第八章 七色爆弾《マルチボンバー》
第五学区
休日、暇な学生たちで賑わう道路を一台のトラックが走り抜ける。
急ぎ、焦り、乱暴な運転で側面を壁に擦りながら、路地裏へと入る。路肩にあるゴミ箱を轢き飛ばしながら進み、
誰もがトラックを見失うほど裏の奥へと入り込んだ場所にある広場でトラックが停車した。
コンテナの後方から10人の武装した男女が現れた。
格好そのものはスキルアウトや不良の類だが、持っている武器は一流の軍隊や傭兵が持っているようなものだ。
そして、その機敏な行動も彼らの軍隊としての要素を色濃くする。
出てきて5秒以内に全員が整列し、自分らの指揮官を待つ。
樫閑「全員!整列!!」
蟻たち「「「Sir!! Yes sir!!」」」
樫閑の一声のもと、全員が姿勢をただし、列や服装の乱れを正す。
樫閑「相手が非常に強力な能力を持ちながら、その全容が明かされていない状況下であり、
その上、合流ポイント付近の大爆発で警備員《アンチスキル》がここに嗅ぎ付けるのも時間の問題だ。
非常に不利な状況下における撤退戦・電撃戦を強いられる。私からの指示に従うのも良いが、現場での判断も非常に重要になる。
皆、心して任務を全うするように!以上!!」
蟻たち「「「Yes sir!!」」」」
樫閑「αチームは偵察と長距離からの狙撃による支援と誘導兵器のレーザー照準!戦場では情報が命だ!些細なことでも報告は怠るな!!」
αチーム「「はい!!」」
そう答えるαチームは総員3名。3人とも耳に小型の通信機を当てており、学園都市製の長距離狙撃用のライフルを装備している。
これは、遮蔽物が無ければ、数キロ先の人間を撃ち抜くことが出来るという優れものなのだが、スコープの性能が追いつかなかったり、
人間の能力でフルに発揮できる性能の限度を超えていたりと“高性能であるが故の失敗作”としてお蔵行きとなった兵器である。
これは、寅栄が構築した武器の横流しルートで手に入れた代物だが、なぜか実験段階のものや試作品、失敗作などが多い。
樫閑「βチームは
仰羽啓靖への支援!銃弾と炎が効かないことは既に分かっている。
気休め程度にしかならないけど、演算銃器《スマートウェポン》や七色爆弾《マルチボンバー》を使いなさい!」
βチーム「「おう!やってやろうじゃねぇか!!」」
βチームは4名。他のチームと違って、非常に重武装なものが多い。
演算銃器《スマートウェポン》は相手に最適な弾丸を銃が即興で組成する高性能銃器だ。
大口径のタイプを使用しており、いかにも重火器といった感じである。
非常に高価で裏にもほとんど出回らない代物だが、これも寅栄の横流しルートで仕入れたものらしい。
七色爆弾《マルチボンバー》は、予めセットされた爆発時間、衝撃の範囲、炎の拡散、爆発音の大きさや音程など、
爆発に関するありとあらゆる情報をインプットすることで理想の爆発を再現する爆弾である。
樫閑「γチームは周囲の警戒!敵の仲間を探索と同時に一般人が戦闘エリアに立ち入らないように偽装工作もすること!
