がよく飲み込めていないのだ。
「お兄ちゃんと私、シエル=ラネージュっていうんだけどね?
 エスパーで互いになまじ意思疎通が出来ちゃうもんだから、
 喋るのが面倒に思っちゃってるのよ、完全にね。
 妹の私でさえ、一週間に一回、声を聞ければいい方かしら」
「はあ」
ただの横着だったらしいと分かると、
気の抜けた感じになってしまった。
「ついでに言うと怪我も私の呪文で直してあるから大丈夫。
 ウチの仔猫を預かって下さって、ありがとうございます」
「あ、どーも」
(じゃ、行こうか)
挨拶も済んだと解釈したジルベルトは、ソニアの手を引っ張って
どこかへ連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、どこへ連れてこうって言うの!?」
説明は面倒なのだが、という顔でジルベルトは文字に記す。
『これから仕事場へ』
「って、それじゃ意味分からないでしょっ!?
 ちゃんと説明なさい!」
怒ってソニアはジルベルトの腕を振りほどく。
「あっ、あの……ジル君、それじゃ説明不足だと思うわ」
馬の上から桃色のお団子頭少女(ユイナ姫)が語りかけてくる。
「あなたは?」
ソニアは再度質問を投げかけた。
「紹介が遅れた事をお詫びします。
 私はユイナ=カザミネ=ザン=アーム。
 ザン共和王国王政部次期筆頭第一候補人物です。
 よろしくお願いしますね」
「え? 王政部次期筆頭で、アーム家って……プリンセスってこと?」
「はい」
どうやらこのすっとぼけた少年は王政部にさえ縁があるらしい。
どうもとんでもない子と関わってしまったようだ。
ユイナの顔を見て、ひっそりとソニアは覚悟を決めた。
「いいわ、どういうわけだか話を聞いてみないとね。
 騒ぎも収まったっぽいのに私にわざわざ用って事は、
 どうもただ事じゃなさそうだし……ね」
「話が早くて助かります、では行きましょう」
どうやら話がまとまったらしい、という事を理解したジルベルトが、
再度ソニアの手を引いて歩き出す。
「って一人で歩けるわよッ!」
再度ジルベルトの手を振りほどくが、それを見て
ジルベルトは不思議そうにソニアを見つめてくる。
「なっ、何よ?」
「あーあーもう、世話の焼ける」
再度シエルが割って入った。
「ごめんなさいね、お兄ちゃんは私の手を引っ張って
 どっかに行く事が多かったから、女性に対しては
 そうやってエスコートしてやるモンだって思い込んでるの。
 悪く思わないであげて下さいね、えーと……」
「ソニアよ。ソニア=メーベルヴァーゲン」
「ソニアさん? そういうわけだし、兄共々よろしくね」
「共々?」
事態の詳細を正確に察することの出来ぬまま、
一行はザン共和王国王政部施設、アーム城へと向かうのであった。

