「・・・・・・」
煌々と照り付ける太陽の光さえ路地裏には届かない。逆に影で覆われている程だ。
そんな『闇』に染められた世界に、その“怪物”は居た。“世界(ちから)に選ばれし強大なる存在者”・・・傭兵
ウェイン・メディスン。
「(あ、あれは・・・界刺さんが襲われた殺人鬼・・・!!!)」
「(な、何でこんな所に・・・!!?)」
殺人鬼の正面に居る176支部の焔火と後方に居る178支部の真面が、偶然という名の運命を呪う。
確かに界刺には忠告されていた。『
ブラックウィザード』を追っている自分達は、同じく追っているこの殺人鬼と接触する可能性が高いと。
だが、こんなにも早く遭遇するとは夢にも思わなかった。自分達が力を合わせて挑んでも返り討ちを喰らう可能性が高い殺し屋。
その男―ウェイン・メディスン―の視線は未だに地面を彷徨っている。正面に居る176支部の面々を見ようともしない。
火の付いた煙草の紫煙が、路地裏を通り抜けて行く風に煽られるかのように流れて行く。
「・・・・・・妙だな」
「「「「「「「「「「!!!!!」」」」」」」」」」
ウェインが言葉を零した瞬間、路地裏に凄まじい殺気が撒き散らされる。体が・・・震え出す。
「その反応は妙だ。俺は貴様等と会ったことは無い。監視カメラや警備ロボットが居ない道を歩いて来た上で遭遇したということは、貴様等がここに居るのは偶然なのだろう」
相も変わらず視線を合わさない。だが、その声には途轍も舞い殺意が込められていた。
「だが、貴様等の反応は俺の風貌に驚いたというものでは無い。俺という存在を知った上での反応だ。・・・俺の問いに答えて貰おうか・・・風紀委員?」
視線が・・・上がる。殺気が・・・爆発する。
「貴様等・・・何処で知った・・・!!?」
「「「「「「「「「「・・・!!!!!」」」」」」」」」」
声が出せない。戦慄する程の殺気に当てられ、歯が人知れずカタカタ音を鳴らし始めた。
数の上ではこちらの方が圧倒的に優位なのに、持てる実力という1点において風紀委員達は圧倒されていた。
「(マ、ズイ・・・!!!この男は・・・ヤバイ!!!)」
後方に居る浮草は、本能的に命の危険を察知する。浮草自身、これまでにもそれなりの戦闘経験はあった。レベルが低いながらも、それなりに体を張って来た。
だが、目の前の男はそんな次元では無い。刃向かえば殺される。それを瞬時に悟ってしまう。
「う、浮草先輩・・・!!ど、どど、どうする・・・んです、か・・・!!?」
隣に居る蒼白状態の真面が、支部のリーダーである浮草に問いを発する。浮草からすれば、速攻で逃げるしか無いと考えていた。
あの“変人”の言った通りの対処法。己の命を最優先に考えるなら、それしか思い付かない。
だが・・・果たしてこの距離であの殺人鬼から逃げ切れるのか?その具体的な方法は?今の浮草には思い付かない。正常な思考能力が奪われていたが故に。
「・・・“変人”に聞いたんだよ、殺人鬼」
「稜・・・!?」
誰もがウェインの殺気に圧倒されていた中で、震える体を叱咤して何とか踏ん張っていたのは“剣神”
神谷稜。
彼は、殺人鬼の空気に仲間が完全に呑まれている現状に危機感を抱いていた。
だから、この現状を打破すべくあの男の存在を口にする。風紀委員にとって、今や忘れることができない存在となった“変人”を。
「“変人”・・・?」
「あぁ、そうだ。無駄にキラキラした“変人”って言った方がわかりやすいかよ?」
「キラキラ・・・・・・・・・あぁ。あの男か」
神谷の言葉からウェインは以前暇潰しで殺し合いを行い、結果として生き残った碧髪の男を思い出す。
「奴は・・・貴様等の仲間か?」
「んなわけあるか!あの野郎は・・・ムカついてムカついて仕方無ぇ“変人”だよ!!」
「そうか・・・。ククッ、成程な。奴に聞いたのであれば合点も行く。疑って悪かったな、風紀委員。ならば、貴様等に用は無い。・・・道を開けて貰おうか?」
「(あれ・・・?体の震えが・・・止まった?)」
焔火は、先程まで震えに震えていた体が落ち着いているのに気が付く。ウェインが、己が殺気を引っ込めたのが原因である。
「『用は無い』・・・?」
「そうだ。貴様等は、俺の敵でも標的でも無い。言わば、無関係の人間だ。俺は快楽殺人者では無い」
「・・・『ブラックウィザード』を追っ掛けてるって聞いたけどな?」
「ほぅ。あの男・・・やはり侮れんな。強者か弱者かは未だに定かでは無いが、少なくとも俺の目で見極めるに値する人間のようだ。思考も興味深いしな。
ククッ、次に相見える時が更に楽しみになった。『本気』で殺してやろう・・・“変人”・・・!!!」
「テメェ・・・!!」
自分達は眼中に無い。今この男が脳裏に浮かべているのは、あの“変人”。目の前に居る風紀委員では無く。
「あぁ、質問への返答がまだだったな。・・・それがどうした?貴様等も『ブラックウィザード』を追っているとして、それが何の障害になる?