色々と役割が多いけど、お願いね。」
γチーム「「了解!」」
γチームは最大の4人。広範囲に展開するチームのため、βチームと比べれば軽装であるが、
それでも外部の軍隊1個小隊に匹敵する機動力と攻撃力を有するのが、恐ろしいところだ。
樫閑「無線チャンネルは331!擲弾誘導レーザー波長は140に設定!あくまで、最優先事項は仰羽啓靖の撤退!深追いは禁物よ!以上!散開!」
「「「Sir!! Yes sir!!」」」
「αチーム!俺に続け!」
「βチーム!遅れをとるんじゃねぇぞ!」
「γチーム!最初の仕事は俺らだ!ちんたらすんなよ!」
α、β、γチームがそれぞれに与えられた役目を果たすために行動を起こし、その場から立ち去る。
さきほどまで騒がしかった雑居ビルに囲まれた隠れ広場が一気に静かになる。
そこにいるのは樫閑と黙って通信機器を弄る軍隊蟻《アーミーアンツ》のメンバーだけだ。
樫閑は再び、トラックの中へと戻り、地図を広げて第五学区の全体図を見て、頭を抱える。
樫閑(第十学区《ストレンジ》ならともかく、ここじゃ、派手に暴れられないわね。平日とはいえ、
カリキュラムの関係で大学の敷地外を出歩いている人間も多い。銃声や爆発音を聞かれるのは逃れられないわね。
それ以上の懸念事項は警備員《アンチスキル》との接触。ただでさえ、火器の大量保持の嫌疑がかけられているのに、
今の部隊の姿を見られたら、チームの存続に関わる。)
蟻J「お嬢。警備員《アンチスキル》の無線傍受、完了しました。」
樫閑「警備員《アンチスキル》の現在地は?」
蟻J「爆発が起きた合流地点に一個分隊が向かっています。ほとんどの人員を
同時に起きたアカデミーバンク強盗立て篭もり事件に割いているため、逃走ルートの確保は容易です。」
樫閑「こっちに向かっている警備員《アンチスキル》の接触予定までどれくらい?」
蟻J「ざっと25分くらいです。」
樫閑(25分か・・・。下手すると、警備員との戦闘も覚悟しないと・・・!)
一方、先行したαチームは、この辺りで一番高い雑居ビルに登り、ライフルのスコープで周囲を見渡す。
α1「こちらα1。ハイエストビルの頂上に到達。A1~C3ブロック、オールグリーン(異常無し)。隠れ家の方から煙が上がってます。」
樫閑『隠れ家がそうなってるのは予測済みよ。そこ意外の場所から火があがってる?』
α1「一ヶ所しか、確認できませんし、新しく火の手が上がる気配もありません。やけに静かです。」
α1の報告は、戦闘が既に終決していることを意味していた。
戦場を別の場所に移した可能性は低い。だとすると、仰羽の勝利か、それとも敗北か。
通信を傍受していた軍隊蟻《アーミーアンツ》は最悪の事態を想定し、足を進める。
戦場の沈黙は都合が悪い。どこに誰が潜んでいるか分からない状況、沈黙が兵士たちに心理的圧迫を与え、戦神の限界への挑戦を強いられる。
すると、その沈黙を破るかのように通信が入る。
それは、別の建物から周囲を見渡していたα2からのものだった。
α2「こちらF5ブロックのα2!D2ブロックの2番通路で仰羽さんを確認しました!」
樫閑『状態は!?』
α2「距離があるので、スコープ越しでしか確認できませんが、意識は無い模様!至急、衛生兵を!」
樫閑『α2はそこで待機。周囲の警戒を継続。仰羽にはβチームを向かわせるわ。』
それから1分も経たないうちにD2ブロックの仰羽の元へβチームが駆け付けた。
仰羽は左右を建物で挟まれた小さな路地で大の字になって倒れており、身体もあちこちにある傷から出血していた。
服はボロ雑巾に破け、自慢の特攻服も血で赤く染まっていた。
仰羽を囲うコンクリート製の建物には何かでえぐったかの様な傷跡が多く残っており、戦いの凄さを語る。
