~~~side 入場~~~
「…で?これは一体何の騒ぎなんだ?」
昼下がり、場所は路地裏の一角。
俺達
チャイルドデバッカーが拠点とする廃墟の中で、男が三人並んで何かを眺めているという謎の状況下で
しばらくの間、静観を決め込んでいた粉原が疑問を投げかけてくる。
その言葉を受けて視線を前方へ戻す。目の前に広がる光景は、まさしく惨状と言う言葉がよく似合うだろう。
「おいおい、今日が何の日か知らないのか?男なら待ち遠しくて堪らない日だってのに」
ともかく、粉原の疑問に応えておく事にしよう。今日は二月十四日、説明するまでも無く今日はバレンタインだ。
男三人が並んで眺めている先では、我らがチャイルドデバッカーが誇る女神達がてんやわんやと騒いでいる。
「そんな事は分かってる。確かに今日は『バレンタインデー』だが、それがどうしてこんな騒ぎになっているのかと聞いているんだ」
何処から調達したのか、俺達の拠点の一つである廃墟、もとい室内拠点には簡易的なキッチンが用意されている。
今は女の子達によって占拠されているそのキッチンは、通常なら四方、吉永の二人によって使用されるのみなのだが
今日に限っては四方っちと吉永の二人は他のメンバーに調理の手順をレクチャーするのみに留まり、キッチンを使用しているのは他の女子メンバー達だけだ。
「…大体は富士見のせいだよ。最も、普段の様子を見ていれば予測できた事だろうけど」
先ほどから隣でパソコンを弄りつつ無言を貫いていた樹堅が声をあげる。
どうやら何らかの作業にひと段落ついたらしく、ノートパソコンを畳みつつこちらに視線を向けている。
で、先ほどから俺達が述べている騒ぎとは、吉永に教えを受けていた富士見がチョコを爆発させたという物である。
なぜチョコを湯煎するだけの作業で爆発が起こるのかは甚だ疑問だが、富士見の不器用さは悪い意味で評判なので
驚きよりも呆れと「やっぱりな」という気持ちが大きい。
「吉永も大変だなぁ。四方っちも自分で教えてあげれば良い物を」
富士見が四方っちにぞっこんなのは明らかで、本人も気付いてるんだろうから相手をしてあげればいいのにと思わなくもない。
最も、四方っちを好いている奴は多いし、あんまり一人を特別扱いするのもアレなのかも知れない。瞳ちゃんは別として。
「馬鹿か。それこそ無駄に張り切った富士見が大惨事を起こすのが目に見えているだろう」
こいつは何を言ってるんだ、といった顔で粉原が反論してくる。
言われて想像してみる。…うん、これは、駄目だ。どう考えても酷い未来しか見えない。
吉永には悪いが、富士見へのレクチャーを回避した四方っちの判断は正しかったと言わざるを得ない。
そして、話題の要となっている四方っちはといえば…江向っちに教えているようだ。
もともと江向っちは料理とかも少しはするようだから、不慣れながらも着々と作業をこなしている。
「あぁ、確かに…。江向っちはそこまで不器用って訳でも無いし、教える人のチョイスも考えてあるようで抜け目ないな」
というか、むしろ四方っちが富士見に教えなかったのはこの惨事を予想してたからなんじゃあ…
そう思うとやはり不憫なのは富士見の世話を押し付けられた吉永の様だ。相変わらず苦労人なようで同情を禁じ得ない。
「それにしても罪木は一人で作っているのか。あの子こそ教えが必要かと思うが…」
と、樹堅の言葉を聞いて視線をそちらに向ける。
そちらでは瞳ちゃんが一人でチョコを作っていた。ここから見る限りではかなり手際は良さそうだ。
料理や洗濯といった基本的な家事スキルは四方っちから教わっているのであろう事は容易に予想がつく。
樹堅の心配するような発言に対して、何時もの無表情を崩さないまま粉原が弁明を入れる。
「ひ…罪木については、一人でも作る事が出来るらしいから常に付いておく必要は無い、と四方に聞いた」
発言内容自体は予想通りだったが他の部分に引っかかりを覚える。
ひ…?ああ、もしかして粉原も普段は名前で呼んでるのかね?
とっさに苗字で呼んだのは、俺達の前では言いにくかったからなのかも知れない。
しかし、そんな風に周りからの目を気にしている様な粉原はなんとなく新鮮だ。
瞳ちゃんと仲が良いのを必死に隠そうとしている。
そう考えると急に粉原が微笑ましく見えてくるのは不思議なことじゃないだろう。
気を取り直し、瞳ちゃんに視線を戻す。
今に限った話じゃあ無いが、チョコを一生懸命に作っている瞳ちゃんを見ていると色々と思うのだ。
四方っちの教育が良いのかこんな裏世界に身を置きながらも瞳ちゃんは純粋に育っているように見える。
「へぇ…、あの歳で大したもんだ。あと数年すればさぞかし良い女になるだろうなぁ」
瞳ちゃんの将来を考え、ついつい笑顔が浮かぶ。見た目の可愛さは今の時点で折り紙つきだ。
この様子なら俺の妹にも劣らない位になるかも…いや、それは流石に言いすぎか…いやしかし
隣の芝は青く見えるって言うしな。きっとそんな補正が掛かっているから瞳ちゃんがああも素敵な女の子に見えるのだろう。
こういう時は記憶の中で愛しの妹を思い浮かべるんだ…やっぱり妹が最高だな!
だが待て、それで良いのか?それだけで終わらせても良いのか?
そうだ。妹と瞳ちゃん、二人が並んで居る所を思い浮かべるんだ…どうだ?最高と至高が合わさり最強に見え…
「入場…年下好きもそこまでいくと流石に引くぞ…」
と、そこまで考えた所で樹堅の声で意識が現実に引き戻される。
気付けば隣にいた樹堅から非難の目を向けられている。おいおい、別に俺は年下好きなだけでロリコンじゃあねぇぞ!
シスコンなのは認めるが、決してロリコンじゃないはず。瞳ちゃんへのこの気持ちもきっとその類の好意の筈だ、きっと。
「手を出そうなんか考えんじゃねぇぞ。少しは考えろ」
続いて粉原からも冷たい目線。というか、なんか顔が恐いぞ…。すげぇ怒ってないかこいつ。
目線が当社比125%くらいに鋭く冷たい気がする。冷たさ&鋭さのダブルコンボにさしもの俺もたじたじである。
むしろ物理的に痛い…っていうかホントに何か刺さってるし!?粉原!こんな事で能力使ってんじゃねぇ!
「痛い痛い!冗談だって!そんな目で見るなよ二人とも!…ってか、粉原は何でそこまで怒ってんだ!?」
気になった事は質問してみるに限る。前々から粉原と瞳ちゃんが二人でいる所を目撃している人が多かったし
この堅物かつ、仲間思いとは言いがたいようなこの男も瞳ちゃんの事は憎からず思っているのかも知れない。
「お、怒ってなんかねぇよ!妙な言いがかりをつけるなっての!」
何とも分かり易い反応というか何というか。
普段の無表情は見る影も無く崩れ、冷や汗を流しながら否定する姿は何とも微笑ましい。
何だか、粉原ってただのツンデレな気がしてきたのは俺だけだろうか。
樹堅を横目に見ると頷いている。同じ事を思っていたようだ。
「………………………」スタスタ
と、そんな下らない話と思考を続けていると不意に渦中の瞳ちゃんがこちらへ歩いてくるのが目に入った。
今日も今日とて何時もの制服風ファッションに身を包み、四方っちの趣味だというネクタイを締めている。
少し前より伸びたままになっている灰色の髪を揺らしながらこちらへとゆっくり歩いてくる様子はやはり今日も愛らしい。
良く見ると手にはトレイを持っているようだが、何をしに来たんだろう?
