「あっ・・・。お疲れ様です」
「お疲れ。変わりは無いか?」
「はい。今の所は。・・・暑そうですね?」
「まぁな。秋雪なんか、最近は事務仕事ばっかりだったからバテるのが早い早い」

成瀬台高校の玄関で話しているのは、178支部のリーダーである浮草と176支部の網枷。
飲み物欲しさに駆け足で走って行った部下達の後に入って来た浮草に、丁度通り掛かった網枷が話し掛けて来たのだ。

「・・・すみません」
「ん?何でお前が謝るんだ?」
「・・・」
「・・・成程。別に、お前達後方待機組が冷房の効いている部屋で仕事していることに文句を付けるつもりは無いさ。お前達にはお前達の仕事があるんだし」
「・・・ありがとうございます」

浮草は、眼鏡を掛けた少年が抱く葛藤を推察する。この炎天下の中外回りをしている人間と、冷房の効いている部屋で事務仕事をしている人間とでは疲労度が段違いだ。
特に、目の前の男は体が弱いと聞いていることもあって浮草は網枷の心情を思いやる。

「いやいや。俺も途中で体調を崩したこともあったし、各々に合った体調管理の方法は守らないとな」
「・・・はい。・・・そういえば、固地先輩も体調を崩して休暇を取っているんでしたね」

話題転換。

「まぁな。椎倉が見抜いていなければどうなっていたことやら。あいつにも、網枷のような謙虚さがほんの少しでもいいからあって欲しかったな」
「・・・あれから、固地先輩から連絡とかあったりするんですか?」
「いや。あいつは何の連絡もよこしていないな。普段から秘密主義の気があるから、俺にもアイツが今何をしてるかはわからねぇ。全く、リーダーの気持ちくらい察しろってんだ」
「・・・心中お察しします」
「ん?あぁ。そういや、176支部にも問題児集団が居たな。加賀美も普段から苦労してるんだろうな」

昨日の問題児集団の件を間近で見たこともあってか、浮草は加賀美に対してかなり同情していた。自分も似たような環境に身を置いているがために。

「・・・申し訳無いです」
「む?別にお前を責めているわけじゃ無いって。にしても・・・やっぱりか・・・」
「・・・何がですか?」
「お前って、根はお喋りだったんだなあって思っただけさ。何時も無表情で、必要最低限のことしか話さないって聞いてたし」
「・・・」
「俺は、仮面を外している今のお前の方が好きだぜ?人間味があるというか・・・」
「・・・仮面?」
「あぁ」

網枷の疑問に浮草は明確に返答する。今の網枷は、浮草から見て仮面を外しているように見えた。
固地という仮面を被っている人間を傍で嫌という程見ているせいか、浮草はその手のことを見破ることに関しては長けていた。

「あんな問題児集団が居るんじゃあ、仮面を被りたくなる気持ちもわからなくは無い。我関せずを貫いていれば、自分に対する被害も少なくなるし。
今回の風紀委員会が設立された時から、俺はお前が少々気になっていたんだ。固地と同じくらい頑強な仮面を被っている。そういう風に見えたからな」
「・・・・・・そうですか」

