◆◇◆◇



「さて……貴様の方から尻尾を見せるとはな」


東京タワー内部に佇む若き王―――峰津院大和は、目を細めながら言葉を紡ぐ。
電話越しの通話相手である“蜘蛛”を睨むような眼差しと共に、微かな笑みを口元に浮かべた。


「おかげで手間が省けた」


この東京二十三区の裏で暗躍する二つの影。
その片割れである“悪しき蜘蛛”が、自ら姿を現した。
大和にとって、紛れもなく僥倖だった。
以前より庭を這い回っていた害虫が、己の視界へと入り込んできたのだから。


「“もう一人の蜘蛛”は、既にランサーが殲滅へと向かっている」


“善なる蜘蛛”を中心とする脱出派の一味には、大和の従者であるランサーを差し向けた。
界聖杯にすら止められぬ圧倒的な暴威が、283を蹂躙するべく牙を剥いたのだ。
彼らの殲滅は時間の問題だろうと大和は確信していた。
それほどまでに、ベルゼバブという超級の英霊の実力には信を置いていた。


「で、その次は我々かね?」
「毒虫は面倒なものだ。捻り潰すことなど容易いが、野放しにすれば何時までも巣食い続ける。
 そして庭を蝕みながら蔓延り、やがては腐らせていく」
「的を射ているね。それが弱者の戦いというものだよ」
「それを心得ているのならば、話は早い」


飄々とした態度を崩さぬ蜘蛛―――アーチャーのサーヴァント、モリアーティ。
そんな彼に対し、大和は畳み掛けるように告げる。


「――『引っ越し』は御苦労だったな」


それは、紛れもなく“脅し”の一言。
蜘蛛の動向を掴んでいることを告げる、恐喝の言葉だった。


「大方、『デトネラット』の関連企業に逃げ込んだのだろう。
 拠点としての機能を果たせる『避難先』は既に絞り込んでいる」


あのDOCTOR.Kを名乗るアカウントからの情報リークは、大和にとって紛れもなく決定打だった。
デトネラットを中心とする不審な通信記録の数々。
直前に池袋で発生した災厄や以前より張り巡らせていた財閥の情報網とも噛み合い、大和の疑念は確信へと変わった。

複数の企業が見せていた不審な動きを、峰津院財閥は察知していた。
人員や資金の不審な動きが見られた企業群は、何れも幾つかの大企業との繋がりを持っていた。
その大企業の一つがデトネラットだった。

以前より疑いは掛かっていた。
されど決定的な証拠や痕跡は無い。
故に、それまで尻尾を掴み切ることは出来なかったが。
池袋でのデトネラット本社炎上とSNSでのリークによって、大和は『敵』を見据えた。

確かに蜘蛛は有能だった。
インフラやメディアを駆使した暗躍。
それらの痕跡を隠蔽してみせた巧妙な偽装。
社会戦、情報戦、諜報戦―――蜘蛛は間違いなく、盤面の糸を操っていた。
『彼ら以上の権力者』でなければ、その暗躍を俯瞰から見下ろすことも出来ないだろう。
この聖杯戦争において、誰よりも強かに立ち回っていた。


「貴様は強かだった。あれほどの小細工を重ねて、社会を蝕んでいたとはな―――まさに毒虫のように」


だが、『この街』を掌握しているのは蜘蛛ではない。
東京二十三区という大都市を高座から見下ろしているのは、峰津院財閥だ。
陰に潜まねばならぬ蜘蛛と、権威として君臨する王。
社会に及ぼす力という点において、圧倒的な差が存在する。


「首を差し出す準備を整えるといい。
 貴様の下らぬ茶番劇も幕引きの時間だ」
「成程。やはり君は相応の難敵だ」


故にその言葉は、蜘蛛を追い詰める処刑宣言となる。
されど蜘蛛は、苦笑いするように感心の態度を見せる。
どこか余裕のある態度を取る蜘蛛に、大和は微かながらも眉間に皺を寄せた。


「――――では改めて、まずは忠告を」


そして、蜘蛛が続けて口を開いた。
ここからは自分の手番である。
そう言わんばかりに。


「『鏡』には気を付けたまえ。“幼き殺し屋達”の首領が従えるサーヴァントは鏡面を介して遠隔視や盗聴、更には空間移動を行うことが出来る」


蜘蛛は躊躇わず、大和の出鼻を挫くように情報を提示した。
蜘蛛にとって死活問題となるその件は、同時に峰津院にとっても脅威となりうる。
社会になら何処にでもありふれている鏡面―――その全てが回避困難な盗聴器となり、隠しカメラとなり、敵の襲撃を許す抜け道となる。
情報戦や社会戦を軸足とする主従にとって、これほど恐ろしい攻撃はない。


