ウゾウゾと蠢く『ウィッカーマン』の間を『土の騎士』が飛ぶ。
アーノルド=ストリンガーを抱えて、重厚な鎧を纏っているにも拘らず軽快に跳躍する。
「この、離せ!!離せこの野郎!!」
米俵の如く担がれているアーノルド=ストリンガーは必死に抵抗する。
時に殴り、時に蹴り。そして『雷尖の槍』を突き付けてもその鎧を傷つける事すらできない。
「『クランの猛犬』!!」
ここで、アーノルドは紫電の鎧を纏う。
クランの猛犬。
ケルトの英雄クーフーリンは戦いの際に怪物的な形相へと変貌した。
この事をアーノルドは「雷に対する畏怖の顕れ」と解釈、身体能力の上昇。雷の鎧に触れた相手に対するダメージ。相手に漠然とした恐怖心を与える事が出来る。
しかし雷のダメージも、恐怖心も。
『土の騎士』には通用しなかった。
「(この土の鎧……!!雷は効かない。怖がっている様子も無い。なら、力ずくで!!)」」
アーノルドは純粋な力勝負で『土の騎士』の拘束を振りほどこうとした。
雷の鎧に包まれた腕と土の鎧で覆われた腕。
二つの腕からは力勝負で生まれる軋んだ音が、アーノルドからは力を発するための叫びが響き渡る。
「は、なせ!!このやろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして、林の前で拘束は解かれた。
「え?」
しかし、それは力勝負でアーノルドが勝ったからでは無く『土の騎士』が拘束する必要が無くなったためだ。
いま、『土の騎士』はアーノルドを片手で掴み上げている。
そして片足を大きく振り上げ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
ぶん投げる。
大きな叫び声をあげながらアーノルドは林へと突っ込んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんな『土の騎士』を追うことが出来たのは
マティルダ=エアルドレッドだけだった。
マチは『螺旋の腕』のジェット噴射で『ウィッカーマン』の届かない位置を低空飛行して、追いかける。
マチを捕えようとする『ウィッカーマン』も。潰そうと飛び上がる『ウィッカーマン』も。
全て風の槍で粉砕し、突き進んでくる。
暴風は粉々になった木屑を更に粉砕し。その担い手は真っ直ぐ突き進んでいる。
今のマティルダ=エアルドレッドに、弱弱しさは無い。
「また、攫われる。……もう、オズ君に時みたいなのは御免だ!!」
決意と共にマチは風を纏い追いかける。
そして、マチは林の前で歩みを止める。
目の前には仲間を手中に抱えていない『土の騎士』が目の前に立ちはだかっていた。
互いが交わす言葉は無かった。
マティルダ=エアルドレッドは右腕の槍を。
『土の騎士』は剥き出しになりつつある右腕を。
大地から飛び出した杭と呼ぶには太すぎる尖塔と、風で出来た螺旋の槍が火花を散らした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴィクトリアとハーティ、そしてジャックは『ウィッカーマン』の進行を妨げていた。
『土の騎士』がアーノルドを攫い、林に入っていった瞬間、百体もの『ウィッカーマン』もまた林に向かって行った。
その『ウィッカーマン』の侵攻を止める為、『魔法の船』で迂回して一斉攻撃を行う。
『幻影の王』を主砲として薙ぎ払い、その猛攻を掻い潜ってくる『ウィッカーマン』をハーティの拷問術式で拘束する。ジャックはハーティのサポートに回っていた。
「おい、こいつ等どうなっているんだよ。壊しても壊しても再生しやがるときた。」
「『ウィッカーマン』とか言いましたね。ヴィクトリア、何か分かる?」
「そんなのあたしは知らないっすよ。アタシの専門は北欧神話なんスから。でもまぁ……。」
ヴィクトリアは王に命じる。
王はその手に担う剣を変える。
細身の剣から、燃え盛る枝の様な剣に。
北欧神話で『神々の黄昏』たる滅亡の一端となる『枝』。
『レーヴァティン』へと。
「今私たちは、私たちのできる事をすればいいんス!!」
そして『幻影の王』は炎で薙ぎ払う。
拘束された『ウィッカーマン』も。迫り来る『ウィッカーマン』も。
炎を纏う『枝』の前ではただの薪同然でしかなかった。
「……まぁ、そうだな。」
「たまにあの単純さが羨ましくなるわ。」
そう呟きながらブレッティンガム兄妹もまた専念する。
今自分が出来る事を遂行するために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの野郎、人を野球ボールか何かのように投げやがっ……」
アーノルドは『土の騎士』に投げられた後、器用に空中で三回転しながら着地した。
そして悪態をつきながら立ち上がろうと目の前を見て、言葉を失くした。
長い、一纏めの金髪を風になびかせた男。
その手には5つの穂先を持った黄金の槍があった。
黒いジャケットの中には真鍮色に輝く太陽が刺繍された深紅のマフラーが映えていた。
「エド……!!」
