1

多忙過ぎる、それが少年の率直な感想だった。
ここは風輪学園にある風紀委員一五九支部、いつもならばたくさんとは言わないものの五、六人の同僚がせわしなく動きまわっているものだ。
だが、少年は一人では持て余す位広い支部にて一人書類の山と格闘している。

「おいおいおいおい! ぶっちゃけどういうことだよ!!」

少年の叫び声は支部内にただ虚しく木霊する。
少年の名前は|鉄枷束縛《てつかせそくばく》、風紀委員一五九支部の一員であると同時に風輪学園の生徒でもある。
と言っても一名を除いて一五九支部のメンバーは全て風輪学園の生徒達で賄われているのだが

その一名とは――――――――――

ガチャリと不意にドアが開く音が聞こえた。
風紀委員の支部はどこも指紋、静脈、指先の微振動パターンの3つを認証しないと入口は開かないようになっている。
つまり"ドアが開く音が聞こえた"ということは同じ風紀委員の人間が入ってきたことを示していた。
聞こえてきたのは活気ある少女の声。

「くっー! 涼しーー! 生き返るーー!」

鉄枷はうんざりした様子で少女に注意を促す。

「おい、一厘、ぶっちゃけここは支部の中だ。もうちょい静かにしてくれ」

鉄枷が一厘と呼ぶ少女の名は|一厘鈴音《いちりんりんね》、黒い艶のある髪を左側に束ねて藍色のリボンでとめている。
見た目からわかる通り風輪学園の制服ではなく灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス、ブラウンのサマーセーターと常盤台中学の制服を着用している。
そう、つまりはこの少女が支部で唯一、他校から配属されている風紀委員ということだ。
一厘はムッとしてハンカチで汗を拭ってる手を止める。

「あのねぇ、わたしははるばる第七学区からこのクソ暑い中わざわざここまできたのよ。少しは労いの言葉も掛けてくれてもいいんじゃなーいーー?」

「あーー、はいはいお疲れさん、愚痴ってる暇があるならさっさとここにある書類の山を片付けちまうぞ、何しろ今週中にまとめて提出しなくちゃいけないからな」

「何よ、わたしより歳が一つ上だからって余裕ぶっこいてーー!!」

鉄枷のそっけない態度に一厘はますます機嫌を悪くするが、鉄枷は気にも止めずただ黙々と書類を片付けていく。
一厘は荷物を専用のロッカーにしまうと周りをキョロキョロと見回して鉄枷に尋ねた。

「貴方一人だけだけど他の人はどうしたの?」

「さぁな、|湖后原《こごはら》の奴はパトロールとかいってお前がくる少し前にでていったが」

「ふーん、|湖后原《こごはら》君がねぇ……他の人はどうなの?」

「後の奴らは知らねーよ、というかさっさと働け、ほらこれがお前のノルマだ」

鉄枷は分厚い書類の束を一厘にズイッと渡してきた。

「えーー!? こ、こんなにあるの!?」

「当たり前だろ? 常盤台のお嬢様だかなんだか知らねえがここでは同じ風紀委員なんだ。しっかりと働いてもらうぞ」

「う……それくらいわかってるから!」

差し出された書類を受け取ると一厘は渋々書類の片付けに取りかかった。



  2


風輪学園には順位制というものがある。
順位がつけられているのは風輪学園に一六人しかいない|大能力者《レベル4》のみであり、その順位も一位から一六位である。
その順位で第五位に位置する少年、|湖后腹真申《こごはらまさる》は放課後の校舎裏を走っていた。
ただ何の理由もなしに走ってるわけではないし、誰かに追われてるとか誰かを追っているという訳でもない。
湖后腹の走る理由はただ一つ。それは先程聞こえてきた少年の悲鳴。
平穏という言葉が似合いすぎる程平和なこの学園で悲鳴が聞こえてくるのはよっぽどのことだ。

「まったく……! 今日はパトロールが終わったらさっさと帰るつもりだったのによ…」

湖后腹はボヤきながらも悲鳴の元へと駆けつける。
そして角を曲がると数十メートル先には三つの人影が見えた。

一人は悲鳴の主と思われる少年。そしてもう二人は―――――

「うおおおおおおおおおおおお!!」

湖后腹はその人影の方へ向かって全速力で駆けていく。
バチン! と青白い光が湖后腹の右手の周りに散った。
直後、湖后腹は右手の指先から『雷撃の槍』を放つ。
通常、光の速度で襲いかかってくる『雷撃の槍』を目で見て回避するのは不可能で、ましてや湖后腹と男達の距離は一〇メートルもない、しかしそんな状況の中、二人の男は後ろに引き、『雷撃の槍』はあっさりと避けられてしまった。
しかしそれでいい、元々湖后腹の目的は直撃させることではなく被害者の少年から引き離すことにある。
そのため、湖后腹は男達が避けれる程度に速度や質力を調節し、『雷撃の槍』を放ったのだ。
湖后腹は被害者の少年をかばうように二人の男達の前に立ちはだかると、右袖につけた腕章をつきつけて叫んだ。

