時間は過ぎ、太陽も地平線に沈み、夜の闇が世界を覆った今の時刻は午後8時半を回った頃。
“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』と成瀬台風紀委員単独行動組は、晩飯を食べ終えて一息吐いたばかりであった。
「啄君の作ったモヤシ炒め、すごくおいしかったよ」
「そうだろう!!勇路と言ったか!お前とは気が合いそうだ!!ハーハッハッハ!!!」
「
ゲコ太マスク!!貴殿が作りしこの肉じゃがは、中々に美味であったぞ!!なぁ、押花よ!!」
「確かに・・・。俺も、今度作ってみようかな。今時の男は、少しは料理を齧っておかねぇといけないっぽいし」
「その折は、是非拙者も参加させて欲しいでござる!!押花殿の作った肉じゃがを、拙者も食してみとうなった!!」
「オムレツって、僕の大好物なんだよね。仲場君。すっごくおいしかったよ」
「そうか!!いや~、旨そうに食って貰えるのは料理を作った側としては最高に嬉しいぜ」
今日の献立について話しているのは、啄・ゲコ太・仲場の救済委員達(
十二人委員会)と勇路・寒村・押花・速見の風紀委員達であった。
本来であれば、穏健派とは言え両者が馴れ合うのは余りよろしくなかった。そもそも、啄達が救済委員であることを風紀委員は知らないから成り立っているとも言えるが。
「(啄さん達は、相手が対立している風紀委員であっても臆する所か積極的に関わって行ってる。だから・・・かな。あの人達がすごく輝いて見えるのは)」
だが、それを抜きにしても和気藹々と会話を繰り広げている光景は新鮮である。少なくとも、
風路形慈にはそう思えた。ちなみに、風路は啄達が救済委員であることを教えられている。
「免力君達は、これからあのクソガキの所へ行くんだよね?」
「・・・そうだよ、林檎さん」
「だね~」
「だったら、一発キツイのをぶちかまして来て!!あたしの分をさ」
「・・・そ、それは・・・」
「・・・フフッ。冗談だよ。あいつは、あたしが正面からぶっ潰す!!あんにゃろう!!明日は絶対に負けないんだから!!」
「全戦全敗なんだよね~、林檎ちゃんって~」
「・・・えっ、まだ1回も勝ててないの?・・・臙脂君に?」
「・・・何だよ?何か文句でもあんのかよ、うん?」
「・・・い、いや・・・」
風路のすぐ近くでは、免力・盛富士・林檎がこれまた賑やかに(風路視点)話している。ここ数日で、免力や林檎の顔が変わって来たことを風路は認識していた。
「(・・・俺も変わらないとな。界刺さんの協力を仰ぐため・・・なんかじゃ無い。俺個人として、俺自身が変わりたいって・・・今の俺は思ってる)」
自分でも驚いている。己が心中に、こんな想いが存在していたことに。鏡子のために出口の見えない迷宮を彷徨っていた頃には、こんなことは思いもしなかった。
「(1人の人間として・・・1人の兄貴として・・・鏡子の前に立つに相応しい男になる。今日の訪問は、その試金石だ。あのボウズは、俺と同じだ。
意地を張って、当人に確認する勇気が無ぇ臆病者だ。そんなあいつの背中を俺が押せたら・・・きっと俺にもできる。風紀委員に頼ることが・・・きっと)」
今の風路は、風紀委員に対する嫌悪感は殆ど無くなっている状態であった。勇路達成瀬台の風紀委員と直に触れ合ったこと、界刺や啄の姿を目に焼け付けたこと、
林檎や臙脂の悩み苦しむ姿を瞳に映したこと、それ等が何時しか風路の心を浄化していったのだ。後は・・・自分が動くだけ。
もうすぐ、『
ブラックウィザード』が『太陽の園』に来る可能性が高いと聞いている。何時までも立ち止まってはいれらない。少年は・・・覚悟を持って
臙脂勇に会いに行く。
「・・・(ソ~)」
「・・・(ドキドキ)」
「ていやっ!!グアッー!!ババかよぉ!!!」
「勇君の負け~」
「勇君って、この手のゲームは弱いよねぇ」
時刻は午後10時を回った頃。『太陽の園』の一室―この教室には電話機も置かれている―でババ抜き勝負をしているのは、臙脂及びその友達2人。
彼等は、夕食と風呂が済んだ後はこうして色んな遊びをするのが日常であった。さすがに午後11時には就寝しなければならないが、それまでは思い切り遊ぶ。
特に、今日は臙脂にとっては内心緊張しまくりの夜なのである。
「(“ゲロゲロ”達・・・遅いな。10時前には来るって言ってたのに)」
「ねぇ、勇君」
「おおっ!?な、何だ!?」
「もう少ししたら・・・この『太陽の園』ともお別れになっちゃうね」
「・・・そうだな。まっ、しゃーねーよ。爺さんだってすっげぇ頑張ってたのはお前等だって知ってるだろ?」
「うん。何時も『節約、節約』って言ってるのに、僕達がこうやって夜に電気を付けて遊ぶことを許してくれてるし」
「明日の夜は皆で盛大にお別れ兼感謝パーティーするけど、そこでお爺さんにありったけの感謝を言おうね!『今まで僕達を育ててくれてありがとう』って!
