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生活綴り方は、日本独自の教育方法であると言って良い。これは、戦前の日本の国家主義的な教育に対抗する教師たちが編み出したものであるが、そこに込められた手法、意味は、今日にも引き継がれている。


戦前の教育は、国定教科書を使用したことで分かるように、教育内容が詳細に国家によって定められていた。そして、子どもの状態に合わせて、教師が創造的に、教育内容を編成していくことはできなかった。そこでは、科学的な認識を形成することは困難であった。もともと、中等教育段階、つまり、国民の多くが受ける教育の内容では、「科学的内容」は、重視されていなかった。歴史が神話から始まったことにそれは象徴されている。そうした中で、子どもに科学的な認識をつけさせようと考えた教師たちの中に、作文教育を利用する人たちがいたのである。作文だけは、国定教科書であらかじめ規定することはできない。そこで、作文を書かせながら、社会や自然を見つめさせたのである。作文は、当時、「綴り方」と呼ばれていたので、彼らは「綴り方教師」と呼ばれた。

もともと、文章を書くことは、思考作用と密接な関係にある。ピアジェは「書きながら考え」たと言われている。もちろん、そのような教育方法は、国家が許容しなかったのであり、綴り方教師は、かなりの迫害を受ける。有名な「二十四の瞳」(坪井栄)の中でも、綴り方教師が、教壇を追われていく姿が描かれている。

戦後、綴り方教育は、「やまびこ学校」で復活し、大勢力とは言えないであろうが、今日まで続いている。そして、国際的にも、高く評価されている教育手法である。

 生活綴り方実践は、だいたいにおいて、次のような具体的取り組みを行う。
 日常的に生徒に、生活の中で起きたことを綴らせる。もっとも日常的な取り組みとしては、日記であろう。日記帳を一人一人作らせ、毎日書かせ、提出させる。教師は、一人一人の文章に、「赤ペン」をいれる。また、ときどき、テーマを決めて書かせる。日記やテーマ作文の中から、ぜひみんなに読ませたいと思う文章を、印刷して配布する。親にも見せるように指導する。そして、更にその中から、いくつか選んでみんなの前で朗読させる。感想を出し合い、そこで何か作者が問題を抱えていたら、それについても話し合う。話し合いをもとに、生徒が話し合われた作文に対して感想文を書く。そのうちいくつかを、また印刷する。
 こうした取り組みは、非常に多くの労力を必要とするものである。後で紹介する津田実践を見れば、その費やされたエネルギーの大きさに、驚くだろう。
 では、こうした取り組みの意味するものは何だろうか。

 文章を書くという行為は、一方で、「認識」「思考」という行為でもある。毎日、日記を書くことは、日々の生活を見つめなおすことである。そして、それを他人に見せることは、コミュニケーションを成立させることでもある。毎日、教師が全員の日記を読み、赤ペンを入れることで、教師と生徒がコミュニケーションを、日常的に成立させている。文章によるコミュニケーションは、時間がかかるのであるが、問題によって、この時間経過がプラスに作用するのである。いじめやけんかなどで、子どもが悩んでいる場合、感情的、直接的なやりとりは、更に問題をこじらせることが多い。しかし、作文に書き、それを全員で検討するときには、冷静に事態を見つめられるものであろう。そうして、加害者的な生徒も、反省することが多いし、また、悩みに対する励ましなども表現しやすくなる。ある作文が教室での検討を経て、「返事」があれば、当人が自分の問題を見つめなおし、励まされるし、その経過で問題が解決することも多いのである。
最終更新:2007年01月25日 23:31