「|風紀委員《ジャッジメント》だ!!この状況詳しく説明させてもらうぞ!」

二人の男達は突然割り込んできた風紀委員に多少の同様を見せながらも、お互い顔を見合わせながらニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべている。

「ニヤニヤしてないで何とか言ったらどうだ!?」

激昂する湖后腹に応える様に男達は口を開く。

「おーー、怖い怖い。風紀委員ってのはいきなり何の確認もせず攻撃してくるんだーー」

「ほんとほんと、俺達はただその子と遊んでただけだってのに」

湖后腹は後ろにいる少年をチラッと見る。
その少年のからだにはいたる所に痛々しいあざがあり、顔は恐怖が鮮明に刻み込まれている。

「へぇ、テメェらの"遊ぶ"ってのは一方的に弱者を痛めつけることなんだな……?」

湖后腹は今にも襲いかかってきそうな形相で質問する。
しかし男はあっさりと一言

「ああ、そうだよ」

ブチリと湖后腹の何かが切れる音がした。

「ふざけんなああああ!!」


  3


何時間たっただろうか、ふと鉄枷は思った。
支部内に設置されている時計を見るともう午後六時を回っている。

「あのさ、少し休憩にしない? わたしも貴方も二時間ぶっ通しで働いてるんだし」

先に口を開いたのは一厘だった。

「ん、もうそんな時間か…そうだな」

正直鉄枷も休憩したいと思ってたため、あっさりと一厘の提案に賛成する。
それを聞いた一厘はやったーといった様子で冷蔵庫の前に駆けていった。

「はぁ……」

鉄枷は机につっぷし一人溜め息をつく。

「こんだけやって……ようやく三割片付いたってとこか」

片付けても片付けても終わらない書類の山の前に脱力する鉄枷。
そんな鉄枷の目の前に一つの缶ジュースが差し出された。

「飲む?」

どうやら一厘が冷蔵庫からあさってきた物らしく、一厘は別のジュースを口にしている。

「おお、サンキュッ………って、『ブロッコリーコーラ』!? なんじゃそりゃ!」

「さぁね、美味しいんじゃない? わたしが飲んでるのは『ヤシの実サイダー』だけど、結構いけるわよ?」

「そ、そうか?」

「うん、わたしが保証する! グイッといっちゃいなさーーい!」

蓋を開けるとプシュッと炭酸ジュースの缶を開けた時の独特な音が聞こえてくる。

「じゃあ……飲むぞ……!」

鉄枷は目を閉じ、恐る恐る飲み口に口を近づける。
しかしいつまでたっても唇が飲み口に触れることはない。

(………あれ?)

鉄枷は何が起きたのか理解できなかった。
―――――そう、目を開くその前までは

「これ……私の買ったジュース」

先程まで鉄枷が持っていたジュースは丁度今帰ってきた少女の手元にあった。

『ブロッコリーコーラ』を大事そうに抱える少女の名は|春咲桜《はるさきさくら》、風紀委員の情報管理を主に担当していて、風輪学園高等部の二年生。つまりは鉄枷の先輩にあたる

ちなみに今、鉄枷が持っていたジュースを手元に移動させたのは春咲の能力であり、能力名は『|劣化転送《インポート》』

空間転移系の能力にあたるが彼女の場合は周囲にある物を手元にしか移動出来ず、また手元にある物しか周囲に移動出来ないシビアな能力であり、その移動できる物質の質量や範囲の狭さから春咲の能力はレベル二と風輪学園の風紀委員の中では最も低い。

