第六章 宇宙頭脳《スペースブレーン》
第二三学区
学園都市が誇る世界一の航空技術と宇宙開発技術が集約する最重要学区。
日々、目まぐるしく航空機が離着陸するこの学区では、飛行機のエンジン音や離着陸時の滑走路とタイヤの摩擦音はもはや日常の音である。
第二三学区のとある研究施設。
まるで病院のように白で統一された内部の部屋にその男はいた。
物腰柔らかく、年齢は五十代くらいだろうか。ほぼ黄色に近い薄い茶髪、髭も同色だ。
白衣を着ており、医師か研究職の人間であることが窺えるが、白衣が不釣り合いに思えるほど筋肉質な体型をしている。
その男は暇そうにゆっくりとコーヒーを啜り、まだ半分残っているコーヒーカップをテーブルの上に置く。
すると、某恐竜映画のワンシーンを彷彿させるように、施設にわずかながらの振動が走り、コーヒーに波紋が広がっていく。
??「まったく・・・。外部の航空機は五月蝿くて敵わないな。」
そう呟く男の傍に一人の女性が現れる。
いわゆるワカメヘアーと呼ばれる細かいウェーブがかかったくせっ毛を花柄のヘアバンドでまとめている。
顔立ちや体型は日本人そのものだが、ほぼ白か銀に近い色素の薄いグレーの髪を肩に乗せ、透き通るような白い肌をしている。
男と同様に白衣を羽織り、研究職の人間っぽいが、その下はジャージにサンダルというあまりにもラフな格好をしている。
その出で立ちには色気があり、思春期の男子が想像する保健室の先生のようだ。
丸メガネをかけてて、目はおっとりしている感じ。
『美人』というよりは『かわいい』という印象を受けるだろう。
??「冷牟田か。」
冷牟田「あら、
木原故頼。ちょっと耳寄りな情報なんだけど聞きたいかしら?」
故頼「脱走した№108の所在か?」
冷牟田「いいえ。そっちの方はまだ捜索中よ。今回は別の話。まだ性懲りも無く、あの事件を追っている連中がいるらしいわ。」
故頼「また緑川とかいう警備員《アンチスキル》か?」
冷牟田「違うわよ。データを持ち出した
毒島帆露の弟とスキルアウト。名前は何だっけ?えーっと確か・・・軍隊蟻《アーミーアンツ》だったかしら?」
故頼「ふん。スキルアウト如きが真相に辿りつけるわけないだろう。封筒の中身は全てこちらの手の内だ。
あの女も喋ることが出来ない。口封じは完璧だ。下手に手を出した方が怪しまれる。」
冷牟田「あら、随分と余裕なのね。」
故頼「そんな連中より、№108だ。脱走してもう3ヶ月が経つのに、いまだに捕まえられない。」
冷牟田「じゃあ、今後どうなるか、占ってあげましょうか?」
冷牟田はそう言うと、ジャージのポケットから紙吹雪を撒き散らすと、手を振って紙吹雪を念動能力か何かで操り始める。
すると、紙吹雪は冷牟田の左手に集まり、一輪の花を造形する。
冷牟田「私は花占いがお気に入りでね。生憎、ここには花が無いからこれで我慢して頂戴。」
故頼「じゃあ、占ってもらおうかな。」
そう言われると、冷牟田はキョトンとした顔で驚いた。科学者なのだから、占いなんて非科学的なもの頼らず、
故頼は占いなんてものを否定するかと思っていたからだ。
冷牟田「科学者なんだから、占いなんて非科学的なものは信じない部類の人間だと思ってたわ。」
故頼「この世界では科学で説明できないものがたくさんある。
樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》なんていう超高度並列演算器《アブソリュートシュミレーター》まで開発し、
分子一つ見逃さずに計測することで天気を『予言』した。
そう、科学は“神の御業”を“人の偉業”へと格下げさせたのだ。
だが、それでも学園都市は、科学は神の存在を証明することも、否定することも出来ない。
だからこそ、私は科学には囚われない。」
冷牟田「あら、意外にロマンチストなのね。」
故頼「そうだ。私は“科学で無知な愚か者たち”とは違う。」
すると、部屋をノックして、一人の白衣の青年が入ってきた。
「木原さん。そろそろ時間です。」
故頼「そうか・・・。」
