「東雲様!!カエルの着ぐるみを着た正体不明の人間達がこち・・・ザザッ・・・ザッ・・・・・・」
「真慈!!」
「さっきの別働隊の狙いはこのトラックじゃ無い・・・『六枚羽』を格納していたトラックか!!」
それは、東雲が持つ通信機から聞こえて来た“手駒達”の悲鳴にも似た報告。『六枚羽』を格納していた大型トラックに搭乗していた人形達が、“ヒーロー戦隊”に襲撃された事実。
東雲達と同じく『太陽の園』近辺に待機していたそのトラックは、『六枚羽』を解放した後に離脱に移っていた。
いずれ『六枚羽』を秘密裏に格納するために、この戦場に留まってはいられない。これは、作戦通りの行動。だが、その途中で敵に捕捉された上に襲撃された。
通信も電波妨害によって途絶えた。この迅速な行動ぶりは、最初から『六枚羽』を格納していた大型トラックに狙いを絞っていなければ為し得ない動きである。
「だが、無駄足だ。捕捉される可能性を全く考慮していないわけじゃ無いからな。あのトラックはあくまで『六枚羽』を運搬するだけのモノだ。整備用の機具も然程積んでいない」
「そ、そうね。あっちに残ってる資料で私達の本拠地に繋がるモノは存在しない。トラック自体も、こっちと同じように偽装して来たんだし」
東雲と伊利乃は、許容範囲内の事象に冷静な思考を保つ。本拠地を出発した際に、自分達が乗ってるトラックに随行していた『六枚羽』格納トラック。
当然、光学・電気・精神系“手駒達”の力で偽装していた。故に、あのトラックから『
ブラックウィザード』の本拠地を悟られる恐れはまず無い。
「そうだな。『六枚羽』には、マッハ2.5とステルスを存分に活かして貰うとしよう」
「えぇ」
東雲は、『六枚羽』単独の超高速離脱を決断する。もちろん、自分達の安全が確保されてからだが。
ピカァッー!!!
「「!!!」」
そんな彼等の冷静沈着な思考を狂わせるために、“詐欺師ヒーロー”はこの場における“切り札”を切る。
「<“ゴリアテ”様!!行くぜ!!>」
「うん!!」
“ゴリアテ”の『念動飛翔』と自身の『光学装飾』の組み合わせで、『六枚羽』と何とか渡り合って来た“カワズ”。
本来であれば、この組み合わせに<ダークナイト>の『閃熱銃』を加えれば『六枚羽』を撃墜することは可能であった。だが、“それでは駄目だ”。
この場における最優先するべき事柄は、『「六枚羽」を撃墜すること』では無い。『「六枚羽」をできるだけ引き付けた上で飛行不可能状態にしないこと』が求められていたのだ。
故に、『六枚羽』に負わせた損傷は“ゴリアテ”が放った空気圧弾による軽傷のみである。その理由とは?それは・・・後に明かされる。
ドドドドドドドドド!!!
『六枚羽』の機銃が火を吹きながらも、ドップラー・ライダー等の探知能力と偽装能力をフル活用して危うくかわしていく2人の“ヒーロー”。
直後、今まで温存していた『送受棒』最大出力で数多の電波を放出し、少しでも『六枚羽』の電磁波レーダーにノイズを走らせる。
電気系“手駒達”による干渉を受けながらも、ほんの少しだけ『六枚羽』の挙動が鈍る。その隙を、今度こそ逃さない。砂鉄を含んだボールがまともに当たらない位置取りを確保し・・・
「(今!!!)」
ドッ!!!
ギッ!!!
<ダークナイト>の先端から高速射出されたのは『閃熱銃』・・・では無く『樹脂爪』であった。
『演算銃器』と同じ性質を持つこの機能によって合成された樹脂でできた鉤爪が、『六枚羽』の機体上部―空気圧弾によってできた軽傷部分―にその一部を食い込ませる。
全てを食い込ませなかったのは、さすがは『六枚羽』と言った所。このまま『樹脂爪』を『六枚羽』に食い込ませていては、『六枚羽』の出力で“カワズ”が振り落とされてしまう。
そのため、ワイヤーの先端付近に装備されている微細なカッター群を機動させ、振動も加味させることでワイヤーと鉤爪を切り離す。
「<よしっ!!“成功だ”!!“ゴリアテ”様!!後少しだけ踏ん張ってくれ!!>」
「わかった!!」
そんな傍目から見れば失敗にしか映らない結果を“成功”と断じる“カワズ”は、ワイヤーを巻き取りながらとっておきの“切り札”を切る。
ピカァッー!!!
