福百たち『百来軒』の面々が浮草の周囲に集まったのを確認し、
浮草は重い口を開き、自らがリーダーを務める風紀委員178支部で起こった珍事件について語り始めた。

風紀委員178支部の規模や施設等は基本的に他の支部と変わらないが、
支部員の1人である固地債鬼が浮草を差し置いてリーダーのように振る舞っていることや、
彼の悪辣な態度や捜査方法が内外で問題になり軋轢を生み出すことも少なくない。
固地以外でも個性的な者がいてそのことについて語ることもあるのだが、ほとんどは固地に対する愚痴であった。

『百来軒』店主である福百紀長は彼のそんな愚痴を若干からかいつつも、嫌な顔をせずいつも聞いていた。
今日は戻ってきた親友・赤堀椿やアルバイトの森夜詩門もいっしょだ。

「このあたりはまだ俺は監視カメラで見ていただけなんだがな……」


―――――――――――――――


178支部の冷蔵庫の前に小川原付属の制服を着た、黒髪癖毛を後ろで無造作に結んだ少女が突っ立っていた。
中等部の2年生であることを示す青い線の入ったワイシャツを着ており、身長は170cmと年齢の割に高く胸も大きい。
彼女の名は焔火緋花。本来は別の支部・176支部の人間なのだが、ちょっと訳あって178支部に出向してきていた。
彼女は冷蔵庫の前で1リットルの牛乳パックを振ったり、上下逆さにしたりと何やら不審な行動をとっていた。

「……あ、あれ?牛乳が出てこないっ!?」

あらかじめ冷蔵庫に入れていたムサシノ牛乳1リットルパックを飲もうとした焔火だが、
パックを振っても、逆さまにしても、一向に牛乳が出てこない。
恐る恐るパックを覗きこんでみるとなぜか牛乳が固まってしまっているようだ。
そんな焔火にシルクハットをかぶった目つきの悪い男・『風紀委員の悪鬼』こと固地債鬼が声をかける。

「邪魔だ焔火。いつまで冷蔵庫の前でぼんやり突っ立っている」
「それが、冷蔵庫に入れておいた牛乳が固まっちゃってて……」
「…………フッ」

なぜか中身が出てこない牛乳パック相手に悪戦苦闘する焔火。
固地は焔火が再び牛乳パックを自らの頭上で逆さまにした瞬間を見計らって指をパチンと鳴らした。
次の瞬間、牛乳の水分が戻されてパックを逆さまに持って覗きこんでいた焔火が牛乳まみれになった。
固地の能力で牛乳の水分が固められていたのだ。

「ブハッ!?」
「ハーハッハッハッ!乳臭いお前にはピッタリだな!」
「……………」

ある意味いつものように辛辣な言葉を浴びせる固地。
彼は特にやらしい意味などなく焔火が未熟だという意味合いで言ったつもりだった。
………正直ドS気質の血も少し、いやけっこう騒いだが。

しかし今回は彼女の胸が大きいという特徴のことや、牛乳で濡れてワイシャツが透けてしまっていることもあり、
セクハラまがいになる発言となってしまっていた。固地本人にそのつもりがなくともズボラな彼は気づかない。
それどころか完全にドSな悪癖に火がついてしまったようで、呆然とする後輩の顔や顎の下を軽くペチペチと叩きながら追い打ちをかける。
その顔は風紀委員とはとても思えないような極悪な笑みを浮かべていた。

「ん?どうした?声も出んか?」
「……………」
「黙ってないで何とか言ったらどうだ?」
「……………」
「それとも怒ることすらできんのか?」
「……………」
「まあ、奴隷が主人である俺に逆らえるわけが……」
「うがーーーーっ!」

焔火は固地の問いかけに少しの間黙り込んでいたが、突如目をギラリと光らせ奇声を発した。
焔火は現在固地の指導を受けている立場であったため、今までは何があろうとも我慢してきた。
しかしこれは指導ではない。ただのイタズラだ。
そう思ってしまうと、自分のことも今までの努力も何も知らないくせに、自分の価値観や見立てを勝手に押し付けて
落ちこぼれだとか、他より数段劣るだとか、奴隷だとかいう
風紀委員にあるまじき言動と仕打ちをするこの男に対し怒りがこみあげてきた。

