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 かつて子育ては地域で行われていた。育児は地域全体の事業だったのである。そして、その「地域」とは、農村共同体であった。また、そこで求められる「規律」は、農業を前提としたものであった。
 農村共同体においては、子どもを個々の親が育てるということは、ほとんどなかった。そもそも家族が大家族だったから、母個人だけで育児をする必要はなかった。それだけではなく、例えば母乳を与えるにしても、かならずしも実の母が与えるのではなく、よく母乳がでる女性が面倒をみることが多かったとも言われる。少し大きくなった子どもが、更に小さい子どもたちの面倒をみることは、ごく当たり前の役割だった。
 農業は農村全体の仕事であり、かつ人為的に左右できないものである。したがって、自然と農村共同体の必要によって生じる規律を守らなければ、生活が成り立たない。
 日本の水田農業を中心とする農村は、次のような地域の集団性を必要とする。
1 潅漑施設の敷設・利用
2 田植等の協同的な作業
3 収穫物の処理
 このように日本の農村は、ほとんどすべての面で村落共同体を前提として維持されている。子どもが大人に成長する上でこの共同性を学ぶことは不可欠のことであった。また別の機会にも取上げるが、地域の子どもたちが集って、野原を走り回り、その中で集団遊びをする、という子どもの遊びのスタイルは、農村社会から起きてくるものである。(このことは、逆に都市化された中で親も子どもも生まれ育った世代では、遊びの中身が相当異なることから確認できる。)
 そして、現在継承されている「しつけ」の内容も、多くはこうした農村共同体の中で育成されてきたものである。また、農村社会では、親の世代と子どもの世代は、基本的に同じことを職業とし、親の世代が子ども世代のモデルになっている。
 しかし、学校はむしろ都会の職業を前提にした教育課程を組んでいる。何故ならば、学校という組織は、主に都市産業を土台とする資本主義社会の中で、発達したからである。農村の優秀な人材を都会に吸いよせる機能を果していたが、そのためには、都市的な教育内容を基礎にする必要があったのである。
 しかし、他方、日本の企業が築いた「日本的経営」という中身は、農村的ムラの関係が、企業に相当導入されている。したがって、農村的共同体がなくなっても、企業が求める人間像は、農村的特質をもっていた。例えば、協調性、奉仕性など。このように、学校教育をとりまく環境も、また非常に矛盾したものだったが、とりあえず、1960年代までの日本社会は、子育ては著しく農村的な性格をもち、学校教育は都会的性格をもって農村から若者を都会に移動させる手段になっていた。それは象徴的に「立身出世主義」の教育と呼ばれた。また、これまでの工業や企業においても、まだまだいくつかの集団的規律が必要であった。時間通りに出勤して、決められた仕事をすることが求められるからである。
 「隠れたカリキュラム」論は、こうした学校の社会的要請を分析したものである。
 社会は、農村型から都市型へとどんどん変貌した。
 「学力優秀」な若者は高等教育を受けるために都会に出て、そうでない者は村に残るか、集団就職列車で都会にでる、これが農村から都会への人口移動をもたらした。1970年代にUターンが言われ、集団就職列車が廃止されたことは、こうした形での人口移動が一応終息したことを意味した。そして、それ以降は地方も含めて、ほぼ都会型の教育、あるいは広く都会型の人間形成が行われるようになったと考えられる。
 現在の様々な教育問題の多くは、この都会的人間形成になったことによって生じていると言えよう。
 しかし、都市は、農村社会のように規律を育成することができない社会である。その特質をあげてみよう。
1 都市では、生産の場と家庭(子どもの生活の場)が分離しており、家庭においては、生産に伴う規律の必要性が存在しない。
2 都市における「職業」は、子どもが自分で探すものであって、親の職業を継承するわけではない。(そういう場合は、むしろ例外に属する。)
3 核家族が通常であって、しかも、父母共に労働をしている。したがって、子どもは、育児の専門家に預けられる。そして、各家庭は孤立している。
4 家事も商品化・社会化され、電化されることで、必ずしも、家族の成員が、規律をもって行わなければならないものではなくなる。
5 家の構造も個人単位になり、豊かになればなるほど、「物」は個人所有になり、使用の約束ごとが必要でなくなる。
 都会の特徴は集団性と対極にある。都会では家は生産の場でなく、消費の場であり、特に勤労者にとっては寝る場所である。高度成長以降の長い労働時間で、父親は子どもの教育にほとんど関わらない体制ができた。その象徴が「単身赴任」であろう。
 かつて転勤すれば家族で引越した。しかし現在ではかなりの家庭が、父のみ赴任する。その最大の理由が子どもの教育である。家族一緒に生活するより、子どもの教育を優先するという価値の転換は、おそらく先述の都会における人的再生産の時期以降である。都会での人間形成の特質は、教育競争に子ども全体が参加し、競争に勝抜くことが至上の目的になることである。
最終更新:2008年08月06日 00:04