それは目印。操作範囲内ギリギリに居る東雲達の頭上に、特大の光球を浮かべる。
「<お膳立てはしたぜ!!ここらでビシっと風紀委員の意地ってヤツを東雲に見せ付けてやれよ!!!>」
自分達は『六枚羽』を引き付けておくためにも動けない。だから、東雲達に拉致されつつある子供達を救い出す役目を風紀委員達に託す。
一時とは言え、同じ“ヒーロー戦隊”の一員として行動を共にした“ヒーロー”達に。
『例えば、俺が通っている
成瀬台高校の風紀委員達は皆バカで、暑っ苦しくて、でもいざって時は一致団結する男ばっかりだぜ?』
かつて風路に言った言葉は嘘では無い。
界刺得世は自身が通う成瀬台の風紀委員を信頼していた。そして・・・その信頼に応える漢の声を『赤外子機』越しに耳にした。
「応とも!!!我輩達の勇姿、とくとその眼(まなこ)に焼き付けよ!!!」
それは、喩えるなら筋肉の車。立ち塞がるもの、障害となるものを全て木っ端微塵に蹴散らす肉の戦車。
それは、喩えるなら“剛”の極み。仕掛け・小細工一切関係無しに問答無用で踏破する筋の結晶。
マッスル・オン・ザ・ステージと対を為す剛力演舞を披露する“ダルマヒーロー”―“ゲルマ”―こそ、筋肉の神に愛された漢。
神の祝福を受けた人間に敵う者などこの世に存在しない・・・筈である。
「・・・・・・ォォォォォォォォオオオオオオオオオ!!!!!」
人を抱えながら20mも跳び、100mを3秒台で駆け抜けると謳われている脚力を発揮し、
“ゲコイラル”・“ゲコっち”・“ゲコゲコ”をその背に乗せる“ゲルマ”は廃ビルの屋上を驚異的なスピードで駆け抜け、跳び移って行く。
どうしても届かない場合は“ゲコゲコ”の『念動使い』で届かせる。電気系“手駒達”の電磁波レーダーは、“ゲコっち”の『電撃使い』で可能な限り混乱させる。
“カワズ”が生み出した光球に突き進むこちらの動きは、『ブラックウィザード』にも伝わっているだろう。
“ゲルマ”が弾き出している尋常では無い速度も把握している筈。故に・・・そこを狙う。“切り札”であり“最終手段”でもあるとっておきの必殺技を。
そのためにカエルの着ぐるみを着用し―“ヒーロー戦隊”になり切り―、『ブラックウィザード』にこちらの正体を明かさなかったのだから。
「まだ界刺の操作範囲内か!!!運転手!!速度は緩めるな!!敵の思う壺だ!!光学系“手駒達”の総力で『光学装飾』の干渉を防いでいる!!そのまま突っ切れ!!」
「『六枚羽』はまだ界刺を墜とせないの!?くそっ・・・!!あなた達!!このトラックに猛スピードで接近している別働隊の動きを絶対に見逃しちゃ駄目よ!!!」
「「「はっ!!!」」」
自分達に迫る危機に苛立ちを覚えながらも、東雲と伊利乃は“手駒達”へ的確な指示を出す。
“手駒達”でもあるトラックの運転手にも、東雲達と同じ暗視ゴーグルを身に付けさせている。必要以上の光を遮断できるこの機器なら、この光球でも目が眩むことは無いだろう。
だが、その必要な光さえをも操作できるのが『光学装飾』である。暗視ゴーグルの機能の1つである赤外線による暗視にも干渉できる『光学装飾』を、光学系“手駒達”の総力で防ぐ。
また、電気系及び視覚系“手駒達”の能力でこのトラックの猛烈な速度で近付いている複数の人間を発見した。それは、先程『六枚羽』格納トラックを襲撃したと思われる別働隊。
念動力の補助も活かしたショートカット走法を実現している存在を迎撃するためにも、その位置や叩き出している速度を把握しておかなければならない。
「希杏!!接近している別働隊を迎撃し、連中の反抗の牙をへし折る!!そして、『光学装飾』の操作範囲外に一気に離脱する!!」
「えぇ!!さっき指示した通り、念動力と電撃の波状攻撃で迎え撃つわよ!!隙があれば洗脳して、
焔火緋花のように人質にしちゃいなさい!!」
「「「了解!!」」」
東雲は『武器形成』を、伊利乃は暗器を構え、他の“手駒達”も各々の能力を発動する準備を整える。
「もうすぐ姿が見えます!!出て来るのは・・・あのビルの屋上から!!」
視覚系“手駒達”が、別働隊の最接近を喚起する。緊迫した空気が流れる。そして・・・悪者から罪無き子供達を救うべく“ヒーロー”達がその勇姿を見せる。
「「「「オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!」」」」
屋上から大型トラックへ跳んで来たのは、“ゲルマ”・“ゲコイラル”・“ゲコっち”・“ゲコゲコ”。
彼等は、跳び降りた勢いそのままにこちらへ向かって来る。念動力も作用しているためか、東雲達が乗るトラックへ一直線である。
「やれ!!」
「やりなさい!!」
東雲と伊利乃が“手駒達”に指示を出したのは同時であった。主の指示を受けた“手駒達”は、敵を迎撃せんがために己が能力を発動・・・
「“ゲコイラルラッシュ”!!!!!」
グン!!!!!
「「「「「!!!??」」」」」
できなかった・・・あるいは発動したが空振った。原因は、“ゲルマ”の真後ろに陣取っていた“ゲコイラル”が発動した必殺技・・・“ゲコイラルラッシュ”による急加速に尽きる。
“ゲコイラル”は、体の一部に噴射点を作り自身の体をロケットのように飛ばす『空力射出』の最大出力―普段は無意識の内に力をセーブしている力を意識的に解放―を発現したのだ。
これは、かの殺人鬼との戦闘の際に176支部の斑がリーダーである加賀美に『空力使い』による噴射点を設置したのと類似した危険な行いである。
しかし、この危険な行いは今回に限り危険では無かった。理由は2つ。1つ目は“ゲオウ”の存在。“ゲコイラル”は、発現させた全力で噴射点に設定した右足の腱が断裂直前状態になった。
だがしかし、“ゲオウ”の『治癒能力』ならばその程度の負傷は速攻で治療可能である。“ゲコっち”と“ゲコゲコ”は、“ゲコイラルラッシュ”発現前に“ゲルマ”から離れているため被害は無い。
もう1つは“ゲルマ”の頑強な筋肉と『筋肉超過』。“ゲオウ”と同じく絶大な自然治癒力と筋肉を誇る“ゲルマ”なら、“ゲコイラルラッシュ”の全力に耐え切れる。
そう予測し、その予測通りになった。“ゲコイラルラッシュ”の勢いそのままに、“ゲルマ”はトラックの荷台に激突する。
ガン!!!!!
「グッ!!?」
「キャッ!!?」
東雲と伊利乃が驚愕する中、激突の衝撃でトラック自体が転倒しそうになる。ここで、東雲達が予期せぬ事象がもう1つ発生する。
ガチャ!!!
東雲と伊利乃の安全を最優先するようにインプットされている“手駒達”―ここでは念動力系“手駒達”―が、反射的に荷台と車部を繋げていた接続機器を解錠した。
先程の衝撃でトラック全体に掛けていた念動力が途切れてしまったのだ。これもまた、薬で無理矢理強化された“手駒達”の限界。
この現状でトラック自体が転倒してしまえば、東雲と伊利乃を運ぶ大事な『足』が使用不可能になってしまう危険性が大である。
“手駒達”の念動力では、猛烈な速度など叩き出せるわけが無い。このトラックは絶対に必要。そのためなら、荷台内の子供達は切り捨ててもいい。全ては東雲と伊利乃のため。
荷台自体は、改めて念動力を掛けることで回収すればいい。そう“安易に”判断した手駒達は車体の安定にまずは集中する。
ガガガッッ!!!