そう呟くと、故頼の顔は№108を失った苛立ちを隠し、穏和で物腰柔らかそうな、
小学校の教師とか保育士とかにいそうな子供受けの良い笑顔を持ったオッサンへと変わった。
冷牟田「あら。そんな表情がだせるのね。意外だわ。」
故頼「こうでもしないと、モルモットのご機嫌取りは難しいからな。彼らは境界突破《アフターライン》計画に重要なモルモットなのだから。」
故頼が云々と語った後、残りのコーヒーを啜り終えると、椅子から立ち上がって部屋から出ていった。
それを見届けると、冷牟田は能力で造形した花の花びらを一枚ずつ念動力で取っていく。
1枚・・・2枚・・・3枚・・・と次々と紙吹雪の花弁と千切り取っていく。
そして、最後の1枚が残された。
冷牟田(木原故頼。どう足掻いたとしても、あなたには既に破滅の運命を辿っているのよ・・・。)
冷牟田は不敵な笑みを浮かべると、花を再び紙吹雪に戻し、束ねてジャージのポケットに収納した。
第七学区 風紀委員一七七支部
白井「第二三次複合能力開発実験?」
“第二十三次複合型能力開発実験”
通称“宇宙頭脳《スペースブレーン》”
本計画は「宇宙空間という、地球とは異なる環境下における能力開発の効果」を提示するプロジェクトであり、
虚数研の木原故頼博士発案の下、108名の置き去り《チャイルドエラー》、木原博士を含む17名の研究者、
16名の宇宙飛行士、20名余りの宇宙技師という大規模な人員と資金を投入した。
去年の4月から5月にかけて、4回に分けてシャトルを打ち上げ、ラグランジュ4、ラグランジュ5のステーションに分担して実験を開始。
実験の概要としては、無重力、無酸素、多量の放射線という宇宙空間特有の環境が能力開発にもたらす影響の測定と、
理論上では不可能とされている多重能力《デュアルスキル》の生成である。
第一実験
被験体№001
放射線遮断区画を用いて、無重力のみを特殊条件とし、地球上と同様に能力開発を行った。
(中略)
結果として、
被験者に能力が発現することは無く、空間認識能力の欠如が見られた。
(中略)
第六三実験
被験体№066、№067
放射線をγ線のみに限定し、PY0112fを投与した状態で能力開発を行った。
№19は右脳に投与、№20は左脳に投与、対照実験の為、同時に開発を開始。
(中略)
開発中に原因不明の脳細胞の膨張・破裂現象が同時に発生したことで№019、№020は死亡。
解剖により、PY0112fそのものに問題があることが判明。今後の実験には使用しないことが決定した。
尚、№019と№020の遺骸は利用価値が無いため、細かく解体した後、太陽に向けて投棄。
(中略)
第三実験で副交感神経系の神経伝達に以上を来していた№003が能力を行使し、反逆を開始。
研究的価値はあったものの、他の被験体への影響を考慮した結果、銃殺処分。失敗したの被験体と同様に太陽軌道へと投棄。
(中略)
第百実験(最終実験)
被験体№108
第一~第九九実験までの結果を踏まえ、能力開発はETI法を使用、薬品はLLC7334、アプロキシゲン等を使用。
無重力空間にて放射線の波長は第九一実験で使用したものを参照。第三四実験と同様に頭頂部の皮膚を切除、
頭蓋骨の一部を開けた状態での能力開発を開始する。
(中略)
言語能力に障害が残り、文字や言葉を理解できないが、非常に強力な能力の発現を確認。
念動力系の能力だと思われるが、宇宙での活動期限が迫っているため、能力の解析は地上の施設にて続行する。
被験体は総勢108名
無能力者《レベル0》相当 21名
弱能力者《レベル1》相当 7名
低能力者《レベル2》相当 4名
強能力者《レベル3》相当 3名
大能力者《レベル4》相当 1名
超能力者《レベル5》相当 1名
残りは実験途中で死亡。検死も終了したため、太陽軌道へと投棄
検証
最終実験にて強力な能力を発現した№108こと
四方神茜(しほうじん あかね)は身体検査《システムスキャン》の結果、
念動能力の超能力者《レベル5》に相当するものと判明。我々はこれを振動支配《ウェーブポイント》と命名し、
