「仮屋!!下がるぞ!!」
「うん!!」
施設内南東部上空にて激戦を繰り広げているのは『
シンボル』の不動と仮屋。そんな彼等の内『念動飛翔』による空気圧に包まれている搭乗者―不動―の指示を受け、
仮屋は咄嗟に搭乗者の前面へ空気圧を集中させる。そこに『拳闘空力』を伴う不動の突きが放たれた。
ボパアァッ!!!
ドドドドドドドド!!!
何時もより強大な“噴射”を発生させた『拳闘空力』を、強大な制御力を有する『念動飛翔』で強化・拡散させることで無理矢理バックする2人。
直後彼等が辿る筈であったコースへ学園都市最新鋭無人攻撃ヘリが放った『摩擦弾頭』が幾発も通過する。
数瞬、2500度にも達する凶弾を何発も浴びた建物が爆発・崩壊して行く。その余波は、無理矢理後退したがために幾らかの反動を受けている2人にも及ぶ。
「ちぃっ!!」
「不動!!『六枚羽』が!!」
「わかっている!!」
反動で動きが鈍くなっている『念動飛翔』の隙をつくかのように『六枚羽』がミサイルを次々に放つ。
無論そのまま喰らうつもりは無い。それを証明するかのように、不動の連打によって発生した衝撃群が続々とミサイルへ衝突・撃破して行く。
「仮屋!!爆風を利用して地上運用型へ!!」
「うん!!」
撃破によって先程の余波とは比べ物にならない程の爆風が発生するが、それを見越した不動の意を汲んだ仮屋は身を包む―身を叩く―空気圧を調整し、
いち早く地上へ着陸する。刹那、地上運用型“どすこいモード”に切り替えた“仏様”は『念動飛翔』の深奥の一端を現出させる。
ビュン!!ビュン!!
ドドドドドドドド!!!
『Hsシリーズ』故の抜群のバランス制御を誇る『六枚羽』は、己が放ったミサイル群の爆風を物ともせずに機銃を上方から撒き散らす。
しかし、『摩擦弾頭』は標的を撃ち抜くことができない。網枷が『書庫』で調べ上げた仮屋の『念動飛翔』には掲載されていない性能であったがために。
“どすこいモード”では、飛翔中は浮遊・推進・バランス等に空気圧の制御を割かなければならなかったために出来なかった運用手段が行使可能である。
その一端、地上においては飛翔速度(時速100km)以上の俊敏な行動を可能とする。『拳闘空力』とは違って動きは直線的になってしまいがちな弊害はあるものの、
身を叩く空気抵抗すら高次元での空気圧制御により負荷を軽減した上で高速移動を実現させた。
そんな底力が何故『書庫』に載っていないかと言えば、ひとえにクラスメイトから“どすこいモード”行使をストップさせられているからに他ならない。
彼が通う
塔川学校はスポーツ工学系であり、スポーツの結果が学績に大きく反映される。そのためか、スポーツ競技に能力を組み合わせる生徒も多い。
もちろん、学校側が出すスポーツ試験では平等という観点から能力の行使にはある程度の制限が課されているものの、全てというわけでは無い。
仮屋自身普段の学内のスポーツ競技では能力行使を控えているのだが、食べ物が報酬になると一変、ぶっちぎりで一番を目指す(曰く“真剣モード”)ようになるのだ。
食べ物と言っても「金品~」等という大層なモノでは無く、「昼休みに弁当を分ける」や「学食を奢る」等というレベルなので警察沙汰になることも無い。
しかしである。逆に言えば、他クラスから自クラスを上回る報酬の食べ物があれば本気を出さないので、学内では仮屋へのお供え(報酬)競争が後を絶たないのだ。
金品の賭け事まではいかないために、彼が1年時であった頃から教師側も頭を悩ましている仮屋の特徴だが2年生に進級してからは比較的収まりつつある。
『冥滋!!あなたは、少し限度というモノを自覚しなければならないようですね!!栄養学という観点から見ても、あなたの食生活には多大な疑問を覚えますし!!』
『え~。いいじゃん。ボクはそれで幸せだよ~。そういう千金楽チャンこそ、そんな食生活で不満を覚えたりしないのぉ?』
進級と共に席が隣同士になったある女子生徒から、仮屋は度々注意をされ始めるようになった。
彼女の食生活とは真逆の生活を送っている仮屋を見て―お供え競争含め―我慢ができなくなったそうで、2人のやり取りが今ではクラスの風物詩になった感もある程だ。
そのせいか、仮屋は2年になってから学内のスポーツ試験や『身体検査』時の実技試験にて“どすこいモード”を行使したことが無い。
つまりは、『書庫』にデータとして掲載されている“どすこいモード”は1年生の時のデータであり、『六枚羽』が記録しているデータもそれである。
「『六枚羽』の演算機能が学習するまでなら何とかしてみせるよ!!」
「あぁ!!しかし、『六枚羽』の敵性設定がまさか『敵対者全て』とはな・・・」
「予測でしかないし、さすがに幹部級は入っていないとは思うけどね」
ミサイルによる爆風や機銃によって上方より落ちて来るガラスや壁の破片を『念動飛翔』で砕きながら、“猛獣”と“仏様”は自分達の推測の妥当性を改めて量る。
界刺達の援護へ向かおうとした際に急襲して来た『六枚羽』。柔軟性を排した最適化が為されている兵器の標的を、
2人は当初『「
ブラックウィザード」への敵対者』に『捨て駒とした新“手駒達”』を加えていると判断していた。
そのために、空中戦を可能とする自分達で『六枚羽』を迎撃するため―南西部へ近付けさせないため―にあの手この手でこの南東部へ誘導した。その最中に・・・
『ギャアアアアアアアアァァァァァッッッ!!!』
『何で「六枚羽」が俺達を撃っ・・・ガアアアアアアァァァッッ』
『ブラックウィザード』の構成員が『六枚羽』の機銃によって蜂の巣になった。彼等は、『六枚羽』と戦闘している不動・仮屋コンビの撃墜を狙っていた。
つまりは、『六枚羽』の味方。『六枚羽』に楯突くクソ生意気な敵を殺害しようと動いたのだ。
だが、彼等の目論見はすぐに破綻する。何と、『六枚羽』は己が戦闘に介入して来た構成員を『敵』と認識し、直後に掃討へ打って出たのだ。
余りにも予想外な行動に不動と仮屋は面食らい、結果として構成員への暴虐を見てることしかできなかった。
そして、『敵』を駆逐した無人ヘリは再び不動と仮屋の駆逐へ動き出したのだ。何故『六枚羽』がこんな行動を取ったのか?