荷台が地面に叩き落される。衝撃による車体の揺れを何とか抑えた“手駒達”が荷台に念動力を及ぼそうとする・・・が!!
ビュン!!!
その直前に“ゲコゲコ”と“ゲコっち”が飛来、荷台を“ゲコゲコ”の『念動使い』で支配し、“手駒達”の念動力を排除する。
実は、この直前に衝撃からいち早く立ち直った精神系“手駒達”2名が“ゲコゲコ”達4名を洗脳するべく能力を行使したのだが、いずれも洗脳を更なる洗脳で塗り替えられた。
“ゲコゲコ”達4名は、『
シンボル』の“参謀”
形製流麗の『分身人形』による“保険”―通常状態に戻り、それを維持する―を掛けていたのだ。
「“ゲコイラルラッシュ”!!!!!」
右脚に走る激痛に耐える“ゲコイラル”が、この場から即刻離脱するために筋肉断裂を覚悟しながら左足を噴射点とした全力の“ゲコイラルラッシュ”を発動する。
“ゲルマ”越しに数十名もの子供達が乗っている荷台に発動するために、先程のような急加速はできない。
よって、荷台の片隅に手を掛けている“ゲコっち”と“ゲコゲコ”も今度はその圧力に耐え切られる。
“ゲルマ”への負担は相も変わらず凄まじいが、“ゲルマ”自身は気丈に己に宛がわれた役割を遂行する。
ドン!!!!!
発動した“ゲコイラルラッシュ”で空中に跳び出した荷台と“ヒーロー”達は、念動力によってその場から離脱して行く。
悪党である『ブラックウィザード』の電気系“手駒達”が、慌てて“ゲルマ”達を撃ち落そうとするが・・・
ヒュン!!!
様子を『光学装飾』で観察していた“カワズ”が光学系“手駒達”の総力―先程の衝撃で『光学装飾』への干渉が弱まっていた―を振り切って、
暗視ゴーグル越しに電気系“手駒達”の瞳に映る姿を“ヒーロー”達では無く主である東雲と伊利乃に切り替え、攻撃を躊躇わせる。
“ゲルマ”達の突貫で電磁波レーダー展開を中断してしまった、これも電気系“手駒達”の限界。
この数十秒後、“カワズ”と“ゴリアテ”は『六枚羽』との戦闘を中断し、戦闘空域から離脱する。
それは、“ヒーロー戦隊”『ゲコ太マンと愉快なカエル達』の『置き去り』奪還作戦が成功したこと―『ブラックウィザード』の『置き去り』回収作戦が失敗したこと―を意味していた。
「・・・『六枚羽』を離脱させろ。早急に車両変更ポイントへ向かう。光学偽装展開!!周囲の監視も怠るな!!」
「真慈・・・!!」
「『太陽の園』から戦闘音が聞こえなくなっている。殿として残した“手駒達”は鎮圧されたと見て間違い無い。今から引き返せば袋叩きだ。ここがデッドラインだ・・・希杏」
「・・・・・・くそっ!!」
荷台を積んでいた場所に佇む『ブラックウィザード』のメンバー。リーダーである東雲は作戦の失敗を認め、伊利乃は歯噛みする。
ここから再び『置き去り』を回収するにはリスクが大き過ぎる。『太陽の園』に残っている者達と合流した“詐欺師”達が罠を敷いている可能性が大である。
増援部隊を呼んでいない保証は無い。『六枚羽』という大きな戦力を持っているとは言え、血気に逸って突っ込むのは避けなければならなかった。
「『六枚羽』の損傷具合は!?」
「損傷は軽微です!界刺得世と思われる着ぐるみが放った合成樹脂で形成された鉤爪の一部が機体上部に食い込んでいると『六枚羽』の分析にはありますが、
食い込んだ場所の都合上飛行そのものには全く影響はありません!!」
「・・・・・・その食い込んでいる合成樹脂から電波や赤外線のようなモノは発信されているか?もしくは、『六枚羽』自体に念動力が掛かっていないか?」
「・・・・・・いえ!!『六枚羽』及び私達の能力による調査では、あの合成樹脂から電磁波及び赤外線は放出されていません!!
