《風紀委員(ジャッジメント)》一七六支部員、姫空香染は寡黙でクールな中二病患者である。
 必要のないときには殆ど喋らず、必要のあるときでもあまり喋らず、特定のときのみよく喋る。
 そんなことで風紀委員をやっていけるのかと思えば、なんのかんのと強い正義感、強力な能力や逮捕術等のおかげもあって続けることが出来ているようだ。


 * * * *


「……」
「なあ香染、ちょっと待ってくれ。これには理由があるんだ。その照準を外して落ち着いて話そうぜ……?」

 ある日の終業時刻直前、一七六支部内にて。
 直前まで一色丞介と女性トークに花を咲かせていた地野宮雪雄と、いつもは上げている大きなゴーグルをしっかりと下ろした姫空が向かい合っていた。
 なお一色は姫空が現れる直前に「あ、じゃあ俺はこれで!」等と言って出て行っている。機を見るに敏と言うべきだろうか。

「……理由?」
「あ、ああ。これはだな、一色兄さんが……ギャアア!?」

 彼女の眼前から放たれた光条が開いた窓を抜け、上空に一筋の直線を描く。
 もちろん放つ前に照準はずらしてあるし、射程内にあらゆる物的障害が無いことは確認済みだが。
 彼女は余程のことが無い限りこの能力『光子照射(フォトンレーザー)』を人に当たるように放とうとはしない。この手の突っ込みも、今のように安全に光線を放てるのでなければ関節技(サブミッション)か何かでもかけるのがせいぜいである。

「……また明日」

 そう言い残して彼女は立ち去り、支部員や地野宮もそれぞれ挨拶などして別れていく。
 その様子は、彼らにとってこの程度のことが日常茶飯事であると如実に表していた。


 * * * *


「……」

 帰り道。姫空はこれまで何度も繰り返してきた先のやり取りについて思いを巡らせていた。

(アレとは単に幼馴染というだけで、何も特別な感情を抱いているわけではないはず)
(だというのに、どうしてああいった事をしている姿を見るとイラっとくるのだろう)

 彼女も今時の中学生であるからして、そういった感情表現に関する知識はいくらか持っている。
 一般的な、というか定型的(テンプレート)な漫画・小説等では、自分のような態度を取る女性は大抵相手の男性に対して恋心に類する感情を持っている。
 だが、自分は別段そういった感情を抱いていないはずなのだ。彼に対してドキドキしたこともないし、そういった関係になりたいとも思わない。
 彼女は暫く考えていたが、毎度のように答えはでない。

「……不思議」

 彼女はこれまで同様、面倒になって考えるのをやめた。
 どうせ考えても答えは出ないのだ、と気分を切り替え……。

「……!」

 その視線の先に、人混みに紛れて路地裏に連れ込まれていく少女を見つけた。
 噂に聞いたことのある第三位(レールガン)ではないようで、口はふさがれ、泣きそうな表情をしている。

「……」

 姫空は即座に行動を開始した。強力な能力者の存在に備えて頭のゴーグルをおろし、人混みを抜ける。
 校外(ここ)は彼女の管轄ではないが、いまから通報したところで警備員の到着には時間がかかる。
 何処ぞの獣耳狂いレベルの事件ならともかく、あのまま放っておくわけにもいかない。

 彼女はそういった算段を立て、路地裏に踏み込む。
 此方に気付いた男たちと、今にもその毒牙に掛かりそうだった少女を見回して宣言する。

「私は風紀委員。そのちっぽけな生命が惜しければ即座に投降して」
『……はあ?』

(男が3人、うち一人は拳銃を持ってる。装備からして恐らくはスキルアウト)

 姫空は間に合った安堵を押し隠し、饒舌に続ける。
 いつかどこかで読んだ物語の主人公のように。お前達など怖れるものではないのだと、明確に伝えるように。

「貴方達程度の能力(チカラ)で私に対抗できるとは思わないほうがいい。今ならまだその罪も軽くて済む」


 * * * *


 スキルアウトのリーダーである少年は、風紀委員を名乗る眼前の少女を馬鹿にしていた。

「――このガキ、ナメてやがんのか? テメエがどんな御大層な能力持ちかは知らねえが、この状況なら俺達のが断然有利なんだぜ?」

 狭所での多対一。おまけに彼は拳銃を持っており、この場でなら大抵の能力者が能力を使う前に撃つことも出来る。
 どれほど強力な能力を持っているかは知らないが、見るからに小柄な闖入者は体力があるようにも見えない。銃に怯んだ所を近づきさえ出来ればお終いだろうと考えていた。
 そして、彼は部下に合図を出して小柄な風紀委員と相対する。そして拳銃を抜き、脅すように姫空に向ける。