俺は障害になる者には一切容赦しないが、貴様等程度が俺の仕事を阻む障害になるとは到底思えんが?精々、鬱陶しい“障害物”と言った所か?ククッ。
俺の殺気に怯えた貴様等など、俺にとっては弱者でしか無い。あの“変人”は、俺の殺気を浴びて緊張を見せても怯えは見せなかったぞ?
そんな弱者の言動を、強者である俺が何故気に掛けなければならないのだ?貴様等のみすぼらしい矜持等、俺の知ったことでは無い。
強者の気持ちが強者にしか真に理解できないのと同じく、弱者の気持ちは弱者にしか真に理解できん。・・・もう一度だけ言ってやろう。貴様等に用は無い」
「「「「「「「「「「・・・!!!」」」」」」」」」」
ウェインが放った“障害物”発言に、神谷だけでは無く他の風紀委員達の心に火が灯る。それは、対抗心という名の炎。
この殺人鬼は、完全に風紀委員を弱者だと決め付けた上に舐め腐っている。単なる“物”扱いだ。それは、風紀委員の矜持に深い傷を負わせる一撃だった。
「・・・気に入らないという目付きだな」
「当たり前だろうが・・・!!!テメェは、弱者をどうでもいい存在と考えてやがる!!そんなことを、俺達が認められるわけが無ぇだろうが!!!」
「・・・では、この例えなら貴様等にも理解できるか?あそこにある蜘蛛の巣を見るがいい」
「何・・・!?」
ウェインが指を指す方向の延長線上に、蜘蛛の巣と蜘蛛の巣に囚われた蝶が居た。
「この世界には、様々な生けるモノが存在する。各々は個と言う存在を与えられ、己が生命を全うせんがために懸命に生きる」
蝶は蜘蛛糸によって身動きが取れず、巣の主である蜘蛛は獲物を食さんと歩を進める。
「だが、悲しきかな。この世界には様々な理が存在する。その1つが・・・弱肉強食。弱者は強者に虐げられる。強者は弱者を虐げる。これは、厳然たる事実だ」
尚も足掻く蝶。だが、蜘蛛の牙が蝶に突き刺さる。そして・・・
「風紀委員よ。貴様等はこの理に善悪を付けられるのか?俺達人間も、様々な命を犠牲にすることで今ここに立っているのだぞ?」
「そ、それは・・・!!」
神谷は、ウェインの問いに答えられない。何故なら、ウェインが言っていることは紛れも無い現実の1つだからだ。
「ククッ。だが、俺はそんな非情で無慈悲なこの世界が大好きだ。世界の一部足る存在として、この俺の存在さえ認めているんだからな」
「テメェの存在を・・・!?殺人なんていう異常な行動を平然と行っているテメェみたいな殺人鬼をか!!?」
「異常・・・?ククッ・・・クククッ・・・クククククッッ・・・!!!」
「い、一色・・・!!な、何アイツ・・・。気味が悪い・・・!!」
「お、俺だって鏡星先輩と同じ気持ちですよ・・・」
抑え切れない笑い声を漏らすウェインから、鏡星と一色は嫌悪の感情を抱く。直後、ウェインは神谷の目を見てこう断言する。
「俺は正常さ。何故ならこの正常な世界が俺の存在を認めているからだ。善悪を論じる事に意味など無い。
ククッ、例外無くあらゆる存在を認める・・・この世界が、俺はたまらなく愛おしい」
「・・・!!!」
「(な、何だか・・・)」
「(界刺さんと似たようなことを言ってる・・・!!)」
ウェインの断言に神谷は更なる苛立ちを露にし、加賀美と焔火はウェインの在り方に界刺の面影を見る。
「・・・さて、これ以上は時間の浪費だ。道を開けるか開けないか。さっさと決めろ」
「・・・開けないって言ったら?」
「貴様等“障害物”を排除する。刃向かうのなら殺す。通行の邪魔だ」
「り、稜・・・!!」
ウェインが、風紀委員達に決断を迫る。彼の言うことを信じるのならば、今のウェインには風紀委員と戦闘する意思は無い。
このまま道を開ければ、自分達には何の害も無い。だが・・・それは殺人鬼の存在をみすみす放置することと同義だ。今目の前にいる危険極まる男を。
「加賀美先輩・・・許可を!!」
「稜!!だ、駄目だよ!!あの人にも言われたでしょ!?『逃げろ』って!?」
「・・・俺達は何のために風紀委員になったんだ?こんな人間の存在を許すためになったのか?違うだろ!!?」
「そ、それは・・・!!」
「・・・・・・神谷先輩と同じ意見」
「香染!?」
神谷の同じく戦闘体勢に入るのは、176支部最年少の姫空。頭に載せていたゴーグルを装着した彼女は、語気を強めて己がリーダーに進言する。
「・・・私達は学園都市に住む人達を守るために風紀委員になった。・・・そんな人間が殺人鬼を目の前にして退く?・・・絶対に有り得ない!!!」
「・・・姫空ちゃんが戦るっていうのなら、この世の女性全てを愛する俺が、指を咥えて見ているわけにはいかないね」
「あの殿方の脅威になる可能性は・・・全て根絶やしにするわ!!」
「エリートであるこの私の足を引っ張るなよ、お前達?」
