第四章-第一幕- 猫の友達





周辺区域に散在するスプレッダー幼生体をほぼ全て駆逐しきった
勇者軍主力部隊は、蒼の都――そう呼ばれる都市へ到着した。
シュライク・シティである。
そもそも『蒼の都』と呼ばれる所以は、市長である
初代キャプテン・シュライクと称される
レーサーの趣味による所が大きい。
彼の、いや彼女の愛機『ブルー・シュライク』の名が指し示す通り、
彼女は青色、いや蒼色を強く好んでいた傾向がある。
その関係からか、初代キャプテン・シュライクは大胆にも
とある湖からわざわざ水を引き、もう一つの大きな湖を作らせた。
その上に作られたのがシュライク・シティなのである。
故に都市としては異常に規模が小さいものではあるが、
本人のネームバリュー、風光明媚さ加減など、あらゆる要素が
完全にマッチして、有名な観光地になっている。

また人口の湖の底の塗装を工夫する事で、透明な水を
わざわざ青く見せる工夫までご丁寧に成されているほどである。
そうした市長の苦労もあって、蒼の都の名は三十年ほどをもって
完全に定着するに至っている。それがシュライク・シティの実状だ。
もちろん元レーシングパイロットである初代シュライクに敬意を払い、
I-BIS』グランプリと呼ばれる
レーシング競技用のコースもある。
なお、比較的最近の話ではあるが、十年ほど前に
二代目のシュライクに就任したとある若者がいて、現在レースで
疾走しているのも、彼だという事らしいが、それは余談である。

閑話休題。

そんな蒼の都、シュライク・シティに到着した勇者軍主力部隊は、
ひとまず休息を取る事になった。
妖精の森から決して近くない距離の
この都市に来るには数日を要したため、
久しぶりのまともな休息である。
もちろん、宿で一泊を取る予定もとうに立っている。
「平和ですねぇ……」
と、馬上のユイナ姫が呟く。愛馬チトセには彼女だけでなく、
何故かジルベルトの愛猫達まで乗っていたりするが、
チトセ自体はさほど気にもならないようではあった。
「うにゃー」
短い足ながら、いやそれ故の愛嬌を振りまきつつ、
きなこがユイナ姫の頭上に乗ってきた。
ユイナ姫は動物が好きな性質なので、軽く抱いて頭を撫でてやる。
実に気持ち良さそうにきなこはもう一鳴きする。
ストレンジャー家の猫好きも相変わらずなんだね」
と、レイリア。
「気持ちは分かる。ウチにも一匹置きたいぐらいだ」
と、エイリアはエイリアで馬上の黒ごまを抱き寄せてやる。
「猫好きに悪人なんていないわ」
と、シエルも馬上から大福を抱き寄せた。
ジルベルトはただ無言で頷いて残ったみたらしを抱いてやる。
「そうか? 昔のマフィアなんかも猫好きだったって言うぞ?
 ほら、ワイングラス揺らしながら膝元に猫抱えて、
 落とし穴で逃げ帰ってきた部下を処刑する奴とかな」
と、デリカシーもクソも無い事を言ってのけるジークを、
四人が、というよりは特にシエルが睨みつける。
「あら、それは叔父様がマフィアの
 リーダーである私とお兄ちゃんへの
 密かな挑戦状かしら、ジーク。もっかい泣かすわよ?」
その異常な迫力に、ジークは平謝りするしかなかったりする。
「すいませんでした」
ケヴィン=アイリーン。そう呼ばれる人物がいる。
ジルベルト達の母親の双子の弟で、
アイリーン・マフィアを率いる筆頭であった。
もちろん義賊的側面が強いため、皆に敬意を抱かれる存在である。

「うにゃー!!」
みたらしが大暴れを始めた。ソニアの手で宿に入る前に、
衛生上きっちり外で身体を洗われていたのである。
「きゃっ!? ちょっと、大人しくして、みたらし!!」
「にぎゃー!!」
つられて残る三匹まで大暴れを始める。勇者軍の飼い猫は
戦闘能力も凄まじいものを保有しているので
暴れると手が付けられない。
恐らく虎ぐらいなら一撃でダウン。良くて瀕死だろう。
まあそれはもっともこの仔猫達が成熟してからの話ではあるが。
そして多くの猫というものは水を嫌う傾向がある。
ざしゅっ!!
大福の爪が地面をえぐり取る。まさに爪跡としか言いようのない
不自然な傷が路上に付いてしまった。
ソニアはその時、何者かに見られているような気がして、
一瞬その方向を振り向いたが、何もいなかった。
気を取り直して、対処にかかる。
「ちょっと、ジルベルト君! 私じゃ手に負えないんだけど!?」

