「ハァ・・・ハァ・・・」
施設内南西部と中央部の丁度中間地点にある建物の一角に身を潜める破輩は、未だ気絶している部下を地面へ優しく寝かせる。
「湖后腹・・・済まないが、少しの間だけ我慢してくれ」
普段ならまず見せることの無い程の柔和な微笑みを部下に向けるリーダー。こういう時にしか見せられない己の有り様に内心で苦笑を漏らしながら、少女は痛む脚を推して立ち上がる。
「(湖后腹を抱えていては、取り押さえられるものも取り押さえられない。こうして人気の無い建物を選んで隠れてはみたものの・・・やはり不安は不安だな)」
破輩は、自分達が置かれている状況を今一度整理する。現在自分達はある構成員の追撃を喰らっている最中である。
『疾風旋風』により何とか距離を取った後に、人気の無いこの建物に身を隠した。監視カメラの類は目に付いたモノ全て破壊してある。
初瀬と
電脳歌姫が施設内のネットワークに侵入している以上『
ブラックウィザード』としても万全の監視体制を保てないだろう。しかし、不安は不安である。
しかし、このまま湖后腹を背負い続けていてはあの暴走状態にある元風紀委員を押さえ込むことは難しい。故に、リーダーとして彼女は決断した。
『比較的安全と判断できる建物内に湖后腹を避難させる』という不確実な決断を。
「(・・・とりあえず『ブラックウィザード』の追撃に対する懸念を鑑みると、やはりここから然程遠くまでは離れられない。
かと言って、近過ぎては戦闘の余波がこの建物や湖后腹自身に及ぶリスクもある。・・・フッ。こういう袋小路の感覚は黒丹羽と対面した時にも味わったな。全く・・・嫌になる)」
様々な枷が己が身を縛る感覚を肌で感じ取った“風嵐烈女”は、先月に母校で発生した大騒動でも味わった嫌な感覚を思い出した。
あの時のように自分の体調は万全では無い。あの時のように不利な状態が現在進行中で展開している。
まるで、過去へ置き去りにしてしまった『宿題』を改めて突き付けられているような流れ。あの時の自分は冷静な思考を最後まで保ち続けることができなかった。
「(・・・フフッ。界刺じゃ無いが、本当に世界ってヤツは容赦しないな。あの騒動から1ヶ月が過ぎたばかりだってのに、もう突き付けて来るか。・・・・・・上等!!)」
だからこそ、今回こそは最後まで冷静で居続けようと少女は心に誓う。相手は元176支部所属の風紀委員。裏切り者の仲間の手引きによって無理矢理薬物中毒者に仕立て上げられた人間。
そして、大量服薬によってレベル4相当の能力を暴走させながら自分達を追撃している少女。きっと、この対峙も無傷では済まない。
彼女に重傷を負わせるわけにはいかない故に。どうしたって手加減しなければならない故に。
「(・・・・・・いや、違うな。『しなければならない』じゃ無い。義務なんかじゃ無い。私がそうしたいんだ。絶対に・・・絶対に後悔しないために)」
“風嵐烈女”は自身の胸に手を置き、目を瞑りながら己が立てた決意をもう一度確かめる。絶対に後悔しないために、自分がどんな行動を取るべきか。
誰もが笑って終われるハッピーエンド・・・そこへ一歩でも二歩でも近付けるために、
破輩妃里嶺は確と自分の誓いを確認した後に目を開く。
「さて・・・ここからが本番だ」
建物の外に出た破輩は、『疾風旋風』によって風を、大気をその身へ集わせ始める。風なら幾らでも吹いている。この戦場でなら何の問題も無く能力を行使できる。
「私は私のやりたいようにやらせて貰う。私が思い描くラストに辿り着くために。私の望むが儘に」
戦場を轟かせる風の群れ・・・その一角であり、周囲の建物を切り裂きながら接近して来た元風紀委員を正面に見据えながら“風嵐烈女”は宣言する。
「だから・・・お前の望みは叶わない、
風路鏡子!!この『科学』の世界から風紀委員は決して無くならない!!それを・・・この159支部リーダー破輩妃里嶺が証明しよう!!!」
「・・・アハッ!アハハハハハハハハハハッッッッ!!!!!」
目の前の現風風紀委員から聞こえて来た宣言に、ノンフレームの眼鏡を掛けるボサボサ髪の少女は狂ったように笑う。何処までも笑い続ける。
「・・・・・・な~にが『お前の望みは叶わない』だよ。何カッコつけちゃってんのさ!!!このオバさんは!!!」
「なっ!!?オバさん!!!??」
気が狂ったかのようなハイテンションから一転、ローテンションとの中間で暴言を吐く鏡子の『オバさん』発言に破輩は思わず動揺してしまう。
「そうだよ・・・こ~んのオバさんは・・・アハハッ!!一体全体何故何故どうしてカッコつけちゃってくれてんのかしら!!?
この鏡子ちゃんからしたら~~フフッ。全然カッコよくねぇんだっつーの!!!若作りも程々にしとけってんだ!!!この老け顔オバさん!!!」
「わ、私はこれでも高3だぞ!!!??」
『最後まで冷静な思考を保ち続ける』という決意は何処へ消えてしまったのか、己のウイークポイントである『老けて見える』を不覚にも突かれてしまった少女(強調!!)は途端に狼狽してしまう。
「・・・高3?・・・・・・」
「な、何だ・・・その顔は?」
「アハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!嘘でしょ!!?絶対嘘だよね!!?どう低く見積もったって、20代後半から30代前半にしか見えねぇよ!!!」
「なっ・・・なっ・・・!!!」
「若作りもここまで来たら表彰モノかもね~。アハハハッッ!!!ウチの“魔女”も似たような若作りしてんのかしら?・・・まぁ、どうでもいいか!!
