「さて、ここでいいだろう。」
午前6時9分。
アヴァルスとジュリアはビルの屋上まで移動していた。
金色の獣毛でおおわれたスーツの胸ポケットから、木で出来た模型の船を取り出す。
「豊穣神の船よ。風を海とし、空を渡れ。(SOFG.ICTW,ACTS.)」
否、それは模型の船なんかではなく、霊装。
霊装『空渡る舟(スキーズブラズニル)』。豊穣神フレイの持つ『スキーズブラズニル』の伝承を利用した霊装で、風を捕まえ、操ることで空を渡ることが出来る。
『折りたたむと袋に入るほどの大きさになる』という逸話から、起動時の展開はやや遅いという欠点がある。
突如後ろから膨大な熱量を感じる。そして、反射的にアヴァルスは伏せた。
轟!! とそのすぐ上を莫大な焔が奔り、『空渡る舟』を包みこむ。『空渡る舟』はあっという間に燃え盛り、灰塵となった。
突然の事に呆然とするしかなかったが、すぐに我に返る。
「貴様、急に何を、―――――――――――痛ッ!!」
起き上がった途端、急に痛みが左手を襲う。
黒い液体の様な物質が弾丸のように飛んできて、アヴァルスの左手を攻撃する、その際、指輪は粉々に砕け散った。
「な……んだと!!」
「これで、『禍の指輪(アンドヴァラナウト)』は破壊させてもらったわ。」
ジュリアは、アヴァルスが『空渡る舟』を展開させている間に『業焔の槍(ルイン)』を起動、一気に『空渡る舟』、アヴァルスごと『禍の指輪』を破壊しようとしたが、アヴァルスが回避したため失敗。
しかし、避けられてしまったため、今度は『封焔の鞘(アンチルイン)』の毒血を弾丸の様に飛ばし、指輪の破壊に成功した。
「ちっ、貴様まさか指輪の破壊が目的だったのか!!」
「ええそうよ。何処で上手く隙をつけるかは正直賭けだったけど、上手くいって何よりよ。」
ジュリアは『業焔の槍』を構え直し、焔を放出する穂先をアヴァルスに向ける。
同時に『封焔の鞘』から湧き出た毒血は、複数の水球となってジュリアの周囲に展開される。
「さて、これで縛るものは、何もないわ。私はここで貴方をとらえる。覚悟しなさい。」
「……………………………本当に上手くいっていると思っているとは、哀れなゴミだ。」
「なんですって?」
アヴァルスの発言に眉をひそめるジュリア。
その発言を真実にするために、アヴァルスは通信用霊装を起動する。
「
ディスターブ。“予備の指輪”を持っているだろう?やれ。」
「“はいよ。さぁ、苦しめ!!”」
「“ぐっ、がぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!”」
通信用霊装を通して、ゴドリックの悲痛な叫びが響き渡る。
「なっ、そんな!!」
成功し、優位になったと思い込んでいたジュリアは再びゴドリックのあえぎを聞いて、絶望的な表情に戻る。
「ッ、ゴドリックまってて!!」
慌ててジュリアはゴドリックのもとに駆けつけようとする。
そんな彼女のすぐ右で、ジュゥゥウウ!!と何かが迸る。ジュリアが振り返り、左を見ると、そこには光り輝く刃がコンクリートを焼き切ってた痕が奔っていた。
直ぐに、ジュリアはアヴァルスの方へと向き直る。彼の右手には1mに及ぶ長い刀身を持つ、所々を宝石と黄金で飾り付けてる無駄に悪趣味な細刃の両手剣が握られていた。
「(宝石と黄金で飾り付けられた両手剣。…………あれは豊穣神フレイの剣のレプリカね。く、こんな時になんて厄介な!!)」
ジュリアは手に持っていた『業焔の槍』から焔を噴出させる。燃え盛る焔をみてもアヴァルスは怯むどころか。
「ふん。逃がしはせん。そして楽には殺さんぞ、ごみクズめが!!」
嗜虐性のある笑みを浮かべ、手にしていた剣の切っ先を天に掲げる。
そして5秒後。
1mの刀身は、膨大に輝く30mもの光の柱へと姿を変える。
逃げようとしたジュリアに対して放った熱線も、今展開させている光の柱も、フレイの剣の『太陽にも劣らない輝きを放つ』という伝説によるものだった。
「な…………!!」
「さぁ、死にたくなければ、この私を少しは愉しませろごみクズがぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
唖然としたジュリアに対して、アヴァルスは。
一寸の迷いもなく、『栄光の剣』を振り回した。
「ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
