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 一方、子どもには本来、生得的に発達因子が備わっており、大人が人為的に左右できる部分は少ない、むしろ、そうした本来もっているものを引き出してやることこそ、教育なのであるという考え方も強く存在してきた。その代表的な書物としてルソーの『エミール』をあげておく。
 現代では、レディネスの理論として主張される内容がこの系譜にある。
 アメリカの心理学者ゲゼルは、一卵性双生児の一人に6週間の階段歩行訓練、他の一人にはしなかったとところ、歩行訓練をした者ができた。しかし、その後他の一人に2週間の歩行訓練をしたところ、同じあるいはそれ以上の歩行能力を獲得したというように、幼児の運動機能の発達を実験的に観察して、訓練より成熟が発達の基本だとの結論を出した。
 日本の事例でいうと、5つ子の実験的育児が有名である。
 5つ子の様々な実験的保育で、ある子に水泳の訓練をして、ある子にはさせずに、海に行ったところ、水泳の訓練をした子は始めから泳ぎだしたが、訓練しなかった子は、初め水を怖がった。しかし、やがて、後者も泳ぐようになった。
 サドベリ・バレイ校の理念は、典型的なこの自然に任せる方法をとっている。
 ホームページから引用をしておこう。

People go to school to learn. To learn, they must be left alone and given time. When they need help, it should be given, if we want the learning to proceed at its own natural pace. But make no mistake: if a person is determined to learn, they will overcome every obstacle and learn in spite of everything. So you don't have to help; help just makes the process a little quicker. Overcoming obstacles is one of the main activities of learning. It does no harm to leave a few.

 さて、再び最初の問題に戻ろう。人間が育っていく条件は4つあると書いた。以前は、操作できるのは3と4の二つだけであり、従って、教育とはほぼ大人から子どもに働きかけることだけを対象としていた。
 しかし、現代は1や2の条件をも人間は人為的に変化させるようになってきた。
 アインシュタインやエジソンは、学校時代劣等生と見られたことで有名である。しかし、実際には彼らの才能を見抜き、学校の成績にとらわれず、彼らのやり方で才能を延ばすことを助長した人がいたことを忘れてはならない。決して劣等生だったわけではなく、学校という枠内に入りきらない才能だったに過ぎない。
最終更新:2007年09月23日 18:30