第5章 守護神《ゴールキーパー》

軍隊蟻《アーミーアンツ》の寅栄の部屋。
毒島、寅栄、樫閑の3人はテーブルを囲み、それぞれが昨日集めた情報を開示していく。
テーブルの上には毒島が個人的に集めた事件のスクラップ帳と緑川の証言をまとめたメモ、
樫閑たちが集めた帆露のナンパから事件までの数日間の行動だった。

樫閑「やっぱり茶封筒の行方は分からなかったわ。ナンパ以降の数日間は少し挙動不審な行動が多かったって周囲の人が言ってたから、
封筒の中身がヤバい代物だってのは本人も分かっていたんじゃないかしら。」

毒島「事件に関する記事は1ヶ月ぐらい経過してからピタリと止んでる。」

寅栄「おそらく、ある程度の期間、警備員《アンチスキル》を泳がせることで蒸発期間を作ったんだろうな。
突然、緘口令を出すと不自然だし、都市伝説になったりする。賢いやり方だな。」

するとドアを開いて、仰羽がノートパソコンを抱えて現れた。

樫閑「今までどこに行ってたのよ。」

仰羽「ちょっとした調べ事だ。もしかしたら、茶封筒は捜さなくていいかもしれない。」

毒島「茶封筒は事件に関係ないってことか!?」

すると、仰羽は一枚のメモ紙を毒島の前に突きつけた。

“VNZ56321BU‘RCC311G”

メモにはそう書かれていた。

仰羽「お前の姉さんは、しっかりとメッセージを残していたんだよ。あの柱の傷を覚えているか?
あれは身長を測った後だと思わせて、お前に残したメッセージだったんだ。」

そう言って、仰羽はケータイで写した柱の傷と持っていたノートパソコンの画面を見せる。

仰羽「あの柱を木目に沿ってなぞると爪と傷が当たってカチカチ音がするだろ?あれは、モールス信号だったんだ。
柱に中途半端に書かれていた数字が区切りの目印だとして、このモールス信号表で解析するとこの文字が出てきたわけだ。」

毒島「でも、それはアルファベットと数字の羅列じゃ――――――」

樫閑「違うわよ。それは多分、データコード。そのアルファベットと数字の羅列が情報を暗号化しているの。
パソコンに詳しい人とかいれば、暗号を解読して中身を見ることが出来るんだけど・・・・。」

毒島「軍隊蟻《アーミーアンツ》にハッカーはいないのか?」

寅栄「別にいないわけじゃない・・・が、VNZって言う頭三文字が厄介なんだよなぁ・・・。
なんたって、学園都市でも統括理事会レベルの機密情報を表すコードだぜ。
書庫《バンク》並みかそれ以上に厳重なセキリュティが敷かれているだろうな。俺たちお抱えのハッカーじゃ、レベルが違い過ぎる。」

毒島「そんな・・・・。」

せっかく見つけた希望が大き過ぎる相手が持つ堅甲な盾によって弾かれ、毒島は失意の中に落ちるが、
軍隊蟻《アーミーアンツ》は隠し玉を持っているのか、あまり絶望していなかった。

寅栄「でも心配するな。学園都市でもトップレベルを誇れるほどの凄腕ハッカーが知り合いにいる。」

仰羽「まさか、あの人を使うつもりですか?流石に今回は・・・」

寅栄「大丈夫だ。あいつはこれ以上に危ない綱渡りをしているし、向こうからの反撃や逆探知を恐れずにハッキング出来る奴はあいつしかいない。」

すると、寅栄は立ち上がってデータコードが書かれた仰羽のメモ紙をズボンのポケットに入れる。

寅栄「ハッカーとデータコードの件は俺に任せてくれ。仰羽はメンバーを招集、九野と緑川の言った事を伝えた後、
付いてくる奴と共に“オモチャ箱”を取りに行け。」

仰羽「寅栄さん・・・。マジですか・・・。」

寅栄「ああ。向こうの連中が裏の人間を雇って奇襲を仕掛ける可能性も否めない。万全の状態を整えておけ。」

仰羽「ウッス!」

仰羽は寅栄からオモチャ箱の鍵を受け取ると、そそくさに部屋を出て行った。

寅栄「樫閑と毒島は・・・・そうだな。姉さんのお見舞いにでも行ってやれ。弟さんの合意があるとはいえ、
勝手に寮の部屋に入ったり、プライベートを探ったりしたからな。お詫びの品でも持って行け。」

