第八章-第一幕- 進化する剣
ストレンジャー・タウン――かの
ザイン=ストレンジャーが
その大元となる集落を作り、
彼を慕う者達によって作られた町である。
そして、前総帥
エドウィン=ストレンジャー夫妻の、
現総帥
エリシャ=ストレンジャー夫妻の、
かつジルベルト達の故郷でもある。
その故郷の一部がごっそりと崩れ落ちていた。
幼生体による被害の比ではない。規模が半端ではないのだ。
「何よ……これ……!」
シエルの声に絶望と怒気が含まれる。明らかに動揺している。
人の姿がまともに見えない。しかし病院からはとてつもない人数の
気配がしたし、何より難民キャンプに多くの人間が倒れている。
件の
インフルエンザウィルスによる被害であろう。
完全防備の
ドクター達が大勢、かけずり回っていた。
「何があったんですかッ!?」
ユイナ姫が慌てて難民キャンプの責任者に話を聞きに行った。
「例の怪獣スプレッダーの成体です。
奴がこの町の上を通過したせいで、多くの家が潰れ、
病人も多発する有り様。しかもあろうことか、
最後の希望であるストレンジャーさんちの
お子さんの家まで潰れたとか……」
そこにジルベルトとシエルが歩み出る。
「おお、ジルベルト君、無事だったのだな、良かった!」
責任者は安堵したように言う。が、二人に笑顔などなかった。
尊敬すべき祖父が改築し、母が優しく、
時には厳しく二人を育ててくれた家。
ジルベルトとシエルにとっては大事な拠り所だったのだ。
そこを破壊されたと聞いたジルベルトの怒りは尋常ではなかった。
(シエル……! 行こう!!)
(ええ!!)
二人はいきなり駆け出した。自らの家だった場所へ向かって。
「ちょっと、どこ行くの!?」
ソニアの制止も聞かず、二人は走り続け、そして到着した。
瓦礫の山と化した我が家を。
「…………!」
「……酷い……! いったいあんな奴に何の権利があって、
私達の家を潰すって言うの! 許せない! 許さない!!」
シエルが怒りを露にする。しかし
ジルベルトはただ瓦礫をどかし始めた。
「……お兄ちゃん?」
(あの剣を……
ストレンジャーソードを
見つけ出さなきゃいけないんだ。
僕は、あの剣をもってスプレッダーを
この世から……撃滅する!!)
「手伝うわ!」
無事かどうかも分からないが、伝家の宝刀を見つけ出すために、
シエルも力不足ながら、瓦礫の山をどけ始めた。
そこへ主力部隊の残り一同がやってきた。
「手伝って、みんな!」
シエルが懇願する。
「あの剣、だな?」
エイリアが全てを解し、手伝いにかかろうとするが、
レイリアがそれを制止した。
「いちいち手で片付けてなんていられないでしょ。任せて」
工兵用の建築物破砕砲を持ち出すレイリア。
「発射!」
どむッ、どむッ!!