“ゲコ太マン”お手製のキャンプファイヤーの準備も終わったし。お爺さんにも明日くらいは思いっ切り楽しんで貰わないと!」
3人は、すごく優しい―でも耳が遠いので時々イラッとくる―施設主の顔を思い浮かべる。きっと、自分達の知らない所ですごく苦労していたんだろうと思う。
なのに、自分達と接する時は苦しそうな顔一つ見せなかった。何時も優しそうな笑顔を浮かべていた。
「そうだな!明日は俺が中心になって、爺さんを盛り立ててやるぜ!!それが、せめてもの恩返しってヤツだ!!」
「さすが、勇君!!勇君とは、一時的に預けられる先でも一緒だしね。僕も安心だよ」
「僕も、僕も!」
「お前等・・・!!」
臙脂は、友人達の明るい笑みと自分への信頼を受けて心がざわめき出す。確かめたくなる。
果たして自分は、頼りになる“ヒーロー”で無くても同じ笑みと信頼を向けるに値する男なのか。だが・・・
「(・・・ゴクッ!!・・・・・・あぁ、くそっ!ここまで来て口に出せない自分にムカつく!!)」
言葉に出せない。やはり、恐いという感情がどうしても出て来る。勇ましくない自分に腹が立つ。だから、少年は“ヒーロー”達に助力を頼んだ。
「(“ゲロゲロ”達はまだかな・・・?あいつ等の・・・“ヒーロー”達の力を借りれれば・・・俺は・・・)
ブン!!!
「「「!!!」」」
そんな“甘ったれた”未来予想図は、突如として起きた停電によって消し飛んだ。
「少し遅くなっちまったなぁ。キャンプ地と『太陽の園』が離れ過ぎてるってのがメンドーだ」
「・・・確かに。・・・僕も連日の往復で足がパンパンです」
「免力君~、ガンバ~」
『太陽の園』が停電に見舞われる数十分前、その近辺・・・と言うには離れている道を“ゲロゲロ”・“ケロヨン1号”・“2号”が小走りで移動していた。
「免力も、これで少しは体が鍛えられたんじゃねぇか?」
「・・・だといいんですけど」
「僕も少しは痩せたかな~?どう思う~?」
「「・・・・・・」」
着ぐるみの上からどうやって判断しろと言うのか?少なくとも、あの大食いの仮屋と一緒に食事をすることが多かった“2号”が痩せたとは思えない。
ピピピピピピピピ!!!
「!!!」
「・・・今の電子音は・・・?」
「風路先輩のナップサックからかな~?」
そんな平和的な会話は、ある者達の接近を知らせる電子音で断ち切られた。それが証拠に、“ゲロゲロ”から醸し出される雰囲気が一変した。
「ま、まさか・・・・・・もう来たのか・・・!!?」
「・・・何が来たんですか?」
「『ブラックウィザード』が!!」
「「!!!」」
“ゲロゲロ”がナップサックから取り出したのは、何時も使っている携帯電話。だが、それは
情報販売の手によって改造された特注品。
彼は、『ブラックウィザード』の居所や活動場所を掴むために情報販売から情報を買った。その情報とは・・・電波。“手駒達”を操作している特定の電波。
半径100m以内まで拾えるように改造してあるそれは、“手駒達”が感知範囲内に入れば自動的に電子音(又はバイブ音)を鳴らす仕組みになっていた。
“手駒達”を操作する電波は数多くあるという観点から不確実極まりない探知方法だったが、今回は入手した電波の1つで操られている“手駒達”が含まれているようだった。
「(もし、成瀬台を襲った規模の戦力を持って来てたら俺1人でどうこうできるレベルじゃ無ぇ!!レベルの高いガキ共を拉致して・・・それ以外の奴は・・・殺される・・・!!)」
『太陽の園』には、『置き去り』であるにも関わらず比較的レベルの高い(レベル2~3)生徒が多かった。それは、施設主の粉骨砕身の努力振りが現れていると言っていいだろう。
そこに『ブラックウィザード』は目を付けた。このままでは、レベルの高い子供は拉致された挙句に“手駒達”化、それ以外の子供は証拠隠滅のために殺される可能性が極めて高い。
「(それは駄目だ!!絶対に駄目だ!!あのボウズとも約束したんだ!!俺達があいつの背中を押してやるって!!)」
約束を交わした少年に起こり得る悲惨な結末を、全力で否定する“ゲロゲロ”。そんな結末だけは、絶対に認められない。あの少年を、自分の二の舞にだけはさせたくない。させてたまるか。
「・・・界刺さんや啄さん達に早く連絡を取らないと!・・・・・・つ、繋がらない・・・!!」
「電波妨害を仕掛けてるのか!!・・・・・・」
“1号”の言動から、事は一刻を争う事態になりつつあることを自覚する“ゲロゲロ”。世界は、今まさに彼へ『選択』を突き付けた。
『何で、他の風紀委員とかに通報しなかったの?今だって、できない理由って無いよね?』
何をするべきなのか?