以降は彼女を中心とした研究へと展開していく予定だ。
最終報告書
樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》が108人の被験体を地球上で能力開発した場合の予測と比較した結果、
宇宙空間での能力開発は地上以上のリスクを伴い、尚且つ発現した能力者が地上の予測よりも少ないこと、多数の被験体が死亡したことで、
宇宙空間での能力開発はコストに見合わない結果となった。
本研究は莫大な資金を投入しつつも、それ相応の結果が生まれなかったため、統括理事会より実験の中止命令が下された。
よって、実験の続行は不可能であり、生き残った被験体と研究員の処分は以下の通りにする。
そこで、文章は終わっていた。、
あまりの内容に白井と寅栄は呆気を取られ、戦慄した。
裏金とか研究利権とか、大人の腹黒くて薄汚い何かが見れるとは期待したが、これは予想の斜め上なんてレベルではなかった。
あまりの血みどろドス黒グロ介だ。
寅栄「何だよ・・・・これ・・・。クレイジーなんてレベルじゃねぇぞ。」
白井「正気の沙汰とは思えませんの。学園都市で危険な実験が行われているのは大方の予想はつきますが・・・これは、想像以上ですの。」
寅栄「この発案者の木原故頼って奴、どんな奴だ?」
寅栄は端末の別のウィンドウを開いて木原故頼について調べる。
木原故頼(53歳)
6年前まで第十学区の八葉原子力・放射線研究所に所属、現在は第二三学区の国際特殊環境研究所に所属。
物理学、とりわけ放射線学に分野において優れた研究成果を発表し、
彼の代表論文である「放射能による脳・能力開発への影響とその予測」は注目を集めたが、
実証するには非常に危険な手段を要したため、机上の空論となった。
寅栄(何となく、辻褄が合ってきたな・・・。毒島帆露は何らかの手段で宇宙頭脳を知ってしまい、
そのデータを警備員《アンチスキル》の詰め所に持って行こうとしたが、
木原故頼、又は彼らの通じる者によって雇われたスキルアウトに暴行され、封筒を奪われた。ってところか・・・。)
寅栄「これを見なかったことにしろ」
そう言って、寅栄は白井から端末を取り返す。
白井「どういうつもりですの!?」
寅栄「お前だって、見れば分かるだろ。こいつは学園都市そのものを敵に回してしまうパンドラの箱だ。
向こうにバレてはいないとはいえ、俺たちは絶望の蓋を開けちまったんだよ。」
白井「これをこのまま見過ごせって言うんですの?」
寅栄「別にお前たちが関わる必要はないし、逃げても誰も責めたりはしない。
元はと言えば、初春がこのデータを開示してくれれば、お前たちの仕事はここで終了。
今後も何事も無かったかのように風紀委員《ジャッジメント》の活動に勤しんでいればいんだ。」
確かに寅栄の言う事には一理ある。
黒幕は相手がスキルアウトだから油断しているのか、軍隊蟻《アーミーアンツ》の行動を警戒していない。
樫閑が言ったようにスキルアウト如きが真相に辿りつけないと高を括っているのだろう。
だから、黒幕は寅栄がデータコードを入手していることは知らないし、ましてやデータを解読しているなんて思いもよらないだろう。
だから、白井と初春が事件に関わっているとは微塵も思わない。
しかし、それでも白井は喰ってかかる。
寅栄「『ここで引き下がれば、風紀委員《ジャッジメント》としての正義感が許さない。』そんなことを言いたそうな顔だな。
けど、これはお前らの正義感だけの問題じゃない。お前ら自身やクラスメイト、同僚、親友、
お前がお姉様と呼び慕っている女にまで危害が及ぶ可能性だってある。それらを全て護るか、見捨てるか、腹を括ってから決めるんだな。」
納得したかのように白井は黙り込み、反抗してくることは無かった。
寅栄「俺としては、これ以上、関わらないことをおススメするぜ。」
寅栄はそう言い放つと、メモリーカードを持ち去り、路地裏から出て行った。
路地裏を出て、表参道に出た途端、そこで懐かしい顔と遭遇する。
