第十章-第四幕- 贖罪
勇者軍主力部隊は未だ戦闘中の外を放置し、
巣の中へと足を踏み入れる段階へ入ろうとしていた。
各々の救援に感謝しながら――
ごがぁぁぁぁぁぁぁぁん!!
しかし、足を踏み入れようとした矢先、巣自体が大きく破壊された。
女王体が活発に活動を開始したのである。
巣の破片が飛び散り、いくらかの破片が
巣の土台の下へと落ちていく。
「うおおおッ!?」
もろに破片の直撃を受けたコンラッドが
大きくよろけるが、すぐに持ち直す。
「……っと、何だってんだ!」
いくらか不機嫌に破片を蹴飛ばすコンラッド。
しかし、目前にいた女王体の大きさに愕然とする。
成体と比較しても一回り以上巨大だった。
それが羽ばたき、空を飛んでいるのだ。
即座にリゼルは端末の解析機能で全長と重量を推測する。
「全長百二十メートル、八百トンクラス……!?」
しかもこんな巨大な生物が多脚の他に、羽根で飛行するというのだ。
まさに化け物という他無い異形である。
また、シルエットはどこか曲線的であり、滑らかさを感じさせた。
顔も十字口はともかくにしても、
禍々しさは成体よりもむしろ下回る。
しかしこれだけの巨体が飛行するのはそれだけで凶悪ではあった。
素早いとはいえ、あくまで陸上移動しか出来ない
メカ・スプレッダーにあれほどの苦戦を強いられた事から、
空戦能力に致命的に欠ける勇者軍にとって、
大きな障害となるであろうことは想像に難くないのである。
ましてや素早く動かれる事においては
何をか云わんや、というべきか。
「スプレッダー女王体……!!」
ソニアが恐れを抱いて、呟いた。
あれだけの高所と
なると、気力でカバーするのも難しい。
高所恐怖症のソニアにはどだい、無理な話である。
「レイリア、叩き落とせ!!」
エイリアが素早く指示を出す。
「どこまで通じるか分からないけど、やってみるね!」
先程も使っていたビーム砲を持ち出したレイリア。
しかし、スプレッダーの女王体は意にも介さない。
「照準合わせ……照射!!」
じゅばっ!
ビームが射出され、直撃するが、スプレッダー女王体は
あまりダメージを受けていない様子であった。
が、痛いのは痛いらしく、癇に障った様子で、スプレッダー女王体は
初めて勇者軍主力部隊の方向を見るに至った。
今までは全体の戦況を見渡して
超音波で指揮を執っていたのだろう。
今になって致命的な距離まで
接近されたことに気付いたようだった。
怒り出し、尾殻の部分から酸を噴射し始めた。
「ひゃッ!?」
大慌てで勇者軍主力部隊全員が、
特にメイベルなど真っ先に退避する。
よほど、先程
スカーレット・アーマーを
溶解させられたのがこたえたらしい。
その場に置いてこざるを得なかった
ビーム砲は即座に溶解させられる。
「ひぇえ、危なかったー!」
もちろんビーム砲の間近にいたレイリアが一番怖い思いをした。
「くっ、どうする!?」
ライナスも手が届かない距離だ。直接攻撃出来る人員は限られた。
「せめて羽根……片方さえ破壊出来れば落ちてくるのに!」
リゼルも解析機とにらめっこを続けている。
「俺の
マグマロックストライクも届きはしないか……」
テディの遠距離攻撃も通用しなさそうであった。
いきなり策が尽きかけていた。スプレッダー女王体は第二撃が
来ないのを見て、無視して指揮を続けるようであった。
しかし――
「そんな事で諦めてる場合じゃないでしょう!?」
声がした。そちらの方を振り返ると、ドルカスが来ていた。
必死にスプレッダーの群れをかいくぐって来たのだろう、
ズタボロになっている。
「ドルカス! どうしてこんな所に来た!?」
テディが叱責する。怪我を見るに見かねたのだろう。
「スプレッダーがもたらす技術を
認めないのが
惑星アースの総意なら、
私は商売に関わる人間として、それに対して必ず
贖罪する義務を負っているわ。だから来たのよ!」
すると、ドルカスは不自然に長い銃弾が
搭載されている狙撃砲を取り出した。
人間が持つには極端にバランスが悪い。
しかも砲弾は砲身からはみ出ている。
その上、砲弾自体に取っ手が付いているという不可解な代物だった。
「さあ、取っ手を掴むのよ!」
「何だ、これ?」
と、テディ。
「支援兵器のデリバリーランチャーよ。フックに腕を固定してから
人を運ぶ為に射出する狙撃砲。
通常は避難用とかに使う予定の新商品ね。
砲弾には通常パラシュートを付けて軟着陸させるんだけど、
勇者軍なら大丈夫だろうし、固定も不要でしょ?