『俺以外に頼れない?嘘付け。お前は、見栄を張ってるだけだ。かつて、自分の懇願を一蹴した連中を二度と信じたくないだけだ。
その原因の一端が、証拠も碌に出せない自分にあることから目を背けているだけだ。本当に恥も外聞も捨てて頼むなら、風紀委員にだってもう一度頭を下げられる筈だ』
誰を頼るべきなのか?
『もし、君が良いんだったら僕が力になるよ!本当になれるかどうかはわからないけど、君達兄妹のために人肌を脱ぐ所存さ。
僕じゃ力になれなくても、僕の同僚なら君の力になれるかもしれない!最後は君と妹さん次第になると思うけど、それまでだったら他人の僕等でも力になれると思うんだ!!』
誰を信じるべきなのか?
『え、えっとそれじゃあ・・・今日の夜に「太陽の園」に来てくれる?』
何を守るべきなのか?
『お兄ちゃんって、ホント心配性だよね』
そんなのは・・・もう決まり切っていた。故に、風路形慈は決断する。己を縛るトラウマという名の鎖を、己の意志で引き千切る。一歩を・・・踏み出す。
「2人共・・・すぐにここから離れろ。そんでもって、どうにかしてこの電波妨害から抜け出した後に応援を頼むんだ」
「・・・風路さん・・・!!」
いざ言葉に出してみれば、思った以上にすんなりと行った。彼は苦笑する。今までこんなことに苦労していた自分。如何に意地を張っていたのかが、如実にわかってしまった。
その苦笑と共に、“1号”・“2号”へ自分の決意を託す。
「このことを・・・・・・成瀬台の風紀委員や界刺さん達に伝えてくれ!!皆が来るまでは、俺が何とか頑張るから!!」
「風路さん・・・!!!それって・・・!!」
「時間が無ぇ!!早く行け!!俺達の存在に勘付かれている可能性もある!!だから!!」
「わ、わかりました!!盛富士君!!」
「うん~」
“ゲロゲロ”が何を抱えているのか、それを“1号”達は知っている。だから、その決断に驚愕し・・・同時に嬉しく思った。
彼の決断を無為にはできない。自分達は自分達にできることをする。これも、ここで学んだこと。通報という自分にとっての最大の抵抗を。
「勇君!!」
「心配すんな!!俺が付いてるからよ!!それに、真っ暗けっけってわけでも無ぇだろ!!」
「星明りのおかげだね。・・・『太陽の園』全体が停電になっちゃってるみたい」
場面は変わる。臙脂達は、突然の出来事にも冷静さを保っていた。『太陽の園』は高地に建設されているため、周囲に他の建物が無い。
つまり、人工的な光が殆ど無いので相対的に星空の光が地表に降り注ぎやすいのだ。少年達は教室の窓から身を乗り出し、施設全体の電灯が消えていることを確認する。
「・・・まさか、お金に困って電気代を納めてなかったんじゃあ・・・!!それか、忘れてたりとか・・・!!」
「・・・有り得る!!あの爺さん、もういい歳だし。俺達にも責任があるよな・・・」
「それにしては、差し止めの時間が中途半端だね」
3人は、今回の停電は施設主が実は電気代を納めていなかったことが起因だと結論付ける。それから十数分後、目も完全に慣れた少年達は今後の行動指針について協議する。
「とりあえず、どうしようか?お爺さんの所に行く?」
「そうだな・・・うん?」
「?どうしたの、勇君?」
そんな時、臙脂は持ち前の視力の良さからある違和感を感じ取っていた。それは、暗闇の中を蠢く何か。それも、1人2人のレベルでは無い。
「誰か居る・・・しかも十人単位で」
「・・・足音も微かに聞こえるね」
「もしかして、“ゲコ太マン”達かな?ドッキリとか大好きらしいし」
「かもね!それか、明日のキャンプファイヤー用の組み木を確認しに来たのかな?」
「(“ゲロゲロ”達?・・・“ゲコ太マン”達も誘ってくれたのか?タイミングが悪いな・・・停電かよ)」
少年達は、“ヒーロー戦隊”の登場を予感する。『太陽の園』に暮らす者以外でここに来るのは、最近では彼等しか居ない。
「・・・ん?あれは・・・“ゲコ太マン”達じゃ無いぞ。それに・・・何かを担いでい・・・」
だが、臙脂は見抜く。目に映る人影達が“ヒーロー戦隊”では無いことを。その直後・・・
ドーン!!!