「その能力によって、我々は池袋で強襲を受けた」


それを信じる確実な術は、大和にはない。
されど、蜘蛛が告げた一言―――『それこそが池袋強襲のきっかけである』という証言は、決して無視できなかった。
あれほど尻尾を掴ませなかった蜘蛛が、現に拠点への直接攻撃を受けている。
その事実は、蜘蛛が語る情報の信憑性を否応なしに高めた。

大和は、即座に周囲を確認した。
硝子や反射物になりうるもの――屋内である為に、幸いにして多くない。
―――“鏡面”となりうるものを全て撤去するように。窓も備え付けのシャッターで塞げ。
大和は側に控えていた紙越空魚にそう告げる。
通話が終わるのを待っていた空魚は「はい?」と表情を歪めるが、大和は“鏡面を介する能力”の可能性を説明し。
それを聞いた空魚は、僅かな驚愕の色とともに渋々指示を承諾した。
「別に召使いになったんじゃないんだけどな」「窓塞ぐのってこれ?」などと小言を吐きながらせっせと動く空魚を尻目に、大和は再び電話へと意識を向ける。

蜘蛛の忠告は、何を意味するのか。
その答えは、酷く単純だ。
攻勢に出ていた筈の大和が、蜘蛛の情報を聞かざるを得ない構図へと反転させられたのだ。
自分は君にとっての脅威となる情報を知っている――――それを印象付けてみせたのだから。


「ところで、例の投稿は見たね?君達が押さえている『霊地』と、283プロダクションの『脱出派』についての書き込みだ」


そして、間髪入れずに蜘蛛は切り出す。
DOCTOR.KがSNSで峰津院のアカウントへと伝えた“密告”の件だった。


「それを把握した上で、悠長にこの私の視界に入り込んできたのか」


峰津院財閥が押さえている二つの霊地の存在。
そして、283プロダクションに脱出派が集結している事実。
彼らが脱出を果たした瞬間に聖杯戦争はコールドゲームと化し、参加者の抹消が実行されるという情報。
それが真実なのか否かを、他の参加者には確かめる術はなくとも。
聖杯を狙う陣営にとって、それはあまりにも大きな脅威だった。
それを認識した上で、蜘蛛は飄々と峰津院大和へとコンタクトを取ってきたのだ。


「蜘蛛よ。貴様に問いたいことがある」
「何かネ?聞かせて貰おう」
「蜘蛛同士、敢えて互いを生かしているか―――手を結んでいるのだろう」


大和は己の中で抱いていた疑惑を切り出す。
スピーカー越しに「ほう」と蜘蛛の感心したような声が漏れる。
鏡面の能力によって揺さぶりを掛けられながらも、ただ怯んでペースを握られるだけでは終わらない。
大和は蜘蛛の立ち回りを推理し、直接突きつける。


「何故そう思う?」
「“知恵比べ”を得手とする貴様達にとって、それが最も理に適った行動だからだ」


現状の戦局は、紛れもなく蜘蛛たちにとって不利な状況である。
予選から一ヶ月間続いていた「暗黙の了解」が破壊されたからだ。
秩序を乱さず、可能な限り社会の陰に潜む―――あくまでこの二十三区という舞台を活かし続けるという思考が、どの主従にとっても共通していた。
それはつまり、蜘蛛が社会戦を最大限に駆使するための格好の土壌となった。

されど、先の新宿大戦はその構図を大きく塗り替えた。
「被害さえ厭わなければこれだけの大破壊を齎しても問題はない」という事実が、全主従に対して示されたのだ。
大火力戦闘の解禁は、社会基盤の破壊を同時に意味する。
そんな戦況が常態化すれば、どうなるか。
最早蜘蛛の諜報戦は何の意味も成さなくなる。


「そして貴様は、聖杯を狙う者達にとって脅威となる283の排除を急ぐ様子が見られなかった」


ならば、彼らはどう動くのが自然か。
この舞台に跋扈する強者と手を組む?それは厳しいだろう。
策士自身が謀略でイニシアチブを取れなければ、暴力で圧倒的に勝る相手との対等な関係は築けない。
結局は従属に等しい上下構図が生まれる。
そうなっては寧ろ“勝ち目のない敵の手元に置かれている”という絶望的な状況になりかねない。