後輩を指導する最近の感覚が結構久し振り真っ只中の浮草は“浮き足立っていた”。上機嫌とも言い換えられるかもしれない。
誰かを指導するというのは、その誰かより自身が上位に位置していると捉えることが殆どだ。そして、浮草は確かにリーダーの素質―指導する力―を持つ存在であった。
人を見抜く術に長けていることもさることながら調和を図れる存在で、他人に思いやりをもって+我慢強く接することもできる。この点で固地は浮草には及ばない。
固地が好き勝手に動けるのも、浮草が後方に控えているおかげというのは事実である。固地が支部間でいざこざを起こした時も、浮草は裏から後始末的なフォローをきっちり行う。
この手の能力は、中々表に出て来ないor評価され難い地味なスキルである。故に、浮草の長所を同僚の真面は見過ごしていた。今は彼の欠点・劣る部分に目が向いてしまっていた。
衝撃的過ぎる殺人鬼との邂逅で、有事における対処能力について固地と浮草を比べてしまったが故に。人には得意不得意が存在する。リーダー(格)にも色んな在り方がある。
固地曰く『自分を律することができる男』。それが浮草宙雄であり、リーダーを務める者ならば必要な素養を彼は持っている。浮草宙雄は決して固地債鬼に劣る存在では無い。
浮草宙雄は固地債鬼という男をよく知る者であり、固地債鬼は浮草宙雄という男をよく知る者である。
本来であれば―固地が度を超えた軋轢を生まなければ・・・浮草がリーダーとしての努力を欠かさなければ―彼等は“対等”、
あるいは浮草(リーダー)―固地(部下)という関係をきちんと築けていたのだ。双方に対する真面(達)の見方も違っていたのかもしれないのだ。これは、浮草・固地両方に責任が存在する。
特に、普段から固地に“お飾りリーダー”と揶揄されていたこともあってか、浮草は内心で鬱憤を溜めていた。時々固地を失脚させてやろうという邪な考えを持つ程に。
させられた地位だとしても、努力を欠いていても、彼は自分をリーダーだと捉えていた。リーダーでありたかった。その思いは・・・今も潰えること無く浮草の心に存在した。
固地曰く『内心を隠し切れる力は不足している』、だから言葉が弾む。言葉が続く。言葉が軽い。
言葉に・・・遠慮が無くなっていた。被っている仮面が・・・完全に外れていた。これが・・・彼本来の想い。浮草宙雄という少年の・・・本音。

「・・・浮草先輩も・・・もしかして仮面を被っていたりするんですか?」
「!!・・・・・・さぁな」
「あっ・・・。すみません」
「・・・フッ。別に気にしてないから、大丈夫だよ」
「“気を付けます”」
「だから気にしてないって。さぁ、ここで立ち話もなんだ。俺も喉が渇いてるし、さっさと冷房の効いた部屋へ行こう」
「・・・はい」

網枷の指摘に内心動揺しながらも、途中で話を打ち切って先に進もうとする浮草。そして、浮草の後に付いていく“注意された”無表情な少年は・・・ほんの少しだけ笑った。






「以上で、本日の風紀委員会は解散する。昨日、今日は夜間の調査を警備員に一任しているが、加賀美が復帰する明後日からは俺達も夜間調査に当たる。
これからは、支部ごとに単独行動を取る場合は夜間行動についても事前に報告してくれ。では、お疲れ!!」
「「「「「お疲れ様です!!!」」」」」

椎倉が、本日の活動終了を告げる。休暇明けということもあって、最初の3日間は風紀委員の夜間行動を自粛しているが、それももうすぐ解禁となる。

「よし!それじゃあ、網枷先輩!鳥羽君!行きましょうか!」
「あぁ」
「OK!」
「えっ!?緋花ちゃん・・・網枷先輩と何処かへ行くの?」

そんな折に葉原の耳に入って来たのは、焔火が網枷と共に何処かへ行こうとしている声であった。

「うん!網枷先輩と鳥羽君と一緒にリーダーのお見舞いに行くんだ!」
「加賀美先輩に・・・?」
「そう」
「加賀美先輩のことだから、今頃は俺達を心配してるんじゃないかって話になって」
「リーダーには僕も迷惑を掛けっぱなしだしな。見舞いの1つくらいしないと」

焔火・鳥羽・網枷の言葉は、自分達のリーダーを元気付かせるためにという意味が込められている・・・筈だった。
だが、葉原は知っている。この中に1人だけ、そんな気持ちなんて更々持ち得ていない人間が居ることに。

「・・・私も行っていい?加賀美先輩のことは、私も気になっていたんだ」
「ゆかりっち・・・。うん!一緒に行こっ!!」
「もうこんな時間か・・・。面会時間も限られているし・・・網枷先輩?」
「そうだな。駆け足で行くか」
「熱中症で網枷先輩が倒れないようにね」
「・・・言うようになったな、焔火」
「へへ~ん」
「緋花ちゃん・・・(チラッ)」
「(コクン)」