「「「グアアアアァァァッッッ!!!!!」」」
臙脂達が居る部屋―電話機が設置されている他の部屋も同時に―を幾重もの電撃が貫き、破壊され、屋根が崩落した。
「希杏。間違い無いな?」
「えぇ。これで、電話機は全て破壊したわ。今尚コンセントを抜いていたなんて、さすがの倹約振りと言った所かしら?」
あちこちから粉塵が立ち上る『太陽の園』のグラウンドに居るのは、『ブラックウィザード』のリーダー東雲と幹部の伊利乃。そして、“手駒達”の一部。
彼等は、施設に済む『置き去り』の回収予定を前倒しにしてここに訪れたのだ。
「複数の洗脳能力を行使して『置き去り』達が反抗する力を奪う。電気系能力で連絡網を遮断し、光学系能力で監視網を偽装する。ンフッ、網枷君らしい慎重な策だよね」
「それを警備員の監視網にも使っているしな。あいつらしい慎重な策だ」
今回の作戦で動員している“手駒達”は、主に精神系・電気系・光学系で占められている(他にも視覚系や念動力系は数人含まれている)。
その狙いは、ズバリ偽装である。警備員の監視網を欺くのを例に挙げれば、警備員自体を洗脳し一時的な記憶欠落に陥れる。レーダー等の電子装置は電気系能力で改竄する。
監視カメラ(衛星監視含む)等は光学系及び電気系能力で偽装し、“裏”からの圧力も加えて監視網を突破する。事実、この第19学区に来る道程でそれ等を実行している。
「どうやら、“変人”達は居なかったようね。真慈としては、少し残念だった?」
「・・・別に。俺達の目的は回収だからな。それがスムーズに行くに越したことは無い」
東雲達の視界には、“手駒達”が次々に洗脳状態にある『置き去り』達をトラックに積んでいた。
もちろん、全員を連れて行くわけでは無く、リストアップした子供のみ―視覚系能力で位置を把握済―を運んでいる。
念動力を用いて運ぶ者、抱える者、果ては洗脳されている子供自身が歩いて行く姿もあった。
彼等は、トラックに積まれた後に強制的に眠らされている。一度眠ればその後の覚醒は本人に委ねられるが、反面精神系能力を行使できるストックが元に戻るという利点もある。
洗脳能力は、本拠地への帰還時にも必要となる。もし覚醒した場合は、念動力を操る“手駒達”がすぐ感知する仕組みになっている。
「さすがに、全ての人数を洗脳下に置くことはできないからな。リストアップから漏れた中で洗脳ができなかった子供には、気絶するなり建物の下敷きになって貰ったが・・・」
「・・・別に気にしていないわ。最後に破壊した電話機のある部屋にだってその子供が居た。それをわかっていながら、私は“手駒達”に破壊を命じたわ。
綺麗事だけで、この世界は渡って行けない。それは・・・重々承知しているし」
「そうか・・・」
東雲は伊利乃の応えを受けて気を引き締める。まだ、回収作戦は途上である。どんなイレギュラーが発生するのかは東雲にもわからない。
故に、イレギュラーに対する万全な対応を行うために『六枚羽』も待機させている。そして回収が8割方済んだ十数分後・・・イレギュラー発生の一報が東雲と伊利乃に届く。
東雲達の近くで周囲の監視を行っていた視覚系能力を持つ“手駒達”が声高に叫ぶ。
「東雲様!!伊利乃様!!『太陽の園』へ駆け上がってくるバイクを1台捕捉しました!!」
「本当!?乗り手の格好とかわかる!?」