樫閑「分かったわ。毒島くんはそれでいいの?」

毒島「まぁ、今日はお見舞いに行く予定だったことに変わりは無いからな。」

寅栄「一応、レディースの奴らも何人か連れて行け。お前らはそれほど強い能力者じゃないんだから、護衛が必要だろ。」

樫閑「分かったわ。」

この時、毒島はヤンキーファッションの女性に囲まれる自分を想像して身震いしてしまった。
見た目が真面目な学生である樫閑ですらああなのだ。彼女を護衛するレディースとやらは、それ以上に怖い女性が集まっているに違いない。
そう思うと、事件の黒幕の大きさなどどうでもいいことだった。
樫閑は携帯でレディースを2、3人くらい召集をかけているようだ。

樫閑「レディースが3人ぐらい護衛につくわ。」

毒島「そのレディースって奴らは大丈夫なのか?」

樫閑「大丈夫よ。喧嘩は強いし、見た目は少しヤンキー系だけどそれほど問題はないわ。“徹底的にこの私が調教したんだから”。」

毒島(それはまぁ・・・。逆に心配だな。レディースたちの精神が・・・。)

そして、それぞれが目的のために動き始めた。



第七学区 とある通学路
大学の多い第五学区とは違い、中学生や高校生が集まる第七学区は、住民のニーズに合わせた若い・・・強いて言えば、幼い感じの店や街並みだった。
そこに寅栄瀧麻はいた。つい数年前までは高校生だった彼だが、第五学区で服を買っているせいなのか、周囲より大人っぽい出で立ちだ。
今日は休日の土曜日、多くの学生が私服姿で街を闊歩し、常盤台みたいなプライベートでも制服を強要する校則を持つ学校の生徒でもない限り、
学生服姿の人間は見当たらない。

「せっかくの休日なのに補習なんて不幸だー!!」

訂正しよう。休日返上しないと成績が追いつかない頭の悪い生徒は例外のようだ。

寅栄(さてと・・・。この辺りなら来るかな・・・。)

そう言って、寅栄は周囲を見渡す。
休日ののどかな公園。小鳥のさえずりが聞こえるほど静かで平和な場所だったが―――

??「ちぇいさーっ!!」

突如、少女の掛け声と共に何かしらの金属が叩きつけられる鈍い音が聞こえた。
寅栄が音のする方を振り向くと、そこには少し古い自販機とその前に立つ中学生くらいの少女がいた。
後ろ姿しか見えないが、肩にまでかかる茶髪と発展途上の体型。
グレーのミニスカート、白いシャツにベージュのブレザーは名門お嬢様学校の常盤台中学の制服だ。
しかし、彼女の立ち振る舞いはお嬢様とは形容しがたい。

寅栄(あれって確か、常盤台の制服だよな?)

寅栄が目を凝らして見ると、自販機の一部に集中して傷が付いており、少し凹んでいた。
位置や音からして彼女が自販機を蹴り飛ばし、タダでジュースを手に入れているようだ。

寅栄(あいつをおびき寄せるのにちょっと利用させてもらうか・・・。)

まるで悪企みするかのようなワルの顔で寅栄は常盤台の少女のところへ歩み寄る。

寅栄「あっれ~?常盤台のお嬢様が自販機を蹴り飛ばして、ジュースタダ飲みしてるぜ~?」

寅栄がわざとらしく声をかけると、常盤台の少女は怪訝そうにこちらを睨みつける。
その少女は色気というものが無いが、化粧が必要ないくらい整った容姿ではあった。
数年後にはかなりの美女になるのが大いに期待できる。

寅栄「学校に連絡されたくなきゃ、お兄さんと楽しいことしようぜ~。」

常盤台の少女「良いのよ。入学仕立ての頃、こいつに万札を飲み込まれたんだから。」

思った通り、反抗的な態度をとってくる。だが、能力を使って抵抗しようとする素振りは見られない。
常盤台は強能力者《レベル3》以上の上流階級のお嬢様のみが在籍する学校だ。
そのため、世間知らずのお嬢様や金を狙って寄ってくるスキルアウトも多いし、学校では能力を用いた護身術も教えている。
能力を使ってこないのは、怖気づいて演算できないか、能力を使う必要が無いくらい格闘が優れているのか、
人間には向けられないくらい危険な能力の持ち主か・・・・。
いずれにせよ、向こうが従順でもなく、能力を使ってくるわけでもない膠着状態は寅栄に好都合だった。
あとは、“あいつ”が来るのを待つだけだ。

――――と思った瞬間だった。

??「おおおおおおおおおお姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

バコォォォォォォォォォォォン!!!

