アーノルドは差し伸べられた手を、改めて見る。
その手の持ち主は、自身の掛け替えの無い家族となるはずだった男の物。
エドワード=ハント
自身の恋人、アリシア=ハントの弟。自分の義弟となるはずだった男。
天涯孤独の身である自分に、やっとできようとしていた家族。
エドワードは今、姉の遺志を叶える為にイルミナティで活動し、この世界を変えると言っている。

そんなエドワードに、アーノルドは。




手を取ることなく、逆にその顔に拳を叩きつけた。

「……どういうつもりだ?」
「その台詞、そっくりそのまま返してやる!!」

拳を叩きつけられて尚、アーノルドを真正面から見るエドワード。その眼差しに、真っ向から眼差しを持って返す。

「お前は言ったな。『≪暗闇を照らす太陽≫が正しいことを証明するためにイルミナティにいる』と。」
「ああ、確かに言ったよ。」
「それは間違っている。」

アーノルドは何一つ偽ることなく、真っ向からその矛盾を追及する。
真正面から、その間違いを理想論者に突きつける。

「お前は、何をやっているんだよ。」
「なんだと?」
「お前は、≪暗闇を照らす太陽≫の正しさを証明するために、どれだけの事をして来たんだ!!『世界の役に立つ』という信条を、本当にイルミナティなんかで実行できているのかよ!!」

アーノルドは知っていた。
イルミナティという組織が自身の強欲に忠実な組織であることを。
その為ならば同士討ちや下剋上なんかも日常茶飯事だと云う事も。
そして、エドワードはイルミナティで殲滅の仕事を行っていると言っていた。

自身の強欲。
夢の残滓の正しさの証明の為に。
『今は亡き仲間たちの遺志を叶える』と言う耳触りのいい言葉を免罪符にして。

いくつの人間を犠牲にして来たのか?
それは解らないが、唯一つ、確かな事はあった。

「こんなことして、アリシアは喜ぶと思っているか!!アイツが、誰かを食い潰すことを良しとする様な人間だったかよ!?そうじゃないって事はお前が一番よく解っているだろうが!!なら、何でだ!!」

彼女の姉は、こんなことを望んでなんかなかった。

「……当時の僕には、何もなかった。全てを失って途方に暮れている時に、イルミナティが手を差し伸べた。」

アーノルドに矛盾を追及されたエドワードは、微かにその眼を鈍らせる。
しかし、それでも彼は自分自身から逃げられなかった。突き付けられた現実から目を背けなかった。

「今の僕には、この方法で実行するしかないんだ!!一度歩んだからには、その歩みを止めるわけにはいかないんだ!!」
「そうか。それで、イルミナティに入って証明は出来たか。」

そう問いかけた瞬間、エドワードの表情は変わった。
神に祈る哀れな子羊の表情から、神の正しさを顕す為にある狂信者の表情へと。

「答えは一つ出たよ。そして強欲も満たされた。その為に今回の計画を立て、実行しているんだ。」


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


結論から言えば、マチは土の尖塔を躱せた。
そして、それ以上の攻撃を加えることが出来なかった。
なぜなら。

『土の騎士』は、オズウェル=ホーストンだったからだ。

以前のオズは、表情豊かだった。特にマチと関わっている時はそれが顕著になる。

マチと話している時は照れ臭そうなな表情をして。
マチと戦っている時は楽しそうな表情をして。
指が触れそうなくらいの位置にマチが近づいた特は恥ずかしさで狼狽した表情を浮かべていた。

しかし、今のオズには表情が“無い”。
虚ろな藍色の眼には何の感情も無かった。

「オズ君……?」

マチが呼びかける。かつての戦友の名を。
返事は無かった。
代わりに、ズンッ!!という音を立てて、オズの右隣に岩の柱が出現し、岩肌の表面が剥離してゆく。
そこから出てきたのは柄も、鍔も無い刀。

鬼島が使っていた霊装『童子切安綱』。

今となってはただの日本刀としか使えない代物であったが、それでもその切れ味は対人戦に使うならば十分な物であった。
オズウェルが茎(なかご)を掴む。いくつもあった土の尖塔が崩壊し、同時にその身体が大地の鎧に包まれていく。

「オズ君!!私だよ、マチだよ、マティルダ=エアルドレッドだよ!!生きていたの!!?なんでそっち側にいるの!!??

