科学の街と謳われる学園都市には珍しい、こじんまりとした木製の屋台がある。
のれんには達筆な文字で『百来軒』という文字が踊っている。この屋台こそ知る人ぞ知る伝説?のラーメン屋『百来軒』である。
うまいと評判のラーメン屋なのだが週一で営業場所を移動しているため、見つけようと思ってもなかなか見つからない。
実は基本的に無断営業のため風紀委員や警備員を逃れて場所を転々としているのだ。

ちなみに本日の住所は第7学区の第5学区との境目に近い路地裏を抜けた先にある小さな空き地。
来週はきっと全然違う場所で営業していることだろう。
最近は話のわかる風紀委員が常連客になったこともあり、許可を取ることもあるがそれよりも店主はラーメンに費やしたいと思うことが多々あるようだ。
そう、この『百来軒』の店主・とある高校の2年生にして、中華麺王(ラーメンマスター)こと福百紀長は自他共に求めるラーメン狂なのだ。

「………ふぅ、今日の仕込みはこんなモンかねぇ」
「お疲れ様。紀長」

今日は早朝の開店前にも関わらず、先客がやってきていた。
茶髪のポニーテールで薄いピンクのシャツを着てカウンターに頬杖をついて座り、左隣には白い鞄とやや大きめの紙袋を置いている少女だ。
彼女の名は赤堀椿。福百紀長のクラスメイトで親友でもあり『百来軒』設立にも大きく貢献している人物、そして『百来軒』最初の客でもあった。
共にレベル0でラーメン好きという共通点があったため、2年生からの付き合いだが仲は良好だ。
赤堀は福百に持参してきた汗拭き用のタオルを渡す。

「ありがとう椿。学校ではいつも会ってるけど百来軒(こっち)では久しぶりね」
「常連客に風紀委員が加わったって聞いたから、治安面で大丈夫かなと思ってさ」
「相変らずアンタはゲンキンね。悪人面も少し……いや、けっこういるけどみんないい奴らだよ」

福百紀長には「ラーメンを食いに来たなら、たとえどんな奴でも、食べさせる」と言う信念がある。
そう、どんな奴でも。その中にはスキルアウトや悪人面な皆さんも存在する。だが彼女にとってそのようなことは問題ではない。

「まあ悪人面かどうかは関係ねえ!おいしいラーメンの前には無能力者も能力者も風紀委員も不良もない!それが私の持論よ!」
「そっか、その志は相変らずなんだね。いいんじゃない?にひひっ」

そんな友人の志を赤堀は評価し、笑顔で肯定する。

「ところでさ、そんな頑張ってる紀長ちゃんのためにまた新作持ってきたんだ~」
「ゲッ、そ、それはいいって!」

赤堀は持参してきた紙袋に手を入れゴソゴソと何かを取り出そうとする。
それを見た途端、福百の顔が若干引きつり「嫌な予感しかしない」と言いたげな表情に変わった。
赤堀は袋の中からピンク色のヒラヒラしたものがついている、ベタな女の子らしさ全開の服を出してきた。

「紀長、たまには女の子っぽい格好もしてみなさいって。このピンク色でヒラヒラな服も紀長だったら絶対似合うって!にひひっ」
「うう…や、やっぱり私にはこういうヒラヒラしたのは似合わないんじゃないかなぁ…」
「そんなことないって。紀長は下地はイイんだからもったいないって!」
「ええい!そのピンク色をこっちに寄せるんじゃねえ!」

普段自分が着慣れない服装を勧められて、福百の顔が真っ赤になる。
実は彼女、女性的なことにはとても疎くおしゃれや流行ものは苦手としていて、そのことを気にしている。
一方、赤堀はいかにも女の子らしさ全開の服装を学校でもプライベートでもしきりに勧めてくる。
赤堀は学校での流行りものの話題から福百が取り残されないための生命線でもあるが、
さすがに営業中に着せられるのは阻止したかった。


(このままではこのピンクのフリフリした服で営業させられるっ!)


そう思った福百はこの状況を何とか打破しようと急いで話題を変えることにした。

「そっ、それよりもっ!椿!アンタは今日は客として来たの?それとも……」
「あーそうだ。それ言ってなかったわ。両方かな?久しぶりに店の様子も見てみたいし」
「そいつは嬉しいねえ。何だかんだでアンタがいると心強い!もうすぐ詩門も来るだろうし、よっしゃ!『百来軒』開店といこうか!」
「おー!」

両手で顔を叩いて気合を入れなおす福百と、その号令に呼応して右手を挙げる赤堀。
新たな仲間たちを加えラーメン屋台『百来軒』は今日も開店する!
研究の成果と、新たな研究資金と、そして彼女のラーメンを待っている全ての者たちのために!