「おや?どうしたの、瞳ちゃん」
気になった事はすぐさま聞くに限るというモットーに従い、質問を投げかけた後に後悔。
質問したはいいけど四方っちが居ないと通訳が出来なかった…
ともかく口に出してしまったからには仕方ないと、返ってくるリアクションをどうにか正しく察しようと構える。
「………………………(試作品。出来たから…)」
問いかけを受け瞳ちゃんは手に持ったトレイを掲げる。その中身を除き見ると完成品らしきチョコが並んでいた。
その意図を推察しようとしていると、樹堅が察したように声を上げる。
「ん…?もしかして味見か?」
「………………………」コクコク
樹堅の推測を受けて瞳ちゃんは小さく二回頷く。
どうやら樹堅の言っている事は確からしい。味見役を頼まれるというのは実にありがたい限りですぐさまにでも頂きたいところだけど…
ふと隣から視線を感じて出しかけた手を止める。
隣を見るとなにやら粉原が渋い顔をしていたからだ。相変わらず良く分からん奴だが…
「そんなもん、俺たちに持ってこなくたってあいつらに食わせれば…」
そんな粉原の発言とどこか恥ずかしそうな表情で何となく理解できた。
あぁ、なるほど。なんとなく、チョコを貰うというのがむず痒かったと見える。
いくら素っ気無い言葉を投げかけても、そんな様子では悪い印象を受けようが無い。どうみても照れ隠しだ。
「………………………」ジー
そんな言葉を受けた瞳ちゃんは粉原を見つめている。相も変わらず表情に乏しいジト目だが、この場合は何となく意味が読み取れる。
この目は恐らく、つっけんどんな態度をとる粉原を軽く非難している目だろう。
割と普段からジト目気味の瞳ちゃんだが、普段以上にジトッとしたこの目はこれはこれでそそる物がある。
…我ながら小学生位の女の子に対する評価としてはどうかと思うけれども。
「ぐっ…分かった。分かったからそんな目で見るな」
青く澄んだその瞳に見つめられ、慌てて粉原が目を逸らす。
どうでもいいが瞳ちゃんの瞳に見つめられる、っていうのは我ながら面白い気がした。あ、そうでもない?
何にせよその視線の意味を正しく察したのか、折れてチョコを手に取る粉原。しかし、この様子を見ていると…
口では何だかんだと言いつつも、小さな子どもには甘い近所の兄ちゃんオーラに溢れている。
「おやぁ、これは…」
「ふっ…。流石の粉原も子どもには甘い様だな」
二人揃ってニヤニヤと笑みを浮かべる。鏡を見ればさぞかし気持ち悪い顔をした二人が映っているだろう。
こういう時、樹堅とは気が合う。普段そっけない粉原を弄れるチャンスと思いお互い数々の修羅場を抜けてきた相棒の様な心持ちで
粉原を弄り回していると、ついに我慢の限界が来たのか粉原が怒鳴り声を上げる。
「ニヤニヤしてんじゃねぇ!馬鹿にしてんのか!」
目を吊り上げ怒鳴り散らす姿は普段の彼から考えれば恐ろしい物なのかもしれないが、
今に限っては全く持って恐くも何とも無い。これはこちらの心境の差なのだろうか?
「べっつにー。普段ピリピリしてる粉原さんがぁ~、妙に優しいからさぁ~」
「こちらとしては色々と想像してみてしまうわけさ」
散々粉原イジリを堪能した後、満足のいった俺達はお互いに親指をサムズアップする。樹堅、グッジョブ!
そんなこんなでチームメイトと新たな友情を築いていた俺達を横目に粉原が呆れたかの様に嘆息する。
「てめぇら…」
最早、怒る気も失せたと言わんばかりですがそんな終わり方では味気ない。
そんな期待を込めて樹堅に視線を送る。流石は同士、全てを分かった顔で粉原へと向かい合う。
樹堅は『俺のターンはまだ終わってないぜ』と言わんばかりの表情でこう付け加えた。
「というか、粉原。俺の能力を忘れてないか?お前の脳内に『罪木 瞳』で検索をかければお前の考えている事などお見通しだ」
樹堅の能力は『知りたいことのキーワードを基に相手の脳内を検索する』という能力だ。
それを用いれば隠し事など不可能である。最も、キーワードを決めなければならないのでそこまで万能ではないけれど。
その補足を受けてその意味を正しく察し、粉原はさぁっと顔を青くする。
樹堅が何を考えていたかは知らないが見られて困る事を考えていたのは確実なようだ。
「なっ!てめぇ、何を見やがった!」
顔を青くしたと思えば、次は顔を真っ赤にして怒鳴る粉原。色々と忙しい奴だな。
だがそんな粉原に止めを刺さんと眼鏡を光らせ、不適な笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ…。そりゃあ、お前、心の中では罪木の事を可愛くて妹のように思っ「ぶっ殺す!」
止めとばかりに粉原の脳内にかけた検索結果を口に出そうとする樹堅だが、最後まで言い切る事は無かった。
粉原はとっさに能力を発動させると生成した赤い剣を樹堅に向け飛ばす。その凶器が眉間に迫るが―――
「入場!助けろ!」「任せとけ!『前線案内』」シュン
そうは問屋が卸さないぜ!俺は速やかに樹堅に触れると前方48.27m地点へと転移させる。
路地裏に無造作に置かれた鉄製の看板の裏にピンポイントに転移された樹堅は軽やかに身を隠しやり過ごす。
攻撃が不発に終わった事に対して怒りで身を震わせながら粉原が叫び散らす。
「逃げんなてめぇら!なんでそんな息ぴったりなんだよ!訳わかんねぇよ、お前ら!」
言いながらも転移した先の樹堅へ攻撃を仕掛けているが看板に阻まれうまく当たっていない。
最も、当たったとしても痛いで済む程度に手加減されているのは見てるだけで分かるから止めはしない。
と、まぁそんな風にこちらはこちらで男同士で馬鹿騒ぎをしていた訳だ。
いやはや、こんな組織にいても中々に青春を謳歌できている。他の組織がどうなのかは知らないけど。
「………………………」クスクス
そんな様子を眺めながらクスクス笑う瞳ちゃんの横に人影。
その人影も同様に粉原と樹堅の様子を見て面白がっているようだった。
「くっくっくっ。粉原は相変わらず素直じゃないよね」
とはいえ、こんな時に近づいてきて笑っているような奴は一人しか居ないけど。
その人影はいつもの通りのネコミミパーカーを着込み、備え付けられたポケットに両手を突っ込んでいる。
そのフードの奥にはやはりこれまた猫の耳の様な癖っ毛を仕舞い込んでいるのだろう。
灰色の瞳を何時にも増して爛々と輝かせ騒ぎを見つめるその様子は意外ながらも歳相応の少女らしさを感じさせる。
本人は気付いていない様だけど頬にチョコレートが少し付いている。
何を考えているのか分からないミステリアスさと何だかんだと女の子らしさの両方を兼ね備えた不思議なリーダーである。
という訳で、いつの間にかこちらへ来ていた四方っちが真似の出来ない笑い方で声を上げる。
その声を聞いた粉原は再び顔面蒼白になりながら勢い良く振り返る。
「やっちまった」を表情で描いた様な顔が非常に面白い。
気を取り直したのか表情を無理やり戻し、引き攣った怒り顔で四方っちに詰めより
「お前は何時の間に沸いてきた…!っていうか、どこから聞いてやがった!?」
と食ってかかるが、彼女はまるで意に介さないかの様に身を翻し、笑顔を浮かべながら返答する。
「え、最初からだけど?能力使えば遠くの会話でも聞こえるからね。それで、瞳のチョコはおいしかったかな?」
翻した体を追従する様に黒い髪が揺れる。両手を後ろに組みながら笑いかける姿はとても絵になるが、
そのサディスティックな笑顔は改めた方が良いと思うんだ、女の子として。
ところで、違うところで既に語られた事実かも知れないが風に乗った会話を聞くことが出来るらしい四方っち。
相変わらずの能力の無駄遣いと、無駄に洗練された制御精度に脱帽。
我らがリーダー
四方視歩(16)は今や地獄耳を超える猫耳と持て囃されるプライバシーブレイカーである。嘘だけど。
「……………(絶句)」
予断だが粉原は基本的に四方っちの事を苦手としているようで、彼女を前にすると大抵の場合怒るか呆れるかの二択の表情をしている。
どうやらこの独特な性格に対しての対処法が無いらしく、偶に瞳ちゃんに愚痴っているとかいないとか。
瞳ちゃんに愚痴ったらそのまま四方っちに一直線に伝わる事が分かってるんだろうか、あの男。
「くっくっくっ。心配しなくとも、君をロリコンだとかは思っていないよ」
おや、流石に弄り過ぎた思ったのかフォローを入れている様だ。
ここは俺も乗っかってこの場を収めに掛かるのが賢明だろう。このままではむしろこちらにも危害が飛んできそうだし。
「おお、さすが四方っち。フォローも忘れないとは頼れr」
―――そうは問屋が卸さなかった。というか四方っちが卸さなかった。
再び口を三日月の様に歪めると粉原に近寄り、耳元で囁く様に…
「瞳に良くしてくれている様で何よりだよ、お・に・い・ちゃ・ん?」
あっ…(察し)
「あ゛あ゛あ゛ぁ゛!てめぇら、馬鹿かぁーーー!」
さ、更に煽りにいったぁーーー!?