軽口を叩く焔火に応酬する網枷の目を盗んで葉原は椎倉に目線を送り、椎倉は瞬きをして了承する。いざという時は、風紀委員として決断しなくてはならない。
ブラックウィザード』の尻尾を全く掴めていない今、わざわざ自分から尻尾を出すような真似を起こす可能性は低い筈だったが、それでも警戒する。
不幸か幸いか、加賀美は網枷が内通者であることは知らない。『部下を信じる』ことをモットーとする加賀美なら、自分の支部に内通者が居ると考えている可能性はかなり低い。
故に、網枷に対して不審な言動は取らない。そう、椎倉達は考えていた。






殆どの風紀委員が成瀬台を去った後に残っているのは、椎倉・破輩・厳原・閨秀・冠の5名。橙山は、夜間調査の陣頭指揮に立っているためにこの場に居合わせていない。

「それにしても、ここまで『ブラックウィザード』に関する情報が集まらないのは、俄かに信じられないな。集まっても確証の無い噂レベルばかり・・・ハァ」
「私も撚鴃と同感だ。風紀委員会設立前から捜査している者としては、この現状は信じられない。
一厘が界刺から聞いた情報を信じるなら、『ブラックウィザード』の内部で暴走が始まっている可能性があるというのに。
結局は可能性でしか無かったのか・・・?それとも、暴走の要因自体が粛清されてしまった可能性もあるのか・・・?」

椎倉と冠がボヤくのも無理は無い。如何に網枷がこちらの情報を漏洩しているからとは言え、その痕跡の断片さえ見付からないのは異常とも言えるくらいだった。

「今ん所目新しい有力情報と言えば、固地の野郎を監視している『ブラックウィザード』の構成員らしき人間が1人居るのと、界刺が成瀬台の単独行動組と合流したことくらいか・・・」
「まさか、単独行動を取った翌日に彼と鉢合わせするなんて・・・。何だか恐いくらいの何かを感じるわ」
「記立・・・。寒村からの情報だと、界刺も全てを知っているわけじゃ無い。だが、椎倉達の推測の妥当性は界刺も認めている・・・か」

閨秀・厳原・破輩は、現在入手している新情報を吟味する。それが、今後の捜査の行方に多大な影響を及ぼす可能性が大きいために。

「・・・界刺達については、これ以上気にしないことにしよう。奴の言う通り、俺達が相手をしなければならないのは『ブラックウィザード』だからな」
「まさか、あの野郎から指摘されるなんてな・・・。屈辱だぜ・・・!!」
「確かに屈辱だ。だが、今はそれに気を取られている余裕も無いしな。『置き去り』については、寒村達に一任するのが最善・・・。そうだろ、撚鴃?」
「あぁ。界刺にとっても見過ごせないようだからな。寒村達も居る。もし『ブラックウィザード』が関わっているのなら、それはこちらにとって最大の好機だ」

椎倉の顔は、心なしか明るいモノとなっていた。もし、『太陽の園』の一件に『ブラックウィザード』が関わっているのなら、連中の尻尾を捕まえるチャンスである。
寒村達成瀬台支部の主力の他に、“『シンボル』の詐欺師”までもがそこには居る。むしろ、その一件に『ブラックウィザード』が関わっていることを願わずにはいられないくらいだ。

「椎倉。固地を監視している国鳥ヶ原の学生についてだが・・・」
「それも、固地に一任しよう。監視している人間の情報は、既に固地に送っている。と言っても、『書庫』にある情報は余り役に立たないようだが」
「警備員の衛星監視を使うという手もあるぞ?」
「・・・警備員の中に内通者が居ないと100%決まったわけじゃ無い。今日の『警備員の単独行動』だって、内実を知っている警備員は橙山先生と緑川先生だけだ。
衛星監視の使用には、それなりの手続きが要る。その動きを察知されたら全てが台無しだ。
一番恐いのは、こちらの動きに勘付かれること。これだけは細心の注意を払わなければならない。固地なら、何とでもできるだろう」

破輩の問いにも、椎倉は毅然と答える。ある意味、この尾行者に関してもこちらとしては願ったり叶ったりだ。自ら、その尻尾を出してくれているのだから。
固地も、その点については十分に心得ているだろう。情報交換もしている。当分は、相手の出方を見極めることに注視するべきだ。