念動力については、『六枚羽』をこちらに近付けなければ調査はできませんが・・・」
「そうか・・・わかった。離脱前に『六枚羽』をこちらへ接近させてすぐに確認しろ!!」
「はっ!!」
「・・・界刺が私達の本拠地を掴むために工作している可能性を疑っているのね?」
「あぁ。奴が、その辺りのことを考えていないわけが無いからな。だが、先程までの戦闘を見る限り、奴も今回の事態を完全に予測していたわけでは無い。
だから、場当たり的と言っていい程の綱渡りの最中に何かを仕掛けることが精一杯だろう。その精一杯を今ここで全て晒け出させ、排除する!!」
東雲と伊利乃は、自分達の本拠地を悟られる危険性の確認・排除に取り掛かる。
程無くして、『六枚羽』に念動力が掛かっていないことを確認できた。念のために、食い込んでいる鉤爪の一部も念動力で排除した。
「・・・・・・いいだろう。今度こそ『六枚羽』を離脱させろ!!」
「はっ!!」
「・・・一度見たものなら何時何処においても視認することができると言った余程特殊な能力者でも無い限り、『六枚羽』を含めたこちらの動きを追跡することはできない。
そんな可能性まで考慮していたら、作戦の立てようが無い。希杏。俺の考えは間違っているか?」
「いえ。真慈の考えは間違っていないわ。自信を持って。・・・今回の失敗で今後『置き去り』の回収は困難になるわね」
「成功・失敗関係無く、今後の『置き去り』回収は難しくなっていた。網枷も言っていただろう?『もしバレているのならどっちみち一緒だ』と。
成功するに越したことは無いが、失敗した所で結果は同じだ。『置き去り』の回収は今後困難になるという結果はな。希杏。俺の考えは間違っているか?」
「・・・いえ。真慈の考えは間違っていないわ。・・・ありがとう、真慈」
ついさっきのやり取りをわざと反復することで気持ちを切り替える伊利乃・・・そして東雲。リスクがあるのは元より承知の上。その上で示したかった。己が『力』を。
「奴はこれで『力』を示した・・・か」
周囲の監視を徹底しながらトラックが猛スピードで疾走する中、“弧皇”は独り思考に耽る。
碧髪の男が示した『力』を、世界という名の巨大な『力』の片鱗を今一度整理するために。
「皆~、お疲れ様~」
「・・・・・・軽いな」
「・・・・・・軽いですね」
「・・・・・・軽いよね」
「・・・・・・軽過ぎませんか?」
「・・・・・・軽いなぁ」
「・・・・・・何だ、そのリアクションは?こちとら、仮屋様と一緒に『六枚羽』を相手取ってたっつーのに」
「お腹空いた・・・(バリバリ)」
『太陽の園』に“二度目”の帰還を果たした“カワズ”は、不動・水楯・形製・月ノ宮・春咲の妙なリアクションを受けて不平を零す。ちなみに、仮屋は早速お菓子の袋を開けた。
「だって、ここに帰って来てそうそう真珠院を連れ立ってもう一回飛んで行くし。『六枚羽』が再び来る可能性も0じゃ無いのにさ。
真珠院の『念動使い』じゃあ、『六枚羽』の機動性に対抗できないのはわかってるよね?こっちがどれだけ心配したと思ってるのさ、バカ界刺?」
「あぁ~・・・そりゃ悪かったな。まぁ、こっちもその可能性を考慮して慎重に動いてたんだけどな」
形製の的確な指摘に“カワズ”も素直に謝罪(+言い訳)をする。話題に挙がった真珠院は、先んじて他の者達と合流して貰っている。
「全く・・・お前という奴は。・・・とりあえず、状況をもう一度整理するからお前も来い!!増援・・・と呼べるかは知らないが“追加”もお前を待っている!!」
「へいへい。・・・とその前に。林檎ちゃん?桜とは、ちゃんと向き合えたのかい?」
<・・・・・・>
「・・・・・・」
“カワズ”が念話通信と傍に居る仲間に向けて言葉を掛ける。
春咲林檎・・・そして
春咲桜・・・救済委員事件を契機に顔を合わせなくなった姉妹に。
『林檎ちゃんが得世さんと一緒に!!?ど、どうしてそれを早く教えてくれないんですか!!?』
『林檎ちゃんが“今”は君に会いたく無いってさ。“今”のまんまじゃ、桜に合わせる顔が無いっていう理由で』
春咲が“カワズ”と林檎が共に行動していることを知ったのは、“カワズ”と合流して『太陽の園』に向かっている最中であった。
ずっと妹の帰りを待ち、妹の健康等を心配していた桜にとっては“カワズ”に対して正直な所腹立たしい気持ちを抱いた。
しかし、林檎の真意を聞いてからは何も言えなくなった。妹が自分に対して申し訳無く思っていること、甘ったれた己を変えるために“カワズ”を頼ったこと、
“ヒーロー戦隊”の活動を通じて、本人の努力もあって少しずつ変わり始めていることを知った。
姉にもう一度正面から向かい会うために頑張っている妹の行動を・・・当の姉が否定できるわけが無かった。
<仕方無いのはわかってるけど・・・ちょっと早いよ、お兄さん>
「・・・今の俺の心情としては、さっさと懸案事項を解決したい気持ちで一杯なんだよねぇ。
今夜中にできる限りのケリを着けるつもりだし。せめて、解決に繋がる道筋だけはキッチリ敷いておかないと」
「・・・得世さん。林檎ちゃんとは、“手駒達”を鎮圧した後に面と向かい合って話しました」
「そう」
「林檎ちゃんはまだ会いたく無かったみたいですけど・・・私が無理矢理に。会いたい気持ちを抑えられなくて・・・」
<・・・桜って、やっぱお兄さんの言う通りだよ。やることが過激というか・・・>
「か、過激なんかじゃ無い!!」
妹の指摘に対して、姉は必死に否定する。自分は決して過激なんかじゃ無い。以前も“カワズ”に何回か言われたが、本人的には絶対に否定したい事柄だ。
<・・・クス。ねぇ、お兄さん。桜には・・・一応謝ったよ。こうなった以上、先延ばししても余り意味無いし>
「・・・一応なんかじゃ無いだろ?ちゃんと・・・心から謝ったんだろ?」
<・・・わかんない。でも・・・精一杯謝った・・・とは思う>
姉の過激な行動(姉は否定)で面と向かい合う事態になり、林檎も腹を括った。自分が変われたかどうかはわからない。自信など無い。