これから叩き斬る女が老け顔オバさんですごく良かったよ。さすがの私も、わ・か・く・て・とても綺麗な少女の顔を血で染めたくないしねぇ~。キャハハハッッ!!!」
「(な、何て失礼な奴だ!!!やっぱ、『疾風旋風』の最大威力をお見舞い・・・ハッ!お、落ち着け。落ち着け私。
あれも薬の影響だ。私が老けているとかそういうわけじゃ無い・・・・・・・・・筈だ。たぶん・・・きっと・・・・えぇい!!暴走状態というのは何ともやり難い!!!)」
地雷原を悉く踏み続ける鏡子の暴言に内心でキレかける破輩だが、すぐに冷静な思考を取り戻す。
この手の暴走状態にある人間を相手取るのは面倒にも面倒である。何せ、相手の言動予測が全くできないのだから。
「キャハハハハハハッッッ・・・・・・なのにさぁ・・・・・・何で若くて綺麗な私がこんな惨めな姿に・・・・・・何で・・・何で私だけ・・・・・・」
「ん?」
「お兄ちゃん・・・お兄ちゃんに・・・・・・こんな姿を・・・・・・嫌・・・嫌・・・わ、わた、私は・・・私は・・・裏切っ・・・・・・嫌ああぁぁ・・・」
「(錯乱している!?)」
予見不可を証明するかのように突如ローテーションに切り替わる鏡子。延々と呟き続ける言葉の端々に混じる悔恨や絶望の色が破輩にも伝わって来る。
また、鏡子が未だ暴走状態から抜け出す気配が全く無いことも今までのやり取りから悟る。あれだけ自分に暴言を吐いていた彼女が急に絶望に染まる顔を両手で押さえる姿を見れば、
それは嫌でも確信となってしまう。
「こ、ここ、こうなったら・・・・・・こうなったらああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
発狂に近い絶叫を挙げる鏡子の右手から全長2mに及ぶ風の刃が形成される。レベル4相当の『風力切断』によって生み出した凶器。
その切っ先を自身が抱く狂気のままに眼前の風紀委員へ突き付ける。瞳に映る世界から風紀委員という存在を消去するために。
「テメェを叩き斬るだけだあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
「(来る!!!)」
戦闘開始。攻めるは風の刃を右手に携える鏡子。防ぐは『疾風旋風』によって同じく右手に強大な風を束ねている破輩。
がむしゃらな勢いそのままに鏡子は突進からの突きを“風嵐烈女”へ繰り出す。
ドゴオオッッ!!!
「うぐっ!!?」
「グウゥッ!!!」
『疾風旋風』と『風力切断』、同じ気流操作系能力による最初の激突は両者共に後方へ弾き飛ぶという引き分けで終わる。
「・・・!!!」
「(大した威力だ。・・・レベル4相当というのは本当だったようだな)」
自身が放った刺突と拮抗した“風嵐烈女”の能力に目を白黒させる鏡子とは対照的に、破輩は今の衝突で得られた情報を分析する。
過去に鏡子が急性薬物中毒になった際に見せた能力がレベル4相当と見積もられていることは、破輩も警備員からの情報で知っていた。
そして、実際の手合わせにて自分が事前に得た情報は正しかったことが裏付けされた。
「(事前の情報通り、薬を服用した鏡子の『風力切断』は5つの噴射点を束ねることで生み出す数mに及ぶ風の刃を操る。だが、発生させられるのは指先からのみ。
5つの噴射点を集中させている以上、あの右手に細心の注意を払っておけば何とか取り押さえることも可能だ。
仮に、噴射点の集束を解除して両手に噴射点を分散させた上で攻勢に打って出たとしても威力的に『疾風旋風』で対処可能。むしろ、分散させてくれた方が有り難い!!)」
少ない時間ではあったが、最初の邂逅時から鏡子の『風力切断』を分析し続けていた破輩は、事前の情報も合わせて鏡子の能力の大半を解析する。
「う、うう、うわああああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「(そして・・・)」
再び鏡子が風の刃を携え突進して来る。しかし、破輩は全く慌てること無く元風紀委員の一撃を迎え撃つ。
ブシュッッ!!!