粉原は顔どころか全身を真っ赤にして怒っている様だ。…いやむしろ赤いのは顔や体じゃなくて能力じゃねーかこれ!?
余談だが粉原の能力は「赤色念動(レッドキネシス)」と言って、念動力に物理的な硬さを持たせて自由に操る力だ。
何故かは知らないが、発動した念動力には赤い色が付いているという特徴がある。
なぜこんな説明を今しているかといえば怒りのあまりに操る念動力が体をオーラのように纏っていて
まるで見た目はスーパー○イヤ人の様なサムシングと化しており一見すると何の能力なのか分からないから…ってこっち見た!
ともかく、早急に退避しなければ…はっ!足が動かない!?
良く見ると足元には赤い念動力が纏わり付いていた。怒っている割に冷静だな、おい!
「良いから死ねっ!」
万事休すとはこの事か。何らかの救いが無い物かと祈りつつ、諦めと期待のブレンドな気分で目を閉じ―――
「ぎゃぁぁぁー!?」「あべしぶっ!?」
―――やっぱり現実は非情だった!錐揉みに吹っ飛びながら、視界の端に同じ様に飛ばされる樹堅の姿を捉える。
あんなに離れててもやはり逃げられなかったか…南無三。
「おっと、危ない危ない」「……………」
薄れていく意識の中、ちゃっかりと瞳ちゃんを抱えて避けている四方っちが見えた…
自分で煽っておいて俺達を見捨てたとか、最初からこうなるのわかっててからかっただろとか。
「くくっ、和三盆程甘いね。私を捉えたいなら本気で危害を加えるくらいの気概で来ないと」
そしてこの期に及んでまだ煽りますか。むしろそこまでやって笑えるアンタの精神が理解しがたいぜ…
と、そこまで考えた所で俺の意識は消失した。
とある猫娘達の日常 5話 修復者達のとあるバレンタイン*****
~~~side 焔~~~
話は遡って昨日の昼の事。
私、
富士見焔は重大な事実に気が付いたの。今日の日付を確認し皆の前で発言するの!
だんっ!っと机に勢い良く手を叩きつけながら本日の目的を声に出す。
「皆、チョコを作るの!」
三言で発言終了。でもこれだけで十分意味が伝わると思っての結果だったんだけど…
何だかあんまりよろしくない反応なの。少し遅れて香ちゃんが金色のショートヘアを揺らしながら小首を傾げ
「……………ええっと」
と苦笑いを浮かべている。素早く反応してリアクションしてくれるのは良いの。
でも出来ればもうちょっと気の利いたコメントをして欲しかったの。
続けて発言したのは、腰まで届く様な可憐な茶髪を揺らし小首を傾げるのかと思えば
首を曲げこちらを睨みつけるかのような目線でこちらを見ている芙由子さんなの。
「……………は?」
…胡乱っていうのが良く似合う目つきというか、女の子としてどうなのそれ…。
ともかく芙由子さんの反応は、言ってる事は分かるけど何故そんな事を言っているのか分からない、という感じなの。
分かりやすく言うと「何いってんだコイツ」状態。幾らなんでも私の扱いが悪いってレベルじゃないの!
気を取り直し視線を滑らせると、視歩ちゃんの膝の上といういつもの定位置に座っている瞳ちゃんが目に入る。
正直な話、そのポジションは羨ましいけど瞳ちゃんなら仕方が無いの。血の涙を流して耐えるの。
「……………………」
そんなうらやまけしからん瞳ちゃんはと言えば、いつも通りのジトッとした目をこちらに向けて首を傾げている。
眉の角度の変化を見る限り、その表情は『疑問』だろうか?むむむ。私にはまだ瞳ちゃん語の翻訳は無理そうなの…
どこかに指南書でも売ってないかなぁ、視歩ちゃんに今度それとなく執筆をお願いするとして。
「へぇ、チョコか。焔も色気づく歳になったって事かい?」
最後に、皆のリアクションを見届けた後に視歩ちゃんが声をあげるの。
ちゃんとした質問で返してくれるのは流石だけどやっぱりその発言は気が利いてないよ!?
色気づいたとか言うとまるで私が男の子にチョコをあげようとしてるみたいなの!?
これじゃあ周りの皆に誤解されてちゃうの!早く否定しないと~!
「ち、違うの!私のは視歩ちゃんに渡すんだから!」
慌てて否定した後、ゆっくりと周りの皆の顔を眺めると…
(いや、そんなの分かってるから)
という言外の意思をビンビンと感じるの。
私がサトリなのか皆がサトラレなのかそれとも他の何かなのか。
「そ、そうだったの。皆にはそんな事言わなくても分かってるよね!私の愛はストレートなの!」
えっへんと胸を張る。直前のやり取りなんか忘れたの。この図々しくも愛嬌のある振る舞いが私のチャームポイント!
絶賛自己PR&自画自賛とかいう最悪なコラボレーションだけどやはりこれも真スルー。
「っていうか、何で急にそんな事言い出したのよ?」
色んな思考を勝手に頭の中で飛び交わせて一人遊びしていた私を見かねたのか芙由子さんんが疑問を投げかけてくる。
フォローだったであろうその言葉は有難いけどやはり目つきが胡乱…。そんなに私が嫌いなの!?
