200 : 前社長(埼玉県) :2007/04/08(日) 22:27:29.53 ID:8swAXqV+0
これまでで一番上手くいったかな、と志津香は思った。
裕也を裕也だと信じさせる、その一点に限っては。
彼女がいるのは廊下だ。後ろに、病室から聞こえてくる涙交じりの怒鳴り声を聞きつつ、窓を開けた。
泣いているのは裕也ではない。美弥呼である。
志津香と瑞穂の説明を黙って聞いていた美弥呼が説明が終わった後最初にしたことは、
何故自分に教えてくれなかったのかと裕也に飛び掛り詰め寄ることだった。
予想外の行動に、室内にいる当の美弥呼以外の誰もが度肝を抜かれた。
志津香は瑞穂が何かに驚いているところなんて数えるほどしか見たことが無いので、それにもびびった。
そして美弥呼は半分泣きながら大声で自分が裕也が突然引っ越したことをどれだけ心配していたか、
自分が理由を教えてもらえなかったことについてどれだけ苛立ったか、不安だったかを大声で叫び始め、
その小っ恥ずかしい告白もどきに耐え切れなくなった年寄り二人は、あとは若いモンに任せてと、こうして出てきたわけである。
「いや~、美弥呼ちゃんにも参っちゃうな~」
あそこまで感情表現が豊かな子だったろうか。
……豊かな子だったなあ。小さい頃は直ぐ泣く怒る喜ぶな子だった。最近は大人びてなりを潜めていたおかげですっかり忘れてた。
懐からタバコを取り出す。口に咥え、火を……、
「っと~。何するんですか先輩~」
点ける前に、取り上げられた。
「病院内は全面禁煙です。どうしても吸いたかったら外でどうぞ」
「はいはい。判りましたよ~」
そう言ってタバコを取り戻し、箱の中に戻す。
裕也を裕也だと信じさせる、その一点に限っては。
彼女がいるのは廊下だ。後ろに、病室から聞こえてくる涙交じりの怒鳴り声を聞きつつ、窓を開けた。
泣いているのは裕也ではない。美弥呼である。
志津香と瑞穂の説明を黙って聞いていた美弥呼が説明が終わった後最初にしたことは、
何故自分に教えてくれなかったのかと裕也に飛び掛り詰め寄ることだった。
予想外の行動に、室内にいる当の美弥呼以外の誰もが度肝を抜かれた。
志津香は瑞穂が何かに驚いているところなんて数えるほどしか見たことが無いので、それにもびびった。
そして美弥呼は半分泣きながら大声で自分が裕也が突然引っ越したことをどれだけ心配していたか、
自分が理由を教えてもらえなかったことについてどれだけ苛立ったか、不安だったかを大声で叫び始め、
その小っ恥ずかしい告白もどきに耐え切れなくなった年寄り二人は、あとは若いモンに任せてと、こうして出てきたわけである。
「いや~、美弥呼ちゃんにも参っちゃうな~」
あそこまで感情表現が豊かな子だったろうか。
……豊かな子だったなあ。小さい頃は直ぐ泣く怒る喜ぶな子だった。最近は大人びてなりを潜めていたおかげですっかり忘れてた。
懐からタバコを取り出す。口に咥え、火を……、
「っと~。何するんですか先輩~」
点ける前に、取り上げられた。
「病院内は全面禁煙です。どうしても吸いたかったら外でどうぞ」
「はいはい。判りましたよ~」
そう言ってタバコを取り戻し、箱の中に戻す。
201 : 前社長(埼玉県) :2007/04/08(日) 22:28:37.85 ID:8swAXqV+0
そんな志津香の様子を呆れたように眺め、瑞穂は自分の分だけ買ってきたコーヒーを口に運んだ。
「相変わらずけちですね」
「あら、裕也君の服代全額出した私にそういうこと言う?」
「私に対してはいつもけっちぃじゃないですか。先輩に奢られた経験なんてそうないですよ?」
「志津香は甘やかすとすぐ怠けるからね」
恨みがましい目つきで己を睨む志津香に、瑞穂はきっぱりとそう返した。
「それで? どう?」
主語を省略した問いに、しかしさすがに志津香は間違えることも、ふざけることもしない。
「美弥呼ちゃんはいい子ですから。まあ裕也が女の子になっちゃったことにショック受けちゃうかもな~って思ってたんですけど、意外にそんな気配もないですし」