「なっ!!!??」
「(やはり・・・な)」
それは、鏡子が生み出した風の刃を破輩が受け止めた光景。正確には『疾風旋風』によって強大な風を纏っている己が右手で鏡子の一撃を防ぎ、
その上で風の刃を形成している『風力切断』へ己が『疾風旋風』を用いて干渉しているのだ。
「(薬で無理矢理強化した副作用・・・とでも言うべきか。レベル4相当の出力を、当の鏡子自身が完璧に制御し切れていない。
私の『疾風旋風』による能力そのものへの干渉をこうも易々と許すとは・・・な)」
最初の衝突での手応えから推測し、2度目の衝突で確信に変わった鏡子の弱点。薬によって出力強化を果たした代わりに犠牲となった細やかな能力制御。
自身の体から数mm離れた部分から風を制御し、操作する能力である『疾風旋風』の対象にはもちろん能力で生み出された大気の流れも入っている。
本来この手の干渉合戦、しかもレベル4同士における能力制御の奪い合いなら互いに相当な労力を必要とする。
しかし、鏡子の場合はこれに当て嵌まらない。大まかな制御はできているものの、細かな部分までは十分に制御し切れていない。
だから・・・つけ入れられる。『本物』のレベル4である破輩妃里嶺に。
「くそっ!は、放せ!!放せえええええええぇぇぇぇっっっ!!!!!」
「悪いが、放すわけにはいかない。ここで・・・終わらせる!!」
形成する風の刃へ続々と干渉して来る“風嵐烈女”に抵抗する鏡子。だが、破輩とて折角掴んだ絶好の機会を手放すわけにはいかない。
細かな制御が利いていないとはいえ、出力自体は相当なモノである風の刃を防ぎながら干渉し続けるのは、いかな破輩とて相当に集中力を費やされるモノであった。
『疾風旋風』による自身の右手に纏わせている風の制御も加わっている以上、いたずらに長引かせるわけにはいかない。
よって、“風嵐烈女”は『疾風旋風』の制御能力を総動員して鏡子の右手に集中している噴射点へ干渉を仕掛ける。
「!!!??」
「(もし、集束している噴射点の乗っ取りを恐れて左手へ噴射点を移せばその時点で終わりだ。『疾風旋風』による旋風の押し流しでお前を取り押さえる。
そして、このまま噴射点を乗っ取られればそれで終了。チェックメイトだ、鏡子!!)」
破輩は自身の勝利に確信に近い思いを抱く。鏡子が噴射点の集束を解除すれば、その時点で終わり。5つの噴射を束ねることで拮抗していた刃の形成を解くのだ。
解除された時点で、『疾風旋風』に押し負けるのは道理である。また、このまま集束を保っていても5つある内の1つでも噴射点を乗っ取られれば結果は同じ。
チェックメイト。“風嵐烈女”が抱いた思いは、確かに確信に近いモノであったと言っていい。
「安心しろ、鏡子。私はこれ以上お前を傷付けはしない。そして、これ以上お前に誰かを傷付けさせはしない。だから・・・ここでお前を束縛する!!」
「!!!??」
故に・・・それ故に、彼女は過ちを犯す。勝利を目前にしたことで『油断した』結果・・・自身の決意と共に、そして鏡子を思って放った言葉の一欠片が、
『元風紀委員』である彼女の記憶―『今』の彼女においては忌避していた記憶―を呼び覚ましてしまったことに破輩は気付かない。
『風紀委員の風路鏡子です!暴行の現行犯で束縛させて頂きます!』
かつて、愛おしき兄が誇りを抱いていた風紀委員(じぶん)。その時に幾度も呟いていた言葉を、よりにもよって目の前の現役風紀委員が言い放った。
本当なら・・・本当なら自分がその位置に居た筈なのに。本当なら自分こそがその位置でその言葉を言い放っていた筈なのに。
何故?どうして?何で?疑問・疑問・疑問。自問自答の果てに少女は気付く。答えは至って単純。自分が道を踏み外してしまったからだ。
『鏡子!!俺だ!!兄ちゃんだぞ!!わかるか!!?』
こんな惨めで醜い自分を命懸けで助けに来てくれた優しい兄に・・・自分は『会ってしまうのか』?このまま能力の制御を乗っ取られて・・・束縛されて・・・。
『「ブラックウィザード」の手に堕ちた元風紀委員』という形で風路鏡子(いもうと)は
風路形慈(あに)と対面するのか?
「ふ・・・ふふ・・・・・・ふふふ・・・・・・!!!」
認められない。絶対に認められない。『こんな』自分を兄に見られたく無い。どんなことをしてでも。
そう・・・『どんなことをしてでも』風路鏡子はこのまま連行されることを拒否する。絶対に。
ブシュッッッ!!!
突如鏡子の左手に発生したのは・・・噴射点。『風力切断』によって発生させた5つの噴射点。
そして、それは右手に束ねていた噴射点を移動させたモノでは無い。固地に捕まった時―急性薬物中毒―とは違う・・・風路鏡子の“奥の手”。
『あなたを始末したら、あの人がご褒美をくれるんですっ。だ、だ、だから、死んでえええッ!』
鏡子への薬物投与に関しては、基本的に
網枷双真を通して行われていた。『また急性薬物中毒を引き起こされては』というのが網枷の弁であった。
調合屋のおかげで『ブラックウィザード』が管理する薬の性能が安定しつつあったある途上で、鏡子は(服薬中ではあるものの)己が能力を進化させることに成功した。
当時傍で鏡子の様子を見ていたのは、他でも無い網枷であった。彼は鏡子に厳命した。『それは“奥の手”として土壇場以外では決して使うな』と。
同じ幹部である蜘蛛井にこれ以上目を付けられないようにという思惑を秘めた網枷の指示に鏡子は素直に従った。
何時も通りに薬を貰うために、網枷の機嫌は損なわせられない。彼の言いつけを守っていれば、『ご褒美』として従来通りに薬を貰える・・・その一心で。
そんな“奥の手”を・・・遂に少女は解禁した。目の前の現実を全て否定するために。現実を認識することを拒否するために。
「なっ!!!??」
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!」
予想外の展開に破輩は反応が遅れる。同じく予想外の展開に怒りの咆哮を挙げる鏡子は・・・躊躇無く左手から伸びる風の刃を“風嵐烈女”へ振り下ろした。
ドパアアアァァァンンン!!!!!