2人が仰羽の元へ駆け寄り、残りの2人で通路の両端を警戒する。
β1が脈と心音を確認する。
β1(良かった。まだ、命はあるようだ。)
β1「仰羽さん!仰羽さん!」
β1が仰羽の頬を叩き、必死に呼びかける。
すると、仰羽の瞼がピクリと動いた。
仰羽「う・・・・うぅ・・・。」
β1「気がつきましたか?」
仰羽「ああ。お前ら、逃げなかったのか?」
β2「いえ、自分らはお嬢の命令で仰羽さんの撤退支援に来ました。」
仰羽「敵は・・・?」
β2「他のチームから報告はありません。隠れているか、もうどこかに行ってしまったのか・・・。」
仰羽「そうか・・・。助かったのか。」
仰羽は安堵の表情を浮かべ、β1、β2が安心して笑顔を浮かべる。
β1「警備員《アンチスキル》がこっちに向かってます。早く退散しないと・・・。立てますか?」
仰羽「あ、ああ。ちょっと肩を貸してくれ。」
β1が仰羽に肩を貸し、ゆっくりと仰羽を持ち上げる。
全身がボロボロになりながらも仰羽はしっかりとした足取りで地を両足で踏みしめる。
β2「こちらβチーム。仰羽さんを保護。ケガはしていますが、命に別状はありません。」
樫閑『そう・・・。良かったわ。すぐにそこから撤退なさい。』
仰羽「おい。俺に代わってくれ。」
β2「了解。」
β2は仰羽に通信機を手渡す。
仰羽「樫閑か。俺だ。仰羽だ。」
樫閑『とりあえず、無事そうで良かったわ。あんたがボロ雑巾になるなんて、どんな敵だったの?』
仰羽「振動使いだよ。少なくとも大能力者《レベル4》・・・、もしかしたら超能力者《レベル5》に相当するかもしれない。」
樫閑『れ、超能力者《レベル5》!?』
樫閑が荒げた声で大きなリアクションを取ると同時に、彼女が座っていた椅子が転げる音が無線越しから聞こえてくる。
仰羽「そんなに叫ばないでくれ。傷口に響く。」
樫閑『そ、そうね。悪かったわ。』
仰羽「とにかく、振動使いってのは厄介だ。
振動はあらゆる物理現象に干渉するから、能力の強さだけじゃなく、技のバリエーションも無限大だ。
一応、俺が見たのは超音波による物体切断、衝撃波、空気中の分子の格子運動の操作による局地的な低温・高温化、
地殻振動による局地的な地震だな。他にも物質を分子レベルに分解する振動の膜を全身に展開してるから、防御も絶対だ。
その上、言葉が通じないから説得のしようがない。」
樫閑『厄介も程があるわね。そんな怪物相手に生き残ったあんたも凄いけど・・・。』
仰羽「ああ。気絶している間にどっかに行ってしまった。殺す価値が無かったのか、元々、俺は標的じゃないかもな。」
キュィィィィィィィィィィィィィィン・・・・・
どこからか、機械的で精密な音・・・、歯医者で歯を削る時に使う小さなドリルの稼働音が聞こえてくる。
仰羽「ん?」
β1「仰羽さん。どうかしたんですか?」
仰羽「いや、なんか変な音がしないか?」
β2「そう言えば、なんか聞こえて・・・・!?」
そこで全員は悟った。音が近付いて来る。
しかし、それがどこから来るのか分からない。
狭い路地裏という四方をほぼ壁に囲まれた状況では見通しが悪く、事前に察知することが出来ない。
その上、相手は正体不明の能力者だ。壁を突き破って現れたり、空から滑空して来たり、
とにかく相手がどのように奇襲攻撃してくるか考えるとキリがない。
β1「さっさと逃げるぞ!」
全員が準備を整えるとすぐにその場から退散する。・・・が、仰羽の身体への負担を考えると移動速度は著しく低下する。
β3「αチーム!こっちに何か近付いて来る!そっちで確認出来ないか!?」
α2『こちら、α2。建物の中まで確認出来ないが、とりあえず、そちらに続く通路に敵影は確認できない。』
β3(だとしたら・・・・壁の中か!?)
