色とりどりの華やかなライトが店内を鮮やかに染めているが、ここが僕達の本拠地となるアジトの表向きの姿か。
「お客様3名入りま~す。VIPルームへご案内して~」
この店を取り仕切る店長の野太い声と共に従業員が僕達を先導する。普通の人間なら彼女達の奇抜な姿に顔を顰めるかもしれないが、僕にとっては感情を動かす漣にすらなり得ない。
「ここがあたし達のアジトになるわけ?・・・いえ、なるんでしょうか?」
「そうだ。薊蘭。何か問題でも?」
「アジトにしては目立ち過ぎるんじゃないかと思っただけです」
「僕も最初は同じ意見だったが、これはこれでよい隠れ蓑になる。ここで働く従業員も一応『闇』に生きるはしくれ達だ。そう簡単に露呈する真似は犯さない」
「あいつらも?お、おおうぅ・・・」
多少破損した駆動鎧を白衣に身を包む老人を中心とした整備班に預けた薊蘭がVIPルームに入った途端顔を顰めながら僕に質問してくる。
どうやら店の従業員と自分が同じ立場にいると考えてゲンナリしてるようだ。僕にとっては全く気にも留めない事柄なのだがそこまで気になるものなのか。
今後の組織運営を鑑みると注意深く観察していかなければならない事柄かもしれない。部下の趣味趣向を把握する事も余り馬鹿にはできない要素だ。たとえそこに同情、共感、嫌悪、忌避が発生しなくとも。
「渡瀬・・・チーフでよろしかったでしょうか?」
「ああ。その呼び名で構わない。まだ組織の名前すら定まっていないが幹部以上は全員チーフという呼び名が付く事になっている。碓氷マチ。君も何か質問が?」
「質問ではありません。改めて御礼を申し上げたいと思った次第です。渡瀬チーフ。私を拾い上げて下さり本当にありがとうございました」
黒のスーツを纏い、サングラスで目元を隠す少女
碓氷マチが僕に向かって仰々しく頭を下げる。彼女は上層部の指示で僕が確保に向かった人間だ。
ある研究者の手足となって動く事を前提に脳まで改造された戦闘部隊。通称白鰐部隊の元メンバーの彼女の戦闘能力を見込んだ上層部の判断が僕を確保に向かわせた。
その時のやり取りを詳細に語る気は無いが、何故か碓氷は僕の説得に感銘を受けたらしく一通りの説得の後あっさり勧誘に乗った。
僕の事前の予想ではもっと難航する勧誘の筈だったのだが、一般人の目線では拍子抜けという言葉が相応しい程に事が運んだ。
別に事が上手く運ぶ事を気に入らないというわけでは無い。順調という過程は裏返った時のリスクに気付きにくいという事を肝に銘じる必要があるというだけだ。
「君が喜んでいるのならそれでいいし恩義を感じるなとも言わない。その分君には持ち得る限りの力でもって働いてもらう事になる」
「わかっています。この命、渡瀬チーフのために燃え尽きさせる所存です」
「僕のために働いてくれるのはありがたいが、あくまで僕は組織における幹部の域を超える事は無い。組織のため、あるいはトップリーダーのために。この優先順位は間違えないでくれ」
「・・・・・・・・・」
無言か。さっきまでとは打って変わって無表情になったが無反応では無いな。これは少々危うい傾向かもしれない。
個人の信望対象を強制させる事まではしないが、せめて任務で動く際の優先事項は遵守してもらわなければ組織として成り立たない。
それが『闇』の世界で様々な危険人物を相手取る暗部組織の一員なら尚更だ。
「そういえば、そのトップリーダーはまだ到着しないの?あいつがここへ来てから顔合わせするんでしょ・・・するんでしょうか?」
「ここへ来る前に連絡があった。アジトの殲滅に成功してこの店へ向かってるようだが、少し遅れるそうだ」
「渡瀬チーフを待たせるなんて、余程そのトップリーダーは偉いってのか?ったく、『刺客人』か何だか知らねぇが遅刻厳禁はどの世界でも常識だろうが」
「何こいつ?同じ上司でもあいつと渡瀬チーフとじゃ全然態度が違うんだけど?」
碓氷の態度が豹変した事に薊が再び顔を顰める。上層部から聞いた話では、白鰐部隊のメンバーは画一的な能力を発現させるために身体や精神を切り刻まれたそうだ。
碓氷の豹変振りもその影響が色濃い可能性が高い。これもまた要注意すべき事項か。これまで幾度か暗部を渡り歩いてきたが結局僕がやる事は何も変わらないというわけだ。
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数十分後VIPルームのドアが勢い良く開いた。
「悪い。遅くなった。アジトを殲滅してさあ合流しようと思ったら丁度キャンディーが切れちまってよ。わざわざ学区を越えていきつけの店に行って買ってきたぜ」
そこに立っていたのは僕達が新しく所属する事になる暗部組織のトップリーダー
澤村慶。薊蘭を追っていた『闇』の組織を全滅させてきたのはいいが、
合流が遅れた理由がまさか『嗜好品のキャンディーを買いにいって遅れた』とは僕にも予想できなかった。趣味思考だけでなく嗜好品まで調べておくか。
「・・・・・・・・・」
「うわぁ不機嫌度MAXになってる!あんた!こっちがどれだけあんたを待ったと思ってんのよ!」
「だから悪いって言ってんだろ?別に命のやり取りしてる現場じゃねぇんだし。ほら、お裾分け。甘いもん食って機嫌直せ」
遅刻の詫びのつもりか澤村がキャンディーを薊や僕へ渡す。殻を破り咥える。甘い。悪くない。調査ついでに後でいきつけの店とやらを教えてもらおう。
碓氷は受け取らず、澤村が首を捻っている。これは先々が不安・・・という表現が正しいかどうか僕には断言できないが見通しが悪いのは確かか。碓氷の確保にも澤村を向かわせるべきだったか?
