時は昨日の夜に遡る。
突如として界刺達の前に現れ、その場で土下座しながら懇願する風路。
「『ブラックウィザード』だと?」
「師匠。これは・・・」
「・・・確か、傷が癒えた峠が今も調べてんじゃなかったっけ?」
『ブラックウィザード』という言葉を耳にした啄・ゲコ太・仲場は、救済委員として思考を纏め始める。
「『ブラックウィザード』!?ま、まさかあなたの妹さんが『ブラックウィザード』に捕まったんですか!?」
「あ、あぁ。捕まったって言葉は少し語弊があるんだけどよ・・・。頼む、界刺・・・さん!!アンタにしか、もう俺は頼る相手がいねぇんだ!!!」
「・・・!!!」
葉原の質問に風路は顔を歪めながら答える。その答えが、“風紀委員である”葉原の矜持を刺激する。
「そ、それなら私達が対応しますよ!!今私達風紀委員は、『ブラックウィザード』に関する捜査をしているんです!!」
「・・・風紀委員だと・・・!?」
「・・・仮屋様(ボソッ)」
「・・・うん(ボソッ)」
風路の目付きが変わった。それに気付いた界刺は、隣に居る仮屋に合図を送る。
「そうです!!こ、これで『ブラックウィザード』の捜査も進展するかもしれない!!やっと有力な情報が・・・」
「・・・どこの支部だ?」
「えっ?す、すみません!申し遅れました!!私は風紀委員176支部に所属している
葉原ゆかりと言います!!」
「176支部・・・!!!」
「はい!!よろしくお願い・・・」
「テメェ!!!」
「キャッ!!?」
葉原が176支部に所属すると言った次の瞬間に、風路がポケットに入れていた収納式ナイフを少女に突き付けようとする。だが・・・
ガシッ!!
「なっ!?」
「もう。危ないな~」
「か、仮屋先輩・・・?」
その凶行を仮屋が防ぐ。『念動飛翔』による高速移動でナイフを持つ風路の右手首を抑える。
「は、放せ!!」
「何で放さないといけないの?こんな危ないモノを女の子に突き付けようとしたのにさぁ?」
「こ、こいつだけは!!176支部の人間だけは絶対に許せねぇんだよ!!!網枷の居るトコの風紀委員だけは!!!」
「えっ・・・。網枷先輩が・・・あ、あなたに何の関係が・・・!?」
自分に凶器を突き付けようとした男の口から出た同僚の名前に、葉原は強い疑問を抱く。冷静に見れば、目の前の男は“不良”と言われるような格好をしている。
もしかして、過去に網枷の手で補導でもされたのかと葉原は考える。しかし、彼の口から出たのは、葉原の頭を思いっ切り打ち付ける程の衝撃を与えた告白。
「ハッ!!とことん176支部の人間は能無しだな!!網枷の野郎が、お前等が捜査してるって言う『ブラックウィザード』の一員ってことにも気付いて無ぇんだからな!!!」
「・・・・・・・・・えっ?」
何を言っている?目の前の男は今何と言った?自分と同じ支部に所属している
網枷双真が、『ブラックウィザード』の一員と言ったのか?この
風路形慈という男は?
「鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてんじゃ無ぇよ!!テメェ等風紀委員は、つくづく馬鹿が集まってる組織だな!!
人様の妹を薬物中毒に陥れて拉致した人間を、今でも同じ仲間として扱ってるんだからよ!!」
「・・・網枷先輩が?・・・あなたの妹さんを?」
何を言っている?目の前の男は今何と言った?自分と同じ支部に所属している網枷双真が、男の妹を薬物中毒にさせた挙句に拉致したと言ったのか?この風路形慈という男は?
「・・・本気で頭に来るぜ!!!テメェ等みてぇな偽善者を、俺は絶対に許さねぇ!!今ここで俺が落とし前を・・・!!」
「は~いはい!そこまでそこまで!!」
茫然自失の葉原とヒートアップし続けている風路の間に界刺が割り込む。
「風路・・・って言ったか?お前さぁ、俺に用があったんじゃないの?何勝手にヒートアップしてんの?そんなんなら、俺はもう行くよ?」
「ッッ!!す、すまねぇ!!つ、つい血が頭に上っちまった!!本当にすまねぇ!!だ、だから行かないでくれ!!!頼む!!!」
カッとなって周囲が見えなくなっていたことを詫びる風路。一方、葉原は甚大なショックで立ち尽くしたままだ。
それ等の様子を見て、界刺は溜息と共にある提案をする。そもそも、こんな路地裏で話していい話題じゃ無いのだ。
「ハァ・・・。とりあえずさ、場所を変えようぜ?こんな所で話してたら、誰かに聞かれる可能性だってあるだろう?
