学園都市、第六学区。
数多くのアミューズメント施設が立ち並ぶその学区に、彼らのセーフハウスは存在した。
多くの娯楽施設が立ち並ぶ中、ポツリと存在するその建物。目の痛くなるような電飾と、中から聞こえる雑多な音の数々。
外見上は、ただの二階建てのゲームセンターだ。
中を除けば、クレーンゲームだとかプリクラ機とかそういうものは殆ど無い。
学園都市最新技術を使った近未来的なゲーム筐体も、全く見受けられない。
レトロな格闘ゲーム、STG、ガンシューティング、麻雀、テトリス・・・マニアックなラインナップで固定客を掴むようなものばかり。
つまるところそこは、学園都市の中でも異端に近い、『通好みの寂れたゲーセン』だ。
しかし、それこそが――暗部組織『
テキスト』が持つ、隠れ家の一つなのである。
ゲームセンターなのは完全に一階のみで、店員だけが入れる二階と地下が存在する。
『店員以外立ち入り厳禁』と書かれた木造のドアの先には、複合チタン合金で作られた強固なドアがあり、
中に入るには特別なカードキーが必要で、網膜認証システム、静脈認証システムによるセキュリティが備わり、
一度の認証ミスで、即座に換気口と思われる部分から即座に催眠ガスが噴出され、不審者を捉えるシステムになっている。
――兎も角、中途半端に日常と隣り合わせになることで、ある種の目眩ましとしているそのセーフハウス。
その二階、一見すれば高級ホテルの一室とも見えるその場所に、男女二人が、居た。
一人は、サングラスをかけたヴィジュアル系バンドのヴォーカルみたいな優男。染め上げた金髪でホストが着てそうな高いスーツを着ている。
もう一人は、緑を基本としたセーラー服を着た少女で、髪が非常に長い。手足は痩せ過ぎと呼べる程細く、各所に包帯を巻きつけている。
優男の方は、壁に備えられたダーツボードに向けて、3m程離れた所からペンのようなものを振るっていた。
デジタル・ダーツ。
持ち主の腕の動きと、一見ペンに見える細長いダーツ、それに備えられたボタンを離すタイミングにより、
予め設定されていた様々な状況のデータから、『実際投げたらどうなっていたか』をシミュレートし、結果をはじき出す――そういうゲームだ。
「相変わらず、持蒲さんは、上手だね」
ソファの上に寝転がって、優男――持蒲と呼ばれた男の動きを見ていた少女が、ポツリと呟いた。
先程から数十回、持蒲は腕を振るい、その都度結果が出いているが、その全てに置いてダブルブル――真ん中に命中させているのである。
設定されたデータは、風速、風向きがランダムで毎回変化するという、結構な悪条件だ。
「別に大したことじゃねえよ、万里。この程度――」
持蒲がまた腕を振るう。結果は、ダブルブル。
「――女を口説く上じゃあ、必須の技能だぜ」
「……あは」
万里と呼ばれた少女が、うっすらと笑った。儚く、今にも溶けてしまいそうな笑顔だ。
「それにしても、最近、暇、だねえ……いいの? 死人部隊《デッドマンズ》の人たちにも、あんまり、能力使ってない……」
「ん? ああ、気にすんなよ。俺達に動きはねーが、他の連中が今動き出してる」
「へ、え……誰? 宮雹ちゃん? 零くん……? それとも……」
「おう。星嶋の奴だよ。試験機の新バージョンが入ったとかでな。早速テストも兼ねて実戦投入してる」
「ふう、ん……だったら尚更、死人部隊《デッドマンズ》、やるべきだったんじゃ……」
持蒲がまた、投擲。再び、ダブルブル。その結果を確認して、持蒲は持っていたダーツを万里の寝転がるソファへ放り投げた。
「やるか、万里?」
「うう、ん。腕、折れる……」
「……別に折れやしねーだろ、流石によ」
傍らのテーブルに置いてあったスポーツドリンクを手に取り、持蒲はそれを一気に飲み干す。
口の中を潤した後、先ほどの万里の問いかけに答えた。
