「だから、聞こう。この中で、現在何らかの理由で体調を崩している者もしくはその傾向がある者はいないか!?
嘘を報告した所で無駄だ。何故なら・・・俺の『真意解釈』でお前達の心理状態は全て暴かれている!!」
会議室内が一気に静まり返る。『真意解釈』。椎倉が持つ精神感応系能力で、声や表情、視点、指紋等、極々微妙な変化を察知し、
その時相手が抱いていた感情、心理をほぼ正確に読み取れる能力。仲間である風紀委員には決して使わないと、椎倉自身が公言している能力。
その能力を、今風紀委員に対して使っていると椎倉は宣言したのだ。
「固地の疲労を見抜けなかったのは、風紀委員会を統括する役割を持つ俺の責任でもある。
自分の信念に拘る余り、仲間の状態を見抜けないようでは本末転倒だ!!
だから、俺は決断した!!『真意解釈』の使用を!!だが、俺の口から言う前にお前達からの報告を受けたい。
固地のように、自身の体調の報告さえできないような仲間なら・・・俺は今後も『真意解釈』を使う!!どうだ!?」
椎倉の瞳には、断固とした決意の念が宿っていた。その気迫に、風紀委員達は呑まれる。だが、報告する者はすぐに現れない。
もし、体調が悪いと報告すれば固地のように風紀委員会から外される可能性があった。それは、休暇という名の戦力外通告。
仮に、休暇の後に戻って来たとしても周囲から心配されるのは目に見えている。そんな状態に、誰だって身を置きたく無い。
数十秒後、椎倉は溜息と共に言葉を吐く。
「そうか。ならば仕方が無い。俺の口から言う・・・」
「・・・はい」
「網枷・・・」
「双真・・・。やっぱり、あなた・・・」
「す、すみません、リーダー。僕、ちょっと夏風邪を引いたかも・・・です」
「・・・も、もぅ!だったら、早く私に報告しなさいよ!!幾ら自分から発言しないからって、そういうのは駄目なんだからね!!」
「す、すみません・・・」
加賀美は思う。網枷が時折咳をしていたのは、やはり体調面が優れていなかったからだろう。
普段の仕事でも常に事務仕事にばかり就き、自分からは殆ど発言しない網枷の思考は、リーダーである加賀美でも読めなかった。
「・・・わ、私も、ちょっと喉が痛いです・・・」
「渚・・・。何で言わねぇんだよ!」
「・・・お、俺も一昨日の捜査中に脚を痛めちゃってます・・・」
「湖后腹・・・お前・・・」
「・・・目が痛いです。以前からずっと、債鬼の奴に事務仕事ばかり押し付けられていた疲れが・・・」
「・・・それは、致し方無いな。下克の奴も固地の無茶な要求が祟ってか、結構前から重度の肺炎を患っているからな。
俺も昨日と一昨日は調子を崩して休んでいたし・・・。最近は、特に暑いからな。予想以上に疲労も溜まっているのかもな」
「・・・椎倉先輩。押花の奴が傷心で・・・」
「・・・・・・ハァ」
「・・・そんでもって、176支部(ウチ)からは双真が・・・か。債鬼君が知ったら、『監督不行届だな』って怒られ・・・ないか。自分がそうなっちゃったし」
花盛支部からは渚が、159支部からは湖后腹が、178支部からは秋雪が、成瀬台支部からは押花(初瀬の申告)が、それぞれ体調の不良を訴えた。
(159支部の一厘も昨日の界刺との戦闘で体を痛めてはいたが、それは冒頭椎倉が説明した時に申告済みであった。愚痴とも言えるが)
閨秀、破輩、浮草、椎倉、加賀美が頭を抱える中、顧問である橙山が口を開く。
「まぁ、よかったっしょ。こういう場でも設けないと、皆言い難かっただろうし。これで、今後『真意解釈』は使用せずに済むっしょ?」