「!?」

次の瞬間、焔火は慣れた手つきで素早く固地の頭部を自分の腋に抱え込み、もう片方の腕で彼の身体が逆さまになるように真上に持ち上げた。
そこから地面に対してほぼ垂直になるよう抱えた状態のまま自ら後方へ倒れ、同時に頭部を近くのソファーめがけて叩きつける。
………要するに固地に綺麗にブレーンバスターが決められた。

「焔火家御仕置奥義(ホムラビケオシオキオウギ)・武礼円罵素汰阿(ブレーンバスター)!」
「グハッ!」

支部のソファーに逆さまに突き刺さる『風紀委員の悪鬼』。

「ハァ、ハァ………って何やってんの私ーーーーーー!!」

焔火家女子に代々伝わる、セクハラをした不届き者へのお仕置きは綺麗に決まった。
が、その直後に焔火は自分のやらかしたことの重大さに気づき、ふと我に返り固地を慌てて引っこ抜いて、
そっと寝かせて声をかける。

「固地先輩!大丈夫ですか!?」
「……………」

へんじがない。ただのしかば……いや、もちろん固地は生きている。

が、返事はない。しかめっ面で顔に嫌な汗をかく焔火。
現在この部屋を見渡す限り2人以外誰もいない。このまま逃げようかなぁ………
というよろしくない思考が一瞬頭に思い浮かびそうになったが、やっぱりそれはマズい。
しかも焔火は彼に指導を願っている立場だからなおさらだ。

それに考え直してみればあの固地のことだ。もしかしたら、ただのイタズラと思われるこの行為も何か意味があるものかもしれない。
そう思った焔火は意を決して固地の手を取った。

「………ていっ」

力加減に気を付け、自らの能力でそっと電撃を流す。固地の体がビクンと動く。
それにより固地も気が付いたようだ。

「……ガハッ」
「よ、よかった!気が付いたんですね!」

思わず自分のやらかしたことや、いまだに牛乳まみれである自らの状況すら忘れて目を少し潤ませながら固地に抱きつく焔火。
何やら固地の体からミシミシと嫌な音がしているような気がするのは、たぶん気のせいだろう…………たぶん。

「痛だだだだ!離せ離せ!この馬鹿力め!」
「わわっ!ごめんなさい!」
「……全く、お前のせいで俺も牛乳臭くなってしまったではないか!」
「あっ……ごめんなさい」

慌てて固地から離れる焔火。それを待っていたかのように固地は噛みつくように怒鳴りつける。
一連の行動に対する恥ずかしさは隠しながら。

「この馬鹿者がっ!『ついやっちゃった☆テヘッ』でブレーンバスターくらわせる奴があるかーーー!」
「ご、ごめんなさいっ!いつものクセで…」
「い、いつも!?この戦闘民族どもめ!お前のといい、貴様ら姉妹は揃いも揃って……」
「んん?姉妹?」
「ええい何でもない!何でもない!フン、まあいい。お前もそうやって人並みに怒ることはできるんだな」
「本当にごめんなさい………あっ、そうか!そういうことか!」
「!?」

怒鳴られてしょぼくれていたと思ったら、目を光らせ急に無造作に後ろで結んだ髪の毛をピンと立たせて、
右手で作った拳を左手の手のひらに当てる焔火。
対する固地は「コイツはいきなり何を抜かしているんだ?」と言わんばかりに眉間にしわを寄せ怪訝な表情をする。

「固地先輩は私がいつまでも固地先輩に怯えてヘコみっぱなしだったから、わざと怒らせたんですね!」
「???」(わけがわからん………)
「『俺はお前を指導する立場だっ!だが俺も間違うことはある!そういう時は遠慮なくそれを正せ!所詮は同じ学生だ。俺にビビり過ぎるな!その見極めも指導の1つだ!どんどんぶつかってこい!』ってことですね!」
「……………おい「おおっと!皆まで言わずともわかります!」