「今度の敵は結構な大物でな。なんつーか……『優秀な軍』つーよりは『究極の個』なんだと。
まあ、俺達の敵ってのは大抵そんな連中ばかりだけどよ。死人部隊《デッドマンズ》レベルじゃあ、所詮足手まといって所なんだよ」
「そっ、か。無双モード、ってやつ、だね」
「ま、そういう事だ。今回俺らは此処で待機。星嶋からの連絡を待って……或いは連絡が無ければ、行動開始って所だな」
と、そこで、ゆるりと、万里がソファから立ち上がった。ノロノロと歩きながら、テーブルの上のリモコンを取る。
再びソファにぼすんと倒れこんで、リモコンを操作。テレビをつけた。
「ん? 何を見るんだ?」
「劇場版超機動少女カナミン ~ガールズトーク・ワンダーランド~」
「……また?」
「まだ、二十二回目、だよ」
うへえ、とため息を零しながら、持蒲もソファにどっかりと座り込む。
万里は一緒にアニメを見ないと拗ねてしまい、そして持蒲は女性に優しいのだ。
「…………」
万里が二十二回目ということは、持蒲も二十二回目と言うことで、暗澹たる思いで画面を見つめていた。
そして、甘ったるい声優の歌と、妙にパンツが強調されるオープニングが流れている時、
「…………そういえば」
真剣な表情でオープニングを見ていた万里が、不意に思いついたように口を開いた。
「今回の敵、誰?」
「ああ、そういえば、確か――『
イルミナティ』――だったか。『光を与える』とか――確か、そんな意味の、『魔術結社』だよ」
ま、そんな事より、これからのアニメ地獄の方が、俺は気になるがね――そんな言葉は、持蒲の口の中で押し殺された。
※ ※ ※
事の発端は誘拐事件である。
『学園都市』に留学していたあるイギリス人の少女が、忽然とその姿を消したのだ。
置き去り(チャイルドエラー)でもない、暗部所属でも無い、普通の留学生の失踪。
外交上の問題にも発展しかねないその事件の解決を、『学園都市』上層部は即座に決定。
そして判明したのが――外部組織、イルミナティの介入である。
学園都市の情報網を持ってしてもその全貌を解き明かすのに困難するほど全世界的に展開したその組織は、
『魔術』と呼ばれる科学技術の一端を用いて、様々な非人道的な行為を行っている――と、推測された。
しかし、あくまでもそれは表向きの見解であり――『魔術』の真の意味を知るものは、より深い懸念を持つ。
――これは『
科学サイド』と『
魔術サイド』の『戦争』に発展しないか――。
即座に科学サイド、魔術サイド、両陣営のトップ等による会談が持たれ、方針が決定する。
『イルミナティ全体ではなく、あくまで誘拐犯のみを対象として行動をすること。
大規模な兵員の導入は避けること。
科学サイド、魔術サイド両側から兵を選出し、討伐に当たること。
これによって今回の事件の解決を待つ』
そうして選出された科学サイド、イルミナティ討伐の刺客が、学園都市外部組織の殲滅を主任務とし、
魔術サイドとの戦闘も何度かこなしたことのある、暗部組織『テキスト』の構成員の一人、
星嶋雅紀と。
「どういうことなの、あれ。普通の魔術師の持てる力じゃないでしょう!?」
魔術サイド、
必要悪の教会《ネセサリウス》所属。拷問《おしおき》専門の魔術師、
ハーティ=ブレッティンガムである。
二人は今、肩を並べてイギリス郊外の廃村で戦闘を繰り広げていた。いや――果たしてそれは戦闘と呼べるのか。
『そげなこというても、仕方なか! 今は兎に角にげるしかなかとよ!』
全身黒尽くめの、全体的に見れば人型と呼べるかもしれない、まるで『歩く戦車』のような駆動鎧。
中学生女子程度の大きさのハーティより、三倍は大きな代物だ。
星嶋雅紀の操縦するそれが、右腕に装着されたガトリング式粒機波形高速砲を扇状に乱射する。