本当に“今”の自分が会っていいのか?きちんと、心の底から謝罪の念が込められた言葉を述べることができるのか?重ねて言う。自信など無い。
『桜・・・・・・ご、ごご・・・・・・ごめんなさい!!!』
『林檎ちゃん・・・!!!』
その上で、春咲林檎は春咲桜と相対した。謝った。頭を下げた。“今”の自分にできる最大限の謝罪を行った。
この直後に“カワズ”達が“一度目”の帰還をしたために、林檎の謝罪に対する春咲の返事はまだの状態であった。だから、春咲は今この時に返事をする。
「林檎ちゃんは、心の底から謝ってくれました。それは、謝られた私が一番良くわかっています」
<桜・・・>
「林檎ちゃんの気持ちは、私なりに理解したつもりだよ?・・・私も林檎ちゃんもまだまだ成長中ってことだよ」
<成長中?>
「そう。得世さんとも話したんだけど、林檎ちゃんの・・・その・・・甘い性格は完全には直っていない・・・と思う。私も変わるのにかなりの紆余曲折を経たから」
<・・・>
「でも・・・林檎ちゃんの『変わろうとする意志』はすっごく伝わって来たよ?それが林檎ちゃんの納得し得るレベル・・・つまり最善の結果に結び付いているかどうかは怪しい。
きっと、まだ満足できるレベルには達していない・・・とは思う。それは、林檎ちゃんが一番良くわかってると思う」
<・・・うん>
「だからさ・・・一緒に頑張らない?」
<!!!>
妹の努力、すなわち過程を認めた姉は共に歩むことを提案する。最善の結果に辿り着くために。姉妹一緒に『目的』を果たすために。
「林檎ちゃんは、自分を変えるためにボランティアをしているんでしょ?私もそう。『シンボル』に居るのも、元はボランティアとして参加していることだし。
もちろん、『シンボル』の人達は大事な仲間。これは、林檎ちゃんに『シンボル』へ入ることを薦めているんじゃ無い。ボランティアには色んな種類がある。
施設へボランティアとしてお手伝いに行くことも1つの方法。他にも色々ある筈。私は、停職期間中に色んな経験を積みたいの。風紀委員の時に積めなかった色んなモノを」
<で、でも・・・>
「・・・林檎ちゃんがやったことを許したわけじゃ無いよ?私は・・・“まだ”林檎ちゃんを完全には許していない・・・と思う。『許したい』って気持ちは確かにある。
でもね・・・心の何処かには『まだ許せない』って気持ちも・・・ほんのちょっぴりはあると思うんだ」
<・・・・・・だろうね>
如何に春咲桜が心優しき少女だとしても、如何に春咲林檎が己の妹だとしても、受けた苦痛は完全には消え去らない。少なくとも、この短期間の内には。
人間とは、そう簡単に全てを割り切ることは中々できない生き物である。だから悩み、苦しみ、乗り越え、成長できる可能性を秘めた生き物でもある。
「だからこそ!!私は、林檎ちゃんを許せるくらいでっかい女になりたいの!!それくらいじゃ無いと、得世さんを振り向かせることはできないと思うし!!」
<ブッ!!・・・お兄さんから聞いたけど・・・・・・あたしが言うのも何だけど・・・・・・大変だね>
「大変なのはわかってる!!大変だから、やりがいがあるってモンだよ!!」
<・・・・・・変わったね、桜は。本当に・・・変わった。・・・・・・羨ましいな>
「だったら、一緒に行こ!!あー、もう!!つべこべ言うな!!言い訳も何も無い!!私は林檎ちゃんのお姉ちゃんだよ!!お姉ちゃんがどれだけ林檎ちゃんを心配したと思ってるの!?
私は林檎ちゃんと一緒に歩きたいの!!何時か・・・躯園お姉ちゃんとも一緒に・・・三姉妹揃って歩きたいの!!だから・・・だから・・・私に付いて来なさい!!!」
<ッッ!!!・・・・・・強情だね。本当に・・・強情だよ。今頃妹を引っ張るお姉ちゃん顔するなんて・・・・・・卑怯だよ・・・・・・・・・桜姉ちゃん・・・!!!>
これも数ある過程の一幕でしか無い。だが、姉妹にとってはかけがえの無い一幕。故に、姉妹は深く、より深く結び付く。最善の結果に至るための努力を共に築くことを互いに誓いながら。
「悪ィ、悪ィ。ちょっと遅れた。・・・何つーか、この顔触れは懐かしいモンを感じるな。
何時かのスキルアウトを潰しに行った直前に顔を突き合わせた連中だったっけか。なぁ、荒我?」
「・・・・・・あぁ。てか、テメェだけ何で何時までも着ぐるみを着てんだ?」
「・・・俺だっていい加減脱ぎたいんだよ。くそっ・・・何時になったら脱げるんだ、これ?」
『太陽の園』の中心部、周囲は“手駒達”との戦闘の痕跡がくっきり残っているこの中庭に集まっているのは“ヒーロー戦隊”と『シンボル』の面々。
そして・・・数十分前に大型車に乗って来た面々・・・荒我・梯・武佐の“不良”3人組と花多狩・灰土の穏健派救済委員である。
但し、免力と盛富士はこの場から離れている。彼等には、負傷した『太陽の園』の住人の下に居て貰っているのだ。
トラックに閉じ込めらていた『置き去り』も寒村達の突撃で大小の傷を負っていたが、勇路の『治癒能力』で大方回復していた。
すぐさま救急車を呼ばないのも彼の力が大きい。無論、それ以外の理由―荒我達を含めた今後の方針を決めるための会議―もある。
「灰土先生・・・先程はドタバタしていた関係で有耶無耶になってしまっていたが、管轄外の貴殿が何故ここへ?しかも、成瀬台(ウチ)の生徒を連れて」
「・・・そこのリーゼントたっての頼みだ。焔火緋花・・・つったか。そいつが『ブラックウィザード』に拉致された可能性がすこぶる高い。
だから助けに行きたい。何せ、その焔火に告白されたそうだからな。漢だったら・・・助けに行かねぇわけにもいかねぇだろうよ。こっちも夏季休暇を放って来たんだぜ?」
「ちなみに、その情報は彼の舎弟の能力で風紀委員から読み取った情報らしいわ。私は灰土さんの知り合いで、流されるままここに来たの。
まぁ、乗りかかった船だからできる範囲内でお付き合いするけど。同じ女として、『ブラックウィザード』って言うスキルアウトがしでかしたことは許せないわ」
