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 若い夫婦が子どもをアパートに置いて、パチンコに行ったところ、子どもがストーブを倒して火事になって子どもが死んでしまった、あるいは、車に寝かせていたら、熱射病で志望したという事件は、毎年起きている。こうしたことは、確かに親のだらしなさが全てである。子どもを残して、他に移り住んでいて、残された子どもが幼児を死なせた事件があったが、その親も同様である。
 しかし、こうしたかなり例外的ともいうべき事態を、除いて考えると、通常の親は、真剣に子育てをしている。それにも拘らず、子育ての問題は山積している。

1 まず考えられることは、家族の構成や育児の在り方が変化したことである。
 昔は親としての役割は長い時間がかかったから、知識も豊富だった。そして、最後の子育てが終る頃には、最初の孫が生れた。だから子育ての知識も継続していた。
 しかし、現代では子どもは2人程度しかいない。すると祖母になった時点では、子育てから随分時間的な経過があり、ほとんど記憶していない状態になっているのが普通である。
 また育児が、始めから教育的な課題を背負っている。胎教の意味も変化している。かつての胎教は、母親が心身での健康を保ち、子どもが健康に生れてくる条件を整備することだったが、現在の胎教は、始めに書いたように、子どもの教育を最大限早く始めるための行為である。従って、子どもは生れたときから、社会の競争的な教育に巻きこまれる。ここに最大の育児の困難生がある。
 競争的な関係に過度に巻き込まれると、母子密着の事例が生れる。
 核家族の多くは、父親がほとんど家庭にいない。(これも高度成長以降の特徴である。)母親が子どもの教育に責任を任され、しかも労働現場にいない母親であるので、社会的視野を欠いている。(仕事を持つ母の場合、母子密着は少ない)女性が働く場合にせよ、そうでない場合にせよ、家族全体として子どもを育てる、という合理的な形態が求められる。
2 農村は村全体がひとつの労働共同体であって、子どもも労働に担い手であり、自然に遊びや手伝いを通じて必要な規律を学んでいった。
 また高度成長以前の都市も、農村的な規律によって成立っていた。つまり家族労働が必要だった。
 たとえば風呂に入ることを考えてみる。
 風呂を沸すには、薪をわる、水を入れる、沸すというそれぞれ大変な労働が必要である。そして、一度沸せば、順にすばやく入らなければすぐにさめてしまう。つまり労働と規律が風呂という簡単なことでも不可欠だった。
 現在風呂に入るのに、労働という程の作業はいらない。シャワーなら全く必要ない。そして、順に入る必要もない。各自が好きな時間帯に入ることが可能である。逆に規律を無視することが必要になっている。現在の都市の勤労者は、家族と一緒に行動することができない。数時間の通勤時間、多大な残業等、世界に冠たる長時間労働が、家族としての規律を不可能にしているし、また規律を必要としない生活形態の実現が、またこうした長時間労働を可能にしている側面もある。
 そして、家庭はほぼ完全に生産の場ではなく、消費の場になった。
3 次に世代の問題である。世代意識は現代社会の大きな特徴のひとつになっている。農村的な社会では子どもが大人になったときの、自己のイメージは親が示している。子どもは親の背中を見て育つという言葉は、農村社会の規範である。しかし、現在の都市社会では当てはまらない。親の生き方は、子どもの参考にはそれほどならないのである。都市社会では子どもは親の職業を継ぐことはまれで、子どもは独自に自分の職業を選択していく。更に、現代社会は社会全体を覆う大きな事件があり、その経験の有無で意識の差が生じる。

Q 青年時代をいつ送ったかを、親に関して確認してみてほしい。
1 戦争体験者
2 戦後の混乱期
3 高度成長期
4 石油ショックの70年代
5 日本が経済大国になった80年代
   6 バブルが崩壊した90年代

 おそらく現在の大学生の親は、2と3に属するのではないか。そして、大学生自身は5から6の時代に生きている。2と5という親子であれば、おそらく様々な面での意識の相違があると考えられる。それに対して、3と5という場合は、それほど意識が違わないかもしれない。
最終更新:2008年08月06日 00:05