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序幕 ◆aWSXUOcrjU




 灰色の街に、雨が降る。
 風は逆巻き、雲はうねり、大地を死の色に塗り潰す。

【ふふふ、ははは――】

 太陽の届かぬ闇の中、それは虚空に嗤っていた。
 コンクリートジャングルを見下ろして、嘲笑うように鳴いていた。
 がちり、がちりと響くのは、錆びついた巨大な歯車だ。
 嵐の中でもなお消えぬ、炎のゆらめきに彩られ、逆さ吊りの魔女が嗤っていた。

【AHAHAHAHAHAHAHA――――――!】

 ゆらゆらとドレスをはためかせ、白いのっぺらぼうが歪む。
 不気味な白い仮面の上で、やけに真っ赤な唇だけが、呪いの嘲笑を響かせる。
 舞台装置の魔女。
 その性質は無力。
 この世の全てを戯曲に変えるまで、世界を回り続けるという。
 それは無慈悲に平等に、全ての現実を舐め尽くした。
 行く手に立ちはだかるもの全てを、ノアの洪水で飲み干した。
 灰色の闇は現実の否定だ。一切合財を押し流し、幻想へと取り込む死の暗黒だ。
 雷雨轟く悪夢の中で、それは高らかに嗤っていた。

「――ォオオオオオオオッ!」

 刹那、一閃。
 暗黒を炙る光があった。
 悲劇と嘆きで塗り固められた、絶望の灰色が切り裂かれた。
 何もかもが闇へと飲まれ、輪郭を失った世界の中で、眩い生を放つ黄金があった。
 刃金の翼をはばたかせ、怒りの雄叫びを拳に乗せて。
 それは何よりも猛然と輝き、天上の魔女を打ち貫いた。

【あは、Ha――】

 嘲笑が止まる。
 炎が消える。
 魔女は引き裂かれるようにして、眩い爆炎の中に飲まれた。
 がちゃん、と金属の音を鳴らし、爆発の下に降り立つ者がいる。
 金の甲冑に身を包み、絶望の闇の中でなお、2本の足で立つ光がある。

「………」

 その名はサジタリアス星矢。
 その拳は空を裂き、その蹴りは大地を割ると言われる、戦神アテナの守護者・聖闘士。
 それら聖闘士の中でも、最高の力を持つとされる、黄金聖闘士の一角である。

「……ッ!」

 未だ止まぬ雷雨の中、星矢はビルの谷間を睨んだ。
 光り輝く文明の中、日陰に生まれた闇の狭間に、湧き出る異形の姿があった。
 人と同等の背丈を持ちながら、人ならざる風体を成した魔物達だ。
 ぬらぬらと異様な光を放つ姿は、さながらフィクションの宇宙人にも似ていた。

「!」

 瞬間、魔物の姿が歪む。
 群れ成す怪物は身をよじらせ、不定の弾丸となって殺到する。
 星矢を包囲していた魔物達が、一斉に襲いかかってきたのだ。

「チッ……!」

 舌打ちし、構えを取る。
 己が内なる小宇宙を燃やし、右腕に力を込めた瞬間、

「テェェェヤッ!!」

 炸裂する眩い光と共に、怪物は次々と弾け飛んだ。
 轟――と大気を揺さぶる音が、遥かに遅れて鼓膜に響いた。
 不可視の拳撃を受けた魔物は、ぼろぼろと身を崩し消えていく。
 炭化し、果てた亡骸は、雨にまぎれるようにして、粒子となって溶けていった。

「ゥオオオオォォーッ!!」

 だんっ、と大地を蹴り、跳躍。
 黄金の翼をはためかせ、光の速さで拳を見舞う。
 躍動する両手と両足が、瞬きの間に邪悪を蹴散らす。
 荒れ狂う暴風雨のさ中、それすらも凌ぐ金風となって、射手座の聖闘士は闇に吼えた。
 しなやかな、そして苛烈な戦舞は、彼を取り巻く魔物の群れを、瞬く間に殲滅していった。

「く……」

 それでも、星矢の表情は晴れない。
 青い球形の魔物達を、ゴム毬のように蹴り飛ばしながら、眉をひそめて小さく唸る。
 おおよそ、この場にいる敵達の中で、最も厄介な部類がこいつらだ。
 触れるものを侵蝕・炭化し、命を奪うその攻撃性。
 自らの肉体を分化し、別次元へと潜ませて、攻撃のダメージを受け流す防御性。
 それらを跳ねのけ、抑え込むには、常時小宇宙を放出し、拮抗させることが必要だ。
 “ただでさえ弱ったこの身には”、それが平時以上に苦痛だった。
 理性すら持たぬ人形風情に、よもやこれほどに手を焼かされるとは。