β3がそう思った瞬間だった。
突然、目の前の壁が液状化し、ゲル状になって溶けていく。そして、壁が溶けて爛れたことで出来た穴から、
敵である振動使いの少女が姿を現した。
β1「β2!β3!お前たちは先に行け!β4は俺の援護!」
βチーム「了解!」
β1とβ4が振動使いの少女に銃口を向ける。相手の容姿が小学校高学年の女子なのもあってか、一瞬の躊躇いがあったが、すぐに引き金を引く。
演算銃器《スマートウェポン》は瞬時に少女に適した弾丸と火薬を精製する。
それは、演算銃器の性能で限界点まで高めた弾速を誇る弾丸だった。
振動の膜による絶対的な防御による分子間結合崩壊。
それの処理限界を越えた速度で撃ち出せば、破片ぐらいは皮膚に到達できるかもしれない。
その考えの基、弾丸は組成された。
音速が鈍足に思える超高速の弾丸が少女へと放たれる。・・・が、その弾丸は瞬時に振動の膜によって分子レベルに分解された。
β4「クソッ!全然、効いてねぇじゃねぇか!」
β1「倒さなくていい!仰羽さんを逃がすことに専念しろ!」
ゆっくりと歩いて来る症状に対し、2人はスタングレネードを投げつける。
一瞬にして眩い閃光が弾け、振動使いの少女は一瞬、視力を奪われる。
どうやら、振動の膜は光をそのまま透過して受け入れていたようだ。
β1「今の内に逃げるぞ!」
β4「ウッス!」
対閃光用ゴーグルを装着した2人はまだ開けない視界に悪戦苦闘する少女を尻目に仰羽たちを追って逃走した。
一方、その状況は遠くから見ていたαチームにより、リアルタイムで逐一、報告されていた。
トラックの中にある簡易司令室のデスクにいた樫閑は、作戦が最良の結果に終わることへの満足感と安堵で表情が緩んだ。
樫閑(正直、警備員《アンチスキル》との戦闘も覚悟していたけど、予定より早く終わりそうね)
しかし、その瞬間、樫閑のケータイに着信が入る。まだ設定したばかりで聞き慣れていない着信音。
電話の主は最近になって登録した
毒島拳だった。
樫閑(毒島拳から?どういうことかしら?)
樫閑「はい。こちら樫閑。拳くんよね?」
毒島『ああ。ちょっと聞きたいことがあるんだが、大丈夫か?』
樫閑「ええ。大丈夫よ。何かしら?」
毒島『そっちの隠れ家を襲撃した奴なんだが・・・小学校高学年ぐらいの少女か?』
樫閑「ええ。そうよ。」
毒島「それで、高レベルの“振動使い”で、言葉を発さない。」
その時、樫閑は驚いた。襲撃してきた人が小学校高学年ぐらいの少女で言葉を発さないのは撤退した人から聞いたので毒島にも届いているだろう。
しかし、相手が“振動使い”だということは、今この戦場にいる人間しか知らないはずだ。
何故、ここにいない彼が振動使いのことを知っているのか?
樫閑にはそれが不思議でならなかった。
樫閑「何故、あなたが振動使いのことを知っているのかしら?」
毒島『冷牟田って女が俺に伝えてきた。』
樫閑(冷牟田?ウチのメンバーにそんな人はいないはず・・・・)
毒島『それで、無理を承知で頼みたいことがある。』
樫閑「何?」
毒島『その振動使いの少女を生け捕りにしてくれないか?』
樫閑「はぁ!?」
そんなの無理難題だ。―――そう思った樫閑は声を荒げ、椅子から立ち上がった。
生け捕りどころか、殺害もダメージを与えることすら出来ない。そんな相手を生け捕りにするというのだ。
その上、言葉も通じないから説得が出来ない。樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》も匙を投げるだろう。
毒島『冷牟田って奴と取引した。振動使いを捕らえれば、“姉さんの事件や更に奥にある真相も全て話す。”って。』
それから、少しの間、2人の間に沈黙が走る。
毒島『やっぱり・・・無理か?』
樫閑「良いわよ。」
毒島『えっ!?』