「(皆・・・!!言いたいことはわかるけど、界刺さんの忠告をガン無視していいと本気で思ってるの!!?)」
姫空・一色・鏡星・斑が神谷と意見を揃えるのを目の当たりにして、加賀美の心は板挟み状態となる。
確かに神谷達の言っていることはもっともだ。風紀委員として、殺人鬼と呼ばれる人間を放置することなど言語道断であろう。それは、加賀美も十分に理解している。
だが、この殺人鬼は尋常じゃ無い。あの界刺が『逃げろ』と忠告する程の人間だ。それは、こうして対峙したことからも十二分に理解できた。
「浮草先輩!!どうします!?このままだと、あの連中・・・!!」
「・・・くそっ!!」
一方、真面と浮草は神谷達の行動に苦虫を噛み潰すような表情を作る。彼等は、この場での戦闘は行うべきでは無いと考えている。
だが、真面の言うことなど神谷達が了解するわけも無い。そして、浮草には神谷達を抑え切れる程の力と実績が無い。
「・・・で、結局どうするんだ?」
「・・・チッ!・・・テメェを務所にぶち込んでやるよ、殺人鬼!!!そこで、テメェに相応しい罰を受けるんだな!!!」
「稜!!!」
ウェインの確認に、神谷は遂に加賀美を無視して戦闘する意思を表明する。姫空・一色・鏡星・斑も、神谷と同じ意思のようだ。
「ひ、緋花ちゃん!!」
「・・・ゆかりっちは私が絶対に守るから!!」
「(それって・・・緋花ちゃんも神谷先輩と同じ意見ってこと・・・!!?)」
葉原を守ると宣言した焔火の体に青白い電流が迸る。明確な戦闘意思。それを感じ取ったウェインは、顰めていた殺気を再び解放する。
「「「「「「「「「「!!!!!」」」」」」」」」」
もう、後戻りはできない。この邂逅に終わりがあるとすれば、すなわちそれは『生』と『死』。デッドオアアライブ。
その中心に居る“怪物”は、煙草を咥えたままこう告げる。風紀委員達に対する『死』の宣告を。
「貴様等がこの俺を裁くというのか・・・風紀委員よ?フッ、面白い。ならば『死』という名の結果を以って、貴様等の下した審判を覆してみせよう・・・!!」
ピロロロロロロロロロ~
「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」
今まさに殺し合いが始まろうとした瞬間、ウェインから携帯電話の着信音が聞こえて来た。
「・・・・・・俺だ」
水を差された形になったウェインは、不機嫌を露にしながら電話に出る。
「・・・・・・あぁ。少し道が混んでいてな。・・・・・・あぁ、その通りだ」
神谷達は戦闘体勢を解かずに、ウェインの出方を待ち構える。
「・・・・・・わかった。依頼主(おまえ)の言う通りにしよう。・・・・・・あぁ」
内容はわからないが、ウェインの受け答えを観察する限り彼の雇い主かそれに関係する人間からの連絡と当てを付ける。そして、ウェインが電話を切る。
「命拾いしたな、貴様等」
「どういう意味だ!?」
「俺の依頼主は、今の段階では余り派手な戦闘を好まないようだ。『騒ぎになるようなことは止めてくれ』と懇願された」
ウェインは上空を見上げる。そこには、夏の青空が広がっていた。
「まぁ、貴様等に道を開けて貰わなくても別に支障は無い。他の道で行くだけだ」
「(コイツ!!噂の糸を操る能力で上へ逃げるつもりか!!)」
神谷はウェインの狙いを看破する。
「では、さらばだ。命が惜しければ、あの“変人”の言う通りにするんだな。俺も仕事に無関係な人間が尻尾を巻いて逃げる姿を追う趣味は無い」
「!!!」
「テ、テメェ!!」
神谷の言葉もウェインには届かない。すぐにでもこの場から離脱するつもりの殺人鬼が放った言葉に、焔火はかつて浴びせられた言葉を思い出す。
『現実に抗いつつも己が信念を貫き通したいのならば、それに見合うだけの力が要る。
女。今のお前にはそれが無い。俺の言葉に迷い、移ろい、ブレてしまったお前の信念に・・・貫き通す価値は無い。よくよく考えることだ。後悔する前に。
それまでは・・・生かしておいてやろう。では、さらばだ。俺の“後輩”』
「(私は・・・また生かされるの?)」
体を駆け巡る電流が、その速度を増す。
『テメェは・・・色んなモンから逃げる“ヒーロー”になりてぇのか?そんなんで、本当に“ヒーロー”になれると思ってやがんのか?』
「(私は・・・また逃げるの?)」
拳を強く、強く握り込む。
『・・・俺達は何のために風紀委員になったんだ?こんな人間の存在を許すためになったのか?違うだろ!!?』
「(そうよ・・・。私は、あんな殺人鬼を野放しにするために風紀委員になったわけじゃ無い!!)」
鋭い眼光が殺人鬼を射抜く。
『自分のことを最優先に考えられない人間に他者を救えるわけが無い』
「(自分の命欲しさに、一般人に危害を及ぼすかもしれない人間を見逃す・・・!?それこそ、完全な独り善がりじゃない!!