「明日の日付を見てみるの!」
そう言って鞄からカレンダーを取り出し、芙由子さんに突きつける。
このカレンダーは私の必需品だ。一年の中に溢れてる記念日を忘れてしまわないように、一日一日を楽しむために。
まぁ、それだけじゃなくて理由は色々あるけどね。
目の前に突きつけられたカレンダーに対して、いや近過ぎて逆に見えないからと言いつつ少し身を引いた目を凝らしている。
一日の終わりにその日の日付にチェックを付けているので今日が何日かは一目瞭然だ。
芙由子さんもそのチェックを頼りにカレンダーの日付を目で追っていき、ある地点で動きを止める。
「二月十四日…。あぁ、なるほど」
合点がいった様に頷く芙由子さん。もちろんその日付には大きくハートマークを書き込んでいる。
なぜなら明日は女の子にとって大事な日!期待を込めた目線で芙由子さんを見つめ返す。
さぁ、明日が何の日なのかその口で答えるの!
「聖バレンティヌスが処刑された日ね」
そこなの!?そりゃあ確かにバレンタインデーの由来として有力な説だって事はもちろん知ってるけども。
だからってそこでそれを言われると最早どう反論して良いのやら。芙由子さんのボケなのか本気なのか微妙だし、
下手に突っ込むと数倍の報復を受けかねないし、かといって気の利いた返答を用意できている訳でもなくて、たじたじ…
何も言葉を発せない私を見る芙由子さんの目が段々鋭くなってくる。
まずいの、このままじゃあ痛い展開の予感…!
「そっ、そういえば、明日はバレンタインでしたね~…?」
そんな絶体絶命の状況に助け舟を出してくれるなんて、やっぱり香ちゃん出来る子!
助かったと言わんばかりに香ちゃんの発言に便乗する事にする。
「そ、そうだよ!明日はバレンタインだよ!」
たどたどしくなってしまったのはご愛嬌という事で…。
香ちゃんはこちらを見ながら微笑んでいる。相変わらず年下とは思えない包容力のある笑顔なの。
ともかく、いつの間にか表情を戻した芙由子さんがふぅ、と息をつきながら思い出したかのように呟く。
「そういえばそんな日だったわね…」
っていうかホントにバレンタインデーって事を忘れてたんだろうか?
そう思うと浮かんでくる感情は怒りや悲しみと言うよりは哀れみに近い感情だった。
男性恐怖症の芙由子さんには縁の無いイベントだったんだろうなぁ…
なんて、聞かれれば間違いなくお仕置き物な事を思いつつもさっきの仕返しを目論んで口を開いた
「そういえば、って…。幾らなんでも芙由子さん女捨て過ぎなの…」
他の記念日はともかく、バレンタインを忘れるのは女としてどうかと思うの。
やった!このセリフは我ながら上出来なの!流石の芙由子さんもこれにはたじたじの筈…
そんな期待を込めながら芙由子さんの顔を覗き込み、その瞬間思考がフリーズする。
「何かいった?」ニコッ
―――強者は大抵の場合、常に笑顔である。そんな言葉を思い出した。
「…ごめんなさいなの」
私は何も言ってない。言ってないの。命が惜しいから言ってないのー。
脳裏にこの前のお仕置きが過ぎる。あんな目に遭うのはもう二度とごめんなの。
「あ、あはは…。実際、私も忘れてましたし…」
とっさにフォローを入れてくれる香ちゃんはやっぱり良い子なの!
香ちゃんは最近入ったばかりのメンバーだけれど、その優しくて一生懸命な性格のおかげですぐにメンバーにも受け入れられていた。
私は受け入れられるのに随分時間が掛かったし、ちょっと羨ましいかな~なんてね。
でも仕方がない事ではあるかな。私は元々ここの皆からしたら敵でしか無かったんだし。
そんな事を考えながら顔を見つめ続けていたせいか、いつの間にか香ちゃんが顔に疑問の表情を浮かべている。
私はそれを笑って誤魔化しつつ顔を逸らした。昔の事思い出すと後ろ向きになっちゃって良くないの。気をつけないと~。
「それで?明日はバレンタインだから、皆でチョコを作りたいって訳かい?」
こちらの会話がひと段落ついたのを見計らって視歩ちゃんが本題に入る。
このままだと話が進まないところだったから助かったの。
視歩ちゃんの言うとおり、私はデバッカーの皆にチョコを作ってあげたかったのだ。しかし…
「そうなの!でも、私チョコの作り方分からないから誰かに教えてもらわないと…」
そう私はチョコの作り方を知らないのだ。誰かに教えてもらう必要があるので、皆に助けを求めた次第である。
そもそも私は料理とかした事ないし、お菓子とかもっと無理なの。
でも視歩ちゃんがお菓子作れるのは知ってるし、うまくいけば視歩ちゃんに手取り足取り教えてもらえるかも…うふふ
どちらかと言うとそっちの方が真の目的だったり。我ながら策士なの!
「…………………………(この中でお菓子作りが出来るのは…)」
瞳ちゃんが辺りを見渡すような仕草をする。なんか私のほうに意味ありげな視線を送ってきた気がするけど…
はっ!?まさか私の完璧な策が読まれてるんじゃあ…。いや、それは無いの。
瞳ちゃんが読めるのは悪い感情だけ。私の純粋な愛なら読まれる心配なんてないの!
瞳ちゃんの目が(いや、欲に塗れまくってるから。ある意味、純粋な欲の塊だよお前)って感じだけど気のせいだよね。
「うん。私と芙由子が適任かな。瞳も作れるだろうけど、人に教えるのはまだ早いだろうし」
やっぱり視歩ちゃんは作れるみたいなの。瞳ちゃんはまだ人に教えられる様な感じでは無いみたいだから自動的に視歩ちゃんが…
…あれ?芙由子さんも作れるの?何だかすごく嫌な予感がするんだけど…
まさか視歩ちゃん以外に料理できる人がいるなんて!?私の完璧な作戦にまさかの穴があったの!
「ごめんなさい…。私もお菓子作れません…」
「なら、香にも教えてあげないとね」
あれぇ!?いつの間にか香ちゃんが視歩ちゃんのレクチャーを受ける事になってるの!?
「あ、ありがとうございます!」
香ちゃんはと言えば、とても嬉しそうに笑顔を浮かべながら頷いている。
その様子は凄まじくかわいいけど今はそんな事を気にしている場合では無いの!
「あれ、視歩は香に教えるの?だったら…」
あ、あぁ!このままじゃあ嫌な予感が的中しちゃうのぉ!
私も視歩ちゃんに教わる様にしなきゃこんな事言い出した意味がぁ…
「わ、私も視歩ちゃんに教えてもr」
「アンタは、私が教えてあげるわ。視歩と一緒にやらせたらまともにやらなさそうだし」
そ、そんなぁ~!どうにかしてチェンジを…!
「ち、チェンジ「断るわ」
私の訴えは言い切る前に遮られた。現実は非情である。
「あう…あう…」グスッ
神様ぁ…今ばかりは貴方を恨むの…。幾らなんでもこの仕打ちは酷いの!
何故か芙由子さんはこんな感じで私に冷たい。私何も悪い事してないよね?ね?
あれ、何だか誰も同意してくれなさそうな気がする…。
しかし、そこは流石の視歩ちゃん。きっちりとフォローを入れてくれたの。
私のほうの近づいてきたと思えば私の頭に手を置いて、優しく撫でながら
「大丈夫、焔が作ったチョコ、私は楽しみにしてるから。頑張ってみてよ」
と微笑みかけてくる。きゅんっ、ってきたの!相変わらず罪作り過ぎてますます惚れ惚れしてくるの~!
とはいえこんな性格のせいで恋敵多いけどね!しかも同性ばっかり!