ジルベルトがひょっこりと姿を現した。嫌がる愛猫達を見て、
首をふるふると振ってから近付く。
(それじゃ、駄目)
ジルベルトはそう思いながらゆっくり近付いて、
ぬるめのお湯をタライに張ってやる。
そして、それを少しずつ頭からかけながら、
ゆっくりと揉むように洗ってやると、
今まで暴れていた仔猫四匹は、いとも簡単に大人しくなった。
「はー。流石は飼い主。お見事だわ」
流石にこれは負けず嫌いのソニアも完敗を認めざるを得ない。
ジルベルトはそんなソニアにタオルを渡してやる。
(優しく拭いてあげて下さい)
そんな意思表示を感じて、ソニアは優しく仔猫達を拭いてやる。
すると、仔猫達は落ち着いてソニアに身を委ね始めた。
「よし、っと」
満足げにソニアは大福を抱き上げてやる。
そう、それは実に平穏な光景であった。

そこまで、ではあるが。

ペット同伴可能の宿泊となった勇者軍主力部隊――
その夜、女性陣の泊まっている部屋に一匹の猫らしき影が現れた。
黒ごまのようでもあったが、違う。まず大きすぎた。そして黒すぎる。
何よりも黒ごま、というよりまともな猫は常時二足歩行などしない。
いや、それ以前の問題でジルベルトの愛猫は四匹『しか』いないのだ。
その数は十、二十、三十、いや百でもきかなかっただろう。
それが足音も、気配も一切感知させずに侵入してきたのだ。

しかし眠りにふけっていた勇者軍はその殺気の無さ故なのか、
日頃相手にしているものが怪獣と呼ぶべき物騒なもののためか、
謎の猫らしき集団の気配には一切気が付かず、熟睡していた。
戦闘が激務のため、疲労状態にあったのも原因だろうが、
もはやそんな事はどうでも良くなっていた。

一方男性陣の泊まっている部屋にも同様の猫らしき集団が
大挙して、しかしあまりにも静かに押し寄せていた。
だがそれは、それだけの出来事であっただろう。
何故なら謎の猫らしき集団は夜明けまで、そのまま居座るだけで、
攻撃、窃盗、脅迫、器物損壊……侵入者が行う事が
予想されうるあらゆる行動を取らなかったのだから。

翌日
「うぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
目覚めはジークが最も早かった。そして起きて一番に驚愕した。
自らの寝ているベッドに、枕に、そして自らの上に多数の
黒猫らしき生き物が乗っかっているからだ。いや自分だけではない。
ジルベルトの上にも、ライナスの上にも乗っている。
黒猫らしき生き物の数も尋常ではない。百以上は確実にいるだろう。
それらが全て三人の上に密集しているのだ。
これを異常と言わずして、他に表現の手段など無い。
ジークの絶叫、いや悲鳴に連動するように
次いでライナスが起きて驚く。
「うわっ、何だ!?」
最期にジルベルトが起きた。
「?」
ジルベルトだけは、のほほんと起きて来たが、
やがて事態の異常さを悟ると、何故かまとわり付く
いやにデカい黒猫らしき集団を振り払って部屋を出て行った。
(シエルやソニアさん達が危ない!)