丁度人気の少ない場所を知ってるからさ、そこで話そう。ハバラッチ。君も来い。どうせ、このままじゃ帰れないでしょ?」
界刺の案内の下一行が辿り着いたのは、近辺に大きな建物が存在しない夜の公園。人気は無く、公園内の外灯だけが煌々と煌いている。
ちなみに、葉原と風路以外はこの公園に一度は訪れたことがある人間ばかりである。
「ここなら大丈夫だ。風路、お前の頼みってヤツを聞こうじゃねぇか。承諾するかしないかは、それからだ」
「・・・この風紀委員は何とかならねぇのか?」
「ビクッ!!」
「何か不満でもあんの?」
「・・・・・・わかったよ。こっちが頼んでる側だしな」
どうやら、界刺は葉原の同席を求めているようだ。網枷の後輩であるというこの少女からも、何か情報を引き出す狙いがあるのかもしれない。
そう考え直した風路は、重たい口を開く。本当なら思い出したくも無い記憶。だが、それでも打ち明ける。
「俺の妹・・・風路鏡子は176支部に所属する風紀委員だったんだ」
風路鏡子。能力はレベル3の『風力切断』。映倫中学に通う生徒であった彼女は、同時に176支部に所属する風紀委員であった。
正義感に溢れ、どんな不正も許さない風紀委員であった彼女の意志の強さは、中学入学と同時に試験を受けるほどの熱意からも見て取れる程であった。
そんな彼女は支部の中でもマスコット的な人気者として扱われ、鏡子自身も能力を活かしてそれなりに活躍していた。
彼女の活躍は兄である風路形慈の耳にも時々入り、その度に兄として妹の在り方に誇りを抱いていた。
別々の学校に通うこともあって学生寮も別々だったが、それでも時たま顔を覗きに行ったりもした。
鏡子からは『お兄ちゃんって、ホント心配性だよね』等と言われていたが、鏡子自身も満更でも無さそうだった。兄妹関係は、至極良好であった。
何時までもこの関係が続いて行く・・・そう信じて疑わなかった兄妹。だが、世界は時に非情な試練を人間に与える。
「去年の11月の下旬辺りに、俺は鏡子の寮を訪れた。だが、アイツはいなかった。俺は、何とも言えねぇ胸騒ぎがした。急いで寮の管理人に問い合わせをしてみた。
そしたら・・・鏡子が薬物中毒になって、一般人に危害を加えようとして、逮捕されて、入院して・・・風紀委員から除籍されたことを知った」
入院先の病院で目の当たりにした愛しき妹の変わり果てた姿に、風路は絶句した。
彼女の体には様々な医療器具が付けられ、焦点の合わない瞳を無造作に動かしたりしていた。自意識が無い状態である。
医者や風紀委員に話によると、11月上旬に鏡子は急性薬物中毒を発症、暴走した挙句に一般人へ向けて能力を行使しようとした。明らかな暴行目的であった。
幸いにも近くを通った風紀委員の手によって、一般人への凶行に及ぶ前に鏡子は取り押さえられた。
急性薬物中毒の原因は、薬物の大量摂取。しかも、一度に・・・である。そのせいで、脳神経にまで異常が発生した彼女が入手した薬物の出所の調査は行き詰っていた。
彼女の普段の行動を洗っても、薬物を入手するような場所やタイミングは見当たらない。
記憶を読む能力者の力を借りようにも、脳神経に異常が発生している状態ではすぐに精密な探索を行うことは不可能であった。
だが、事態が事態である。風紀委員による一般人への凶行未遂は、多くの目撃者が存在していた。
故に、事態を重く見た風紀委員の上層部は即座に鏡子の除籍を決定した。風紀委員会を開催するまでも無く決定されたために、
一部の風紀委員からは反対の声が挙がったが、『影響を最小限に抑えるため』という正論を盾に押し切った。
自分の誇りであった妹の姿に、風路は幾度も涙を流した。『何故こんなことに・・・?』そう思い続けていた。しかし、事態は更に急展開する。
「11月の終わり頃に、鏡子は入院先の病院から失踪した。院内の監視カメラからは、鏡子が医療器具を外して外へ出ようとしている姿が映っていた。