「あ、春咲先輩帰ってきてたんスカ、すいません勝手に先輩のジュース飲もうとして……」

すかさず謝罪の言葉を述べる鉄枷の前に、春咲と一緒に帰ってきた銀縁のメガネをかけた少年が嫌味ったらしい口調で鉄枷に話し掛けてきた。

「まったくですよ、女性の飲み物を無断で飲もうとはどういう神経をしているんですか、貴方は?」

「なんだぁ? 佐野、ぶっちゃけお前は関係ないだろ」

その少年の名は|佐野馬波《さのうは》、彼もまた風輪学園に一六人しかいないレベル4の一人であり、その順位は第四位、周囲の電磁波の流れを操る能力者である。
鉄枷とは目が合う度に口喧嘩をするほどの犬猿の仲で、今まで一緒に|風紀委員《ジャッジメント》の活動をしてきたことが奇跡と言っても過言ではない。
このままではまた前みたいに口論になると察してか一厘は慌ててフォローに入る。

「あ、あのね、佐野君、鉄枷が飲もうとしてたジュースはわたしが渡した物なの それにまだ一口も口をつけてないから許してあげて、ね?」

佐野は一厘に状況を説明されるとさっきまで鉄枷に向けてた鋭い視線を下に落としながら言った。

「そうだったのですか……ですが、許すかを決めるのは私ではなく春咲さんです」

「私は大して気にしてないよ、間違いは誰にでもあること……」

(なんだよ結局俺が悪いみたいじゃねぇか…)

鉄枷はばつが悪いといった様子で無理矢理話の内容を逸らす。

「そ、そういやさあ、佐野と春咲先輩は今まで何処に行ってたんだ? もしかして……二人でデートでもしてたってか!?」

茶化す様な鉄枷の発言に対して二人とも焦ったりする様子はなく、ただきっぱりと即答した。

「「違います」」

鉄枷は冗談で言ったことをあっさりと切り捨てられ、ただ苦笑いする。

「まったく、やはり所詮は鉄枷……まぁ買い物に付き合ってもらった訳ですからあながち間違ってはいませんが」

「おいおい、俺が一人だけで書類を片付けてたっつーのに、二人で仲良く買い物かよ」

「トイレの電灯がきれてたから……買いにいってたの……」

「それに差し入れとしてお弁当も買ってきたというのに文句を言うとは……いらないんですね?」

目の前で弁当が入ったビニール袋をちらつかせられ鉄枷は飛びつくように掴みとる。

「い、いるいる!!」

(ふ……所詮は鉄枷、弁当ごときで釣れるとは安いものです)

どこか邪悪な笑みを浮かべる佐野に鉄枷は疑問を口にする

「あれ? ぶっちゃけなんで三人分なんだ? みんなで喰うなら普通四人分だろ」

「ああ、それなら」

言いかける佐野。

「わたしのはいらないよー だって寮の門限迫ってるからもう帰んないといけないし」

それをいつのまにか帰りの支度をしている一厘は佐野の言葉を遮って答えた。

「ああ、そういやそうだったな、お疲れさん」

「うん、じゃあみんな、お疲れさまーー」

「お疲れ様です」

「……お疲れさま」

風紀委員の面々は交互に挨拶して一厘を見送った。
バタンとドアが閉まると空気ががらりと変わった様に支部内は静けさに包まれた。

「さ、さーてぶっちゃけ弁当でも喰うかなーー……」

鉄枷はわざとらしく声をあげるも反応はない。
それもそのはず、馬が合わない佐野と鉄枷は第三者を介さなければあまり話すことはないし、春咲も自分から喋りだすことなど滅多にない。

(この空気……ぶっちゃけかなり気まずいんだが……)

鉄枷はもそもそと弁当を食べながらそう思う。あとの二人も同様にただ黙々と弁当を食べている。

(はぁ……厳原先輩か湖后腹がいればなぁ……)

そんな風に心の中で呟いた途端、ガチャリと再びドアが開く音が聞こえた。
前にも言った通り風紀委員の支部の入口には指紋、静脈、指先の微振動パターンの3つを認証する機器が備わっており、それらを解除しない限りドアが開くことはない。
つまりそのドアのロックが解除されたということは―――――

「うおーーー! めっちゃ疲れたーー!」

同じ風紀委員の人間が入ってきたことを意味していた。


  4


風紀委員第一五九支部を出た一厘は走っていた。外はとっくに日が沈み、薄暗い闇が辺り一面を包んでいる。
現在の時刻は六時二六分、ちなみに第七学区行きのバスの出発時刻は六時三五分。

「あーー、もうっ! もうちょっと早く出ればよかったー」

一厘は焦りと苛立ちの混じった声で叫ぶ。要はバスの出発時刻まで時間が無いのだ。
一厘は靴がローファーだろうがお構いなしに全力疾走する。
しかしそのせいでスカートが風にめくられ、下の布が見えそうになっているが、当の本人は気づいていない。
いくらか走った後、一厘は昼過ぎに散々苦しめられた長い坂の所まで着いた。