突如、響き渡る奇声と共に寅栄の後頭部に衝撃が走る。
背後からいきなりドロップキックを喰らわされたような・・・というか喰らわされた衝撃。
その衝撃で寅栄は5m近く吹き飛ばされる。

??「風紀委員《ジャッジメント》ですの!」

常盤台の少女「黒子!?」

寅栄「痛つつつつつ・・・・。もうお出ましかよ。早いじゃねぇか。白井黒子。」

白井「往来で上半身を露出するに飽き足らず、お姉様に手を出すという暴挙に出るなんて・・・。やっぱりケダモノはケダモノですの。」

お姉様「え?黒子?この人知り合い?」

白井「上半身露出の常習犯ですの。」

寅栄「違う。俺の肉体美を披露しているだけだ。」

お姉様「やっぱり変態じゃん。」

白井「とにもかくにも、こんな獣と同類の露出狂の変態をお姉様のお傍に居させるわけにはいきませんの。」

白井が男の身体に触れると、2人は一瞬にしてその場から消えてしまった。
“外”だったら大騒ぎだろうが、学園都市ではそれほど驚くことはないし、珍しいことでもない。
白井が空間能力者《テレポーター》であり、自身と寅栄を別の位置にテレポートさせただけなのだ。



幾度か白井がテレポートし、彼女が“お姉様”と呼び慕う生徒から十分に距離をとった。
人のいない脇道に2人がテレポートで出現した。
幾度かテレポートを繰り返している内に寅栄は手錠をかけられてしまい、
何度も景色が一瞬で切り替わる視覚的効果によるテレポート酔いになっていた。
手錠をかけられ、その上テレポートで出現した金属棒で壁に貼り付けにされたなんとも惨めな姿である。

白井「さて・・・、どういう理由でお姉様をその毒牙にかけようとしたんですの?」

寅栄「別にお前のお姉様とやらに用はねぇよ。お前を呼び出すためにああいうことをしただけだ。」

白井「残念ながら、殿方に興味はありませんの。」

寅栄「いや・・・、別に俺もそういうつもりで呼んだんじゃないからな。
お前のところにいるだろ?えーっとほら、名前なんだっけ?あのお花畑は・・・・。」

白井「初春のことですの?」

寅栄「そうそう。その初春って娘に用があったんだ。案内してくれるか?」

白井「それで、『ああ。そういうことですの。』と言って、案内してあげると思ったんですの?
残念ながら、私利私欲のために初春を利用しようとしている方を案内させるわけにはいきませんの。」

寅栄「はぁ・・・。分かった。だったら、お前が納得する理由を述べてやるよ。」

白井「では、お聞かせ願いますの。」

寅栄「内容は省かせてもらうが、俺たちは色々とあって、とあるデータコードを手に入れた。
俺はそいつの中身をどうしても見たいんだが、ウチのハッカーでもお手上げなぐらいセキリュティーが頑丈なこった」

白井「だから、初春の力が必要なんですのね・・・。けど、それが本当かどうか信用できませんの。」

寅栄「よし。じゃあ取引をしよう。」

白井「取り引き…ですの?」

寅栄「ああ、実は以前、とあるデパートの福引きでその福引き“限定”で尚且つそのデパート“限定”、
その上、今後絶対に生産されない“超限定”のゲコ太ポストカードを手に入れたんだが…」

白井「その話、乗ったんですの!」

寅栄「早っ!」


白井(これをお姉様にプレゼントすれば…
『黒子。あなたが後輩で本当に良かったわ』
『お、お姉様…』
『いや、後輩なんて言葉じゃ足りないわね。もっと近い関係になりましょう』
『そ、そんな…お姉様…ああんっ!』

うふふへへへへへ・・・」

寅栄「おーい。惚けてないで、さっさと確認とれよ。(後半あたりから聞こえてるぞ。)」



白井が妄想世界《ヘヴンズゲート》から帰還するまでに30分はかかってしまったが、とりあえず取引は成立した。
「中身を絶対に見るな。」「見たら取引は無効」としつこいくらいに寅栄は念を押した。
そして、データコードを受け取った白井は即座にテレポートで一七七支部に向かい、そして10分後には寅栄の元に戻って来た。