「ハァ、ハァ・・・音が近付いて来たってことは、この近くに・・・!!!」
「ハァ、ハァ・・・。あくまで可能性だよ!他の戦闘の可能性だって十分に考えられるから気を付けて進もう!」
「・・・あぁ!!」
疲労と精神的緊張から息を切らしつつも足を回しているのは鏡子の兄である風路形慈と『
シンボル』の“参謀”
形製流麗。
2人は界刺の言葉を受けて施設内西部から移動を開始、その途中から耳に劈く衝突を幾度も経験することでこの先に鏡子達が居ると予想していた。
「(鏡子・・・鏡子!!待ってろよ!!兄ちゃんが必ずお前を助けてみせるからよ!!)」
兄は只管走る。最愛の妹の下へ辿り着くために。己が手で絶望の底で項垂れている妹を救い出すために。
ドパアアアァァァンンン!!!!!
「「!!!??」」
そんな2人の耳へ、一際大きな衝突音が突き刺さった。距離は・・・近い。
「ハァ・・・ハァ・・・・・・グウッ!!!」
「ハァ・・・ハァ・・・だ、誰!!?私の邪魔をしたうじ虫は!!!??」
決して浅く無い傷を右肩に受けた破輩は後方へ距離を取った後に蹲る。一方、必殺の一撃を“妨害された”鏡子は目の前に渦巻く『砂鉄』の操り主へ向けて苛立つ声を放つ。
「破輩先輩!!大丈夫ですか!!?」
「ハァ、ハァ・・・湖后腹か。あぁ、助かった!」
自身より更に後方から聞こえて来た部下の声に、リーダー足る少女は振り向かないまま無事の声を掛ける。
鏡子が振り下ろした風の刃が破輩を真っ二つにしようとした刹那、足下から噴出した砂鉄の刃が“風嵐烈女”を守るように風の刃と衝突した。
一瞬拮抗した2つの刃だったが、制御が不安定なのかすぐに風の刃が砂鉄の刃を粉砕する。しかし、一瞬の猶予が破輩の回避行動に決定的なゆとりを与えた。
結果として破輩は右肩に風の刃による浅く無い裂傷を喰らったが、それでも致命傷だけは避けることができた。
この顛末を生み出した男の名は・・・
湖后腹真申。159支部所属の風紀委員である彼は、意識を手放していた最中に鼓膜を叩いた衝突音で目を覚ました。
直後に右太腿へ走る痛みとその傷への手当て、聞こえて来る轟音と行動を共にしていたリーダーの不在から自身が置かれた状況を素早く把握し、
磁力操作による移動を敢行しながらリーダーの下へ急いでいた最中に目にした鏡子の斬撃。湖后腹の目から見ても必殺と映る一撃からリーダーを守るために、
磁力操作を継続中だった彼は咄嗟に鏡子と破輩の足下にある砂鉄へ磁力を伸ばし、凶刃からリーダーを守護する刃を形成したのだ。
「(チッ・・・何がチェックメイトだ!湖后腹の助けが無ければ死んでいたぞ、私!!鏡子の手をこれ以上傷付けさせないんじゃなかったのか、破輩妃里嶺!!)」
激痛が走る右肩を左手で抑えながら荒い息を吐き続ける破輩は、知らず知らずの内に油断していた己の失態に憤る。
わかっていた筈だ。戦場とは自分の思い通りには決してならない領域であることを。相手に隠し玉の1つや2つはあって然るべきだということを。
なのに、最も注意すべき『勝利目前であるが故の驕り』を無意識の内に抱いていた過去の自分を現在の彼女は叱咤し・・・きっちり反省する。
「ス~ハ~。ス~ハ~。・・・・・・よしっ!!」
息を整える。まだ何も終わっていない。戦闘は今尚継続中。リーダー足る少女は、己の部下が作り出してくれた僅かの間を最大限に活かし気合いを入れ直した。
「く、くく、くそおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
必殺の一撃を逸らされた格好となった鏡子は、怒りの感情を全面に表しながら再び破輩へ突貫する。両手に2mにも及ぶ風の刃を現出させながら。
「破輩先輩!!俺も・・・」
「ハアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!!!」
眼前の脅威を受けて助勢の意を伝えようとした湖后腹の瞳に映ったのは、鏡子と同じく大声を挙げる破輩の背に渦巻く5本の竜巻。
左腕と右脚にも同様に竜巻を巻き付かせる“風嵐烈女”は、毅然とした瞳のままに突貫して来る少女へ突き進む。
ドォン!!!ギシッ!!!ブゥン!!!
鏡子は唯々力任せに両手に形成した風の刃を振るい続ける。他方、右肩と左太腿に傷を抱える破輩は無傷の左腕と右脚を刃へ衝突させる。
背中に構築している5つの竜巻で姿勢制御を行い、宙に浮かんで戦闘を行っている“風嵐烈女”。時には背の竜巻さえも武器として鏡子の刃を吹き飛ばそうと操作する。
「湖后腹!!」
「はい!!」
「援護は任せる!!だが・・・今の私にはまだ援護は要らない!!!」
「えっ!?」
湖后腹はリーダーの指示に疑問符を浮かべる。自分以上の傷を負っている彼女が、何故ここに及んで援護を必要としないのか。
部下の抱く疑問にリーダーは無論気付いていたのだろう。戦闘中にも関わらず、リーダー足る少女は部下に己の想いのありったけをぶつける。
少し前までの自分ならできなかったこと。部下の前で弱みや弱音を露にすることができなかったリーダーの、これは真摯な『泣き言』。
「これは、『あいつ』から初めて託された頼みなんだ!同じリーダーとして、私は『あいつ』の本気の頼みを私の手で必ず果たさなければならない!!
