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教師といえども日常生活において犯罪とされる行為をした場合には、当然刑事責任を問われることになる。しかし、民事責任については基本的に国家賠償法で管理者責任となるが、学校で業務として行う仕事に関して刑事責任を問われることがあるのだろうか。
 もちろん学校内の出来事で刑事責任を問われることはある。しかし、本来教師にとって禁止されていること、あるいは本来の仕事を阻止するような行為に対してがほとんどである。
 学力テストにおいてテストの実施を阻止しようとする行為に関して、刑事責任を問われることがあった。一番多いのは、体罰による傷害事件である。また、単なるセクハラではなく矯正猥褻は刑事責任を問われることはありうる。体罰に関しては、先の必殺宙ぶらりん事件や岐陽高校事件では刑事責任を問われた。また、最終的に無罪になったが、水戸5中事件でも教師が政治責任を問われて裁判にかけられた。
 このように本来禁止されている行為での刑事責任はあるが、教師の職務を果たすことによって起きた事件では神戸の校門圧死事件がある。少々長いが記事を引用しておこう。

  1990年(平成2年)7月6日午前8時半ごろ、神戸市西区美賀多台の兵庫県立神戸高塚高校で、登校の門限時刻になったため、担当のH教諭(当時39歳)が校門のレール式鉄製門扉(高さ1.2メートル、長さ5メートル)を閉め始めたところ、登校中の生徒約30人が隙間に殺到した。このとき、1年生の石田僚子(15歳)が門扉とコンクリートの門柱に挟まれた。このときの様子を目撃した男子生徒によると、H教諭がかなりの勢いで門扉を押して閉め、僚子が驚いてかがむような姿勢になり、メリッというような音がして僚子の耳と口から血が噴き出した、という。その後、僚子は病院に運ばれたが、午前10時25分、死亡した。
  11月16日、学校側が安全管理上の過失を全面的に認めた内容で、兵庫県は僚子さんの遺族と賠償額6000万円で示談が成立した。県教委によると、賠償金の内訳は、学校事故で死亡した場合に支払われる日本体育・学校健康センター保険の死亡見舞金1400万円に、他府県の事例を参考に算定した慰謝料、葬祭費など4600万円を加算した。
  1993年(平成5年)2月10日、神戸地裁は、業務上過失致死罪に問われたH教諭に対し、検察側主張(求刑は禁固1年)をほぼ認めて、校門指導を危険性の伴う業務と認定、「被告が注意を怠ったために起きた」として、禁固1年・執行猶予3年を言い渡した。
  事故の背景にあるとされた管理教育には、量刑理由で「被告の刑事責任とは別に、学校として生徒の登校の安全に関する配慮が足りなかった」と指摘。学校側にも方法面で責任があると言及、執行猶予の理由としたが、是非に関しては司法判断を避けた。生活指導中の教師の過失責任が認定されたのは初めてであった。
  公判は、H教諭が門扉を閉めて、僚子を死亡させた事実関係の争いはなく、安全確認についての過失と、校門指導の業務性が最大の争点だった。 
  判決は、まず業務性について、「反復継続し、門扉と門壁に挟むなどして生命身体に危害を及ぼす恐れがある行為」として、刑法上の業務にあたると判断した。 
  危険の予見可能性の有無も検討し、(1)門扉の大きさ、構造からして、頭でなくても死亡の結果を生じうる。(2)被告は過去に生徒に門扉を押し戻されたことがある。(3)遅刻者に対しグラウンドを走らせる制裁があり、試験の日も制裁があるため生徒が閉まりかけた門に向かって走ることは予想できた、と指摘した。 
  その上で、注意義務違反について、「教員の間では、安全確認などの役割分担はなく、当日、作業分担の打ち合わせもなかった。他の教員が危険防止のため、門の外に待機していることは期待できなかった」と述べ、弁護側主張の「信頼の原則(門の外にいた他の2人の教師が生徒を制止すると思った)」は適用できないと退けた。 
  これらを踏まえ、「被告が生徒の動静を十分確認する注意義務があるのに、これを怠り、生徒が一瞬途切れたのを見て、もはや門に入ってくる生徒はいないと軽信し、門扉を後方から押して閉鎖した」と断定。「被告の行為は教育に対する社会の不信を生じかねないもので結果は重大」とした。 
  教師が教育活動で業務上の過失責任に問われたケースはあるが、いずれも授業やクラブ活動での事故に限られ、監督責任を認定したもの。生活指導中の死亡事故がほとんどないこともあり、こうしたケースで業務上の過失責任が問われたことはなかった。 
  裁判長は、「門扉を閉鎖して遅刻指導をすることを決めた際、危険性に十分注意が及ばず、門扉の閉め方や危険防止の作業分担を決めず、担当教師の裁量に任せていた。これは被告人の刑事責任とは別に学校として生徒の安全に関する配慮が足りなかったことを示す」と指摘。学校側も門扉の閉鎖や安全確認の方法などを十分話し合って実施すべきだったとした。 
  この点などを踏まえ、執行猶予の理由とはしたが、結局、管理教育に対する独自の判断は加えなかった。 
  H教諭は控訴せず、有罪が確定し、教員免許の取り消しと不服申し立てをしている県教委による懲戒免職処分が決定。90)『読売新聞』(1990年7月6日付/1990年11月17日付/1993年2月10日付/1993年2月23日付 
最終更新:2008年07月25日 21:43