交渉人や仲介人としてそれなりに長く『闇』を渡って来たが、まさかオカマバーの地下を本拠地として活動する事になるとは少し前の俺には想像も付かなかっただろうな。
まぁ交渉人として活動する以上他組織との折衝の為にここを出る機会も結構あるだろう。件のチャイルドデバッカーとの交渉も奴等のアジトまで赴いたわけだし。

「川相よぉ。別にいいじゃねぇか。連中には顔も割れちまってんだし。俺が顔出しするのってそんなにいけなかったか?」

「何時か敵対するかもしれない組織相手であれば俺とディオンチーフのみでよかったと思いますが?あの時はいきなりお菓子の袋詰めを持たされあなたの為すがままに俺も動かされましたが、今後は気を付けてもらいたいものです」

しかし、あの交渉にオールトループチーフが出向く必然性は無かった。トップが顔出しするリスクを考えれば。
しかも連中には書庫(バンク)にアクセス権を持つ風紀委員もいる。その意味は『闇』で活動してる者にとって相当重い。
さすがに交渉時はそれぞれオールトループチーフ・【先駆部隊】チーフ・交渉人(ネゴシエイター)と呼び合ったが。この際忠告しておこう。

「大丈夫さ。書庫から俺の情報には辿り着けねぇよ。まず俺が能力開発を受けた時に発現した能力は最初にしてはそこそこ使えたんだわ。
その時は悪戯目的だったんだけど俺を開発した教師陣を暗示に掛けて唯の精神感応(テレパス)として書庫に登録させた。
その後は『闇』に入って自前で能力開発を行って来たからな。書庫に登録されてる俺のデータって8歳前後で止まっちまってんだろ。今とじゃ姿形も全然違ぇよ」

自脳開発(ブレイントリガー)・・・でしたか。学習装置(テスタメント)のような物と解釈すればよろしいので?」

「学習装置?何だそりゃ?」

「・・・俺も実物を見た事は数える程しかありませんが、学習装置とはある天才少女が開発に携わった脳に技術や情報を入力する装置の事です。
五感全てに電気信号を送り脳へ干渉する。短期間での能力開発に用いられる事もあるそうですがその分危険性は高いとも」

「ああ。確かにやべぇな。俺も最初は何度死ぬかと思ったぜ。今じゃもう俺なりの開発論を確立したけどあれはマジやべぇ」

学習装置を知らないとは『刺客人』でも知らない事があるんだな。それも当然と言えば当然か。それより・・・書庫の登録データを実質改竄しているのか。
これは当人の脳波さえ登録してある書庫を管理する人間にも食指を伸ばしていそうだな。この辺の思考回路は俺も好みだ。精神系能力者の特長は大いに活用すべきなのは言うまでもない。
もっとも、このトップリーダーは天才少女が携わった学習装置と同じ性能を能力でもって再現しているのだから俺よりも数段タチが悪い。

「栩内は学習装置を見た事あんの?」

「いえ。私は一度も。それについての知識も澤村オールトループチーフと同じ立場です」

「ふ~ん。能力開発とかどうしてんの?」

「個人情報に関わる事なので黙秘します」

「うおぉぉ。また黙秘か。まっ別にいいけどよ」

今この司令室には俺と【中核部隊】のメンバー栩内、そしてオールトループチーフの3人しかいない。他の面々は各々に課せられた仕事をこなしている最中だ。
俺の部隊のトップである御山チーフはこれから顔合わせとなる下部組織の主要構成員をここへ先導しているだろうが。
今頃オカマだの男の娘だのについての忠告(脅し)をしている頃か。あれは俺も正直キツかった。能力柄他人との接触を拒まない俺が拒否反応を示したくらいだからな。

「私が任務における澤村オールトループチーフの命令に違反する事はないでしょうし貴方の過去を詮索する事も無いでしょう。代わりに貴方が私の過去を詮索する事を私は拒みます。
私と貴方は永遠に他人です。他人というのは、分かり合えない、と言う事です。いいですか?踏み込まないでください」

「うおおぉぉ。上司相手にキッパリ言い切りやがったよ。どう思うよ川相?」

「俺があなたの単独行動を全く理解できないのと似たような感覚じゃないですかね?いいじゃないですか。友情や信頼なんかより利害や命令で動く。『闇』らしくてすごく居心地がいいですよ」

