(不快です。何でこうも一手先を行かれるんでしょうか)

少女は心の中で悪態をつきつつ、後方に跳ぶ――ように見せかけて斜め前にステップ。
すれ違いざまに切り捨てようと左手の刀を振るうが、聞こえたのは刃が肉を斬る音ではなく、ギイッ!と金属と金属の鈍い音。
又しても意図が読まれていた事に苛つきながら、足を動かし間合いを測りなおす。

「不快です」

そう呟いた少女はセミロングの髪に年相応の服をしており一見は普通に見えた。
だが、幾つかの点で明らかに普通から乖離していた。
まず、右腕が肩から欠損している。それに、目付きが尋常ではない。
彼女の爬虫類じみた目で見られたなら、常人は背筋に怖気が走るだろう。
更に残された方の左腕で握っている刀も、明らかに普通から外れていた。
人間の皮膚と指が生えた異形は、見方によっては刀が生きているようにも見えるだろう。

その異相の少女――『冠華供琥』は眉間に皺を寄せつつ、目の前4,5m先に居る敵……少女を見る。

「今のは駄目だよ?速いのは速いんだけど、分かり易すぎるんだよねぇ」

そう言うと、少女は目の前で指をチチチと振った。
冠華供琥より2,3歳は年上だろうか、大きめの碧眼に快活で愛嬌のある顔立ちをしている。
屋外で動き回るのが似合う開放的な気風なら服装も開放的であり、それだけならば普通に見えるだろう。
だが、左腕に奇妙な籠手をしており、右腕にも同じ義手を付けている。冠華供琥の刀を防いだのもその義手のおかげだ。
その義手や籠手は、鋼鉄に似ている。冠華供琥の刀を防いだ事から金属のように見える。
だが一方で、生身の質感も有しており、指を振る動作も生物的な自然さを持っている

そんな義手の少女――『マティルダ=エアルドレッド』は快活な笑みを浮かべつつ、思案するように顔を上に向けると。
何事かを説明するかのように呟き出し……。

「……そうだね。供琥ちゃんがいけないのは……」

――言葉の途中、そのままマティルダは前に踏み込んだ。
不意にと言う言葉がピタリと合うタイミングの前進。完全に虚を突かれた体の供琥だが、彼女の身体能力は、ある事情から常人を凌駕するレベルにある。
マティルダに接近される前に、左手に握った刀を薙ぎ――――その斬撃の軌道が読まれている事に供琥は気付いた。

「チッ!」

マティルダは刀を片手で上に逸らしつつ、体を縮めるように身を低くして懐に入ろうとする。
そこを前蹴りで迎撃しようとした所で――――マティルダは更に体を低くし、殆ど這うような姿勢で脇をすり抜ける。
ならば後ろ回し蹴りで吹き飛ばそうと、足を踏み替えようとした瞬間。
グラリ、と。供琥は体のバランスを崩しかけた。

(くっ)

慌てて足を引いたおかげで転倒は免れたものの、失ったバランスを取り戻すのにかけた一瞬は致命的な隙となって――。






◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




刀を振るう、首を反らす、蹴りを放つ。幾通りか反撃を考えたが無意味と認識。この状況では、どう動いてもマティルダの方が速いと判断。
体の力を抜いた所で模擬戦は終了した。

「またしても私の負けですか」


――首元に添えられたマティルダの義手――右腕を不愉快そうに見つつ、供琥は吐き捨てるように呟いた。
魔術を使わない肉弾戦のみの、見る魔術師によってはじゃれ合いと断じるような戦いだったが、当人達とっては割りと本気であり重要な意味を持つ。
首から右腕を離しつつ、小鼻を鳴らすマティルダ。

「最後の何がいけなかったのか、供琥ちゃん分かってるかな?運動をサボってちゃ駄目だよ?」
「……ええ」

供琥は最後の瞬間に転倒しかけた事を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔をした。

右腕が根元から切り落とされたとしよう、そして残った左腕に刀を握って振るうとしよう。
するとどうなるか?。重心の変化した体で行う激しい運動が体の転倒を引き起こすのである。
新しい重心の位置を体に覚えさせるようトレーニング兼リハビリで随分とマシにはなっているが、それでもまだ完全とは言い難い。

「それに供琥ちゃん分かり易すぎるんだよねぇ」
「さっきも言ってましたけど、どういう意味なんですか、それ?」
「えぇと……うぅん、目とか肩とか足とか、今にも来るぞーって感じと言うか匂いと言うかー……アレだよアレ」

かなりあやふやな物言いだったが、供琥も大まかニュアンスを掴む事はできた。

「予備動作が大きすぎる、とかそういう事ですか」
「……そうそう、そんな感じ。うん、よく分かるんだよね実際」
「なるほど」

思案するように顔を俯かせて考えかけ、『観客達』の視線が気になった。

「ジロジロと無遠慮に見てきて不快ですね」
「オズ君、何であんな顔してるのかな」

その場から多少離れた所に観客達――男三人が立っていた。






◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇

三人の男。

一人の名はオズウェル=ホーストン。
まだ少年と言っても良い年齢で、服装に奇抜な所も無い黒髪の少年だ。
もう一人の名はクライヴ=ソーン
20歳を幾つか超えている程度と推定でき、これまた服装に奇抜な所もない、右腕の銀の義手以外は。
最後の一人の名は冠華霧壱
20歳前後だと見えるが、服装はマトモと言えるだろうが、それ以外の纏ってる物――縄で繋がれた干し首の群れが奇抜すぎる。
更に全身の傷が異様なアクセントをつけている。どう見てもマトモには見えない。