そうだろうか、と瑞穂は思う。彼女から見て、美弥呼の爆発は裕也が男になったことへのショックも多分に含んでいるように感じた。
まあ、彼女自身、自分の気持ちを今でも正確に認識していないようだったが。そりゃあ、混乱して興奮もするだろう。
そんな志津香の様子を呆れたように眺め、瑞穂は自分の分だけ買ってきたコーヒーを口に運んだ。
「相変わらずけちですね」
「あら、裕也君の服代全額出した私にそういうこと言う?」
「私に対してはいつもけっちぃじゃないですか。先輩に奢られた経験なんてそうないですよ?」
「志津香は甘やかすとすぐ怠けるからね」
恨みがましい目つきで己を睨む志津香に、瑞穂はきっぱりとそう返した。
「それで? どう?」
主語を省略した問いに、しかしさすがに志津香は間違えることも、ふざけることもしない。
「美弥呼ちゃんはいい子ですから。まあ裕也が女の子になっちゃったことにショック受けちゃうかもな~って思ってたんですけど、意外にそんな気配もないですし」
そうだろうか、と瑞穂は思う。彼女から見て、美弥呼の爆発は裕也が男になったことへのショックも多分に含んでいるように感じた。
まあ、彼女自身、自分の気持ちを今でも正確に認識していないようだったが。そりゃあ、混乱して興奮もするだろう。
202 : 前社長(埼玉県) :2007/04/08(日) 22:30:04.16 ID:8swAXqV+0
その自分の分析は志津香には伝えない。瑞穂に言わせれば、このブラコンお姉ちゃんも十分恋愛音痴の一人である。伝えないほうが面白い。
「男女で親友って、ありえるのね」
「どうですかね~? 気付かなかったけど、もしかしたらどっちでもいけるってタイプかも……いたぁ!」
ふざけることもしないという言葉を訂正、やっぱりふざけた志津香を軽く小突く。
だが、志津香という女性はおよそ外見というか、普段のなりからは想像も出来ないが、根本は真面目で、頭も悪くない。
そして、基本的に善人で、弟への愛情はとても深い。
その事をよく知っている瑞穂は、志津香のふざけた意味を正確に理解していた。
「もう心配はないって事?」
「――美弥呼ちゃんはいい子ですから」
先ほどの答えを繰り返した志津香に頷きを返し、もう一度、コーヒーを口に運ぶ。
あの少女は、瑞穂が知るTS症患者の中では、本当の意味での理解者がかなり多い方である。
瑞穂自身は見たことも受け持ったこともないが、家族にすら受け入れてもらえない例というのも、珍しくはないらしいのだ。
それを考えれば、このコーヒーほど彼女の前途は苦いものでもないのかもしれない。
そう瑞穂は思い、病室を振り返った。
既に、泣き声も怒鳴り声もやんでいるようだった。
その自分の分析は志津香には伝えない。瑞穂に言わせれば、このブラコンお姉ちゃんも十分恋愛音痴の一人である。伝えないほうが面白い。
「男女で親友って、ありえるのね」
「どうですかね~? 気付かなかったけど、もしかしたらどっちでもいけるってタイプかも……いたぁ!」
ふざけることもしないという言葉を訂正、やっぱりふざけた志津香を軽く小突く。
だが、志津香という女性はおよそ外見というか、普段のなりからは想像も出来ないが、根本は真面目で、頭も悪くない。
そして、基本的に善人で、弟への愛情はとても深い。
その事をよく知っている瑞穂は、志津香のふざけた意味を正確に理解していた。
「もう心配はないって事?」
「――美弥呼ちゃんはいい子ですから」
先ほどの答えを繰り返した志津香に頷きを返し、もう一度、コーヒーを口に運ぶ。
あの少女は、瑞穂が知るTS症患者の中では、本当の意味での理解者がかなり多い方である。
瑞穂自身は見たことも受け持ったこともないが、家族にすら受け入れてもらえない例というのも、珍しくはないらしいのだ。
それを考えれば、このコーヒーほど彼女の前途は苦いものでもないのかもしれない。
そう瑞穂は思い、病室を振り返った。
既に、泣き声も怒鳴り声もやんでいるようだった。