「・・・ですね。ちなみに、さっきは『真意解釈』は使っていなかったから、お前達の心理状態は知らないぞ?」
「えっ?ということは・・・」
「さっきのは嘘だ。『嘘も方便』というヤツだな、うん」
「えええええぇぇぇっっ!!?」
初瀬の声が会議室に響き渡る。つまり、椎倉はここに居る風紀委員の体調を見抜くために『真意解釈』を使ってはいなかったのだ。
「ど、どうしてそんな嘘を・・・?」
「葉原・・・。油断するなよ?これは、事と次第によっては『嘘から出た実』になる可能性だってあるんだぞ?」
葉原の疑問を待ってましたとばかりに、椎倉は淡々と説明を重ねて行く。
「確かに、先程の宣言にあった“今”の心理状態を見抜くために『真意解釈』を使ったというのは嘘だ。だが、今後はどうなるかはわからない。
大勢の命を預かる者として、自分の体調を偽るような仲間の存在を俺は許すつもりは無い。
もし、今後そういうケースを発見した場合は、その風紀委員はこの[対『
ブラックウィザード』風紀委員会]から外すつもりだ。例外は無い。
例えば、また固地の奴がそういうことをすれば今度は休暇では無く除外だ。実力等関係無い。そんな人間は不必要だ」
「「「「「・・・!!!」」」」」
“風紀委員の『悪鬼』”と謳われる固地ですら、二度同じ真似をすれば切り捨てる。そう、椎倉は宣言しているのだ。
「だから、今後はそういう面においてはちゃんと報告してくれ。ローテーションの変更にも柔軟に対応する。
それは、何も俺にじゃ無くてもいい。各支部のリーダーに報告し、そのリーダーから俺に報告するという形でいい。
明後日からは・・・今まで178支部だけに認めていた支部単位の単独行動を解禁するからな。各リーダーの責任は、更に重くなるぞ?」
「椎倉先輩!?そ、それでいいんですか!?それを全支部に認めたら、本部で統制が取れなくなる恐れが・・・」
加賀美の質問にも、椎倉は動じない。そんなリスクは承知済みだ。覚悟の上だ。
「最低限の報告はして貰うさ。だが、今までは本部からの指示通りに全支部は動いていた。単独行動時の178支部以外はな。
捜査ルートの設定や変更等も、一々本部の許可が必要だった。だが、それでは即応性に欠ける。時間も掛かる。・・・そろそろ、現状の指針を変更する時ではあった。
現に、夏休みに入って俺達が掴んだ有力な手掛かりは、178支部を尾行していた『ブラックウィザード』の薬物中毒者2人だけだ。
だから、これからは各支部のリーダーの権限を増やすつもりだ。具体的には、現場に居るリーダーの判断を最大限に尊重する。
現場における作戦等も、リーダーが全て決めて構わない。一々本部の許可は取らなくていい。報告は後でして貰うがな。
もちろん、相談するのは構わない。リーダーの指示や要請に、即座に俺達本部に在住する者が応答する。
但し、本格的な単独行動をする支部は事前に俺か橙山先生へ連絡してくれ。これは、他の者への代行は認めない。必ず、該当するリーダーが俺か橙山先生に。いいな?」
「・・・了解しました」
「相変わらず決断する時は一気に来るな、撚鴃?」
「・・・わかった。何とか、固地が抜けた分を少しでも埋めてみるよ」
「風輪での騒動みたく、またやせ細らなければいいが・・・。あの時は酷かったモンな・・・私」
椎倉の決断に、各支部のリーダーである加賀美・冠・浮草・破輩は各々その重責を感じながら承諾する。
「さっき176支部の一部に認めた例の殺人鬼との応戦許可も、現場に居るであろう加賀美の判断に任せる。
神谷。一応戦闘自体は認めるが、それは加賀美が許可した場合だ。お前が言葉の抜け道を使うなら、俺も使わせて貰うぞ?