「よしっ! ここを過ぎればバス停はすぐそこね!」

一人気合いをいれる様に一厘は呟くと緩やかで長い坂を一気に駆け下っていく。何分かの後、捨て身の全力疾走のかいあってか、坂を下り終え、バス停に到着した。
が、あることに気づく。

「あれ? バスがまだ来てない……?」

一厘は左腕につけている可愛らしいデザインの腕時計を覗き込むと時刻はまだ六時三一分。
バスの到着時刻まであと四分あった。

「はぁ~~……」

一厘は脱力したようにヘナヘナと備え付けのベンチに腰を降ろす。

「もうー こんなに時間余るならもう少しゆっくりとこればよかったーー」

「ハッキリ言うが、ギリギリだと思うぞ、残り四分てのも」

「何言ってんの、わたしのギリギリは残り一〇秒から……」

言い掛けて、一厘の口がピタリと止まった。

(あれ……? 今誰かにツッコみいれられた? しかも今の声……)

一厘は聞き覚えのある声の方向をゆっくり向くと声の主は案外すぐ近く………というよりかは一厘のすぐ隣りに腰を掛けていた。
その声の主は風輪学園の制服を着た少年で、手には果物が入ったカゴを抱えている。
そして、一厘はその少年に見覚えがあった。

「貴方………もしかして百城君?」

にわかに信じられないといった様子で尋ねる一厘に対して百城と呼ばれる少年はうっすらと笑みを浮かべながら答える。

「ああ、久し振りだな、一厘」


  5


風紀委員一五九支部の面々、鉄枷、佐野、春咲は今大きな声をあげて入ってきた少年、湖后腹真申に対して揃いも揃って絶句していた。
その原因はいつもとは明らかに違う湖后腹の異常な点にある。

「あれーー? 先輩達、何でそんなにポカーンとしてるんだ? もしかして俺の顔に何かついてる?」

何とも間の抜けた声をあげる湖后腹に顔を引き攣らせながら佐野は答える。

「そうですね……まずは鏡を見ることをお勧めします」

「マジで!? えーと鏡、鏡と……」

湖后腹は佐野の忠告を飲むと鏡を見つけるべくあちこちを探し始めた。

「…………あれー…………」

「……何処に行ったんだ…………」

「……………ここでもない……」

三人が絶句する中、一人湖后腹だけががぶつぶつ言いながら鏡を探す何ともシュールな光景。
そんな状況にいい加減我慢の限界といった様子の鉄枷がツッコみをいれる。

「……というかぶっちゃけ気付けよ! お前全身泥まみれじゃねーか! なんだその泥遊びしてきて帰ってきた子供みたいなザマは!」

そう、湖后腹は制服のあちこちに泥の様な汚れをつけ、緑を基調とした制服が見る影もなく真っ黒に染まっていたのだ。

「え…? わっ! ホントだ!!」

ようやく状況を理解した湖后腹は慌てて泥を払い落とそうとするが時既に遅し、汚れがすっかり染みついてしまっていて、手で払った程度では落ちそうになかった。

「とりあえず良いクリーニング店を紹介しますから上のワイシャツだけでも脱いだらどうですか? 」

「そ、そうだな、そうするよ」

湖后腹は佐野に促されるまま上に着たワイシャツを雑に脱ぐと、キチンと整頓されてるとは言い難い魔窟情態のロッカーに放りこんだ。

「それで……どうして湖后腹君は泥だらけになって帰ってきたの?」

よほど湖后腹の情態が気になったのか、珍しく自分から声を掛ける春咲。
それに賛同するように残りの二人も口を開いた。

「そうだな、ぶっちゃけ気になる」

「まったくです、この学園の第五位である貴方がそんな風になって帰ってくるとはよほどのことがあったんでしょう、聞かせて下さい」

「……………」

全員一致の問いに対し、湖后腹はしばらく顔を伏せ黙りこくる。
数秒後、ようやく顔を上げたかと思うとさっきまでのおちゃらけた表情とは一変、湖后腹の表情は何か思い詰めたそれに変わっていた。
鉄枷達はその様子からやはりただごとではない事を察し、ただひたすらに湖后腹の答えを待つ。
支部内は異様な静けさに包まれ、時計の針の音が妙に大きく聞こえてくる。
そして、ついに湖后腹は口を開いた。