寅栄「早っ!」

白井「約束通り、初春にデータを開示させましたの。勿論、中身は見てないですの」

寅栄「それは良かった。それにしても早かったな。てっきり1時間はかかるかと…。お前のところの花畑凄いんだな。」

白井「それはもう…」

少し自慢げに白井は寅栄につい10分前の出来事を語り始めた。

風紀委員177支部
白井がカードキーで扉のロックを解除し、いつも仕事をする部屋へと入る。
大量の書類が所蔵されている棚と応接用のソファーとテーブル、複数あるオフィスデスク。
近くに常盤台があることで女子生徒のメンバーが多いのか、
学園都市の治安維持組織である風紀委員《ジャッジメント》の拠点にしては温かい雰囲気を醸しだしていた。
そこでただ1人、黙々とパソコン画面に向かっている少女がいた。
白と紺の夏物セーラー服を着て、頭全体をすっぽり覆うほど大量の花が付いた髪飾りを着けている。
その花飾りのせいなのか、まるで花瓶がパソコンの前に置いてあるように錯覚する。

白井「初春。只今、戻りましたの。」

白井が声をかけると、初春は椅子を回転させ、白井と寅栄の方に顔を向ける。
年相応かそれより幼い顔立ちの可愛らしい少女だが、やっぱり頭の花飾りのインパクトのせいで顔の印象はかなり薄い。

初春「あ、白井さん・・・お疲れ様でした。」

白井「初春。少し、仕事よろしいですの?」

初春「大丈夫ですけど・・・、どうかしたんですか?」

初春が尋ねると、白井はポケットから出したメモ紙を渡す。
渡されたメモ紙に初春が目を通し、珍しいものを見る目のように凝視する。

白井「詳細は省きますが、去年の未解決事件の重要な証拠が入ってるデータコードですの。
訳あって警備員《アンチスキル》に届けることも出来ず、あなたに頼っている状況ですの。」

無論、初春を動かすための出任せである。皮肉にもでまかせが事実を表しているのだが…

初春「でもこれって・・・VNZコードじゃないですか。学園都市トップレベルの機密情報ですよ。」

白井「そのデータ開示できますの?」

白井に尋ねられると、初春は白井と寅栄の目線から逸らすように椅子を回転させ、パソコンへと向かう。
さすがの守護神《ゴールキーパー》でも学園都市の機密情報は無理だったのか―――と白井は落胆した途端だった。

初春「ちょっと時間かかりますけど、大丈夫ですよ。」

白井「本当ですの!?」

初春「はい。それじゃあ、コーヒーでも飲みながらのんびり待ってて下さい。」

そう言うと、初春はキーボードの上に指を置いた。
さぁ・・・ここからは守護神《ゴールキーパー》の独壇場だ。
まるで演奏直前のピアニストのように静かに置かれた指先は突如、ミシンの針のように高速でキーボードを叩きだし、
キーボードから奏でられるカタカタという旋律は0と1で構築された情報世界を支配していく。
パソコンの画面は目まぐるしく切り替わり、その速度は人類の反射神経の限界を超えていた。

白井「わたくし、時々、初春が何者なのか分からなくなる時がありますの。」

それから20分後、守護神《ゴールキーパー》は電脳世界から凱旋した。
「思ったより強引なセキリュティだったので大変でした。」と言いながらも汗ひとつかかず、余裕の表情でニコニコと2人に笑いかけた。

初春「データコードのセキリュティは大したこと無かったんですけど、
データを開示したと同時にプログラムを破壊するコンピュータウィルスが仕込まれていたので、
即席ワクチンを作るので時間かかっちゃいました。」

以上が守護神《ゴールキーパー》の輝かしい活動の記録である。

寅栄「あの花畑侮れねえな…」

白井「とりあえず、これが例のデータですの。」

寅栄「おう。ありがとうな。」

白井がメモリを渡し、寅栄が受け取り、さっそく自分の携帯端末に接続して中身を見ようとする。
しかし、すかさず白井が端末を寅栄から取り上げる。

寅栄「おい!何のつもりだ!」

白井「犯罪行為に加担させられていないかチェックしますの」

白井が端末を取り上げ、開示されたデータを見る。

白井「「第二十三次複合型能力開発実験?」」

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最終更新:2013年02月25日 01:03