私が今まで必死になって頑張って来たのは、あんな人間から尻尾を巻いて逃げるためなんかじゃ無い!!あんな人間から色んな人達を守るために、自分を磨いて来たのよ!!)」
それは、まるで火花のように迸った感情の爆発。冷静さなんて欠片も無い幼稚な行動。
界刺得世の言葉を完全に勘違いしているが故の・・・“暴走”。
「だあああああああぁぁぁぁっっ!!!!!」
「焔火!!?」
「緋花!!?」
電流の鎧を身に纏い、身体能力も強化した焔火がウェインに突進して行く。その“暴走”に、神谷と加賀美は驚愕する。
「焔火ちゃん!!?」
「馬鹿!!」
ウェインの後方に居た真面と浮草も、焔火の“暴走”に驚く。
「・・・ほぅ」
そして、中心に居る陰気な男は突っ込んで来る少女に視線をゆっくり向ける。
「・・・そんなに・・・」
少女と“怪物”の視線が交錯する。
「死にたいか・・・!!?」
「!!?」
濁流が如き殺意の圧を急に叩き付けられた焔火の挙動が一瞬緩む。まだ慣れていないのか、電流の鎧が不完全状態となる。
その僅かな隙に、ウェインはノーモーションで服に忍ばせていたナイフを投擲する。
「くっ!!」
近距離+不意打ちの投擲に、しかし身体能力の強化は解かなかった焔火はギリギリで避ける。
風紀委員の腕章を掠めそうで掠めなかったナイフの軌道を目で追い・・・気付く。己が行動の過ちに。
「えっ・・・?」
「しまっ!!?」
焔火の直線上に居た少女・・・
葉原ゆかり。日頃から後方支援に就く彼女は戦闘慣れしていない。
また、焔火が壁になっていたことでウェインがナイフを投擲したことにも気付いていない彼女に、襲い掛かる凶器を防ぐ手立て等無かった。
「させるか!!」
「!!!」
だが、襲い掛かる凶器を一色が防御する。一色の能力『柔軟掌底』は、手に触れた物体を柔らかくする能力である。
これは一色本人が『○○を柔らかくする』という意識があって初めて成り立つために、今回のような不意打ちには本来対応できない能力である。
それなのに何故『柔軟掌底』を行使できたかと言うと、界刺の情報から凶器の類を予め予想していたのと、
女性に関わることなら一色の頭脳は最高潮に活性化するからである。結果、ナイフはその切断能力を喪失し、地面に墜落する。
「大丈夫かい、葉原ちゃん!?」
「一色君!!」
「行くぞ!!鏡星!!斑!!姫空!!」
「ええ!!」
「命令するな!!愚民め!!」
「・・・・・・潰す」
「くそっ!!止まらないか・・・!!」
焔火の特攻を切欠に、176支部の面々が各々行動を開始する。
「真面!!こうなったら、俺達も気構えだけはしておくんだ!!何時でも戦えるように!!」
「りょ、了解!!」
後方に居る178支部の浮草と真面も、ここに来て戦闘する覚悟を決める。
「あなた・・・!!よくもゆかりっちを・・・!!」
「仕掛けて来たのは貴様の方だぞ?」
中心で戦闘しているのは、電流の鎧を纏い直した焔火とウェイン。と言っても、攻撃しているのは焔火だけ。ウェインは、焔火の攻撃を避けてばかりである。
「(この一撃をかわされた後に、タメ無しの電撃の槍を喰らわせる!!)」
この状態の焔火は、タメ無しで電撃の槍を放つことができる。能力発現の前兆等、常に帯電状態にある彼女からは察知することはできない。
ウェインの身体能力の高さは、界刺から聞き及んでいる。おそらく、今の自分の状態でも敵わないかもしれないのは承知の上である。
今の焔火は、熱くなりつつも冷静であった。これは、まがりなりにも戦闘経験を積んだ証。かつて味わった屈辱を体は覚えているのだ。
「(今!!)」
焔火の予想通りの行動を取るウェイン。かわされることでできた隙に仕掛けて来るこの男を、電撃の槍で射抜く。そして、雷速の電撃が迸った。
ヒュン!!!
バリッ!!!
「なっ!!?」
焔火にとって信じられない光景が目に映った。なんと、雷速の電撃(タメ無し)をウェインが避けたのである。
挙動的に能力を使ったものではあるだろうが、それでも焔火には理解できない行動だった。一方、ウェインは『蛋白靭帯』による回避を行ったために焔火との距離が離れた。その瞬間・・・
「ハアアアァァァッッ!!!」
“剣神”と謳われる神谷が、ウェインの後方から『閃光真剣』を振り下ろして来た。タイミング的に避け切れないプラズマブレードを用いた速攻。だが・・・
ジャアアアアアァァァッッ!!!
「何!!?」
「・・・・・・」
ウェインの着ているコートから、無数の糸が突き出て来たのだ。
繊維の網を掻い潜って来た糸が一瞬で太さを増し、何重にも織られたことによって形成された鎧が鋼鉄さえ叩き切る高温の『閃光真剣』を受け止めている。
その事実に一瞬気を取られた神谷に、ウェインの掌からこれまた太さを増した糸によって編まれた砲弾が射出される。
「くっ!!」
だが、神谷は驚異的な反射神経でそれをかわす。生身でこんな芸当ができるのは、176支部内において神谷しかいない。だが・・・
グン!!!
「うおっ!!?」
かわした直後にその砲弾から伸びた糸が神谷の背中に張り付き、結果として空中へ飛ばされる。
ジャキ!!!