せまりくる死の光に対して、全力で走り回避行動をする。余熱だけでも脅威とわかる熱線。実際2000度弱あるそれは一人の人間に対してオーバーキルな威力だ。
ギリギリで、ジュリアは回避に成功する。伏せることで30mもの光の柱は彼女の真上を通過する。自分の傍にあった鉄製の看板はすぐに焼き切れた。融けて崩れ落ちてゆく。
ジュリアは回避し終えるとすぐにアヴァルスを見る。再び『栄光の剣』を天に掲げ、先程の攻撃を仕掛けようとしていた。
「させるものですか!!」
ジュリアは『業焔の槍』の穂先を向けると、莫大な量の焔は、大砲の弾丸の様になり、彼を呑み込もうとしていた。今、アヴァルスは無防備だ。仕掛けるならば今しか無かった。
しかし、絶対的な危機にあるにもかかわらず、アヴァルスはその嗜虐性に富んだ笑みを浮かべることをやめなかった。
そして、焔の弾丸はアヴァルスを呑み込んだ。
「な………。」
一瞬、手ごたえを感じたように思えたジュリアだったが、その考えはすぐに崩れ去る。
『栄光の剣』がアヴァルスの手を離れ、プロペラの様に高速回転していた。高速回転していた『栄光の剣』は盾となり、焔の弾丸を防いでいたのだった。
蔑んだ眼で見下すアヴァルスは、『栄光の剣』を手に取り、切っ先を天に掲げる。アヴァルスはジュリアを完全に弄んでいた。
「だったら……、こうよ!!」
直ぐ前方にジュリアは『封焔の鞘』で毒液の壁を造り上げる。熱に対して有効なのであろうが、2000℃もの高熱をこの盾で防げるかどうか怪しかった。
「ふん、そんなゴミみたいな盾で防げるものなら、防いでみろ!!」
そう言うと、アヴァルスは再び、2000℃もある熱の柱を振り下ろす。光線と毒血の盾は拮抗する。その際、熱が弱まっていき、盾はぼこぼこと蒸発し始める。
そして、熱の柱も、毒血の盾も消え去った時、ジュリアはいなかった。
一瞬、『栄光の剣』で蒸発したのかと思ったが、すぐに違うと理解する。
ジュリア=ローウェルは、50mほど先のビルの屋上にいた。
毒血の壁は防御のためでなく、視界を阻むためのモノ。光線と盾がぶつかり合っている間、ジュリアは『業焔の槍』に魔女の様に跨って、ジェット機の様に炎を噴出させると、一気に飛び上がり、50m先にあるビルへと着地した。
「(待っててゴドリック。すぐに行くから!!)」
そうして、再び飛行の準備をしようとする。一刻も早く苦しめられているゴドリックのもとに駆けつけるために。
そう思った次の瞬間。
轟!! と衝撃波が発生する。突然の事にジュリアは対応しきれず、身体がくの字に折れ曲がり、地面に横たわってしまった。
「何処へ行こうとしているのだ?ゴミ!!」
突如、背後から声がした。その声は決して逃がさないという意思を表した、傲慢な男の声だった。
「な……、なんで。」
「ふん、貴様のその槍は移動の手段にもなるのだろうが、あいにく速度はこの『黄金の鬣』のほうが勝る。とろすぎて話にすらならんな。」
黄金の鬣。
伝説で金色に輝く獣毛の猪であり、フレイの乗り物だった幻獣、『グリンブルスティ』の伝承を利用している。
元は高級だったのだろうが、目にも眩い金色の獣毛を至る所に植えつけられ台無しになったスーツの上下と革靴の霊装として身に着けている。
水中や空中を、どんな馬よりも早く駆け抜けた伝説を、銃弾のように己を射出していたからだと解釈をし、 着ている事を服に乗っていると解釈する事で、体を上下前後左右の自由な方向に弾丸のように飛ばせる。理論上の限界では0.6秒未満で200m/sに加速できる。
更にその速度で稲妻のようにジグザグに動けるが、耐衝撃術式などを併用しているアヴァルスでも死ぬので、そこまでは出せない。
段階的に、徐々に速度を出すようにすれば最大で時速500km出せる。瞬間的に出せる最大速度は時速300kmが限度でそれさえも一瞬で300kmに加速するGの衝撃が半端では無いので肉体に相当な負担をかける。
最高でも3度以上の連続使用は不可能、気絶する。安全に出せる瞬間的な速度は、時速120km程度。
そして、空中に己を連続射出する事で、あたかも外見からは飛んでいるように見えるが、厳密には飛行してるわけではないので撃墜術式の影響を受けない。
『業焔の槍』の焔は『栄光の剣』に防がれ。
『封焔の鞘』の毒血も『栄光の剣』のレーザー光線とは拮抗してしまう。
そして、『黄金の鬣』がある限り、逃げることは出来ない。
