意図的な教育でもなく、また自然に生まれたものでもない、社会状況が人を育てると考えられる例もある。産業革命のときに、イギリスでは次々と時代を変えるような発明が生まれた。
1733年 ケイ 飛びひ
1760年代 ハーグリーヴス ジェニー紡績機
アークライト 水力紡績機
1765年 ワット 蒸気機関
1779年 クロンプトン ミュール紡績機
1780年代半ば カートライト 力織機
こうした主な発明以外にも、たくさんの発明が積み重ねられた。
日本の幕末には、全国で若い政治的力量のある人たちが多数育った。幕府の弱体化と欧米列強の日本への圧力という時代的要請が、青年を鍛えたと考えられる。また、平安時代には、女性の文学作家が他のどの時代にも見られないほど現れた。日本で集中的に女性の才能がひとつの分野で開花したのは、このとき以外にはない。これも宮中の摂関政治が求めた天皇の妃教育という要請が、女性の才能を育てたと考えられている。
逆に今の日本の政治家をみると、自民党の有力政治家はほとんどが二世議員であり、三世議員もいる。1980年代くらいまでは二世議員はそれほど目だたず、むしろ議員の供給源は官僚であった。しかし、その後官僚批判が強まったことと、二世議員が増加したことで、官僚から政治家に転身する人たちは減少し、かつ閣僚等に「出世」する人たちは更に減った。このことの当否は別として、日本が激動の社会ではなく、かなり安定した社会であることが影響していることは間違いない。江戸時代の安定した社会において、大名制度が続いたことと似ている面がある。
最終更新:2007年09月23日 18:30