第二十七章-第三幕- 世話焼きイシター
勇者軍主力部隊は、傭兵都市
マクスフェル・シティにて
懸命に
エリミノイド相手の防衛戦を繰り広げていたが、
ヴァジェスは聞きつけた女性の悲鳴を見逃す事が出来ず、
テディを背に乗せ、
ワイバーン形態で急行したのであった。
「ちょっとあんた達、どこ行くの!?」
シエルが怒鳴ってヴァジェス達を制止しようとしたが、
既に彼等は空の人である。聞こえはしない。
「女の悲鳴が聞こえたらしい!!
俺達はここを支える! あいつらが行けばいい!」
ギースは状況を察して声をかけてやると、
シエルは対応を諦め、すぐに市街地の防衛に戻った。
ヴァジェスはテディを乗せたまま飛行していた。
「ヴァジェス! 方位は!?」
「安心しろ! 距離まで正確に分かる! こっちだ!」
ヴァジェスは一気に降下し、声の発生地点へ移動した。
低空からすぐに見えた。三つ編みの女性が槍を握ったまま、
片腕をかばいつつ、エリミノイドと戦闘している。
「戦っている! 傭兵か!?」
「違う、アレは――」
ヴァジェスはその女性を見て一瞬戸惑ったが、
すぐに逡巡をやめ、フルスピードで突撃を敢行する。
エリミノイドが更に大勢で女性へ攻撃を仕掛けようとしたのだ。
「させるかぁッ!!」
ヴァジェスの爪が振るわれる。それだけで
多数のエリミノイドがバラバラに吹き飛んだ。
「イシターっ!!」
「その声、その御姿は……」
女性も気付いたようで、堂々と立ち上がった。
「フェイトさん! フェイトさんですよね!?」
「知り合いなのか!?」
テディは驚愕していた。長いこと一緒に住んでいるが、
自分の周囲や勇者軍以外の知人がいるとは知らなかったのだ。
「三十年以上ぶりぐらいだが、やはりお前か!
イシター! いや、
イシュタリア=リヴァイアサン!!」
「はい。久々に会いたくなり、ここ数ヶ月の間、
ずっとフェイトさんを探しておりました!!」
イシュタリア=リヴァイアサン。通称イシター。
かの水竜王リヴァイアサンの愛娘であり、
現状は人の姿をした立派なメタモルドラグーンである。
「馬鹿! 何故
ドラグーンのまま戦う!
無理が過ぎるぞ、イシター!」
「小回りが利きますので……今お守りします、フェイトさん!」
イシターは槍を鋭く振り回し、エリミノイドを薙ぎ倒す。
「一人で何が出来るってんだ! 無理するんじゃねぇ!
テディ! 詳しい説明は後だ! 援護! 援護だ!!」
「わ、分かった!」
慌てたようなヴァジェスの剣幕に押されて、
テディもイシターの援護に入る。
ヴァジェスも建物を極力破壊しないように気を遣うため、
ドラグーン形態に変身し、鎌を振るって戦う事にした。
……それから二時間ぐらいが経っただろうか。
エリミノイドが膨大な数、配備されていたために
思った以上の時間を費やし、想像以上に消耗した勇者軍だったが、
何とか市街地と、一般人、傭兵、それにイシターを守り通した。
「はひー、はひー、はひー……」
「……疲……」
始終動き回ったせいで、特にギースとゼクウは息が上がっている。
その二人は適当に休憩させておいて、
ヴァジェスはとりあえず、イシターを連れて帰ってきた。
「おう、無事だったな!」
「まあ、な」
コンラッドのねぎらいを素直に受けるテディ。
その後ろにいるイシターを皆、不思議そうに見つめていた。
勿論、初対面だからに決まっているのだが、
何よりヴァジェスにくっついて、離れようとしないからである。
「……誰?」
至極もっともな質問をルシアとドルカスが、異口同音で口にした。
「
フェイト=ヴァジェスⅡ世……すなわち俺のお守役でな。
イシュタリア=リヴァイアサン。イシターと呼んでやってくれ」
「イシターです。いつもフェイトさんがお世話になっています」
「リヴァイアサン?」
セシリアが聞き覚えのある名前を聞いて、驚く。
「そう。あのリヴァイアサンの娘で、次代の竜王の守役なんだとよ。
あのナーガの野郎の差し金なんだが、こいつは悪い奴じゃねぇ。
それだけはこの俺が、親父の名にかけて保証するぜ」
「まあいいけどね。で、イシター? 私等の旅は危険よ。
大人しく待っていた方が身のためだと思うけど?」
「昔みたいにフェイトさんのお世話を焼きたいんです。
だから、一緒に行かせていただきます。こう見えても、
人型形態での武術の心得も、相応に持っていますよ?」
と、今度は棒を取り出して、見事な型を見せるイシター。
「世話焼きたいって……俺はガキかっつーの。
あと、俺の事は出来るだけヴァジェスって呼べっつーの」
「はい、ヴァジェスさん。あと襟が立ってますよ」
イシターはいそいそとヴァジェスの服の襟を丁寧に折る。
放っておいたらネクタイぐらいはかけそうな勢いだ。
「だーかーら! そういうのをやめろと!」
「駄目です! みっともないところを勇者軍の皆さんに
見せるわけにはいきませんからね!」
「ぬぐぐ……このおせっかいめ!」
困ったように唸るヴァジェス。こちらはこちらで
放っておいたらブレスぐらい吐きそうな勢いだ。
「とまあ、そういうわけでこいつもついてくるらしい。
悪いが、皆で色々と守ってやっちゃくれねぇか。
こいつが怪我すると、こいつの親父がうるさくてな?」
ヴァジェスがしょうがなしに皆に頼み込む。
「よろしくお願いします!」
イシターが頭を下げると、ひとまず全員が
歓迎の意思を示し、自己紹介をしたりするのだった。
「しかし、意外だな、ヴァジェス」
「何がじゃい」
ぶっきらぼうにテディへと応じるヴァジェス。
「お前にああいう、いい人がいたとはな。
初めて聞いたし、たぶん母さんも知らんだろう」
「ただおせっかい焼きなだけだ。誰がいい人か。
アレとくっつくと言った覚えは無い」
「くっつかないと言った覚えも無かろう?
竜王の息子というのも、難儀なものだな。
いちいち立場や立ち位置を気にしなければならんし、
色恋沙汰も自由に出来んときたものだ」
「分かってるんならもう黙ってろ。
実際はこっちが守役も同然なんだぞ。頭が痛ぇ」
肩をすくめ、テディはヴァジェスの傍を離れた。
「で、これからどうする?」
ライナスが言うと、コンラッドが案を出す。
「メイベルを迎えに行こう。
アイリーン・マフィアへ行くべきだ。
守りの要のあいつがいれば、まあそれぐらいで戦力は充分だろうな。
大体、既に結構な人数が集まってるとは思うし、よ」
ゼクウ、ギース、イシターを見ながらコンラッドが考えを述べた。
(分かったのー!)
それをジルベルトが承諾したので、方針としてそう決まった。
他のメンバーが物資の補充も行ってくれたので、
準備は万端である。勇者軍は
レイクリッター・タウンを迂回し、
アイリーン・マフィア本部施設へと進路を向ける――
最終更新:2011年08月20日 21:28