通常評価は教師が生徒に対して行なう。教育活動においてはそれは自然なことだろう。しかし、現実に必ずしも教師が生徒に対して行なう評価だけではなく、最近は「授業評価」として生徒や学生が教師を評価することも多くなっているし、また、地域住民が「学校評価」を行なうことも広まっている。
更に、教育活動の形態として、ドルトン・プランのような教育方式では、生徒自身が自分の教育計画をたて、それに基づいて授業が行なわれて、更に次の教育計画をたてるのであるが、その際、子ども自身が自分の学習を評価することが、不可欠の要素になっている。
現在の大学において、授業改革の切り札となっているのは、学生による授業評価だろう。文教大学においても、かなり前から実施されているが、昨年から「任意」「形式自由(大学提供の用紙でなくともよい)」という形から、「義務」「形式の統一」という形に改められた。これは、授業評価アンケートをより合理的にするためではなく、大学基準協会が求める「自己点検評価」の基準に合わせるためである。
実際に文教大学で行われていた授業評価アンケートを授業向上のために、部分公開していた学部があった。それは国際学部であるが、国際学部では、教授会でアンケートの結果を公表し、それを教授会の場で検討をしいたそうだ。そうすると、よい結果の教師たちはより励み、悪い結果の教師たちはショックを受けて、ますます自信をなくし、評価が下がる傾向があったという。そのことを自己点検評価委員のメンバーに知らせ、検討することを勧めたところ、実態を考慮するのではなく、どうあるべきかを委員会で考えて決めるという方針であるということだった。しかし、実際に公表しているところでマイナスの効果があるという実態を無視して、効果を望めるあり方を構想できるのだろうか。
では、教員に対して、この授業評価アンケートは授業向上に役立つのか。東海大学のグループの推進派は、教師に授業改革の動機付けを与えるという点で、その有効性を認めている。つまり、飴と笞である。
実際どうなのだろうか。
私はかなり積極的に大学の提供するアンケート用紙で長年授業評価を実施してきた。私自身学生によく授業評価に肯定的であるので、これを回避したことはない。しかし、そういう私ですら、このアンケートの効果については、ほとんど否定的である。いままでは公表もされなかったから、飴と笞の効果もなかったのが実態だろう。
では何故、このアンケートが有効でないのか。
それは内容と実施の方法に原因がある。
まずは内容である。アンケートという形式であるために避けられないことなのかも知れないが、授業のやり方について項目をたて、5段階で評定するのが、主な形式となっている。しかし、たとえば板書の字が見やすいかという項目が、3点であったり、4点であったりして、何か改善の具体的な指針となるだろうか。「ああ、3点だった」という以上の感情が起きるとは思えないのである。もちろん、教師の中には、3点だったから、板書に気をつけるという教師も出てくるだろう。しかし、板書の位置が各教師の中でまったく異なっているとしたら、この点数化は、意味ななさないともいえる。つまり、項目そのものが、それぞれの授業において異なった意味をもっているにもかかわらず、そうしたことが考慮されずに項目化されていることが問題なのである。
たとえば、マルチメディアが効果的に使用されているか、という項目がある。しかし、IT技術を使うかどうかは、教師の意識によるし、また、授業の内容によっても、その使用があまり効果的でない、あるいは全く意味をなさない科目もある。たとえば文献講読のような演習科目で、ITの使用の余地などどの程度あるのだろうか。文献講読は大学の授業の中で今後も重要な位置を占めるだろう。では、まったくITを使用しない文献講読の授業で、その項目の評価が低かったから、(当然のこととして、低いはずである。)その授業の評価は低いというべきなのだろうか。アンケートの結果としてはそうだろうが、そうしたアンケートに合理性があるだろうか。アンケート項目が同一に、講義、演習、実験、実技等、同じものが使用されているという不合理は、やがては解決されるのだろうが、現時点ではその不合理性は否定できないのである。
次に実施の方法についてであり、これがもっと大きな意味をもっている。
学生が望むのは、今受けている授業の改善だろう。そうすると、授業の終了時に行われるアンケートの意味はない。実際に学生も、アンケートは最初にやってほしいという要求を述べる者が少なくない。それは非常に合理的な主張である。しかし、今はそれがない。
また、終了時の授業時間内に行うのであるが、私の場合も例外ではないが、ほとんどの場合、授業の終了間際に行うために、学生はじっくり回答する時間がないし、また改善の効果を期待できない状況で行うのだから、あまり熱心に書かない学生が少なくない。また、最後に授業に出ている学生は、普段から出ている学生と共通であるのか、わからない。また、普段あまり出ていない学生の意見が重要なのか、熱心に出ている学生の評価が重要なのか、それはいいとして、アンケートではどの程度熱心に授業に出たか、あるいは予習復習をしたかを問う項目があるが、そうした分布に応じた結果を示すわけではない。
そして、私自身にとっては、アンケートで最も役に立つのは、自由記述なのであるが、上記のような時間的制約もあって、自由記述をする学生はほとんどいない。つまり、具体的な授業改善に役立つのは、具体的な指摘であることはいうまでもないが、そうした具体的指摘を可能にする条件が欠けているのである。
従って、次のような改善策が必要であろう。
最終更新:2008年09月05日 20:31