「実は……」


  6


「へぇーー百城君があの学園に通っていて、しかもレベル4の第八位だったなんてねーー」

バスに乗った一厘はいつもより一回り大きな声で隣りに座ってる少年に話しかけていた。
というのも今一厘が乗ってるバスは帰宅途中の大学生で混み合い騒がしいため、少し大きな声で喋らないとすぐ隣りにいる相手にさえ声が届かないのである。

「ああ、といっても別になりたくてなったわけじゃないけどな、俺は」

感嘆の声をあげる一厘に対してそっけない言葉で返す少年、|百城鋼《ひゃくじょうこう》。
一厘と百城は小学校まで同じ所に通っていて、それなりに面識もあるという俗に言う幼馴染みといった間柄だった。

「何よ謙遜しちゃってー、私だってレベル4判定受けた時はすっごくうれしかったよ?」

「そんなもんかねぇ………」

「そういうもんでしょ! だからもっと素直になりなさいってーー」

知り合いとの久々の再開ということもあってか、妙にテンションの高い一厘。
その後も一厘は常盤台の生活などを楽しげに語った。
バスの中は次第に人が減っていき、第七学区に入るころにはあれだけ騒がしかったバス内もすっかり静かになってた。

「んで、」

そんなバス内を一通り見渡すと百城は口を開く。

「なんで第五学区なんかにいるんだ 常盤台の生徒であるお前が」

基本的に常盤台の生徒は学校がある第七学区からでることはなく、極端な場合には学舎の園から一歩も外に出ない文字通り箱入り娘だっているという噂だ。
一厘もそんな常盤台に通っている生徒なのだ、百城が疑問に思うのも当然だろう。
ごもっともな質問をする百城に一厘は待ってましたと言わんばかりに答える。

「ふふふ、実はですねー……なんと一厘さんは今学期から風輪学園の風紀委員一五九支部に配属しているですよー! 」

「へぇ」

思ってた以上に百城の反応はあっさりとしたものだった。
もっと大きなリアクションを期待していた一厘は言葉をつまらせながら喚く。

「な、なんでそんなに反応薄いの!? というか今学期から配属してたんだよ!? 今は六月! もう二カ月近く貴方の学園に通っているのになんで私の存在に気づかなかったのよ!」

四月の始め頃に一五九支部に配属になり、常盤台の生徒ということもあってか一厘はいろんな先生や生徒達にちやほやされて一種のスター気分を味わってた。
だというのにこの少年には眼中になかったのか、今日会うまでまったく知らなかったのだ。
そんな事実が一厘を更に憤慨させている。

「いや、常盤台の生徒が配属になるっていうのは聞いたよ。湖后腹から」

「だいたい昔から百城君はドライ過ぎるんだよ!! ちょっとくらい他人の事も………って湖后腹?」

一厘は聞きなれた名前に首をかしげると、口をピタリと止めた。

「湖后腹君と知り合いなの?」

「クラスメイトだからな、湖后腹とは」

キッパリと答える百城に一厘はそこでまた疑問が浮かぶ。

「あれ? 中等部の三年生でレベル4は湖后腹君と貴方だけでしょ? 」

「どうかしたか、それが」

「いや、一つのクラスに数少ないレベル4が固まっちゃっていいのかなーと思って」

「数年前にクラスに一人しかいなかったレベル4がいじめを受ける事件があったらしくてな、それ以来同じ学年のレベル4はなるべく一つのクラスにまとめてるらしいぞ」

頬杖をつきながら百城は答える。
その表情はどうでもいいといった無関心なものである。

「へぇー、なんだかんだで風輪も荒れてたのね」

「どうして……過去形なんだ?」

「なんでって、そりゃあ……今は私達風紀委員がしっかり取り締まってるからでしょ」

それを聞くと百城はニヤリと笑う。
まるで無知な者を見下す様な嫌な笑いだ。

「……だといいんだがな」

百城はボソッと呟くと席を立つ。

「えっ、今何か言った?」

「なんでもないよ、というかここで降りるから、俺は」

気がつくとバスは第七学区のとある病院の近くに止まっていた。

「あっ、うんじゃあまた会おうね」

「ああ、またな」

手短に挨拶を済ませさっさとバスから降りていってしまう百城を見送ると一厘は少し名残惜しさを感じた。
久し振りの再開だというのに案外あっさりと別れは訪れるものだなと一厘は心の中で思う。
何分か経ち再びバスが出発した。窓に映る夜の景色は建物から漏れる光で点々と輝いている。
そこで一厘はあることに気づいた。

