とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 2-774

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匿名ユーザー

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 果てしなく広がる青がある。
 所々に白の綿をゆったりと浮かせたかの様な見た目を持つ、清々しい空気に満ちた空だ。
 空の下には海があった。
 風に揺れ動く海は風が吹く度に己の身を変形させ時折、岩へとぶつかっては飛沫を立てる。
 自然の音だけに満ちた空間がある。
 不意に其処に音が追加された。
 音は地を踏み締めた結果、動いた砂利が生み出した音であり、響いたのは海へと突出した崖の上だ。
 そして、そんな崖の上から海の変動を目を細めながら見る影が一人。
 影は黒い短髪と鋭い目付きを持ったまだ高校生程度に見える少年だ。
 彼の格好は黒のインナーとズボンというものであり、上着として緑色のジャケットを羽織ってもいる。
 黒髪の少年は海を見ながら、口開く。
「いい天気だな」
 出たのはありきたりな感想だが、それが素直な黒髪の少年の感想だった。
「あァ?」
 が、その感想に文句をつけるかのようにかに怒気の混じっている様にも思える疑問が飛んで来る。
 振り向けば、黒塗りの角張ったデザインの車の上に乗った少年の姿が見えた。
 肩ほどまで伸びた白髪に、黒髪の少年と同じかそれ以上に鋭く、猛禽類の様な印象を与える赤い目。
 嫌でも目立つ容姿を持った彼の身は現在、更に目立つ軍服にも似た青を基調とした服に包まれていた。
 その彼の容姿を見てから黒髪の少年は歯を見せた楽しそうな笑みを浮かべ、
「なんでもねえよ」
 適当に受け流す事にした。
 すると白髪の少年は一瞬呆けた表情となり、しかし直ぐにつまらなそうに視線を逸らす。
「はン、相変わらずわけわかンねェやつだ」
 彼は僅かに腰を浮かせて車の上から飛び降りる。
 着地した際に多少砂埃が舞い上がったが、それは白髪の少年の身を汚す事はなく、
「――」
 どこからともなく吹いてきた風に巻かれて消えた。
 風は白髪の少年の身を包み、暫くして先程の砂埃と同じ様にしていずこかへと去って行く。
「そういやよォ」
 黒髪の少年へと背を見せた白髪の少年の声が響く。
 掛けられた声は止まらず、彼は続けて、
「……あの白いのに会ってやらねェのかよ?」
 僅かに優しげな雰囲気を宿した口調で問うて来た。
 思わず目を見開いてしまう。
 それは驚きではなく、純粋な感嘆からの動作だ。
 驚きの理由を簡潔に述べるとすれば、
……コイツも人並みに心配すんだなぁ……。
 というものである。
「……なンかてめェ、失礼な事考えてねェか」
 直後、何時も通りの鋭い声が飛んで来た。テレパシーにでも目覚めたのだろうか。
「滅相も御座いませんですよ?上条さんは何時でも誠実、純粋なのですよー」
「あのチビ教師の真似にしては似てねェな」
「そうか?」
 どちらともなく笑い出す。
 が、それも数秒で停止、再び沈黙が場を満たした。
 しかし、沈黙とは破られるものであり、それを実行に移す者がこの場には居た。
「学園都市や各宗教連中の動きも納まって来た――潰すなら今だけどなァ……」
 破ったのは白髪の少年の言葉だ。
 ぬめり、と邪悪な雰囲気を纏った台詞は、口調と合わさってもう毒の気配を漂わせる。
 だが黒髪の少年――上条当麻はその様な重圧にも怯む事はなかった。
 むしろ、とばかりに彼は楽しそうに笑みを浮かべたまま、
「やめとくわ。俺は狙って来た奴を叩くだけだしな」
「それじゃあ、白いのはどうすンだ?」
「インデックスは強い。それにアイツには沢山の仲間がついてるし」
 大丈夫だろ、と付け加えた上で苦笑を一つ。
 白髪の少年はやや呆れた様な表情を浮かべて溜息を吐く。
「……過剰な信頼は逆に危険って知らねェのか?」
「過剰な心配性の一方通行に言われたくはないのですよー?」
 言うと白髪の少年――一方通行は小さな声で一瞬呻き、言葉を止めた。
 その様子に満足して頷いてから、体の向きを反転。
「……さてと、行くか。ま、少しの間大変だったけど中々楽しかったぜ、一方通行」
「ケッ……とっとと行きやがれや、クソ野郎が」
 皮肉の混じった別れの挨拶に当麻は振り向かない。
 ただ片手を上げ、それを返事代わりとして背を向けたまま歩き出した。
……さって、とこれから本当にどうすっかなぁ。
 正直これだけ大暴れをしておいて、今更安息の地があるとは思ってはいない。
 何せ実質現状は、世界中を敵に回しているのと同じ状況だ。
 表沙汰になるような馬鹿みたいな戦法は取ってこないとは思うが、色々考えなければなるまい。
 しかし、何やら忘れている事がある様な。
……あ、そういや。
「忘れてた事があったな」
「あン?」