…………………お願いだから何か言ってよ!!!!!」

遂にマチの呼び声に応える事は無く、完全に『土の騎士』となったオズウェルはただ突貫していく。
目の前の相手を斬り伏せるために、鎧を纏い刀を振るう。
虚ろな表情を分厚い土の兜で隠して。


◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「答え、だと?」

そう、敵意のみを向けながらアーノルドは問いかけた。

「そうだよ。ずっとイルミナティにいて解った答えだ。

―――――――――――――――――――――――――人間は、誰かを食い潰すことしかできない。」

エドが語った答えとは、自身の護りたかったこと全てを否定するかのような物だった。

「誰かを蹴落としたい、踏みにじりたい。常に誰かより上の立場にいたい。それが人間だ。どうしようもなく悲しくて醜い存在だ。
魔術師になろうが、超能力者になろうがその根幹は変わらない。結局は強い人間が弱い人間を食い潰す。
そんな人間が『世界の役に立つ』何て生き方出来るはずがない。」

それでも、語る。エドワード=ハントは語り続ける。

「姉さんは、『誰かの役に立ちたい。誰かを救いたい。目の前の小さいけれど、ささやかな存在を護りたい。』と常々言っていた。
彼女は自分の過去と決別するために、そんなことを思いついて≪暗闇を照らす太陽≫を設立した。
けど、結局は食い潰されてその存在を否定されてしまったよ。」

自身の考えを一通り、簡潔に語った後。アーノルドの顔を見据えて結論を語る。







「≪暗闇を照らす太陽≫の抱いた願いはこの世界で実現しない。この世界では間違いだって証明された。」

そう、無感情な声でアーノルドに告げた。

「なら、お前はアイツの願いは馬鹿げていたって・・・」
「そんな訳ないだろう!!」

アーノルドが言い終わる前に、まるで爆発した太陽の如くエドワードは激昂した。

「そう理解してしまった瞬間、この世全てを恨んだ!!救いなんてないのだと思い知った!!
あれほど誰かの幸福を願い、名前すら知らないような人間を救ったあの人に与えられた報酬があんな無惨な死だったのだから!!」

だから、逆転の発想をしたんだ!!
この世界で『世界の役に立つ』という生き方が出来ないのなら、世界そのものを変えればいいのだと!!」

怒りの感情で心身ともに身を焦がしているエドはアーノルドに訴えかける。

「エド。お前は・・・」

アーノルドがエドワードに語りかけようとしたその時。
背後で衝撃が起きた。

アーノルドは振り向く。その正体は吹き飛ばされたマチだった。
そして森の木々が薙ぎ倒され出来た道を『土の騎士』が駆ける。
駆け抜けた『土の騎士』はアーノルドにもマチにも興味を抱かず、エドの前に護衛の様に降り立つ。

アーノルドは戦いでダメージを受けたマチを庇う為に、マチを背に隠す。
その時、アーノルドはマチの状態を見る
マチの表情は教会にいた時よりも同様と焦躁で満ちていた。



アーノルド=ストリンガー。お前は僕が間違っていると思うか?」

いつの間にか『閃天の五槍(ブリューナク)』を持って、エドワードは尋ねる。
先程の怒り様がまるで嘘みたいに冷静だった。

「ああ、間違っている。」

エドの問い掛けをアーノルドは一瞬の迷いも無く断言した。
その手に『雷尖の槍(ガエ・ボルグ)』が握りながら。

「そうか。なら仕方ない。お前を仲間に入れるのは無しだ。………ああ、最後にもう一つ。

アーノルド=ストリンガー。貴方は……。」

エドが何かアーノルドに問いかけようとする。

その時の表情を見たアーノルドはどこか切なく、まるで昔を思い出すかのように懐かしさで心が満たされた。

だが、それも一瞬ですぐに変わり果てた自分の知らない義弟の表情になった。

「いや、やめよう。この質問の答えをお前の最期の言葉にしてやろう。」
「やれるもんならやってみやがれ。」

一片の慈悲も感じさせないエドワードの死刑宣告に、アーノルドはそれ相応の殺意を持って応える。
この元義兄弟に明るい未来は存在しない。
あるのは己の正しさと存在を槍で証明すべく血に塗れ果てる未来だった。

「さらばだ、アーノルド=ストリンガー。次にあった時は敵同士だ。」

そう宣言した後、『土の騎士』は掌を地に着ける。
直後、隆起した岩盤が二人を包み込み、そのまま地中へと消えていった。

そしてその光景をアーノルド=ストリンガーは険しい顔で。
マティルダ=エアルドレッドは物言わぬ傀儡に成果てた戦友の名を呟きながら見つめていた。

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最終更新:2014年08月26日 01:21