人間機械論、タブララサ説の究極は早期教育論となる。その典型的な事例を見てみよう。
モーツァルト
モーツァルト(1756-1791)は、極めて優れた遺伝的資質と音楽的環境とともに、徹底的な父親の教育を受けて、人類史上最大の天才作曲家として成長した。彼は学校教育は一切受けておらず、基本的な教育はすべて父親が行い、また父親がヨーロッパ中の優れた音楽家に会わせて指導を受けさせるために、青年時代までずっと旅を続けた。父親はバイオリンやピアノなど基本的な楽器の奏法や音楽の基礎理論を教えた。父レオポルド・モーツァルトは高く評価されたバイオリン教程の作者でもあった。
モーツァルトはごく幼いころから音楽の才能を表した。3歳くらいのころピアノに向かって様々な和音を作り出して確認していたとか、大人が気づかないほどの楽器の音程の狂いを指摘したとか、バイオリンを初めて手にしたときに、ある程度弾けたとか、幼少時の逸話には事欠かない。彼が希有な才能の持ち主であったことは間違いない。しかし、更に恵まれていたのは受けた教育であった。幼少のころから優れた音楽教育を受けて大成した音楽家はたくさんいるが、モーツァルトのように当時の一流の音楽家を訪れて親しく指導をされた人はいない。彼の音楽は民族的であるより、民族的な語法を超えた特質をもっているが、これは明らかに彼の受けた教育が特定の民族に拘らない、多文化のものだったためである。
ミル
ジェームズ・ミルが息子ジョンに行った早期教育は、学問的分野では史上最も有名なものである。父ジェームズは、ジャーナリストとしての収入に他よりながら、膨大なインド史の研究に携わり、そのかたわら息子ジョンの早期教育を行った。その内容は、ジョン・スチュアート・ミルの『ミル自伝』に詳しく報告されている。その教育は単に「早期」に行われたというだけではなく、記憶力と思考力を徹底的に鍛えるという意味で、極めて興味深いものである。
その教育は3歳のときにギリシャ語を学ぶところから始まった。ミル自身はその開始のことを覚えていないが、辞書もなかったギリシャ語を学ぶために、父は英語とギリシャ語の単語を表裏に書いたカードを作成し、単語を覚えると訳読に進んだという。そしてその後実に多くの書物を読み、その内容を父に説明し、父は徹底的に質問するという形式で少年時代に進んでいくのである。ミルは学校には行かず、また近所の子どもたちを遊ぶこともなかった。そのことが、肉体的な弱さと、20歳前後のとき精神の危機を迎えた理由であると考えている。しかし、ミルが当時最高の知性と評価された人物に育って行ったことは間違いなく、その土台を父親の教育が形成したことも否定できないだろう。
タイガー・ウッズ
スポーツの世界にも親が早期教育で育てた選手が多数いる。最近の日本ではイチローなどが代表例であろう。ここではタイガー・ウッズをとりあげる。
タイガー・ウッズは、ゴルフ好きな父親が3歳のときから徹底したゴルフ教育を行い、マルチナ・ヒンギスは、出産のときから将来テニス・プレーヤーとして育てる決意を母親がしている。尊敬するマルチナ・ナブラチロアから名前をとり、小さいころから母親が厳しい指導をした。
このように、スポーツの世界では親が小さい頃から英才教育をほどこしてトッププレイヤーになった例はかなり多くある。
アル・ゴア
政治の世界では比較的珍しいと考えられるが、アレキサンダー大王などはその典型的な事例だろうか。当時最高の哲学者だったアリストテレスを家庭教師として、帝王学を学んだ。
最近の例では、クリントンの副大統領であり、クリントン後の民主党の大統領候補となったアル・ゴアが代表的な早期教育による政治家である。
政治家であったアルの父親は、ワシントンのホテルでゴアを育て、政治活動の場に積極的にゴアをつれて行き、政治の要人と合わせた。ゴアが副大統領になったとき、「そのように育てたのだから当然だ」と言った。
(補)
2004年のアナネオリンピックは早期教育のある面でも大いに話題を呼んだ。ドーピングの問題であるが、今後のドーピングは薬物によるものではなく、遺伝子改造によるものだという。選手本人の遺伝子操作によって筋肉を増強する手段もあるようだが、むしろ現在考えられているは遺伝子操作をした上で子どもをつくり、子どもはむしろ先天的に筋肉がつくような遺伝子構造で生まれるというような方法が考えられているということだった。それに合わせて旧東ドイツでは、スポーツの素質があると見られた子どもの筋肉を調べ、筋肉の状態にふさわしいスポーツを選択して、小さい頃から鍛えていたのだという。それも子ども自身の好みなどが現れる前の2、3歳のころにのことである。
この問題は可能性と正当性の問題として考えられるだろう。
最終更新:2007年09月23日 18:29