その際に能力を暴発させて、病院にも損害を与えた後に何処かに消えちまった。
病院の周辺には建物が無かったせいか、監視カメラ網に空白地点が存在していたことも痛かった。
その後の捜索は警備員の手に委ねられたが見付からない。当時の俺は、絶望の底を歩いているような錯覚に陥った」
11月の終わり頃、鏡子は病院から消えた。その足取りを掴むための情報が、とことん不足していた。
彼女が入院していた病院の近辺には建物の類が無かったために、監視カメラ網に空白地点が存在していたこと、
鏡子が能力を暴発させたことで院内の監視カメラの一部が破壊されたことが捜査の大きな妨げになった。
空間移動系能力者が関与している(=拉致)可能性等も考えたが、学園内に存在する空間移動系能力者には全てアリバイが存在した。
鏡子の失踪は、所謂迷宮入りの様相を呈して来た。風路自身も学園都市中を駆け回ったが、妹の姿を発見するまでには至ることは無かった。
「そんな時に、ある男と出会った。その男からの情報で、鏡子が『ブラックウィザード』と呼ばれるスキルアウトに居るのを目撃したという情報を得た。
同時に、176支部の網枷らしき男が『ブラックウィザード』の一員であるという情報と、連中がヤバイ薬に手を染め始めたという情報も得た」
12月下旬頃に、風路はある男と出会った。その男の情報で鏡子や網枷が『ブラックウィザード』の一員であるらしいという情報を得た。
あくまで目撃証言なので、確証自体は無かった。当時の『ブラックウィザード』は拠点を定めていなかったので、その足取りを追うのは困難であった。
だが、風路にとっては一刻も早く妹を救い出したかった。だから、風紀委員への通報を考えた。
ここで障害となったのは、網枷の存在。176支部員の失踪事件なのだから、普通は176支部に通報するのが当然である。
しかし、網枷が176支部で風紀委員として活動していることから、他にも『ブラックウィザード』の手先が176支部に存在するかもしれない。
この危険性を考えた風路は情報を貰った相手のアドバイス(有料)もあって、ある風紀委員に全てを委ねることにした。
“風紀委員の『悪鬼』”として、事件解決のためならどんな手段でも使うと言われている男―現在のように徒に上級生を押し退けるような真似はしない程度の『悪鬼』だった頃の―
固地債鬼に。
「“風紀委員の『悪鬼』”と呼ばれる男なら、仲間内の悪行も庇うことなく断罪する。そう考えた俺は、奴が1人になった頃合いを見計らって訴えた。
鏡子のことを!!網枷のことを!!『ブラックウィザード』のことを!!だが、あの男は証拠不十分として一蹴した。
俺は失望した。後で、固地が暴れた鏡子を逮捕した風紀委員であることを知った時には、怒りしか湧いて来なかった」
風路は、固地に直接訴えた。自分が持つ限りの情報全てを。風路の訴えを聞き終えた固地は、彼の訴えを一旦預かった。
そして数日後、固地からの返答があった。それは、『証拠不十分』という(風路にとっての)非情な通告であった。
失意のどん底に叩き落された風路に、更なる追い討ちが加わる。以前から情報を得ていた男から、固地が暴れる鏡子を逮捕した張本人であることを知らされたのだ。
風路は悟った。『固地は、自分の手柄を失いたく無いから自分の訴えを一蹴した』と。それ以降、彼は風紀委員や警備員を一切信用しなくなった。
公的機関である組織の腐敗を目の当たりにしたために。それからの彼は、単独で『ブラックウィザード』に挑み続けた。
学校にも全く通わなくなった。全ては妹を救い出すために。だが、その牙は『ブラックウィザード』には殆ど通じない。
僅かな損害を与える程度で、殆どは返り討ち。未だに生き続けられているのが不思議なくらいの綱渡りを何度も歩んで来た。
結果として、風路は追い詰められた。このままでは、自分が自滅してしまう。もし自分がいなくなれば、一体誰が鏡子を救えるのか?