―――――――――――――――


「おはようございます!」

色白で上下共に白い服装のため全身が白い茶髪で長身の男がのれんをくぐってきた。
全体的な雰囲気から下手をすればモヤシに見えてしまうような男である。最近福百が雇ったアルバイトの森夜詩門だ。
実は彼はスキルアウト『自由鳥(クリアバード)』のメンバーなのだが、コワモテでも恐ろしい不良でもない。
『自由鳥』は基本的にちょっとバカ騒ぎをするだけの、ユルいグループなため風紀委員や警備員にもあまり危険視されていないのだ。
その上彼自身は周囲から「いい加減普通に就職すればいいのに……」と言われるほど真面目な青年だ。
福百もそんな森夜のことは高く評価している。

「おはよう詩門!昼からでもよかったのに真面目だねえ」
「いえいえ。俺なんかを拾ってくれた紀長姐さんのためでしたら、一生懸命頑張りますよ」

店主である福百も学生でレベル0なため、森夜にバイト代が出るわけではなくラーメン1玉(頑張れば替え玉あり)で雇っている。
それでも森夜が『百来軒』で真面目に働いているのには訳があった。
彼にとって福百は路地裏で行き倒れていた所を助けてもらった恩人である。
その上スキルアウトと言えるかどうかすら怪しい、完全にカツアゲされる側の人間でもある自分に対して
働く場所・やりがいのある場所を提供してくれたことも大きいのだろう。

そんな彼の背中には、何やらピンク色の服を着た小柄な人物が背負われていた。


「おお、詩門君燃えてるねえ。ところでさ、その背中の人は?」

赤堀が森夜が背中に背負っていた小柄な少女に気づく。

「あっ、そ、そうでした!実はこの娘が近くのベンチでぐったりしてて……」
「何だと!?詩門はその娘をそこの仮眠用ベッドに寝かせな!椿は救急箱の用意!」
「「了解!」」
「ってちょっと待てーーーーーーーーーーー!!この娘……いやこの御方は……」
「このロリ顔に服装に酒臭さ……まさかっ!?」
「………えーっと、どちら様でしょうか?」

倒れていた少女の応急処置のため赤堀と森夜にテキパキと指示を出す福百。
しかしその少女の顔を見た瞬間、表情が一変する。どうやら赤堀も少女に見覚えがあるらしく驚愕の表情を見せる。
事情が全くわからない森夜だけが取り残されていた。

「「月詠先生!!」」
「お、お知り合いですか?…って先生!?」
「ウチの高校の先生だよ!しっかし詩門が月詠先生拾ってくるとは思わなかったわ!」
「それにしても何で先生、あんな所にいたの?妙に酒臭いし」
「わ、わかんないです。俺も偶然そこで見つけたばっかりでして……」

森夜が驚くのも無理はない。何せ今ベッドに寝かされている人物は下手したら園児服にしか見えないピンクの服と、
ピンクの髪が特徴的で身長も135cmな上に幼めな声と、どう見ても小学生にしか見えなかったからだ。彼女の名は月詠小萌。
福百と赤堀の通う「とある高校」の1年生のクラスを担当する教師である。

小萌のことを知っている福百と赤堀でさえ、この容姿で教師というのがいまだに信じられないほどだ。
………学園都市の七不思議に指定されるほどの幼女先生は伊達じゃねえ!
3人の騒ぎを聞きつけ目が覚めたのか、小萌はゆっくりまぶたを開けた。

「………あー、おはようございますー」
「「「お、おはようございます」」」

小萌ののんびりとしたあいさつにつられて、思わずあいさつをする3人。

「おや?あなたは福百ちゃんと赤堀ちゃんですねー」
「はっ、はいっ!?……ねえ紀長、月詠先生って何で自分の担当と学年が違う私らのことも知ってるの?」
「知らないわよ!私に聞くな!」
「学年やクラスが違っても可愛い教え子ですからね。覚えているのは当然なのです!」
「そっか……フフッ、何だか照れるね」
「まあ、私ら生徒のことをよく見てくれているってことかねぇ。ところで先生!何であんな所にいたんスか?」

違う学年でしかもレベル0の自分たちのことも、よく見てくれている小萌に対して少し照れる福百と赤堀。
そんな先生が何故人気の少ない公園のベンチにいたのか、当然といえば当然の疑問を福百は小萌に投げかけた。
すると急に小萌は福百から顔をそらし目を泳がせた。