固地の顔の前に開いた右手をかざし、大きく頷きながら固地の行為に対する自分なりの解釈を語る焔火。
この先輩は単なる嫌がらせでこのようなことをする人間ではない。この行為も指導の1つだ。
焔火の表情にはそれを確信したという自信が混じっていた。………まあ、真実は彼のみぞ知る。

「だから……「固地先輩は自らの体を張ってまで、それを私に教えてくれたんですね!わっかりました!」
「!?……そっ、その通りだ。いつまでもお前に委縮されっぱなしでは俺がやりにくい」
(ブレーンバスターはさすがに計算外だったがな。……加賀美といい、姉の朱花といい、どうやってコイツを手懐けているのだ?)

固地はそう言いながらきまりが悪そうに焔火から目線をそらし、立ち上がろうとした。
が、一瞬フラついてしまい再びソファーに腰かけてしまう。
焔火の行動や発言といい、彼にとってはいろいろ計算外な結果だった。
一方焔火は服を着替えた後、自らが暴れたせいで飛び散った牛乳を雑巾で拭いていた。

「……うぐっ、思ったより効くな……」
「本当に大丈夫ですか?」
「実行犯のお前に心配される筋合いはない!それはそうと焔火、お前『身体能力は』強いんだな」
「こう見えても向こうでは能力なしの体術組手なら、今のところ神谷先輩以外負けませんっ!」

固地はわざと『身体能力は』を強調したが、焔火は気づかないようだ。
固地は格闘能力も強いと他の先輩から聞いていたことと、珍しく(固地は褒めたつもりはないのだが)
褒められたことでちょっとドヤ顔になって右腕で力こぶを作る焔火。そんな表情をコロコロ変える本来の顔を見せたことに
固地は思わず吹き出し、焔火に軽くデコピンをした。

「フッ、調子に乗るなこの馬鹿力め」
「イテッ。あっ、でも姫っちも腕上げて来てるからなー。同じ体格だと100%負けそうだし。あっ、姫っちっていうのはウチの1年生の姫空香染って娘で、可愛くて格闘も強いけど、カッコイイ能力持ってるんですよ!何てったって目からビーム……」
「ええい、お前の支部の事情とか激しくどうでもいいわ馬鹿めが!」
(しかも何故デコピンした俺の指の方が痛いんだよ………)

自分の支部の1年生のことを嬉しそうに話す焔火の発言の中で、ビームとかいう何だかすごくツッコみたくなる単語があった。
しかしそこに食い下がると話が進まなくなるので、固地はあえて焔火の会話に割り込み話題を切ることにした。
すると会話を切られた焔火が不満そうに頬を膨らませて言葉を続ける。

「むー、さっきから馬鹿馬鹿って……そうやって誰でも邪険にしなくてもいいのに……」
「アーアー聞こえなーい!馬鹿めがっ!馬鹿めがっ!」
「また馬鹿って言いやがりましたねーー!馬鹿って言うほうが馬鹿なんですぅーー!」
「お前もさっき馬鹿と言ったではないか!しかもお前の方が言った数が多いぞ!ハーハッハッハッ!」
「むむー、全て固地先輩の策だったのかー!」
「そっ、その通りだ!ハーッハッハッハッ!」

小学生のような口喧嘩をしつつも、互いの顔はどこか打ち解けたような感じで笑みがこぼれていた。
と思ったら、焔火は急に左手を口の下に当てて考え込むような表情に変わった。
そんなコロコロと表情を変える後輩の様子を、固地は呆れ半分面白さ半分で見ていた。

「うーん……でもそういう相手を煽って、思い通りに動かすのって……ちょっと言いにくいんですけど……」
「何だ?もったいぶらずにさっさと言え。その無駄な時間が惜しい」
「………何か寂しくないですか?相手も自分も常にダマし続けてるみたいで」