乱射される、『壁』となった電子の嵐は、立ち並ぶ木造の廃家をまるで藁の家のようになぎ倒していった。
幾らかは地面をえぐり、溶かし、まるで火山口のように沸騰した地面がグツグツと煮え立っている。
湿った土に蓄えられた水分が一瞬で蒸発し、周辺が白い湯気で包み込まれている。
まともな生命体では存在出来無いような地獄絵図の中、しかし彼女たち二人は勝利を確信しない。
『あれ』は、まともな生命体では無いからだ。
「無駄だわ、それ。足止めにもならないですよ!」
『そげんこと分かっとるばい! 本命は――こっちばい!』
左腕に装着されたキャノン砲が鈍い音を立てる。圧倒的なエネルギーが放出される前触れ。
右腕のガトリング砲とは異なり、一点突破の破壊砲だ。
『ぶちかませッ!』
直後、光の奔流が左腕から迸る。この世の全ての物質を溶かし貫く、殲滅の槍だ。
理論上、これを防ぐ手立てなど存在しない。どんな防壁も飴細工のように崩れ落ちる。
「ッ――!」
『んなっ!』
勿論――理論は理論であり、実戦とは、違う。
この世の理で防げないのであれば、別の世界の理を引っ張り出してくればい良いだけなのだ。
閃光。
粒機波形高速砲のそれと匹敵するか、或いは凌駕するほどの輝きが、未だ湯気の立ち込める領域から溢れでた。
それは一瞬にして湯気をなぎ払い、そして真正面から、粒機波形高速砲の一閃を受け止める。
一瞬の、拮抗。
そして、爆裂、衝撃。
ただの衝撃波で周辺の家々がなぎ倒され、200mは離れた二人の居るところまで熱風が押し寄せてくる。
事、ここに至って、二人は上層部の判断を恨むことになった。
「冗談じゃないわ。これ、聖人クラスですよ」
『レベル5――いや、或いはそれ以上って所ばい……』
熱風の押し寄せてきた方向から、靴音が聞こえる。場違いな、スニーカーが土を踏み躙る音だ。
歩いてくるのは、白いシャツに青いスラックスを履いた、金髪金目の優男。手には西洋剣が握られている。
彼こそが、誘拐事件の主犯であり、イルミナティに所属する魔術師――
ディアス=マクスターだ。
「――ふん」
黒い可動鎧と、傍に立つボンテージ姿の少女を見て、息を一つ、ディアスが吐く。
そこに込められているのは侮蔑と嘲笑。敵対者に向ける、完全無欠の上から目線だ。
「科学サイドと魔術サイドが協力してことに当たるとはな。なりふり構わず、滑稽なことだな。
『条約』はどうしたのだ? 科学と魔術、それぞれの領分は絶対不可侵の筈だが」
「は、貴方がそれをいう? 先に領分を侵したのはそちらですよ」
『そういう事ばい。これは両サイドに関わる重大な事件、だからこそうちらが選ばれた訳やけど……』
ちらり、と、雅紀はハーティに視線を向ける。見れば、その両手は高速で『何か』を組み上げていた。針金を折り、形作っている。
『なんばしよるか?』
雅紀が小さな声で語りかける。雅紀は魔術を知っていても、その仕組、何が起きるかを把握しているわけではない。
一見すれば、針金でふざけて遊んでいるようにしか見えないのだ。
「高速術式を作っているわ。長くは効かないでしょうけど、一瞬だけなら通用するでしょう」
『わかったんやけん、後は合わせればよか』
ハーティを隠すように、鈍い稼動音と共に雅紀が前に歩み出る。
「ほう。貴様から処刑を望むか、科学サイドの犬。
くだらんことで俺の手を煩わせてくれた報い、どのようなものか理解しているか?」
風切り音と共に振るわれた剣が、また輝きを持ち始める。
「見せてやろうか、『王の剣』というものを――」
そんな声を聞きながら、雅紀は可動鎧の内部で様々なデータに目を通す。
電気残量、機体ダメージ、自身のバイタル、格方向に備えられたカメラから送られている映像データ――。
(電気残量的に最大出力で打てるのは後一発か、二発か、それを越えると動くこともできん!