   ◇○◇

 振り向けば上条当麻はコチラを見ていた。
「ちょっと忘れもの、しちまってたよな?」
「……?」
 鋭い目付きの中に獰猛な笑みを浮かべた彼は言い、一報通行はそれに対して怪訝な表情を作る。
 車は学園都市からかっぱらって来たもので、中身は殆ど武器類であり、それ意外は空同前だ。
 目の前の男とてそれは承知済みの筈。
 何も持っていない者に忘れ物など有り得ないのだから。
……いや。
 その考えを否定する。
 あった。
 一つだけあった。
「あァ。そうだ――すっかり忘れちまってたなァ」
 振り向く。
「あぁ。そうだよ。本当に忙しかったからな、ついつい保留にしちまうところだった」
 相手も同じ様に振り向いていた。
 相対する二人の間に吹くのは生温い春の風だ。
 それを不釣合いだと思いつつも、一方通行は目を閉じ、数秒沈黙。
 呼吸を整え、ゆっくりと目を開く。
 そして、
「ンじゃ、やるか」
 声と共に相手を睨みつけた。
 そうだ――まだ目の前の男と自分は決着をつけていなかったのだ。
 色々あってすっかり忘れていたが、とてもとても大切な事。
 一度目は無様に負け。
 二度目は相手と出会えずに不戦勝。
 三度目は他人に横槍を入れられた。
 ならばここで闘い、勝たねば何とする。
……一生の恥だよなァ?
 地面を軽く蹴り、能力を起動。
 試運転として近場にあった岩を弾けさせると、共に背に小規模な竜巻を形成する。
 同時に相対する敵も右手を突き出した構えをとった。
 準備は万端。
 どちらも何時でも戦える状態だ。
 しかし両者は動かない。動けば戦いが始まる。
 だからその前に一方通行は思考を過去へと飛ばした。
 思えば――目の前の男との出会いから一方通行の歩みが再び始まったのだろう。
 自分の力に達観し、ただ我武者羅に暴れていた実験。
 それは彼によって止められた。
 自分の力に自問し、大切な少女と出会った日。
 それは結局のところ自分が救われた日だった。
 自分の力に絶望し、新たな力を求めた戦場。
 それは大切なものを必死に守ろうとした戦い。
 自分の力に希望し、堕ちた闇。
 それは黒く染まった自分を受け入れられる唯一の地獄だった。
 自分の力に唾棄し、這い上がり、再び戻ってきた戦場。
 そして今。
 自分の力を確認し、対等と呼べる相手と相対している。
 過程で得たものは多く、失ったものもまた多い。
 その全てが糧であり、それが集まって今の一方通行を成しているのだ。
 だが、と思う。
 起点には、どうしても目の前の男がちらつく。
 今の自分は最良だ。
 最高の自分だ。
 ならば今の自分を作ったのは誰か。
 その答えは目の前にいる。
 だから決着をつけなければならない。
 足を先に進める為に。
 此処で止まらずに更に先へ、過去に囚われず何時か振り返れる日を掴む為に。
「まァたお前と戦うなンて思っても見なかったもンだけどよォ」
「今度も勝たせて貰うけどな」
「ほざいてろ」
 会話はすぐに途切れる。
 訪れた沈黙の中に、風の音とその風に吹かれて砂利の舞い上がる音が響いた。
 そして、次の沈黙が訪れる前に、当麻が口を開く。
「始めるか」
「あァ」 
 地を踏み締めて蹴ると同時に敵も走り出す。
 かくして、決着を着ける為の戦いは始まった。

 そこに退く者はおらず。
 そこに進まぬものもおらず。
 男二人、己の意思を競い合う。




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