「花多狩さんは、一度言い出したら止まらない女の子でね。この前なんか、オジサン鉄拳制裁を喰らったくらいだし。まぁ、俺が責任もって守るから。
但し、俺はリーゼント達の救出行動を『許可』したわけじゃ無ぇ。有力な情報を持ってる可能性があったから連れて来ただけって解釈だ」
「何と・・・!!しかし・・・むぅ・・・・・・!!!」
灰土と花多狩の説明に寒村は渋い表情を作る。一応の事情はわかった。漢として、荒我達の気持ちも十二分に理解できる。
しかし、今回は重徳事変よりはるかに危険度の高い『ブラックウィザード』が相手である。できうることなら、一般人の参戦は認めたくは無い。
唯でさえ、今しがたの戦闘は“ヒーロー戦隊”に協力を仰いだのである。命の危険を伴う戦場に、これ以上の参戦は・・・
「寒村先輩。実はね、荒我から俺の携帯に連絡があってね。彼がどうしてもヒバンナを助け出したいって言うから、ここへ来るように伝えたんだ」
「界刺・・・!!」
「無闇に突っ込まれるよりかはマシだろ?何せ、荒我は昔『ブラックウィザード』と遭遇してるそうだし」
「何と!!それは真か、荒我!?」
「・・・あぁ」
「こいつなら、俺達の知らないルートから『ブラックウィザード』に辿り着く可能性はあったかもしれない。でも、その可能性が俺達の行動の邪魔になる可能性も0じゃ無い。
だったら、俺達の目の届く所に置いた方が面倒臭くなくていい。命の危険については、覚悟の上だろうさ。なぁ、荒我?」
「あぁ・・・!!!緋花は俺が絶対に助け出してみせる!!!この拳でな!!!」
「荒我君!!オイラ達もお供するでやんす!!」
「ここで役に立てなかったら、荒我兄貴の舎弟をやってる意味が無いぜ!!」
“カワズ”の確認に“不良”3人組は呼応する。絶対に焔火を助け出してみせる。命を懸けて。
「だそうだぜ?つまりは見事ヒバンナを救い出してみせるのも、下手打って命を落とすのも、こいつ等の自業自得ってヤツさ。
寒村先輩達は上手く誤魔化せばいいさ。『許可は出していない。だが、勝手に付いて来て勝手に突っ走って行った』ってな具合に」
「界刺先輩・・・ちょっと冷た過ぎじゃないっすか?」
「何でさ?自分の行動くらい、自分で責任持てよ。現に、寒村先輩は今だって『許可』を出していないんだ。嘘は言ってない。押花。君達の行動は正当化される。
止めたって聞かないことに対しては、君達に非は無い。止められなかったことに対する非難はあるだろうけど、『許可した』よりはよっぽどマシだ」
「・・・!!」
「勇路先輩・・・どう思います?」
「速見君・・・。そうだね・・・界刺君の指摘は“冷たい”けど正しくもある。余り好ましいとは思わないけど」
風紀委員達は、各々の解釈で“詐欺師”の指摘を吟味する。おそらく荒我達は止まらない。力尽くで気絶でもさせない限りは。
そして、“カワズ”がここへ呼び寄せたということは彼が荒我達を『ブラックウィザード』と対決する戦場に誘うつもりなのは明白であった。
「そもそも俺達ボランティアに協力を仰いでいる時点でどうよ?って話しだ。数人増えた所で大して変わんねぇよ」
「むぅ・・・」
「そんなことより・・・風紀委員会の方はどうなってんの?準備はできたの?」
「閨秀先輩が皆を成瀬台まで輸送したっす。橙山先生率いる警備員は夜間活動中っすから何時でも動けるっす」
「そうか・・・」
「界刺君。そろそろ教えてくれないかい?『ブラックウィザード』を追跡する方法とやらをさ」
勇路の発した問いは、ここに居る面々(共に作業に当たった仮屋以外)に共通する疑問であった。
『太陽の園』に来る『ブラックウィザード』に対して、“カワズ”は本拠地を掴むための仕掛けを行うことを公言していた。その方法も“カワズ”が用意すると。
その具体的な方法は、一部を除いて未だ明かされていない。これから命を懸ける戦場に赴くのである。その方法を知らない状態は、色んな意味でよろしく無い。
「・・・・・・」
「得世。話せ。お前の秘密主義は今に始まったことでは無いが、今回は皆に伝える必要性が存在するぞ?命が懸かっているんだからな」
「・・・・・・口外禁止。詮索無用。今から話すことは、俺が話さない限りはこの場に居る人間だけしか知らない。他の風紀委員や警備員、一般人に話したら潰すぜ?いいな?」
「「「「「(コクッ)」」」」」
不動の促しもあり、“変人”はその方法を明かす。口外禁止という約束を取り付けて。
「最初に言っておくけど、『六枚羽』を撃墜しようと思えば何時でもできたんだよ」
「なっ!?」
「嘘を言ったつもりは無ぇぜ、寒村先輩?そして、これが何を意味するのか・・・アンタ達はわかってる筈だ」
「「「「・・・!!!」」」」
寒村達風紀委員の脳裏に過ぎるのは・・・『マリンウォール』の外で“手駒達”が脚を焼き貫かれた状態で発見された件・・・そしてあの殺人鬼と碧髪の男が戦闘を行う際の諸注意。
「じゃあ、何でさっさと『六枚羽』を撃墜しなかったか?それは、もちろん『ブラックウィザード』の本拠地を割り出すためだ」
「我輩達に『六枚羽』格納トラックを先に襲撃させたのは、『六枚羽』が監視カメラ等に映らない格納された状態で離脱させないため・・・であったな。だが・・・」
「あぁ。一昨日成瀬台を襲撃した際に『六枚羽』は衛星カメラとかにも映って無かったんだよな。おそらくだけど、『ブラックウィザード』が使ってる『六枚羽』はステルス仕様なんだろさ。
今のステルス機は相当レベルが上がってるって聞くし、夜間の衛星監視は主が光学監視からレーダー監視に切り替わるからな。
上空且つマッハに達する速度を使われたら機械を使った捕捉は難しい。圧力が掛かってるらしいし余計にな。
だから・・・確実にアジトを割り出すために・・・『六枚羽』に発信機を付けたんだ。発信機の名前は・・・『情報送受信用薬品<データフェロモン>』」
「『情報送受信用薬品』?何だ、それは?」
聞き慣れない名称に不動が疑問付を浮かべる。それは、他の面々も同様・・・