もっと言えば、何故“そういう”プログラミングになっていたのか?答えは『ブラックウィザード』のリーダー東雲の判断。
“『シンボル』の詐欺師”によって『六枚羽』へ何か細工を施されたと判断した彼は、この戦場で『六枚羽』を使い潰す腹積もりであった。
そのために、『六枚羽』の敵性設定を『幹部級以外で己へ危害を加える可能性のある者達全て』にした。構成員や“手駒達”が蔓延るこの施設において、
『六枚羽』の性能を思う存分活かすためには、却って彼等の存在は邪魔である。もし、『敵』の近くに構成員達が居れば『六枚羽』は攻撃を仕掛けられない。
そんな『愚行』で多額の投資をして購入した『六枚羽』を失うつもりは毛頭無い。それが、『ブラックウィザード』の頂点に立つ“弧皇”が下した決断であった。
「わかっている!だが、あのままでは余計な人的被害が出てしまう可能性も高いしな!現状において、一番人気が無さそうな南東部(ここ)に誘導したのは正解だったようだ」
不動の指摘通り、現在施設内において一番人気が無い戦域はここ南東部である。以前176支部がここで『ブラックウィザード』の構成員達と戦闘を行った際は、
鎮圧した彼等を駆動鎧に搭乗する東部侵攻部隊の一隊が回収した。当初のプランではそのまま南東部から中央部へ侵攻する手筈だったのだが、
網枷の演説によって南部侵攻部隊が新“手駒達”救出へ動いたためにできた穴を埋めるべく南部方面へ回って行った。その結果が現状の人気の無さである。
「だね!『念動飛翔』による旋回と不動のだて眼鏡でこの一帯に誰も居ないことが確認できたし!ここでなら・・・ボクの“とっておき”が使えそうだよ・・・!!」
「“とっておき”・・・か」
仮屋の声色が変わる。その音色を聞いて、不動は己が友が“シリアスモード”になったことを悟る。
確かに、ここでなら彼の“とっておき”を使うこともできるだろう。普段は周囲への被害も含めてまず使うことは無い。彼の性格も含めて。
「そのためにも、“どすこいモード”で撹乱している間にどうにかして『六枚羽』の動きを制限する方法を見出さないと!」
「全く、大した性能だ。羽を展開したあの形態でも時速300kmを叩き出すゲテモノを相手取るのは骨が折れる!!」
“どすこいモード”と飛翔モードの併用まで用いて『六枚羽』を撹乱している仮屋だが、いずれはその
パターンも見極められる。
相手はこの学園都市が開発した『Hsシリーズ』の一端。そんじょそこらの兵器とは比較にならないゲテモノだ。
ドドドドンン!!!
そんな効率性を極めた最適化を施された無人兵器が、己が存在意義を示すかのように最適な演算を弾き出す。
「ミサイルを・・・!!!」
直線的移動に縛られる“どすこいモード”を封じるために、仮屋の行動予測から計算した全てのコースに『六枚羽』が大量のミサイルを発射する。
ドコォォン!!!ズガガガガッッッ!!!
着弾した地面が爆発する。被弾した建物が凄まじい勢いで倒壊して行く。大量の粉塵が、強烈な爆風が、強大な爆炎が不動と仮屋へ襲い掛かる。
「仮屋!!飛ぶなよ!!?」
「わかってる!!」
不動の警戒に仮屋は応答する。おそらく、『六枚羽』の狙いは倒壊する建物やミサイルによって発生した爆風・爆炎を避けるために仮屋が空中へ飛翔する所を狙い撃ちするつもりなのだ。
ならば、相手の誘いには乗らない。否、相手の予測を上回る行動に打って出る。仮屋が身を包む空気圧の多くを不動の右拳へ集中させる。そして・・・
「「ハアアアァァァッッ!!!!」」
ドオオオオオンンン!!!!
何時かのコンテナターミナルの上空でも放った『拳闘空力』と『念動飛翔』の合体技。不動が放ち、仮屋が指向性を高めた大衝撃波が倒壊する建物を屠る。
鉄筋コンクリートでできた壁は容易く崩れ、粉塵や爆風は吹き飛ばされた。2人が放った大衝撃波が通った道には、彼等を妨げる障害物など存在しない。
「いくぞ!!」
「うん!!」
大技を放ったために消耗が激しいが、そんなことを言っている暇は無い。様々な労力を必要とする飛翔時に比べれば、まだ“どすこいモード”は効率的に運用できる。
弱まった空気圧を制御し、急いでこの場からの離脱を図る2人。しかし・・・
ドドドンン!!!