樫閑「この私を誰だと思ってるの。“怒れる女王蟻”、“
長点上機学園最高の軍師”こと
樫閑恋嬢よ。
超能力者の一人や二人、すぐに攻略してみせるわ。」
樫閑の返答は自信に満ち溢れていた。虚勢でも自惚れでも無い。
それを確実に成功させる手段を知ることを誇示する正しい自信だった。
毒島『大丈夫なのか?』
樫閑「早く、お姉さんの仇を取りたいんでしょ?それに、こっちとしても試したいことがあるのよ。
振動使いが来るのを、そこの冷牟田って女と一緒に待ってなさい。」
毒島『ああ。期待している。』
そこで2人の通信は切られた。
樫閑はケータイをデスクの上に置き、代わりに軍用無線機を手に取った。
そんな彼女は、偉大なる挑戦を前に武者震いする軍師の姿だった。
樫閑「全チームに告ぐ。本作戦は諸君の健闘により、最良の結果で終わるはずだったが、
状況が変わり、振動使いの少女を捕獲しなければならない状態になった。」
樫閑のコールにより、全チームが動揺する。
樫閑「限られた時間の中で厳しい戦いなるが、私に考えがある。全員、少し私に命を預けられてくれないか?」
突然の無理難題な命令と作戦変更、そんな樫閑のコールに一同は動揺していた。
βチーム『こちらβチーム!俺たちはまだ戦える!』
αチーム『こちらαチーム。双眼鏡覗いてばっかだから、まだまだ暴れ足りないぜ。』
γチーム『そうそう、俺たちにも美味しいところ分けて下さいよ。』
樫閑「そう・・・。じゃあ、みんなの命!預かったわよ!」
全員『『『Yes sir!!』』』
すると樫閑はデスク一杯に戦闘エリアの地図を広げる。
樫閑「通信兵。今、こっちに向かっている警備員《アンチスキル》の現在地は?」
蟻J「現在、12番通りの玉丸デパートの前を通過、接触まであと10分です。」
それを聞いた途端、樫閑は無線機を手に取った。
樫閑「γチーム!応答して!」
γ1『こちらγ1。どうぞ。』
樫閑「作戦を変更するわ。貴方達は警備員《アンチスキル》の足止めをお願い。
現在、12番通りの玉丸デパートを通過したところにいるわ。」
γ1『了解!』
樫閑「βチーム!聞こえる!?」
β2『こちらβ2。仰羽さんを連れて、もうすぐそっちに到着します。』
樫閑「いや、あなた達はエリアC3の隠れ家跡地に向かって頂戴。βチームは全員そこにいるの?」
β2『はい。全員います。』
ここで通信がβチーム全員へと受信される。
樫閑「貴方達は2人で振動使いの陽動、もう2人は隠れ家跡地でαチームと合流してトラップの設置。」
β1・β4『『俺たちが陽動します。』』
樫閑「了解。仰羽に代わって。」
仰羽『俺だ。』
樫閑「ケガをしているところ悪いけど、まだ、能力は使えるかしら?」
仰羽『問題ない。気絶していただけで、“能力を使うだけ”なら、大丈夫だ。』
樫閑「そう。なら、今から私が指示した通りに炎を操って欲しいんだけど―――――」
そこで、樫閑は今回の作戦の概要と仰羽の役目を説明する。
仰羽『なるほど、お前も考えたな。』
樫閑「ええ。仮に超能力者《レベル5》と対峙した時用に考えてはいたの。それで、大丈夫?」
仰羽『第一段階は問題ないが、第二段階はギリギリだが・・・、大丈夫だ。』
樫閑「そう。それじゃあ、お願いね。」
そして、次に樫閑はαチームへと無線をつなげる。
樫閑「αチーム。聞こえる?」
α1・α2・α3『こちらαチーム。ご命令をどうぞ。』
樫閑「振動使いの監視は一人だけにして。残りは隠れ家跡地に移動した後、βチームと合流。」
α2『了解。目標は俺が監視できる位置にいます。お2人はβチームと合流してください。』
α1『分かった。行くぞ。α3。』
α3『了解。』
αチームとの通信を終えると、樫閑は通信機をデスクの上に置いた。
両肘をデスクに乗せ、額の前で手を組むと、彼女はほくそ笑んだ。