機体ダメージは殆ど、なか……せやけん、ちょっと冷却が必要……。
うちは問題ない。逃げ道は――1つだけばい。なんとかせんと)
雅紀は、目の前で死の光の輝きが増して行く中でも、あくまでも冷静に状況を把握していく。
それが彼女の人生の中で学んだ最も大切な『生存方法』だ。
ゆっくりと、両腕に備えられた粒機波形高速砲にエネルギーを込めていく。
そんな中、冷たいほどの輝きを持った西洋剣が、ディアスの頭上に掲げられた。
雅紀は、直感的に理解する。
これは先程の爆発とは違う、本当の『刃』の前振りなのだ。
たとえフルチャージの粒機波形高速砲を叩きつけたところで、僅かに減衰させるに留まるだろう。
静かに練りあげれたその『殺意』、それが振り下ろされて、駆動鎧とその中にいる雅紀、
そしてハーティ毎両断するヴィジョンが脳裏に浮かんだその瞬間に――。
「即席霊装――針金構成、拷問魔術ッ! 針金の鳥籠《バートリー・ケイジ》!」
「ぬっ――!」
ディアスの足元から、無数の針金が飛び出し、絡みついた。それは即座に全身を覆い尽くす。
鉄の鳥籠――かの拷問魔女、エリザベート・バートリーが好んで使っていた拷問器具だ。
用途としては、鉄の処女に近い。
鳥籠の内側には無数のトゲがあり、内部に収めた少女の肌を貫く役割を持つ。
死なない程度の深さの傷からは新鮮な血が流され続け、エリザベートの肌を潤したと言われる。
ハーティが創り上げたのは、針金と針で作られた即席の鳥籠。バートリーの逸話を元に、他人を捉える側面を強化したものだ。
ディアスの肉体に、針金に備えられた針が刺さらんとしたその瞬間に、雅紀は左腕のキャノン砲を開放した。
ディアスの真正面、地面に直撃した粒機波形高速砲の一撃は、一瞬にして地面の温度を数千度のオーダーまで跳ね上げる。
溶解、そして爆発と、蒸気。
あたり一面が白く包み込まれるその前に、雅紀は駆動鎧を全力でバックさせた。
背中に圧力がかかったことを、センサーが伝える。カメラをチェックすれば、しっかりとハーティがしがみついていた。
そのまま全速力で斜め後ろに後退。先ほどチェックした逃げ道へと突入する。
それと同時にガトリング砲を起動させ、更に町の一角をなぎ払った。逃走ルートの偽装のためだ。
そして、二人が家々の隙間に突入した瞬間――。
ゾンッ! と。
光の刃が、先ほどまで二人が立っていた位置を通過し、それだけに留まらず、地面に深い痕を残した。
地面の爆発だとか、めくり上げられたりだとか、そういう余計なエネルギーが排除された、純粋な『斬撃』。
後数瞬、魔術の発動が遅ければ、二人が四つになっていた事に疑いの余地はないだろう。
「――逃がした、か。ふん。……あの口ぶりならば、またすぐに来る、か。
科学側の攻撃力は侮れん、か。魔術師は拷問が専門か? チ――些か『厄介』かもしれんな……」
既に錆び付き、ボロボロになった針金を払いながら、ディアスは一人呟く。
だが、『厄介』と思えど、彼に逃げるといった選択肢はない。
それは彼の矜持――真正面から迎え撃ち、打ち倒すのみだ。
星嶋雅紀、ハーティ=ブレッティンガム、そしてディアス=マクスター。
三人の戦いは、これが始まりであった。
最終更新:2011年09月30日 00:18