「「グアッ!!?」」
2人の前方に『摩擦弾頭』が着弾・強大な衝撃波が2人を襲う。弱まった空気圧では、発生した衝撃波を相殺し切れない。
仮屋は後方へ吹っ飛ばされ、搭乗者である不動も衝撃によって仮屋から離れてしまう。
ブーン
ステルス仕様故に殆ど音を立てずに滞空する『六枚羽』が羽に備わった機銃を不動と仮屋へ向けていた。
そう・・・『六枚羽』の演算機能は“こういう”事態も予期していた。最適化とは効率の局地であると同時に、優先順位通りに行動を起こすことでもある。
AI特有ともされる『端から順番に潰す』とは、まさに優先順位のことを指す。今回の『六枚羽』の標的は『幹部級以外で己へ危害を加える可能性のある者達全て』である。
これは、『どんなことをしてでも速やかに敵を駆逐せよ』という意味である。すなわち、最短コースor最短コースに“限り無く近い”コースの選択。
先程の攻撃の狙い(=最短コース)は、不動達の予測通り『ミサイルによる一帯への多重攻撃によって空中へ燻り出した敵を駆逐する』ことである。
そして、最短コースに“限り無く近いコース”として『能力等によって倒壊する建物やミサイルの爆風・爆炎を乗り越えて脱出を図る敵を狙い打てるように、
ミサイル発射後に滞空の位置取りを所定のポイントへ移し、そこから狙撃する』ことであった。人の関節のように動く羽を有する『六枚羽』だからこそ可能な芸当。
「不動・・・大丈夫!?」
「何とか・・・と言いたい所だが・・・」
相殺し切れなかったとは言え軽減はできたために比較的軽傷に収まっている2人の頭上に、死刑宣告を告げる『六枚羽』の銃口があった。
「・・・!!界刺クンのサーチ能力の凄さを実感するね」
「・・・あぁ」
仮屋の言葉に同意しかできない不動。光(=電磁波)をレーダーとする『光学装飾』がこの場にあれば、『六枚羽』の挙動も察知できただろう。
しかし、現実として不動と仮屋には『六枚羽』の挙動を正確に察知できる術は無かった。とは言え、自ら発生させた強大な爆炎・爆風のために赤外線・電波レーダーの精度が狂い、大量の粉塵のために可視光線による照準も甘くなった『六枚羽』も、
彼等と同じく『敵』の挙動を正確に察知できず、己が放った『摩擦弾頭』を不動と仮屋へ直撃させることができなかった。
「(どうする!?この状況では、『拳闘空力』による歩法術を使っても避け切れない可能性が限り無く高い・・・!!)」
「(“どすこいモード”で避けれたとしても、2人共に離脱するためにはボクが不動の下へ行かないといけない。きっと、『六枚羽』も予測済みだ・・・!!)」
嫌な汗が背中を流れる。額にはそれ以上の汗が吹き出ている。これは、決して周囲に存在する爆炎のためだけでは無い。
絶体絶命。こちらに打つ手無しと判断すれば、今すぐにでも『六枚羽』はその機銃を吹かすに違いない。
それをして来ないのは、予測不可能な行動への対処を計算しているためか?狂った機銃の照準精度を調整しているせいか。
いずれにせよ、時間は無い。動かなければ殺される。動いても殺される可能性が高い。そして・・・2人は動けない。
ガシャッ!!!
「(躊躇する余裕はもはや無し!!こうなったら・・・!!)」
「(動くしか無い!!)」
今度こそ、『六枚羽』の機銃全てが不動と仮屋へ向けられた。いよいよもって窮地に陥った2人は、一か八かの行動に打って出ようとする。
「「そりゃさあああああああ!!!!!」」
グアーン!!!!!
「「!!!??」」
そこへ突如猛烈な速度で飛来して来たのは鉄筋コンクリートの大群。『六枚羽』が居る高度より高い地点から飛んで来た群れの行き着く先に居るのは・・・無人攻撃ヘリ『六枚羽』。
しかしながら、レーダーによって己への強襲を察知した『六枚羽』は即座に機銃の照準を不動達から飛来する鉄筋コンクリートへ変更・迎撃する。
バババババババババンンンンン!!!