うなじまでかかる真っ直ぐな黒髪に眼鏡をかけた女子高生だ。風紀委員《ジャッジメント》の腕章を付け、
いかにも委員長な雰囲気を醸し出す。・・・が、
彼女の豊満なバストのせいで「そんなことはどうでもいい」と思えてくるのは男の性なのだろうか。
寅栄「お前・・・確か、黒妻のところの・・・。」
??「固則よ。固則美偉。まだ覚えてなかったの?」
寅栄「久しぶりだな。そのー・・・何だ?黒妻のことは、ご愁傷様だったな。」
固則「気にしないで。それにそのセリフ、会う度に言ってるじゃない。。」
寅栄「そうか・・・。」
かつて、固則は黒妻綿流がリーダーを務めるスキルアウト“ビッグスパイダー”に所属していた。
いかにも真面目そうな彼女がスキルアウトに入った理由を寅栄は知らないが、
ビッグスパイダーは軍隊蟻《アーミーアンツ》と同じように単なる不良の集団ではなかった。
武装こそはしていなかったが、自分たちにルールを設け、節度ある行動をとっていたチームなのだ。
そうなれば、彼女の様な人間が所属していた理由もなんとなく分かる。
寅栄と固則は黒妻を通して、何度か会った事がある。
しかし数年前、その黒妻綿流は敵のチームに捕らえられた部下を助けにいったところ、爆発に巻き込まれてしまった。
それ以降、音信不通となってしまい、死亡、又は行方不明となっている。
固則「そんなことより、随分と物騒なことに巻き込んでくれたじゃない?」
寅栄「あれ?聞いてた?」
固則「まぁね。大方のことは盗み聞きさせてもらったわ。」
寅栄「行儀が悪いなぁ・・・。それに、まだあいつら巻き込まれてねぇよ。
確かに崖まで連れて来て、崖の底を見せてしまったが、まだあいつらは崖の底には落ちていない。
Uターンして、今日のことを忘れれば、それで万事OKだ。」
固則「私としてもそうして欲しいんだけど・・・、どうしてなのかしらね。
あの子たちには崖っぷちで足を前に進めるものがあるのよ。あなたがよく口にする“筋”って言ったらいいかしら?」
寅栄「“筋”か・・・。」
そう呟くと、寅栄は深くため息をついた。そして、青い空を見上げる。
寅栄「俺は置き去り《チャイルドエラー》だからな。親も兄弟もいないから、失うものは少ない。
それに、誇りの一つや二つ持ってないと、時々、自分が何者か分からなくなってしまう。
だから、“筋”ってものにすがりつく。そうしないと、自分がいた証がこの世から消えてしまいそうで怖いんだ。」
固則「要するにあの人が通す筋が“強さ”なら、あなたの通す筋は“弱さ”から来ているのね。」
寅栄「何だ。よく分かってるじゃないか。まぁ、兎にも角にも、お前からもあの2人が無茶しないように言っておいてくれよ。」
第五学区 病院
第五学区のほぼ中心に位置する病院。外見に関しては、“普通の病院”としか言いようが無い程、これといった特徴がない。
しかし、内部は少し違っていた。周囲に大学が多いせいか、大学の医学部などからの研修生が多く、白衣を着た人間の平均年齢は若い。
他にも大学や付属の研究所が製作した医療機器を試験的に運用しているところもあり、見慣れない機械が病院の廊下を闊歩する。
その廊下を
毒島拳と
樫閑恋嬢、そして、後方を軍隊蟻《アーミーアンツ》の女性メンバー“レディース”が3人ほど付いて来る。
レディース達はいかにもヤンキー女という風貌だが、樫閑による“教育”のせいなのか、背筋を伸ばした歩く姿は軍人そのものであり、
指先、つま先にまでその教育を垣間見ることが出来る。
毒島「ここが姉さんの病室だ。」
ある一室の前に毒島が立ち止まる。
そこは病棟の外れにあり、尚且つ毒島帆露というネームプレートのみの個室だった。隣の病室ともかなりの距離があり、
孤立・・・と言うより、隔離されているような状態だ。
樫閑「随分と他の患者から離されてるのね。」
毒島「姉さんは事件のショックで能力が制御できない状態だ。担当医が言うには、暴走の被害を最小限にするための処置なんだとさ。」
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