では、どうする。
利害が一致する相手―――つまり『対等の頭脳を持ち』『謀略を主体に立ち回る』者同士で手を結ぶのが妥当な道となる。
自分達が得意とするゲームが力尽くで覆されようとしているならば、同じ種目を専門とする“競合相手”と手を結ぶ他ない。
大和はそう推測し、蜘蛛同士が結託する可能性へと至った。


「若き王よ。確かに君は聡明だ」


それらの推理を聞いた蜘蛛は、感心を漏らすように微かに笑う。
峰津院財閥の御曹司、やはり噂に違わず有能だ。
確かに認めざるを得ない――――そう思いつつ。


「だからこそ、君に伝えようと思ってね」


大和の推理を否定することはなく。
そのまま返す刀で、蜘蛛は言葉を紡ぐ。


「君達が真っ先に対処すべきなのは、蜘蛛(われわれ)ではない」


そう、ここからが本題。
蜘蛛が峰津院の若き王に伝える―――忠告。


「あの新宿で貴殿のサーヴァントと覇を競った『青龍のライダー』。
 そしてグラス・チルドレンの首領が従える『女皇のライダー』――『ビッグ・マム』。
 両者は拮抗した実力を持つ。どちらも界聖杯における最上級の英霊と呼べるだろう」


大和は、目を細める。
意味深に提示された両者の存在。
それが意味するところを、蜘蛛はすぐさま伝える。


「我々は先程、彼らに襲撃された。
 あの池袋の大破壊は『両者の侵攻』によって齎された」


―――それは、即ち。
―――あの池袋の大破壊の真相。


「言っておくが、ビッグ・マムを従えるグラス・チルドレンは283の陣営と予てより敵対関係にあった。
 彼らは“善なる蜘蛛”に対抗すべく、戦力を拡充していた可能性が極めて高い」


更に付け加えるように補足する蜘蛛。
大和はその言葉に、ただ無言で耳を傾けるしかない。


「さて。信じるか否かは、君に任せるが」


飄々とした態度を崩さず。
蜘蛛は、自らの忠告を切り出した。


「―――峰津院財閥や我々に対抗すべく、あの『二人の皇帝』を中心に連合軍が形成されているとしたら?」


蜘蛛の同盟さえも遥かに凌駕する。
紛れもない、超級の『脅威』の存在。
彼はそれを告発した。


「『峰津院はこの聖杯戦争における最大の敵』。
 最早どの主従にとっても避けては通れぬ現実だ」


これらは言うまでもない、至極当然の事実の“おさらい”に過ぎないが。
そう断りを入れた上で、蜘蛛は語り掛ける。


「峰津院を利用する、あるいは手を結ぶ―――それは無理だ。
 君達には余りにも目立ちすぎるし、余りにも大きすぎるからネ。
 それこそ『相当の無鉄砲』でもない限り、君達はまず選択肢に入れられない」


いま君の傍にいるであろう、彼女のような者でもない限りはネ。
何処か誂うように蜘蛛はごちる。


「そして先の新宿における動乱とSNSに流されたメールによって、君達の脅威は『拡散』された。
 組むにはリスクが高すぎる。されど霊地の存在が明らかになった以上、野放しにするのも危険すぎる」


新宿事変の渦中を担った二つの組織。
峰津院財閥と、皮下医院。
そのどちらも聖杯戦争の関係者であることは、最早明白な事実だ。
皮下医院が戦地となっていること、メディアを通して皮下に対する誘導を行っていることから、市街地への被害を厭わずに『攻撃』を仕掛けたのが峰津院であることも明らかである。


「あれほどの大破壊を実行できるサーヴァントが、そのうえ魔力供給の問題さえ解消できてしまう。
 それが如何なる脅威であるのか、君自身も容易に理解できるだろう」


つまるところ。
魔力プールを本格的に稼働される前に、峰津院は必ず叩かねばならない。
それが例のアカウントを確認した主従にとっての共通認識と化す。
結果、峰津院の陣営はこの聖杯戦争における最大の勢力との対峙を余儀なくされた。


「そして更に、脱出派の動向という特大の爆弾まで投下された。
峰津院と283、傍から見ればどちらも放置する訳にはいかない」


峰津院や283が共通の仮想敵として成立しているならば。
確実に排除しなければならない存在として、彼らが盤面にいるならば。
そのために強豪同士が手を組み、強襲を目論むことも―――決して不思議ではない。