でも今はこの至福の瞬間を噛み締めないと…。
頭にやられた手の感覚へ神経を研ぎ澄ます。触れられた所から温もりが広がる。
あぅぅ…。私、生きてきて良かったのぉ…。
そして、すっと手が戻される。名残惜しかったけど、出来るだけ表情に出さないように努力する。
視歩ちゃんはそんな私の微妙な顔を見て、さらに笑みを深くしながら元の位置に戻っていった。
「視歩ちゃぁん…。分かったの!絶対においしいチョコを作って見せるの!」
やっぱり視歩ちゃんは優しいの!ここまでされちゃあ頑張るしかないの!
そんな私をどこか微笑ましそうに眺めていた芙由子さんが、不意にかぶりを振って表情を戻すと
腰に手を当て、視歩ちゃんに向き合う。少し躊躇してから口を開いて
「…はぁ。あのねぇ、視歩。あんたがそうやって甘やかすから焔がこうなっちゃったんでしょうが」
と、少しばかりの非難と大目の呆れを込めた声色で糾弾する。
何だかんだと一緒に居る時間も多いから分かるけれど、こんな感じで話す芙由子さんは大抵の場合その相手の身を案じている。
前々から「視歩は他人に甘すぎる」と言った内容の愚痴は聞いていたのでなおさら分かりやすかった。
「え、そうかい?甘やかしてるつもりは無かったんだけど…」
私としては、もっと甘やかしてくれても良いんだけど…芙由子さんは更に呆れの割合を深くした声で
「無自覚かよ…。そろそろ普段の振る舞いを改めた方が良いんじゃない?この女たらし」
と視歩ちゃんの額を人差し指でつつく。
視歩ちゃんはと言えば、額を突かれた事よりも女たらしと言われた事の方が答えているようで顔を顰めている。
どうでも良い話だが、普段余裕をもって物事に接している視歩ちゃんが動揺するときは大抵は芙由子さんか香ちゃんが絡んでいる。
香ちゃんは理由わかり易いけどね。毒舌だし。
それはそうと、視歩ちゃんと芙由子さんは傍目から見てても仲が良い。
何を言うにも遠慮の要らない友人って感じだろうか?そんな関係性のせいか悪口を言い合ってる姿が多いけれどそこに嫌な感じは全くしない。
聞く話によれば芙由子さんと視歩ちゃんは同じ施設に居たらしく、昔からお互いの顔を知っていたとか。
要するに、幼馴染。俗に言えば朝に部屋まで起こしに来てくれる人、みたいな?それは冗談として。
「うぐっ!…女にむかって女たらしはないだろう、いくらなんでも」
つつかれた額を手で摩りながら非難を浴びせる。
この前聞いた親父ギャグ発言と言い、今回と言い視歩ちゃんの怒るラインは何だか微妙な所にあるような気がする。
「じゃあ聞くけど、あんた男より女に言い寄られるほうが多いでしょうが」
額にやられた手も意に介さず、再び額をトントンと突きながら言葉を重ねてゆく。
そんな彼女の追及に反論が無いらしく、困ったような顔を浮かべて目線を逸らしている。
「それは…まぁ、否定はしないけどさ…」
頬をぽりぽりと掻きながらすっと目を伏せる。
確かに、視歩ちゃんが男の子に言い寄られてる姿はあまり見ない。
顔自体はかわいいからナンパされてる事はあるんだけど、中身を知ってる人にはモテないの。
「あ、そうだ。良い事考えた」
ふと、芙由子さんが額をつついていた手を止め、ニヤリと笑う。
視歩ちゃんの全身を舐め回すような視線で見つめると、ふん。やっぱりね、と呟く。
何となく言いたい事は分かったの。今見てたのは視歩ちゃんの服を見てたんだね。
いっつも似たようなパーカー着てるし、女の子らしい格好すればきっと似合うはずなの!って事だよね、きっと。
「なにその笑顔。嫌な予感しかしないんだけど」
いつの間にか私も似たような笑みを浮かべていたらしく、視歩ちゃんは私と芙由子さんの顔を見比べて苦笑いを浮かべる。
額に冷や汗が浮かんでいるところを見ると、こちらの意図はだいたい伝わっているようだ。
更に追い討ちをかける様に芙由子さんが、満面の笑みを浮かべながら視歩ちゃんの手を取り
「視歩、今度一緒に買い物に行きましょう?あんたに似合う可愛い服を見繕ってあげるから」
と、視歩ちゃんを誘う。この二人は普段から一緒に買い物などに出かけているようだけど、
いつも以上ににこやかな笑顔を浮かべながら詰め寄ってくる芙由子さんの様子に、いつものお誘いとは違う事を察した様で
軽く身を引きながら露骨に嫌な顔をしている。
「えぇ…。ただ私を着せ替え人形にしたいだけだろう、それ?」
半眼になりながら芙由子さんをにらめ付けて、非難の混じった問いかけを送るが、それをまるで意に介さない様子で
「ええ。そうよ」
笑顔のまま言い切る芙由子さん。すごく楽しんでるなぁ、この人。
そんな様子に軽く面食らった様に、なおかつ多分の呆れを込めた表情で
「ノータイムで言い切ったよこの子」
と溜息混じりに突っ込みを入れている。傍から見てればホントに言い感じのコンビだよね、この二人。
こういう二人の姿は見てて微笑ましくなってくる。芙由子さんは恐いけれど良い人だから、これからも彼女の支えになっていて欲しい。
と、そこで前に香ちゃんから聞かれたことを思い出す。
その時の質問の内容は「視歩ちゃんが他の人と仲良くしてるのを見てどう思うか」という物だった。
香ちゃんは視歩ちゃんが私や他の人と仲良くしてるのを見ると、モヤモヤした気分になってしまうのだと言っていた。
その気持ちは分かる。でも、知識としての『嫉妬』が分かるというだけで私自身にはその感情は無い。
どうにも私は他人に対しての嫉妬の感情が欠落しているのだとか。子どもの頃に散々説明されたっけ。
私の願いは視歩ちゃんの一番になる事であって唯一になる事ではないのだ。
だから、むしろ私は誰かが常に彼女の隣にいる事を望もう。歪んだ感情と言われても構わないから。
すこし柄にも無い事を考え過ぎたかな?気を取り直さなくちゃ!
「……………………(野豚ならぬ野良猫をプロデュース…これは売れる予感…!)」グッ
「野良猫言うな。わかったわかった、着せ替え人形にでも何でもなってあげるよ」
意識を目の前の会話に引き戻すと、視歩ちゃんが瞳ちゃんに突っ込みを入れてるところだった。
瞳ちゃんが何を言ったのかは分からないけど、あのしてやったりな表情を見るに何か面白い事を言ってからかったのだろう。
あいかわらず瞳ちゃんは表情だけで場を和ませる天才なの。この組織のマスコットだよね!
「やった!瞳ちゃん、貴女も当日連れて行くから準備しといてね」
いっている傍から芙由子さんも瞳ちゃんにお誘いをかけているようだ。
この前の事(第一話参照)があってから、芙由子さんも瞳ちゃんを可愛がるようになっていた。
何だか、日を追うごとに虜を増やしていってる気がするんだけど…。瞳ちゃん、恐ろしい子…!