「!!!」
しかも、砲弾の底の部分が針状に変化する。砲弾はすぐに路地裏を形成している建物の一角に突き刺さる。その瞬間に神谷を串刺しにするつもりなのだ。
「らああああぁぁぁっっ!!!」
それは、思考を経た行動では無い。本能の赴くままに取った行動。神谷は瞬間的に『閃光真剣』の形状を“剣”から“マット”状にし、全力で砲弾を削り取る。
ドン!!!
「グハッ!!」
建物の壁―正確には水道管―に激突する神谷。砲弾が激突したことで水道管が破壊され、水が勢い良く漏れ出した
だが、針状の糸はギリギリ削り取ることに成功した。だが、落下による命の危険はまだ続く。
ブオオオオン!!!
「グアッ・・・!!痛っ・・・。ま、斑・・・もう少し優しくできねぇのかよ!?ちったぁ、一色を見習えってんだ!!」
「何故エリートである私が、貴様に対して優しくしなければならないんだ?」
「稜!!だ、大丈夫!?」
「な、何とか・・・!!んの野郎・・・!!」
落ちて来る神谷を、斑が『空力使い』による風の噴射で乱暴に救い出す。
加賀美の声に反応し、怒りに満ちた神谷の視線の先に居るのは、先程一色の手によって使い物にならなくなったナイフを糸で拾うウェイン。
「・・・余計な出費がかさむな。俺が気に入るナイフは早々見当たらないんだが。暇潰しの代償としては、些か以上に損失の割合が大きいか・・・?」
「暇潰し・・・!!?よ、余裕綽々って感じだね・・・!!!」
「舐め腐ってるわね・・・!!それにしても、あの糸・・・神谷の『閃光真剣』を防げる強度があるのよね!?」
「エリートである私を含めたチーム相手に、たかがナイフ1本失っただけで損失大だと!?殺人鬼風情が・・・!!しかし、神谷のように近距離戦を仕掛けるのは分が悪いか?」
余裕の態度を崩さない所か、暇潰し感覚で戦闘を行っているウェインに対して加賀美が正直な本音を漏らし、鏡星と斑が今後の方針について協議する。
「緋花ちゃん!!お、落ち着いて!!」
「わ、わかってるってば!!近距離戦のスペシャリストを自負する神谷先輩の苦戦っぷりを見てると、さすがの私でも1人じゃ突っ込めないよ・・・!!」
近くでは、葉原が焔火を落ち着かせようと懸命になっていた。その形相は、必死そのものである。
その焔火は、先程の光景もさることながら“剣神”と謳われる神谷が一杯喰わされた光景を見て、突っ込むに突っ込めなくなっていた。
「・・・・・・私が仕留める。・・・斑先輩・・・鏡星先輩・・・力を貸して!!」
「「姫空・・・」」
遠距離戦において一撃必殺の能力を有する姫空が、斑と鏡星に助力を頼む。
「・・・俺があいつを引き付ける。その間に・・・!!」
「私も行きます!!」
「焔火・・・。俺の足を引っ張るんじゃ無ぇぞ!!」
「了解です!!」
次いで、神谷と焔火がウェインの引き付け役に志願する。あの殺人鬼をここで仕留めるために。
「加賀美先輩!!ど、どうするんですか!?」
「今の私じゃあ、稜達は止められない。言っても無視するだけ!!こうなったら・・・やるしかない!!(さっきの緋花の行動・・・あれが界刺さんの言ってた“我”!?)」
葉原の問いに、加賀美は自分の力では事態の収拾を図れないことを吐露する。問題児集団が本気で動けば、リーダーである自分の意見さえ無視する。
(鏡星と斑はこの中でも加賀美の意見に従う方だが、今は己の愛しき殿方を守るために鏡星の思考が“排除”という方向に向いてしまっている。
一方、斑は表向きだけであり、いざという時は加賀美の指示を無視するきらいがあった。それが、今この時である)
焔火に至っては現在指導中真っ盛りなのだが、戦場ということもあってか精神が高揚し過ぎている。
「行くぞ!!」
「はい!!」
リーダーの苦悩は、今この戦場では部下に伝わらない。今までは、それで全て成し遂げて来た。苦情等はあっても事件を解決にまで導いて来た。結果を出し続けて来た。
「・・・・・・」
だが、彼等が相対するのは“世界に選ばれし強大なる存在者”・・・ウェイン・メディスン。“存在者”が振るうは、『蛋白靭帯』という名の『暴力』。
彼等は身を持って思い知る。上には上が居るという当たり前の事実を。世界に選ばれた“怪物”が振り撒く『暴力』を。
神谷と焔火がウェインに突っ込んだ。『閃光真剣』を“鞭”状に変化させた神谷は、中距離からの攻撃を試みる。同時に、焔火も少し距離を取って電撃の槍を連射する。
だが、ウェインには通じない。“鞭”は糸で編まれた盾が防御し、電撃の槍は全てかわし切る。その身のこなしは、少なくとも神谷並と思わせる動きであった。
故に、神谷は瞬間的に焔火へ目配せをした後に鞭を糸の盾に“わざと”当てる。そして・・・
バリバリバリ!!!