栩内の思考は俺と共通する部分が多い。俺にすれば信頼や友情程脆く崩れやすいものは無い。一方利害や算段で動く関係は先読みしやすくて実に都合が良い。

「ふ~ん。『闇』らしいっちゃらしいわな。嫌いじゃないぜそういう考え方」

「不服ですか?オールトループチーフ程の『闇』滞在暦が長い人の反応として俺は意外なんですが」

「単に俺は利害で動く気持ちも信頼関係を築く気持ちもどっちも嫌いじゃ無いってだけの話。ダブルスタンダード上等。イェイ」

笑顔でVサインを見せ付けられても反応に困る。栩内も笑顔の中に呆れが混じっているじゃないか。こんな人間が暗部のトップで本当に大丈夫なのか?

「ああ。そうだ。川相」

「何ですか?」

「杏鷲の事を余り子供扱いしてんじゃねぇぞ?あいつちゃんとお前が自分の事を子供扱いして軽んじてる事見抜いてるぜ?
交渉人を名乗るならガキンチョの扱いに手を抜くんじゃねぇよ。あれくらいの年頃は利害や算段だけじゃ思うように実力を発揮できねぇ。
はぁ。あいつ等の説教マジ容赦なかったな。くそぅ、好き放題言いやがって。マジで保護者みたく俺の心ズバズバ抉りやがったわあの姉妹」

「うっ・・・」

そんな俺の本音が伝わったのかその意趣返しが来た。まだまだ『闇』を知らない幼い子供だと本音では思っていたがまさか見抜かれていたとは。
表面上はしっかり対応していたつもりだったんだが。下手を打てば【後駆部隊】の調和を乱す事態にまで発展しかねない。
そうなれば御山チーフのオシオキが待っている!それだけは何としてでも回避しなくてはならない。

「栩内。同じ女なんだし休日とかでいいからさ、あの姉妹の買い物に付き合ってやってくれよ。何か色々買いたいもんもあるんだと。それともお前の私物を貸してくれるか?」

「いえ。それなら買い物に付き合う方が良いです。了解しました」

「あっ。それといつかお前の家に寄らせてもらうわ。なんかお前の私生活に興味が出てきた」

「丁重にお断り致します」

「断ってみろよ。任務外のプライベートだから実力で俺を排除していいぜ?ああ。お前を操作したりしねぇから安心しろ。
お前等を操って俺が得する事があったとしても『意味』が無くなっちゃ本末転倒なんでな。相棒には俺から伝えておく」

「・・・・・・悪戯好きのイジメっ子みたいですね澤村オールトループチーフ?了解しました。『刺客人』の技量とくと拝見させて頂きます」

「おぅ。よろしく。イェイ」

酷く冷たい笑みを顔に貼り付かせながら挑戦を受ける栩内にまたしてもVサインを送る我等がオールトループチーフ。ガキの悪戯じゃ済まない衝突になる・・・・・・のか?
さすがに栩内が自分の所属するトップを潰すような真似はしないと思うが、今の反応だと何処までやるか想像できない。
よりにもよって栩内が『トループ』へ所属する切欠が半ば内輪揉めで所属していた組織が崩壊した事件を経た事によるものだからな。
そもそも俺達が互いの素性を全て把握してはいないしまだまだ不明な点も多いのが実情だ。渡瀬チーフと相談して善後策を準備しておいた方がいいな。
本当にこのトップリーダーは突拍子も無い事をバンバンしでかすな。・・・こんな人間がトップに選ばれた意味か。実力以外の・・・人の上に立つ何らかの『資質』がこの先見えればいいが。





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10分後司令室の扉が開き、俺の上司である御山チーフと〔トルーパー〕の主要構成員・・・と何故か【先駆部隊】のエナスダが入室してきた。
そういえば〔トルーパー〕から戦闘員を招集するという話が持ち上がっていたな。という事は、エナスダはディオンチーフの代役か。栩内も渡瀬チーフの代役でここにいるしな。