ジュリアにとっては、絶望的な相手で、絶望的な状況だった。
「さぁ、逃がさんぞ、ゴミが。貴様は楽には殺さん。ゆっくりと嬲ったその後、骨の髄までこの私にすべてを捧げさせて、殺してやろう。」
5mほどの長さになった『栄光の剣』の切っ先をジュリアに向ける。
「(私は、私はいかなきゃ。その為にも…………。)」
対して、ジュリアは槍を手放す。諦めた訳では無い。諦めたのなら、槍は地面を離れ、浮遊していないし、焔を纏わせる理由もない。
『封焔の鞘』から出た毒血が湧き出て、水球となる。
「私は、ここで貴方を倒して、ゴドリックのもとに行かせてもらう!!」
そうして、黒と赤の決意を、金色の獣毛を纏う魔術師に向ける。
ここで諦めれば、彼女は自分の決意を自分で殺してしまう。
何より“生きてほしい者”のためにも彼女が諦める理由は無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「“ディスターブ。『予備の指輪』を持っているだろう?やれ。 ”」
「はいよ。さぁ、苦しめ!!」
ディスターブが、その手に指輪を装着させる。
一瞬なぜか楽になったと思ったゴドリックの身体は。
「ぐっ、がぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
再び、苦痛に苛まれることになる。
まるで電流でも浴びせられたかのように彼の身体は痙攣して、時折、その身に血が噴き出す。
『禍の指輪』の効果で全身が痛みに縛られ、ところどころ出血している。少しでも抵抗しようとすれば、いや、ディスターブのちょっとした気まぐれで即座に『死ぬほど』の痛みがゴドリックを蹂躙する。
最早ゴドリックには指先一つすら動かせなかった。
「ハッ、ザマァ。いい気味だ。どうだよ。今までやってきたことは全部無駄だ。お前は何の価値もない、誰一人護れないただの屑野郎だったってわけさ!!……おいおい、つまらねぇな。どうしたよ、悔しくて何も言い返せないのかよ!」
ディスターブが頭を踏みつけ、胴を蹴る。言葉でゴドリックの
プライドをズタボロに引き裂く。『灼輪の弩槍(ブリューナク=ボウ)』は蹴り飛ばされ、ゴドリックの手を離れた。
しかし、踏まれたゴドリックはうんともすんとも反応しない。
ジュリアを護りきれなかった故に、ゴドリックは行動を起こせなかった。
「(僕は、ジュリアを護りきれなかった。もうだめだ。終わりだ。僕は、もう何もできない。
痛い。身体中が、痛い。苦しい。苦しさしか、思い浮かばない、はず。だのに…………
―――――――――――――――なんで、あんなこと思い出したんだ?)」
そんな彼が思いうかべたのは、昔のあの日々。彼が魔術師に生まれ変わろうとしていたあの日の真夜中を思い出していた。
「(ああ、これ……。走馬灯ってやつか。もう、僕は死ぬのか。そうか。もう死ぬのか?ここで?僕は一体、何をした。この十八年間でいったい何をなしたんだろう。)」
どこか諦めにも似た自問と、思い浮かべるあの日の出来事。ゴドリックの頭の中にはその二つが駆け巡っていた。
『もう、こんな事嫌だよ。僕のせいでいろんな人がいなくなっていって、今度はジュリアかもしれないんだぞ!!』
「(あ……そうだった。そう言えばこんなことも言った。)」
今のゴドリックには、もはや思い出にふける以外の選択肢はなかった。
『誰かがいなくなるのも、ジュリアがそのせいで泣くのも、嫌なんだ!!』
「(あれ、この後、なんて言ったんだっけ?)」
白痴になった頭の中で、一つの疑問が生じる。
『そんなの嫌だ。僕はそんなの嫌だよ!!………………………………だから、だから。』
「(だから、だから。その後、は。僕はその後。)」
『絶対にジュリアを護る!!もう誰にもジュリアを傷つけさせない!!生きてる限り、ジュリアを護る為なら、僕はなんだってする!!』
「(そうだ。そう、言ったんだ。僕は思い出した。)」
そうして、呆けた頭はあの日の事を完全に思い出した。
「(僕は、いままで何をしていた?ヤールさんやマチ、ジュリアに霊装を向けて。こんなにあっさり罠に引っかかって。それで、ジュリアに辛い思いをさせて…………。)」
「…………にを。」
「は?」
ゴドリックの掻き消えそうな呟きにディスターブは眉をひそめる。
「何をやってるんだよ、僕は!!」
そう、静かに。だが決して掻き消える事無く、その言葉は響き渡る。