機銃が火を吹き、『摩擦弾頭』の嵐が鉄筋コンクリートを全て撃墜した。
「不動!!」
「おぅ!!」
その隙に仮屋は“どすこいモード”で不動の下へ直行・彼を抱え猛スピードで死地から離脱する。
「不動!!あの鉄筋コンクリートの大群は・・・」
「あの遠慮の無い攻勢・・・・・・もしや!」
<不動さん!!!>
「むっ!?春咲か!?」
“どすこいモード”から通常の飛翔形態になった仮屋が自分達を救った攻撃の意図を図り、不動は“以前に”自分達も味わった強烈な攻勢を脳裏に思い浮かべる。
その予感の正しさを証明するかのように、『赤外子機』から仲間―
春咲桜―の声が流れて来た。
<ようやく繋がった!さっきまで、電波や赤外線を操作する『ブラックウィザード』の構成員達の妨害を受けて携帯や『赤外子機』が・・・>
「また、そっちに『ブラックウィザード』が!?」
<えぇ!でも、サニーや勇路先輩『達』の力もあって何とか撃退できました!それに・・・>
「・・・それに?」
春咲の声は何処か弾んだモノとなっていた。まるで、今の情勢を激変させる可能性を見出したように。
彼女がこのタイミングで自分へ連絡を入れて来たこと。そして、春咲・月ノ宮・勇路が“そこ”に『居る』理由・・・否・・・『居た』理由を鑑みれば、
先程自分達の窮地を救った大量の鉄筋コンクリートを飛来させた主に見当が付けられる。そして、不動の予測通りの言葉を春咲が告げる。
「“花盛の宙姫”が・・・閨秀さんが戦線へ復帰しました!!!」
「そらひめ先輩・・・大丈夫ですか!?」
「何度目の質問だ、抵部?ほらっ、この通り平気だっ・・・痛っ!」
「・・・無理しちゃダメですよ?」
「はいはい」
周囲に大量の鉄筋コンクリートを侍らせながら高度を下げている花盛の制服を着た灰髪の少女・・・
閨秀美魁が、後背に乗る
抵部莢奈の心配そうな声に応えようとして・・・失敗した。
彼女はこの戦場に突入した直後に殺人鬼の暴虐によって深手を負い、後輩に守られる中意識を手放した。
その後抵部の手当てや『シンボル』の手助け、何より成瀬台支部所属
勇路映護の『治癒能力』による懸命の治療の甲斐もあって、何とか戦線復帰可能な状態にまで回復した。
『何とか』である以上、無論左肩に負った傷は完治などしていない。いかに勇路の『治癒能力』をもってしても、この短期間の内に完治へ持って行くことは不可能であった。
それだけの傷を負いながら、しかし“花盛の宙姫”は意識を回復・事態を理解した直後に戦線復帰を望んだ。
『あたしは戦える・・・!!これ以上の醜態は絶対に晒さねぇ!!』
『わ、わわ、わたしもそらひめ先輩と一緒に戦いますー!!』
完治していない傷を推して戦線復帰を望む先輩の覚悟を、後輩である抵部が支えた。『六枚羽』という脅威が未だ存在する以上、
高度な空中戦が可能な『皆無重量』を操る閨秀の存在はやはり欠かせない。そう椎倉が判断し、彼女の戦線復帰を認めた。
その先駆けとして、春咲や勇路と共に『ブラックウィザード』の構成員を鎮圧した彼女に戦線復帰の条件として椎倉が挙げたのは・・・唯の1つ。すなわちそれは・・・
「『「シンボル」の不動と仮屋と協力して「六枚羽」を墜とせ』・・・か。これもまた運命ってヤツかねぇ・・・」
「あのコンテナターミナルでたたかった時は、まさか協力することになるなんて夢にも思わなかったですー!!」
かつて、閨秀と抵部は救済委員入りをした春咲桜を逮捕するために穏健派救済委員と過激派救済委員が激突した戦場へ介入した。
その際に自分達を食い止めんがために互角の空中戦を繰り広げたのが『シンボル』の不動と仮屋である。
いずれ機会があれば決着を着けようとも思っていたが、まさか直に協力して―しかも、春咲桜とも共闘している―敵を潰すことになるとは夢にも思わなかった。
とは言っても、成瀬台を『ブラックウィザード』に強襲された時に既に不動達と共闘していたが。
「全くだぜ。風紀委員や警備員でも無い部外者がスキルアウトの制圧を行う行為を酷く嫌っているこのあたしが・・・だもんな。・・・・・・“ここ”があたしの転機なのかもなぁ」
「ん?ん?ん?よ、よくわかりませんー!!」
「・・・ハハッ。まぁ、小難しいことはこの事件を解決してから改めて考えようかって話さ!!なぁ、不動!!仮屋!!」
複雑な表情を浮かべながら話す先輩の真意を後輩はイマイチ理解することができない。そんな後輩を見て少し笑った先輩は、前方から急接近して来た2人の男達を見やる。
「・・・と言われてもな。私達にはお前達が何を話していたのかなどさっぱりわからないのだが?」
「やっぱり閨秀チャン達だったねぇ。ありがと~」
“宙姫”が言う所の部外者・・・『六枚羽』と戦っていた『シンボル』の不動が困惑の表情を浮かべながら返答し、仮屋が満面の笑みを浮かべながらお礼を言う。
「・・・へっ!まぁ、積もる話はあのゲテモノ兵器をブッ潰してからにしようぜ!!」
返答を受けた閨秀は抱いた感情を悟られないように目元を前髪で隠しながら、自分達を駆逐せんと接近して来る無人攻撃ヘリへの対処を促す。
「あぁ!!あのゲテモノは、私達の手で葬り去らねば!!!」
「『皆無重量』を操る閨秀チャンなら『六枚羽』の動きを・・・」
「こ、今度は絶対にそらひめ先輩をわたしの『物体補強』で守りぬいてみせますー!!!はなざかり支部の準エースの名にかけて!!!」
「あぁ!!頼むぜ、抵部!!さぁ・・・『殲滅』でお相手すんぜ、『六枚羽』!!!」
運命の悪戯か、かつて空中を戦場としてぶつかり合った者同士が今度は同じ空戦にて運命を共にする。
不動・仮屋・閨秀・抵部の眼前で関節の如き羽を動かすは、学園都市が誇る最新鋭兵器が一角・・・『六枚羽』。戦場は新たなステージへと移り、更なる熾烈な空戦が幕を開けた。
「さぁ、潰れろやああああああぁぁぁっっ!!!」
夜空で繰り広げられる凄まじい空中決戦(ステージ)の演者は4つの生き物と1つの機械。
その内の生き物側・・・“花盛の宙姫”の『皆無重量』にて凝縮した鉄筋コンクリートの塊が『六枚羽』目掛けて射出される。
ボン!!!バリバリ!!!
