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 さて懲戒の対象となる行為について、法は極めて抽象的な規定しかしていない。性行不良とはいかなる行為を指すのか、スカート丈が短いことも含まれるのか等々について、法は具体的に規定することはない。
 更に具体的に懲戒の対象となる行為を示すかどうかは、基本的に校則に委ねられているといえる。校則というルールは在学契約の前提となっているものであるから、その点については既に検討したが、ここでは懲戒の内容を示すものとしての校則を考えてみよう。
 学校教育法施行規則13条の規定は、多くの校則や教育委員会の定める管理規則にほぼそのままの内容で含まれている。文教大学では、懲戒の内容を示す文言としては、これだけであって、他に詳細な具体的規定は存在しない。おそらく多くの大学は同じであろう。
 しかし、高校以下の学校では校則がより詳細に決められており、生徒手帳に記載されている。学校によって校則が非常に少ない学校と詳細な多くの決まりがある学校とに分かれる。つまり学校によってそのルールの数も異なる。
 実際の懲戒について具体例を検討してみよう。
 修徳高校退学事件をとりあげてみよう。
 私立修徳高校は、パーマ禁止、免許取得禁止の校則を破り、更に禁止されているバイトをした、学業態度も問題があると学校側に見られていた生徒が、退学勧告を受けて、自主退学をしたが、あとでその無効を求めて提訴した事件であるが、一審から最高裁まで、その訴えは認められなかった。
 最高裁の判決は校則部分について次のように述べる。

  私立学校は、建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針によって教育活動を行うことを目的とし、生徒もそのような教育を受けることを希望して入学するものである。原審の適法に確定した事実によれば、(一)修徳高校は、清潔かつ質素で流行を追うことなく華美に流されない態度を保持することを教育方針とし、それを具体化するものの一つとして校則を定めている、(二)修徳高校が、本件校則により、運転免許の取得につき、一定の時期以降で、かつ、学校に届け出た場合にのみ教習の受講及び免許の取得を認めることとしているのは、交通事故から生徒の生命身体を守り、非行化を防止し、もって勉学に専念する時間を確保するためである、(三)同様に、パーマをかけることを禁止しているのも、高校生にふさわしい髪型を維持し、非行を防止するためである、というのであるから、本件校則は社会通念上不合理なものとはいえず、生徒に対してその遵守を求める本件校則は、民法一条、九〇条に違反するものではない。これと同旨の原審の判断は是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原判決を正解しないでこれを論難するものであり、採用することができない。 

 そして退学に関する件についても、以下のように高校側の措置を全面的に容認している。

 (一)修徳高校は、本件校則を定め、学校に無断で運転免許を取得した者に対しては退学勧告をすることを定めていた、(二)上告人の入学に際し、上告人もその父親も本件校則を承知していたが、上告人は、学校に無断で普通自動車の運転免許を取得し、そのことが学校に発覚した際も顕著な反省を示さなかった、(三)しかし、学校は、上告人が三年生であることを特に考慮して今回に限り上告人を厳重注意に付することとし、上告人に対し本来であれば退学勧告であるが今回に限り厳重注意としたことを告げ、さらに、校長が自ら上告人と父親に直々に注意し、今後違反行為があったら学校に置いておけなくなる旨を告げ、二度と違反しないように上告人に誓わせた、(四)上告人は、それにもかかわらず、その後間もなく本件校則に違反してパーマをかけ、そのことが発覚した際にも、右事実を隠ぺいしようとしたり、学校の教諭らに対して侮辱的な言辞をろうしたりする等反省がないとみられても仕方のない態度をとった、(五)上告人は、本件校則違反前にも種々の問題行動を繰り返していたばかりでなく、平素の修学態度、言動その他の行状についても遺憾の点が少なくなかった、というのである。これらの上告人の校則違反の態様、反省の状況、平素の行状、従前の学校の指導及び措置複ぴに本件自主退学勧告に至る経過等を勘案すると、本件自主退学勧告に所論の違法があるとはいえない。これと同旨の原審の判断は是認することができる。80)判決文についてはいずれもhttp://bbs.psn.ne.jp/~jhc-cebc/s-data/education/law/hanrei/kousoku/syutoku.htm

 三段階すべての裁判所の審議で同様の判断がなされている以上、法律的な疑いはないように見える。しかし、教育論としては、疑問の余地があることも否定できない。
 判決は、入学に際し、校則を承知していたが、と述べて、納得して上で入学したのだから、特別に不合理な内容の校則でない以上、従う義務があるとしているが、入学に際し、校則をきちんと情報公開している学校がどれだけあるだろうか。通常の学校案内に校則までは掲載されていないし、ましてその学校が「禁止している事項」についての、明示的な説明がある場合は稀ではないだろうか。
 校則が厳しいことは、「噂」で知るのが普通であるように思われる。そうした場合にも、「承知の上での入学」と言えるのかどうかという問題である。
 次に古い事件であるが昭和女子大事件を取り上げてみよう。
 概要は以下のようなものである。