一風紀委員として・・・1人の人間として・・・破輩妃里嶺として・・・私は『シンボル』のリーダー
界刺得世の想いに応えたい!!!」
「破輩先輩・・・!!」
「私の我儘なのはわかっている!!でも、これだけは譲れない!!界刺から初めて託されたんだ!これは、あいつの信頼を得るチャンスでもあるんだ!!
あいつが背負うモノを少しでも肩代わりできる資格を得る最初で最後のチャンスなんだ!!」
あの男は、今回のことを経ても最後には素知らぬ顔で『何とかしてみせる』とでもほざくのだろう。その背にどれだけのモノを背負ったのかを自分達に見せないまま。
そんなことは・・・絶対に認められない。少なくとも、破輩妃里嶺は絶対に認めることはできない。
これは、そんな彼が『不本意』にも託した頼みなのだろう。そして、これは最初で最後のチャンスなのだ。彼の奥底に足を踏み入れることができるまたと無い機会なのだ。
「頼む・・・湖后腹。お願いだから・・・私に果たさせてくれ・・・!!!」
「・・・!!!」
湖后腹は見た。普段は勝気で男勝りという形容が似合い過ぎる程似合うリーダーの顔が、気弱で自信無さげな相貌に変化していたことを。
これは、紛れも無い破輩妃里嶺の本音であり、泣き言であり、弱音であり、我儘なのだ。これ等の想いを確と見極めた部下足る少年は・・・一呼吸置いた後に答える。
「・・・わかりました!!でも、少しでも危なくなったらすぐに助勢に走りますからね!!後、このことは鉄枷先輩達159支部全員に報告しますから!!」
「!!?」
「覚悟して下さいよ、リーダー!!こんな状況下で我儘を貫くからには、後で皆からボコボコのケチョンケチョンにされるつもりで頑張って下さい!!!」
「フッ・・・いいだろう!!望む所だ!!!」
部下の熱い激励にリーダーは感極まりそうになる。これが繋がるということ。リーダーという仮面を被り続けて、却って壁を作っていた頃には想像もできなかった有り様。
そんな有り様を手に入れられる切欠を作ってくれた『あいつ等』に言葉無き感謝を抱きながら、“風嵐烈女”は自身の決意を果たすために力を振るう。
「な、何で斬れないの!!?何で倒れないの!!?どうして、そんな傷を負ってまで私へ・・・!!?」
「『お前を助ける』!!これは『あいつ』の頼みだ!!そして、風紀委員破輩妃里嶺の心意だ!!お前を・・・必ず“そこ”から救い出す!!」
深いダメージを負っている筈の敵の勢いが衰えないばかりか増している現状に、鏡子は更なる苛立ちを募らせる。
自分の攻撃は傷だらけの少女の能力によって全て防がれる。自分は無傷なのに。自分は“奥の手”まで出しているのに。
理解し切れない少女は全く気付いていない。自分が無傷なのは、相手である“風嵐烈女”が己の振るう旋風全てを風の刃『だけ』に衝突させているからという事実に。
「(くそっ・・・さっきのダメージが思った以上に深いな。両手の噴出点全てに『疾風旋風』の干渉を向けたいのに・・・!!)」
その一方で、破輩は内心焦りの色を濃くしていた。『風力切断』の出力上、自身も『疾風旋風』による強大な旋風を纏っていなければ『風力切断』への干渉に及ぶことはできない。
だが、今や10個の噴射点を指先に携える鏡子の斬撃相手に己が被ったダメージが想像以上の重しとなっていた。
体を動かし続けている以上絶え間無く激痛が走る右肩と左太腿が、“風嵐烈女”の演算精度を低下させる。このままでは、独力で鏡子を無傷のまま取り押さえることができない。
「(湖后腹の激励を絶対に無駄にできない!!何とか・・・何とか干渉への糸口を・・・・・・?)」
「・・・・・・」
危機感を募らせていた破輩は、眼前の光景に思わず虚を突かれた。どういうわけか、風の刃を力任せに振るっていた鏡子が突然その動きを止めたのだ。
頭が項垂れ、両手は垂れ下がる。携えていた風の刃も一瞬で消えてしまった彼女に破輩は怪訝な視線を送る。
「(何だ?これもローテーションの一種か?それとも罠?・・・どうする?)」
「・・・・・・はっ!」
ひとまず距離を取った“風嵐烈女”が次に取るべき行動を迷っている中、ボサボサ髪の少女は突如として苦しそうな呻き声を漏らし始める。
「はっ、は、虫、虫がうじゃうじゃしてるんです。キモチワルイ・・・・・・う、ううう・・・・・・」
「(これは・・・薬の副作用か!!!)」
蠢く。蠢く。蠢く。視界全てに這い回る虫の幻覚を知覚した鏡子は、胸から込み上げる嘔吐感に脂汗をかき始める。
破輩の推測は当たっている。これこそ、『ブラックウィザード』が管理する非合法薬物の副作用。服薬量や個人差こそあるものの、能力強化の代わりに発生する幻覚作用が鏡子を襲う。
規定量ならまだどうにかなっただろう。しかし、通常以上の薬を服薬した今己が身に襲い掛かる幻覚は凄まじい現実感を伴って少女の精神を掻き乱す。
「嫌・・・嫌・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!」
「鏡子!!!」
いよいよ錯乱した鏡子は破輩の声にも取り合わずに、両手から持ち得る全ての力を使って風の刃を作り出す。
斬るのは、自身の視界を這い回る虫。もはや、今の彼女はまともな戦闘を行うことなどできない状態となっていた。
「消えろ!!!消えろ!!!うじ虫があああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
「破輩先輩!!」
「くそ!!このままだと、自分を殺してしまいかねない!!!」
自滅に近い状態に陥っている鏡子の尋常では無い雰囲気に湖后腹はリーダーへ警戒の声を挙げ、破輩は現状のまずさを心底認識する。
このままでは、今にでも形成している風の刃を鏡子自身へ差し向けかねない。そうなれば、今までの努力が全て水の泡となってしまう。
「消えろおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」
「えぇい!!!」
“風嵐烈女”は、事ここに至って腹を括る。この場を収めるには、『疾風旋風』による全力の干渉を『風力切断』に敢行し風の刃を消滅させるしか無い。
そのためには、風の刃を振り回しているあの間合いに突入した直後に背の竜巻操作を解除した上で干渉行動を取るしか無い。
左腕で受け止めるのはともかく右脚でもう1本の刃を封じ込められるか。そのために傷を負っている左脚を支柱としなければならないが、果たして本当に可能なのか。
リスクは幾らでもあった。それでも、破輩は最後まで自分の想いを貫くために単身風の凶器へ突貫を仕掛ける。
グンッ!!!