「確か、風輪学園の寮は全て第五学区にあったよね……?」

にもかかわらず百城はバスに乗り第七学区まで来ていた。一厘は百城の抱えてた荷物と降りた場所を思い出す。

「果物の入ったカゴ…………病院……」
しばらくの沈黙、この二つのキーワードから考えると、誰かの見舞いと考えるのが妥当だろう。
しかし誰の?この疑問だけがどうしても解けない。

「生徒の誰かが入院したという報告は風紀委員は受けてないから風輪の生徒ではないことは確かなんだけどねぇ……」

なおも頭を抱えこみ考えつづける一厘。考えに考えた末、結論は案外あっさりとでた。

「どうして私こんなに必死になって百城君のこと考えてんだろ……バッカみたい」


 7


『さあ吐け! お前達は何故こんな事をした!』

湖后腹はとっくみ合いの末ようやく拘束した男達の前にかがみ込むと威圧的に問い詰める。
だが男は敵意を込めた視線で湖后腹を見つめると、

『けっ……誰が正直に話すかってんだ』

吐きすてる様にそう言った。
話す気は一切ない、それが男達の答えだった。
そんな男達の態度に対して湖后腹は歯ぎしりをしながら男の眼前に右手をかざすと、バチン!と青白い電撃を小さく散らす。

『嫌っていうなら力づくで喋らせたっていいんだぞ?』

治安を守るためならどんなことでもする、それが湖后腹の風紀委員に入ったときからの決意であり、信念。
そのため治安を乱す者にも容赦はしない、たとえ男達が気絶しようが絶対に真相を吐かせてやる、そんな目を湖后腹をしていた。
それを察してか男達のさっきまでの余裕ある表情がみるみる蒼ざめていく。

『ヒッ! わ、わかった言う! だから電撃を浴びせるのはもう止めてくれ!!』

『お、俺達はただ”集金”を命じられたからやっただけだ!』

『集金……だと?』

『そう、ようするにかつあげだ。丁度一ヵ月前辺りから|無能力者《レベル0》や|低能力者《レベル1》を対象としたかつあげが俺達の上の奴らの中で中で流行って――』

『ふざけるな!!!』

男の言葉を遮り湖后腹は声を荒げる。

『一ヵ月前からだと? そんな行いを俺達風紀委員が一ヵ月間も放置すると思ってんのかよ!!』

『だ、だから俺達は風紀委員にバレない様にある偽装工作をしてたんだ』

『ほら、近頃ガラスが割られたり、廊下にペンキがぶちまけられるような事件が度々あっただろ?』

『それが何の関係があるんだ!!』

ますます怒りを増す湖后腹に男達は慌てながら言った。

『ま、まあ落ち着けって!! ようするにそういった事件を風紀委員が対処している隙に俺達が裏でかつあげをしてたってわけだ』

『な……』

湖后腹は愕然とした。
確かに一〇〇〇人以上もの生徒がいるこの学校を僅か数名の風紀委員で取り締まるには手に余るし、同時に事件が発生した場合なかなか手が回らないのが現状。
しかしまさかそんなところに目をつけて一つの事件の裏でこっそりと悪事を働いていたとは湖后腹にとって思いもよらないことであったのだ。
湖后腹は嫌な汗が頬を伝うのを感じる。
今まで積み重ねてきた風紀委員としての誇りが踏みにじられた瞬間だった。

『ふ、ふざけんじゃねえぇぇぇぇぇぇ!!!!』


  8


「これが……俺が今日知った事実だ」

こうして湖后腹は今日の放課後に起きた出来事をありのままに話した。
話しを聞いた三人はすべてを理解するのに時間がかかった。
信じたくない。
そう、自分達が今まで精一杯努力して維持してきた学校の治安が裏では乱れていた事など信じれるはずがないのだ。

「……ッ!! 湖后腹ぁぁぁぁ!!!! 」

不意に大声をあげた鉄枷が湖后腹の胸ぐらを掴み壁に叩きつける。湖后腹は掴まれてる胸ぐらから僅かな振動が伝わるのを感じた。
鉄枷の手がふるえていたのだ。
そしてそのふるえは現実を知った鉄枷の行きようのない怒りから来るものだと湖后腹は悟る。