これであなた達を奴等の所へ運んであげる。羽根を折りなさい!」
「分かった! 任せる!」
と、テディが真っ先にフックを掴んだ。
「あ、待って! この狙撃砲はバランスが悪いから
誰か一人か二人ぐらい残って欲しいわ。お願い!」
「じゃああたしが残る!」
「私も!!」
狙撃自慢のレイリアと、高所恐怖症のソニアが立候補した。
(行ってきます!)
ジルベルトとテディが第一陣として
デリバリーランチャーの砲弾を掴む。
「行ってらっしゃい、ジルベルト君、テディ!!」
ソニアの声と共に、第一射。見事に着弾し、
わずかながら女王体が怯む。
上手く取り付いたようであった。
「さあ、ガンガン続けて行くわよ!」
と、意気込むドルカス。しかし――
「私……先に行きます……
スカーレット・アーマーの仇……取ります」
メイベルはそれを無視し、コンラッドを連れて先に飛翔した。
「よし、じゃあ残りも行くわよ!」
仕切り直して下は盛り上がりを見せていた。
何故かきっちり付いてきていた四匹の愛猫達も騒いでいる。
一方上では、真っ先に到着した
ジルベルト、テディ、メイベル、コンラッドの
四名が羽根を目指して移動を開始していた。
「ここは、奴のどの辺だ?」
コンラッドが位置関係を掴みかねていた。
「たぶん、背中の辺り。右か、左に行けば羽根に行くはず……」
と、メイベルが静かながらも覇気に満ちた声で答える。
「そか。なら急がないとな」
ずどん!!
またデリバリーランチャーが近くに着弾した。
次にやってきたのはライナス、ラティシアの両名だった。
「うわわッ!?」
その際の振動で、危うくテディが落下しそうになる。
「危ないな……着弾に気を付けよう。全員で来る必要があるのか?」
ずどん!!
テディが疑問を抱く間にも、また着弾。
更にエイリアとシルヴィアが到着した。
着弾するたびに揺れるので、下手に動くと落とされそうだった。
「……全員来るまで移動しない方がいいんじゃないか?」
と、到着したてのラティシアが言う。
その彼女自身は爪を立ててなんとか落ちずに済んでいた。
着弾箇所があまり良くなかったようである。
次いで器用な事に、ユイナ姫と愛馬
チトセが到着した。
重量の問題で一組が限界のようである。
「って、馬で来るなよ!! 器用だなアンタは!」
即座にコンラッドがツッコむ。
「ええ? でもほら、ジークさんも」
続いてジークと愛馬
エンテが到着した。
「
ジーク=ルーンヴィッツァー、推参!!」
「ほら?」
「分かった、もういい……」
コンラッドはツッコむのを諦めた。
最後にシエルとリゼルが到着し、これで一通り揃った。
下ではソニア、レイリア、ドルカスが待機している状態となった。
「よし、いっそのこと両の羽根を破壊しようか。
下手な方向に不時着なんかされてもつまらないからな」
と、ジークが提案したのでそれに従う事にした。
右の羽根をジルベルト、エイリア、ジーク、
シエル、ラティシア、リゼルが、
左の羽根をユイナ姫、ライナス、テディ、
シルヴィア、コンラッド、メイベルが狙う。
右の羽根に到着したジルベルト率いるチームは、
素早く羽ばたく羽根を確認した。しかし厄介なのはここからだ。
これだけ巨大となると、破壊は容易ではないだろう。
「しゃーッ!!」
しかし考えるのが面倒だったのか、
ラティシアが先陣を切って突撃する。
びしッ!
