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 人間は社会的動物であるという。
 これにはいくつかの意味が含まれていると考えられる。
 まず第一に、人間が人間としての進化過程に入る時点で、既に社会を形成していた、あるいは社会を形成することによって、進化をかち取ることができ、また社会を形成することでその後の人間の文明が発展してきたということであろう。人間個人は他の大きな動物に比較して、非常に弱い存在であり、おそらく社会を形成しなければ生存すらできないだろう。つまり、社会の形成は人間の生存の絶対不可欠な条件である。
 第二に、社会、つまり複数の人間が偶然ではない関わりをもっていること、そのことが人間が人間的であるための条件となっているということである。ロビンソン・クルーソーのような「思考実験」として、社会から孤立した人間の生存を考えた人はあったとしても、現在の社会において、孤立した状況で、動物としての生存だけではなく、人間としての精神の保持が不可能なことも、人間科学の前提条件として措定しうると考えられる。「ひきこもり」は、決して、社会から完全に孤立した状態ではなく、多くの場合食事などを支える人々(ほとんどは家族)が存在している。だからこそ、動物としての生存が確保されているわけであるが、人間的精神存在として、危機的状況にあることが多いのは、他の人間との「社会的つながり」を喪失しているからに他ならない。このことは、人間的なつながりを決して、精神的なレベルに限定してはならないことを示している。




 さて、このことは教育にとっていかなる意味をもつだろうか。
最終更新:2008年01月03日 22:16