「見れば色々足りねえが顔だきゃ良いじゃねえか。テメエも一緒に……」

 彼がそう言って一歩踏み出した瞬間、彼の手の中にある銃が爆発した。

「!? ぎ、ぎゃあああ!」

 銃の破片が彼の皮膚を裂き、爆発で生じた熱がその身を焼く。
 彼は混乱の極地に叩き込まれ、その様子を見た部下も驚き怯んでしまう。
 そして姫空にとって、そうなった彼らはただの弱者であった。


 * * * *


「ふ、貴方達は運が良い。私の能力(チカラ)を当てる必要があるほど強くは無かった」

 混乱している不心得者をさっくり叩きのめして手錠で拘束し、被害者の少女を助けだした後、姫空はその長い髪をかきあげながらそんなことを言った。
 「使う必要がない」でなく「当てる必要がない」である辺り妙に律儀というか、正直である。

 姫空が行ったことは単純なことだ。
 彼らの持つ銃めがけてレーザーを発射し、その銃身の一部を融解させて強度を落とすと同時に弾丸の火薬に引火させることによって、爆発を誘発させる。
 威力の制御が効かない故に相手に直接当てるわけにはいかない能力だが、しっかり照準する暇があればこの程度のことは可能だ。

「……クッ、能力の制御が……!」

 そして脈絡もなく目を押さえてのたまう。回りにいるのはとっ捕まえたスキルアウトのみだが。
 威力の制御が効かない以上、言ってることは間違いではないのだが……。

 と、ご満悦の彼女を覆うような影が映る。

「……誰?」

 彼女が振り返った先には……。


 * * * *


「……疲れた」

 最寄りの警備員支部から出てきた姫空は、その固定された表情からは分かりづらいが憔悴していた。
 結局、別の誰かからの通報を受けていたらしい現地の警備員に怒られ、始末書を書くハメになったのだ。

(だって、連絡している間に見失ったら困る)

 管轄が違うからといって、助けたことが必ずしも悪いということはない。この場合問題なのは、現地の警備員への連絡を怠っていたことである。
 ちなみに彼女はこの手の問題を配属当初からちょくちょく繰り返している。

(……馬鹿馬鹿しい。一々そんな事を気にしていて、万が一助けられなかったらどうするんだろうか)

 それなら可能な限り迅速にことを運ぶべきだと思うのだけど、と考えを続ける。
 姫空は正義の味方を信じない。何もしないでも都合のいいようにことが運ぶなんてこれっぽちも思わない。
 彼女は自分が正義なんて思いはしないが、人が苦しんでいる姿を見るのは嫌いだし、人を苦しめる奴は大嫌いだ。

 確かに考えなしの行動の結果として目の前の問題が解決しても、結局新たな問題が出るかもしれない。
 だが――

(だからといって目の前で苦しむ人を助けられないなら、風紀委員なんてやる意味は無い)

 彼女はそういった考え方の持ち主であり、故に自分のやり方を変える気は毛頭ない。
 大体にして彼女が風紀委員に所属したのも、情報網などを利用してより多くの人を助けることができると思ったからだ。
 おあつらえ向きに『己の信念に従い正しいと感じた行動をするべし』というスローガンまで掲げており、自己正当化にはもってこいである。
 そういう意味では救済委員(ジャスティス)なんかも気に入っている。情報網などはあちらとこちらで雲泥の差であり、わざわざ入りたいとまでは思えないが。

(自分勝手だとは思う。私の欲求が社会的な正義に一致するから、許されているだけ)

「……それでも、私は――」

 自分を曲げる気はない、と呟いて、彼女は帰路についた。


 fin

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最終更新:2013年03月06日 18:34