「『情報送受信用薬品』!!?」
「桜姉ちゃん・・・?」
では無かった。1人だけその名称に反応したのは、ネットの深い所まで徘徊する趣味を持つ春咲桜。
「あれってもう実用化していたんですか!!?というか、そんなモノを一体何処で・・・!!?」
「実用化されたのは極最近だよ。学園都市の最新鋭兵器群にも、極最近になって秘かに導入され始めている。それと、桜。詮索無用て言ったろ?右から左は感心しないな」
「あっ・・・す、すみません」
「得世!春咲!私達にもわかるように説明しろ!!」
「す、すみません!!え、え~と・・・『情報送受信用薬品』というのは、情報の送受信に“匂い”を用いた発信機の総称です」
「“匂い”・・・?」
「え~と・・・」
春咲の説明は以下の通り。
『情報送受信用薬品』とは、電波や磁力を操作する能力者が数多く存在する学園都市で開発・研究が進められていた従来の送受信機能とは違う方式を備えた発信機である。
発信機に用いられる送受信方式は主に電波である。無論、その電波に勘付かれ発信機の所在が割れるリスクは存在する。電気系能力者なら尚更に。
故に、送受信方式を電波では無く“匂い”・・・すなわち“フェロモン”によって行えば従来の方式に慣れた人間を騙すことができるという仕組みである。
組織構造上寒さには強く高温には弱いという性質を持つが、この情報は“表”には出ておらず研究中という名目で隠され、未だ実用化には至っていない・・・筈だった。
「学園都市の上層部は、欠点より利点を採ったってことだね。さっきも言ったけど、極最近になって秘かに実用化が始まった。
もう少ししたら、警備員達が使う駆動鎧への導入やそれこそ俺達一般人でも手に入れられるショップなんかにも出回り始めるんじゃないかな?」
「・・・その『情報送受信用薬品』を『六枚羽』に?だが、『六枚羽』とて学園都市が誇る最新鋭兵器だぞ?」
「わかってる。だから、『六枚羽』との戦闘中に“フェロモン”の存在・・・『情報送受信用薬品』が装備されているかいないかを確認していたんだ。
そしたらさ、装備されていなかったんだ。つまりは、お古だったってこと。『情報送受信用薬品』は新規モノから優先的に導入されているからね。
後は、『六枚羽』をかっぱらうためにコソコソしただろうから正規モノに装備される部品が手に入らなかったんじゃない?んふっ!」
<桜姉ちゃん。何か、今サラっととんでも無いことを言ったような気が・・・>
<・・・とんでも無いよ。仮屋さんの力を借りたとは言え、『六枚羽』と戦闘中、しかも撃墜しないように手加減して戦いながら、その上サニー達の援護までやってのけてるし。
何より、『ブラックウィザード』の『六枚羽』に『情報送受信用薬品』が装備されていないってことを半ば確信してたってことだし>
口に出して説明はしないが、“カワズ”が行ったのは以下の通り。
『情報送受信用薬品』は、もちろん清廉止水から“追加武装”として譲渡されたモノ。『六枚羽』の詳細情報や『情報送受信用薬品』の関連事情も彼から得たモノである。
この目にも映らぬ発信機を、<ダークナイト>内の合成樹脂内に混入させていた。『閃光剣』・『閃熱銃』使用時に用いる冷却ジェルに包んだ状態で。
そして『六枚羽』の戦闘時に、『樹脂爪』で発信機が混入した鉤爪を射出、飛行に支障の無い機体部分に鉤爪を食い込ませる。
『光学装飾』による相対速度把握と『樹脂爪』の性質把握の併用で実現させた鉤爪の食い込み。その際、実は鉤爪を形成する合成樹脂の一部は完全に硬質化していなかった。
つまりは、流動性を少し保つ一部分を保持しながら硬質化した爪を用いて『六枚羽』の機体に食い込み―極僅かな『穴』―を作り出し、
流動性を持つ部分から機体内部に冷却ジェルで包んだ『情報送受信薬品』を混入させた1滴の合成樹脂に、
鉤爪と繋がっているワイヤーに<ダークナイト>の演算機能により計算し尽された専用の振動を与えること―『六枚羽』の挙動も利用した上で―で発生した衝撃を与え、噴出させたのである。
機体内部の熱も、合成樹脂と冷却ジェルに包まれた状態+高速離脱の必要性を鑑みて、『情報送受信用薬品』は耐え得ると予測している。
また、食い込ませた鉤爪を排除される危険性も考慮して機体外部に食い込んでいる鉤爪自体を一種のデコイとし、本命の1滴を機体内部に接着させたのだ。
「珊瑚ちゃんを連れ立ってもう一度飛翔したのも、『情報送受信用薬品』がちゃんと機能しているかどうかの確認だったのさ。幸い、しっかり機能してるみたいだね」
「・・・もし、東雲本隊に『情報送受信用薬品』を仕掛けた場合、車両変更や連中を覆っている念動力による妨害の可能性も存在した・・・だね、アホ界刺?」
「精神系能力でこっちの手札がバレる可能性もあったしな。だったら、危険を冒してでも機械に発信機を取り付けた方がいい。『六枚羽』は連中にとっても貴重な戦力だ。
みすみす潰されたり鹵獲されたく無いだろうさ。今頃は、『ブラックウィザード』の本拠地に向かって超特急で帰還しているだろうよ。あー、疲れた疲れた。仮屋様もお疲れ♪」
「バリボリベリ(界刺クンもお疲れ~)」
「・・・つくづく底が知れねぇ野郎だな、テメェはよ」
事の真相を知らされ、荒我は改めて自分が頼った“変人”の凄まじさを実感する。
救済委員事件の際、穏健派に『シンボル』が加勢したことで過激派に勝利した。そのグループのリーダーが、唯の道化である筈が無い。目の前の男の部屋でも痛感したこと。
「安心しなって。きっと、君達はもうすぐ目にすることになると思うよ?俺の底をさ。・・・いや、“見る”ことはできないか・・・」
「・・・どういう意味だよ?」
「だってさ・・・きっと来るよ?あの殺人鬼がさ」
「「「「「!!!!!」」」」」
殺人鬼。この事件における最大の不確定要素。誰にとっても。そんな人間が・・・来る。まず間違い無く。確信に近い予感を伴って。
「寒村先輩。確か、一昨日178支部の人間達をあの殺し屋は“偶然にも”助けたんだよね?