「・・・先程椎倉先輩と冠先輩が仰られたように、表立った捜査でここまで情報が集まらない理由がよくわかりません。
網枷のリークがあったとして、それは完全に防げるようなモノでは無い筈です」
「・・・厳原の言う通りだな。これは予想でしか無いんだが、『ブラックウィザード』は何処か別の組織と明確に繋がっている可能性が高い」
「別の組織?」
「そうだ、要。例えば、連中が売り捌いている薬。それは、一体何処から入手しているのか?もし、非合法で薬を横流しにしている組織があって、そこから入手しているとする。
その組織にとっても、『ブラックウィザード』の情報が表に出ることは望まない筈だ。だったら、どうするか?」
「・・・『ブラックウィザード』の痕跡を消すのに努める・・・か?」
「そうだ。唯単に、薬の材料源を確保しているんじゃ無い。ウィンウィンの関係で、相互に力を貸したりしている関係。これは厄介だ。
俺達も薬の出所を探るために調査はしているが、結果は芳しく無い。本当に売り捌いているのか疑いたくなるくらいの隠密ぶりだ。
これは一例でしか無い。もしかしたら、複数の組織と連中が手を結んでいる可能性も否定できない。学園都市には、その手の噂や都市伝説は幾らでもある。
もちろん、大半はすぐに消えて無くなる。だが、中には本物も居る。そんな連中なら、“表”に居る俺達の目を掻い潜ることも不可能では無い筈だ」
「「「「・・・!!!」」」」

椎倉の推論には、確かな説得力があった。自分達が今まで振り回されていた“変人”が明かしたこと。
“裏”の世界の情報は、“表”の住人では窺い知ることができない程濃厚であったことは、あの部屋で耳にした『ブラックウィザード』の情報だけでも理解できた。

「もっとも、これに関しては固地も同様の考えでな。あいつのコネ・・・というか嘆願で、ある警備員の方に内密に調査をお願いしている。
俺達は、薬のルート特定だけに力を注げないからな。あの人なら、それ相応の結果を出してくれるだろう。」
「ある警備員?椎倉先輩。それって誰っすか?」
「“天才”・・・と言えばわかるだろう?」
「あの人か・・・!!」

閨秀は、椎倉が発した言葉で即座に理解する。警備員で“天才”と問われたら、あの男しか思い浮かばない。
知る人は知っているが、穏やかながらも途轍も無く厳しい―フォローも欠かさないが―ことで知られている警備員で同僚の警備員でも彼に泣かされた人間は多いとか。
初対面だろうが何だろが、必要だと思えば忌憚の無い指摘を容赦無く繰り出す。相対する人間の心理を正確に量り、その人間の成長を願って己の意見を述べる。
そのために、彼の指摘のおかげで更生・成長した人間も数多く存在する。彼を慕う人間も同じくらい多い。

「本当は、今回の『ブラックウィザード』の件には関わらない人だったんだが、そこを固地が頭を下げて頼み込んだそうだ。
他にも、あの人が内密に動いてくれているおかげで薬物対策も形になって来ている。そもそも、固地とあの人はある種の師弟関係にあるそうだ」
「あの固地が!!?」
「あぁ。俺もあの人から聞いた時は驚いたよ。固地もあの人には頭が上がらないそうだ。上がりそうになったら、ボッコボコに叩き潰してたらしいし。
だが・・・これで益々ハッキリした。この事件を解決するために見せた固地の並々ならぬ執念は、紛れも無く本物だということが。
でなければ、あの人も管轄外の仕事を引き受けないだろう。唯でさえ、お抱えのレベル5の授業構成に頭を悩ましているからな」
「・・・ということは、現場の私達としては地道に捜査を行っていくしかないということですね。後は網枷への注意くらい・・・」
「椎倉・・・よかったのか?」