その言葉を聞いた固地の目が丸くなった。が、焔火には悟られないようにすぐにシルクハットを深くかぶってそれを隠す。
固地債鬼はただ傲岸不遜なだけではなく、強かな性格もしており他人を煽って行動させ自分は静観したり
自身の性格や周囲の評価さえも利用する罠を張ったりする等、頭も回る男だ。
それは内外問わず余計な敵を作ってしまう原因でもあるのだが。

焔火は素直な感想を述べただけで固地を攻撃する意思はなかった。
しかしその言葉は無意識ではあるが、固地のあり方に切り込んでくるものであった。
わずかな沈黙の後、固地が口を開く。

「……………姑息だとか陰湿だとかは飽きるほど言われたが、寂しいと言われたのは初めてだ」
「そう、ですか……」
「だが焔火に言われるのは滑稽で屈辱だな。ハーッハッハッ!」
「またそうやって憎まれ口叩くんですから!ちくしょー!固地先輩に汚されたー!白く濡らされたー!心までもてあそばれたーーー!!」
「きっ、貴様アァァァ!!誤解を招くようなことを大声で叫ぶなーーー!!」

人より頭が切れる故に、ここでは表現しがたい18禁的な解釈をしてしまった固地は顔を真っ赤にしながら焔火の口をふさごうとする。
対して焔火はまだ中学2年生の少女。背も胸も大人の女性でもあまりいない大きさではあるが、中身は純粋無垢な少女のままだ。
それゆえに固地がわかっているであろう、ある意味卑猥な解釈も全くわかっていない……たぶん。
固地は焔火の口をふさごうと、焔火はそれを振りほどこうと、組んず解れつする。
普通ならば男である固地があっさり取り押さえられるものなのだが、焔火の馬鹿力もあってかなかなか取り押さえられない。


「「楽しそうですねェ~。固地せんぱァ~い、焔火さァ~ン」」


そんな中、何か固地でも焔火でもない別の声が混じっていた。
突然聞き慣れた声がして軽く肩を叩かれ、恐る恐る背後を見る固地と焔火。
固地の背後には真面進次が、焔火の背後に殻衣萎履が満面の笑みで、ただし目が全く笑っていない表情で黒いオーラを放ちながら立っていた。

現実は牛乳臭い……いや甘くない。悪いことをした後はきちんとその始末をしなくてはならないものだ。
ましてや彼らは学園都市の治安を守り、人々の見本となるべき「風紀委員」であるからなおさらだ。

「またお前らか。つーかクサッ!牛乳クサッ!なんじゃこりゃ!」
「あら?あら?あらあらあら?あらあらあらあらあらあらあらあらあらァ!?固地さんと焔火さんってばいつの間にそんな仲になったんですかぁぁ♪」
「許堂!お前が喋るとややこしくなるから、ちょっと黙ってろ!」
「了解いたしました、合点承知ですー」

浮草宙雄と常盤台の制服を着た少女・許堂舞子も2人のいる真ん中あたりに、顔をしかめてハンカチで鼻をつまみながら立っていた。
真面と殻衣の右手には始末書が握りしめられており、周囲はいつの間にか殻衣の『土砂人狼(クラストワーウルフ)』で作られた
土の兵隊に取り囲まれ、それらで作られた武器は全て固地と焔火に向いていた。
こうなってはいくら2人でも、もう逃げられない。

(えーっと……固地先輩の頭脳か策で何とかなりませんかね)
(なるわけないだろ馬鹿モンがあぁぁぁぁ!)
(あら?あら?あらあらあら?あらあらあらあらあらあらあらあらあらァ!?固地さんと焔火さんってば、仲良く秘密のお話ですかぁぁ♪)
「許堂オオォォォ!!何故貴様が割り込んで来るーーー!!」
「ええっ!許堂っちの能力って読心能力だったの!?すごいね!私の友達にも心を読む能力者がいるんだけどね……」
「ツッコミが追いつかんわ馬鹿モンどもがああああああああ!!」
「コラ固地!お前もおとなしくしろーーー!」