そう考え、今日風路形慈は界刺の前に立つ。妹を救い出せる可能性を持つ『
シンボル』のリーダーに、己が希望の全てを託すために。
「・・・ってわけだ。俺は、もうアンタに頼むしか無ぇんだ!!頼む!!!」
「・・・・・・」
風路の説明は終わった。彼は、改めて界刺に頭を下げる。対する界刺は無言である。
「・・・界刺よ。どうする?この男が嘘を言っているとは俺には思えんぞ?」
啄が促す。啄にも、風路が必死であることくらいは容易に理解できた。
「・・・・・んふっ。本当に、風紀委員は俺に迷惑を掛けるのが好きだな。自分(テメェ)んトコの後始末くらい自分でできねぇのかよって言いたくなるぜ。こんだけ続くと」
「うっ・・・」
その風紀委員である葉原は、何の弁解もできない。できよう筈が無い。重徳事変は別にするとしても、救済委員事件・『ブラックウィザード』の件等、
ここ最近に起きた・起きている大きな案件に『シンボル』は大きく関わっている。しかも、風紀委員にとってプラスの方向で。
『シンボル』の力が無ければ、果たしてどうなっていたのか・・・。今の葉原には予想できない。
逆に言えば、それだけ風紀委員の抱える案件に『シンボル』が巻き込まれているとも言っていいのだ。
そして、今回の風路が持ち込んだ件。これにも現役の風紀委員が関わっている。しかも、裏切り者の風紀委員が。自分が所属する支部の先輩が。
「その網枷って奴が『ブラックウィザード』の一員か。まぁ、風紀委員の中に内通者が居ることは予測していたけど、こんなにも早くわかるとはな」
「えっ!?し、知っていたんですか!?」
「うん。一昨日、椎倉先輩達が俺の部屋に来たことはハバラッチも知ってるだろ?その時に、俺が風紀委員の中に内通者が存在する可能性を言及したんだ。
あん時の椎倉先輩達の表情は、今のハバラッチみたいだったなぁ。風路の言葉を借りるなら、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔だね」
「・・・!!!」
葉原は驚愕するしか無い。それ以外の感情を持ちあわすことができない。
「・・・さすがだな。・・・もしかして、アンタは風紀委員からも助けを請われてんのか?」
「助けって言うか・・・似たようなヤツはもうしたけどね。別に、俺は風紀委員の味方じゃ無いよ?連中に協力する義理は無いね」
「そうか・・・。なら良かったぜ。もし風紀委員とつるんでいるってんなら、俺としても微妙な気持ちになっていた所だからな」
風路は、界刺の“読み”に感嘆する。この男なら・・・本当に妹を救い出せるかもしれない。そう、確信を深めた矢先に界刺から返答が返って来る。
それは・・・かつてと同じような(風路にとっての)非情な通告。
「・・・残念だけど、今はお前の頼みは聞き入れられないな」
「・・・・・・・・・な、何・・・で?」
ようやく出せた声は、疑問。頭に血が上る。思考が単一化する。疑問と共に湧き上がって来たのは、どうしようも無い怒り。
「・・・な、何でだよ!!?アンタは学園都市の人間を守っているんだろ!!?それが『シンボル』なんだろ!!?」
「俺って、別にそれが目的で『シンボル』に入ったわけじゃ無ぇし」
「アンタだって、昔は“閃光の英雄”って呼ばれてたんだろ!!?“ヒーロー”なんだろ!!?」
「・・・それは昔の話さ」
「ざっけんじゃねぇよ!!俺が何のために大金を払ってまで情報を買ったと思ってんだ!!!アンタなら鏡子を救い出せるって聞いたから・・・だから・・・!!!」
「・・・『買った』?」
「ハッ!!・・・い、いや・・・何でも無ぇよ」
風路は口を噤む。あの男―
情報販売―の存在を口に出すのは固く禁じられている。それを思い出したためか、風路の思考も幾分落ち着きを取り戻す。
「なぁ、界刺。何で、風路の頼みを聞き入れないのかの理由くらいは教えてやってもいいんじゃねぇか?」
「そうじゃな。風路殿も、このままでは納得するまいて!!」
「仲場・・・ゲコ太・・・」
今まで沈黙を守っていた仲場とゲコ太が、界刺に説明を求める。
「・・・ふぅ。だったら説明してやるよ、風路。俺はな、お前の妹である鏡子が“自分の意思”で薬を服用したのか“他者の意思”で服用したのかがわからないんだよ」
「ど、どういう意味だ?」
「・・・お前の妹は、自分の能力について悩んでたりとかしていなかったか?」
「・・・・・・あっ!そ、そういえば、鏡子があんな状態になる前に会った時に『中々能力が向上しない』とか何とか言ってたけど・・・」
「それと、もう1つ。鏡子が暴走したって言ってたけど、その時の鏡子の暴れっぷりはどんな感じって聞いてる?