ずだんっ!
乱暴にドアを蹴り開けたジルベルトが見たのは、
おおむね予想通り、自分達と同様に謎の黒猫らしき生物の集団に
たかられて右往左往している妹達の姿だった。
「ちょっと、何なのこいつらは!」
特にソニアのたかられっぷりが尋常ではない。
明らかにシエルや他の者達の数倍はたかられている。
ユイナ姫もユイナ姫でいくら何でも堪忍袋の緒が切れそうなのか、
遂には槍まで探し始めている始末、シエルは猫好きの立場故に
とりあえず引き剥がす事に徹するしか無さそうであった。
「おい、ジルベルト君、そんな所で何をしてるんだ、
 ってうわ、そっちもか!」
ライナスが後から追ってきて再度驚く。
ジークも現れ、いよいよ事態は泥沼の様相を呈してきた。
ジルベルトは特に状況のひどい事になっているソニアにたかっている
謎の黒猫達を実力行使で引き剥がす事にする。
もちろんそんな事をしている間にもジルベルトにも、
そして一旦は引き剥がしてから合流したライナスとジークにも
黒猫集団はたかりまくっているので、事態は収拾を見せない。

(ソニアさん、あんまり動かないで)
と、ジルベルトが苦労しながら
ソニアから黒猫達を引き剥がしていると、
「あ、やっ! ちょ、ちょっと! 変なところ触っちゃ嫌よ!?」
と変に意識して妙な動きを展開するソニア。
「だー、もう! こいつら離れろって!」
ジークはジークで一人で大暴れを始める。
しかしいくら振り払っても黒猫集団は再度まとわりつく。
「大福、きなこ、みたらし、黒ごま! どこなの!?」
そんな状況の中、必死に自らの正しいペットを探し出すシエル。
しかし大混乱の中、二人だけロクに抵抗もせずに
大人しくまとわりつかれている人物がいた。
レイリアとエイリアである。
「あの、ジッとしてないで何か対策を考えて下さい!」
半泣きで懇願するユイナ姫を無視して、
何か熟考しているようであった。
二人で話し合いを展開していたのだ。
「ちょっと、レイリアさん、エイリアさん!?
 聞いてるんですか!?」
ライナスも抗議したところで、遂にユイナ姫がぶち切れて、
槍のカバーを外し、振り回しにかかろうとした。
「いい加減に……して下さいッ!」
「ちょちょ、ちょっと待って!」
とレイリア。
「その子達に危害を加えては駄目よ。私達も初めて見るけれど、
 たぶん、彼等は通称『猫の友達』のケット・シー
 猫っぽいけど妖精族ね」
エイリアもユイナ姫を止めにかかる。
「猫の友達?」
全員が一斉に振り返る。
「そう。猫の友達。彼等ケット・シーは
 野良では単なる凶暴な肉食動物だけど、
 一定の文化圏、すなわちケット・シーによる独立国家で育った、
 いわゆる『育ちのいい』ケット・シーは、
 人間の言葉さえ理解して、建造物的な住居を構え、
 独自の文化を形成している知的生命体だよ」
レイリアの説明が続く。ユイナ姫がそこで素朴な疑問を口にした。
「妖精族、ってことは……」
「そう、私達のお仲間で、同じ妖精族として
 友好条約を結んでいるよ。だから彼等を殺傷したりすると、
 非常に後々妖精族的にマズいよ。下手をすると
 勇者軍と妖精族の同盟関係が破壊されたりもするかも」
「そうなのか?」
ジークの疑問にはエイリアが答えた。
「ああ。とりあえず引き剥がすのはいいが攻撃は駄目だ。
 まずは原因の追及が第一だろう。誰か、猫に何かしたのか?
 猫が嫌がる事をすると敏感に反応して、彼等ケット・シーは
 復讐と自称する行為で、対象者を無差別に襲う」
「何かしたか、というと……ソニアさん?」
シエルがひと睨みすると、ソニアは心外という顔をした。
「そんな! 私、大福達をいっぱい可愛がってるじゃない!
 服を着せようとしてみたり、似合う首輪を探してあげたり、
 昨日だって身体を洗ってあげたりしたのきゃぁぁぁぁぁぁ!?」
その言葉が終わらないうちにまたしてもケット・シーからの
一斉襲撃をうけ、たかられてしまうソニアだった。
「間違いないみたいね」
納得、と言わんばかりにシエルが頷いた。
「でも、襲うと言っても基本的に殺傷行為は行わないんだな。
 さっきから肉球とかで叩かれたりとかは
 してるけど、攻撃力無いし」
と、ジーク。
「彼等は基本的に殺傷行為を好んでは行わない。
 育ちのいい者に限るが、な。
 そもそも自慢の爪は独自の文化のせいで頻繁に切っているし、
 道具での戦いも得意ではないのなら、致し方なかろう」
と、完全に地に戻っているエイリアが追加説明をする。
「だが、彼等の本気はこんなものではない。早くここを離れよう。
 これは恐らく偵察隊に過ぎないだろう。彼等が本気になったら
 軍勢は十万規模にふくれあがり、それらが一斉に鳴き出す。
 昼夜問わず、交代でひっきりなしに大勢で鳴きまくって、
 私達ならず周辺の大迷惑になる。しかも彼等は異様にしつこい。
 完全に彼等の勢力圏内から離脱しない限りはずっと続くだろう。
 鼻も目も利くから、一度見た私達の顔は忘れないだろうしな」
詳細な説明が終わり、レイリアとエイリアは嘆息した。
初めて見た妖精族の同胞種族がここまで厄介だなどと、
文章で知ってはいても予想外だったのだろう。
そこまで大人しく聞いていたソニアが大きく身体を動かし、
一気にケット・シー軍団を振り払いにかかった。
「よっし、詳細は分かったわ、今すぐ宿を引き払いましょう!
 これ以上の大混乱は宿の人達にも、他のお客にも迷惑だわ!
 すぐにここから……いえ、シュライク・シティから離れないと!」
もちろん異論のあろうはずも無かった。
方針がまとまれば、動くのは速いのが勇者軍の美徳である。