「ふっ、福百ちゃん、これには深いわけがあるのです」
「二日酔いして酔いつぶれてたんスね」
「………その通りなのです」
「ハァ、まあいいや。とりあえずここで休んどいてください。おい詩門!水もってこい!」
「は、はい!」
「不測の事態も受け入れ対処できる紀長ちゃんマジ男前」
「うるせー椿!お前は誰も見たくないであろう不測の事態に備えて洗面器かバケツ用意しとけ!」
「りょーかい!……確かに二日酔いにつきもののアレは見たくないもんねー」

確かにリバー……ゲフンゲフン……アレはぶっちゃけ誰も見たくない。小萌先生みたいな人の場合はなおさらだ。
そんなピンクの服を着たピンク髪の小柄な教師は、ベッドから上半身を起こしながら頭を右手で抑えて呟いていた。

「うーん……二日酔いで食欲がないのですー」
「二日酔いで生徒の屋台に転がり込んでるこの現状……月詠先生のクラスの1年生とか見たら絶対泣くぞ」
「合法ロリとか幼女先生とかいう幻想をぶち壊される光景だもんねぇ……」
「俺はいまだにこの人が先生だってのが信じられませんよ……」

学園都市七不思議に数えられるほどの幼女先生の、酒をしっかり嗜んで二日酔いまで抑えているという
ある意味オトナな一面を見てしまい、戸惑いを隠せない百来軒の面々。
赤堀から渡された水をゆっくり飲む小萌に目線を送った後、福百は急に立ち上がった。

「さてと!それじゃ、いっちょやりますか!」
「ちょっと紀長!どこ行くの!」
「先生が食べたいであろうラーメンはわかったっ!」
「ええっ!?………やれやれ。紀長ったら相変らずのラーメン狂なんだから」
「福百ちゃんは急にどこへ行ったのですかー?」
「先生を元気づけるためのラーメンでも作りに行ったんだと思いますよっ」
「ラーメン……ですか?」
「紀長は生粋のラーメン狂ですからね。ま、そんなヤツだからこそ私も一緒にいるんですがね。にひひっ」

小萌の疑問に赤堀は笑顔を交えながら答えた。
福百が戻ってくるまでの間、3人は学校や夏休み中のできごとをいろいろ話していた。




「詩門君!先生!やっぱり私、思うんですよねー。紀長はピンクのフリフリが意外と似合うんだって!」
「え、ええ……そうですね……」
「赤堀ちゃんは本当にそういうのが好きなんですねー。先生と趣味が合いそうなのです」
「是非2人からも紀長に言ってやって……イテッ」

ベタな可愛い系ファッションを福百に勧める計画を小萌と森夜にオーバーアクションとともに力説する赤堀。
そんな彼女の後頭部に、ツッコミ代わりに軽いチョップをお見舞いする『百来軒』の主・福百紀長。
その表情は友人の赤堀をジト目で見ながらも少し頬を赤らめていた。
小萌が休んでいるベッド等、学園都市の技術で赤堀がいろいろ無駄に改造を加えている屋台だが、
屋台自体はそんなに広くないため、ぶっちゃけ全て丸聞こえである。

「コイツめ、また余計なことを……」
「へへへっ」

福百はちょうど「先生が食べたいであろうラーメン」の調理を終えて戻ってきたところだった。
彼女が持ってきたお盆には、小さなお茶碗に入ったラーメンとお箸が乗っていた。

「先生、とりあえずコレでも食って元気出してください」

福百は小さなお茶碗に入った野菜多めの簡単な味噌ラーメンを小萌の前に出す。
麺も野菜も全体的に柔らかめに煮詰められているようだ。

「ありがとうございますー。いただきます」

小萌はさっそく目の前に出された味噌ラーメンを食べ始めた。その様子を見た赤堀が福百に話しかける。

「ねえ紀長、何で味噌ラーメンなの?」
「アレは味噌汁要素の方が強いけどね。二日酔いには味噌汁が効果的だから、塩分控えめとか私なりに味噌汁風にアレンジしてみた1品だ」
「なるほど。紀長姐さんは、お客さんの体調も考えているんですね」