しかし、衝突する数秒前に『六枚羽』は砂鉄ボールを射出・直後に20m四方に広がった『面』に高圧電流を放つことで形成した電磁エリアにて、飛来して来るコンクリートを破砕する。
「まだまだぁ!!!」
「仮屋!!閨秀達を援護するぞ!!」
「うん!!」
自身の攻撃を防がれることを予期していた閨秀は破砕されたコンクリートの粉塵を隠れ蓑として―不動達の援護も重ねて―『六枚羽』へ急接近、
『皆無重量』による無重量空間発生範囲である半径50mに『六枚羽』を収めた瞬間に自分と抵部を覆っていた無重量空間を最大範囲まで拡大した上で、『六枚羽』に念動力を貼り付ける。
「今だ、不動!!!」
「おう!!!」
レベル3程度の念動力でしかない『皆無重量』では『六枚羽』の機動力を封じ込めることは不可能だ。だが、鈍らせることなら可能だ。
故に、閨秀は貼り付けた念動力の制御に集中・衝撃波による援護をしてくれた不動に追撃を要請する。
“宙姫”の意図はすぐさま“猛獣”と“仏様”にも伝わる。無重量空間外に居た彼等は、『合体技』である大衝撃波を放つ準備を速攻で整える。だが・・・
ブオオオオオオオオォォォォォンンンンン!!!!!
「何ぃ!!?」
己への危害を防ぎ得るために『六枚羽』に搭載されている演算機能が選択した行動・・・すなわちそれは『フルパワーによる念動力からの脱出』。
通常『六枚羽』は関節のような羽を展開した状態では時速数百kmしか出すことはできない。マッハ2.5に達するための動力である2基のロケットエンジンを持ちながらも、
最大出力を出すためにはどうしても展開している羽を収納しなければならない理由は、単純にフルパワーの機動力にミサイルや機銃を搭載した羽が耐えられないからだ。
そんな普通なら絶対に取ることの無い選択をした『六枚羽』の演算機能。これまた理由は単純で、『皆無重量』の念動力を貼り付けられている状況では、
羽を収納することができなかったからだ。もちろん、閨秀はそれを見越して念動力を仕掛けた。故の『暴走』である。
ガキッ!!!ドカーン!!!
「「「「ッッッ!!!」」」」
マッハ2.5を叩き出すロケットエンジンをフルパワーで動かしたことで発生した強大な機動力は、閨秀の念動力を弾き飛ばした。
同時に、羽を展開したままで最大出力を出した反動で6枚の羽の内2枚が折れ曲がり、破損した。
刹那、搭載していたミサイルの一部が反動+消去するまでの念動力による抵抗を受けたことで爆発した。
「抵部!!『物体補強』を緩めんなよ!!!」
「あいあいまむ!!!」
『六枚羽』と50mと距離が離れていなかった閨秀達は、爆発の熱風をその身に浴びる。しかし、抵部の『物体補強』によって致命的なダメージを負うことは無い。
ドドドドドドドドド!!!!!
持てる機動力全てを使って無重量空間から脱出した『六枚羽』は速度を落とした後に残る4枚の羽に搭載された機銃を全て起動させ、閨秀達に2500度に達する凶弾の嵐を見舞う。
「仮屋!!あたし達の後ろへ!!」
「了解!!」
熱風の勢いを利用して不動達に接近していた閨秀は仮屋に指示を出した後にすぐさま侍らせていた鉄筋コンクリートの大質量を前面へ凝縮展開する。
「抵部!!」
「はいです!!」
展開したコンクリートと自身の右腕を繋いだ花盛支部エースの号令を受け、花盛支部準エース(自称)は能力による補強を鉄筋コンクリートの塊に展開する。
ズガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!
『摩擦弾頭』とありったけの鉄筋コンクリートで形成された大質量が衝突する。『皆無重量』にて浴びせられる凶弾の何割かを何とか逸らし続けてもいる閨秀は、
束の間の会話可能な時間を最大限に活かすために衝突音が鼓膜を叩く中において『シンボル』の2人に大声で話し掛ける。
「不動!!仮屋!!どうするよ!!?このままじゃ、ジリ貧もいいトコだぜ!!?」
「わかっている!!だが、今の『六枚羽』は羽を展開していても躊躇わずに持てる機動力をフルに行使している!!
逆にフルに行使させ続けて残る4枚を自壊させる手もあるにはあるが・・・」
「さすがに、そりゃ『六枚羽』だって望んちゃいねぇだろうよ!!今の間合いだって、あたしの無重量空間指定範囲の外にきっちり居やがるしな!!
幾ら抵部の『物体補強』でも、生身に『六枚羽』の『摩擦弾頭』を喰らったらシメーだ!!」
「ううううぅぅ・・・」
「・・・それはこっちも同じだ。幾ら仮屋の『念動飛翔』とは言え、さすがに『六枚羽』の機銃は防御し切れない。飛翔中なら尚更・・・な」
閨秀と不動の会話を耳にしながら、抵部は己の力量不足を責める。所詮はレベル2でしかない―弱点さえ解消すれば間違い無くレベル3上位判定―『物体補強』に覆われた生身では『六枚羽』の機銃を防げない。
現在の防御は凝縮させた鉄筋コンクリートの硬度や『皆無重量』による圧縮も加わってこそ実現している。そして、『物体補強』で補強している筈の盾は現在進行中で削られつつある。
「・・・だが、先程の攻防で付け入る隙は確かに生まれた。羽の破損でさすがの『六枚羽』も旋回機能については従来通りにはいかない筈!!