元々、お前達に認めたソレは単独行動を許可することを念頭に置いて判断したものだからな」
所謂、後出しジャンケンみたいなものである。先に認めておき、後で縛りを付ける。神谷としては自分から言い出したことなので、うまい反論が思い付かない。
「・・・チッ。・・・ようは、加賀美先輩の許可をブン取ればいいってことか・・・(チラッ)」
「ブルッ!?な、何恐い視線を送ってんのよ、稜!?」
「あぁ。加賀美先輩の震えている姿も、また愛おしい。ありがとうございます!!(グアッ)」
「そんな殺人鬼を、放って置く真似は許されない!!あの殿方のためにも、この私の手で終止符を打つ!!そうでしょ、リーダー!?(ガァッ)」
「私のようなエリートが、わざわざ叩き潰すと宣言したのです。まさか、加賀美先輩がそんな私の意気込みを無為にすることは・・・ないですよね・・・!?(グンッ)」
「・・・・・・倒す。・・・・・・倒す!・・・・・・倒す!!(ヌオッ)」
「く、来るな!!顔面ごと私に視線を送って来るな!!こ、恐いのよ、この問題児集団!!」
顔面ごと擦り寄ってくる176支部の問題児集団に、リーダーである加賀美は戦慄する。
「・・・あの纏まり具合を、普段から見せてくれたらいいのにねぇ」
「・・・だよな。あの人達って、個性豊か過ぎんだよなぁ・・・」
葉原と鳥羽という176支部メンバーにおける苦労人コンビが、自分達の仲間の行動に嘆息する。
「詳細については、この休みを利用して書類に纏めておく。休み明けに配るから、それに目を通してくれ。
それと・・・これは言っておこうか。お前達への発奮材料になるかもしれん」
「発奮材料?・・・何ですか?」
六花の声に、椎倉は最後の揺さ振りを掛ける。この場に居るかもしれない内通者へ向けて。“奴”が自分達を利用するなら、自分も“奴”を利用させて貰う。
神谷に指摘されずとも、自分とて“奴”の手でいいように転がされたことにはムカっ腹が立っていたのだから。
「もしこの場に居るのが俺では無く、界刺なら!この場に居る風紀委員の何人かが『
シンボル』のメンバーなら!!この事件は、もうとっくに解決していただろう!!!」
「「「「「!!!」」」」」
表情から笑みが消える。コソコソ話も消える。雰囲気が・・・一変する。
「本当に惜しい。あの男がこの風紀委員会のメンバーなら、もっと効率的且つ迅速に事件を解決に導いていただろう。
あの男を含む『シンボル』のメンバーが全員風紀委員ならば、あの男達が俺達を引き連れて本気で動けば、『ブラックウィザード』を潰すことは造作も無いのだろう。
そもそも、『シンボル』の行動指針は俺達風紀委員と似通っている。そうだ、今からでもいいから奴等に協力を仰いでみるか?取引では無く懇願を。皆で頭を下げて。
あの男なら、それ相応の条件を付ければ動いてくれるかもしれない。どう思います、橙山先生?」
「な、何で私に話しを振るっしょ!?」
椎倉の急な振りに橙山が慌てる。そんな中、この場に居る風紀委員に胸に去来するのは・・・熱き思い。
それは、自分達が風紀委員であるという矜持から生まれた対抗心。『絶対に負けてたまるか!!』という思いが、自分の胸を熱く燃え滾らせる。
椎倉の言葉が本意で生まれたものでは無いのはわかっている。わかって尚、燃え滾る炎の拡大を抑えることができない。
「・・・そんなことをする必要はありません」
最初に呟いたのは・・・焔火。
「あの人に頭を下げる必要はありません!!これ以上私達の都合であの人に頼れば、私達が風紀委員である意味が無くなってしまいます!!」
「・・・俺も焔火と同じ意見だ」
次に言葉を発したのは・・・神谷。
「あんな“変人”のいいようにこき使われるのは勘弁だ。それに、俺達風紀委員があの男に劣る?そんなこと・・・絶対に認められるかよ・・・!!」
「あたしも、あの男に二度も頭を下げるのは嫌だぜ?あの“詐欺師”には借りがあるんだ。それを返さないまま屈してたまるかよ!!」