「はい!!伊利乃様の仰っていた通り、カエルの着ぐるみを身に付けた者です!!」
「真慈・・・!!」
「光学系能力を持つ“手駒達”を使って、スロープから落とせ!!それを乗り越えて来るのなら・・・奴の可能性が高い」
「了解しました!!」
東雲の指示を受けて、“手駒達”は即座に行動を開始する。光学系能力で生み出された目も眩む光が、『太陽の園』まで続くスロープを覆い尽くす。
「
界刺得世・・・かもしれないわね。どうする、真慈?」
「決まっている。俺を害するなら殺すだけだ」
緊張の表情を浮かべる伊利乃と、喜色さえ浮かべる東雲。2人共に、光学対策用の暗視ゴーグルを身に付ける。
「・・・駄目です!!止まりません!!『太陽の園』到着まで、後10秒!!」
「門を通った瞬間にこの光学能力を解除しろ!希杏・・・下がっていろ」
「真慈・・・」
“手駒達”の報告を受けた“孤皇”は、右手に装着している金属製のアームガードにも似た武器の使用を決断する。
名は『武器形成』。警備員でも少数採用されている武器で、最近では“裏”の世界にも出回り始めた学園都市製の兵器である。
各関節部と掌に無数の小さな穴が、腕を覆う部分に大きな穴が開いており、合成樹脂の入ったスプレーを大きな穴にセットすることで中のパイプを通り、全体に広がる。
予め所持者の電気信号
パターンと形状を登録しておくことにより、何時でも任意に各部の穴から合成樹脂が噴出され、硬化することで武器が形成される仕組みとなっている。
高い強度を持ち、登録したパターン次第では鉄を斬るような切れ味を持たせることも出来る『武器形成』から選ぶのは・・・釘。
内部で圧力を高めることで噴出の威力を挙げた釘の大群を、迫る敵に向かって放つ。そして・・・敵は来た。
ドルルルルルルルンンンンン!!!!!
唸り声のような音を立てて『太陽の園』に侵入して来たバイクの搭乗者―暗視ゴーグルを掛けた“ゲロゲロ”―が直後に横っ飛びでしてバイクから離れたのと、
東雲が釘の大群を放ったのはほぼ同時であった。
ドカーン!!!!!
釘の濁流をマトモに受けたバイクが爆発を起こす。その衝撃と熱風に東雲達が気を取られた瞬間に、“ゲロゲロ”は地面に転がりながらも体勢を立て直す。
即座にナップサックから取り出したのは2つの焼夷手榴弾と、液体が入ったペットボトル。
その1つのピンを引き抜き、東雲達・・・では無く東雲達が居る場所から数メートル離れた地点に投擲する。
ドカーン!!!
自分達に向けられたモノでは無い手榴弾に些か疑問を抱くも、その余波を喰らわないように東雲達は咄嗟に移動し、事無き終えた。
だが、移動してしまった。それこそが、“ゲロゲロ”の狙い。独力で『ブラックウィザード』を倒すためでは無い。『ブラックウィザード』から子供達を守るための最善の方法を選択したのだ。
すなわち、もう1つの手榴弾を東雲達が離れた位置にあるキャンプファイヤー用の積み木に向けて投擲する。
ドカーン!!!
手榴弾の爆発に伴い、積み木も燃焼を始める。啄達が気合を入れて作った大掛かりな積み木。そして、ここ数日の天候から湿度は相当低いモノとなっていた。
湿度が低ければ、それだけ木材は燃えやすくなる。火事の要因の1つ。その上、そこへ液体の入った蓋を外したペットボトルも投げ付ける。その液体とは・・・バイクのガソリン。
ブアアアアアァァァッッ!!!!!