能力を暴発させたんだろ?その威力ってのは、もしかしてレベル3に収まるような範囲じゃ無かったんじゃないのか?」
「・・・・・・あの時に警備員から聞いた話だと、監視カメラに映っていた鏡子の能力は凄まじかったらしい。
威力的にはレベル4クラスはあったんじゃないかって話だった。唯、すぐに監視カメラが壊されたから詳細はわからないって言ってたが」
風路は、当時のことを思い出す。鏡子の肉親として警備員に事情聴取を受けていた風路は、鏡子について逆質問も行っていた。
その時に得た情報として、暴走状態の鏡子が発現した『風力切断』はレベル4クラスの威力があったかもしれないというものがあった。
「成程・・・。“レベルが上がる”ってのは、やっぱ本当みてぇだな。なぁ、風路?俺は、2つの可能性を頭に思い浮かべている。
1つは、網枷か別の『ブラックウィザード』の人間に無理矢理か騙されて服用させられた可能性。
もう1つは、鏡子自身が望んで服用した可能性。言っとくが、お前が否定しようが可能性自体は消えねぇ。否定する証拠が無いからな。
お前が債鬼に対して証拠の1つも碌に示せなかったように、俺に対しても何一つ証拠らしい証拠を示せて無いよね?」
「うぅ・・・!!」
界刺の指摘に、風路は言葉に詰まる。確かに、鏡子が薬をどうやって『ブラックウィザード』から入手したのかは未だにハッキリしていない。
風路自身は、176支部の網枷の仕業だと考えているがそれにしても明確な証拠は無い。
その後の追加取引で、情報販売から『ブラックウィザード』に鏡子と網枷が居るという確たる情報―複数の目撃情報から勘案してではあるが―を得ることはできたが、
情報販売の存在自体を口外できないために証拠としては使えない。情報販売は商売が上手い・・・というかあくどいとも言えるが、情報を小出しにする且つ情報料が高額なために、
風路は目撃者と面会することもできていない。そんな証拠を示せない人間の訴えを、他人がどうやって承諾するというのか。
「債鬼の性格を考えると、あいつだって調査はしたと思うぜ?あいつが調査した上で網枷を『ブラックウィザード』と関連付けることができなかったってんなら、
それは網枷のタヌキっぷりを褒めるしかねぇわな。さすがは、今現在も堂々とスパイ活動に勤しんでいるだけのことはあるぜ。んふっ」
「界刺・・・。つまりよぉ、その鏡子って奴が自分で望んで『ブラックウィザード』の薬に手を出した可能性があるから動かねぇって言ってんのか?」
胡散臭い笑みを浮かべる界刺に、仲場が確認の意味を込めた問いを発する。
「今の所はね。もし、無理矢理とか騙されてとかだったら考えるくらいはするんだけど。でも、自分が望んでっていう可能性が消えない以上俺は動きたく無いな。
そんなモン、自業自得だろ?能力開発とかに使う正規モノの薬物以外の薬なんかに手を出したらどうなるか・・・普通考えるだろ?」
自業自得。つまり、己の行動によって生まれたモノ全てが己に跳ね返って来るということ。
界刺自身もこれまでに何度も経験していることを、彼は他者にも当て嵌めるだけのこと。
「俺だって、その時の気分次第で人助けをすることはあるぜ?それが切欠で自分に危害が及んだとしても、それは俺の自業自得だ。喜んで対抗しようじゃねぇか。
基本的に、俺はそれを他者にも当て嵌めるだけのことさ。その他者に責任と自覚を持たせるために。
もし風路鏡子が自ら望んで薬物を服用し、その結果が本人の意思に関係無く『ブラックウィザード』に入ることだったとしても、それは鏡子の自業自得。
自分の軽はずみな行動が切欠でそうなったってことだからね。同情心さえ湧かないよ、俺は」
「・・・相変わらず、そこら辺はシビアだよな。桜の時と言い」
仲場は、以前
春咲桜が過激派救済委員に制裁を与えられた時のことを思い出す。あの時は仲場も界刺に連絡を取って、事の詳細を確認していた。
そして、界刺から説得されたのだ。『これは、お嬢さん自身が払わないといけないツケだ。だから、手を出すなよ?』・・・と。
「それにさ。風路自身にも注文があるんだよね」
「な、何だよ!?」
「何で、他の風紀委員とかに通報しなかったの?今だって、できない理由って無いよね?」
界刺独自の信念。それが、風路にも当て嵌められる。
「い、言っただろうが!!俺は・・・」
「下手な言い訳はやめとけ。お前は“できること”をしていない。風紀委員や警備員を信じないのは勝手だけどさ、それに何時まで固執してるつもりだい?」
“詐欺師”は気に入らない。目の前の男が、くだらない見栄に固執していることに。
「お前が必死になって妹を『ブラックウィザード』から取り返そうと懸命になっていることはわかる。
例え妹に力を貸そうと思わなくても、そんな妹を助け出そうと打てる手を全て打った上でどうしようもない状況に追い込まれている兄になら、
俺だって力を貸そうと思うかもしれない。だけど、お前は打てる手を全部打っていない。
確かに、当時の風紀委員には一蹴されたかもしれない。だけど、今は違うかもしれないだろ?