呆けた頭が回転する。抜けたはずの力が手足に戻る。力を取り戻した手は地を掴み、立ち上がる為に足を動かす。
「何をしてんだよ。誰が立っていいっつたよクズ野郎!!」
しかし、そんな彼をディスターブが、『禍の指輪』が妨害する。痛みが、ゴドリックの体を襲う。手足は動きを中断してしまう。
「ぐ、あああああああああ………………!!」
「は、なんだよその不細工な呻き声!!やっぱり、クズ野郎はそんな声が………!!」
ディスターブは再び罵倒を行うが、途中で言葉が途切れる。
再び、ゴドリックは立ち上がろうとしていた。しかも今度は上半身をほぼ起き上がらせていた。
「チィ……いい加減ひれ伏せよ!!」
「ぐおっ、が、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ディスターブは『禍の指輪』を再度発動させる。今回は最大出力。滴り落ちる程度だった流血も至る所から噴水のように吹き出す。その苦しみを訴えるかのようにゴドリックは吼える。
だがしかし。
ゴドリックの上半身はそのままの姿勢を保ったどころか、自身の足で完全に立ち上がろうとしていた。
足は生まれたての仔馬の様に震えて。喘ぎ声は休まるどころか荒々しくなっていく。
それでも、その眼は確固たる意志を持っていた。
そして、遂に身を襲う痛みに屈服することなく立ち上がった―――――――――――――!!
「な、てめぇ……!!なんでそんな、そうまでして立ち上がる!!」
「僕は……まだ何も成し遂げてない。ジュリアも、暖かい世界も、護りきっていないからだ!!」
そうして、歩む。激痛が駆け巡り、血が滴り落ちる中、ゴドリックは一歩一歩進む。その手に『灼輪の弩槍』を取り戻す為に緩慢ながらも一歩ずつ踏みしめていく。
「(……なんだコイツ!!こんな激痛の中なんで普通に歩ける!!わけわかんねぇよ!!なんて不気味な奴だ!!怖ぇよ、マジでわけわかんね……!!)」
対するディスターブは戸惑う。死ぬ程の痛みに晒されている筈なのにそれに耐えきれる理由が理解できない。
「(…………あれ、いま俺なんて思った?『不気味』って……『怖い』って思ったのか?)」
ディスターブは激痛に晒されているゴドリックがここまで出来る訳が理解できなかった。理解できないが故の恐怖がディスターブを支配していく。
「ふざ、ふざけんじゃ…………!!」
そして恐怖は屈辱となり、ディスターブの理性を壊した。
「ふざけんじゃねぇええええええええええぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そうして、とった行動は、霊装『終焉の杖(レーヴァテイン)』による殺害。
この霊装は10cmから60cmにまで伸縮できるマジシャンのステッキのような外見に反して、対象の魔力
パターンを感知、解析をした後に、対象を最も効率良く暴走させるための信号と言える不可視の弾丸を発射、 着弾と同時に対象は生命力が強制的に魔力に変換されて暴走。火山が爆発し業火が吐き出されるかのように全身から血と肉片を噴出して死ぬという凶悪な性能を誇る。
難点として、対象の10m圏内に接近する必要があり、相手の魔力パターンを解析するのに長くて数十秒かかる。
しかし、ディスターブは10m圏内への接近も、魔力パターンの解析もとっくに終わっていた。
「(ああ、そうだ!!元から生かす必要なんざねえ!!殺してやる!!)」
そうしてディスターブは霊装を発動させる。『終焉の杖』は不可視の信号弾を放ち、ゴドリックに着弾する。その直後に生命力が魔力へと強制変換され、暴走する。
元々流れていたにも拘らず勢いを増した血液。体の内側から爆ぜ、飛び散っていく肉片。『禍の指輪』で苦しめている時でも聞かなかった、筆舌に尽くしがたい悲鳴。
それらを噴火の際の溶岩の如く撒き散らした後、
ゴドリック=ブレイクだった肉塊は地に崩れ落ちた。
もしも、地面から突如現れた黄金の剣が『終焉の杖』をディスターブの手ごと斬り飛ばしていなければ、待っていたのはそんな幻想(みらい)だった。
「え……なにが?手が、俺の手がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
パニックになりながらも、ディスターブは『変身』の術式の応用で体を再構成して手の欠損を治そうとする
グサッ。
しかし、掌を失った腕を、純銀の槍が貫く。
グサッ!
