第二章:軍隊蟻《アーミーアンツ》

第五学区
第七学区に隣接し、大学や短大などが集中する学区。
道行く人の平均年齢は高く、学生には優しい格安の居酒屋やバーが立ち並ぶ。中学・高校が集まる第七学区と比べると何もかもが大人っぽく感じる。
大学との提携のために一部の中学・高校がこの学区に置かれているため、少なからず中学生や高校生の姿も見受けられる。
梅雨が明け、燦々と太陽が照りつける日曜日、人々は暑さを凌ぐために街路樹に影やビルの影に隠れて移動する。しかし、ビルに囲まれ、太陽の光が届かない裏路地という恰好の避暑地には誰も行こうとしない。
この学区の人間なら誰もが知っている。そこは学園都市の治安が行き届かないダークサイド。スキルアウトや無能力者狩り、他にも救済委員のような非公式集団が跋扈する暴力の世界だということを。

とある表参道から入ってすぐのとある裏路地。車一台が通れる広さの道の前に毒島拳はいた。
軍隊蟻の縄張りであると噂されている場所の入口のような場所。
彼の前には1人の男が立ちはだかっていた。
180あるかないか、筋骨隆々のゴリマッチョだ。スポーツ刈りで、鬼瓦のような厳つい顔で無精髭を生やしている。白いシャツに膝丈ジャージという部屋着と見紛う格好だ。

寅栄(トラサカ)さんに会いたいだぁ?てめぇ、ふざけてんじゃねぇえぞ!コラァ!!今、寅栄の兄貴は撮り溜めしてた“機動掃除ロボット・ロボミ”を消化中なんだよ!2,3時間後に出直せやゴルァ!!」

確実に門前払いの態度(&無駄な威嚇)。
いつもの彼なら2,3時間ぐらい我慢できただろう。しかし、目の前の手がかりに気持ちの逸る毒島は我慢できなかった。一晩経っても冷静さが欠けたような状況だろう。

「お願いします。寅栄さんに会わせて下さい」

敬語を使い、深々と頭を下げる毒島。いつもスキルアウト狩りに参加している彼からは想像できないくらい下手に出ていた。家政夫の言っていたことを拒絶していたが、もう形振り構っていられる状況ではないのかもしれない。
とにかく、徹底的に「色々追いつめられてもう軍隊蟻しか頼れない可哀想な善良な少年」を演じる。プライドなんてその辺りの犬にでも食わせてしまえ。

「大体よぉ…、ツラ見せねぇ奴が何言ったって無駄なんだよ。怪し過ぎて、これっぽっちも信用できねぇ」

そう言って、スキルアウトが腕を鳴らし始めた。

(まずい…)

交渉は決裂だ。この男ぐらいならどうにか出来るかもしれない。しかし、奥に待ち構えているであろう彼の仲間まではどうすることも出来ない。
加えて、毒島の能力は直接戦闘に役立つ能力ではない。得物を持つことで発揮し、それでも火力が足りないからチームでスキルアウト狩りを行っている。そんな手ぶらな彼は今、無能力者(レベル0)に等しい状態だ。
体格差も絶望的だ。優れた技術がないのであれば、格闘戦において体格差は大きな意味を成す。

(ここは一旦引き下がった方が…)

喧嘩を避け、毒島が踵を返そうとしたその時だった。

甲羅衣太(キノエ ライタ)!何をやっている!!」

突如、路地裏に響く轟音。全身の肌、筋肉、骨を震わせる。
甲という男が振り向いた先には、一人の大男が立っていた。
甲に勝るとも劣らない180cm近い長身に筋肉質な体型。先ほどの轟音…ならぬ轟声を響かせるのに納得のいく体型だ。厳つい顔つきで坊主頭。サラシを巻き、特攻服を着た時代錯誤な暴走族ファッションだ。
彼を見た途端、毒島は家政夫の言う「古き良き」の“古き”部分は理解した。