厳原の言葉を受けて思い出したように、破輩は椎倉へ問う。焔火達が網枷を連れて加賀美の見舞いに行ったことの是非を。

「・・・前提として、入院している支部のリーダーの見舞いを止める適当な理由は無い。下手に止めたら、それこそ怪しまれる。バレる。
情報に乏しいにも程がある現状では、自ら尻尾を曝すような真似を網枷も取らないだろう。
加賀美自身も、網枷が内通者であることを知らないし。加賀美の性格を考えると、不審な態度は取らないとは思うが?」
「・・・そうだな。あいつは、何処までも部下を信じるタイプだからな。去年に176支部の風紀委員2人が辞めた後もずっと・・・」
「そういえば、あの頃は他支部から『176支部のリーダーは何をしているんだ』って批判を受けていたって聞いたわ」
「加賀美がリーダーに着任して、たった数ヶ月の間に2人も辞めたからな。理由は各々で違うだろうけど、リーダーとしての責任が問われるのは必然だった」
「そして・・・そこに網枷が加わるんだよな。しかも、今度は裏切り者として辞めさせることになる・・・か。ツレーよな」

椎倉・破輩・厳原・冠・閨秀は、ここには居ない176支部のリーダーの信条を慮る。そう遠くない内に到来する非情な現実。
その現実に、果たして加賀美雅は耐えられるのか。他人事とは言え、どうしても気になって仕方の無い事実であった。






「う~ん。こうやって寝てばっかりってのも辛いモノがあるわね~」

夕暮れ時の病室で背伸びしているのは、176支部リーダーの加賀美。一刻も早く現場復帰するために安静にしているのだが、それはそれで辛いモノがあった。

「頭ばっかり使ってるからかなぁ。糖分が不足気味だわ~。病院食って計算されてるせいか味気無いっていう・・・」



コンコン



「ん?どうぞ~」

病院食に文句を垂れていた所に鳴ったノック音。夕食の時間帯にはまだ早い。医師か看護師が来たのかと思い、加賀美は入室を促す。直後ドアを開けて入って来たのは・・・

「リーダー!お加減どうですか!!?」
「緋花!!?ゆかりに帝釈も!!?」

176支部員の焔火・葉原・鳥羽の3名。そして・・・

「・・・リーダー」
「双真・・・!!!」

網枷が遅れて入室して来た。加賀美は網枷の姿を確認した瞬間に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「おっ!!思ったより元気そうっすね!!よかったよかった」
「加賀美先輩から元気を取ったら、何が残るんだろうね?」
「ゆかり・・・言うね」
「でも、本当に元気そうで何よりです!!ゆかりっちも、内心では胸を撫で下ろしているんでしょ!?」
「まぁ・・・。加賀美先輩・・・無茶はしないで下さいね。寿命が縮んじゃいますよ」
「ア、アハハ・・・ゴメンね」

しかし、それを気取られないように鳥羽や葉原の会話を利用して何とか騙す。それが、網枷に通用したかどうかは加賀美にはわからないが。

「そうだ!これ、お見舞いの花とケーキです!!」
「おっ!!気が利くね!丁度糖分が欲しかった所なんだ~」
「やっぱり、病院食って辛いっすか?」
「不味くは無いんだけど、こう・・・何かが足りない感が・・・」
「何となく想像できるなぁ・・・」

焔火が差し出したケーキを切欠に会話が弾む加賀美・焔火・葉原・鳥羽。普段から無口な網枷は、この会話に加わらずに眺めているだけ。
それを内心で気にしているのは・・・加賀美と葉原の2名。

「(双真・・・)」
「(やっぱり、椎倉先輩達の予想通り今の段階じゃあ妙な真似はしないのかな?)」

無論、目線をそっちに向けたりはしない。会話に不自然さを与えないように、会話自体に集中する。それに網枷が反応を示さないこと自体を耳で確認するだけのこと。
だが、これだけでは足りない。少なくとも、176支部のリーダーはそう思った。故に、行動を決断する。

「・・・緋花。ちょっと話があるんだ。いいかな?」
「私ですか?いいですよ」
「そう。・・・双真。あなたにも話があるの。個別面談的なモノかな。・・・いいよね?」
「・・・わかりました」
「よしっ!じゃあ、ゆかりと帝釈は先に帰ってて!」
「加賀美先輩!?」

突如の個別面談話に、葉原は僅かに焦りの表情を浮かべる。後方に居る網枷からは葉原の顔を確認することはできない。
一方、正面に居る加賀美には葉原の表情の変化を確認することはできた。その意味を瞬間的に察知し・・・念を押す。