「っ!」

 瞬間、爆発。
 猛然と風を切る音と共に、大地が爆炎と爆風に揺れる。
 ごうっ、と音を立て落下してきたのは、腹からへし折られた高層ビルだ。
 咄嗟に右腕を振り上げ、ぶつける。
 爆音と共にコンクリートが弾ける。
 ぱらぱらと広がる粉塵の中、星矢は遥か頭上を見上げた。
 魔物達すらも巻き込みながら、自爆特攻を仕掛ける影は、プロペラ音を掻き鳴らす戦闘機の群れだ。
 そしてその軍勢の先に、おぞましき漆黒の影がある。
 舞台装置の魔女すらも凌ぐ、山のような体躯を有した、黒き鋼鉄の巨人がいる。
 無機質な顔面の中心で、血のように赤いバイザーが、ぎらぎらとした光を放っていた。

「フッ!」

 短く息を吐き、跳躍。
 ぎゅん、と空を裂く音と共に、黄金聖闘士が天に躍る。
 雨粒をかいくぐるかのような速度で、稲妻が暗雲へと昇った。
 襲い来る戦闘機すらも踏みつけ、足場として更なる高みへと迫った。

「ォオオオオオオ―――……ッ!」

 その両手が描くのは軌跡。
 天上に煌めく大宇宙の星座――ペガサス座を象る星々の瞬き。

「ペガサスッ! 流星拳―――!!!」

 裂帛の気合を込めた叫びと共に、幾万もの流星が瞬いた。
 突き出した黄金の右腕が、白き彗星となって駆け抜けた。
 秒間百発を遥かに凌ぐ、サジタリアス星矢の必殺技――ペガサス流星拳である。
 かつての守護星座の名を冠した拳は、まさに一撃必殺の極意だ。
 見上げるような鋼鉄の巨体が、見る間に装甲をひしゃげさせる。
 べこべこと異音を立てながら、人型が醜悪な鉄塊へと変わる。
 変貌は数瞬の間に終わった。
 数秒の時を数えるうちに、漆黒は朱色の炎へと変わった。
 自らの百倍以上にも及ぶ巨人を、このサジタリアス星矢は、一撃の下に爆散させたのだ。

「………」

 これで終わりだろうかと。
 爆風をその身に感じながら、星矢はしばし沈黙する。
 己が天馬の名を受け継いだ少年を、これで救えたのだろうかと。
 できればそうであってほしいと、身を苛む疲労感の中、黄金の射手は思考した。

「……ッ!?」

 その時だ。
 これまでとは比較にならない邪気に、星矢が身を震わせたのは。
 何かいる。
 あの業火の向こうに何かがいる。
 崩れ落ちる巨人の中から、重力に引かれて落ちている己を、まっすぐに見つめている何かがいる。

「……ふふっ」

 聞こえたのは、少年の笑みだった。
 朱色を引き裂き舞い下りたのは、神々しくもおぞましき、純白と黄金の魔人であった。
 凶暴な牙を象った口と、ガラス玉のような黒眼で笑い。
 穢れなき体色に似合わぬ、漆黒の殺意を引き連れて。
 その右手が持ち上げられた瞬間、星矢の五体は、炎熱の中へと沈んでいった。


「……以上だ」
 白いドレスに身を包み、額にバラのタトゥを光らせ。
 大きなモニターの前に立つ、1人の美女がそう言った。
 一切の感情も感慨もない、冷徹冷酷な声だった。
「どこから嗅ぎつけたのかは知らないが、あの男は、お前達を助けるために、ここまでやって来た男だった」
 薄暗いホールの中、壇上の液晶に浮かぶのは、雷雨に濡れる灰色の街だ。
 炎と煙に包まれたそこには、既に黄金の男の姿はなく。
 金の四本角をぎらつかせる、白い魔人の姿だけがあった。
「だが、それも終わりだ」
 言うと同時に、映像が消える。
 ディスプレイの電源が落ち、ホールの明かりが灯される。
 女の見下ろす客席にいたのは、見渡す限りの人の群れだ。
 その総数、実に36人。
 男も女も大人も子供も、等しく四肢に枷をはめられ、客席に座らせられていた。
「お前達の抵抗も、外からの助けも、無意味だということが分かっただろう」
 懐から1枚の紙を取り出しながら、女が言う。
 見るからに異質なこの状況に、しかし不平は挙がらない。
 誰もがみな、気圧されていたのだ。
 黄金の男――サジタリアス星矢の、圧倒的な力をもってしても、敵わぬ力の存在に。
 この者達の底の知れなさと、それに歯向かうことの無謀さを、この場の誰もが噛み締めていた。
「では、ゲームの説明をするぞ」
 そして、バラのタトゥの女は、事もなげに言葉を続けた。
「ゲームのルールは簡単だ。参加者同士で殺し合い、生き残った者が勝者となる」
 女の説明の内容は、こうだ。