「澤村君。そして皆。この子達が私達『トループ』の下部組織〔トルーパー〕の主要構成員3名よ。さぁて各人自己紹介を」

御山チーフが後方に立つ3人を促す。この辺で当人の性格が顕著になる。積極的なのか慎重派なのかその他諸々。

「オレは雨宮遊鈴(あめみや ゆうれい)!指示された仕事は何でもこなしていくぜ!一丁よろしくお願いしやす!」

紫のパーカーを着こなす高身長の女性・・・雨宮だったか。手元の資料を読む限りだと結構ざっくばらんな性格をしている人間のようだ。
エナスダを見やる。雨宮の素行を注視しているな。今までの経歴や能力を考えると雨宮は【先駆部隊】で活躍して欲しい人材だ。

駒取(こまどり)です。正式な名前は記憶にありません。が、それは任務遂行には全く支障を来たす要素ではありません。
暗部で生きる者としての心得は備えているつもりです。よろしくお願い致します」

駒取。この人形のような男は本来〔トルーパー〕に所属する予定では無かったのが上層部の口利きで主要構成員として加入した経歴がある。
資料ではチャイルドエラーとしてとある非人道的実験の被験者となりその末に処分されそうになった経験があるようだ。
実験で素養が開花した形跡も無い唯の無能力者にそこまでの価値があるとも思えないが、上層部は一体この男にどのような期待を掛けているのか甚だ疑問だ。
まあ一応後始末の腕というか証拠隠滅の精度は相当なものを持っているらしい。こいつは後掃除担当か。

太凰夜華箋(たおや かせん)です。前線に立つ事、後始末、後方支援、命令とあらば何でもやり遂げてみせます。この命『トループ』の・・・オールトループチーフの為に」

美しい文学少女を絵に描いたような姿。透き通るような長い艶髪。一見ではこのような印象を周囲に与えるこの女が実は一番の曲者であり厄介者。
本来幹部クラスでは御山チーフだけが主要構成員と顔合わせする予定だったのが急遽オールトループチーフも参加する事になった最大の原因が他でもないこの太凰夜の存在にあるからだ。

「大将!あんたがあの『刺客人』なんだな!?業界の一部じゃ『殺人衝動に狂う殺戮機械(サイボーグ)』なんて噂もあったけど、やっぱ生身の人間だよな。うん」

「マジかよ。そんな噂があんのか雨宮?」

「そうだぜ大将!勿論業界じゃ『刺客人』の名前の方が有名だけどな」

「どいつもこいつも狂う狂うって・・・クソが。今度その噂広めた奴見つけ出してとっちめてやろうかな」

「それもいいな。大将!オレお供するぜ!大将の戦い振りこの目で見てみたい!」

「おっ。そんじゃお供を任せよ・・・」

「はいはい。戯言はそれまで。澤村君。そうやってまた単独活動しようって腹でしょ?」

御山チーフの鋭い指摘にブー垂れるトップリーダーよ。あなたが今ここでやらなければならない事は他にあるでしょうが。
何のためにここにあなたを呼んだと思ってるんだ。所詮は下部組織の一員。主要構成員とはいえ上位組織として替えが利く存在である事に変わりはない。

「エナスダよぉ。俺ぁ勝手がまだよくわかってねぇ部分があるんだけど、他の暗部もこういう下部組織を持ってるのが普通なわけ?」

「普通かどうかは判断に迷うが下部組織を持っている所は多い。兵装の開発、物資や人材の輸送、証拠隠滅を含めた後始末など課される仕事は多種に分かれる。
当然それ等に割かれる人員は膨大だ。特に私達『トループ』は複数に分かれる部隊を束ねる形式故に。御山チーフ。金銭面の説明もこの際」

「そうね。いい澤村君?暗部によっては一学区分の警備員に与えられる活動資金が投入されるわ。それでもって最新兵器の開発などを推進していく。
あたし達の場合は数種類の部隊があるからその活動資金は数学区分の警備員に与えられる活動資金と同等にまで上っているわ。この前メンバーの配属を議論した時に一通り説明した筈だけど?」

「マジかよ。丁度その時は色々考え事してて聞き流しが多いわ」

「全く。困ったトップリーダーですこと」

この後改めて御山チーフを中心にエナスダ・栩内・俺からオールトループチーフに下部組織の役割を説明していった。本当に余計な手間だ。
これは下部組織との顔合わせだぞ?上位組織の、しかもその頂点に下部組織への知識が不足しているのが散見されるとは。示しが付かない。