「その界刺という男・・・俺からしたら嫌いな部類に入る人間だな。固地1人でもキツイのに、そこにもう1人追加というのは勘弁してくれ」
「連中が困った時は手を貸すつもりではあるが・・・それ以外であの“変人”にドヤ顔されるのは私も気に入らないな。想像しただけで腹が立つ」
閨秀、浮草、破輩も続く。
「ぶっちゃけ、あの野郎は前から気に入らなかったんだ!!この際、あの男に俺達風紀委員の底力ってヤツを見せ付けてやろうぜ!!」
「相変わらず口うるさいですね、鉄枷は。でも・・・奇遇ですね。私もあなたと同じ気持ちですよ」
「言われてみれば、あの“詐欺師”って俺が嫌いなタイプだった・・・。すっかり、あの男に呑まれちゃってた・・・。これじゃあ、駄目だ!!気合を入れ直さないと!!」
「真面君・・・」
「・・・抵部さん。今度、その界刺さんって人に会わせて下さい」
「ど、どうしたの、かおりん?すっごくこわい顔しちゃって!?」
「(香織・・・。何か、嫌な予感がする。私も同行した方がいいかも)」
「鏡星先輩・・・」
「一色・・・。せーの」
「「“変人”死すべし!!!」」
「そうだ・・・。フフッ・・・。あ、あんな“変人”に負けっぱなしでいられるか・・・。絶対に目にものを見せてくれる・・・。ハハッ・・・」
「押花・・・。失恋ってのは、こうまで人を変えるのか?」
「(・・・色んな意味で効果テキメンだな。これで、休暇の中でも緊張の糸が途切れることは無いだろう。幾ら休暇と言っても、緊張まで完全に緩んで貰っては困るからな。
悪いな、界刺。こいつ等がお前にどんな迷惑を掛けようが、俺は知らないからな。神谷的解釈もアリだしよ。
その、なんだ・・・やっぱ、俺もお前にはムカついてるんだわ。後で骨くらいは拾ってやるから勘弁な)」
やはりと言うべきか、椎倉の発言を受けた各風紀委員の気勢は色んな意味でうなぎ登りだ。それだけ、あの男の存在が大きいと言うべきか。
「忠告しておくが、界刺に負けたくないからと言って無理した挙句に体調を崩した奴は即座に休ませるからな。いざという時は、『真意解釈』を用いて調べる。いいな?
それと、さっき体調が崩れていると報告して貰った者は、すぐに病院へ行って来い。何なら、休暇の日数を延ばしてもいい。その場合は、できるだけ早くに申告してくれ!
では、以上をもって緊急会議を閉会する。解散!!」
椎倉の終了宣言により、[対『ブラックウィザード』風紀委員会]に関わる緊急会議は幕を閉じた。
「幾凪。頼んでいたレポートはできたか?」
「はい!バッチリです!!」
「撚鴃も手段を選ばないな。まさか、あの緊急会議を開いた真意が『梳の嘘を見抜く能力を活かした嘘発見会議』だったとは、他の者には予測できないだろうな」
「そのために、わざわざ『真意解釈』を使った等と嘘を付いてまで皆の注目を俺に集めたんだ。固地の二の舞は何としてでも避けなければな」
ここは、成瀬台のある一室。そこに居るのは、椎倉・冠・幾凪の3名。ここで、椎倉は幾凪が作成したレポートに目を通していた。
「え~と・・・『
鉄枷束縛:嘘は付いていないが、心情が表情に出過ぎ。ぶっちゃけてんのは、他人じゃ無くて自分(テメー)だろ。キャハッ!!』。
『
加賀美雅:何か言いたげな表情を見せるが、結局は口に出せない。表情筋を見る限り苦労性が板に付いている。あんな立場になりたくない。ご愁傷様』。
『
浮草宙雄:何かを隠しているような感じだが、それ程重要では無い模様。諦め癖が付いている感バリバリ!!隠していることもそれ関連かも!!お気の毒♪』。
『冠要:さすがは、私の冠先輩!!何時見ても美しいそのお顔。羨ましい限りです!!これで、風紀委員活動にもうちょっと真面目に取り組んでくれたらなぁ・・・』。
おい、幾凪。何だ、この恣意的解釈感溢れるレポートは?俺は嘘を付いていないかの確認と、お前から見た各人の印象をできるだけ客観的に書いてくれと言ったんだが?」
「えっ。何処かおかしかったですか?私自慢の状態発見レポート『表情透視<ライディテクター>』なんですけど?