例えば、俺が通っている
成瀬台高校の風紀委員達は皆バカで、暑っ苦しくて、でもいざって時は一致団結する男ばっかりだぜ?
あいつ等なら、お前の訴えをしっかり聞いてくれる筈だ。解決するかどうかは別にしても。
だが、お前はその努力を怠っている。自分の話を聞いてくれる風紀委員を見付けようともしない。何だそれ?アホか?」
「・・・!!!」
「俺以外に頼れない?嘘付け。お前は、見栄を張ってるだけだ。かつて、自分の懇願を一蹴した連中を二度と信じたくないだけだ。
その原因の一端が、証拠も碌に出せない自分にあることから目を背けているだけだ。本当に恥も外聞も捨てて頼むなら、風紀委員にだってもう一度頭を下げられる筈だ。
それをしないお前の頼みを、俺が簡単に承諾するとでも思ってんの?俺の情報を『売った』人間は言ってなかったか?『
界刺得世は変わり者』だってよぉ!?」
「(な、何て奴だ・・・!!!俺に情報を売った人間まで、こいつはもう見抜いたってのか!!?)」
風路は戦慄する。情報販売曰く『あの兄ちゃんは、ある意味俺より残酷』。その意味を、彼は心底理解する。
安易な人助けをしない。その不幸が身から出たサビなのならば、その尻拭いは当人に負わせる。
打てる手を打たない人間に対しても、一切の容赦をしない。自分にできることがあれば、まずはそれをやり切れ。話はそれから。
その徹底振りに、風路は己の愚かさと・・・確かな希望を感じ取った。何故なら、自分の話をしっかり聞いた上で、界刺は自分の意見を述べたから。
風路にとって無慈悲な言葉でも、それが紛れも無い真実であると思い知らされたから。久しく感じることが無かったそれは、他者の本音。
『ブラックウィザード』に挑み続ける中で失いつつあったそれは、他者との繋がり。
報復を恐れる余り、常に疑心暗鬼の毎日を過ごしていた彼にとって、界刺の容赦無い本音は心の内に響くものがあった。
「・・・てことは、今は保留状態って解釈でいいんだよな?突っぱねるってわけじゃ無いんだよな?」
「あぁ。その解釈でいいよ?お前の必死さは見てればわかるし。後は、お前が打てる手を打つための努力をするだけだ。まぁ、結構しんどそうだけど」
「・・・今はまだ心の整理が付かねぇけど・・・・・・努力をしてみる気にはなったな」
界刺の思考を理解した風路も、当初に比べて大分落ち着いた。ここからは、文字通り自分との戦い。
風紀委員に一蹴された苦い記憶は、未だに風路の脳裏にこびり付いている。すぐには取り除けないだろう。だが、このままではいけない。
界刺が言うように、自分の訴えを信じてくれる風紀委員を見付けなければならない。
警備員に訴える手もあったが、大人である彼等を真っ先に頼るというのは風路自身が納得いかなかった。
自分が風紀委員や警備員を信じなくなったのは、風紀委員とのやり取りが切欠だ。だったら、それを乗り越えるためにはまず風紀委員に。
打てる手とは別のモノ。風路形慈の譲れないモノ。自分の過ちから目を逸らし続けていた責任を取る意味もある。すなわち、自業自得。
風路の何処か憑き物が落ちたかのような表情を目に映し、界刺はもう1人の関係者に視線を向ける。関係者とはすなわち、網枷と関わる者。
「さて。ハバラッチ。網枷の後輩である君が抱く今の心境を聞こうか?
どうだい、自分が所属する支部の先輩が『ブラックウィザード』の手先で、かつての同僚を貶めた可能性があり、今は君達に牙を向けようとしている現状についてどう思う?」
continue!!
最終更新:2012年09月05日 23:40