接近により虚ろな瞳と覚悟溢れる強靭な瞳が衝突した・・・その瞬間に飛び込んで来た影。
ボサボサのツンツン黒髪を靡かせながら両者が衝突する地点へ突っ込んだ男の名は・・・風路形慈。
「鏡子おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
「えっ・・・・・・?」
鏡子は当初自分の瞳に映った光景を理解することができなかった。気色悪い虫が視界を覆っていた中、自分目掛けて突貫して来る老け顔の女が見えた。
瞬間的にその女ごと虫を突き刺そうと自分は思い、その通りの行動を取った。しかし、自分が生み出した風の刃は女を突き刺せなかった。
代わりに突き刺したのは・・・自分を庇うように眼前へ立ちはだかったツンツン頭の男の右脇腹。
かつての自分が何度も瞳に焼き付けた・・・愛しき兄の体から赤い液体が漏れ始める。
「ば、馬鹿野郎!!!何て無茶を!!!湖后腹!!!対外傷キットを!!!」
「は、はい!!!」
突き刺す筈だった女が見たことも無い慌てようのまま後方に控えていた男へ声を掛ける。その間に、風の刃を突き刺された兄は力無く地面へ跪く。
「・・・・・・血?」
風の刃が消えた自分の右手には、優しき兄の血が付着していた。そう・・・風路鏡子は風路形慈の脇腹に『風力切断』で生み出した風の刃を突き刺したのだ。
「お兄ちゃんの・・・血?私・・・が?私の能力で・・・お兄ちゃんを?・・・えっ?・・・えっ?」
正気に戻った・・・という表現はこの場では正しくないのだろう。正確には・・・錯乱を吹き飛ばす新たな錯乱状態に陥ったと表現すべきか。
「う・・・嘘・・・!!!嘘・・・嘘・・・嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!!!!」
自分は目の前の現実を全て否定するために、現実を認識することを拒否するために刃を振るっていた。それだけだ。
何も、愛しき兄に凶刃を振るうために動いていたわけでは無い。むしろ、自分を助けに来てくれた兄に『愛想を尽かさせる』ために只管暴れ回っていた。
親愛なる兄に対する最悪の裏切りを乗り越えてまで自分を救いに現れた彼に近付いて来て欲しく無かった。薄汚れた自分の前に現れないで欲しかった。兄と・・・会いたく無かった。
それなのに・・・心優しき兄は再び自分の前に現れた。現れて・・・自分の凶刃をその身に浴びた。認めるしか無い。今度は逃避など許されない。
「・・・!!!ど、どうして・・・どうして来たんだよ!!!??何で・・・何でこんな私に会いに来たんだよ!!!??