「ひゃぁぁぁッ!?」
猛烈な回数の羽ばたきにより、
体重の軽いラティシアは傷を付けることさえままならず、
あっさりと弾かれて、なんとか爪を立てて落下を防いだ。
「一秒間に五百回以上は確実に羽ばたいてますね」
と、冷静に分析するリゼル。
「あれだけの質量を飛ばす羽根が、あれだけのスピードで動くんです。
直接攻撃はもとより、銃器による攻撃も恐らく不可能でしょう。
もっとも現実的なのは付け根を破壊する方法かと思います」
(リゼル君の魔法じゃ駄目?)
ジルベルトが首をかしげて疑問を身体で表現する。
「おそらく、魔法も弾かれるかと思います」
(そうなのか……)
ジルベルトがしょんぼりする。ストレンジバスターの
終撃砲も
今は冷却中で使用が出来ない。
「今は終撃砲が使えなくても、通常砲撃は出来ないの?」
と、エイリア。
「それだ!!」
ジークも手を叩く。灯台下暗しとはこの事だ。
「行ってみよう、隊長! 砲撃をブチかまして来い!」
(うん)
ジルベルトは付け根らしき箇所を確認し、そこに無造作に
ストレンジバスターで斬りつけた。そのまま砲撃。
ばごん!!
一気に羽根の部分が焼け焦げ、
あっという間にその大半が崩れ落ちる。
まことにこの武器の暴力的さ加減たるや、
常識では測り知れなかった。
ばごん!!
もう一射。もはや羽根の体裁は維持できていなかった。
一方、時を遡り、ユイナ姫のチームも、羽根の付け根を目視した。
「わ!?」
ちゅん、ばきゅん、ちゅぃん!!
どうやら下からの
援護射撃らしいが、
かなり無差別で乱暴なものだった。
メイベルが慌てて防御態勢に入ってしまう。
恐らくはレイリアとドルカスによるものだろう。
「これが付け根だね」
と、ライナス。
「さて、これだけ早く羽ばたかれると、わずかに俺の方が遅いかな」
ライナスは困り果てているようだった。自慢の
疾風剣で
スピードに任せて叩き斬るつもりだったのだろう。
「そりゃ!」
コンラッドの弓も、リールもまたたく間に弾かれ、無駄となった。
「
メガブースター!!」
すると、シルヴィアの呪文がライナスを大きく強化した。
「おおっ、こりゃ有りがたい。やっぱり
ヒーラーがいると違うね」
と、少し余裕が出てきたのか、すぐ剣を抜いた。
「これならあの羽根を正確に狙えそうだ。行って来る!」
ぐらり!
「っと、大きく揺れたね。爆音もしたよ」
行こうとしたところで、ストレンジバスターの砲撃らしき音が聞こえて
大きく女王体の身体が一度揺れた。
「こりゃもたもたしてられないかな」
急いでライナスも付け根に接近し、自慢の剣を繰り出す。
「疾風剣!!」
ざしゅッ!!
予備に保存しておいた剣も持ち出して
二刀流での疾風剣である。
これで付け根をボロボロに破壊されたメカ・スプレッダー。
ずどん!!
その瞬間、さらにもう一撃、爆音が響いた。
見れば反対側の羽根もボロボロに崩れ落ちているのが見えた。
「落下するよ! 全員、防御姿勢!!」
ライナスの指示で、着陸姿勢を整えるべく、全員が女王体から離れた。
ずずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!
「きぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
豪快な地響きと共に、両の羽根を
完全破壊されたスプレッダー女王体は
けたたましい鳴き声と共に落下し、着陸した。
下にいたレイリア達は慌てはしたものの、避難するのに成功した。
しかし、スプレッダー女王体は
その巨体に似合わず、即座に起き上がった。
そこへ主力部隊全員が着陸した。
スプレッダー女王体は指揮をやめて、怒りの矛先を探し始めた。
ドルカスの持っているデリバリーランチャーを認識し、
まずは怒りの矛先をそこに向けたようだった。
「ききゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
デリバリーランチャーを捨てきれなかったドルカスに、
怒りの酸の嵐が吹きつけられようとしたその時――
「マスター・ブレインフォックス!!」
聞き覚えのある電子合成音声が聞こえたと思った瞬間だった。
ごがん!!
原型をかろうじて留めているだけのはずだったメカ・スプレッダーが
突如として突入し、女王体に対して体当たりを行った。
「メカ・スプレッダー!」
ドルカスが驚愕の声をあげる。
「本機体の最優先行動目標は
ウィルスユーザーズ幹部の防衛、
本機体の最優先行動目標はウィルスユーザーズ幹部の防衛、
本機体の最優先行動目標はウィルスユーザーズ幹部の防衛……」
どうやら人工知能が創造主を守ろうとしたようである。
「もういいの! あなたは充分私のために戦ったじゃない!
もう動かないでいいの! これ以上無茶しないで!!」
創造主故の愛情が、メカ・スプレッダーに向けられた。
これには勇者軍主力部隊も驚いた。
「ぎきゃぁぁぁあぁあぁああぁあぁああ!!」
女王体は怒りに任せて多脚で殴りつけ、酸を吹き付ける。
装甲がたちまち溶解していくが、
それでもメカ・スプレッダーは押し続ける。
「自爆カウント、十秒……九……八……七……六……」
「ドルカス、人工知能だとしても、奴はあんたが生み出した!
その思いを無駄にしたくないなら、下がるんだ!!」
「メカ・スプレッダー!!」
テディが強引にドルカスを引っ張って下がらせる。
「五……四……三……二……一……ゼロ」
カッ!!
ずどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんん!!
「メカ・スプレッダァァァァァァッ!!」
ドルカスの目から涙が零れるも、それは爆発によって見えなかった。
終撃砲の爆風にも勝る一撃が
残っていた巣の壁を容易く吹き飛ばした。
大きく離れていたため、主力部隊にはそれほどの被害は無かったが、
それでも巣の土台から落ちないように耐えるのが限界であった。
「あんなに苦労して作り出したのに……ッ!
あの可能性と技術があれば、人類の未来さえ
変わると信じて、一緒にやって来たのに……
これが、私の贖罪だというのかしら……!!」
ドルカスが怒りと悲しみに身を震わせる。
「最初から間違っていたんだ。やはり今確信した。
だが、あんたの技術があんたを守ろうとした――
それまで間違いだったなんて、俺は思いたくない」
テディが泣き崩れるドルカスの方を振り向かずに言う。
「テディ……」
「俺も苦しんだし、あんたも苦しんだ。
他の勇者軍メンバーや一般市民だって、
ウィルスユーザーズの幹部達もみんな同じだ。
だからもう、誰も苦しまなくていい!
こんなふざけた敵、俺達が潰してやる……!!」
「見て下さい、あれを!!」
リゼルが指差す先には、スプレッダー女王体のコアが見えた。
先程のメカ・スプレッダーの自爆によって肉体の一部が崩れ、
ようやく露出するに至ったものだ。これだけ巨大ならば、
勇者軍主力部隊の攻撃だけでは露出させるだけでも相当の危険を
伴ったであろう。全てはメカ・スプレッダーのおかげだった。
(いける……やれる……!!)
ジルベルトの目が、不安から確信へと変わった。
がしゃこん!
遅れながらも、ようやく砲弾のリロードをする事が出来た。
ほぼ同時に、ストレンジバスターの安全装置が青く光る。
冷却が終了した証拠だった。
「最後の一撃をあのコアに叩き込みに行きましょう、ジル君!」
ユイナ姫が提案してきたので、即座に頷く。
スプレッダー女王体がダメージからいくらか立ち直り、
ようやく本格的な戦闘態勢に移ろうとしていた。
最終決戦は、終幕を迎えようとしていた――
最終更新:2011年02月18日 13:25