「はぁぁ? 私を勇者軍にスカウト?」
(うん、そう)
ジルベルトはこくりとただ頷く。
「私なんぞが勇者軍でやっていけると
 思ってるの? あなた、正気?」
「あら、腕に自信が無いかしら?」
シエルが嫌味のように、しかし意志を確かめるように言ってくる。
「当たり前でしょ!? そりゃ、私だってそこそこには
 腕に覚えもあるつもりでいるし、
 やれって言われたらやってもみせるわ。
 けど勇者軍のそれとは、根本的に違い過ぎるって話でしょ!?」
「そうでもないわ。勇者軍だって、一万年以上の時間を経て
 パワー・デフレーションを起こし続けているのよね。
 ぶっちゃけ単体の戦闘技量なら負ける人達とか割と多いし、さ」
「そうなの? シエルさん」
「そうなの。シエルでいいわ」
「そう。でもシエル。そんな大事な事、あなたが決めていいの?」
「決めたのは私じゃないの」
「じゃあ、ユイナ王女?」
「いえ、私でもありませんよ?」
ユイナ王女はいきなり名を呼ばれて驚いたが、
あまり動揺は見せず、ひらひらと手を振ってみせる。
「決めたのはあくまでお兄ちゃんだから」
シエルがジルベルトを指差すと、ソニアはまた驚いた。
どう見てもこの場で一番頼りなさそうなこの少年が
そんな大事な事を決めたというのだろうか?
「お兄ちゃん? また適当に自己紹介して人を混乱させたでしょ?」
シエルが強い怒気を孕んだまま睨み据えると、
ジルベルトがぴたりと欠伸を止め、びくりと身体を震わせ、振り向く。
(ごめん、シエル)
(ごめんじゃないわよ。ちゃんと説明しなさい!)
シエルとジルベルトのテレパスの会話後、ジルベルトは
文章で自分の確信をしたためる。
『ちゃんと説明してなくてごめんなさい』
「?」
ソニアがまたしても訝るが、質問の暇は与えずペンも止めない。
『僕の名前はジルベルト=ストレンジャー。勇者軍筆頭です』
「なっ!?」
もう何度驚いたか分からないが、本日一番の驚きがソニアを包む。
『ソニアさん、あなたの隠れた才覚に勇者軍の一員たる資格を認め、
 僕の独断によって、あなたを勇者軍に迎えたく思います。
 いい返事がもらえたら、最大限の待遇で歓迎したいと思います』
「わっ……私なんかで……本当にいいの!?
 今日の騒ぎを見るにつけ、すごく大変な状況なんでしょう!?」
『僕が、あなたがいいと思ったんです。お願いします』
ジルベルトの落ち着いた、綺麗な文体が逆に重みを感じる。
勇者軍の一万年以上の歴史という重み、そして彼の誠意を。
そして必死に手を握ってくるジルベルトの温かみが、
本当に自分の力を必要としている事が、彼女には理解出来た。
「不束者の私で良かったら……よろしくお願いします!」
まるでプロポーズを受けるような気分でソニアはしっかりと答えた。
こんなに他者に求められる事が彼女には無かったのだ。
自分の力が勇者軍で通用するのならそれも悪くないかもしれない。
そういう思いも、彼女の決意を後押ししたのだった。

しかし、ジルベルトやシエルは素直に笑いかけてくれるが、
ユイナ姫は内心穏やかならぬ胸中であった。
しかし、それがテレパスで読まれる事はひどく不愉快だったため、
懸命に今後の対応を考えることでごまかす事に専念していた。

「それじゃあ、仲間入りの印というか、
 どうせせっかくの縁なんだし、ソニアさんには、
 この仔猫の名付け親になってもらいましょ、お兄ちゃん。
 どうせ考えるの、面倒だったんでしょう?」
無茶を言い出すシエルの影から、先程の白い仔猫。
いや、その他にも毛色の違う仔猫達も含め、
合計四匹の仔猫が現れた。
どうやら全部ジルベルトの家の飼い猫であるらしいと察すると、
「初任務ってこと? いいわ。
 うんと素敵な名前にしてあげるわね」
と、にゃーにゃー鳴いている
仔猫達を指差して考え、そして決める。
白毛、茶色の毛、茶と黒のぶち柄、
そしてやや黒がかった灰色毛の猫の順に、
「大福、きなこ、みたらし、黒ごま!」
「ええぇぇぇぇぇぇッ!?」
三者三様、抜群のリアクションで驚いた。
ソニア=メーベルヴァーゲンの、
その凄まじいネーミングセンスの無さと、
結果付けられたひどい有り様と言う他無い名前に。
しかし任務として依頼した以上、変更も効かず、
ジルベルトとシエルはその日のベッドの中で、
こんな人にネーミングを依頼した己の愚挙を、
死ぬほど悔いる事になったのであった。

ソニア=メーベルヴァーゲン。フィストナイト。
馬はやや乗りこなせていないものの、戦闘能力は高め。
常識人で頭脳明晰、成績優秀、身体能力抜群に才色兼備と、
天は四物を与えたる類稀な才女である。
しかし意地っ張りで負けず嫌いな上、気が短い。欠点である。

そんな彼女には致命的な弱点が二つほどあった。
重度の高所恐怖症と、狂ったネーミングセンスである。
それを知りえなかったのが、あるいは
仔猫達の不幸だったかもしれない……



最終更新:2011年02月18日 01:16