能力は何故発達するのだろうか。人間を除く動物ももって生まれた能力を発達させることがある。もちろん、生まれたときに、既に大人とほぼ等しい能力をもって生まれる動物が多い。しかし、高等動物とされる動物ほど、後天的に発達する部分が大きく、人間は最もその幅が大きいといえる。しかし、後天的に発達するといっても、もともと発達のプログラムがあると考えられている。例えば、チョムスキーは、言語には普遍的な特性があり、その特性は人間が生得的にもっているという言語生得説を唱えたことで有名である。
つまり、多くの能力は先天的にもって生まれた資質と発達のプログラムが、後天的な環境の中で発現していくと考えられる。そのメカニズムを明らかにすることは、教育学の課題ではない。主に生物学や心理学の課題だろう。生物学や心理学が明らかにした発達のメカニズムを踏まえて、その発達を促進する実践的手法を作り出し、実践することが教育学の課題である。
人間の発達が何に規定されるかについて、遺伝説と環境説、及びその両方だとする輻輳説が長い間議論されてきた。そうした議論のフォローをする必要はないだろう。人間の発達は先天的な条件を土台にして、環境及び人々の働きかけの中で起きることは、明らかであり、問題はそれぞれの条件がどのように働くかであるといってよいと考えられるからである。
ここでは「先天的条件」をまず、確認しておこう。先天的条件とは、誕生の時点で定まっていることがらと考えておこう。先天的条件の第一が、遺伝であるが、決して遺伝だけではない。胎内環境や誕生時の状態などで大きな影響を受ける。妊娠中母親が栄養失調だったり、あるいは極度のストレスに見舞われていたとしたら、胎児の成長は悪影響を受けるし、また、母親がエイズに感染していれば、胎児にも感染する可能性がある。出産時に脳が圧迫されて障害をもつこともある。
そうした先天的条件の中でも、遺伝がもっとも基礎となるものであろう。
遺伝学は、周知のように1866年にメンデルが発表したものを、1901年にド・フリースが再発見して広まっていった。そうして、戦後、DNAの発見によって、人間の遺伝構造が、徐々に明らかになりつつある。
DNAという遺伝子そのものが発見されたため、遺伝の存在は明確であり、かつ遺伝の内容そのものを知ることが、理論的にはできるようになった。もっとも実際に人間の遺伝情報を読取ることは、大変時間のかかることであり、早急にわれわれの遺伝情報を知ることができるのではない。
ではどのようなことが言えるのか。
1 遺伝情報の読取りで、ある程度わかったことは、遺伝情報の大部分は人間の身体の形成や機能に関するもので、それは個人や人種などの差がほとんどないことである。したがって、個人間や人種間で、頭がいい、悪いということが、遺伝情報として組込まれている程度は、ほとんど無いに等しいくらいである。
このことは、人間の能力が遺伝によって決っていると主張する人々が、常に「差別」を合理化することに、遺伝学を使用していたことが、間違っていることを暗示する。(もっともこれも極めてわずかしか読解していない段階での想定である。)
Q 「黒人はバネがある」とよく言うが、これは正しいか。正しいとすれば、それは、黒人の民族的遺伝なのか、それとも違う理由からか。
2 遺伝と環境は全く別のものではなく、遺伝子発現形態は、環境の変化を受けることが明らかにされている。そして、遺伝子の機能は先天的なものとしてのみ意味があるのではなく、一生続く機能である。人間の細胞は絶えず細胞分裂を繰返しており、そこにDNAの遺伝情報が作用している。ところが、受精以後のいかなる時点にせよ、遺伝情報に異常が生じると、様々な障害が現れる。
3 このことは、また遺伝子を組替えることによって、遺伝的な性質を変えることができることを意味する。少なくとも「遺伝的な疾患」の治療の道を開くものである。
Q 遺伝子組み替えによる病気治療をどう考えるか。
4 繰返しこれまで述べたように、脳の神経細胞は出産1~2年後から増加しない。それは、脳神経細胞はその時点で、複製に関する遺伝情報が役目を終えることを意味する。この後は刺激やその処理によって、脳神経系統の形成が一生続くわけである。出産時に、個々の能力や才能が、どの程度プログラムかされているかは明らかになっていない。
遺伝学の発展は、素質や環境自体のもつ意味をも変化させた。これまで、素質は人間の生理的な内的、先天的な状態であり、環境は身体の外にある社会や他の人の関係で、二つは明確に異なるものであると考えられていた。しかし、素質という身体的な性質も、社会的な環境や身体的な成長にともなって変化することがわかってきた。
次に胎内環境が、先天的条件となる。
母親の十分な栄養や休息、安定した精神状態などが、胎児に大きな影響を与えるといわれている。また、エイズなどのように、母親の病気が胎児にまで感染することもある。特に、先天的な障害の中には、胎内環境や出産時に原因があるとされているものも少なくない。
クローン牛は、既に多数存在するが、大きさも体の模様もかなり相違する。これは、遺伝的には同じであっても、胎内環境が異なるので、既に遺伝子の発現が異なって来ているからである。したがって、現在話題になっている「クローン人間」が実現しても、実際には、親とはかなり異なる人間が育つはずである。
クローン人間である「一卵性双生児」が、相当程度似ているのは、胎内環境も、また、出産後の環境もほとんど同じだからである。
先天的に発達上の問題があるとき、それは多くの場合「特別支援教育」に関わることになる。もちろん、障害は先天的にのみ生じるわけではなく、後天的にも生じるが、基本的に人間が本来もっている機能が不十分であるとき、どのような教育が必要であるかを明らかにする必要がある。
視覚に障害があるとき、特に生まれたときから見えない状態である場合には、当然通常の教育方法は通用せず、特別な方法が必要である。点字や音声の使用は代表的なものであるが、
最終更新:2008年08月31日 22:20