ガソリンの投下により、積み木へ一気に燃え広がった炎の柱。それは、仲間を呼び寄せる目印。
如何に光を操作する光学系能力と言えども、上空何百メートルにまで立ち上る火の粉や煙まで偽装できるとは思えない。あの“詐欺師”レベルでは無い限り。
そう予測し、それは見事的中している。光学系能力を持つ“手駒達”は、操作範囲が直径50mにも満たない―且つ繊細な操作には各々でバラツキのある―レベル3の集まりであった。
“手駒達”の中で、光学系能力者の割合は下位クラスであった。実戦においては、念動力系・電気系・発火系・水流系能力者等が重宝されるからである。
今回動員されている光学系能力者は、その数が全員である。“決行”においても、光学系能力者は対象に入っていなかった。“手駒達”の中では、重要度が低いというのがはっきりわかる。
今の“ゲロゲロ”に迷いは無い。自分にできることは、仲間が駆け付けるまで耐え忍ぶこと。自分に求められているのは、時間稼ぎ。故に、頭の被り物を勢い良く取っ払う。
「俺は風路形慈!!『ブラックウィザード』!!テメェ等だけは絶対に許さねぇ!!俺の妹・・・
風路鏡子は絶対に無事に返して貰うぜ!!!」
ここに居る可能性がある―無い可能性大なのを承知の上で―妹の名前を叫び、自分の正体を暴露する。これは兄として、そして男としての一世一代の大勝負である。
「・・・風路形慈?・・・あぁ、鏡子の兄か。まだ野垂れ死んでいなかったのか」
「何だ。“変人”じゃ無かったんだ。風路形慈・・・網枷君が時々『鬱陶しいハエがうろついている』って愚痴ってたわね」
暗視ゴーグルを外した東雲と伊利乃は、風路の宣言に半ば呆れながら自分達に喧嘩を売って来た男に目を向ける。両者共に風路との面識は無い。
何故なら、風路のゲリラ活動は主に“手駒達”とその周囲に居る構成員に行われていたために、リーダーや幹部級にはその刃が全く届いていなかったからである。
“孤皇”は、“手駒達”の報告と風路が取った行動から少なくともこの近辺には風路の仲間は居ない可能性が高い・・・つまりは(偶然を起因とする)単独行動の可能性が高いと判断した。
「テメェ等!!鏡子は何処だ!!?ここに居るんだろ!!?」
「・・・確かにうるさいハエだ。しかも、見当違いも甚だしい」
「んだと!!?」
「ンフッ!あなたがお求めの鏡子なら、ここには居ないわよ?」
「嘘付け!!“手駒達”に陥れたのはテメェ等だろうが!!?ここには、“手駒達”がうようよ居るじゃねぇか!!?」
「ンフフッ!本当にお馬鹿さんだこと。鏡子を無事に助けるって言ってるくせに、自分の愛する妹が“手駒達”になってるって最初から諦めてるんだから。矛盾もいいトコよねぇ」
「な、何・・・だ、と・・・!?」
風路の言葉が揺れた。その隙に、伊利乃が胸の谷間から暗器の1つである匕首を引き抜き風路目掛けて投射する。
「グアッ!!アアアアァァッッ!!!」
すんでの所で回避行動を取る風路であったが、暗闇で視界が悪いこともあってか避け切ることはできず、左腕に喰らってしまう。
着ぐるみの上からであったのでそこまで深く刺さったわけでは無いが、“蹲る”。伊利乃は体や服の至る所に暗器を忍ばせており、これによる戦闘やお仕置きを得意としていた。
「さっきの顔・・・呆気に取られてるって感じだったわねぇ。ンフッ」
「グウウゥゥ・・・!!ま、まさか・・・そもそも“手駒達”じゃ・・・無い!?単なる・・・薬物中毒者として、テメェ等の下に居る・・・!?」
「アタリ♪」
「希杏・・・余り遊ぶな。幾ら電波妨害を含めた監視網を敷いているとは言え、以前に『
シンボル』はその網を突破している可能性が高いんだ。さっさと・・・」
「ってことは!!鏡子は自分の意志でテメェ等の薬物を摂取したって言うのかよ!!?網枷の野郎に騙されたんじゃ無いのかよ!!?」
「・・・本当にお馬鹿さんだこと。論理の過程がスッ飛んでるわ」
東雲の急かしの声に覆い被さるかのように―否、“覆い被せた”―風路が絶叫する。その支離滅裂さに、伊利乃は哀れみの視線を向ける。
冥土の土産代わりに、この愚かな兄に真実を告げてやるくらいはいいのかもしれない。どうせ、すぐに殺すのだから。これは、鏡子に対する丁度良い土産話にもなりそうだ。
「ど、どういうこった!!?」
「妹を奪われた余りに、頭がイカれちゃったのかしら?確かに、鏡子を陥れたのは網枷君よ?彼が鏡子を騙して薬物を摂取させたわ。
でもね。別に“手駒達”にしなくたって戦力にはなり得るわよ?私達の命令に逆らえない方法は他にもある」
「まさか・・・薬の中毒か!!?」
「その通り。鏡子は中々に有能な『家族』よ?私も可愛がってあげたこともあるし。ハッ!!」
「グハッ!!!」
「まぁ、こんな可愛がりの仕方じゃ無いけどね?ンフッ」
風路の顎に蹴り上げる伊利乃は、兄の最期を看取るために髪に付けていた小さな簪を手に取る。これも暗器の1つであり、彼女は風路の首筋に突き立てるつもりなのだ。
「そんなモンが・・・ウッ!!?」
「これは・・・念動力。真慈・・・」
「さっさとしろ。これ以上の時間の浪費は許さん」
「はいはい。わかりましたよー」
「く、くそっ・・・!!」
東雲の指示で、念動力を操る“手駒達”の力で風路の動きを封じる。『置き去り』の回収がほぼ終わったために、伊利乃の援護に回したのだ。これで、風路には為す術が無くなった。
「さぁて、何か言い残すことはある?鏡子に伝えてあげてもいいわよ?但し、10秒以内で」
伊利乃が告げる死の宣告。それを受けて、為す術の無い兄は・・・
「・・・それじゃ、これだけ伝えといてくれよ」
笑みを浮かべていた。その態度に伊利乃が危機感を抱いた瞬間・・・兄から妹に向けられた誠心誠意が込められた言葉が放たれる。
「『皆で必ず助けに行くから、安心して待っていてくれ』ってな」
ドーン!!!ドーン!!!