数回発射しただけで、かなりの量の瓦礫が吹き飛んでいた。
これは確かに早い。ジルベルトも手を止め、それを見守っていた。
さらに数回発射した後、伝説の剣、ストレンジャーソード――
誰が開発したかも、何のために開発したかも分からないが、
抜群の威力と、無限の進化の可能性を秘めた大剣が、
傷一つ見せず、床に突き立ったままの形で姿を現した。
「これがストレンジャーソード……?」
初見のリゼルも大きく唸った。
それほどまでに素朴な印象の大剣である。
しかし素朴なのは装飾だけであり、
白、とも黒、とも銀色、ともつかぬ
味のある色合いの刃が、一同を魅了する。
「お兄様……!」
メイベルが促し、ジルベルトは頷いた。
手に取ると、ストレンジャーソードの刃が大きく輝き出した。
そのあまりの発光に、大半のメンバーが目を逸らすほどだ。
しかしジルベルトは躊躇わず、一気に引き抜く。
そして、ジルベルトは剣に封じられていた母の伝言を聞いたのだ。
(ジルベルト……あなたがこの剣を抜くという事は、
また勇者軍にとって最大級の危機が来た事を意味しますのね……
けれど、この剣は無限の可能性を秘めた進化する剣ですの。
私はこの剣を持って業を迎える器を作り上げる事で、
勝利を掴み取りましたの。あなたの心が作り上げる
最強の器を持って、勝利を掴んで欲しいですの)
ジルベルトの眼差しが怒りの色を失っていく。
それほどまでに、母の魔法による声は
優しく、甘く、そして暖かかった。
シエルもその声を聞いていたのだろう。
同じように悟りの色を眼差しに見せた。
ジルベルトは軽く素振りをしてみた。凄まじい大剣のはずだが、
彼の手に握られれば、もはやそれは
レイピアのように素早く動いた。
試しにライナスが握ってみても、
大木でも持たされるかのようにびくともしないのに。
そして、軽く瓦礫を突付いてやれば、その瓦礫は真っ二つとなった。
「凄い……」
ライナスも驚愕するほどの威力である。
「行きましょう。どこに行ったか
分からないけど、スプレッダーの奴を
この世から存在ごと抹殺しない事には、
こうやって不幸な人が生まれ続けるわ」
シエルの声が、ジルベルトの真意を伝える。
(なんか、ジルベルト君、怖いな……)
ソニアが軽く怯えながらも、頷く。
しかし、事態はシエルが思っている予断さえも許さなかった。
突如としてシルヴィアが警告を発したのである。
「レーダーに強大なエネルギー反応! 座標を各端末に転送します」
すぐにリンク・システムにより各員の情報端末に転送された。
「このエネルギー反応パターン……スプレッダーの成体か!!」
コンラッドがすぐに感づいた。
「座標は……
亜人族の里付近!? それはどこだ!」
ジークが混乱する。そんな場所を知らないからだ。
その混乱を更に助長する事態が発生していた。
「
亜人王タイタン名義による全方向無差別救難信号をキャッチです!」
ユイナ姫が更に深刻な事態を報告してくる。
「
ナインサークルロード自らか!?」
これはただ事ではない、とテディも理解するに至った。
ナインサークルロードと言えば、勇者軍を除いて――場合によっては
勇者軍に対抗し得る、ほぼ唯一の存在と言ってもいい者なのだから。
そして実際に集落を襲われている
妖精王でさえそんな信号は出していない。
単純にレイリアとエイリアがいたからなのかもしれないが、
この際、それはどうでも良かった。
「どうしましょう……お兄様、お姉様……
亜人族の里の場所を知らないです……」
半ば泣きそうな顔でメイベルがシエルに泣きついてくる。
「泣かないの! 亜人族の里が分からないなら
分からないで構わないわ! 要はスプレッダー成体の
エネルギー反応を追えばいいんだから!!」
その現実をちゃんと理解した一同は、ようやく結論に達した。
「よし、ならば俺から偵察要員を出そう!」
ピーッ!
テディが口笛を吹くと、どこからともなく鳩がやってきた。
テディはその鳩にシルヴィアから受け取った
超小型カメラを結びつけると、それと情報端末をリンクさせた。
「行け!」
ばささッ!
鳩は素早く座標の方向へと飛び立っていった。
「よし、これで先方の状況は分かるだろう。行くぞ!」
テディの檄が飛ぶ。全員が頷いた。
(シエル、亜人族の里にはきっとあの人がいる。だとしたら、
僕達は今度こそ、そこを守り抜かなければならない。いいね?)
(分かってるわ、お兄ちゃん。私の……いえ、私達の家族に
手を出したらどうなるかを、今度こそ
あのクソ怪獣に叩き込んであげるわ!)
テレパスでの会話で、意志を確認し合う二人だったが、
それとは無関係に、行軍は通常の三倍の速度で行われた。
自らの大事な拠り所を救えなかった彼等が、
それよりも大事な者の命を、
今度こそ断固かつ、絶対に守り抜くために――
最終更新:2011年02月18日 13:15