「帝釈!ゆかりを送ってあげなさい!もう暗くなる時間だし。昨日私が遭遇した殺人鬼と鉢合わせしないように、細心の注意を払って!いいね!?」
「りょ、了解っす!!ゆかりさん。行きましょう!」
「鳥羽君・・・わ、わかったよ。・・・それじゃあ、加賀美先輩。ゆっくり養生して下さいね」
「うん!ありがと!」

ここで自分が食い下がれば、網枷に不審がられる。そう判断した葉原は、鳥羽と共に病室を後にする。

「いざって時は、俺が体を張ってでもゆかりさんを守りますから!!」
「あ、ありがとう(加賀美先輩・・・どういうつもりなんだろう?緋花ちゃんは指導がらみだからわかるとして・・・網枷先輩と何を話すつもりなんだろう?
網枷先輩が内通者なのを知らないし気付くわけも無いし・・・。後で緋花ちゃんに確認を取ってみよっと)」

葉原はこう考えていた。『加賀美雅という人間は、人の長所に着目する割りにはそこまで機敏に鋭くは無いし、他者に対して自分の意思をハッキリ表明できない』と。
これは事実である。元176支部員の麻鬼の顛末や日頃の問題児集団に対する対処を見たり聞いたりすれば、これが加賀美の欠点であることに些かの疑問を挟む余地は無い。
所謂絶対評価―ある一定の『水準』から見た不変的間隔評価―である。だが、ここで葉原はこの場にふさわしくないある1つの判断を犯した。
『自分』自身、網枷が内通者であることに今の今まで気が付かなかった。加賀美より“優秀な”『自分』がである。なら、加賀美が気付くわけが無い。
内通者が居る可能性を知っていたとしても、加賀美なら自分の部下を疑うような思考はしない。『自分』が気に掛ける親友と同じように。
そんな相対評価―ある一定の『水準』に居る『人間』から見た恣意的優劣評価―を無意識の内に加賀美へ抱いてしまったのだ。
これは、別段普通のことである。人間なら誰しも行っていること。むしろ、絶対評価で判断を下すこと自体が少ない。だが、相対評価にはそれ相応のデメリットも存在する。
今回の場合は、“変人”と議論したことで加賀美の弱点が浮き彫りになったことが葉原の思考を単一化し、自身がリーダーに代わって支部のまとめ役をこなした経験もこの思考に拍車を掛けた。
焔火に対しては同等の立場で居るように心掛けているが、加賀美に対しては心掛けていない。彼女も人間である。焔火の件や捜査のことで頭が一杯なのだ。
彼女は、ある部分において無意識の内にリーダーを見下していた。恣意的な優劣を加賀美に下してしまった己が思考に、何の疑問も抱いていなかった。
焔火への正当な評価を、そっくりそのまま加賀美に対する相対評価に持ち込んでしまったのがその証拠だ。2人が何処か似ているが故にしてしまった、ふさわしくない判断。
元凶がリーダー自身にあるとは言え、そして葉原の思考に明確な非が無かったとしても、それは時として盲点を生む。そして・・・盲点は既に生まれていた。






「・・・何ですか?」
「まぁ、そこに座ってよ」

網枷の怪訝な声を無視しるかのように、加賀美がベットの近くにある椅子へ座るように促す。個別面談ということで、焔火は室外の喫茶店で待機という形になっている。

「・・・座りましたよ?」
「よしっ。・・・体の具合はどう?」
「・・・何とか回復しましたよ」
「そっか!ずっと“気になっていた”のよねぇ。双真は、私が入院する前から調子を崩していたから」
「・・・すみません」
「私も人のことを言えた義理じゃ無いんだけどね。でも、無理は禁物だよ?今日なんか、狐月達と一緒に1日中事務仕事してたんでしょ?どうだった?」
「・・・・・・正直な所、“邪魔ばかり”してましたよ。リーダーの復帰が待ち遠しいです」
「ムフフッ!やっぱりねぇ。いっつも外回りばっかりにしてるから、事務仕事には慣れていないんだよなぁ」