「どうしてそいつらを捕まえなかった! 答えろ!」

鉄枷の問いに対して湖后腹は何も答えようとしない。

「とりあえず……落ち着きましょう鉄枷、今ここで彼にあたって何の得になるというんですか」

佐野は熱くなった鉄枷とは対処的に冷静に事実を受け止めていた。

「くっ……悪かったな」

鉄枷が手を放すと湖后腹は糸の切れた操り人形の様にそのまま床に崩れ落ちる。

「消えたんだ……」

湖后腹はその情態のままポツリと呟いた。

「消えた?」

復唱するように言葉を返す春咲。

「そう、奴等は少し目を離した瞬間に忽然と姿を消したんだよ」

「その二人の片方か、あるいは両方共空間移動系の能力者だったという可能性は?」

佐野の質問に対し湖后腹は首を横に振る

「ないな、奴等が俺との戦闘の時に使ってきた能力は二人共発火系能力、|多重能力者《デュアルスキル》でもない限り空間移動を使うのは不可能だ」

「そう……ですか」

「くそっ、見事に出し抜かれたってことかよ……!」

鉄枷は歯ぎしりをしながら拳を机に叩きつける。その衝撃で机に置いてあったグラスが床に落ちる。
カーンという何とも切ない音が支部内に響きわたった。
裏をかかれ暴力や恐喝をこの学園内で平然と行わせてしまったことや、まんまと実行犯を逃してしまったことで風紀委員の面々は自分自身にふがいなさを感じていた。
その中で一人だけ不適に笑う者がいた。

そう、佐野だ。

「まったくです、私達はなさけないくらい見事に出し抜かれ過ぎた」

佐野の言葉に返事はない、しかし彼は続ける。

「だからこそ―――――今度は私達が彼らを出し抜く番です」

しばしの沈黙。その流れを切るように鉄枷が重い口を開く。

「そりゃあそうしたいのは山々だけどよ、ぶっちゃけ何の手がかりもないんだぜ? どうするっていうんだよ」

「いや、手がかりなら一つだけありますよ」

やけくそ気味の鉄枷に佐野はそれだけ言うと湖后腹の方を向く。

「湖后腹君」

「なんだ?」

「貴方がその男達を拘束するのに使ったのはなんですか?」

いきなりの質問に湖后腹は一瞬戸惑いの色を見せる。

「そりゃあ……風紀委員に支給されている普通の手錠だけど……」

「では、その男達は消えたと言ってましたが手錠ごと消えたんですね?」

「ああ、それにもし手錠だけが残されてたら回収するしな」

そんなやりとりを終えると、次に佐野は春咲の方へと視線を向ける。

「春咲さん」

「はい?」

「手錠の居場所を割り出して下さい」

いつもは無表情な春咲なのだが、しれっと無理難題を言い放つ佐野に今回ばかりは多少ながら怪訝な表情を見せた。

「……どうやって? もし何の手がかりもないこの状況でただ闇雲に探しても、発見できる確率は一%にも満たないと思うけど……」

そう、こんな状況で手錠を探すことなど砂漠に落ちた一粒の真珠を探し出すこと並に困難だ。
しかし逆を言えば手錠の後を追うための一つの”手がかり”さえあればなんとかなるということでもあった。
半分諦めている春咲に佐野はそっと一言。

「そうですね………では例えばその手錠に発信機が取り付けてあったとしたらどうします?」

「……あっ!!」

そこで何かに気づいた春咲は声をあげる。

「そう、ここの風紀委員に支給されている手錠はもしもの場合を想定して小型の発信機が内蔵されてるんです。あとはどうすればいいかわかりますね?」

佐野の問いに春咲は小さく頷くと風紀委員においてあるパソコンのデスクトップに向かい何やら操作をし始めた。
そんなふうに段々と良い流れに向かいつつあるが鉄枷はそれだけで居場所を特定できるのか未だに半信半疑であった。

「でもよぉ、ぶっちゃけその手錠が壊されたり、外されちまったら意味無いんじゃないか?」

「あの手錠は学園都市最先端の技術の結晶ですよ? 破壊するにしてもハックを掛けてロックを解除するにしても、最低で半日はかかります」

それを聞いた鉄枷は一瞬キョトンとして。

「てことは、今から追跡しても充分間に合うってことか……?」

「そういうことです」

「うおぉぉし! 今から殴りこみといこうじゃねぇか!!」

「………と言っても」

「ん?」

「貴方は別行動ですよ。鉄枷」

「はあぁぁぁぁぁぁ!?」


  9


時間は二、三時間巻き戻りここは風輪学園の屋上。
この屋上は約二五メートル平方の面積を持ち、風輪学園の敷地内は勿論のこと周囲の建物でさえここから一望できる。
そのため毎年夏休み前に行われる風輪学園の文化祭では隠れた告白スポットとして恋する乙女達の間では有名な場所である。
しかし普段ここを利用する生徒は教室練から遠いということもあり、まったくと言っていいほど皆無で、普段は人気のない場所であった。
そんな屋上で双眼鏡を片手に無邪気に笑う一人の少女がいた。