このような不測の事態であっても「客が最も食べたいラーメン」を製作するあたり、彼女はやはり生粋の「ラーメン狂」なのだろう。
そして………



「福百ちゃーん、ビールありませんかー?」
「あるわけねーだろ!水で我慢してください!」
「ぶー、残念ですー」
「可愛い子ぶってむくれてもダメだっつの!」

小萌の体調もさすがに全快とはいかないものの、このようなやり取りをできるくらいは回復したようだ。
その様子を見た赤堀が話を切り出す。

「ねえ先生、この後もいろいろお仕事あるんでしょ?」
「そうなのです。赤堀ちゃんの言うとおりなのですよ。では私はそろそろ失礼するのです。福百ちゃんたちもラーメン屋頑張ってくださいですー」
「ありがとうございます。気を付けて帰ってくださいよ!緊急事態なんでお代はナシにしときます!」
「ありがとうです。心配無用なのです」
「あと絶対途中でビールとか買わねえでくださいよ!」
「ギクッ」
「ギクッって何だコラァァァ!………ってもういねえし!」
「ねえ紀長、先生大丈夫かなぁ……色々な意味で」
「たぶん大丈夫だろ。だが念のために……詩門!悪いけどちょっと送ってきてくれ!大丈夫そうだったらすぐ戻ってきていいから」
「了解です」

今回『百来軒』が店を構えている場所が場所なだけに、福百は小萌が無事帰ることができるか念のため森夜に様子を見に行かせた。

「こういう時にもアイツは役に立ってくれて助かるよ」
「前までだと紀長が行ってたから、店空けちゃうもんね。ホラ紀長、次のお客さん来たよ」
「そうだな。いらっしゃい!ようこそ百来軒へ!」

最初からいきなり酔い潰れていた自分の高校の幼女先生こと月詠小萌という、激しく予想外過ぎる客と遭遇してしまった『百来軒』の面々。
ある意味イレギュラー過ぎる事態であったが何とか乗り越えることができた。
そしてまた次の客がやってくる。『百来軒』は今日も騒がしくなりそうだ。




正午を少し過ぎたころ、また別の客が百来軒ののれんをくぐってきた。
国鳥ヶ原の制服を着ていることから彼がそこの生徒であることがわかる。鳥の巣のような黒髪ボサボサ頭に無精ひげという、
イケメンとは言い難い容姿で覇気のないボーッとしたような目をしている男だ。
そんなさえない容姿とは対照的に男の腕には盾をモチーフにした緑色の腕章、「風紀委員」であることを示す腕章があった。

(風紀委員!?)
(詩門君、そう心配しなくても大丈夫だよ)

もともと『百来軒』は風紀委員や警備員から逃げてきた経歴があるためか、森夜が不安そうな目線を店主である福百に送る。
対する福百と赤堀は普段と表情を変えることなく、にこやかに風紀委員の男を迎えた。
風紀委員ではなくラーメンを食べに来た1人の客として。

「いらっしゃい!また愚痴りにきたのかい?浮草さん」
「おいおい、客に対する第一声がソレってどうなんだよ………おっしゃる通りです」
「まーた例の『悪鬼』かい?まあそれで気が晴れるんなら言ってみなよ。その間にラーメン作っとくからさ」
「おう頼むわ」

森夜が全く予想だにしていなかった会話に驚いている中、福百は風紀委員の男・浮草宙雄の文句を軽くあしらった。
そうしながらも彼女は、浮草が最も欲しいと思うであろうラーメン作りに取りかかり始めた。
すると浮草はいつものように、自らがリーダーを務める178支部でのできごとを語り始めた。
もちろん外に漏れるとマズい捜査情報は漏らさないことを前提でだ。

(相変らずストレス溜まってるみたいだねえ。だったらあのラーメンでいきますか!)

福百の頭の中ではすでに『客の最も欲しいラーメン』が何なのか既に整っていた。
彼女はさっそく手早くイメージするラーメン作りに取り掛かる。
実は福百が浮草からこの手の愚痴を聞くのは初めてではなく、彼は『百来軒』を訪れるたびに支部での愚痴をこぼしていた。
それも全て『風紀委員の悪鬼』こと固地債鬼関連のことばかりであった。
そのため福百も話のパターンがだいたい読めてしまっていた。

「他の支部から一時的にウチに来てた奴がいたんだけどな、ソイツとウチの『悪鬼』の間でひと悶着あってな」
「へぇ~、どんなことがあったんだい?」
「支部が1日中牛乳臭くなった」
「なんじゃそりゃ!?」

風紀委員の思わぬ状況に驚く福百。これは少々予想外の展開であった。
自分たちの仕事を終えて手が空いた赤堀と森夜も、話を聞こうと福百の近くに集まった。

「途中までは支部の監視カメラで見ただけなんだがな……」

その様子をチラッと見た後、浮草は自らの支部で起こった珍事件について話し始めた。

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最終更新:2013年03月29日 23:06