「ふぅん。つまり〔トルーパー〕は『トループ』の手足みてぇなもんなんだな。後始末、各メンバーの部下として共に行動、物資・兵器補充の実働的部隊・・・か。多いねやる事が。大丈夫かよ雨宮?」

「大・丈・夫!もう慣れた。言っちまえばコバンザメのような生活だが案外悪くないと思うぜ大将。オレゴチャゴチャ考えるの苦手。アハッ」

「そうか。駒取。お前はどうだ?」

「異論を挟む余地など最初から存在しません。何時でも別の人間に挿げ替えられるこの世界で生き抜くには・・・上位者への忠誠は絶対です」

「そうかいそうかい。そりゃ殊勝なこった」

どうやら俺達の下部組織を纏める人間達は空気を読む事に長けているようだ。悪かったなこんなトップリーダーで。俺が逆の立場でもお前達と同じ行動を採っているよ。

「太凰夜」

低い声。漂う空気をピシっと張り詰めさせる低い低い声。先程までとはうって変わったオールトループチーフの声に意表を突かれる。それは他の面々も同様だったようで。

「な、何でしょうかオールトループチーフ?」

呼ばれた当の太凰夜が一番困惑している。・・・本題へ入ろうとしていると俺は予感する。

「単刀直入にいこうか。お前、今までに何度も仲間を自爆兵器にしてんだっけか?」

その予感は当たった。オールトループチーフがここにいる最大の目的。それは太凰夜華箋が持つ『癖』の確認だ。

「実力的にゃお前は『トループ』の正規所属員に選抜されてもおかしくない。それが下部組織に留まる最大の理由。
それが仲間を独断で人体爆破兵器に仕立て上げ、敵を討つために自爆させる事にあるんだよな。太凰夜。これは事実か?正直に答えろ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・事実です」

かなり間を置いたものの嘘を言っても仕方無い事を悟ったのか太凰夜はオールトループチーフの視線から逃れるように俯きながらも肯定する。
そう。この少女は追い詰められる等である一線を越えると残虐行為を実践する癖がある。それが自分と同じ立場以下に身を置く仲間を独断で人体爆破兵器とし、敵を撃滅させるため自爆させる事だ。
太凰夜にも罪悪感はあるかどうかは本人にしかわからない。わかっているのは忠誠を誓う組織のためと称して暗部に身を置いた頃よりずっと実践している事実のみ。
そしてこれは自分より立場の高い人間には適用されないデータがある。組織人として破綻している部分がある太凰夜の戦闘力を有効に使う手立てとして上層部が発案したと御山チーフは述べていた。
つまり俺達『トループ』の正規メンバー以上が太凰夜の自爆兵器の対象となることはなく、太凰夜がトループの正規メンバーになることは今後もありえないという構図だ。
今夜オールトループチーフが〔トルーパー〕との顔合わせに同席したのはこの構図が本当に正しいのかを見極めるため。

「そうかそうか。そんじゃ俺もお前の自爆兵器の餌食になるのも時間の問題かね」

「そんな事は!!決してそんな事はしません!!私は雨宮や駒取と同じく上位組織へ・・・『トループ』へ忠誠を誓っている身!!ましてその頂点に立つオールトループチーフをだなんて・・・!!」

「『闇』は友情や信頼なんかを平気で虚仮にするような世界だかんな。利害や算段、計略や裏切りが蔓延る【夜】の世界だ。そんな世界でずっと仲間を自爆兵器にして来たお前の言葉をどう俺に信じさせる?」

「そ、それは・・・」

へぇ。俺の言葉ちゃんと聞いてくれてたんだな。嫌いじゃないって言ってたし、他人を操作する精神系能力を持ってるし俺の言う事を理解できない程子供っぽくは無かったか。
後はどうやって確実を為すための枷を課すか。まあオールトループチーフの能力を考えるとこれ以上の問答は必要ないな。あの文学少女へ容易く枷を施せる・・・