「お、仰羽(オオバ)さん!!ウッス!!」

そう言って、甲が深々と頭を下げた。

「甲!一般人に向けて無駄に喧嘩を売るとは何事か!」

仰羽の大声に甲は毒島が同情してしまいそうになるほど、縮こまった。

「ちっ、違います!こいつが中々、ツラを見せやがらねぇんで…その…無理やりフードを外そうかと思いまして…」

言い訳をする甲に仰羽が視線を向ける。身長差のせいもあってか、フードのせいで仰羽からは毒島の顔が完全に見えない。

「まぁ、確かに顔を見せないのは怪しいが…見ろ!この姿を!」

そう言って、突然仰羽は毒島の頭を鷲掴みにした。

「まるで子犬のように震えているだろうが!貴様は自分が見た目だけでどれだけ周囲に恐怖を与える存在か理解しろ!」

(いやいや、震えてない。震えてない。むしろアンタの方が怖ぇよ)
(仰羽さん…流石に他人のこと言えないですぜ…コラァ…)

甲への説教を終えると、仰羽は毒島の頭から手を離す。

「まぁ、偉そうにとやかく言ったが、寅栄さんに会いたきゃフードは外しな。こっちも素性の分からない人間を縄張りに入れるほど、お人好しじゃない」

「…」

毒島はしばらく黙りこんだが、仰羽の要求を受け入れ、フードとバンダナを外した。
毒島拳は真っ直ぐ伸びた綺麗な黒髪、男か女か分からないモデル系の中性的な顔立ちだった。

「随分と綺麗なツラしてるじゃねえか。もしかして、ハニートラップって奴か?」
「俺、男なんですけど…」





仰羽と毒島が出会った路地裏から、より奥の方へ向かって徒歩3分。
目の前には乱立する建物に紛れた一つの雑居ビルがあった。今は使われていないらしく、区画整理で撤去されるのを待つだけの廃屋同然のビルだ。2階に残って放置されている探偵事務所の看板が侘しさを物語る。
そのビルの階段を登って、4階のとある一室に着いた。
ドアには「リーダーROOM!ノックしろ!」とスプレーで落書きのように書かれている。
仰羽がドアをノックする。

「寅栄さん。仰羽です。ちょっと時間いいですか?」
「どうした?」
「実は、寅栄さんに面会したいって言う奴がいるんで連れてきました」
「面会?…まぁ、いいや。入っていいぞ」
「失礼します」

他のスキルアウトとは違い、礼儀正しい態度を取る仰羽に呆気を取られながらも、毒島は仰羽に続いて、寅栄の部屋へと入った。
元はオフィスになる予定だったのか、邪魔にならないようにオフィスチェアやデスクが端に寄せられている。部屋は広々としており、一人が住むにはあまりにも広過ぎる。コンクリートが剥き出しの部屋の中心部には絨毯が敷かれ、その上に2つのソファー、テーブル、どこから持ってきたのか大画面テレビが置いてあった。
テレビには、録画していたアニメ、機動掃除ロボット・ロボミが一時停止状態で再生されるのを待ち続けている。

(撮り溜めしてたロボミを消化中ってのは冗談じゃなかったんだな)

「いやぁ~最近のアニメって、けっこう馬鹿に出来ないんだなぁ。もう3時間ぶっ通しで見ちまった」

部屋の中心部にあるソファーから一人の男が起き上がる。
175㎝近い身長に喧嘩慣れした引き締まりのある身体つきの肉食男子系イケメン。ワックスを付けて、オールバックにした明るい茶髪に何の冗談なのか、左側に赤いファンシーなハートマークの小さな髪留めを付けている。迷彩色のズボンに刺青のような模様のTシャツを着ており、シャツの襟首にスポーツサングラスが掛けられている。

「寅栄さん。こいつが面会したい奴っす」
「ふ~ん。そうかぁ~。こいつがぁ~」

寅栄は舐めるように毒島を見続ける。
家政夫からの情報があるとはいえ、大型スキルアウトのリーダーに凝視されるのはいい気分ではない。緊張し、頬に一本の汗が滴る。

「まっ、面会は許可するぜ」

その言葉を聞いて、毒島は安堵する。



「但し…」





バチィン!!