鞭へ焔火が放った電撃が放たれる。プラズマ状態の気体は電流を非常に流しやすい。
能力の性質上、神谷はプラズマを構成する際にある程度は電子を操作することができる(電撃を発生させることはできない)。
但し、原則として陽イオンと電子の自由運動状態への固定なので、『電撃使い』が放つ電撃自体は完全には防げない。プラズマにできる空気の範囲にも限度がある。
また、それを維持している最中に外部からの多大な影響は構成を崩す要因にもなり得る。神谷の場合は、レベル3以上の『電撃使い』が放つ本気の電撃は完全には防げない。しかも、『閃光真剣』を構成する元になっているのは電導性を持つ鉄製の針である。
本来であれば弱点にもなり得るそれを逆手に取り、鞭(プラズマ)を通してウェインへ電撃を浴びせようとしたのだ。
この時点で神谷達には『蛋白靭帯』の正体に確信を持てていないが(=予想は風紀委員会でされている)、蜘蛛糸は絶縁性の性質は持っていないために電流は流れる。
無論、本気で電撃を放てば『閃光真剣』を形成している神谷にも被害が出るため、出力は抑え目に。
神谷も、焔火の電撃を糸に対して向かわせるように電子の指向性をある程度制御する。もしかしたら、制御し切れずに自分にも被害が及ぶ可能性があるのは承知の上で。
ズサアァッ!!!
しかし、神谷の目配せと僅かに緩んだ挙動・焔火の目線の動きから企てに感付いたウェインが“わざと”『閃光真剣』に盾を斬らせることで、電撃が『閃光真剣』を捉えることは無かった。
もちろん、『閃光真剣』は身を捻ってかわしている。この行動と糸で感じ取った感触で、ウェインは『閃光真剣』の正体・性質に見当を付けた。
ズパアアアアアァァァッッ!!!!!
ザザザザザザザ!!!!!
3人が戦闘しているその真っ最中に、上方からウェインに向かって大量の水が猛烈な速度で、圧力も増した上で襲い掛かって来た。
加賀美が己の能力『水使い』を発動し、破損した水道管を通る水全てを操作しているのだ。
同時に、ウェインの下半身を飲み込もうと地面から大量の砂が押し寄せる。これは、鏡星の能力『砂塵操作』によるものである。
自らの体積分の砂を自在に操る彼女は、砂を巻き付けることでウェインの動きを封じようとする。
遠距離からの援護を好機と見た神谷と焔火が、少し遅れて中距離からの攻撃を仕掛けようとする。
ギーン!!!
だがしかし、ウェインの対処能力は凄まじい。まずは、周囲に細く張っていた糸を瞬時に太くし、巨大な槍を形成する。
穂先がドリル状になっているソレは形成途中から凄まじい回転を伴っており、その狂音は瞬間的に鼓膜を蝕む。
ドゴオッ!!!
反動を用いて加速力を得た槍は、上方から猛烈な速度でもって襲い掛かって来る大質量の激流を完璧に打ち砕いた。
この時点で、制御力という意味ではウェインが加賀美を上回っているのは明らかであった。
ババババババババ!!!
打ち砕いた槍が、すぐさまほつれて球状になる。内部に加賀美が操っていた水の大半を封じ込める形で。
防水性に極めて優れている糸は、封じ込めた水を外部には1滴たりとも出させない。加賀美も懸命に操作するが、どうしても糸を打ち破ることができない。
また、槍を射出したのと同時に破損した水道管含め、路地裏に存在する水道管全体にも糸を巻き付け、加賀美が使用する近隣からの水の出所を絶つ。
ザザザザザザザザ!!!
体中の皮膚から糸を射出する特性から並行して行った作業の内の1つは、隙間1つ存在しない蜘蛛の巣の作成。バリケードと見做したらわかりやすいだろうか。
但し、唯のバリケードよりも強度が凄まじいソレは『砂塵操作』で操られた砂を全て遮断してしまっている。
マイクロメートル単位からセンチ単位の太さで何重にも構成された蜘蛛の巣は、砂粒1つ通さない所か糸の表面に付着している粘着物質によって砂を吸着して離さない。
これもまた加賀美の水を封じ込めたのと同じく、バリケードが球状になって鏡星が操作する砂を封じ込める。
ドン!!!
また、路地裏に設置されていたゴミ箱に予め飛ばしていた幾つかの糸を操作し、それ等を神谷と焔火に対する不意打ちとする。
音に反応した2人は、飛来して来た複数のゴミ箱を撃墜する。だが、神谷達の攻勢は少しの間途絶えた。加賀美と鏡星も同じく。
シュン!!シュン!!シュン!!シュン!!ズゴゴゴゴン!!!
その隙に、ウェインは糸によって自分を中心とした地面の一区画を切断する。加えて、切断分に打ち込んだ糸を付近の建物を繋いで、空中へ勢い良く持ち上げる。
持ち上げられた地面から粉塵が狭い路地裏へ大量にばら撒かれ、下方に居る神谷達の動きを制限する。
ブン!!!
勢い良く持ち上げられた地面の一区画が反動を付けて、向きも調節して176支部の面々へ解き放たれる。ちなみに、ウェインは空中へ跳んでいる。
ズパアアアアアアン!!!
大質量による圧殺を狙った一撃は、しかし斑が地面に設置し束ねた『空力使い』による暴風で粉砕される。
その風圧は空中に居たウェインさえあっという間に飲み込んだ程強力であったが、瓦礫と化した地面の残骸は全て防ぎ切れない。
ガガガガガガガガ!!!
ポツン!!ポツン!!ポツン!!