「……………………」コクコク
そんな瞳ちゃんは、芙由子さんの誘いに笑顔で頷いている。そんな笑顔を向けられた芙由子さんが
「ぐふっ…」とか言いながら胸を押さえてのけぞっているけど、仕方がないの。私に向けられた物では無いのにきゅんときてしまったの。
「瞳ちゃん、かわいいの~…。はっ!?でもひとまず今はチョコの話なの!」
危ない危ない。危うく忘れてしまうところだったの。瞳ちゃんの魔性の笑顔には気をつけないと…
私の言葉を聞いて、皆が「ああ、そんな話してたね」と思い出したような反応を示す。
このままじゃあ流されてしまうところだったの。
そして、芙由子さんが腕を組みなおしながら
「まぁ、良いんじゃない?チョコくらいなら、そんなに手間もかからないし…」
と私の意見に賛同してくれる。料理も得意な芙由子さんの言う事だから、きっと間違いはないだろうけど…
チョコ作るのって手間のかかる作業だって思っていたけど、そうじゃないんだ。手間は掛からない、か。
でも、それが本当なら私も頑張れば作れるかなぁ!
「……………………(今日材料を買って、明日作って渡せば良いと思う)」
瞳ちゃんが視歩ちゃんに何かを提案しているようだ。それに頷いて
「そうだね。渡す相手を考えれば、作ったのをそのまま渡せば良いだろうさ」
と言った。どうやら瞳ちゃんは、作る日程について提案してくれたらしい。
視歩ちゃんに言ってる内容からして、今から買いに行って明日作ったのをそのまま渡せば良い、ってことだろう。
「あれ?誰にあげるか決めてるんですか?」
話がとんとんと進んでいる事を疑問に思ったのか、香ちゃんがそんな質問を投げかける。
それに、香ちゃんからすればもう一つ理由があるかも。
基本優しい彼女だけど、チョコをあげようとは思わない人が少なくとも一人思いつくし
その事を考えての質問かもしれない。
その質問に、何を当たり前のことを、と言わんばかりに視歩ちゃんが笑いながら答える。
「デバッカーのメンバーくらいには作ってやるべきだろう?義理チョコでも男連中に作ってあげようって事」
それは賛成なの。デバッカーの仲間にはお世話になってるし、
チョコに感謝の気持ちを込めて、私も皆にプレゼントしたいの!
でも浮かない顔をしている人が一人。言うまでも無く香ちゃんだ。
やっぱりあの人に渡すのを躊躇しているのだろうか?
「こ、粉原さんにもあげるんですか?私、あんまりあの人好きじゃないんですけど…」
案の定だった。相変わらずだなぁ、香ちゃん。この話の時ばかりは少し別人に見えてくるほどに
その表情には黒い物が混じっている。
粉原さんに対しては無意識ではなく、意識的に毒を吐くみたいだし、とことん嫌いなんだろうなぁ。
「ふむ…。ま、馬が合わないのは仕方ないかな、お互いの性格的に」
改めて説明すると、香ちゃんは粉原さんが嫌いみたいなの。主に考え方の違いが大きいの。
確かにちょっと無愛想だし、冷たいかも知れないけどあの人も悪い人じゃ無いんだけどなぁ。
特に瞳ちゃんを相手にしてる時とかは、割と優しいように見えるの。
「……………………(別に、義理なのだから愛を込める必要は無い)」
逆に粉原さんにも懐いている様子の瞳ちゃんだが、香ちゃんの言葉は特に気にしていない模様。
この前、粉原さんの事をお兄ちゃんと呼んでみようとしてたらしい事を視歩ちゃんから聞いて
実行の際には是非呼んで欲しいと頼み込んでおいた。その時が楽しみである。
「渡すのだって、一人一人渡してたら手間だし、焔にまとめて渡させればいいでしょ」
私はそれでも構わないの。そっちの方が手っ取り早いし。
でもそう考えると、結構たくさんのチョコが必要そうなの。たくさん買い込まないとね。
「それなら、まぁ…」
しぶしぶ、といった具合で納得する香ちゃん。その内仲良くなってくれれば良いけど、ちょっと難しそうなの。
ともかく、日が暮れない内に買い物に出発しないと!
「決まったのなら早く買いに行くの!」
立ち上がって右手で視歩ちゃんを、左手で芙由子さんを掴んで催促する。
腕を引かれた二人はそれでも微かに笑いながら
「はいはい。それじゃあ、買いに行こうか」
「仕方ないわねぇ…。ま、付き合ってあげるわ」
と、言ってくれる。視歩ちゃんはもちろん大好きだけど、芙由子さんのこともやっぱり大好きなの!
二人とも、敵だった私にここまでしてくれる、とても素敵な人。もちろん二人以外の皆も。
昔、他人に嫉妬しないお前はおかしい。そんな風に言われた事があった。
その時はとても悲しかったけど、今はそうは思わない。
私が他人に嫉妬しない理由は今は分かりきってるの。だって私は―――
だって私は、誰の人生も羨ましくないの。今が、すっごく幸せだから!
だから私に嫉妬の感情はいらないの。その分、人を人一倍愛せればそれが一番なの。
~~~side 粉原~~~
時は戻って―――
「という事があったのさ。それで、急にチョコを作ることになったって訳」
どうしてこうなった、という入場のセリフに対して掻い摘んだ説明を終えた四方が肩を竦めながら言う。
登場人物の物真似を交えた四方の説明は非常に分かりやすかったが、富士見のテンションを真似る四方は酷くシュールだった。
「へー。富士見がねぇ…。まぁ、そういうイベント好きそうだけど」
四方から話を聞いた入場が納得したかの様に声をあげる。
その様子を低い視線から眺めていたが、なんだか無性に空しくなってきたので体を起こす。
「……………………(すごく、張り切ってた)」
瞳が倒れこんだ俺を覗き込むように見ていたが、体を起こした俺の頭を避けながら入場へ視線を向ける。
何らかの意図を表しているのだろうがやはり何が言いたいのか分からない。
ともかく、地面と親交を深める羽目になっている俺をスルーしつつ話を続けるこいつらに苦言を呈さなければ…。
「げふっ…。くっそ、平然としやがって」
精々忌々しく言い放ったつもりだったが苦しげになってしまったのはご愛嬌。
というか人を痛めつけておいてその事に触れないのは酷くないか、こいつら。
なぜ俺がこんな所で転がっていたかと言うと…
怒りに任せて入場と樹堅を伸した後に、残る四方をもとっちめようと挑んだ俺だったが、
結局、激しい戦闘の末に返り討ちに遭い今に至る。
忌々しげな視線を送ると、薄く微笑みながら
「流石にまだ一対一じゃ負けてあげられないな。こっちにもリーダーとしての矜持があるし」
そんな事を言いながら、クツクツと真似の出来ない笑い声をあげる。
こうしていると何処にでもいそうな女子高生にしか見えないが、むしろそのせいで負けたという事実が重く感じる。
ただでさえこんな華奢な女に負ける時点で屈辱なのに、なによりも…
「ちっ。ったく、分かっていた事ではあるけど能力じゃなくて肉弾戦で負けると最悪の気分だな…」
そう。こんな気分なのは能力の優劣で負けたからでは無く、肉弾戦を含めた戦闘で負けたからである。
こいつを唯の女だと見るのは愚行だと分かってはいるが、結構へこむ物だ。
「くっくっくっ。流石に年季が違うさ。私が何時から格闘訓練してきたと思ってる?」
経験の差、か。これでもコイツは俺より年上なんだよな…。
最も、高校生が主な構成員の中ではコイツが年長者と言うわけでは無いが。
というか、中学生なのって俺と江向だけだったな。ちっ、早く大人になりたいもんだ。
「前から思っていたが、粉原の剣技と四方の戦い方には共通点を感じるな」
俺達の戦いを見ていた樹堅の発言に興味を惹かれる。
確かに俺の戦い方と四方の戦い方には共通点が多い。その理由もある程度予想は付いているが…
「それはそうだろうさ。私がアドバイスした事をしっかりと活かしてくれている様だしね」
だよな。こいつは時々俺の鍛錬に場に現れては言葉をぽつぽつと落としていく。
その言葉は気に食わんが的確で、何度も参考にさせてもらっている。…不本意だがな。
