さて、処分の対象となる規則に違反したとしても、直ちに処分されるというのは多くの問題をもたらす。違反行為の認識について、誤解が生じる場合もあるし、また、その行為をした理由には、情状酌量する場合もありうるからである。
司法の場では、近代法の中でそうした処分される側の権利を守るさまざまな原則が確立している。日本においても、通常、刑罰あるいは、不利益処分を課すときには、「適正手続」が求められる。
憲法31条
何人も、法律の定める手続によられなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。
適正手続とは、実体的基準に基づいて、あらかじめ明示的に規定された手続に従って、懲戒・刑罰等が決定されることである。実体的基準が存在しなくても、また、明示された手続規定が存在しなくても、そして、それらの基準から逸脱した内容であっても、適正手続とはならない。そして、通常、適正手続については、「弁明」の機会が与えられるものと解されている。
またアメリカでは被疑者として逮捕されて取り調べが行われるまでに必ず告げられるべき内容がミランダ原則として確認されている。ミランダ原則とはアメリカ司法の原則で以下のようなものである。
被疑者の取り調べの前に以下の警告を発しなければならず、その警告なしに行われた証言は無効、その警告は、
・あなたには黙秘権がある。
・あなたが言うことはどんなものでも法廷であなたにとって不利に使われる場合がある。
・あなたには弁護士と話し合う権利があり、尋問中、弁護士を同席させる権利がある。
・もしあなたに弁護士を雇う経済的余裕がない場合、希望すれば、いかなる尋問の前に弁護士を任命し、あなたを代理させることができる
日本ではこの原則は最初ものしか認められていない。つまり大人の刑事裁判ですら、日本では適正手続が曖昧な部分があるが、生徒や学生の懲戒処分となると手続規定そのものが不明確である場合も少なくないだろう。
しかし、学校や企業のような組織においても妥当すると考えられくかどうかについては、議論が分かれている。特に学校での処分については、適正手続規程をもつ学校は、実はほとんどないと思われる。学校においては、別の原理が採用されていると考えられるからである。
この問題に関して、興味深い記事がある。
退学や停学処分の際、本人の意見を 文部省が子ども条約受け通知
「子どもの権利条約」(児童の権利に関する条約)が今月二十二日に発効するのに伴い、文部省は二十日、「懲戒処分の際、児童、生徒から事情や意見をよく聴く機会を持つ」などを求めた通知を全国の都道府県教委などに送る。権利条約が認めた子どもの思想、良心の自由と「日の丸」「君が代」の学校行事での事実上の強制との関係については、「児童、生徒の思想・良心を制約しようというものではない」とする一方で、「今後とも指導の充実を図る」としており、今後、条約や通知の解釈をめぐって教育現場で対立も起きそうだ。
通知は「権利条約は基本的人権の尊重を基本理念として掲げた憲法、教育基本法、国際人権規約と軌を一にするもの」としたうえで、争点となりそうな八項目にわたって文部省の見解を示している。
退学、停学などの懲戒処分については、権利条約が子どもに「聴聞を受ける権利」を認めていることから、本人などの意見を聴くように求めた。十分に意見を聞かないで処分をした場合については「法的に無効かどうかは裁判の判断を仰ぐしかないが、著しく不適当である」としている。
処分の手続きについてはこれまで学校教育法の施行規則で「教育上必要な配慮をしなければならない」と定めているだけで、本人からの聴聞についての明文規定はなかった。
子どもに意見表明権や表現の自由、集会結社の自由を認めている権利条約と校則との関係については、学校が教育目的を達成するために必要な合理的範囲で校則を定めることは当然としたうえで、その内容は「学校の責任と判断」で決めるよう求めている。
条約の名称については、「児童」とするか「子ども」とするか対立があったが、教育指導に当たっては「子ども」を用いてもかまわないとしている。
文部省は権利条約が発効しても「法令の改正は必要ない」との立場で、通知も基本的には従来の国会答弁の内容をまとめたものとなっている。通知を出す理由について、「発効を機に児童、生徒の人権を尊重するよう改めて求めた」と説明している。
●子ども主体の学校に
横山英一・日教組委員長の話 懲戒処分の項目など、大いに歓迎したい部分もある。しかし、通知には条約の内容を子どもに知らせるという視点が全く欠落している。基本的人権の尊重についても、抽象的で従来の一般的な理念の域を出ていない。子どもが権利行使の主体となる学校づくりが必要だ。
<子どもの権利条約> 十八歳未満の「子ども」に対して、一切の差別と虐待を禁止するとともに、子どもを積極的に権利の主体ととらえ、意見表明権や表現の自由、集会結社の自由などを認めている。条約の原則や規定を、子どもを含む国民に広く知らせることも義務づけている。82)