薬に溺れる惨めな私に・・・お兄ちゃんの期待を裏切った私に・・・どうして・・・!!!」
ここに来て目の前の現実を否定し切れなくなった鏡子は、最愛足る兄の行動に何度も何度も疑問の声をぶつける。
自分は兄に助けて貰える資格など無い。兄の期待を裏切った妹には。何時の間にか両の目から涙を流していた妹の声を背に受けて、荒い息を吐き続ける兄はようやく口を開く。
「・・・・・・鏡、子」
「お兄ちゃん・・・!!」
妹の名を呼ぶだけで、脇腹から迸る激痛が兄の思考回路を掻き乱す。目の前には、風紀委員と思わしき男女2人がこちらへ向けて飛んで来る。
おそらく自分の手当てのためだろう。まさか、再び風紀委員の世話になるとは思わなかったが・・・これも運命なのかもしれない。
「俺は・・・どう、やら・・・お前に余計なプレッシャーを与えちまってたみてぇだな」
「プ、プレッシャー・・・!?」
「あぁ。ハァ、ハァ・・・。俺、は・・・お前を誇りに思っていた。“共学の常盤台”名門映倫中へ通う・・・ハァ・・・正義感溢れる風紀委員。
俺とは違って・・・ハァ、ハァ・・・レベル3の・・・ハァ・・・能力を持つ自慢の妹。そんな自分勝手な『レッテル』をお前に貼っちまってた」
「そ、そんな・・・!!!そんなこと無いよ!!!」
兄の告白を受けて妹は混乱する。裏切ったのは自分だ。兄の期待に応えられなかったは自分だ。
悪いのは全て自分なのに。どうして自分を救おうと懸命に走った兄が妹に謝らなければならないのか。
「いや・・・貼っていたんだよ、俺ぁ。ングッ・・・ハァ、ハァ。自分には無い才能を持つ妹に期待して・・・違うな・・・勝手に期待したんだ。
そこに妹の意思なんてモノは存在しちゃいなかった。ハァ・・・俺は・・・独り善がりな意思を妹に押し付けちまっていた」
「お兄ちゃん・・・!!」
「鏡子よぉ・・・。お前さぁ・・・何か悩みがあったんじゃねぇか?例えば・・・能力が伸び悩んでいた・・・とかさ?」
「ッッ!!!」
核心を突く兄の質問に妹は思わず身を固めてしまった。確かに、自分は薬物中毒に陥る前に能力の向上ペースの鈍化で頭を悩ませていた。
そのせいで、網枷の口車に乗ってしまい『疲労回復のサプリメント』と銘打った非合法薬物を摂取させられた。後の流れは・・・自明である。
「・・・やっぱあったか。・・・その時はお前の意思で薬を服用したのか?」
「違う!!その時の私は騙されて・・・」
「・・・そう、か」
風路は、妹は自分の意思で非合法薬物に手を出したわけでは無いことを再確認できたことにホッとする。
伊利乃から聞き出した後も、心の何処かでは『もしかしたら鏡子は自分の意思で・・・』という想いが未だに存在していた。
だから、本人に聞いてケリを着けようとずっと思っていた。そして・・・ようやくケリを着けることができた。
「・・・ごめんな、鏡子。お前は、期待する俺のために必要以上に頑張り過ぎていたんだよ」
「そ、そんなこと・・・(ガシッ)・・・えっ?」
「・・・随分ボサボサになっちまってんなぁ、お前の髪。年頃の女の子なんだから、もうちっと気を使った方がいいんじゃね?ハハッ」
鏡子の髪を風路が撫でる。何時以来だろう・・・こうして妹の頭を撫でるのは。妹が失踪するずっと前からこういうことをサッパリしなくなった。
心配性な自分の行動が原因であろう妹の抗議を受けて、彼女の部屋へ赴く機会もめっきり減った。逆に言えば、それまでは過剰に妹へ期待を掛けていたということ。
妹の才覚に疎みはしなかったものの竦んでしまった兄は、妹に見合うだけの努力を何一つしなかった。こんな状況を生み出した原因の1つは・・・間違い無く兄である自分にある。
「ゴホッ、ゴホッ!!!」
「お兄ちゃん!!もう喋らないで!!」
「風路!!!」
「形製か!!!」
「ハァ・・・ハァ・・・破輩さん!!これは一体・・・!!?」
「話す手間も惜しい!!お前の『分身人形』で把握しろ!!」
「思ったより傷は浅いかも・・・。これなら・・・キットでとりあえずは!」
「(チィ・・・もうあんまり時間が無ぇな」
傷から発せられる激痛が風路の体全体を蝕む。一際でかい衝突音から只事では無いと直感した自分が飛び出したせいで、身体能力で劣る形製を実は置いて来てしまっていた。
こうして彼女がここへ到着できたこと自体は喜ばしいことだが、自分の行動は批判されて然るべきである。
妹のこととなると思考が吹っ飛ぶと指摘された通りの行動を取ってしまった自分に呆れて物も言えない。この調子だと界刺に借りを返すのはまた別の機会になりそうだ。
「鏡子。俺はなぁ・・・ここに来るまで色んなことを経験した。人間不信になるわ、風紀委員を目の敵にするは、“ヒーロー戦隊”に入らされるわでさぁ、てんやわんやの連続だったんだ」
「お兄ちゃん・・・」
「でもさ・・・そのおかげで今の俺が居るんだ。妹の悩みに考えを向けられるようにもなった・・・風紀委員をもう一度信じられるようになった俺が居るんだ」
妹の失踪以来、自分の人生は激動の連続だったと言っていい。それだけ濃密な時間を過ごした中で、少年は人間として一回りも二回りも成長した。させて貰った。
そんな自分だからこそ、今度は妹のために頑張ろうと思う。期待を掛けるだけじゃ無い。自分と同じ悩み苦しむ妹を、兄である自分が背負える程に。
「だから・・・鏡子。俺はお前を背負い切ってみせる。兄が妹を背負って何が悪いんだ。妹が苦しんでるのに兄が何もしねぇってわけにはいかねぇ。
これから俺もお前も色んなモンを抱えて歩いて行かなきゃなんねぇ。でも・・・俺は逃げない。絶対に。どうだ・・・鏡子?兄ちゃんと・・・もう一度やり直さねぇか?