「キャッ!!?」
「何っ!!?」
東雲と伊利乃を襲った衝撃波。それは、『太陽の園』から約600m近く離れた上空から放たれたモノだった。
衝撃波自体はまともに浴びなかったものの、伊利乃は風路から離れてしまい、風路を縛っていた“手駒達”は衝撃波の余波をまともに喰らってしまった。
結果風路―少し前から『音響砲弾』による念話回線が繋がれていた―は念動力の呪縛から解き放たれ、その場を離脱して行く。
「(この監視網を潜り抜けて来た・・・か。ということは・・・来たか・・・!!)」
『太陽の園』は高地にあるために、電磁波レーダーや視覚系能力による監視を行う“手駒達”の配置図は必然的に『太陽の園』内部となる。
何故なら、外部(=スロープ状の道路)では低地となるため能力者を中心とした監視網に凹凸が発生するためである(この問題は、視覚系能力者が当て嵌まっていた)。
それをカバーするために近隣に電磁波を放つ監視用の装置を置いていたが、逆に言えば装置では能力者の干渉を100%感知することはできない。
すなわち、『シンボル』に所属する
月ノ宮向日葵の能力『電撃使い』によって装置から放たれる電磁波を逸らしていたのだ。
電磁波によるレーダーは、対象物に電磁波が当たり、それが反射して初めてレーダーとして機能する。ならば、反射しないように電磁波に干渉すればいい。
月ノ宮は電撃系能力を不得意としていた。これは、単純に威力のある放電現象を起こすことを苦手としているということである。
その一方で、磁力や電磁波関係の操作には秀でていた。彼女は、集中力を高めれば視力内で電磁波や磁力線を視認することができるため、
該当の電磁波が機械によって生み出されたものか能力者の演算によって生み出されたものかの判別を付けることができる。
よって、能力者が発生させた電磁妨害・監視網は『太陽の園』を範囲に納めながら、それを中心に半径280mの球状網が周回していることが判明していた。
これは、月ノ宮自身の視力上昇を促した『光学装飾』と併用して可能にしたものである。
実は、月ノ宮は網枷が『書庫』にて唯一調査することができなかった『シンボル』のメンバーであった。
月ノ宮(+界刺)と焔火の邂逅の折に網枷は同席せず(他の176支部メンバーも焔火達の会話、特に月ノ宮が『シンボル』へ加入するくだりは全く聞こえておらず、
焔火自身も直後に固地への頼み込みに向かい、その翌日から数日間178支部へ出向して厳しい指導を受けていたのですっかり失念していた。
つまりは、仲間達にも話していなかった。その結果が、界刺宅への訪問の際に椎倉達の反応である)、
椎倉達の計略もあってその事実を知ったのは焔火を自白させた時である。その自白でも、『月ノ宮は常盤台(=レベル3以上)の「電撃使い」』という情報しかわからなかった。
『電撃使い』は、その多種多様さから何ができて何ができないのかを判別するのがとても難しい能力者である。よって、月ノ宮は“辣腕士”の不安材料の1つになり得ていたのだ。
同時に、装置に付随していた赤外線を傍受する機能も『光学装飾』で自分達から発せられる赤外線の波長等を減衰・偏向させ、
自然界に存在する赤外線をも操作することでノイズを引き起こし、傍受機能を無効化していた。更には、周囲の僅かな可視光線すら偽装し接近する姿を隠蔽していた。
「(『シンボル』・・・もしくは風紀委員達・・・!!あるいは・・・その両方!!)」
しかし、実質的に500m以上の監視網が構築されていた上に光学操作による偽装も施されていた。偽装への干渉は、即座に“手駒達”が看破する。
風路が仕掛けたキャンプファイヤーの目印は隠し切れないが、それ以外は外部からの目視を封じていた。なのに、どうして風路達の正確な位置がわかったのか?