その証拠に、ミサイルの爆風によって確かに『六枚羽』は機体バランスを崩していたぞ!!」
「おそらく、『六枚羽』はあたしの無重量空間範囲外からの攻撃に終始するだろうな。言い換えれば、あのゲテモノは自らあたし達に近付こうとはしない筈!!そこを・・・」
「・・・不動。閨秀チャン。ボクにいい案があるんだ」
「マジかよ、仮屋!?」
「仮屋・・・」
状況の打破のために情報の精査を行っていた不動と閨秀の耳に仮屋の低い声が届く。“宙姫”は協力者の言葉に飛び付き、“猛獣”は己が親友が“シリアスモード”・・・つまり“魔王”に変貌したことに気付く。
「うん。さっきまでの状況じゃ使うに使えなかったんだけど、閨秀チャン達が居る今ならボクの“とっておき”で『六枚羽』をこの南東部を『巻き込んで』潰すことができると思う」
「・・・・・・『巻き込んで』?」
仮屋の低い声が意味する不穏にも不穏な言葉に閨秀は眉を顰める。
「そう。さっきまでの戦闘で、南東部(ここ)にはもうボク達以外に人が居ないのは確認できたし。そうでしょ、不動?不動のことだから、今の今まで確認はしていたでしょ?」
「あぁ・・・。確かに居ないな」
“魔王”の確認に“猛獣”は渋い表情を作りながら頷く。仮屋の言う通り、閨秀との共同戦線を張っていた最中もだて眼鏡の機能を使って人の所在を確認していた不動。
その結果として、ここにはもはや自分達以外に人は誰も存在しないことを確認できた。つまり・・・仮屋の“とっておき”を解禁する条件がクリアされたのだ。
「ん?ん?か、かりやさん!?」
「ん~?何かな、抵部チャン?」
「かりやさんの『念動飛翔』ってわたしの『物体補強』と同じリクツですよねー!?ほ、本当にそんなことってできるんですかー!!?」
閨秀の後背に入る抵部は、仮屋の自信あり気な態度に疑問の声を発する。彼女が言うように、『念動飛翔』と『物体補強』の根幹は同類である。
根幹とは・・・『自身の周囲にある空気を制御する』こと。そして、レベル2である抵部は一度能力を自身に行使すると動けなくなる弱点を抱え、
対するレベル4の仮屋は何の問題も無く動くことができる。わかっていた。自分と彼とでは、レベル差もできる事柄も大きく違っている―劣っている―ことに。
それでも、言葉として表明―抗議―することを抑えられなかった。先の閨秀と不動の会話にて、自身の力不足を再認識させられた。
それ以前に、『ブラックウィザード』の構成員が自分達を襲って来た時にも認識させられたが故の・・・幼き少女の嫉妬(ていこう)。
「・・・できるよ」
「・・・!!!」
「抵部!!気ぃ抜くな!!」
「は、はい!!!」
そんな少女の心中にあるわだかまりを見極めぬまま、“魔王”は少女に告げる。他人の心境を正確に見極める余裕など、今の状況下ではあろう筈も無い。
あっけらかんという体で告げられた仮屋の言葉に抵部は内心動揺してしまったが、先輩の檄を受けて慌てて気を引き締め直す。
他方、“魔王”と化した巨漢は自分達に銃弾の嵐を浴びせ続けている機械に向けて殺意すら帯びた視線を向けながら・・・宣告する。
「見せてあげるよ、抵部チャン。ボクの“とっておき”を。かつて、“閃光の英雄”と“猛獣”を黙らせた力を。そして、その時より強大になった“とっておき”の威力を」
その時、『六枚羽』は目の前の光景に対して機械的な疑問を覚えた。己が標的である4人の生き物は、今まで常に2人1組で行動していた。
4人の能力詳細は全部とまではいかずとも把握している。実際の戦闘で、更に情報は収集できた。男2人のペアは、互いの能力を組み合わせることで攻撃力を大幅に強化させている。
また、女2人のペアは能力を組み合わせることで攻防にバランスの取れた戦闘方式を構築している。
しかし、今という瞬間にセンサーで捉えたのは男2人ペアの解消。飛行を担当していた人間が突如として搭乗者をほっぽり出して上方へ最大速度にて昇って行く。
一方、放り出された搭乗者は地面へ落下せずに今尚空中に佇んでいる。探知の結果、無重量状態を操る女の能力が男に行使されていることを瞬時に把握する。
ジャキッ!!!
リスク判定として、上昇して行く男の能力単体では己へ致命的な損傷を負わすことは不可能。しかし、何らかの攻撃を仕掛けて来る可能性は十分に存在した。
致命的では無くとも、それなりの損傷を負わせられる可能性もあった。故に、盾から飛び出した男を狙って、1枚の羽を動かしながら上昇する男へ照準を合わし・・・
ブン!!!
切れなかった。仲間を凶弾から守るために、盾の側面から飛び出した男の回し蹴り―閨秀の念動力による勢いも付加―によって発生した鋼鉄さえも切り裂く衝撃波が『六枚羽』を襲ったのだ。
狙いは、『六枚羽』の上部にある回転翼(プロペラ)。センサーによって身を襲う凶行を察知した機械は、咄嗟にロケットエンジンを吹かし高度を下げることで衝撃波を避ける。
これは、ある意味想定範囲内の出来事。閨秀達が参戦する前も、こうして衝撃波を繰り出す男の『挙動』を観察することでタイミングを計り、『敵』の攻勢を掻い潜って来た。
ガキッ!!ガガッ!!!ギギギ!!!
