「えぇと・・・・・・あ、あった」

相も変わらずの炎天下が続く午前11時前、ここ第5学区にある中型の書店でつつじ色のボブヘアーを揺らしながら目的の本を見付けた少女が居た。
夏休みなのに学校指定の制服を着用している彼女の周囲には人の影すら見当たらない。扉の開閉等で思ったより冷房が効いていない中、
彼女の体から微弱な熱が放出されていることが一番の理由だろう。とは言え、こればかりは彼女にもどうしようも無いのだが。

「(今から高校受験対策を始めておかないと・・・あの人達に何を言われるか堪ったモンじゃない)」

少女が手にしたのは、高校受験対策として極々一般的な参考書である。夏休みの宿題が少々残っていることに加え、まだ志望校も具体的に決めていないのだ。
個別の対策など時期尚早である。よって、今の段階では極普通の基本対策を纏め上げた参考書による学習が効率的である。

「(ハァ・・・。それにしても、“コレ”は何なんだろう?・・・・・・やっぱり『幻想御手』の影響なのかな?)」

大人しめの顔立ちが僅か曇る少女の脳裏には、先日彼女が通う学校―明知中等教育学院―での『身体検査』で判明したある事柄が思い浮かんでいた。
夏休みに入る前はレベル0・・・つまりは無能力者だった自分が何を思ったのか手を出してしまった音波ドラッグ『幻想御手』。
その副作用にて昏睡状態に陥った際に見た夢―途轍も無く強い『電撃使い』―が切欠なのか、その後彼女の能力強度はみるみる内に上がった。
能力至上主義を掲げる学院が課す『能力上達用』の夏休みの課題をこなしたために。それに伴い彼女自身が常に微熱状態となったために心配になった少女は、
気が置けない友人である少年のアドバイスもあって学院へ相談・急遽彼女のみを対象とした『身体検査』を実施した結果何とレベル3判定が出たのだ。

「(そういえば、今頃久峨君は何処で何をしてるのかな?わたしにアドバイスをくれた後、学園都市の『外』へ行っちゃったんだよなぁ)」

友人が今頃何をしているのか少し以上に気になっている少女・・・明知中等教育学院の3年生白雪窓枠(しらゆき そうすい)は、自身のこれからについて不安げな気持ちを抑えられない。
学院の教師の話では、今夏の課題を全てこなした暁にはレベル4まで強度が上がっている可能性が高いとのことであった。
明知においてレベル4になるということは、伝統とも称される『黄道十二星座』の一星座を与えられるということである。

「(先生は『空位の星座は「天秤座<リブラ>」と「乙女座<ヴァルゴ>」。白雪。お前がレベル4になった際は「天秤座」を与えることになると思う。
能力的には関連性は無いものの、前年度の卒業式の一件で傷付いたイメージを回復させるにはお前くらい大人しめの生徒が丁度いい』とか何とか言ってたけど。
まぁこれで1部クラスになれて、あの人達の言う“恩返し”は何とかなるかもだけど、レベル4になったら嫌でも目立っちゃいそう・・・嫌だな。今の内から辞退できないかな?)」

白雪は『身体検査』を取り仕切った教師のご機嫌な言葉を思い出して、多少以上に憂鬱になる。確かにレベル4になるメリットは存在する。
友人と同じレベルになれるのもそうだし、1部クラスになることで多額の入学金を支払ったあの人達―両親―の言う“恩返し”とやらもできるだろう。
けれど、それ以上に少女は『天秤座』の冠を与えられることで起きるデメリットの方を気にしていた。
極度のコミュ障で、他人とは碌に目も合わせられない少女は・・・簡潔に言えば絶対に目立ちたくなかったのだ。

「ハァ・・・(パタン!!)・・・ん?」

何度目かの溜息を吐いた直後、少女は目の前で起きた光景を認識する。無意識の内にレジへ足を運んでいた際に目にしたのは、
骨折でもしたのかギプスと包帯で左腕を固めている碧髪の少年が上方にあった本を取ろうとして失敗・落下した本が下に積みあがっていた本を巻き込んで床上にばら撒いた姿であった。
自身の不手際に顔を顰める少年は何とかばら撒いてしまった本を戻そうとするが、左腕が使えないために思うようにいかないようだ。