「雨宮。お前が太凰夜なら俺にどう信じさせる?」

「へっ?オレが太凰夜の立場?
う、う~ん・・・・・・・・・う~ん・・・・・・・・・う~ん・・・・・・・・・」

「そ、そこまで顔真っ赤にして考え込まなくてもいいんだけどよ。お前、マジ深く考えるの苦手なのな」

何だ?ここで何故雨宮へ話を振る?一応雨宮と駒取は太凰夜の『癖』は既に知っているのはオールトループチーフも理解している。
二人共性格故か太凰夜と普通に接しているようだが、この機会を活用してそこを確かめるつもりなのか。

「・・・・・・あああぁぁ!!ゴチャゴチャ考えても埒があかねぇ!!こういう時は即行動に限る!!大将!!オレなら自分の行動で反逆の意図が無い事を示すぜ!!どうせ口で言っても信じてもらえねぇならこの先ずっと自分の行動で証明し続けるしかねぇだろ!!」

「・・・・・・ふっ。駒取。お前は?」

「雨宮と同意見です。オールトループチーフが能力を使って従えるのならともかく、太凰夜自身ができる事はそれくらいしかありません。上位者への反逆は即・・・己の死に繋がる事を肝に銘じて」

「だそうだ。太凰夜。お前。その覚悟はあるか?この俺へずっと証明し続けられるか?」

「はい!!この・・・この命に代えても!!」

「そっか。そんじゃその証明の第一歩は俺から踏み出してやるよ。能力は使わねぇと予め断っておくぜ?ほいっ」

「オールトループチーフ!!?」

俺はオールトループチーフの突拍子も無い行動に思わず素っ頓狂な声を挙げてしまった。事もあろうに上位組織の頂点があの太凰夜と握手するなんて。
しかも言葉通り能力を使った雰囲気も無い。太凰夜に少しでも邪な思惑があれば自爆兵器と化されてしまっている。網様一座には読心能力が無いのに何故?

「ど、どうして・・・私と握手を?」

「どうして私と握手をだって?お前こそ何言ってんの?お前が命を懸けて証明し続けるって言ったんじゃねぇか。部下の想いを汲み取るのが上司の役割だって最近読んだ文献にあったぜ?
それによ、これくらいの事で殺されるってんなら所詮俺はその程度の男だったってだけの話だ。俺を舐めんなよ太凰夜?お前に潰される程俺の『起源』はヤワじゃねぇ」

「・・・!!」

「オールトループチーフとして太凰夜華箋に厳命を下す。今後独断による仲間の人体爆破兵器化を絶対に行うな。
仮にこの厳命を破るような事があれば〔トルーパー〕を実質的に管轄する【後駆部隊】のトループチーフ御山明に対処させる。もしくは・・・俺が直々に手を下してやる。
そうならないように川相達が俺へ口うるさく説明した下部組織の役割や課せられた仕事を全うしていけ。これはその見返りのようなもんだ。有難く受け取っとけ」

「こ、この容器は?」

「『絨毯吹雪(カーペットパンク)』が入った携行缶。お前の能力乖歪絨毯(パンクエフェクター)の自由度を拡げるお前専用の武装だ。
人間ってのは追い詰められた時にその真価を発揮する生き物らしい。これでも使って『闇』の何処にでも転がってそうな窮地くらい乗り越えてみせろ。つまらねぇ仕事を俺にさせんなよ?」

「は、はい!!ありがとうございますオールトループチーフ!!」

「それじゃ顔合わせもこの辺で。雨宮。太凰夜。駒取。これからよろしく頼む。どんな目が出るかわからねぇ【夜】はまだまだ続く。
【夜】が拡げるでけぇ口に飲み込まれないよう俺等も頑張るから〔トルーパー〕の手綱しっかり握っといてくれ」

「「「了解」」」

最後は怒涛の流れだったと言わざるを得ないオールトループチーフの檄に応えた〔トルーパー〕の主要構成員達は足早に司令室を去って行った。
話を聞くとあの『絨毯吹雪』は歯を治療して遠阪姉妹と共に本拠地へ帰る途中、俺達の上に立つあのオヤジの使いなる者から手渡された武装らしい。
つまり、太凰夜に専用武装が支給される事はオールトループチーフのみ知らされていたという事(後から聞くと遠阪姉妹は携行缶の中身についてまでは知らされていなかった)。
別に強い不満を覚えているわけじゃないが、オールトループチーフとあのオヤジの関係はやはり付き合いが長い分俺達より深いのだろう。