ハッ!もしかして、冠先輩の項目に不備が!?もっと、褒め称えるような文章構成にするべきだったのかな!?」
「・・・要」
「梳は、現実世界とペーパーの世界では性格が変わるんだよ。もしかしたら、ペーパーの世界の性格が地なのかもしれないな」
冠の後輩である
幾凪梳は、レベル1の『筋肉透視』という能力を所有している。
皮膚一枚程度という非常に薄い程度の物しか透視できない能力で、それ単体では殆ど使い物にならないのだが、
幾凪は必死の努力の末に、相手の表情筋の動きから嘘を見抜く事が出来るようになった。その発展形が『表情透視』である。
このことを知っているのは花盛支部の面々と、冠と関係が深い椎倉だけである。
(椎倉自身は、以前の合同見分の折に冠から教えて貰った)
『実は、俺達風紀委員の中に嘘を付いている人間が居るかもしれないんだ』
椎倉は、下駄箱にて冠と幾凪にこう告げた。当初2人は戸惑ったものの、すぐ後に風紀委員の健康状態を調査するという名目を聞かされて納得したのだ。
「はぁ・・・。まぁ、いい。ありがとう、幾凪。もう帰っていいぞ」
「わかりました!それじゃあ、冠先輩・・・一緒に帰り・・・」
「すまないが、私は撚鴃と話がある。先に帰ってくれ」
「えぇ!?そ、そんな・・・。折角冠先輩と一緒に喫茶店とかでお話しようと思ってたのに・・・」
等と愚痴る幾凪を冠が宥め、結果帰宅させることに成功した。部屋に残るのは、椎倉と冠の2人だけ。
「撚鴃・・・。謝らなくていいぞ?お前が自分の信念を曲げてまで、私と梳に対して『真意解釈』を使用したのには相当な理由があるのだろう?
健康チェックとは比べ物にならない程重要な理由が・・・」
「要・・・。やっぱり気付いていたか」
「元カレの癖とかは梳が調べなくてもわかっている。それに、健康チェックだけが目的なら私は不必要だろ?梳1人を残せばよかった筈だ。
なのに、私も残した・・・つまり、お前は私に許して貰いたかったんだろ?私が可愛がる後輩に『真意解釈』を使うことを。違うか?」
「・・・そう、かもしれん。お前ならわかってくれると・・・心の何処かで思っていたのかもしれないな」
壁に寄り掛かり、目を閉じる椎倉。その隣に冠が寄り添う。
「・・・スパイが居るのか?私達風紀委員の中に」
「・・・それを確かめるための『真意解釈』であり、このレポートだ。本当なら、こんなことはしたくなかった。俺だって、自分の信念を貫き通したかった。
だが・・・そういうわけにもいかなくなった。おそらく・・・俺達風紀委員会に参加している者の中に『ブラックウィザード』の手先が居る。
大勢の命を預かる者として、何時までも自分の信念にばかり拘っていてはいられない。お前達に会い、改めて考え、そう判断した」
「・・・だから、それを調べる能力がある梳と私がスパイであるかないかを確認するために、信念を曲げてまで『真意解釈』を使用することを決断した。そうだな?」
「あぁ・・・」
椎倉の『真意解釈』は、相対する人間の心理状態を把握できる代わりに対象範囲が狭い。普通は1人だけ。把握できる範囲を狭めても精々2人までが限度であった。
対して、幾凪の『表情透視』は厳密に言えば超能力では無い。一種の特技だ。表情筋の動きにより、その時に抱いている人間の感情を大まかに知ることができる特技。
人間の表情筋はその人特有の癖はあるものの、歓喜・悲嘆・憤怒等の折に動かす顔の筋肉というのは決まっているものである。
例え、顔に出さないように表情筋を抑制したとしても、普通は反応の欠片くらいは露になってしまうものである。
そして、それを幾凪は見逃さない。一度対象における表情筋の動きや癖を覚えた後は、じっくり見る必要は無い。ポイントは把握済みだ。
故に、彼女は条件付ながら大人数に対しても『表情透視』を敢行することが可能なのだ。そんな彼女が欲する表情筋の動きや癖は、椎倉が用意した。
『「『ブラックウィザード』の捜査に関わっている風紀委員は今後、『シンボル』の行動を原則黙認する」、「時には『シンボル』の要請に協力する」、
そして・・・「『シンボル』のメンバーが、風紀委員やそれ以外の人間へ最悪命に関わるような危害を与えた、
もしくは何らかの原因で与えさせてしまったとしても、風紀委員は“数回”黙認する」。
以上“3条件”を、先程界刺と約束して来た』
『・・・あの男は、風紀委員や警備員の上層部が「軍隊蟻」と関わっていることを知っています』
『ちなみに、その中心人物の1人であった
春咲桜は現在「シンボル」の一員です』
『現在進行中で、「ブラックウィザード」と単独で殺し合いを行っている・・・殺人鬼が居る。その男は・・・俺達を凌駕する力を持っている可能性がある!!』
『界刺に恋する少女達の逆鱗に触れたからだ』
『だから、当分の間は固地を[対『ブラックウィザード』風紀委員会]から外すことに決めた!!』
『だから、聞こう。この中で、現在何らかの理由で体調を崩している者もしくはその傾向がある者はいないか!?