283への言及は、何も彼らの孤立を狙うことだけが目的ではない。
峰津院や蜘蛛を含めた敵対陣営を撹乱し、海賊同盟への注視を逸らすための囮であり。
そして意図的な大乱戦を引き起こし、盤面の隙を突くための戦略である。
淡々と語られる蜘蛛の推理が、大和へと突きつけられる。


「こうなれば各陣営の混乱は避けられないが……“強豪の同盟”を軸に連合が組まれれば、物量によって押し切れる余地がある」


大和にとっての誤算があったとすれば。
鬼ヶ島のライダーに『即座に同盟関係を結べる旧知のサーヴァント』がいたことだ。


「彼らには数の利もあれば、圧倒的な戦力もあるのだからネ」


彼らの邂逅は“最強格の英霊同士の結託”を瞬く間に締結させ、そして聖杯戦争最大の連合軍が誕生する可能性を現実のものへと変えた。

他の懸念も大和は抱いていた。
DOCTOR.Kというアカウントからリークされた情報―――聖杯戦争の中途閉幕による残存マスターの抹消、そしてデトネラットを中心とする不審な通信記録の数々。
峰津院が所有する霊地の存在を噛んでいた以上、それらの情報には一定の信憑性がある。

恐らくはあの機械のアーチャーが解析を行っているのだろう。
そう、連中が“あれだけの解析能力を備えたサーヴァントを抱え込んでいる”という事実そのものが問題だった。
この聖杯戦争は新宿事変を皮切りに、大火力の激突へと戦況が移行しているが。
それでも市街地を舞台にしている以上、依然として情報戦や社会戦での優位は絶大なアドバンテージと成り得る。


「『銀翼のランサー』に匹敵する英霊二騎に、殺し屋集団『グラス・チルドレン』。更には正確な規模さえ未知数である複数の主従。
 彼らが総力を上げて2ヶ所の霊地に波状攻撃を仕掛けてきた場合―――」


最強の戦力を保有する峰津院とて、数の差や戦局の混乱すべてに的確な対応を取れる訳ではない。
如何に実力者であれどあくまで一主従である以上、必ず隙が生まれる余地がある。
その隙を突き、峰津院の陣地への攻撃を行うことこそが、大連合にとっての本命であるとすれば。



「君には“いつでも払える蜘蛛”に構っていられる暇があるかね?」



最早大和は、蜘蛛の始末などに時間を割いている場合ではない。
大和は、その場で理解した。
蜘蛛が忠告をした意味を、紛れもなく悟った。

“悪しき蜘蛛”―――ジェームズ・モリアーティは。
峰津院に“次の標的”にされる可能性を、逸らしたのだ。
そして繋がりを持つ“善なる蜘蛛”達が殲滅される前に、ランサーを退かせるように仕向けた。
“皮下達を中心とした大連合の強襲”。
迫り来る脅威を現実のものとして提示し、蜘蛛達に構ってなどいられない状況へと追い込んだのだ。





そして、ほんの僅か前。
駆け引きの最中に。
“念話による報告”が、ふいに訪れていた。


――――仕損じたのか、ランサー。


通話の狭間。
己の中の微かな驚愕を、決しておくびにも出さず。
されど“ベルゼバブの敗走”という結果を、大和は確かに受け止めていた。

勝利を疑いようのない強襲。
敗北の可能性など有り得ない交戦。
―――その見通しが、崩された。

ただの準備運動に過ぎなかった戦闘で、ベルゼバブは予想外の消耗を与えられた。
万全の状態のまま帰還するという、その算段が狂わされた。

そして、脱出派が未だ健在だとすれば。
尚の事、“霊地防衛”を優先しなければならない。

脱出派が何故これまで一向に脱出を実行していなかったのか。
単なる人道主義以外の理屈があるとすれば、それはあまりにも明白だ。
次元と世界の道を抉じ開ける『扉』や『方舟』を作り出し、界聖杯の支配を突破して参加者を『帰還』させる。
いかに界聖杯が欠陥品であったとしても――そんな所業が成し遂げられる宝具があるとすれば、莫大な魔力が必要となるのは目に見えているからだ。

外部の魔力プールである霊地は、峰津院が掌握している。
NPCを魔力の足しにしたとしても、恐らく微々たるものだ。
故に彼らは、現状では『脱出できない』可能性が高い。

されど、脱出派陣営がこのままではジリ貧になることが明らかならば。
彼らは状況が本格的に悪化する前に、“銀翼のランサーを封じた”と誤認している今だからこそ。
そして先の新宿事変によって“ランサーが峰津院のサーヴァントである”という図式が結びつくとすれば。
聖杯戦争脱出に必要な魔力を確保するべく、混乱に乗じて峰津院の霊地を早急に奪取しに来るのではないか。