オズウェルは心停止しかねない表情で、供琥とマティルダの戦いを見ていた。

「オズおちつけ、過呼吸気味になっているぞお前」
「ふっふっはっふ、そ、そうですか……」

オズウェルは自身が荒い息をしている事を、傍らのクライヴに言われてやっと気付く。
息を落ち着かせると、顔の汗を拭いつつ大きな溜息をした。心底から戦いが終わった事に安堵しているようだ

「ほんっと、冠華供琥さんの剣には躊躇いってのが無さすぎですよ」

確実に首を刎ねる軌道や、袈裟懸けに心臓を裂く軌道を惑わず迷わず仕掛けていた事を思い出し、ブルリと身を震わせる。
命の危険がある実戦形式の方が効果が高いだろうし、マティルダもそれに喜ぶのは分かるのだが。
彼女は万が一があるとは思わないのだろうか。悲痛な顔をするオズウェルをクライヴは横目で見るとポツリと口から洩らした。

「マチに惚れてる身としちゃ、心配にも程があるか?」
「ぶふぅ!!!……い、いきなり何をクライヴさん!?まあ、その、えーとそのあの……そ、そうだ冠華さん!」

いきなりのクライヴからの言葉の剛速球にどうすればいいのかオズウェルは慌てて、慌てすぎて。
さっきから一言も話さずにじっとしている霧壱に声をかけたのだが。

「あぁ?……何だよ?」
「えーと、そのですね、供琥さんの不意の事故とか心配しないんですか!?」

胡乱そうに反応した霧壱を見て、やはり止めた方が良かったのではないかと考えてしまう。
のだが、クライヴが話に食い付いたのを見て胸を撫で下ろした。

「そうだな、冠華は心配しないのか?お前の妹だろ」
「心配?馬鹿抜かしやがれ、あの二人共あんな遊びで死ぬほど軟弱じゃねぇよ」
「じゃあ何を考えてたんだ。じっと見てたりしてな」





「そりゃお前、あの二人と戦って殺れるかどうかを考えてたに決まってんだろ」





いきなり飛び出したとんでもない爆弾発言を聞いてオズウェルの心臓が跳ね飛んだ。
声が裏返りつつ詰問しようと詰め寄るのを、鬱陶しそうな顔で霧壱が失せろと手を振る。
クライヴだけは驚きはしなかったものの、呆れたように。

「お前は自分の妹にも、そーいう事を考えるのか?」
「何言ってやがる、戦ったら殺せるかどうか考えるのが普通だろ?」

心底、不思議そうに聞き返す霧壱の姿にオズウェルは冷水を浴びせられたかのように頭が冷えた。
半死半生の妹の治療。危険を冒し追放された日本に戻って、やったとオズウェルは噂で聞いている。
その噂を信じる限り肉親の情はあるはずだ、それなのに殺すかどうか考えるのは異常にも程がある。
異常の中にもマトモな部分はあると夢に見ていたが、この男は異常な部分しかないのではないだろうか。
オズウェルは恐る恐る問いを発してみる。

「あの、あなたが供琥さんの治療をしたんですよね?」
「おうよ、その通りだが何だ?」
「…………供琥さんを治療したんですよね?その理由って何なんですか?」
「何が言いてぇんだお前は、家族が死に掛けてたら助けに行くだろ普通」
「えぇえと、それで何で供琥さんを殺せるか考えるんですか?」
「お前に耳は付いていねぇのか?やりあったら殺せるかどうか考えるのが普通だろ」

全く全体一片の汚れも無く、冠華霧壱が本気で答えているのを感じて戦慄する。
怖気で震えるオズウェルを尻目に、クライヴは遠い目をしていた。
冠華霧壱の考えを何となく理解して納得できるという事実を、どう思うべきか。と。





◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇




未だに、あの男と血が繋がっているとは思えない。
兄――ありえない。家族――ありえない。
嫌いだから兄じゃない、憎んでるから家族じゃない。という意識は無いのだが。

数年に一回の間隔でしか会っていない人間と、自分の血が繋がっていると思えるか?

物心ついた時には、あの男は既に家には居なかった事だけを覚えている。
数年に一度の再会さえも、遠ざけられるように離れておりロクな会話も無かったのは覚えている。
運命の日――などと付けるのは不快だが、自分の生き方が転換したからには運命の日と付けるしかないだろう、業腹だが。

あの不快極まりない魔術師達の戦いに巻き込まれ、死に掛け病室で目覚めた時。
その時でさえも、あの男は自分の顔を見ると、自分の一言二言告げてその場を立ち去った。

未だに、あの男は自分の何なんだろうと思う。



◇      ◇      ◇      ◇      ◇      ◇





「供琥ちゃんは行くかなー?」
「何処にですか?」

物思いに沈んでいた所を話しかけられて供琥は戸惑った。何も聞いてない。

「マチさんが美味しい中華料理屋を知っているようですので、皆で一緒にどうですか?」
「霧壱の奴はとっとと帰りやがったがな。本当にあいつは集団行動できねぇやつだぜ」
「嫌です」

供琥は即答した。

「そこの金髪の男が殺したいほど気に入らないので無理です」

更に続けた。

「では私は帰りますので、行きたいならあなた方だけで行ってください」

続けるだけ続けると踵を返して歩き去った。





















「う……」
「あー!ちょ、マチさん泣かないで泣かないで!また別の日に誘いましょ!ね!?ね!?」
「グラ゛イ゛ヴざぁん゛……」
「…………その、何と言うか、すまん」

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最終更新:2013年08月26日 09:48