そこには、『ブラックウィザード』やヒバンナが居た。・・・風紀委員を助けたことは偶然だったとしても、その場所を突き止めたのは偶然なんかじゃ無いよね?」
「・・・うむ。そう考えるのが当然であろう」
「これも予想でしか無いけど、あの殺し屋は風紀委員会や『ブラックウィザード』が動いたことを知る術があるんだろうね。
具体的には、両者がぶつかった時かな?違う可能性もあるか。それが、能力によるものなのか他の手段を用いたものなのかはわからないけど。
念動力で作られた糸で感知しているとしても、それだったらリンリンや美魁の念動力で調査できないわけが無い。
可能性としては後者の方が高いかな?断言はできないけど。例えば、『情報送受信用薬品』みたいな発信機を取り付けられていたら位置を把握することは難しく無い」
「・・・その可能性で言うと、今は真面と殻衣に発信機のようなモノが取り付けられている可能性がある・・・と?」
「どうなんだろうね。『情報送受信用薬品』の場合は“匂い”っていうマーカーを辿らないといけないし。ようは、マーカーを感知できる範囲内に居ないと駄目だ。
一昨日の一件で、風紀委員会に参加している風紀委員の周囲を警備員が警備してるよね?わざわざ自分から近付かないといけない方法を採るとは思えないんだよねぇ・・・。
てか、そんなことを言い出したら数日前に邂逅した加賀美達だって“仕掛け”を施されている可能性はある。それこそ、寒村先輩達単独行動組以外は全員に・・・ね。
でも、今回の作戦に風紀委員の中で最大戦力を有する176支部が不参加ってのは有り得ない。他の連中も同じ意味で。
そもそも、普通に発信機以外の方法とかも持っているのかもしれないよ?あの殺し屋に協力者が居ないなんて断言できるわけも無しだしさ。まぁ、どれも可能性でしかないけど」
「「「「「う~む・・・」」」」」
明確な答えは出ない。しかし、予想なら出せる。あの殺人鬼は風紀委員会と『ブラックウィザード』が衝突する戦場に襲来する可能性が高いという予想を。
「まっ、そこら辺は究極的に言えばどうでもいいけどね。今日中に懸念事項をなるたけ片付けたい身としては、『俺の前に現れてくれる』殺人鬼の襲来は願ったり叶ったりの状況さ」
「界刺さん。アンタ・・・」
「何変な顔してんのさ、風路?そもそも、あの殺し屋の目的は『ブラックウィザード』の殲滅さ。あいつが来れば、『ブラックウィザード』にとって大きな脅威となる。
俺が相手するしない関係無く、風紀委員会が動けばあの野郎は戦場に姿を見せるさ。もしかしたら、その前に野郎が本拠地へ襲撃を掛ける可能性もあるな。
風紀委員会としても、ある意味では都合がいいでしょ?味方や拉致された連中の生死・・・後は正義感とかを別にすればさ?」
「「「「・・・・・・」」」」
「野郎は標的外の俺を躊躇無く殺そうとするだろう。俺も対抗するために『本気』を出す。その過程で『ブラックウィザード』のクソ野郎共を蹴散らす可能性も低く無い。
その間にとっとと拉致された学生も助け出して、東雲をとっ捕まえてくれりゃあいい。・・・あっ、そうだ。
鏡子を救出するまでに殺人鬼が現れなかったら、その後は知らないから。俺達の『目的』は鏡子の救出だからね。『目的』を果たしたら即退散するよ?
その後に殺人鬼が現れても、そっちで何とかしてね。懸念事項の解消は、また別の機会にするから。まぁ、その可能性の方が望み薄だろうけど。ここ数日はホント多忙だねぇ、俺」
この時点で、ここに居る誰もが一昨日拉致されたと推測される学生達が既に“手駒達”に仕立て上げられていることを知らない。
あくまで可能性の1つとしては捉えてはいるが、たかだか2日程度でできるわけが無いと踏んでいる。
『太陽の園』の『置き去り』の事例を見る限り、連中は拉致の際に薬では無く精神系“手駒達”の力を用いている可能性が高いと見受けられたことも、この予測に拍車を掛けた。
この予測は正解でもあり・・・間違いでもある。少なくとも、一昨日の件は暗示薬を用いたモノであり、精神系“手駒達”はバックアップでしか無かった。
「“カワ・・・・・・いえ、界刺様。1つ・・・確認させて頂けませんか?」
「ん?何だい、サニー?」
“カワズ”が主導を握って繰り広げられていた会話劇に口を挟んだのは、『シンボル』の一員である月ノ宮。
今の彼女は、自分が敬愛する人間の言葉に納得ができていなかった。以前から思っていたこと。丁度いい機会かもしれない。彼の在り方への言及を行うタイミングとしては。
「その・・・殺人鬼と呼ばれる犯罪者を・・・皆を傷付ける可能性のある人間の襲来を・・・どうして平然と受け入れられるのですか?
殺人鬼と呼ばれる人間が、界刺様と戦う前に風紀委員の方々と接触する可能性は・・・戦闘になる可能性は・・・低く無いですよね?」
「そうだね。俺だって、野郎が何時どのタイミングで何処から出現するのかなんてわかんないし。別に、俺が野郎を誘ったわけじゃ無いし。あっちが勝手に現れるかもだし。
んで、現れたら俺を殺そうとするだろうし。俺だって、好き好んで人を殺そうとしたくは無いよ。正当防衛の範囲を明らかに逸脱しない範囲で対処するんだ。
でも・・・きっと来るだろうねぇ。俺の勘だとさ。んふっ、どうせ避けられないんだったら、精々俺の目的のために野郎を利用させて貰うだけさ」
「利用?・・・・・・界刺様が変わり者なのは重々承知しています。ですが・・・私は未だにあなたのそういう所を理解することができません。
私が界刺様の立場なら、『願ったり叶ったり』なんて言葉は口が裂けても言えません。どういう精神を持てば、そんな非情なことを・・・」
一度口に出したら止まらなくなった。それだけ、少女が己の心中に疑問や不満を溜め込んでいた証拠だ。
その意味を『全て』把握した碧髪の男は、語り続けている少女に告げる。それは、2人が最初に出会ったあのグラウンドにて舞った言の葉。
「人間だからに決まってるじゃん、サニー?」
continue!!
最終更新:2013年04月06日 19:09