「(・・・ここにはわたし以外誰も居ない。・・・・・・仕方無いか)」

普段なら見て見ぬフリをしているかもしれない今の状況だったが、幸か不幸かこの辺りには自分と少年しか居ない。
ここで見て見ぬフリを実行するのはさすがに彼女の良心が許さなかった。なので、白雪は片手だけで本を元に戻そうと懸命になっている少年の下へ近寄った。

「だ、大丈夫ですか?わたしも・・・て、手伝います」
「うん?あぁ・・・サンキュ」
「ど、どういたしまして(ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!!『見て見ぬフリしよっかな?』って考えてたのにお礼なんて言われたら・・・ぬおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!)」

碧髪の少年のお礼に返事しながら内心では凄まじく荒ぶっている白雪。彼女は褒められることに全く慣れていない。
自分のことを『物事に深く関わりたくないし、責任を負いたくもない徹底的な無難主義者』と見做している少女は、同時に自身を感謝されるような類の人間では無いとも見做しているのだ。

「ハァ・・・片腕が全く使えないのがこんなに不便だとは思わなかったぜ」
「お、お怪我とかはありませんか?」
「うん、俺は大丈夫。それより、取ろうとしてた本の方がちとヤバイかな?袋とじじゃ無いから、変な折り目とか付いてなけりゃいいんだけど」

自分より年上っぽい少年が最後に床から取った本・・・それは俗に言う占星術のいろはが載っている本であった。
非科学的なモノを否定するこの『科学』の総本山学園都市でも、星座占い等が雑誌の片隅に載るくらい程度にはその存在を認めている。
サンタが実在するかしないかを学園都市の小学生が肯定・否定派に分かれて議論したりもする。ジンクス等含め、やはり人間足る者非科学的なモノの1つや2つは信じたりするのだ。

「星座占い・・・じゃ無いですね?」
「うん。まぁ、俺もよくわからねぇしそれっぽいのを適当に選んだだけだから・・・ったく。あの赤毛女・・・もう少しわかりやすく説明・・・(ブツブツ)」
「(自分でもよくわからないのに手に取る?しかも、男の人がこんな占い関連の本を?)」

最後の方は小声でよく聞き取れなかったが、前半の言葉から察するに彼は自分でもよくわからずに占星術の本を取ろうとしていたのだ。
(白雪の個人的意見だが)占い関連が好きそうな女性ならともかく、男性が自分でもよくわかっていない占い本を取ろうとする思考が白雪にはわからなかった。

「ど、どうして自分でもよくわからないのにこんな本を?」
「うん?」
「あっ・・・(し、しまったああああああぁぁぁっっ!!!何余計なことを聞いてるの、わたしいいいいいいぃぃぃぃっっ!!!??)」

だからなのか、つい口からポロっと本音が出てしまう白雪。初対面の人間相手にどう接していいか手探りであったためか、無意識で疑問が口を付いた。
彼女の悪癖でもある『人との付き合い下手』がこの場でも出てしまったことに狼狽する少女の気を悟ってか悟らずかは不明だが、
碧髪の少年は折り目の有る無しを確認中に開けたページに載ってある『十二宮』の一角を横目に映しながら何とも形容し辛い表情を浮かべた後にこう答えた。






「理由か・・・俺ってば昔『天秤宮<リブラ>』を与えられたんだ・・・・・・って言ってもわかるかな?それがこの本を取った理由。君ってこの手の話に詳しい方?」
「(はいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!!!??)」

碧髪の少年の予想外過ぎる返答に、次期『天秤座<リブラ>』候補白雪窓枠は瞠目する他無かった。
とは言え、少年の語る『天秤宮<リブラ>』と少女が思い描く『天秤座<リブラ>』は言葉の発音は同じでも中身が全く違って来るのだが。

「(ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!!!『天秤座』!!?今この人『「天秤座」を与えられた』って言ったよね!!?
ということは・・・わたしの先輩!!!??な、何て失礼なことを聞いてるの、わたし!!?)」
「(うん?何か変な反応だな?男の俺じゃ無くてこの娘の方がこの手の話題に詳しいと思ったんだけど・・・違ってたかな?)」

内心では極度にテンパっている―母校出身の先輩に失礼な態度を取ったと考えた―白雪を怪訝の表情で眺める少年・・・界刺得世
男である自分はこの手の話題はちんぷんかんぷんが本音である。その点女性である彼女なら少しは詳しいかと思って―全くの初対面であるが故に―本音の一端で返答したのだが、
どうやら少女の反応が芳しく無い。相手を見抜く能力に長ける彼でも、話題が話題なだけにどうしても取得できる情報が少なくなってしまう。故に・・・