俺とお前ならきっとできる!!やり直せる!!嬉しい時は思いっ切り笑おう!!辛い時は精一杯愚痴り合おうぜ!!だから・・・だか・・・鏡子!!兄ちゃんと一緒に頑張ろう!!!」
「・・・!!!」
優しい声色が風に乗って鏡子に耳に入る。ずっと耳にしていた声色。かけがえの無い声。最後の方に至っては涙ぐんでいた兄の愛しき声が、妹の心を暖かく包んで行く。
そう・・・兄の訴えは確かに妹の心に届いた。今度こそ。ならば、妹である自分はどう返答すべきか。そんなモノは・・・もう決まり切っていた。
「お兄ちゃん・・・!お兄ちゃん・・・!!お兄ちゃん!!!」
「鏡子!!鏡子!!!」
「ごめん・・・ごめんなさい!!お兄ちゃんに何て酷いことを・・・!!!」
「いいんだ!!!もういいんだ!!!」
「お兄ちゃん・・・!!!」
「鏡子・・・!!!」
抱擁。兄と妹は遂に本当の意味で『再会』を果たした。幾度もの艱難を乗り越えた2人は・・・ようやく兄妹という“絆”を取り戻すことができたのだ。
「破輩先輩!勇路先輩と連絡が着きました!!」
「そうか・・・。椎倉にも伝達したし、これで何とかなるかな」
「ハァ・・・ハァ・・・。あたしももうちょっと体を鍛えないとなぁ」
湖后腹の報告に破輩は頷き、形製は自身の体力不足を嘆く。あれから破輩達は湖后腹が寝かされていた建物内に移動し、椎倉や『治癒能力』を持つ勇路と連絡を取り合っていた。
椎倉達には風路鏡子の保護を伝達、勇路には傷を負った風路の手当てを要請・受諾を得た。ちなみに、風路兄妹は少し離れた場所で失っていた兄妹としての時間を取り戻すかのようにずっと話し込んでいた。
「勇路先輩達もさっきまで『ブラックウィザード』から攻撃を受けていたみたいですけど、何とか戦線復帰を果たした閨秀先輩の力もあって撃退したそうです」
「椎倉から聞いたよ。形製。閨秀達は椎倉の指示を受けて不動と仮屋の応援に向かわせたそうだ」
「本当ですか!?・・・なら、『六枚羽』が相手でも・・・!!」
湖后腹と破輩から“花盛の宙姫”が復活・『六枚羽』と激戦を繰り広げている不動と仮屋の応援に向かったと告げられた形製は、制空権の掌握に大きな希望を抱く。
『六枚羽』が存在する以上、空からの攻勢が気掛かりとなってしまう。風紀委員会側としても、『六枚羽』の撃墜は作戦上から見ても絶対に成し遂げたい代物であるのだ。
「勇路先輩と春咲先輩、それに月ノ宮さんがこちらへ来てくれるそうです。閨秀先輩の治療が終わった以上、居所が割れた場所に何時までも居られないということで・・・」
「わかった。・・・・・・ハァ」
「ん?どうかしましたか?」
「・・・何。結局私は界刺の頼みを果たし切れなかったなぁ・・・って落ち込んでいるだけだ」
「破輩さん・・・」
湖后腹と形製の視線を感じながら、破輩は対外傷キットで治療した右肩を抑えながら愚痴を吐く。
「油断して危うく鏡子の手を汚させてしまいそうにもなったしな。風路の脇腹にしたって、私の決断がもっと早ければ傷を負わせることも無かった・・・」
「でも、破輩先輩が『咄嗟に』左腕に纏っていた風を鏡子さんの風の刃にぶつけていなければ、風路さんの傷はもっと深くなっていたと思いますよ。俺、ちゃんと見てましたから」
「湖后腹・・・」
「あたしも、『分身人形』で破輩さんの記憶を読んでるからわかっていますよ?破輩さんは、風路の乱入に驚愕しながらも最悪の結果を防ぐためにでき得る限りのことをしたんだって」
そんな少女を湖后腹と形製は優しく支える。2人の言う通り、破輩は乱入して来た風路に驚愕しつつも咄嗟に左腕の風を操作し、
己が兄の背骨を突き刺そうとしていた『風力切断』による風の刃へ衝突させて軌道を無理矢理変更させた。
そのおかげで風路は脇腹に傷を負ったものの重傷という程では無く、鏡子にも自身の手で兄を殺害するという最悪の結果を生み出させずに済んだのだ。
「破輩さんは、ちゃんとバカ界刺の頼みを果たしているよ。だって、こうやって風路と鏡子は兄妹として触れ合えているんだしね。そうでしょ、湖后腹?」
「形製さんの言う通りです。破輩先輩!先輩はリーダーとして・・・我儘を言っていたかもしれませんが、それでも全体的に見て冷静な対処をできていたと・・・俺は思います」
「・・・!!!」
2人の真摯な言葉が“風嵐烈女”の心深くに染み入る。自分は、完璧では無いものの冷静な対処を行うことができていた。そう、2人は『本気』で言っているのだ。
約1ヶ月前の騒動ではできなかったことを・・・今回はやり抜くことができた。大まかではあるが。
「・・・・・・そうか」
何呼吸置いた後に少女の口から零れた一言だけの返事。そこに込められた想いは、零した159支部リーダー破輩妃里嶺にしかわからない。
「湖后腹」
「はい?」
「お前は形製達と一緒に勇路がここに来るまで周囲への警戒を怠るな。いいな?」
「勇路先輩の脚力ならもうすぐ到着するでしょうけど・・・先輩は?」
故に、“風嵐烈如”は部下に指示を出しながら立ち上がる。『本来』の役目を果たすために。そして・・・自分が為したことを、自分の『本気』を同じリーダーへ伝えるために。
「“報告”に行って来るよ。・・・『あいつ』の所へな」
continue!!
最終更新:2013年08月30日 21:06