結局固地と焔火はそれぞれ牛乳臭い部屋を掃除の後、正座させられながらこの事件の始末書を書く羽目になった。
そんな中、殻衣が始末書を書いている途中の焔火にそっと話しかけてきた。

「焔火さん………固地先輩相手とはいえ………2度と支部ではブレーンバスター……しないで下さいね」
「うぅぅ、ごめんなさい殻衣っち。もうしません」
「あの人も焔火さんのこと……自分にはないものがあるって……認めてるんですから………たぶん」
「だといいんだけどねぇ」
「現に固地先輩と……私たちの壁を……壊そうとしてくれたじゃないですか」
「そうかなぁ。固地先輩ってば、素直じゃないからそういうのわかりにくいんだよね」

この焔火のつぶやきが殻衣の何らかのスイッチを踏んでしまったようで、殻衣は急に饒舌になる。
発言内容も普段の殻衣からは考えられないような暴言が次々と飛び出してきた。

「そうだね!実際、捜査はともかく聞き込みや奉仕活動だと固地先輩はクソの役にも立たないからね!」
「!?……あっ、あのー、かっ、殻衣っちさん?」
「あの人の普段の態度でも『偽装演者(フェイクアクター)』のどちらでもみんな恐がって逃げるしね!」
「………マジで?」

『偽装演者』とは聞き込みや奉仕活動等のときに用いる、様々な演技(レパートリー)の中からその場に応じた仮面(キャラ)を被り、
対象者に接近する固地債鬼の得意技(本人談)である。
が、周囲から見れば演技の残念さと住民ですらダマす行為とも見えるため内外問わず評判はすこぶる悪く、住民たちからも恐がられている。
普段は大人しいはずの殻衣でさえ愚痴りたくなるほどに。

「マジで。あんなのが『本物の風紀委員』だとか、ふざけんなって話よ!住民ドン引きだっつーの!たまに私も固地先輩が焔火さんくらい優しくて馬鹿って言うか馬鹿正直だったらなぁ~って思うこともあるわ!で、焔火さんも焔火さんで支部で暴れやがるしよォォォ!!」
「ぬぐぅ~。馬鹿って……殻衣っちにまで言われた~……まあ今回は私が悪いから何とも言えないけど」
「あとついでだから言っとくけど、組手と称して私の『土砂人狼』酷使すんなコラ。アレけっこう疲れるんだから」
「……わかった。今度からは殻衣っちの都合も考えます。ハイ」
「それと私は『支部では』ブレーンバスターするなと言っただけよ。今度固地先輩を殺るときは、固め技か関節技あるいは一撃でキメて下さいねっ♪」

そう言いながら他の人物にはバレないように、そっと親指を立てる殻衣。

(何か漢字がおかしい上に注意がちょっと違うっぽいんですけどーー!!そしてこっそりサムズアップするなーー!)

始末書製作中の身で大声を出すわけにもいかないので、小声で殻衣にツッコミを入れる焔火であった。
ちなみにもう一方の反省部屋では……


「あっ、固地が逃げたぞ!追え真面!許堂!」
「了解です!日頃の恨みじゃあ!風紀委員の癌めえぇぇ!燃えちまええぇぇ!」
「コラ真面!いくら固地だからって能力使うなー!しかも私怨ダダ漏れじゃねーか!!」
「おおっと!真面君の火の玉が固地さんのシルクハットにヒット!しかし固地さんは逃げ足を緩めない!果たしてこの逃走劇の行方は……」
「許堂は冷静に実況するんじゃねーーー!!」
「そして浮草さんは自分では追いかけなーい!何故なら固地さんの方が足速いからーっ!」
「やかましいわ!つーか許堂!さっきから気になってたが、お前普段はもっとテンション低くないか!?」

浮草が言うとおり、許堂舞子は普段はもっと大人しいはずの少女だ。
名門常盤台中学の制服と可愛い容姿にも関わらず、変わった性格と継ぎ接ぎだらけというミスマッチから人があまり寄り付かない。
「浮世離れしている」「何を考えているかわからない」とも言われることも多い。
しかし浮草や178支部の面々(ついでに焔火も)は、そんな彼女の容姿や謎のテンションに対して普通に接してくれている。
そんな許堂の気持ちが妙に高ぶっている理由はあっさりと彼女自身の口から発せられた。