だがしかし、高度を下げるためにロケットエンジンを吹かしたことで前方下面へ機体が流れてしまったために、上昇し続ける男への照準がズレてしまった。
照準を調整し直そうにも、女の無重量空間から脱出するために無理をしたせいで羽の関節が上方へ上がり切らない。
こういう時は機体そのものを制御することで調整すればいいのだが、衝撃波を避けるために前方下面へ流れたこと、
そして6枚の内2枚の羽が破損したために『六枚羽』の機体バランス能力が低下したことが原因で照準調整が叶わない。
ドドドドドドドドド!!!!!
前方へ流れたことで標的3人との距離が縮まる。『摩擦弾頭』と能力で補強された鉄筋コンクリートの盾が織り成す狂音が熾烈さを増す。
それに比例して、コンクリートの盾が続々と削られて行く。事ここに至って、最適化を組み込まれた『六枚羽』の演算機能は眼前の脅威の排除を最優先にすることを決めた。
攻撃力という面では、上昇中の男に比べれば目の前の3人達の方が勝っている。女の無重量空間範囲内まで後数mという位置取りだが、それは優先して回避すべき命題では無い。
むしろ、ロケットエンジンによるフルパワーにて急迫した後に至近距離から機銃を見舞った方が『敵』を仕留める可能性は高い。
こちらの損害も無視できないモノになるだろうが、『どんなことをしてでも速やかに敵を駆逐せよ』というプログラムが為されている『六枚羽』にとっては、
己がどうなろうとも最終的には“どうでもいい”。作戦遂行能力保持のスプリクトは設定されているものの、敵を駆逐できるのであれば自壊も受け入れる。
そうプログラムされた命無き機械だからこそ可能な、ある種の最適化の極地を実現する無人ヘリがいよいよ捨て身の行動へ移ろうとする。
ピピピピピ!!!!!
それは想定外の一言に尽きた。最大級の警戒音(=情報)が『六枚羽』の演算機能に届く。各種センサーが捉えた警戒すべき『敵』の所在は・・・遥か上方に居る男。
グウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥンンンンン!!!!!
能力によって遥か上空へ昇っていた人間が上昇を止め下降して来た。まるで、能力を解除したかのような状況。それは当たり。そして外れ。
猛烈な速度で下降して来た男は、確かに飛翔能力を解除していた。だが、能力全てを解除したわけでは無い。
それが証拠に、男の右手には途方も無い勢いで続々と『圧縮』されるモノがあった。それは・・・空気。
『自身の周囲にある空気を制御する』能力を持つ男は、自身の手に凄まじい量の空気を―プラズマを生み出す程では無いにしろ―『圧縮』しつつあった。
『六枚羽』は即座に計算する。あの『圧縮』された空気がもし解放されれば・・・この一帯がどうなるかを。
ピピピピピピピピピピ!!!!!
計算結果は・・・『多くの破損を抱える現在の南東部全体が強大な爆発によって甚大な被害を受ける』。
指向性が決まっている衝撃波を放つ男や無重量空間を操る女の攻撃は、基本的には『一面』である。
無重量空間範囲内にさえ居なければ、所詮は『一面』の攻撃に終始する『敵』の行動は『六枚羽』の機動力によって回避することは可能である。
しかし、『あの』空気爆弾は最悪『全方面』への爆発を生み出す。しかも、途轍も無い破壊力を秘めた爆圧を。
つまりは、即刻回避行動を取らねば『逃げ場が無い』。自壊も辞さない攻勢へ打って出ようとした『六枚羽』の演算を乱した男は・・・攻撃準備を終了させた。
ガシッ!!!
『六枚羽』は前面への攻撃を中断・作戦遂行能力保持のため即座に回避行動を取るため2基のロケットエンジンをフルスロットさせようとするが、この土壇場で『敵』が動く。
銃撃が止まった瞬間に無重量空間を操作する女が、距離を縮めていた『六枚羽』へ接近し無人ヘリを全力の念動力にて縛る。
無論、『六枚羽』としても念動力の束縛を振り切るために最大出力を瞬時に叩き出そうとする。
シュッ!!!
だがしかし、ここで思わぬ邪魔が入る。女が念動力にて凝縮していた鉄筋コンクリートの塊の隙間から『矢』が射出されたのだ。
だて眼鏡を掛けた男の“隠し玉”である『吹き矢』である。特注の組み立て式吹き筒を極短時間で構築し、望遠機能付き眼鏡と無重量空間内の主からの照準調整の教授、
そして己が能力で生み出した“噴射”によって猛スピード且つ寸分違わないコントロールにて向かった先は・・・『六枚羽』の吸気口。
エンジンを動力源とする機械は、燃料を燃焼させるために吸気口から空気を取り込む必要がある。
逆に言えば、何らかの要因で吸気口から空気を取り込む構造に異常を来たせば機械全体への異常に発展させることができるのだ。
シュウウゥゥゥッッ・・・
当然ではあるが、そういう異常事態を避けるために『六枚羽』の吸気口内部にもフィルターは設置されている。そして、『矢』は結果としてフィルターを破壊することはできない。
それでも、放たれた以上『六枚羽』の演算機能は吸気口に突っ込んで来る『矢』に対するリスク判定に時間を取られる。
猛スピードとは言っても、銃弾には遠く及ばない速度である。瞬間的にとは言え、分析する時間はある。“あってしまう”。
その結果、最大出力を叩き出そうとしたロケットエンジンの起動が僅かに遅れてしまった。最適化の弱点がここで露呈したのだ。
ドパッ!!!