突如、毒島の脳内に金切り声のような音が響き渡る。それと同時にやってくる脳の激痛。耳から入ってくる音ではない。脳
に直接、音が伝達されてくるのだ。その音はとても不快で、非常に悲しいものだった。
怒り、悲しみ、憎しみ、恨み、ありとあらゆる負の感情をボウルにぶち込んで混ぜ込んだものを
直接、頭蓋骨の中にぶち込まれたような感覚だ。
毒島は必死に耳を塞ごうとするが、音を塞ぐことは出来ない。
樫閑「何!?どうしたの!?」
突如の事態に樫閑、レディース達が慌てふためく。
毒島「くっ・・・!!ボタンを・・・ボタンを押してくれぇぇぇ・・・」
毒島が必死に指さす先には、壁に後付けされた赤い非常スイッチがあった。
レディースの一人がすぐにボタンの元へと駆け付け、スイッチを力強く押した。
すると、最寄りのナースステーションから数人の女性看護師が大急ぎで駆け付け、帆露の部屋へと入っていく。
「どうしたんですか!?」
「落ち着いて下さい!毒島さん!私たちです!」
「ったく!研修生が!!余計な仕事増やしやがって!!」
「誰か、腕押さえて!!」
帆露の叫び声と共に慌てふためく看護師たちの声が響き渡る。
部屋の外で茫然と立ち尽くし、声しか聞こえない樫閑たちだったが、
部屋の中がどれほどの修羅場だったのかは容易に想像できるぐらい凄惨な叫び声だった。
それから数分後、しわくちゃになった衣服の数人の看護師と担架で運ばれた一人の白衣の若い男が部屋から出てきた。
看護師たちは顔に複数の引っかき傷が出来ており、夜勤明けのよう疲れ切った顔をしていた。
担架で運ばれている若い男は完全に泡を吹いて気絶しており、胸には“研修生”というネームプレートを付けていた。
看護師たちの一人が立ち止まり、頭を抱えて伏せていた毒島へと声をかける。
看護師「あら、毒島さんじゃないですか。大丈夫ですか?」
毒島「ああ・・・。もう慣れてるから・・・。」
少し頭を労わりながら、毒島が立ち上がる。看護師は彼を介抱する様に少し肩を貸す。
看護師「それにしても、今日はお見舞いに来る人が多いんですね。帆露さんのお友達ですか?」
樫閑「ええと・・・まぁ、弟くんの知り合いみたいなもんです。」
看護師が少し疑うような目で樫閑たちを見つめる。
樫閑だけが来るのなら、それは問題ないだろう。彼女は
長点上機学園の制服を着ている。
学園都市屈指の名門校の制服なら、それだけでも十分なステータスだ。
しかし、樫閑の後ろにはいかにもヤンキーファッションなレディースたちがいる。
帆露がスキルアウトの暴行で入院してしまったこともあり、そういうところには過敏なのは当たり前だ。
樫閑「あのー。それよりも、今の何だったんですか?」
看護師「あ、ああ。あれですか。」
突然の質問に看護師は少し動揺したようだ。
看護師「あれは彼女の能力、大衆念話《マセズトーカー》の暴走です。」
樫閑「念話能力《テレパス》系の能力ってことは、脳に直接語りかけることを利用して、
自身にとって脅威となる存在を迎撃する為に不快な音を流しこんでるってことですか?」
看護師「さあ、私にはよく分かりませんね。とりあえず、今は精神安定剤で落ち着かせていますが、彼女を刺激するのはちょっと・・・・」
看護師がいかにもヤンキーファッションなレディースたちを見る。
樫閑「彼女達はここで待たせるので、私だけってのは大丈夫ですか?」
看護師「彼(毒島拳)が良いのなら、それでいいでしょう。」
「それでは」と言いながら、看護師は次の仕事場へといそいそと歩いて行った。
レディースたちのことは少し気にしているのか、何度かこちらを振り返っていた。
樫閑「じゃあ、行ってくるわね。」
樫閑が病室の扉に手をかけようとするが、毒島が付いて行かないことに疑問を持ち。寸前で止まる。
樫閑「あなたはお見舞いにいかないのかしら?」
毒島「言っただろ。“男性恐怖症”だって。例え親でも弟でも男であれば恐怖の対象なんだよ。
だから、いつもはフードを被って、顔を隠すのが精一杯だ。それに、姉さんから色々と聞きだすつもりなんだろ?