「だってだって!あの国鳥ヶ原にも風紀委員にも一般人にも敵だらけで友達のいない固地さんですよ!そんな固地さんと焔火さんはあれだけまともに会話してたんですよ!これが興奮せずにいられますかって!」
「お前なにげに固地に対して俺や真面より酷いこと言ってるぞ………」
「あっ、捕まっちゃいましたね………ハァ~」
「そして突然つまらなさそうにローテンションになるな!………ぐおお、胃が痛くなってきた………」

………もちろんこのことは178支部メンバーと焔火だけの秘密、むしろ178支部最大の黒歴史として闇に葬られるハズだった。
だが浮草はポロッといつもの愚痴としてしゃべってしまったのだ。こういう時のツメは甘い男である。


――――――――――――――――


そして舞台は再び『百来軒』に戻る。
浮草はすっかり話の世界に入ってしまっているようで『百来軒』の面々もいつ声をかけようか迷っていた。
福百は主に「出すタイミングが掴めなくてラーメンのびちまわないかなぁ……」という心配であったが。

「全くバカ固地め!委縮しているヨソの後輩相手に頭から牛乳かけるなっつの!そもそもテメーが全ての原因だろうが!」
「ま、まあまあ。落ち着きなって浮草さん」
「アイツもアイツで固地にブレーンバスターくらわせるし、おかげで1日中支部内牛乳臭せえしよぉ……どいつもこいつも自分の能力で何とかしようと
して余計に悪化するしよぉ……結局、責任全部俺に来るしよぉ……ブツブツ……」
「おーい、お兄さーん。帰ってこーい」
(ブ、ブレーンバスターって何事!?)

愚痴をこぼして当時の様子を思い出しながら興奮する浮草に対し、両手を前に出して彼をなだめる福百。
赤堀も彼に呼びかけながら、視線をさえぎるように手を振ってなだめる。森夜は突如出てきた「ブレーンバスター」という謎の単語に戸惑っていた。
そんな中、福百は右手を顎の下に持ってきて目をつぶり眉間にしわを寄せる。

「フーム……私が思うに、その悪鬼ちゃんはその後輩に責任感じてるんじゃないかねえ」
「あの男が?いやいやいや俺が見る限り、特に後輩相手には生粋のドS野郎だぞ」

さりげなく福百が悪鬼ちゃんとか言ってたのは華麗にスルーすることにした浮草。
そんな彼をよそに福百は自分なりの予想と解釈を続ける。

「さっきの浮草さんの言葉を借りると、自分が原因でもあるからその尻拭いを不器用だけど何とかしたかったんだと思うよ。まあ、これでも食って落ち着きなって」

そう言いながら、福百は煮干しベースのしょうゆラーメンを出してきた。
一見普通のしょうゆラーメンだが、鰯団子が浮かんでいる。ラーメンからほのかに漂う生姜の香りが浮草の鼻と食欲を刺激する。
それが愚痴っていた彼の心をだんだん落ち着かせてきた。

「これは……」
「煮干しベースのしょうゆラーメン鰯団子付きだ。カルシウム不足そのものがイライラの原因になるってわけじゃないけど、イライラはカルシウム不足を招きやすい。正直浮草さん好き嫌い多そうだったから、香りつけに生姜を使ったのは賭けだったけどね」
「そこまで見抜いてやがったか。本当にすごいな。……いただきます」

愚痴りに来た浮草のイライラを少しでも和らげようと、香り付けにも力を入れたラーメンを作った福百。
彼女の味割りで見る限りでは、彼はなんとなく好き嫌いが多そうだったので生姜を用いるのは正直賭けだった。
香菜とどちらか迷ったが、ここは無難に生姜を用いることにした。
どうやら賭けは成功したようで、浮草は出されたラーメンに手を合わせ割り箸を割っておいしそうに食べ始めた。