「ははっ、また陸上部の部長あんな変な格好してるー」

フェンスにもたれかかりながら双眼鏡を使って人を眺め見る少女、これがもし男だったら速攻で風紀委員の御用となるだろう。
と言っても、少女は別段盗撮や人間観察などが趣味なわけではない。
ただ仕事の合間の暇つぶしと言ったところだった。
その仕事とは―――――

ブーーッ、ブーーッ、ブーーッ!!

突然スカートのポッケにあるブザーがけたたましく鳴り響いた。
このブザーは仲間に持たせた機器から発信される緊急信号を受信する小型の機械であり、緊急信号というだけあってよほどの事がない限りこのブザーがなることはない。
それが鳴ったという事が意味することを少女はよくわかっていた。

「あちゃー、これが鳴ったという事は……ついに見つかっちゃったということかぁ……」

少女は双眼鏡を違う方向へと向ける。

「っと、今日は体育館の倉庫あたりでの”集金”だったはず……お、いたいたっ」

少女が覗く双眼鏡の先には三人の男がいた。
そのうち二人は両手、両足に手錠の様な物で拘束され身動き一つ出来ない芋虫情態だった。
そんな二人を問い詰めているのは風紀委員の腕章をつけた一人の少年。それを見た少女は額に手のひらをあてがっくりとうなだれる。

「あっちゃー、あいつは第五位の湖后腹真申じゃん、そんな奴に見つかったらああもなるわね……」

風紀委員に見つかったということはこれから先風紀委員との衝突は避けられないだろう。
正直少女にとって風紀委員は一番関わりたくなかった。
たとえ数でこちらが勝っていようと、相手は風紀委員、どんな手を使ってくるかわかったもんじゃない。
そしてもう一つ少女には風紀委員とは対立したくない理由がある。

「風紀委員といえば……一厘ちゃんどうしてるかな……」

そこで少女ははっとすると顔を横に振る。

「とりあえず、あのバカどもを回収するのが先か……」

そう呟いた瞬間、少女の後ろに二人の男が落ちてきた。

「いってえなおい! もう少し低い位置に転移させろよ!」

「まったくっすよ! 頭でも打ったらどうすんすか!」

突如現れた二人の男は少女に向かって喚き散らす。
その男達は先程まで少女が眺めていた双眼鏡のレンズの先で無様に拘束されていた芋虫どもであった。
……というよりかは両手両足はまだ拘束されたままのなので未だに芋虫情態なのだが。

「はいはい、それが助けて貰った人に言う台詞? あんた達あの血も涙もない第五位の電撃でまる焦げになるのと少し身体を打つのどっちがましよ?」

「う…」

もっともな意見に言い返せなる男達を見て少女は。

「んじゃ、あんた達は確か木原一派の者でしょ? 今日あったことしっかり木原に報告するのよ」

そう言い捨てるとスタスタと出口に向かって歩き出してしまった。
そこで何とも情けない声で男達が訴えかけてくる。

「おい、この手錠も外してくれよ……」

そんな様子をみて少女は深く溜め息を着く。

「なっさけないわね、そんぐらい自分で何とか出来ないの?」

刹那、男達を拘束していた手錠が一瞬にして少女の手元に出現した。
これが少女の能力、|座標回帰《リセットポイント》。
空間移動系の能力であり、遠くにある物体を自分の周囲に転移させることが出来る能力。ちなみに先程男達を転移させたのもこの力である。
少女は転移させた計四つの手錠を掴むと、そのまま屋上を後にする。

腕時計を確認すると時刻は午後5時半。
いつもならさっさと寮に帰る所だが今日は気持ちの整理をつけるためどこかブラブラとうろつきたい気分であった。
校門を出ると、ある一つの問題が生ずる。

「というか、この手錠どうしよ?」

そう、男達から回収した四つの手錠の後始末である。
少女はしばらく考えた後、高価そうな手錠をそこらへんに捨てるのはいささか勿体ないと感じたのか

「ま、貰っといて損はないわよね」

少女はそのまま鞄の中に手錠をいれてしまった。
少女はこの時点では思いもしなかった

この判断のせいで風紀委員に追いまわされることになるとは―――――

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最終更新:2012年07月23日 20:48