「ねぇ澤村君。もしかしてわざわざあの娘の前で下部組織の説明を改めてさせたのってあぁいう展開になるのを見越しての事?」

「見越しての事かって?買い被りだっつーの。これでも結構一杯一杯。唯使えるもんがあるなら何でも使ってやろうと思っただけ。リーダーってやっぱしんどいわぁ」

実質的には太凰夜へ枷は施さなかったに等しい。俺が嫌う信頼でどうにかするつもりか。甘過ぎる。

「何か言いたそうだな川相?読心しなくてもわかるぜ。俺読心できないけど。まっ、今じゃ読心とかに拘る事も無くなったが」

「『アレ』で本当に良かったのですか?甘くありませんか?」

「良いんじゃねぇの。あいつ等も言ってたじゃねぇか。『俺等の指示に従う』とか『忠誠を誓う』とか。そこは利害や算段より信頼とかを前面に押し出した方が却って上手くいく時がある。
それにお前も精神系能力者ならわかんだろ。あの太凰夜って奴は利害とか算段とかでどうにかなるようなタマじゃ無ぇって事くらい」

「ならあなたの網様一座で枷を嵌めればいいのでは?」

「それって俺に得があっても『意味』が無いんだよ。お前等を俺の能力で操らないのと似たような『意味』さ。はぁ。これだから精神系能力者がトップを務めるのって余計にしんどいんだよなぁ」

オールトループチーフが言わんとしたい事はおぼろげながらも理解できる。的外れでは決して無いのだろう。
しかし、それを正解と断じる事も俺にはできない。先程の会話にもあったようにそれを正解にするためには太凰夜自身の行動如何に懸かっている。

「つーかさ。俺はお前の言うような利害や算段だって無視しちゃいねぇよ。何で俺が太凰夜に自爆兵器化の全面禁止を命じなかったと思ってんだ?これでもお前の忠告を汲んでんだぜ俺ぁ」

「はい?あなたは先程命じられたではありませんか?『今後独断による仲間の人体爆破兵器化を絶対に行うな』と」

「それは・・・・・・『独断』だろ?」

ま、まさか・・・この男は。

「別に俺の指示で〔トルーパー〕に所属する有象無象達の中から何人か選別して自爆兵器化させる事は禁止しちゃいねぇぜ。
いやぁ、お前が提唱する算段優先利害第一を念頭に置くなら太凰夜の自爆兵器特攻は実に効率的且つ被害を最小限に抑えながら標的を殲滅させる上手い戦術だよな。今後検討余地がありそうだ」

「・・・!!」

「おいおい。まさかとは思うが俺が自爆兵器化そのものを絶対拒否するようなタマに見えたのかよ川相?俺が今まで網様一座でどれだけの人間を同士討ちさせてきたと思ってんだ?
俺が今まで数千人単位で人の命を奪って来た事くらい交渉人の頭の中にはインプットされてんだろ?はぁ。お前はそんな俺を『甘い』って言ってくれるのか。
優しいねぇウチの交渉人は。これで甘いってんなら、太凰夜の自爆兵器化対象を『トループ』のメンバーまで引き上げてみるか?俺の命令ならあいつも従うだろうよ」

「・・・・・・いえ。引き上げなくて大丈夫です。どうやら甘かったのは俺の方ですね。以後気を付けます」

「別に杏鷲や鳴鷲みたいにズバズバ言ってくれていいんだぜ?お前の言葉は本当に参考になる。俺もバンバン社会勉強こなさないと。あっそうだ。エナスダ。鳴鷲がよ、お前に・・・」

俺との会話を切り上げたオールトループチーフはエナスダや御山チーフ等と遠阪姉妹の件で話し込み始めた。
その外で栩内が真剣そのものの目でオールトループチーフを凝視している。彼女も今のオールトループチーフが浮かべた狂気と形容してもよい笑みと言葉に何か思う所があったんだろう。
確かに利害や実益を考えれば太凰夜の自爆兵器特攻は有効な手法だ。だが、それを俺自身が命じられるかと問われると自信は無い。
俺自身交渉が主な舞台だったためか殺しの経験は然程無いのが影響していると自己分析してみる。『刺客人』と呼ばれた人間であればその辺の躊躇は全く無いという事か。
雨宮曰く『殺人衝動に狂う殺戮機械』か。信頼を押し出してみたり究極の一つと言ってもいい自爆兵器特攻を認めてみたりとダブルスタンダートの振り切れっぷりがやばいな。
『刺客人』と謳われた『トループ』のオールトループチーフ澤村慶。彼への評価を今一度改める必要がありそうだ。