「しっかしよぉ、何でこんなオカマバーの地下が本拠地なわけ?さっきも店長らしきオカマに顔を思い切り近付けられて・・・」
『あなたが噂の「刺客人」ね?忠告しておくけど、あたしの事をオカマではなく男の娘と呼んだ日には三途の川を渡る羽目になるから気をつけてね』などと半ば脅迫されたと澤村は零す。
それは僕も言われた。薊も碓氷にも同様に忠告していた。薊や碓氷は懸命に顔を逸らしていたが僕からすれば一般的に大変失礼にあたる態度だと言わざるを得ない。
「あぁ。あんたもか。あいつが渡瀬チーフと同格の・・・はぁ」
「ちっ。あのオカマ野郎・・・くそっ、今度から表面上でも野郎って言っちまったら駄目なんだよな」
澤村に反抗的な態度を見せる薊や碓氷ですら澤村の愚痴に複雑な表情を浮かべている。彼女の忠告にも問題があったかもしれないが、これから彼女とも・・・・・・うん?
「澤村。一つ聞いていいか?」
「聞いていいかだって?いいぜ。何だよ」
「お前。あの店長の事、何も聞いていないのか?」
「何も聞いていないのかだって?あぁ。何も。あいつが何だってんだよ」
僕の予感は当たっていた。澤村。お前。あの時僕の横にいた男。澤村が言うところのオヤジから何も聞いていないのか?
「お前。今回新しく生まれる暗部組織について今に至るまで何も・・・何も知らされていないのか?」
「俺がトップに据えられるって事とその暗部が少々『特殊』だって事以外はオヤジから何も聞かされてねぇわ。そういや社会勉強してこいってオヤジ言ってたな」
「あんたマジで言ってんの!?あんた本当にトップリーダー!?」
「・・・それでトップリーダーをお務めになられるおつもりですか?『刺客人』」
「何で怒ってんだよ?事前に互いの素性を明かさずに顔合わせなんて『闇』の組織じゃよくある事だろ?普通に常識の範囲内だろ?」
確かによくある事だが、今回の暗部組織の『特殊性』は従来の常識に当て嵌めるのは難しい面がある。
あの男。何故澤村に肝心要の『特殊性』について説明していない?何か説明できないわけでもあるのか?
「もういい。澤村。行くぞ。この段階まで来れば、後は直に顔合わせした方が話は早い。時間も頃合いだ」
「そうだな。これでも俺、それなりに腹括ったつもりだぜ?ずっと一匹狼生活だったせいでチームを組むのはほんと初めてだからなんか緊張するわ。
俺も晴れて暗部組織のトップリーダーか・・・うん?何で『トップ』が付くんだ?普通に『リーダー』じゃ駄目なのか渡瀬?」
そこに気付く勘がありながら組織全体を俯瞰する視点に欠けている。これはちゃんとチームを組んで行動した事が無い澤村の欠点だな。
単独活動で身に付く度胸や技術もあるだろうが、当然身に付かないものもある。特に組織の頂点に立つ者として必要なものが。
そうか。だから事前に澤村へ説明が無かったのか。画面でのやり取りを見て推測していたが、あの男澤村を痛い目に合わせる気満々だな。何か恨みでもあるのか。僕達にも影響があるというのに。
「その答えはこの扉の先にある。トップリーダー澤村慶。さぁ」
VIPルームから出て数分後、店の地下にある本拠地へ足を踏み入れた僕達は司令室となる部屋の前まで来た。
僕はトップリーダーである澤村に道を開ける。薊や碓氷も僕に倣って退く。ここから先は誰にとっても未知の世界。
「・・・そんじゃお言葉に甘えて」
多少緊張の色を表情に浮かべる澤村が司令室の扉を開ける。ゆっくり歩む彼に僕や薊達も続く。さて今度の組織では何処までやれるだろうか。
まあやる事は変わらない。今までも。これからも。ずっと。ずっと。『だいたい死なないように行動する』。それだけだ。
最終更新:2015年04月17日 22:59