嘘を報告した所で無駄だ。何故なら・・・俺の「真意解釈」でお前達の心理状態は全て暴かれている!!』
『もしこの場に居るのが俺では無く、界刺なら!この場に居る風紀委員の何人かが「シンボル」のメンバーなら!!この事件は、もうとっくに解決していただろう!!!』
他にも色々あるが、総じて言えるのはあの場に居る者の喜怒哀楽に係る表情を引き出すために、必要以上に強調したor衝撃的事実である言葉を放ち続けたということだ。
それを、秘かに幾凪が観察していた。彼女の挙動を悟らせないように、わざわざ『真意解釈』を用いたという嘘も付いた。
自分の『真意解釈』は、内通者にも知られている。それに対する対策をしていてもおかしくは無い。
唯でさえ、『真意解釈』は面と向かっていなければ効果を満足に発揮できない。下手をすれば、こちらの意図が読まれる可能性だってある。
今はまだ、『内通者の存在に気付いているのは
固地債鬼唯1人』ということにしておかなければならない。
気付いていないフリをしながら泳がしておかなければいけないというのも、非常にネックである。故に、それを考慮した罠を仕掛けた。
健康チェックを盾にした数多の衝撃的発言には、さしもの内通者も動揺を隠せない筈。それは、他の風紀委員以上に激しい筈。
体調悪化がバレるのと、スパイ活動がバレるのとでは動揺の差は歴然である。
「いや・・・いいよ。撚鴃自身が一番辛いんだろ?むしろ、自分の信念を曲げなければならない苦しみを共に抱くことができなかった私こそ・・・済まない」
「要・・・」
「私は、お前が『真意解釈』を使うとわかった瞬間すごく心が痛んだ。きっと、撚鴃はすごく苦しんだ筈だってことがわかったから。
なぁ・・・。私は、お前と別れてからお前以上の男に会ったことは無いぞ?だから、お前のことなら私が一番よく知っている。
お前のことを誰よりも思っている。そう、自負している。だから・・・悔しいよ。肝心な時にお前の苦しみを共に背負えないのは・・・」
冠の頭が椎倉の肩に乗る。椎倉からは冠の表情は見えない。見えないが、今この時に冠が抱いている気持ち等、『真意解釈』を用いずとも椎倉には手に取るようにわかった。
「要・・・。ありがとう。本当に、ありがとう」
「撚鴃・・・。前に言ったが、もう一度付き合わないか?」
「・・・・・・コーヒーがなぁ・・・」
「・・・我慢する」
「なっ!?」
椎倉は驚愕する。冠の口から、『(コーヒーを)我慢する』という言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。
「・・・その、なんだ。お、お前がコーヒー嫌いだったということは知っている。
そ、それなのに、お前に嫌な物を押し付けてしまったのを・・・それが別れる原因になっていたのを・・・これでも私は反省しているんだ。
で、できるだけ・・・が、我慢する・・・。時には我慢できないこともあるかもだが・・・その・・・あの・・・」
「・・・フッ。フフッ・・・」
「な、何がおかしいんだ、撚鴃!?」
椎倉の口から零れた笑い声に、冠は顔を赤くしながら憤慨する。
「要の口から、そんな言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。フフッ・・・」
「な、何か失礼なことを言っていないか?」
「でも・・・嬉しいよ、要。お前が、そこまで俺のことを考えてくれているなんて思ってなかったから」
「・・・鈍感な奴め」
「そうだな・・・。今関わっている事件が解決したら・・・その時は考えてやってもいい」
「・・・すごい嫌なフラグを感じるのだが」
「大丈夫さ。そんなフラグ、お前なら全て溶かし切ってしまうだろ?」
「・・・ククッ、それもそうだ。なら、話は簡単だ。さっさと、この事件を解決すればいい。お前の指示と私の力で」
「あぁ。そうだな。・・・そうだとも!!」
そう言った後に、冠に緊急会議で出さなかった『ブラックウィザード』に関する情報を伝え、別れた。
椎倉は『表情透視』を読み込んで行く内に、記載されているある項目に目を付ける。そして、彼はすぐさま部屋を飛び出したのであった。
continue…?
最終更新:2012年08月03日 23:27