繰り広げる話題は、体調管理の話や問題児集団の面倒臭さ。普通の会話。だが、どちらとも普通とは別の意図を含めさせている。

「・・・何だか、色々ご心配をお掛けしてしまっているようですね。これからは、もう少し体調維持に気を配るつもりです」
「よろしい!」
「・・・話は終わりですか?でしたら、僕はこれで・・・」
「・・・双真」
「・・・何ですか?」

話を切り上げようとする網枷。そこに、加賀美が食い下がる。先程の葉原の反応を見て、疑問は確信に変わりつつある。
痛い。心が悲鳴を挙げている。でも、無視するわけにはいかない。176支部のリーダーとして。






「・・・私に、何か隠し事をしていない?体調管理以外でさ?」






空気が凍える。

「・・・・・・どうしてそう思われるんですか?」
「双真って、何時も無口で無表情だからよ。こっちから話し掛けないと、滅多に口も開かないし。体調が崩れているのを黙っていたくらいだもん。
他に何かあるんじゃないかって気になるわよ。仮にも、私は176支部のリーダーなんだし。部下の状態は把握しておかないと」
「・・・・・・」

加賀美は、もっともらしい理由を付けて追究する。ここで、網枷が何か違和感のある言動を見せればそれは確信へと繋がる。
もし・・・戦闘に発展するようなことになれば、心を鬼にして網枷と戦う腹積もりだった。それだけの覚悟は・・・もう決めている。

「・・・・・・そういえば、あれは去年の10月頃でしたよね」
「ん?何が?」
「麻鬼さんが176支部を辞めたのは」
「!!!」

だが、網枷はここで意外過ぎる言葉を投げ掛けて来た。それは、かつて176支部の所属していた男―麻鬼天牙―の退職騒動の話である。
神谷・麻鬼・網枷の3名は同じ時期に176支部へ配属された同期である。中でも、網枷は当時から麻鬼のことを同学年ながら慕っていた。
網枷が余り人と打ち解けられないのを麻鬼がフォローしていたために、2人は私生活通して仲が良かった。同じ年なのに、麻鬼を『麻鬼さん』と呼んで敬語混じりに話すくらいに。

「当時はショックでしたよ。人一倍正義感が強かった・・・それこそ神谷以上に風紀委員として懸命に頑張っていたあの人が辞めたのは・・・。
あれ以来、あの人とは一度も話したことが無い。あの人が僕との接触を拒否して来ましたから。・・・覚えてらっしゃいますか?」
「そ、それはもちろん・・・」
「あの人はあなたにこう言った。『あなたには、一生理解できないことだ』と」
「ッッ!!」

加賀美は動揺を隠せない。網枷の言わんとしていることが、直感的に理解できたが故に。

「あれは、“リーダーとして”・・・そういう意味も含まれていた。そうは思いませんか?」
「わ、わかってるよ!!だ、だから私は皆の気持ちを知ろうと・・・」
「その約1ヶ月後に、風路さんが除籍された」
「ッッッ!!!」

網枷は手を緩めない。加賀美の弱点。トラウマ。己が心の中で整理が付いていない問題を主張することで、“敵”の挙動を封じ込める。

「・・・知れていますか?本当に?僕が無口で無表情という性格を、リーダーは自分が他人の気持ちを量れない言い訳にしていませんか?」
「そ、そんなこと・・・!!」
「本当に他人の気持ちを量れる人間は、相手がどんなタイプであろうと量ることができる。違いますか?」
「そ、それは・・・!!」
「でしょう?だから・・・リーダー。あなたは、他人の気持ちを量ることには向いていない人間だ。だから見過ごす。だから聞き逃す。気付いた時にはもう手遅れ。
僕も人のことは言えた義理じゃ無いですけど・・・。『部下を信じる』?あなたは信じてなんかいない。唯指を咥えて見ているだけだ。怯えているだけだ。
部下の気持ちに深く踏み入ることを恐れて、場当たり的な処世術に終始する。あなたの心は・・・恐怖に縛られている」
「うっ・・・!!」
「その結果、部下はあなたから離れて行く。あなたを信じていないから。あなたが頼りないから。そんな人間に、自分の本音を打ち明けられるわけが無い。
昨日の神谷達がリーダーの指示に従わなかったのも、それが現れているのでは?焔火の暴走も似たようなモノでしょ?
ある意味、麻鬼さんや風路さんが176支部から去ったのはあなたに原因が・・・」