まずはしつこくまとわりつくケット・シー軍団を引き剥がしつつ、
シエルが迅速に愛猫四匹を発見、
着替えもそこそこに(そもそも不可能に近い)、
月末一括払い契約(ツケ)をもって強引にチェックアウトし、
外に寝かせていた愛馬チトセと合流し、
まさに兵貴神速といわんばかりの
行軍速度をもって、何とかシュライク・シティを無事に離脱。
二十キロメートルほど離れて、
ようやくケット・シー偵察部隊を撒いたのだった。
「な、何だったんだ一体……」
一番無駄に暴れていたジークは肩で
息をしながらようやく休憩に入った。
「あれは……敵と見なすべきだろうか」
「でも、傷付けられたわけでもないのに
 そこまで見てしまうのは可哀想かも……」
ライナスの一言をユイナ姫がばっさり斬り捨てた。
「そもそも手を出しちゃ駄目なんだってば。とりあえずは離れて、
 後からセリナ女王経由で交渉をしてもらわないとヤバいよ?」
「いくら勇者軍が一騎当千とは言え、多勢に無勢は否めない。
 殺傷を禁じられた以上、こちらに打つ手は無いに等しい。
 大体ずっと鳴き声を四六時中聞いていたらノイローゼになるぞ」
レイリア、エイリアが釘を刺してくる。
「なら海を渡るしかないわね。ヴェール・シティへ急がないと」
シエルが最後にまとめにかかった。

一方、ジルベルトはソニアに怒られていた。
「ジルベルト君、さっき私の胸とか腰とかちょっと触ったでしょ?」
(あ、あれは事故です……)
と弁解したくても、日頃の無口が災いして反論も出来ない。
「いくら上司でもやっていい事と悪い事があるわ。反省なさい!」
ごん!
と、一応の手加減はしてあるものの、
かなり強烈なゲンコツを一発もらって半泣きになっていた。
(シエル……)
挙句の果てに妹に泣きつく始末である。
「事態的にしょうがないんだし、そこまでしなくてもいいんじゃ……」
シエルも見かねて、珍しくフォローに入る。
「いいの! 乙女の柔肌を何だと思ってるのかしら、この朴念仁は!」
その様子をハラハラしながら見つめるユイナ姫と、
茶化すジークが対象的ではあった。
「おー、ドリームマッチか、もっとやれ!」
「見せモンじゃないの!」
ごん!
「おごッ!?」
と、ジークの方は手加減無しの鉄拳制裁を受ける事になった。

内憂外患――こんな言葉で表現したくはないものだが、
勇者軍主力部隊の状況は決して優勢とは言えない。
そんな状態のまま、彼等は港町、ヴェール・シティへと到達する。
後ろから迫り来るであろうケット・シー軍団の
迷惑さ加減に内心脅えながら。


第四章-第二幕- へと続く>
最終更新:2011年02月18日 13:00