次に、反対側の手もダイヤモンド製の剣に貫かれる。同時に『禍の指輪』も真っ二つになった。
グサグサッ!!
両足を、金と銀の槍が貫いた。もうディスターブが動くことは敵わない。
「な、なんだこれ…………!?」
身体じゅうに奔っている痛みが消えたゴドリックは呆然とする。突如目の前に起きた、都合のいい奇跡(げんじつ)は、あまりにも残酷極まりなかった。
「ふむ、この光景。串刺し公ヴラド三世の粛清のようではないかね。」
ゴドリックの背後から何処か聞きなれた声がした。その声はダンディーな渋い紳士の声で、ティル・ナ・ノーグでいつも自分に長話をするとある男の声だった。
「ドレッド、さん……。一体どう言う事なんだ?」
ゴドリックは振り返る。そして、その偉容に息をのむ。
マイケル=ジャクソンさながら衣装を着たその肩には、二つの頭を持つ巨大な鴉を侍らせていた。
「済まないねボーイ。君に嘘をついていてね。私はとある魔術結社のボス。この『ドレッド』も仮の姿だ。」
カツカツカツ。 と足を進めていく。ドレッドはゴドリックを通り過ぎ、串刺しにされたディスターブの眼前へと歩いていく。
「トリックスターが随分と哀れな姿だ。それでは冗談の一つも吐けはしまい。」
「双頭の鴉、金銀財宝の杭。てめぇ、まさか…………!!」
ディスターブは何かを察し、喋ろうとするが言葉が続かなかった。
ドレッドが何かを施したようだ。
「おっと、それ以上は私の素性を喋らないでもらいたい。まぁ喋る事なんぞ出来んがね。」
「くっ…………一つ訊かせろ、なんであの小僧に肩入れしやがる!!」
「ほう、君は何か勘違いしているようだ。」
喚くディスターブとは対照的に、諭すように静かに話すドレッドは右腕を上げる。
「私は強欲だ。誰よりも強欲だ。そこの青年は私を退屈させない、言わば外で見つけた『娯楽』、『愉しみ』だ。
―――――――――――――その『愉しみ』を奪う真似は許さん。」
右腕を一気に下げる。
グサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサグサッ!!!!
そして、金や銀、ダイヤモンド等、様々な宝石で出来た剣や槍が、ディスターブの身体を一気に貫いた。
断末魔は、なかった。上げる暇もなく、ディスターブはそのまま意識を手放した。
直後、串刺しとなったディスターブは身体じゅうに刺さった杭ごと地中に引きずり込まれた。
「(なにが…………三流だよ。コイツは、僕やジュリアじゃ、敵わない。正真正銘の……。」
ドレッドが振り返る。返り血を浴び、敵の死を眺めたその眼を、ゴドリックは見据える。
その眼には怒りも、悲しみも、憎しみも、憐みも無い。
『消えるのが当たり前』
その眼にあるのは、ただそれだけだった。
「(正真正銘の、化け物だ。)」
それを見たゴドリックは畏怖を覚える。全身の震えや冷や汗が止まらず、目を離すことは出来なかった。
「さて、邪魔者は消した。本題はここからだ。」
そう言って、ドレッドは振り返り、ゴドリックを見据える。
笑みを浮かべ、肩に留まっていた双頭の鴉を消す。
「ああ、心配ない。私は君を殺すつもりも、傷つけるつもりもない。」
緊張するゴドリックに対してそう言いきり、にっこりとほほ笑む。
「さて、ゴドリック=ブレイク。君と話がしたい。」
最終更新:2013年08月11日 23:58