「うるさい!!!あなたに私の何がわかるって言うのよ!!!」






怒声。だが、この病室は完全防音になっているので外に声が漏れる心配は無い。

「ハァ・・・ハァ・・・」
「・・・・・・すみません。言い過ぎました。では・・・僕は失礼します。焔火には声を掛けておきますよ」

憤怒と悔恨の様相を呈している加賀美を置いて、網枷は椅子から立ち上がった。彼女に背を向け、ドアへと向かう。

「・・・双真」
「・・・何でしょう?」
「あ、あな、あなたも・・・私を信じていないの?あなたが私を信じないのは・・・・・・私のせい?」

瞳が揺れに揺れている少女の口から頼りなさ気に零れた質問。少年は振り返らない。背中越しに返答するだけ。

「えぇ。麻鬼さんが辞めたあの日から・・・俺は無能なあなたを信じることを辞めましたよ・・・加賀美雅。では失礼します」
「・・・!!!」

そう吐き捨てて、網枷は部屋を去って行った。残ったのは入院中の少女1人だけ。程無くして、焔火が病室を訪れるだろう。

「・・・・・・せいか」

ポツリと漏らす。

「私のせいか・・・。やっぱりそうか・・・。双真が『ブラックウィザード』の一員になったのも・・・今も続けているのも・・・全部私のせいか・・・!!!」

少女は今回の応酬で確信を得た。自分の部下が敵対している組織の一員であることを。それに、自分が直接的にしろ間接的にしろ影響を及ぼしてしまったことを。
そして、網枷も加賀美が自分の正体に勘付いていることに気付き、それを承知の上で言い放ったのだ。それは、彼にとっても我慢ならない怒りだっただろうから。

「天牙が、風紀委員を辞めて救済委員になってるくらいだモンね。私は・・・私って・・・何でリーダーをしてるんだろう?何で、こんな無能な人間がリーダーになっちゃったんだろう?」

部下の気持ち1つすら容易に量れない。むしろ、悪い方向にしか行っていない。麻鬼にしろ、鏡子にしろ、焔火にしろ、問題児集団にしろ・・・網枷にしろ。
自分がリーダーになってから、一体何が改善した?何も改善できていないじゃないか。悪化しかしていないじゃないか。なのに・・・自分は未だにリーダーの椅子に座っている。

「くそっ・・・くそっ・・・!!こんなことになるくらいなら、リーダーになんかなるんじゃ無かった!!
私はリーダーに向いていない!!いや、なるべき人間じゃ無かった!!わ、私は・・・私は・・・」


『・・・頑張れよ。こっからが本番だ。きっと、君の抱えるモノは凄く重いと思う。だからこそ・・・頑張れ。意地を見せろ。何があっても最後までやり抜け・・・!!』


脳裏に浮かぶ“ヒーロー”の姿と声。それは、『リーダーでありたい』という少女の本音が生み出したモノか。

「・・・・・・プッ!何で、こういう時に限ってあの人を頭に思い浮かべちゃうんだろ?・・・あるのかな?『リーダーでありたい』って思いが。
何というか・・・昨日『マリンウォール』であの人に会っていなかったら・・・今頃は完全沈没してたんだろうな、私。
てか、あの会話が無かったら未だに双真が『ブラックウィザード』の一員だってことにも気付いていなかったんだよね。・・・ハァ」

最後の一線を越えさせないように支えてくれる力。これが“ヒーロー”たる証明。

「・・・今日くらいはいいよね。あの人が“ヒーロー”で居る期間も限られてるし。最後までやり抜くためにも・・・」



コンコン



「リーダー!緋花です!入りますよ!」

そんな時に聞こえて来たのは、ノック音と部下の声。加賀美は我に返り、部下の入室を促す。“ヒーロー”への相談はまた後でもいい。今は・・・

「いいよ!入って来なさい!!」


自分にできることをする時。例え、今までの自分が間違いだらけであったとしても、これからなら間違いを正せる筈だ。そんな希望を胸に、リーダーは部下と相対する。

continue!!

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最終更新:2012年12月19日 23:32