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「とまぁ、こんな流れになった。一応〔トルーパー〕との顔合わせも無事終えたぜオヤジ」

「そうか。私が届けた『絨毯吹雪』が役立ったようで何よりだ」

オカマバーの屋根に乗って俺はオヤジへ今日の顛末を報告している。一応礼は言っとかねぇとな。『絨毯吹雪』の他に今回信頼を前面に押し出していったのは、実はオヤジのアドバイスを受けて閃いた事だったし。
そうそう。今日交わした杏鷲や鳴鷲とのやり取りも役立った面があるな。相棒。お前もこういうのを見越してあいつ等を俺へ付けたのか?もしそうならさすがすぎてぐうの音も出ねぇ。

「ところでよぉ。あの駒取って奴はオヤジが拾った人間なのか?オヤジが拾った割には随分のっぺりした奴だったが。あいつの〔トルーパー〕加入の経歴はちょい特殊だよな」

「いや違う。別の上層部の人間が拾って育てた人間だそうだ。『トループ』設立には私以外の上層部の人間も関わっている。〔トルーパー〕加入はその繋がりだろう」

「【もう一つの目】だっけ?俺とは違う視点で組織を俯瞰するとか何とか・・・。上層部のクソ野郎共も手の込んだ事をしやがるな」

「下から見える風景はお前のいる場所から見える風景とは多分に異なっているだろう。下を纏める主要構成員から見える風景は様々な状況把握に役立つ事は間違いあるまい」

【目】を含めた駒取の詳細については『絨毯吹雪』を届けたオヤジの使いから聞いた。これは上層部を除けば俺と駒取しか知り得ない機密情報だ。
相棒含めた各部隊のトループチーフも駒取の秘密を知らない。これも反乱防止策の一つなのかもしれねぇな。

「そうか。そんじゃ【目】から送られてくる下々の風景とやらを楽しみにしとくかね。相棒達にも秘密か。何かワクワクするな」

「楽しみにしておけ。上層部の思惑が何であれ、奴に秘められたモノが何であれ、お前がやるべき事は変わらない」

「『何であれ』・・・ね。そうだな。その通りだ」

何であれ俺がやるべき事は変わらない。俺が胸に抱く『起源』の赴くままに。それが俺が俺である証拠だ。

「オヤジこそどうよ。やるべき事は変わってねぇか?最近何か楽しそうじゃねぇか」

「楽しそう?・・・・・・そうだな。そうかもしれん。私もお前と変わらない。私のやるべき事は・・・あの日からずっと変わっていない」

「そりゃ良かったな。んじゃ切るぜ」

「あぁ。余り部下に心配を掛けるんじゃないぞ?」

「あぁ・・・・・・そりゃわかんねぇわ」

「お前という男は・・・全く」

最後にオヤジの呆れた笑い声が微かに聞こえたのを認識してから俺が通話を切った。下部組織との顔合わせも済んだ事だし、いよいよ『トループ』も本格始動となるだろう。
『闇』を彩る【夜】の深奥は未だ見えない。それはこの科学の世界にだけ当て嵌まるものじゃ無い。

「さぁて。見当は未だ皆目付いちゃいねぇがオヤジが俺達にさせたい事に『ヤツら』は何処まで関わってんのかね?なぁ。アレイスター学園都市統括理事長?」

数十年前の事件を揉み潰したであろうこの科学の街を支配する長へ俺は語り掛ける。『聴こえてる』かどうかは正直知ったこっちゃねぇがな。
何でもアリが実現するこの街なら俺の言葉も届いてるのかもしれねぇとふと思ったり思わなかったりの中吐き出してみただけだ。
だから、もし俺の問いへの回答があったとしても俺の耳には届かない。聴く耳を持つつもりもねぇがな。俺は俺のやりたいようにやる。