前触れもなく、寅栄が手刀で毒島の手首を叩いた。そして、怯んだ彼の腕を掴んで柔道の一本背負いで組み伏せる。
突然のことで誰もが驚いだ。組み伏せられた毒島も、それを傍で見ていた仰羽も。
そして、静かになった部屋のなかで金属製の何かの塊が落ちる音がした。



「丸腰でな」

音が鳴った場所に仰羽が目を向ける。そこには何もないように見えた。しかし、3秒ほど経ってから風景に滲み出るように床に転がった自動式拳銃が姿を現した。

「け、拳銃!?」
「仰羽。手錠持って来い。あと、このことは荒立てるな。他言無用だ」
「う、ウッス!」

仰羽が手錠を持ってくるために部屋から一旦出る。

「まったく…こんな白昼に堂々と単身で乗り込んでくるから、つい油断しちまったぜ。どこの回し者か知らないが、とりあえずクールになれ。クールになるんだ。今、この状況で下手に抵抗すれば、俺は確実にお前を殺す。だけど、出来れば殺生なんてのはしたくねぇんだよな。お前だって死ぬのは嫌だろうし、俺だって嫌だぜ。精神衛生上悪いしな。
Do you understand?」

毒島は舌打ちしたが、すぐに「ああ。分かったよ」と答えた。

「寅栄さん。手錠持ってきました」
「おう!じゃあ、こいつを捕まえとけ」

毒島は手錠をかけられ、自由を奪われた状態でソファーに座らされた。

「ったく、ボディチェックぐらいはやっとけよな。俺があいつの手に違和感を覚えなかったら危なかったぞ」
「すみません。チェックは行いましたが、手の武装を透明にしているとは…」
「まぁ、良いか。今度の会合で金属探知機を買う予算でも下ろしてもらおうぜ」

「それじゃあ…」と言い、寅栄は毒島の向いのソファーに座り、彼に目を向ける。仰羽は監視目的で毒島の背後に立つ。
警戒し、少し睨むような目で見つめる毒島に対し、寅栄はまるで友人を見るような目で彼を見ていた。

「さぁて…お前がどこから派遣された暗殺者か聞こうじゃねえか」
「スキルアウトなんかに教える義理はねぇよ…」

毒島が語り終えた途端、仰羽が彼の頭を鷲掴みにした。巨大な手が毒島の頭を多い、同時に力強く締める。

「テメェ…!言葉には気を付けろ!今のテメェは客人じゃねえ!“暗殺未遂犯”だ!」
「よせ。仰羽。話がこじれる」

寅栄の制止で仰羽が毒島の頭から手を離す。毒島は少し安堵した。

「じゃあ話を変えよう。お前はどうして俺を殺さなかった?あの部屋に入った時から俺を殺すチャンスはいくらでもあった。正直、部屋に入った直後に銃口を向けて撃っていれば、確実に俺を殺せたはずだ。それなのに…お前は俺を殺さなかった。だとしたら、簡単だ。お前の目的は暗殺じゃなくて、別のことなんだろ?」