ああ、そうだ。
ベルゼバブの敗北は―――結果として。
蜘蛛達が実際にどう動くのかに関わらず。
“霊地防衛を最優先にする”という判断を、後押しすることになる。
悪しき蜘蛛による忠告と、予期せぬ状況の悪化。
二つの不運は、思わぬ形で交錯することになった。






「……成程」


大和は、目を閉じ。口を閉ざし。
自らの立場を認めるように、一息を吐く。
蜘蛛が饒舌に語った言葉を。
自らを取り巻く状況を、淡々と咀嚼する。


「小細工を張り巡らせる、ただの虫螻と思っていたが―――」


認めざるを得なかった。
ベルゼバブが敗走したように。
己もまた、失態を犯したのだ。
不運が重なっただけでは、決して済まされない。


「――――ナポレオンを気取るだけのことはあるらしいな」


故に。
自らへの戒めを込めて。
大和は、電話越しの敵を称える。


「称賛の言葉、有り難く頂こう」


謙遜するように答えるモリアーティ。
実に光栄だ、と白々しく呟き。


「だが、私はあくまで“老獪な裏方”に過ぎなくてネ」


そのうえで、モリアーティは伝える。


「君と対峙する“王”は―――私ではないのだよ」


己は、悪を張り巡らせる“黒幕”であっても。
悪を総べる“支配者”ではないと。
ああ、そうだ。
“私”が育てた次世代の救世主は。
“我々”の上に立つ新時代の魔王は。
―――――ガチャリ。



「――――よぉ、お坊ちゃん」



“この青年”に他ならないのだ、と。
その声が、大和の鼓膜を刺激する。
虚無のように、冷ややかで。
泥水のように、禍々しく。
煮え滾るような闇を、滲ませている。
蜘蛛が電話を“代わった”ことを、否応なしに認識させられる。


「お務めご苦労さん。そして“始めまして”だ」


悪辣なる蜘蛛を従える、悪しき王。
死柄木弔が、電話越しに峰津院大和と対峙する。


「貴様が蜘蛛を従える主か」
「あァ。ジジイの相手は疲れたろ」
「……いや、寧ろ後学になったさ」
「そりゃ意外だな。随分とお利口なモンだ」
「灸を据えられた、とでも言うべきか」


白々しい弔の言葉に、大和は苦笑する。
先程までの駆け引きとは違って、何処か取り留めもない言葉の掛け合い。
されど電話越しに対峙している相手は、間違いなく互いにとっての“敵”であり。
この聖杯戦争という舞台で、遅かれ早かれ競い合うことになる―――“若き王”だった。


「で――――君は何の用だ」
「挨拶がしたくなっちまってな」


故に大和は、改めて問い掛ける。
弔は、吐き捨てるように答える。


「折角あの“峰津院”と対峙できたんだ。
なら、こっちも名乗っておかねえとな」


そう、これは“またとない機会”だ。
この東京の街に君臨する絶対強者、峰津院財閥。
その統治者である若き当主と、こうして対峙する機会が訪れた。
いずれは戦う運命、なればこそ。


「“敵連合”―――覚えとけ。それが俺達の名だ」


死柄木弔は、若き王に叩きつける。
己の従える“軍勢(レギオン)”の名を。
己自身を象徴する、組織の名を。
この社会に潜む―――“敵(ヴィラン)”の存在を。


「……折角の機会だ。聞かせて貰おう」


“若き魔王”が告げたその名を、大和は黙って聞き届けて。
暫しの沈黙の後、彼もまた口を開いた。


「君は、何のために戦う」
「その質問、俺も返すぜ」


毅然と問う大和。
不敵に返す弔。
二人は、互いに問いを投げる。
聖杯戦争における核心を。
何故戦うのか。
どんな願いを求めるのか。


「いいだろう。我が理想も、答えよう」
「こちらこそ。教えてやるよ」


―――たった一つだけ。
互いに、分かりきっていることがある。
互いに、確信していることがある。
どれだけ道が重なろうとも。
どれだけ道が肉薄しようとも。

例え、相手が。
自分と同じように。
“世界を変える”ことを望んでいたとしても。



「―――世界の“革新”」
「―――世界の“破壊”」



“己”の願いは。
“己”の野望は。
“己”の覇道は。



「強き者による、正しき秩序」
「全てを壊して、ただ混沌を」



――――決して、相容れぬということだ。



◆◇◆◇


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年07月31日 09:06