 ・これからこの場の人間達は、用意されたゲームフィールドへと、ランダムに散らばる形で閉じ込められる。
 ・フィールドから生きて出られる者は、殺し合いを勝ち残った最後の1人のみとする。
 ・相手を殺すための武器や、その他フィールド内での生存に必要な道具は、女の側から支給される。
 ・残りの参加者の数と、死亡した参加者の名前は、6時間ごとの定時放送で発表される。
 ・支給品のうち、参加者名簿が白紙となっているが、これは第1回目の放送と同時に、名簿が浮かび上がるようになっている。
 ・定時放送の中では、2か所ずつ禁止エリアが発表され、該当エリアはゲーム終了時まで、侵入不可能となる。

「ここまでに、何か質問はあるか?」
 そうして女は事もなげに、ゲームの説明を締めくくった。
 聞くからに異常な殺戮劇にも、何の感慨も浮かべることなく、女はそれらを言ってのけたのだ。
 すぐには、声は上がらなかった。
 誰が発したかも分からない、息を呑む音だけが静かに響いた。
 当然だ。何の説明もなしに拉致されて、いきなり説明を受けた者達である。
 状況を飲み込むこともできずに、対応できるはずなどない。
「……1つ、聞かせてもらいましょうか」
 ややあって、真っ先に上がったのは、若い男の声だった。
 細身の身体を、濃いグレーのスーツに包んだ男だ。
 見た目の線の細さとは裏腹に、声と視線には、静かな敵意が滲んでいる。
「いいだろう」
「禁止エリアと言いましたが……そこに入った参加者には、何か罰則が科せられるのでしょうか?」
 そうだ。
 禁を破った罪人には、罰が下って然るべきだ。
 侵入禁止というからには、参加者を侵入させないための、重大なペナルティがあるに違いない。
 若い男はそう読んで、女に向かって問いかけた。
「……分かった。教えてやろう」
 しばし、沈黙した後に、女が目を細め、答える。
 次の瞬間、
「! ……か、は――っ」
 ぶすり、と小さく音を立て。
 短い呻きのような吐息と共に、男の頭が垂れ下がった。
「ルールを破った者への罰は、これだ」
 脱力した男の首筋から、一筋の赤がこぼれ落ちる。
 血の一本線を描いた男は、二度と目を覚ますこともなく。
「緒川さんッ!?」
 誰かが呼んだその名前が、このゲームの最初の脱落者となった。
 恐らくは、首輪に仕込まれたトゲか何かが、スーツの男――緒川慎次の首元を、無慈悲に刺し貫いたのだ。
「禁止エリアに入ったまま、60秒間留まった者は、この仕掛けで命を落とすことになる。
 ……無理に外そうとするのもやめることだ。結果はこれと変わらない。
 ゲーム開始から24時間以内に、1人も死者が出なかった場合は、全員に同じ結果を与え、ゲームそのものを中断する」
 物言わぬ亡骸を見下ろしながら、女はあくまで冷酷に告げる。
 そうして再びホールには、緊迫した静寂が流れる。
 もはや物を言える者など、この場には存在しないのだ。
「……では、これよりゲームを始める」
 瞬間、発光。
 女がそう言うや否や、眩い光がホールに満ちる。
 刹那の瞬きが消えた頃には、参加者達の姿はなかった。
 いかなる技かは不明だが、集められた者達が、ゲームのフィールドへと送られたのだ。
 かくして物語の舞台は移る。
 薄暗いホールを抜け出して、登場人物は戦場へと放たれる。
 血で血を洗うデスゲームが、いよいよ開幕の時を迎えたのだった。