だったら、恐怖の対象が同じ部屋にいたら邪魔だろ?」
樫閑「そう・・・。何か伝えて欲しいこととかある?」
毒島「『もうすぐ仇が討てる。弟より』って言っておいてくれ。」
樫閑「分かったわ。」
入口付近で待つ毒島とレディース達が見送る中、樫閑は帆露の病室の扉を開け、病室の中へと入っていった。
病室の中は意外とさっぱりとしていた。
凄惨な事件に遭い、精神的に不安定な彼女のためなのか、彼女の精神に刺激を与えない配慮が施された部屋だ。
壁や天井、小物に至るまで全体的に白を基調としたもので、大きな窓も白いカーテンで外が見えないように塞がれていた。
無我の境地とでも言うべきか、何の感情も起こらない部屋だ。
そんな病室の唯一のベッドに毒島帆露はいた。
弟の拳から見せられた写真では、長い黒髪で背の高いモデルの様なプロポーションを持つ綺麗な女性だったが、
今では事件のせいで精神が追い詰められ、完全にやつれきっていた。
あまり眠れていないのか、目の下にはクマが出来ており、髪の毛も必要最低限の手入れしかされていない。
頭には手術痕を隠すためにニット帽を被っている。
表情からも疲れ、悲しみ、恐怖、この3つしか感じることが出来なかった。
そこに、毒島拳が見せた写真にいた綺麗な女性の面影はなかった。
帆露「誰!?」
帆露が樫閑に振り向く。緊張する樫閑に対し、彼女の表情は警戒と恐怖に包まれていた。
ベッドのシーツで身を包み、顔だけ出して樫閑を見つめる。
帆露「もしかして、“あいつら”の仲間!?」
樫閑「“あいつら”って一体誰?」
帆露「とぼけないで!!あなたもあのフードの男の仲間でしょ!?」
樫閑「あの・・・だから、私たちは違・・・」
帆露「帰って!!こんな口止め料なんていらないわよ!!」
ヒステリックな叫びと共に、帆露は樫閑の胸元に小さな包みを投げつける。
空中で包みが分解し、数十万円近くのお札が床に散らばる。
もはや、男性恐怖症だけの問題ではない。完全に疑心暗鬼、疑わしき者は全て敵だった。
それから、手の届く範囲にある小物を次々と樫閑へと投げつける。
樫閑「ちょっ・・・痛い。・・・。お願いだから話を・・・・」
完全に仇敵を見る目で樫閑を見つめる帆露。そんな彼女の手には病室に置いてある花瓶が握られていた。
帆露「私の人生も!あの子の全てもメチャクチャにしておいて!!
お金なんか持ってきたと思ったら、口止め料で謝罪する気ゼロ!!ふざけんじゃないわよ!!」
帆露が渾身の力を込めて花瓶を投げつける。
彼女は咄嗟に手を前に出して顔を守る。・・・が物音からただ事ではないと思い、部屋へと突入した3人のレディース達が身を呈して彼女を守った。
レディースA「大丈夫っすか!?姐御!?」
レディースB「すみません。勝手に突入しちゃって。」
レディースC「さすがにヤバいんじゃないかなぁ・・・って思って。」
樫閑「ありがとう。大丈夫よ。」
樫閑は助かった。しかし、レディース達の「いかにもスキルアウト」な様相は帆露の精神を更にかき乱し、
樫閑への疑惑を誤解とはいえ、“確定事項”にしてしまった。
帆露「あなた達・・・・スキルアウト?やっぱりそうだったのね。“告発文書”を奪って、私をこんな風にしただけじゃ飽き足らず、
今度は“あいつら”に雇われて私を殺しに来たわけね!?」
樫閑「違う・・・!私たちは――――」
帆露「出て行って!!私はあんた達なんかに負けたりしない!!絶対に暴いて!!復讐してやる!!」
帆露の気迫が迫る叫びの後、少しばかりの沈黙が病室を支配する。
樫閑「・・・・・。そうね。泣き寝入りなんてカッコ悪いわ。」
そう言い残すと、樫閑は踵を返し、帆露に背を向けて病室を出て行った
それにレディースたちが付いて行く。
病室から出ると、毒島拳が腕を組み、壁に寄り掛かって4人を待っていた。
申し訳ない顔で樫閑が毒島の前に立った。だが、どう謝罪するべきなのか、お見舞いに行く予定があんなことになってしまい、
彼と目を合わせられなかった。
樫閑「ごめんなさい。あんなことになってしまって・・・・。」
毒島「大方、あんな風になるのは予想出来てた。弟の俺でさえ、殺されそうになったんだ。
もう、黒幕の首でも持ってこないと、姉さんはずっとああかもしれないな。」
樫閑「そうね・・・・・。」
ピリリリリリリ
気まずい雰囲気を意図的にブチ壊そうとしたのか、樫閑のポケットに入っていた携帯電話が着信音を鳴らす。
樫閑「はい。こちら樫閑。どうしたの?」
電話の相手の話を聞いた途端、瞳孔を開き、樫閑は驚愕した。
樫閑「正体不明の能力者から・・・奇襲攻撃!?」
最終更新:2013年02月25日 01:10