それ等残骸を防いだのは、神谷の『閃光真剣』と加賀美の『水使い』。
神谷は“マット”状に『閃光真剣』を変化させ、加賀美は周囲に漂わせていた水を壁として、降り掛かる残骸を防ぎ切る。
ストン
暴風により粉塵が吹き飛ばされた後に映ったのは、ウェインが空中に張り巡らされた糸の上に着地した光景。
元々、蜘蛛糸はハリケーンに耐え得る性質がある。『蛋白靭帯』は蜘蛛糸を能力で生み出し、加えて蜘蛛糸以上の太さを形成することで各性質を飛躍的に向上させている。
つまり、己が身を包むための『蛋白靭帯』による繭を作成し、蜘蛛が糸を風に乗せながら飛行する行動を再現するかのように繭をパラシュート代わりとして操作。
風圧や風で飛んでくる瓦礫は全て繭で防御し、結果事無きを得たのだ。暴風で吹き飛ばされなかったのは、周囲一帯の建物や地面に繭から糸を打ち込んでいたためである。
絶大な応用力を誇るウェイン。彼が空中から風紀委員を見下ろす様は、彼我の実力差を否が応でも見せ付けているかのようだった。
「・・・そろそろ切り上げ時か。今の一撃で警備員等に気取られた可能性は高い。全く・・・外野の懇願とは言え、不殺の暇潰し(せんとう)はフラストレーションが溜まる。
何せ、如何に俺が殺さぬように注意を払っていても風紀委員(れんちゅう)が勝手に騒ぎ立てるからな。さっさと殺してしまえば話は簡単なんだが・・・外野の懸念も理解できる。
下手に『本気』を出せば、奴等諸共広範囲が屍山血河の地と化すからな。俺としては、全滅させるという手段が取れればどれだけ楽か・・・。
いや、『本気』が出せ無くとも拳銃さえ追加できれば、先の戦闘を見る限り連中の大半は速攻で殺れるのだが・・・殺してしまうからな。
表立っての殺しは後に引き摺る騒ぎになる。レベル5が相手ならば話も変わるが・・・強者というのも面倒なものだ。
いずれ、このストレスの借りは俺の信条に照らし合わせた上で返さねばな」
風紀委員には聞こえない程度にボヤくウェイン。先程までの攻撃は、全て『殺すつもりでは無い』攻撃であった。
あの程度ならば風紀委員は防ぎ切ると考えた上での行動。能力者が存在する学園都市ならではの思考である。
「あれだけの水を打ち砕いた上に封じ込めてる!!?何て強大な制御力!!!・・・というか、私の水を封じ込めた糸が空中に浮かんでる!!?
水を外に漏れ出さない性質上、椎倉先輩の予想通りあの殺し屋は人体にあるタンパク質から蜘蛛糸を生み出す特殊な肉体系能力者なんだろうけど、
それにしたって糸の操作という範囲でずっと浮遊させられるモノなの!!?そんなの、聞いたこと無い!!」
「鏡星!!全然足止めになってないではないか!!むざむざ砂を封じ込められるという失態を演じるとは!!!」
「う、うっさい!!斑の『空力使い』だって、あの殺人鬼に全く傷を負わせていないじゃない!!!それ所か、吹っ飛んでもいないし!!!」
「息も全然乱れてない・・・ま、まさかこれでも暇潰しなの!!?化物・・・!!!か、神谷先輩・・・!!」
「・・・とにもかくにも、殺人鬼を地面(した)に引き摺り下ろさねぇと。あの状態だと空中を自在に動けるみてぇだから、下手に姫空のレーザーも撃てねぇ。
姫空の『光子照射』は細かいコントロールが効かねぇからな。建物や一般人を巻き込まない角度で撃つ必要がある」
「・・・・・・ちょこまかと」
加賀美・斑・鏡星・焔火・神谷・姫空は、ウェインの戦闘能力に戦慄の念を禁じ得ない。何せ、自分達を相手取って傷はおろか息一つ乱していないのだ。
こちらから攻撃しているのに、気付けば防戦一方になっている。この現状を何とかしない限り、風紀委員に勝機は無い。
「・・・わかりました!!私が電撃を放って空中に張り巡らされた糸を除去します!!姫っちの挙動を察知されないためにも、近距離から!!神谷先輩は、私の護衛を!!」
「・・・わかった!!」
「鏡星先輩!!『砂塵操作』で、あの殺人鬼の視界を防げますか!?」
「で、できるわ!!というか、やり切ってみせる!!」
「斑・・・姫空・・・。後方支援は任せるぜ!!」
「エリートである私に不可能という文字は無い!!」
「・・・・・・嘘臭い」
176支部の面々は、再度の攻勢に出る。まずは、あの殺人鬼を地面に引き摺り下ろす。神谷と焔火が、ウェインに向かって突っ込んで行く。その矢先に・・・
スパン!!スパン!!スパン!!ドガン!!ガキン!!グカン!!
聞こえて来た切断音と破砕音。その音の発生源は、先程ウェインが切断したできた穴からである。
「・・・俺はそろそろ引き上げさせて貰う」
ビシ!!ビシ!!バシ!!バシ!!