「素直に従うとは思わなかった」
 ぽいっ、と投げ捨てられたものを、両手を伸ばして受け取りながら。
 バラのタトゥの女――ラ・バルバ・デは、来訪者へと声をかける。
 ドレスの胸に抱かれたそれは、古の聖遺物・ソロモンの杖。
 サジタリアス星矢を襲った炭の魔物――ノイズを呼び寄せる魔具である。
「彼じゃ駄目だったんだよ」
 であれば、それを持つ者は、かの黄金聖闘士と対峙した、白き魔人に他ならなかった。
 舞台の袖から現れたのは、白い服を纏った少年だ。
 十代そこそこの童顔には、柔和な笑みが浮かんでいる。その額に刻まれているのは、四本角の悪魔のタトゥだ。
 驚くなかれ、この少年こそ、かの白き魔人の正体であり。
 戦闘民族グロンギの、当代の族長――ン・ダグバ・ゼバである。
 殺人に快楽する畜生の中でも、いっとう冷酷な殺意を抱いた、グロンギ族最強の男だ。
「彼はとても弱っていた。どの道、楽しめる相手じゃなかったんだ」
「殺したのか?」
「消えちゃったよ。多分、死んだと思う」
 物騒な言葉の数々を、笑顔を崩すことなく発する。
 バルバとはまた違った意味で、ダグバの様もおぞましいものだ。
 誰かと傷つけ合うことに歓喜し、誰かと殺し合うことに快楽する。
 暴力と殺戮のせめぎ合いを、何よりの悦とするこの少年は、筋金入りの異常者に他ならなかった。
「ならばいい」
 死んだのなら詳細に興味はない、と。
 無感動な声を響かせ、バルバはドレスの裾を翻す。
 元より自ら人を殺さず、殺しを監視するのが仕事だ。
 彼が満足しようが不満であろうが、邪魔者の始末が成されたのなら、彼女にとって不満はない。
「……別に、彼じゃなくてもいいんだ」
 それでも、なおもダグバは笑った。
 己の悦を意に介さぬ、バラのタトゥの女に向けて、少年はなおも笑みを浮かべた。
「このゲームが終われば、あの中で、一番強い相手と戦えるからね」
 どこまでもあどけなく、無邪気な声で。
 どこまでもおぞましく、冷酷に笑った。
 それはおもちゃを買い与えられた、幼子のような笑みであり。
 それは獲物を視野に捉えた、獰猛な獣の笑みであった。
「……好きにしろ」
 付き合いきれない、といった声音で、バルバは舞台の袖へと降りる。
 闇の中へと沈む背中に、ダグバは小さく肩をすくめた。
「そうだね」
 やがて、しばらく間を置くと、少年は舞台のモニターを見上げる。
 瞳の動きに合わせるように、漆黒の画面に映像が映った。
 そこは血と惨劇の舞台。
 殺し合いのバトルフィールド。
 互いに命を奪い合う、冷徹なデスゲームの会場だ。
「僕もゲゲルを楽しませてもらうよ」
 これから巻き起こる悲劇を。
 ここに映し出される喜劇を。
 特等席に座した少年は、ゲームの行く末に期待し、笑った。


 かくて、物語の幕は上がる。

 今宵箱庭に集ったのは、いずれも劣らぬ英雄揃い。
 それぞれのあるべき世界であれば、それぞれが舞台の主役となり、物語を語ることのできた者たちだ。

 しかし、彼らは集められてしまった。
 異なる世界の壁を超え、この会場へと集ってしまった。
 彼らが立ち向かうべき悪意と、彼らが守るべき命を伴って。

 果たして、物語の主役達は、それぞれの物語を語り得るのか。
 異なる物語の主役同士が、同じ物語の舞台に立たされて、望まぬ悲劇を強いられた時、そこに何が生まれるのか。

 その結末を知る者は――――――





【GAME START――00:00:00】





【星矢@聖闘士星矢Ω 死亡】
【緒川慎次@戦姫絶唱シンフォギア 死亡】

【ラ・バルバ・デ@仮面ライダークウガ】
【ン・ダグバ・ゼバ@仮面ライダークウガ】

GAME START 時系列順で読む Next:ファントム・ペイン
GAME START 投下順で読む Next:ファントム・ペイン
GAME START ラ・バルバ・デ Next:[[]]
GAME START ン・ダグバ・ゼバ Next:[[]]
星矢 GAME OVER
緒川慎次 GAME OVER

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最終更新:2012年12月01日 01:10