その僅かな隙を・・・下降中の男は逃さない。赤外線による通信を取り合う“魔王”は、最良のタイミングで己の手に『圧縮』した一点集中型空気圧弾を下方―『六枚羽』目掛けて―へ射出した。
窮地から脱出するための起動が遅れた『六枚羽』付近まで『圧縮』が保たれた圧縮空気は・・・遂に大爆発を迎える。
バアアアアアアアァァァァァァッッッッンンンンンンン!!!!!!!
ガラスが割れる。ボロボロの壁が粉砕される。爆発地点を震源地とし、多大な破損を抱える施設内南東部全体に強大な爆圧・爆風が満ち溢れる。
『圧縮』によって蓄積されていた膨大なエネルギーが一気に解放されたために起きた凄まじい爆発。その余波は、遂には南東部を越えた域にまで及んだ。
ドーン!!!!!
震源地である爆発地点付近に居た無人攻撃ヘリ・・・『六枚羽』は、圧縮空気が解放される直前にロケットエンジンを起動させたが時既に遅し。
強大な爆発をまともに喰らった『六枚羽』は地面へ叩き付けられた直後に搭載していたミサイルの起爆により爆破・炎上した。
様々な感情を抱く人間と柔軟性を排した最適化が為されている兵器の戦闘は、前者の勝利にて幕を下ろすこととなった。
「ゴホッ、ゴホッ。す、すげぇな・・・仮屋の“とっておき”はよ・・・!!」
「ゲホッ、ゲホッ。奴の“とっておき”は威力だけなら『合体技』より強大なのだが、何分周囲への被害が尋常では無い。『圧縮』の時間も必要だ。
何より、『合体技』とは違って指向性の制御が利かんからな。威力の調整次第とは言え、滅多に使えるモノでは無い」
「た、確かに・・・」
構築していた鉄筋コンクリートの盾の殆どが削げ落ちている傍らで咳き込んでいるのは、様々な感情を抱く人間側である閨秀達。
彼等は多少のダメージを受けながらも、何とか仮屋が放った“とっておき”の衝撃波から身を守り抜いていた。
具体的には、一点集中型空気圧弾の起爆前に閨秀が『六枚羽』への念動力を解除し、『皆無重量』の全力による盾の構築へ舵を切り、
後背に居る後輩―その後背には不動がしがみ付いていた―の『物体補強』の全力によってでき得る限りの防御体勢を取っていた結果、何とか五体満足を保持することができた。
「・・・動~。・・・秀チャン~。・・・部チャン~。大丈夫~?」
そこへ、のんびりとした声を放ちながら緩やかに降下して来た“仏様”・・・
仮屋冥滋は左手に持つ棒スティック状の菓子を食しながら命を共にした仲間へ接して来た。
彼も一点集中型空気圧弾による衝撃波をその身に浴びていたが、『念動飛翔』による防御能力によってこちらも五体満足を保っていた。
「仮屋・・・お前、そんなモノを何処に隠し持っていた?」
「ポケットの中だよ~。非常食代わりに、『太陽の園』から持って来たんだぁ」
「・・・・・・ハァ。呆れて物も言えん」
「・・・プハハッ!まぁ、いいんじゃねぇか?とりあえず、あたし達に課せられていた最低限のノルマは達成できたんだしよ」
満面の笑みを浮かべながらおいしそうに菓子を頬張る親友を見て頭を抱えながら溜息を吐く不動に閨秀は全身に駆け巡る確かな達成感と共に明るい声を掛ける。
「・・・・・・ハァ。だが、気は抜けん!『六枚羽』撃墜を知ったのだろう、早速敵が集まり始めた。・・・いけるか、閨秀?」
「・・・・・・まぁ、何とかなるだろうさ。てか、何とかしてみせるぜ!なぁ、抵部!?」
その必要以上に明るい声に、不動は閨秀が痛む傷に今も苛まれていることを察する。だが、“宙姫”は弱音を吐かない。
眼下に視線を向ければ、『ブラックウィザード』の構成員達が銃器を持って南東部へ進入し始めていた。まだまだ、やるべき事柄は残っているというわけだ。
「・・・・・・」
「ん?どうした、抵部?もうヘバっちまったか!?」
「んんん!!?い、いえ!!!わたしはまだまだがんばれますー!!!」
そんな先輩の声に無反応な後輩を怪訝に思った閨秀は、続けて声を放つ。そして、今度はちゃんと反応を見せた後輩に少し安堵しながら気合を入れ直す。
「よっしゃああああぁぁぁっっ!!!さぁ、行こうぜ!!!」
「うむ!!」
「うん!!」
「・・・・・・」
閨秀の号令に不動と仮屋が力強く応答する。『念動飛翔』の飛翔限界時間を少しでも節約するために、戦闘開始までは『皆無重量』にて共に行動をすることにした4名。
その中で・・・やはり反応を示さなかった少女は、『六枚羽』との激突の中で垣間見た同系統且つ自身よりレベルが上の巨漢の背中を凝視し続ける。
正確には、『念動飛翔』を操る『シンボル』のメンバー仮屋冥滋が為した数々の力を。
「・・・・・・」
本当ならば、意識を切り替えて事件解決に全力を注がなくてはならない。でも・・・それでもこの時の抵部莢奈は凝視し続ける己が瞳を逸らすことが・・・どうしてもできなかった。
continue!!
最終更新:2013年08月23日 20:41