「実は、同時に『金牛宮<タウルス>』も貰ったんだ。なんか、言葉の響きが良いよね」
「(な、何ですとおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!??久峨君の『牡牛座<タウロス>』も!!!??兼任!!?兼任なんてできるの!!!??)」

自身の理解の一助になる可能性を鑑みて更なる情報を開示した界刺の言葉に直立不動でカチンコチンに固まってしまう白雪。
もし、彼女が冷静だったならば少年が発した発音と自分が脳内で再生した発音の微妙な違いに気付けたかもしれないが、当然のことながら混乱真っ只中に居る白雪には無理な話である。

「(こ、この人高校生っぽいよね!!?もし、この人が高3ならわたしが学院へ入学する前に『天秤座』と『牡牛座』を兼任してたってことになる!!!
それなら、わたしがこの人を知らないのにも合点がいく!!明知の『黄道十二星座』を2つも・・・!!!)」

白雪は驚愕でもって界刺を眺める。通常明知の『黄道十二星座』は1人につき一星座である。彼女自身それ程『黄道十二星座』に興味があったわけでは無いが、
それでも1人の生徒へ2つの星座を与えられた事例など聞いたことが無い。今とて、適合者が不在なために『天秤座』と『乙女座』が空位であるくらいだ。
仮に、彼の言葉が本当なら明知における逸話の1つになっていてもおかしく無い。それだけ彼の言葉が持つ意味は大きいのだ。

「あっ・・・このことはオフレコで頼むよ。これは、当事者以外だと君しか知らないことなんだ(こりゃ収穫0かな?・・・一応口止めしとこ。何処から漏れるかわかったモンじゃ無いし)」
「そ、そうな、んで・・・すか(秘密!?・・・だよね。兼任なんかバレたら絶対イザコザが発生しただろうし。明知(ウチ)なら余計に・・・ね。
もしかして、先生が『乙女座』じゃ無くて『天秤座』をわたしへ勧めたのも『乙女座』を兼任してる生徒が居るからなんじゃあ・・・)」

界刺と白雪は各々で各々なりの思考を働かせる。今の界刺は、【『ブラックウィザード』の叛乱】後ということもあり『光学装飾』で結構な警戒網を敷いている。
わざわざ許可を取って外出しているのも、病院内では掴めない外の情報を得るためである。単独行動を取っているのは、その方が“誘き寄せやすい”からである。
無論その時の対処方法は色々考えているし、転院して来た病院―風紀委員が入院中―周辺には秘かに警備員が多めに配置されていることも把握している。
そんな界刺が白雪を警戒しなかったのは、彼女が捕捉が容易な学校指定の制服を身に付けているのと彼女の雰囲気から感じ取った己の直感を信じたからである。
一方、白雪は明知の『黄道十二星座』が2つ『天秤座』と『牡牛座』を与えられたと発言した―当たり前だが白雪の盛大な勘違い―界刺の言葉から、
自身に『天秤座』が与えられる理由について深読みを承知の上で訝しむ。眼前の少年が嘘を付いているとは思えなかった少女は、
直後に前例の無い偉業を達成した(と彼女が勘違いしている)先輩へ湧き出る何かを言語化しようとして・・・彼と目が合ったためにあえなく失敗した。

「んふっ。何でそんなにキョドってるのか知らないけど、さっきは本当にありがとう。助かった」
「い、いえ・・・・・・」
「ん?・・・この『天秤宮』がどうかしたのかい?」

目が会った直後すぐに目を逸らした白雪の視線が、界刺が持つ占星術本のあるページ・・・正確には『天秤宮』の図解が載った箇所に固定されていた。
その意味を何となしに聞いてみたくなった少年の問いに・・・つつじ髪の少女は複雑な感情を表へ出しながら語り始める。

「『天秤座』って、わたしの場合その名称もあってか“中立”を想起するんです。平和主義とかバランス重視とか・・・先輩はどうです?」
「(先輩?・・・まぁ、見た目的に俺の方が年上っぽいよな。サニーに匹敵する胸の無さだし)あ~うん。そうかも・・・ね」
「先輩・・・『天秤座』を背負ったことがある先輩は・・・『天秤座』についてどう思われますか?
“中立”な立場に立ち、色んな物事や責任を背負う『皿』とは違い何処までも“背負うことの無い”中立的な『天秤』・・・そんな冠を『牡牛座』と共に授けられたあなたは・・・」
「ふ~む。そうだねぇ・・・(何だ、やっぱその手の話題に詳しいじゃん。女の子って占い大好きそうだモンな。・・・さっきは初対面だったこともあって恥ずかしかったのかな?)」