「…久しぶり、だね。アーノルド。貴方とはこんな形で会いたくなかった。今は槍を置いてほしい。刃を交えに来たんじゃないんだ。」
そう言って、エドは自らの霊装『閃天の五槍(ブリューナク)』を大地に突き刺す。
その様子を見たアーノルドも、『雷尖の槍(ガエ・ボルグ)』を大地に突き刺した。
「昔みたいに『義兄さん』って呼んでくれねぇのかよ?」
「呼ぶ理由は無いだろう。」
エドは少しだけ視線をずらした。
まるで負い目でもあるかのように。
自身に甘さを捨てろと言っているかのように。
「エド、質問があるんだ。応えて欲しい。お前は今どこで何をしているんだ。」
「
イルミナティと言う魔術結社で幹部をしている。役割は“補充”と“殲滅”だ。」
エドワードは淡々と事実を告げる。
エドワードの返答にアーノルドは冷や汗をかく。
イルミナティと言えば自分たちにとって討伐対象の魔術結社だからだ。
「今度はこっちの番だ。アーノルド。アンタは知っているのか?」
「……………?」
「アリシア=ハントがどうして死んだか、だ。」
「!!」
アリシア=ハント。
エドワード=ハントの実姉であり、アーノルド=ストリンガーの婚約者でもあった女性。
そして魔術結社≪暗闇を照らす太陽≫の首領でもあった女性でもある。
彼女はもういない人間だ。
三年前、イギリス清教から任務を受けた際、彼女は自身の魔術結社と共に命を散らしていったからだ。
ただ一人の団員、≪暗闇を照らす太陽≫の副首領、エドワード=ハントを遺して。
「捨て駒、だったんだ。」
「……え?」
「≪暗闇を照らす太陽≫はイギリス清教の上層部一部にとっては邪魔だったらしい。だから奴らは僕らを雇って、『捨て駒』として扱う事で壊滅させたんだ。」
「嘘、だろ?」
「………………。」
「嘘だって、そう言ってくれよエド!!」
「嘘じゃない。これが現実、正しい過去だ。」
エドワードは感情の無い貌で、感情を殺した声で。
自分の姉の死因を。彼女の婚約者の前で告げた。
それを聞いた婚約者は、膝をつく。
顔は呆然として、全身から力が抜け、筋肉が弛緩していく。
信じることが出来なかった。信じたくすら、なかった。
まるで自分の愛した人が『無価値』だと、そう告げられたかのようだった。
「アーノルド=ストリンガー。イルミナティに来ないか?」
自分の義弟となるはずだった男から予想外の勧誘を受けた。
「どうして俺なんか、勧誘するんだよ。」
「悔しくないのか?自分の愛する人を殺されて。自分の属する組織に、愛する人は『無価値』だと扱われた挙句、殺された。
――――――――――――その相手に、復讐したいという思いは抱かないのか?」
エドワードは言いながら、膝をついているアーノルドの場所まで歩み寄る。
アーノルドが膝をついたまま顔を上げると、そこには殺された婚約者の弟が、手を差し伸べていた。
「僕は≪暗闇を照らす太陽≫が正しかったことを証明するためにイルミナティにいる。その証明の為にこの世界を変えてみせる。
さぁ、来るんだ。そしてともに実現しよう。姉さんが、貴方の婚約者が。アリシア=ハントが抱いた想いが正しかったことを。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
滾る様な雄叫びは年端もいかない少女のモノ。
亡霊の如き声にならない雄叫びは騎士のモノ。
二人は自身の武器を存分に活用し、持てる全てを持って激突し合っていた。
マチはその軽快さと、培ってきた経験と直感を活かし、九つの穂先を向ける。
『土の騎士』は堅牢な鎧と冷静さを通り越した無感情な心を持って、重厚な打撃を放つ。
時にドッグファイトを繰り広げ。時に互いの拳で撃ち合い。時に距離をとり、風と土の魔術で攻防を広げる。吹き荒れる風は土の壁を防ぎ。突き上げる土の尖塔は軽快な風をジェット噴射の要領で扱う事で躱していく。
この戦いにおいて有利なのはマチだ。
マチの軽快な動きは重厚な鎧を纏った『土の騎士』の動作を遥かに上回り、大地から血を吸わんと顕現する尖塔の攻撃を難なく躱せる。とろ過ぎるのも良い所だ。
一撃。二撃。三撃。繰り返すうちにマチのペースとなり、『土の騎士』は防戦一方となっていく。
「――――――――――――――――――!!」
素早く動く相手には面制圧で迫るべきだと考えたのか、自身を囲むように土の尖塔、巨壁を展開する。
その数八つ。代わりに肉体に纏わりついていた鎧は剥がれ、今や大地で出来た防具が覆うのは『土の騎士』の頭部のみ。
しかし、マチはそれを躱した。
自身の足元から迫る尖塔、巨壁。それらが迫る速度よりも速く。
彼女は上へ飛んだ。
そして、急降下する。そう高くは無い空で堕ちる。槍を兜のみとなった騎士に向けて。
そしてそれを見た『土の騎士』は括目する。
そして『土の騎士』を見たマチは括目する。
兜が少しずつ、頭部から剥離していくのを。
そして、剥離しきらない内に、マチと『土の騎士』の間に大地が舞い。
完全に大地の兜が剥離した時、一つの巨大な尖塔となって槍に牙を向けるのを。
最終更新:2014年08月17日 23:34