「うん?四方っち、剣なんか使わないだろうに」
最もな疑問だ。それは俺も常々気になっていたが、直接聞いた事は無かった。
「まぁ、粉原と似た能力の奴といつも戦ってるしね。あいつの戦い方を少し教えただけさ」
そう言われて脳裏を過ぎるのは赤い剣閃と、狂気じみた目をした女の姿。
直接手を合わせた事は無いが、傍から見るだけでも印象に残っていたあの女。
「『
甲蟲部隊』のあの女か…。直接戦った事はねぇが、あいつそんなにヤベェのか?」
「連中とかち合う度に戦って、それでも未だに一度も決着が付いてないんだろ?」
それを聞いてやはりかと思う。本気の殺し合いでは無いのだろうがそれでもこの化物と互角なのは恐ろしい話だ。
四方と奴の関係が、一言で表す事が出来ない程度に複雑である事は知っている。
それ故に少しばかり複雑な気分だ。甲蟲部隊との戦闘の度に要注意人物である
血晶赤を確実に抑えている四方の働きに文句は無い。
それに加え、ピンチに陥ったメンバーの救援もこなしているのだから大した物だ。
だが、それならばさっさと血晶赤を仲間に引き入れれば良いと思ってしまうのは悪い事だろうか。
俺から見ている限り、四方自信が望めばあの女はこちら側に付きそうにも思えるのだ。
「……………………(かれこれ数年の付き合い)」
「あいつも能力で作った剣を使って戦う時があるからね。その時のを参考に、と思ってさ」
身を以って受けた技だけあってか印象が強いんだよ、と笑う。
くつくつと喉を鳴らす笑い方は相変わらず真似が出来ない。
「悔しいが、的確なアドバイスだったさ。お前に教わるのは癪だが、強くなる為なら我慢してやる」
これは本心だ。四方のアドバイスは確かに的確で、それを取り入れた結果は非常に良いものとなった。
最も、剣技に慣れている筈の俺ですら一瞬理解できない様な高等技術ではあったのだが。
「くっくっくっ。そういう事なら遠慮なく鍛えてあげるさ」
だがひとまずはこの化物を打倒することが目標だ。
コイツを乗り越えて初めて俺は仮初の満足を手に入れることができる。その為にこれからも俺はコイツへ挑み続けるのだ。
…実のところを言うと、ただ単に俺はこいつの隣に立ちたいのだ。率いられるのではなく、並び立つ。
人を頼ろうとしないこの化物じみた少女に真の意味で『仲間』だと認められなくては俺の
プライドが許さないのだ。
こんなこと、誰にも話せやしないがな。
「……………………(大丈夫?)」ヨシヨシ
「んなっ!?べ、別に心配されるような怪我はしてねぇよ…。ほら、あっち行け!」シッシッ
気付くと瞳がこちらへ近寄って頭を撫でていた。
どうやら四方との戦いに負けた俺を心配しているようだが余計なお世話だ。
「……………………」クスクス
ぐっ…。そんな風に笑われると冷たく当たり難いだろうが…!
「やっぱり瞳ちゃん相手の時だけ態度違うよなぁ?」ボソッ
「だから言ってるだろ?粉原は罪木の事を妹の様に思ってるって」ボソッ
「粉原さえ籠絡するとは…!流石は瞳ちゃん、デバッカーの潤滑油は伊達じゃないな…」
「瞳にそんな異名が付いていたのか…」
少し気を抜くとえらく勝手な事を言ってやがるなこいつら。
「お前ら…。別にそんな風に思っちゃいねぇよ。子どもの相手は慣れていないだけだ」
「……………………(お兄ちゃんの様なものです)」
瞳の目が何となく碌でもない事を考えているように見える。
と思っていると、その隣に立っている四方も同じ目をしている。嫌な予感しかしねぇぞ、これ…
「何なら本当にお兄ちゃんになってみるかい?」
「あん?どういう意味だよ?」
予想通りよく分からない事を言い出した四方を怪訝な目で見つめ返すと四方は説明を始めた。
「施設から逃げ出した時に、戸籍が無いと不便だからって話でさ。色々コネを使って個人情報を作ったんだけど…」
確か吉永と同じ研究施設に居たんだったか。
コイツが脱走した際の被害が原因で研究は凍結、他の
被験者も野に放たれる事になったと聞いているが…
「……………………(その際に、私は視歩の妹として登録された)」
「そんな訳で、表向きは私と瞳は姉妹って事になってるのさ」
「ほぉ。それは知らなかったな。お前ら姉妹だったのか…」
その説明に俺は素直に感心した。姉妹の様だと思う事は幾度と無くあったが、実際に姉妹だったとは。
案外世の中は見たままな事が多いのだな、と心の中で頷いていると樹堅が何かに気付いたように呟く。
「…うん?それで、本当に姉妹になるって言うのはつまり…」
「私と夫婦なれば、瞳は本当の意味で妹になるよねぇ…?」
そりゃあ、そうすれば義妹にはなるんだろうが…は?今なんていったこいつ。
お、落ち着け。確か、夫婦がなんとかって………ぶっ!ふ、夫婦だと!?
「なぁっ!?な、何言ってやがんだテメェ!!正気か!?」
「まずはお友達から始めてみるかい?粉原君?」ニヤニヤ
そのニヤニヤとした顔を見ていると怒りよりも呆れが浮かんできた。
ほんとにもう、なんというか…
「もう勘弁してくれ…」
としか言い様が無い。本気で言ってるわけでは無いのがちゃんと分かるのが救いか。
そこすら判断がつかなくなれば俺はとてつもない恥をかく事になりそうだ。
「くっくっくっ。君の反応はいちいち面白いな」
…コイツいつかぶっ飛ばす。絶対に!
「楽しそうだなぁ…。二人とも何だかんだと仲が良いよな」
ほうっ、と息を吐きながら言葉を落とす入場が目に入る。
女子組みのチョコを待ちくたびれたのかすこし眠そうだ。
「四方と粉原の関係性がいまいち良く分からんのだがな…」
樹堅もいまいち俺と四方のやり取りがしっくり来ていないようだ。
無理も無いとは思う。俺は四方が苦手だが、その気持ちとは裏腹にこいつは俺にやたらと構う。
「俺が入るより先に居たしなぁ。その頃から既にこんな感じだぜ?この二人」
最近ではもう諦めの境地に達しつつあるので、逃げもせずに話しに応じているわけだが…。
どうやらそれが仲の良いように見えるらしい。迷惑な話だ、全く。
「……………………(彼はかなり初期の頃から居るメンバー)」
「うん。粉原は瞳を除けば一番最初に裏側に来たメンバーだからね」
そういえばそうだったか。初めてコイツに会ったときは良く分からない奴だと思った。
いや、今でも底がいまいち量れない奴であるのは確かなのだが。
「俺が入る前に居たメンバーは…朱点だけだったか?」
とはいえ、奴は表側のメンバーだからカウントに入れるていいのかは微妙だが。
「うえっ!?あいつそんな前から居るメンバーなのか?」
入場が驚いた様に声をあげる。こいつは朱点と仲が良かったはずだし、純粋に意外だったのかもしれない。
当初は今の様に施設を強襲するような活動は行ってなかったな。
戦いたくて仕方なかった俺を朱点が抑えていた記憶が蘇る。
「一番最初に誘ったメンバーだからね。私達の活動を考えると、どうやっても朱点のような男が最初に必要だったんだ」
確かに奴の見た目によらない管理能力や、子どもに好かれるところは俺たちの活動には必要不可欠だしな。
最初に誘ったのも頷ける、が。あんまり朱点と四方の組み合わせってのも想像できないよな。
「最初は…四方と罪木だけだったんだよな…」
樹堅の言葉でふと気付く。たしかに、俺や朱点が入る前はこいつら二人だけだったんだよな…
その頃の二人は今ではあまり想像できない。こいつらの周りにはいつだって人がいるイメージが強いからな。
「ああ。その頃はこんな組織を作る事になるとは思ってなかったけどね」
「……………………(最初に比べれば随分と賑やかになった)」
んー、と口の下に人差し指をあてて何かを考えている。
不意に見せられた女の子らしい仕草に目を奪われる。こいつも女子なんだよな…
…はっ!?俺は何を考えているんだっ!?さっきの夫婦がどうとか言う話に意識を持っていかれたな、KOOLになれ!