それは、『光学装飾』の進化。約2ヶ月掛けて制御範囲の移動や拡大に力を注いだ結果、半径250mだった知覚・制御範囲は半径300mにまで拡大した。
しかも、その球(範囲)を自身が含まれていることを条件に移動させることも可能にしたのだ。これによって、最大600m先まで能力を及ぼすことができるようになった。
“手駒達”による500m以上の電波監視網外からの把握も、月ノ宮の視力上昇も、『音響砲弾』と『拳闘空力』を正確に誘導できたのも、ひとえにこの努力の賜物である。
そして、如何に光学操作で可視光線の偽装を施しても、人間や物体から放たれる赤外線の偽装まではできていなかった。
理由は、光学系能力を持つ“手駒達”は全員ある一定のレベルを超えると可視光線と赤外線の併用ができなくなるから。
『光学装飾』による観測でそれを看破し、上空に立ち上る火の粉と煙も手伝ってすぐさま林檎に風路の位置情報を伝えた。
林檎は目視で無くとも位置情報さえ理解していれば念話回線を繋ぐことができる。そして、『太陽の園』の全体図は林檎の頭の中に収められていた。
『光学装飾』による誘導も手伝い、見事風路との回線を繋ぐことに成功したのだ。この現実が、薬で無理矢理強化された“手駒達”との差。
彼等は、広大な『太陽の園』を覆い隠す可視光線の操作を実行するのが精一杯で、赤外線にまで作用を及ぼせなかった。
これが『光学装飾』なら、赤外線を含めた偽装は実現可能である。薬によって無理矢理引き上げられた能力と、努力と研磨によって極められた能力。
どちらに軍配が上がるのかは・・・火を見るよりも明らかである。
ドドン!!!
瓦礫からの子供達救出のために『太陽の園』へ降り立つ者達―不動・水楯・形製・春咲・林檎・免力・盛富士・勇路・押花―とは別に、
いずれもカエルの着ぐるみに身を包んだ者達が念動力によって浮かんでいる空中から東雲や伊利乃達を見下ろしていた。
“ゲコ太マン”が吠える。
「許さん・・・許さんぞ!!『ブラックウィザード』!!!」
“ゲコ太マスク”が決意する。
「必ずや、この手で罪無き子供達を救ってみせるでござる!!!風路殿!!よくぞ持ち堪えられた!!!」
“ゲコ太”が歯噛みする。
「こうなる前に何とかしたかったけど・・・なっちまったもんはしょうがねぇ。俺達の手でひっくり返してやる!!!」
“ゲコっち”が怒りの視線をぶつける。
「絶対に許せない・・・いえ・・・許さない!!!」
“ゲコゲコ”が緊張を隠しながら目を見開く。
「私がここに居る意味を・・・絶対に示してみせる!!!」
“ゴリアテ”が“シリアスモード”に変貌する。
「誤って殺しちゃうかもしれないねぇ・・・!!!」
“ゲコイラル”が宣言する。
「“ゲコイラルラッシュ”の真の力で、必ず子供達を取り返す!!!」
“ゲルマ”が背負った重責をしっかり受け止める。
「あれが『ブラックウィザード』のリーダー・・・
東雲真慈か。さて・・・」
そして・・・
「東雲真慈!!!」
カエル軍団の中心、“ゴリアテ”の背に乗り<ダークナイト>を両手に携える“ヒーロー”が“孤独を往く皇帝”に向けて言葉を放つ。
「その声・・・ククッ、久し振りだな。界刺得世!!!」
「いんや!俺は界刺得世じゃ無いぜ!!」
「何・・・!?」
“孤皇”の訝しむ声に、“ヒーロー”はしたり顔(着ぐるみなのに)で応える。そう、今空中に浮かんでいるのは『シンボル』でも風紀委員でも無い。その正体とは!!
「俺は“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』のNo.11!!“詐欺師ヒーロー”の“カワズ”だ!!!んふふふっ・・・おいでませ、悪党共!!!歓迎するぜ!!!」
continue!!
最終更新:2013年03月06日 18:29