寅栄はにやけた顔で毒島に視線を向ける。
選択肢などない。答えは既に述べられていて、隠す必要もない。毒島には本当の目的を語ることしか道が残されていなかった。

「暗殺は…最終手段だ。軍隊蟻に…リーダーのアンタに聞きたいことがある」

そう言うと毒島は立ち上がった。仰羽が警戒する。

「悪いが、俺の尻ポケットにある財布を取ってくれないか」
「ああ。これだな」

毒島に言われた通り、仰羽が毒島のポケットから財布を抜き出した。

「中に写真が入っている。それを出してくれ」
「これのことだな」

仰羽は言われた通り毒島の財布から写真を出した。
同時に仰羽は彼の財布に入っている現金やカードに目を向け、彼がどういう人物なのかプロファイリングする。毒島や寅栄に感づかれないようにするため、目を向けられたのは一瞬だけだ。
仰羽は抜き出した写真をテーブルの上に置いた。
毒島が暴走蝗のリーダーに見せた写真と同じものだ。

「その写真がどうかしたのか?」

テーブルにある写真を寅栄と仰羽がまじまじと見つめる。
そこには一人の女性が写っていた。肩までかかる長い茶髪、毒島によく似て中性的かより女性に近い顔立ちをしている。2人を睨みつけるように見る毒島とは違い、優しそうな穏やかな表情をしている。

「お前に似ているな。目つき以外は」
「俺の姉さんだ。名前は毒島帆露(ブスジマ ホロ)。去年の10月、第5学区でスキルアウトにリンチされて重傷を負った。今は脳に障害が残っている」

毒島は両手を強く握りしめながら、事件の概要を語りだした。
彼、毒島拳の姉であり、国鳥ヶ原学園高等部2年の毒島帆露は去年の10月、学校近くの路地裏で複数人のスキルアウトから暴行を受けた。スキルアウト達は強姦も行おうとしていたが、偶然通りかかった警備員が彼女を保護したことで強姦は未遂に終わった。
しかし、結果として帆露は脳に障害が残るほどの重傷を負わされ、例え家族や医者であっても男性を恐怖の対象としてしか見られなくなるほどの男性恐怖症に陥ってしまった。
犯人のスキルアウトは未だに捕まらず、風紀委員も警備員も手を拱いている状態だ。

「ああ。あの事件か…。知っているぜ」

寅栄がポツリと呟くと、それに反応して毒島は寅栄に喰ってかかるようにソファーから飛び上がった。
しかし、仰羽が慌てて制止し、両肩を掴んで毒島をソファーに押さえつける。

「やっぱり…何か知っているんだな!?」

毒島は必死だった。真剣だった。それは軍隊蟻の2人にもしっかり伝わっていた。
だからこそ、2人は毒島に申し訳なさそうな顔を向けていた。

「悪いな…。俺達の情報もテレビのニュースとほぼ変わらねえ。大した情報は掴めちゃいねぇんだ」

毒島は顔を上げる。人は絶望に染まるこんな顔をするのだろう。彼の表情には目も当てられなかった。

「おい。ふざけんなよ」

毒島は怒れる形相で更に寅栄を睨み付ける。どうしようもない怒りの矛先を目の前の彼に向けることでしか心の平衡を保てなかった。毒島は血がにじむほど拳を強く握りしめる。

「しらばっくれてんじゃねえよ!!テメェら軍隊蟻が姉さんをやったって情報だってあるんだよ!警備員が捜査に消極的なのだって、お前らが圧力をかけたからなんだろ!?」

感情のままソファーから無理やり立ち上がろうとするが、仰羽は両肩を強く押さえつける。どんなに力強く、自分の100%の力を出しても仰羽の腕で押さえつけられる。

「なるほど…そいつが本音か。それで、俺がYesと答えれば撃ち殺すつもりだった。けど、残念だったな。答えはNoだ。俺達に捜査を止めさせるような権力なんて無ぇよ。どれだけ大きくなろうが、所詮はスキルアウト。不良の集まりだ」

その言葉を聞いて、毒島は少し落ち着く。頭に上った血が抜けて、脳が冷静に判断できるようになっていく。
同時にそれは絶望だった。YesだとしてもNoだとしても毒島は殺されてしまう。このスキルアウトリーダーに殺害の意志を示してしまったのだ。タダで済むわけがない。

(畜生…。こんなところで…)