それは、空中に張り巡らされていた糸の太さが増した後に、糸の両端にある複数の建物同士を引っ張られるような音。
「ま、まさか!!?」
「挟み撃ちにする気!!?」
葉原と加賀美は、ウェインが行おうとしている凶行に恐怖と驚愕の感情を抱く。先程地下から聞こえて来たのは、両隣にある建物群の“支え”を破壊する音だったのだ。
「世界の理の加護があるなら・・・再び見えることもあるだろう」
「テメェ!!!」
ウェインは神谷達に背を向ける。その姿に神谷は殺人鬼を逃がしてしまう憤怒と屈辱を混ぜた大声を向ける。
「逃がすか!!!」
最後の攻撃。姫空は、自分が狙われる危険を冒して建物を巻き込まない位置取りを行い、『光子照射』によるレーザーを放つ。
今までウェインが目撃していない姫空の光速による遠距離攻撃。焔火のように近距離で無い分、こちらの挙動が察知される可能性は低い。
何せ、視線を向けるだけでレーザーを放つことができるのだ。だが・・・
ヒュン!!!
ビュン!!!
「なっ!!?」
「では、さらばだ」
ウェインは、今まで明かしていなかった姫空のレーザーさえ『蛋白靭帯』を用いてかわした。背を向けていたのにも関わらず。
姫空もすぐに目線を動かそうとしたが、避けられたことで一瞬目を疑ってしまった。その僅かの隙に、『蛋白靭帯』によって遠方へ跳ぶウェイン。
ドン!!!
「キャッ!!?」
跳ぶのと同時にウェインから放たれた糸の砲弾が姫空のすぐ前の地面へ激突、その余波を受けて姫空が後方に転がる。
掛けていたゴーグルも外れた。そして、建物を引っ張っている糸の動きが活発化する。
「稜!!早くこっちに!!」
「緋花ちゃん!!!」
加賀美と葉原の焦った声が路地裏に響き渡る。姫空の挙動を察知されないように、ウェインが居た中心付近に歩を進めていた神谷と焔火。
それが、今絶体絶命の窮地となって2人に襲い掛かる。もうすぐ、両隣にある建物群が糸によって接着する。
「神谷先輩!!」
「今からじゃ無理だ!!焔火!!俺にくっ付け!!俺の『閃光真剣』で何とか・・・」
「くっ!?さっきから何が起こっている!?」
「うおっ!!地震か!!?」
「「!!?」」
今からでは脱出不可能と判断した神谷は、焔火を自分に引っ付かせた上で『閃光真剣』を“円錐”状にし、迫り来る壁を削り取る腹積もりだった。
だが、その建物の中には幾人かの人間が存在した。しかも外側に近い所に居るようで、このまま『閃光真剣』を使えばその人間を巻き込む危険性があった。
「クソッタレ!!」
「クッ・・・!!」
後数秒で建物群が一気に接着する。事ここに至って2人に諦念が生じる。だが・・・まだ諦めていない人間は居た。
「だああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「うおっ!!?」
「キャッ!!?」
それは、176支部のリーダー
加賀美雅。彼女は斑の『空力使い』による噴射点を自分の背中に設置させ、神谷達が居る方向にふっ飛ばさせたのだ。
同時に『水使い』により操作する水を神谷と焔火(+自分)に纏わせ、地面へ激突する時のクッション代わりにする。
ズシーン!!!
ドーン!!!
路地裏から脱出した加賀美達が地面に激突した瞬間に、路地裏そのものを形成していた両隣の建物群が接着した。
その衝撃により、建物内部に居る人間は地震か何かと勘違いし、慌てて机の下等に潜り込む。中には、近くにある柱にしがみ付く人間も居た。
(ちなみに、『蛋白靭帯』は接着直後に各種アミノ酸等に分解され、そのアミノ酸等も分解された。空中や地表で水や砂を封じ込めていた糸も同様に)
「ゲホッ!!!ガハッ!!!ゴホッ!!!」
「リ、リーダー!!!」
「加賀美先輩・・・!!」
「真面!!すぐに救急車を呼べ!!!椎倉には俺から連絡を入れる!!」
「りょ、了解!!!」
「「「「「加賀美先輩!!!」」」」」
己の背中を噴射点とした反動が加賀美に襲い掛かる。下手をすれば、背骨等にも影響が及んでいるかもしれない。そうでなくとも、加賀美の体を襲った衝撃は相当なものだ。
向こうから回ってきた他の176支部の面々も、加賀美の状態を見て蒼白の様相を呈す。
加賀美を飛ばした斑も手加減はしたつもりだったのだが、焦りに焦った上での行動だったため上手く手加減ができていたかどうかの確証は持てないでいた。
10分後救急車が到着し、加賀美は担架に乗せられて運ばれて行く。付き添いで鏡星と一色も同乗する。付近では警備員が慌ただしく動き回っていた。
「浮草先輩!!椎倉先輩は何て言ってましたか!!?」
「とりあえず、花盛支部の閨秀がすぐにここへ来る。彼女と共に成瀬台へ向かう。・・・事情をキッチリ説明しないといけないからな」
「リ、リーダー・・・!!!」
「緋花ちゃん・・・」
「くそっ!!!」
「神谷・・・」
「・・・・・・何もできなかった・・・!!!」
風紀委員達は、殺人鬼との邂逅によって各々の胸に深い傷を負わされた。だが、時間は待ってなどくれない。非情で無慈悲な世界は、今この時も絶えず動いているのだから。
continue!!
最終更新:2013年02月21日 21:17