この記事から分かるように、日本の学校では、本人の意見聴取なども行われないまま処分がなされることすらあったのである。
このような処分が行われるのは、学校側に「パターナリズム」原則があったからである。
「パターナリズム」とは、親のように保護する考えで、この場合、教師は生徒の親と同じであるがゆえに、生徒の不利になることはするはずがなく、また、子どもは親に従うべきなのだから、処分をする際にも、子ども(生徒)の意見を聞く必要はなく、教師は生徒にとって最善の「処分」を行うものである、という考え方のことである。日本の少年法も基本的には、パターナリズムの原則によって構成されている。パターナリズムの立場からは、懲戒に関する実体規程は決めても、手続き規程は決めない。詳細は不明であるが、
次に弁護権の問題である。
刑事裁判で懲役になる可能性のある事件に対しては、必ず弁護士をつけなければ裁判を開くことができないことになっている。もし被告人が経済的な事情で弁護士を雇うことができない場合には、国選弁護士を公費で保証することになっている。
では、学校の懲戒の場合、弁護をする人をつける必要はないのだろうか。
もし弁護する人がいなければ、罪を犯した者は自分で自分を弁護するか、あるいはまったく弁護ということが行われないことになる。しかし、悪事を働いたとされている者が自分で、裁く者に対抗して弁護することは非常に難しい状況にならざるをえない。
そこで、学校においても、退学とか停学などの懲戒の可能性があることがらに対しては、教職員などを弁護人として指名し、指名された弁護人は、自分の意見とは無関係に、その人のために弁護活動を行うというような仕組みが、今後必要になるだろうか。
パターナリズムにたつ限り、弁護をする人が必要とは考えられないが、実際にパターナリズムが適切な原則であるかは、今後問題となるだろう。しかし、残念ながら、学校における処分で弁護人の必要性については、議論すらほとんどなされていないのが実情である。
次は公開制の問題である。
懲戒における公開の問題とは、処分そのもののプロセスを公開の場で行うという意味と、結果を公表するというふたつの意味がある。前者は必然的に後者を含む。
通常の裁判は、「公開」で行われなければならないことになっている。これは、秘密の裁判では、個人の権利が侵害されやすく、政府に反対する人物を国民に知られずに、有罪にされる危険性が高いためである。もちろん、公開の裁判であるために、犯罪者のプライバシーは原則として守られない。報道等でも、有罪確定までの犯罪に関する情報開示は、プライバシー侵害とならないことが認められている。(刑期を終え、市民として生活するようになってから、前科のことを暴露したりすることは、プライバシー侵害となりうる。)
では、学校における懲戒は、「公開」であることが必要なのだろうか。
サマーヒルや、サドベリ・バレイ校では、全校の教員・生徒によって行われる全校集会で、懲戒のための議論もなされるので、公開となっている。従って処分の内容も、全員が知ることになる。しかし、こうした学校は、かなり例外であり、通常の学校の懲戒は、非公開で行われる。特に、日本の学校で、生徒の懲戒を公開の議論で決定するという話は、聞いたことがない。
これはラベリング論との関係も生じる複雑な問題である。
また、懲戒の開示についても、同じような性質をもっていると考えられる。
ただ、懲戒規程そのものの公開については、議論がある。
懲戒規定の公開とその見直し 羽 山 健 一
懲戒規定を公開することは望ましくないという見解もある。その理由は、①内規はもともと公開を前提として設けられたものではない、②生徒に対する懲戒の威嚇力が弱くなる、③懲戒規定に縛られて弾力的な運用ができなくなる、などである。しかしながら、先にみたように、懲戒規定は学則という法定表簿の一部と考えられるものであり、生徒の権利を制限する根拠となるものであるから、これを非公開とすることはできない。逆に公開することによって、懲戒規定の内容を常に適正なものにしようとする努力がなされる。また、生徒に懲戒を受ける予見可能性を与えることは、適正手続き保障のため、まず最初に要求されることであり、懲戒を行った際にも生徒や親の納得を得やすい。確かに、公開することにより教師自身もそれに縛られるが、そのことによって、懲戒処分の弾力的な運用と称して不平等な、または不公正な懲戒が行われることを避けることができる。83)「懲戒規定の公開とその見直し」羽山 健一 『月刊生徒指導』1993年12月号(学事出版)http://www15.freeweb.ne.jp/school/kohoken/lib/khk137a2.htm
多くの学校では、どのような場合に懲戒処分を受けるのか、その内容を生徒に知らせていない。羽山氏の指摘するように、「威嚇力」や「弾力的運用」などを理由としている。これもパターナリズムと結びついている。
最終更新:2008年07月25日 21:41