「そろそろ追加メンバーが欲しい頃合かな?」
そしてこいつはこいつでまた聞き逃せない事を…。
唯でさえ濃い面子なのに、こいつに勧誘をさせたらますますカオスになりかねん。
「おいおい。これ以上変な奴増やされたら堪らねぇぞ」
「変な奴かどうかはともかく、どんなメンバー増やす気なんだ?」
割と気になっていた事を入場が代わりに聞いてくれた。
新しいメンバーが入るにしたって先にどんな奴か聞いておけばダメージも少ない。
「………メイドかな」
「「「「…………は?」」」」
前言撤回。先に聞いた方がダメージでかかったわ、これ。
よりによってメイドって…。この組織を何だと思っているんだこいつは。
「おいおい。繚乱の子でも拉致してくる気か?」
メイドといえば繚乱女学院が思い浮かぶ。
まさかこいつ、既に誰かに当たりをつけて拉致ってくる算段を立てているんじゃ…
「くくっ。冗談だよ、今はね」
ただ、そんな予感がしてるんだよ、と笑う。
冗談じゃないぞ、こいつの予感って言葉は予知と言い換えても良いほどの精度を誇るというのに。
「………予感、ねぇ…」
不安にしかならない発言だった。
一ヶ月後にはこの場にメイドが佇んでいる、そんな幻視をしてから頭を振って妄想を取り払う。
「…お。あっちの料理組も終わったみたいだな」
樹堅が視線を台所に向けて呟いた。
同調すると向こうから手にトレイを乗せた女子組が来ているのが見えた。
「思ったよりも時間掛かったみたいだね。…芙由子だけに任せたのは酷だったかな?」
心配そうな顔で覗き込んできる。
肝心の吉永は憔悴した顔で近づいてくると、四方の頭に軽くチョップを食らわせながら
「ほんっとにその通りよ。こうなるの分かってて私に任せる辺り性根が腐ってるわ、あんた!」
と吐き捨てる。本気で怒ってる訳では無いのは見てれば分かる。
富士見の世話をするのだって嫌いでは無いのだろうな、こいつは。
「別に確信があった訳じゃないよ。…嫌な予感がしたのは確かだけど」
「嫌な予感がしたなら口に出しなさいよ。割とマジで」
同意だ。良く当たる勘なら事前に知らせておいて欲しい。
そうすりゃもうちょっとうまく立ち回れるっていうのに。
「……………………(秘密主義は基本ですから)」
そんなに秘密にしているつもりも無いんだけどねぇ、と言うがそんな訳あるか。
吉永の更に後ろのほうから富士見がにこにこと歩いてくる。
「色々あったけど、なんとか完成したの!」
元気良く、びしっと腕を上げながら声を上げる。
そんな能天気な様子を、隣に居た吉永が睨みつける。
「焔ぁ…あんた後で覚えときなさいよ…?」バリバリ
「ひぃ!ごめんなさいなの!」
…女ってあんなに恐い目が出来るんだな。
さしもの俺もさすがに今の目つきとドスの聞いた声には身が震えた。
「四方さんっ!私のも出来ましたっ!」
江向か…。どうも俺はアイツには嫌われてるみたいだから、口は挟まない方が良いだろうな。
確かにあいつの覚悟の足りないところは見ててイライラする事もあるんだが…
「へぇ、うまく出来たかい?」
だからと言って、あんなに嬉しそうに四方に笑いかける江向に水を差すのも空気が読めてないだろう。
それでもなくても今日はお祭りみたいなもんだしな。
「はいっ!四方さんの分もありますから、後で食べてくださいね」
だから、ちょいちょい向けられる敵意の視線も今日はスルーだ。
しっかし、そこまで嫌われることをしたかね?覚えが無い…
「有難く頂くよ。焔と芙由子もうまく出来たかい?」
にこやかに笑いかけながら江向の頭を撫でる四方。
…なんだ、こっちに向けてくる意味深な目線は。うらやましくねぇからな?
「うん!自信作なの!」
服の袖をにわかに焦げさせながら自信満々に言ってのける。
こいつはこいつで変わらんな。仲間になったときからずっとこうだ。
「先に自分の分だけ作ってて良かったわ、ほんと」
最近では吉永とも仲が良いように見える。
何だかんだと世話を焼いているようだが、さて…。
「くっくっくっ、次の機会があるなら対策を考えておくさ」
ま、そこらへんの人間関係は俺の知った事じゃない。
せいぜい四方に頑張ってもらうさ。俺は俺のやりたいようにするとしよう。
~~~side 焔~~~
「ふん…。何でチョコ一つ渡されるのにここまで疲れなければいけないんだ、全く」
粉原クンがグチグチ言ってるけど、今更言っても仕方ないの。
というか、実は楽しんでる事なんてバレバレなの。
「一つでは無さそうだけどな。それに、満更でも無い顔してるぜ、粉原」ニヤニヤ
周りの男の子達も良く分かってるの!
粉原クンもいい加減私達に馴染んでくれても良いと思うんだけどなぁ。
「粉原の脳内に検索かけたら、一番楽しみなのはやっぱり罪木のチョ「だからやめろ!!」
樹堅クンが眼鏡を光らせながらニヤリと笑う。
たぶんあれ、能力使ってないのね。わざわざ読まなくても見てれば分かるの。
粉原クンも、瞳ちゃんに接するときくらい優しくなってくれればモテモテになれるの。
「はいはい、そこまでしときなよ、男子諸君」
見かねた様子で割り込んできた視歩ちゃんが手をパンパンと叩く。
粉原クンが露骨にほっとした顔をしている。顔に出やすいなぁ、なの。
「そうそう、せっかくのバレンタインなんだし大人しく受け取りなさい」
同調する芙由子さん。仕切り役をやらせるとしっくり来るよね。
お鍋とか一緒にしたら、鍋奉行に進んでなってくれそうだ。
あ、皆で鍋っていうのも楽しそうなの!次の計画は決まりなの!
「……………………(結構たくさんあるから、いっぱいたべてね)」
瞳ちゃんがニコニコと笑いかけている。
そういえば瞳ちゃんのチョコが一番多かった気がするの。
「えと…焔ちゃん、そろそろ渡してあげて?」
最後に香ちゃんが私の背中を押す。
よし、と気合を入れてトレイに乗せられたチョコたちを見る。
「はーい、なの!…それじゃあ、改めて。男子の諸君に日頃の感謝を込めて!」
「「「「「ハッピーバレンタイン!!」」」」」
最終更新:2014年08月15日 18:37