さっきまでのオドオドした態度が嘘のように白雪は界刺へ相対する。これは、もしかすれば最初で最後の機会(チャンス)なのかもしれない。
『天秤座』と『牡牛座』を授けられた(と白雪が勘違いしている)先輩とこうやって会話するのは、今日この時限りかもしれない。
自分は、このままいけば夏休み明けにレベル4となり・・・1部クラスとなり・・・『天秤座』を授けられる。
この流れは止めようが無いだろうし、自分も止める気が“更々無い”。もっと言えば、“自力でどうにかしようと本当は思っていない”。
周囲の意見に流されるままの無難主義者・・・それが自分だ。白雪窓枠だ。教師が自分に『天秤座』を与える最大の理由は『イメージ回復』である。
前任者が殊更目立ったのとは正反対の役割を自分へ求めているのだ。そこに自分の意思など無いし、自分もそこへ己の意思を殊更傾けようとは思わない。
だから、これもきっと先輩の意見で自分が抱く『天秤座』授与の嫌悪感を紛らわすための狡い手段でしか無いのだ。故に、オドオドすることも無い。
徹底的な無難主義者・・・それこそ『天秤』のように『何時までも中立的な立場でいたい』という信念を持つ少女の、これが彼女なりの処世術。






「よくわかんねぇ俺も、『天秤宮』に抱くイメージは“中立・・・気取り”かな?『天秤』のイメージが強いっつーか、『皿』に乗っかる物事の真ん中に陣取って色んなモンを眺めてる・・・みたいな?
『天秤』の意思は関係無く、『皿』に乗っかる重さが全て“気取り”・・・みたいな?第三者を体現する“中立”には持って来いの象徴(シンボル)だよね。
俺も、最近“中立”って言葉の重みってヤツを嫌と言う程痛感してるねぇ。こう見えて俺も“中立”にできるだけ近い位置に居ようとして結局失敗しちゃってね、最近。
だから、こんな怪我を負う羽目になった。今までの自分の行いで何か反省するべき点が無いかどうか現在進行中でずっと考えてるんだ」
「そう・・・ですか。それは大変でしたね」






だがしかし・・・そんな彼女の本音などこの場では全く見透かしてもいない、それ所か『惑星の掟』や自分へ害を及ぼす可能性のある人間への警戒を強く保っているが故に彼女の動向に全く気を向けていない少年は・・・






「うん、大変だった。でもね・・・俺は後悔していないんだ。こんな結末に至った色んなこと全てに」
「えっ・・・『後悔していない』?」
「うん。だって、自分がこうと決めたことだもん。反省はしても後悔なんかしないさ」
「“中立”で居られたら、そんな怪我を負うことも無かったのに?『天秤』のように第三者に居続けたら・・・今のような状態になっていないのに・・・です、か?」






それでも、少女の心へ深く突き刺さる言葉を『贈る』。『天秤宮<リブラ>』を授けられた己の言葉を、『天秤座<リブラ>』を授けられる予定の少女へ『贈り届ける』。
これは偶然?これは必然?これは・・・運命?いや・・・そんなことは誰にもわからない。後から結果論など語った所で意味は無い。
【『ブラックウィザード』の叛乱】を経た界刺得世と『幻想御手』を契機に明知の『黄道十二星座』の一星座を授与される可能性を持った白雪窓枠が出会ったこの場この瞬間に全てが凝縮されている。
そう・・・この瞬間にこそ意味がある。紛れも無い、双方の意思が交錯したこの刹那にこそ。









「だってさ・・・『天秤』は何時か傾くモンだよ?他の誰でも無い『天秤(じぶん)』の意志を『皿』に乗っけて・・・ね」
「ッッッ!!!!!」









この後界刺は外出許可の制限時間を思い出して抱えていた占星術本を購入し、少女へ別れを告げて足早に書店を後にする。
その背中を呆然と見送る白雪は・・・彼の名前や年齢等を全く聞かないまま―聞く思考さえ思い浮かべられずに―『天秤宮』を背負う少年の残した言葉を頭の中でずっと反芻させていた。

continue…?

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最終更新:2014年01月08日 21:33