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静寂が支配する誰もいない薄暗い部屋の中で漆黒の椅子の背凭れに体を預ける私は黙々と思考の海を泳ぐ。

(私以外の上層部の人間の意向がどうであれ、末端の裏切り程度で命を落とすような人間であれば私もお前も所詮その程度の存在だったという事だ)

思い描く思考の海は現在の光景を投影していない。映し出されるそれは過去。屈辱と悲劇で塗りたくられたあの絶望の光景。

(20年程前の・・・あの絶望の約10年後にお前と出会ったあの日を私は一生忘れる事は無いだろう。確か例の幻想殺し(イマジンブレイカー)が学園都市へやって来た頃だったか・・・そういえばお前はかつてこう漏らしていたな。
『網様一座に読心能力や脳の奥に存在する記憶への干渉能力があれば』と。確かにかの心理掌握と比べると見劣りする点があるのは否めない。これは欠点と言えるかもしれんな)

幼少期真っ只中にいた少年は今や学園都市に蔓延る『闇』の中で有数の刺客として名を馳せる程の実力を身に付けた。ようやくここまで来た。ようやく・・・辿り着いた。

(だがその欠点は『ヤツら』が備える『毒』を回避する上でこれ以上ない利点となる。読心や記憶操作を行える能力者は真っ先に相手の脳を覗こうとする傾向があるからな。
それが『ヤツら』相手だと命取りになるとも知らずに。そんな『ヤツら』も人間だ。人間である以上RASを支配される事がどれだけ危機的な事であるかは想像に難くない。
しかもお前の網様一座は自脳開発(ブレイントリガー)という名の手解きを他人へ施せるレベルにまで達している。
年齢制限や必要な手解きの過程が存在するとはいえ『人間へ超能力開発を施す』お前の力そのものが『ヤツら』への大きな武器となる)

絶望の光景が再び思考の海へ投影される。まだ自分が若かった頃の記憶。学園都市で働く人間として関わったあるプロジェクトの結末が自分の人生を大きく変えた。

(無論お前の能力の管轄外が発生する可能性も考慮して色々勘案した。その一つが形となったのが『トループ』だ。
ナノデバイスによる身体強化実験プロジェクトの成功者や『ヤツら』にも通じる要素がある精神干渉を防護する研究技術と相性の良いパイロット、
ダイヤノイドの最下層に眠る重力制御装置に通じる技術力を有する科学者に強力な戦闘能力を振るう白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)の生き残り、
その他稀有であったり強大であったり暗部として着実に任務を遂行できたりする有用な力を持つメンバー等を一式揃える事に成功した。
無意識領域内情報判断フィルターたるRASを操る網様一座と『メンタルパワード』を組み合わせる事で実現する多才能力者(マルチスキラー)の確立にも徐々にだが目途が立ち始めた。
並列電脳羅針盤(マルチスキルリンク)を含め兵器開発にも本腰を入れよう。今のお前に足りないものは組織を動かす長としての実務能力だ。来るべき日に備えてお前が積まなければならない社会勉強は多い)

『トループ』設立に関わった他の上層部の人間ですら私の真意を知らない。科学の叡智でもってあの日味わった絶望を何時か塗り替えてみせると意気込む私の望みを。
この学園都市なら。科学の代表たるこの世界なら私の望みもきっと果たす事ができる。そしてこの世界を疎む人間へ挑む【資格】をあの『刺客人<イレイザー>』なら手に入れる事がきっと叶う。

「問題は我が息子がオヤジである私の思う通りに動いてくれるかどうかか。あいつは突拍子も無い事を平然と行う悪戯小僧だからな。渡瀬も苦労が絶えんだろう」

昔から自分の事をオヤジと呼ぶあの一匹狼に倣って息子と呼んでみたがどうにもムズ痒くなってしまった。慣れない事は余りやるものではないな。

「我が息子よ。『闇』を巡る一座(トループ)のトップとして思う存分この舞台(せかい)で踊るがいい。踊ったその高み(ラスト)に待つ『ヤツら』には私達の理解の範疇を超える化物がいるぞ?
私の絶望とお前の『起源』。来るべき日が訪れたその時どこまで『ヤツら』に挑めるか・・・実に愉しみだな」



第十話~〔トルーパー〕~

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最終更新:2015年04月24日 23:26