「うん、うまいっ!」
「へへっ、ありがとさん。気は晴れたかい?」
「正直まだ落ち着かないかもしれん。でもラーメンはうまかったよ。ありがとう」
「お兄さんまだ落ち着かないんだ。そんなら全部ぶっちゃけてっちゃったら?」
「スマンな、最後に愚痴叫びだけさせて。固地も焔火もこのクソ忙しい時期に面倒起こしやがって!1日中牛乳臭くて全く仕事にならんかったぞーー!」
「まあまあ、いい加減落ち着きなって……んん?ホムラビ?」

愚痴をぶちまけてラーメンを食べて少し落ち着いたと思ったら、赤堀の助言?を受けてまたしつこく愚痴り始めた鳥の巣頭の男。
よっぽど普段からうっぷんが溜まっている上に、愚痴る場所がなかったのだろう。
そんな中、何やら聞き覚えのある名前に反応する福百。思わず浮草に話題に出た人物の特徴を聞く。

「なあ浮草さん、そのブレーンバスターかました奴の特徴ってわかる?」
「そうだなぁ…黒髪癖毛を後ろでテキトーに結んでいて、背は女子にしては高めで、黒いニーソックス履いてて……あとやたら胸がデカかったな」
「へー、そんなにデカいんだ。その娘」
「椿!お前は変なところに食いつくなぁ………んん?……まさか……いや、やっぱり!」

浮草の言葉を受けて福百の脳裏にとある人物の姿が映る。
超進学校の小川原生にも関わらず良く言えば素直、悪く言えばアホの子っぽい人物で、
無許可営業だったにも関わらず店を潰さず「大好きだ」とまで言ってくれた風紀委員の姿が。

「やっぱりあいつか!!」
「何だ福百!?知り合いなのか!?」
「知り合いも何も、ウチの常連風紀委員第1号の1人だよ!」
「ええっ!?アイツここの常連だったのかーー!クソッ!固地の野郎や他の知り合いが絶対来ない愚痴り場だったのに!」
「もしかしたらあの娘たちも来るかもね。せっかくだし、会って行ったらどうだい?」
「むしろそこまでうっぷんが溜まってるなら、もう直接本人に言っちゃったらいいのに」
「紀長さん、椿さん、男ってのはいろいろ複雑なんすよ……」

頭を抱える浮草とは対照的に爽やかな笑顔で語りかける福百と赤堀。
森夜は浮草の「あまり後輩の支部員に弱音は吐きたくない」という男の意地も少しわかるような気がしていた。
……………浮草のは意地というにはけっこう女々しいかもしれないが。

「俺は誰かにここで愚痴ってるってバレるのが嫌なんだよ!ツリはいらねえ!また来るぜ!」
「そうかい。そりゃ残念」
「「ま、まいどありー」」

そう言い残すと浮草は500円玉を1枚、福百に差し出して逃げるように店を後にした。
さっそく福百は机の上に置かれた硬貨を回収した。
が、よく見ると500円玉にしては小さい。………100円玉だった。

「………野郎、金足りねえっつーの」
「紀長、ツケにしとく?また来るって言ってるし」
「ツケでラーメン食ってく風紀委員なんて初めてだよチクショー!!」
「紀長ー、次のお客さん来たよー」
「マジで!?詩門!急いで追いかけろ!……あっ、いらっしゃい!何にしますかー?」
「りょ、了解です!まっ、待ってくださーーい!浮草さーん!」

結局何とか森夜が浮草に追いついたことで、ツケでラーメン食ってく風紀委員の誕生は避けることができた。
そして愚痴聞き代なのか、口止め料なのか、追徴金なのかはわからないが、赤堀はラーメン代以外にもちゃっかり料金を上乗せしていた。
反対に福百はあまりそういったことにこだわらない、生粋のラーメン狂である。
そのため経営的にも赤堀や森夜が加わったことは、地味に大きかったりするのだった。

そして噂をすれば影が差す。先ほど浮草が話していた風紀委員が『百来軒』に向かってきていた。

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最終更新:2013年03月29日 23:15