毒島は己の無念と惨めな死を覚悟した。

「おいおい。何勝手に死を覚悟しちゃってんだ?話は終わっちゃいねえぜ」

毒島の覚悟が顔に出ていたのだろう。彼の絶望や覚悟がまるまる読まれていた。
寅栄は何か企むような悪い顔で毒島を見ていた。

「なぁ…お前が良ければ、俺達、手を組まないか?」
「は?」

寅栄の提案に毒島が睨み返す。自分は真剣なのに向こうはふざけた態度でふざけたことを言い始めたからだ。
仰羽もそれは予想外だったようで、頭を抱えた。
それもそうだ。スキルアウトリーダーと暗殺未遂犯が手を組むなんて普通じゃ有り得ないし、考えるまでもない。

「俺もあの事件についてはモヤモヤしていてな。さっさと解決させてスッキリしたいんだ。一度は犯人として警備員(アンチスキル)に白羽の矢を立てられた身としてはな」

(そんなの初耳だ。スキルアウトの風の噂ならともかく、警備員に軍隊蟻が犯人に挙げられていたなんて聞いていない…)

警備員の捜査状況は親族である毒島には一切伝えられなかった。
その警備員の隠蔽体質が一度、容疑者となった軍隊蟻への信頼を相対的に上昇させる。

「まあいつらは事件を利用して、俺たちのアジトを強制捜査する口実が欲しかっただけなんだろうけどさ。あの時、樫閑が警備員を論破してくれなきゃヤバかったぜ。まぁ、そういうこともあって事件にはそれなりの感情を抱いているわけだ。それに俺達だったら上からの圧力なんて関係なしにメンバー総動員の人海戦術で犯人捜しが出来るぜ。そんで、どんな非合法な手段でも犯人を制裁することができる。お前が持っている姉の情報と俺らのチーム。この二つが組み合わされば、解決できるかもしれないと思わないか?」

語り終えると寅栄は「どうだ?俺達と組む気になったか?」と言わんばかりに視線を送る。選択肢のない毒島にあえて選択させようとするところに彼の意地の悪さが浮き出る。
しかし、毒島は首を縦に振ることはなかった。

「悪いが…今の言葉だけでアンタらを信じることは出来ねぇ。利用されるぐらいなら殺された方がマシだ」
「どうしてだ?」
「アンタらにはメリットが無いからだ。動機はアンタの個人的な感情だ。スキルアウトチームとして事件はもう触れる必要のない過去のもの。わざわざ人を動かしてまで解決する必要がない。要は、俺に協力することで軍隊蟻に生じるメリットが見えないんだよ。無償の施しほど信用できないものは無い。特にスキルアウトとか裏の連中は…」

毒島は協力したくないわけではない。言葉の通り軍隊蟻がまだ信用できないだけであり、後はこの言葉は相手の真意を引き出すためのものだ。

「な・る・ほ・ど~」

寅栄がにやりと笑う。その笑みが何を意味するのか、毒島は無論のこと、彼の片腕とされる仰羽も分からなかった。

「よし!じゃあ、正直に利益の話をしよう。今回の俺の目的はズバリ!金とイメージアップだ!」
「は?」
「まず、利益の話をする前に俺の事件の推論を話すことになる。ちょっと長いが、聞くか?金は取らねえぜ」
「タダって言うなら、聞いてやるよ」

「それは良かった。お前の姉さんの事件なんだが、犯人はスキルアウトじゃないと思っている。
警備員だって捜査には精神系や読心系の能力者を使うし、そいつらを使って現場の遺留品やお前の姉さんの記憶を探れば、誰が犯人なんて一発で分かる。それなのに何故、捕まえられない?街中に監視カメラがあり、人工衛星で逐一監視されているこの街でスキルアウトがどうやって逃げ回る?それにどうして警備員が捜査に消極的だ?当時は報道もやけに抑えられていた。こいつはどう考えても犯人を擁護しているようにしか思えねぇ」