  1961年10月、昭和女子大学に在学中の原告Aは、数日間にわたって昼休みや放課後を利用し、学内で「政治的暴力行為防止法案」反対の国会請願のための署名を集めた。そのAの行為に対し大学当局は、無届けの署名活動であって、入学時に学生全員に配布している学生手帳の「生活要録」6の6(学内のおける署名運動・資金カンパなどの事前届け出制)の規定に違反する、という理由で取り調べを行った。その取り調べ中、原告B他1名が民主青年同盟に加入していたことが発覚した。そのBについては「生活要録」8の13(許可なく学外団体に加入することの禁止)の規定に違反する、という理由で、同年11月8日に大学当局は、AB両名に対し自宅謹慎を申し渡した。しかし両名は翌1962年になり、1月26日に都内各大学の学生自治会・民青等が主催する「戦争と教育反動化に反対する討論集会」に出席し、また2月9日の民間放送で原告らの事件についての発言をするなどの行動をとった。このようなABの行動に対して、反省の実があがっていないとして、学校当局は、2月12日付で学則36条4号にいう「学校の秩序を乱しその他学生としての本分に反したもの」に該当する、という理由で、AB両名を退学処分に付した。
  そこでABは、退学処分は学生の[[教育を受ける権利]]を不当に侵害するものであり、そもそも「生活要録」そのものが憲法19条(思想の自由)、21条(集会・結社の自由)等に違反するものであるなどの理由で、東京地裁に学生たる身分確認請求訴訟を提起した。結果、一審原告勝訴、二審敗訴。原告上告するも棄却される。81)崎久保雅和朝日新聞  94/05/20  立命評論「昭和女子大事件とは」http://www.hoops.livedoor.com/~rituhyou/saitou5.htm

 ここでは、大学生に対する政治活動、学外団体加入を禁止する校則(学則)が有効であるかどうか、それによる退学処分が違法ではないかが問題となっている。もっとも、当時から、大学生に対して学外団体に加入すると退学処分にするような大学は極めて稀であった。この事件をきっかけにして取りやめになったが、当時は全学生に対して、学長自ら行う「女大学」(三従の教えを説く封建時代の書物)が必修科目として課せられていた。ここでも基本的には校則・学則が、「著しく不合理ではない」という理由で違法性はないとされたのである。
 しかし、こうした論理が現在でもそのまま通用しているとは、必ずしも考えられない。というのは、学校がその教育方針に基づいて規則を定め、生徒や学生は従わねばならないという、こうした判断は、戦前の主要な行政理論であり、戦後は否定されてきた「特別権力関係論」という理論に基づいていたからである。
 しかし、その理論は否定され、学校と生徒の間は、「契約関係」であると理解されるようになった。契約は社会的に合理的な内容であることが望ましいし、また契約を結ぶにあたって、情報が提供されていることが必要である。生徒が学校を選択したといっても、校則の内容に情報提供されてないければ、それを知った上で入学したとは言えないことになる。
 また、それぞれ個々の禁止項目が社会的に合理的であるかも、まだまだ問題とすべき余地もあるだろう。例えばバイト禁止である。
 文化的な違いもあるが、例えばアメリカの最も入学困難なハーバード大学では、受験生にさまざまな活動を求めるが、アルバイトは最も重要な活動であり、アルバイト経験のない者は入学上不利になる。アルバイトは自らを律することができる資質を試すもので、ハーバード大学では極めて重視している。これは特にハーバードの特殊性ではなく、むしろ自分のほしい物は自分で働いて、その報酬をためて手に入れるべきだという価値観が、欧米社会では広く認められる。欲しいものを親が買い与えたり、小遣いを普段から与えている日本とは、異なる慣習であるが、自立的な態度を育てるためには、欧米的な慣行の方がより適していると一般的には言えるだろう。
 もちろん、日本の学校がアルバイトを禁止するのは、理由があるが、どちらが生徒の成長にとって望ましいか、多面的に考察してほしい。

Q 高校までで、疑問に思った校則などを例示してみよう。

 校則は、内容とともに、制定過程も問題となる。
 越谷の栄進中学は、以前、校則を最低限必要なのものに切りつめ、かつ、それを生徒たちの手で必要なものを制定したことで有名である。そうした生徒の手によって校則を制定した学校は、いくつかあり、教育的に大きな成果をあげることがわかっているが、ただし、毎年制定過程を経るのも大変である一方、そうしなければ、新入生にとっては、いくら生徒の手によって作成されたといえ、他律的なルールにすぎないことになり、効果が期待できない。
最終更新:2008年07月25日 21:40