「確かにタダ(無料)の話だな。俺だって同じことを考えた。金持ちや権力者の御曹司が犯人で、それをスキルアウトって言って誤魔化しているんじゃないかって。それか、巨大なスキルアウトチームがそれなりの権力を持って、仲間を擁護しているのか…」

「まぁ、現役スキルアウトリーダーの俺からすれば、後者はほとんど無いな。軍隊蟻だってけっこうデカい組織だと思うが、警備員へのコネなんて個人レベルが精々だ」

「他の大型スキルアウトは…?」

「他と言えば…、

最近ヤバい傭兵を雇ったって噂の“紫狼(パープルファング)

今年に入って急速拡大し始めた“ブラックウィザード

人数だけならブラックウィザードと同等かそれ以上の“国盗(クニトリ)

スキルアウトの中でも古い歴史と確固たる基盤を持つ“威苛頭血(イカズチ)

第七学区のチームを併合して拡大中の“駒場グループ”

…デカいといえばこれくらいだが、正直な話どこも組織レベルで警備員に圧力をかけられるとは思えねぇ。俺としては前者を推すぜ」

「で、これのどこか金儲けとイメージアップに繋がるんだ?」
「俺は前者であるという前提でこの事件を見ている。事件を暴いて、スキャンダルでも握れば俺らの活動の幅は広がるし、金も集れる。仮にそのスキャンダルが脅迫に使い物にならなくても俺達の手で事件の真相をばら撒けば、一部の風紀委員や警備員の間で『未解決事件・汚職を暴いた集団』という正義の味方のレッテルを貼れるわけだ。被害者の親族のお前が味方なら、尚更の話だ。そんで、今のお前みたいに俺らに頼み込む連中が増えて、そういう奴らからちょっとばかし金でも取れば俺らの資金が増えて万々歳ってわけだ。あ、お前の取り分もちゃんと考えておくぜ」

寅栄は己が目的を長々と説明し終えた後、したり顔を毒島に向ける。
毒島は深呼吸し、息を吐いた。スキルアウトと手を組みたくはない。そもそも“スキルアウト”という単語が彼にとって憎悪の対象だったから。しかし、今はそのスキルアウトから協力の申し出が来ている。そして、自分の命はそのスキルアウトに握られている。
もう…、いや、手刀で拳銃を弾かれた時から答えは既に決まっていた。
寅栄は一つしか選択肢がないのに毒島に敢えてそれを選択させた。

「良いぜ。アンタらと手を組むよ」

(俺にはもうこれくらいしか道が残ってないからな)

「よっしゃあ!」

毒島の返答を聞いた途端、寅栄はソファーの上で飛び上がった。彼のリアクションには2人もビクッとした。

「じゃあ、握手だ。仰羽!すぐに手錠外せ!」
「良いんですか?」
「構わん!俺らが信頼を見せなきゃ、こいつも俺らを信頼しないからな!あ、けど拳銃はこっちで預かっておくぜ」

言われるがまま仰羽はポケットから鍵を取り出し、毒島の手錠を外した。
手が解放され、毒島は手首を労わる。

「そんじゃ、同盟の握手でもするか」

寅栄が手を伸ばした。少し間を置いて、毒島が手を握った。
毒島はまだ彼らを信用したわけじゃない。だが、霧の盗賊よりは“使える”集団だと判断した。だから同盟を組む。

「そういえば、まだちゃんと自己紹介をしていなかったな。俺は寅栄瀧麻(トラサカ タツマ)。軍隊蟻のリーダーをやっている。そこのデカいのが№2の仰羽啓靖(オオバ ヒロノブ)だ」
「俺は…毒島拳だ」

互いに協力するという志を見せ、その証としての握手だったが、心の中ではまだ互いに疑い、探りをかけている。
それはとてもぎこちない握手だった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年02月10日 23:48