それから数分経ち、γチームから、「警備員《アンチスキル》の車のタイヤを全て撃ち抜き、足止めさせた。」と報告が入った。
これで取りあえず、接触の危険性は回避できた。
それから1分後に樫閑が指定したトラップの設置が完了したと報告が来た。
β1『こちらβ1!振動使いの誘導を開始する!』
樫閑(さて、ここから先は純粋な体力勝負よ。)
まるで爆心地のように小さなクレーターを形成された隠れ家跡地。
中心から少し離れたところには爆発の時に振動使いの少女が張った全方位防御帯によって地面が綺麗に残っていた。
そこから数十メートル離れた建物の中で仰羽、βチームの2人、αチームの2人が待機していた。
α2『こちらα2。ターゲットは予定通り、こっちに向かっている。』
仰羽「ああ。こっちでも確認した。」
β2「おい!こっちに来たぞ!」
β2が指さす先には、仰羽と同様にボロ雑巾になりながらも必死に走り続けるβ1とβ4の姿があった。
演算銃器《スマートウェポン》はバターを切るかのように振動使いの超音波ナイフで真っ二つに切り裂かれていた。
そして、彼らの背後に振動使いの少女がいる。あれほどの戦闘を繰り広げたにもかかわらず、ウィンドブレーカーは新品のように綺麗だった。
絶対に攻撃が効かないという余裕と慢心から、ゆっくりと闊歩し、2人を追っていた。
必死に走る2人とゆっくり歩く少女のスピードには差があった。
β1とβ4が爆心地を通り過ぎ、少し遅れて振動使いの少女がその地点に到達した。
β1「敵が目標ポイントに到達!作戦を開始する!」
そう言い放ち、β1がスタングレネードを投げつける。
通路の時と同様に眩い閃光がさく裂したが、少女は事前に目を瞑ることで視界が潰されることを防止した。
β2「敵が動きを止めた!」
樫閑『第一陣!発破!』
β3「第一陣!発破!」
そう言ってβ3がリモコンのボタンを押すと、爆心地周辺の瓦礫に隠された七色爆弾《マルチボンバー》が次々と爆発する。
一気に炎が燃え広がり、土地を包んでいく。
それと同時に仰羽が予め周囲に散布していた燃素にも引火し、一気に少女包む空間を炎で制圧する。
その結果、少女を取り囲む炎のドームが生み出された。
その爆発の隙に陽動班が仰羽たち設置班と合流する。
仰羽「よくやった。」
β1「ガチで死ぬかと思いましたよ。」
β4「ああ。帰って、ビールが飲みてぇな~。」
β2「お前、まだ未成年だろ。」
そんな談笑をしていたが、状況はすぐに一変する。
あれほどの爆発がありながら、振動使いの少女は無傷だった。
爆発による衝撃は振動の操作によって弱体化され、炎による熱も分子の格子運動の低下によって急速に冷めて行く。
そして、炎のドームも空気中の分子の運動を振動によって零点振動に持って行くことで、極低温化され、ドームも消え去った。
仰羽「しぶといな。」
樫閑『第二陣!発破!』
樫閑の指令と共に更に設置されていた七色爆弾《マルチボンバー》が炸裂していき、空間が炎に包まれ、
再び炎のドームが出来上がるが、同じ手段で再び消されてしまう。
第三陣・発破、振動操作による消火、第四陣・発破、振動操作による消火・・・etc
爆発の衝撃も熱も通さない最強の見えざる鎧を身に纏う少女には無意味なやり取りだと思われた。
しかし、少女に変化が訪れた。
少女「!?あ・・・ああ・・・・うう・・・」
突然、息苦しそうに手で喉を押さえ始めた。
仰羽(作戦通りだな。)
鎧の外からの攻撃が効かないなら、中の人間だけを苦しめればいい。
ありとあらゆる外部干渉を排除する振動による全方位防御帯にも弱点がある。
それは、人間が生きるのに必要な物質を受け入れていることである。
ならば、その“受け入れている物質”を奪ってしまえばいい。
そこで、理想の爆発をインプットして再現する七色爆弾《マルチボンバー》を
「より広範囲に炎を広げて周囲の酸素を焼き尽くす」ようにセットし、爆発させる。
周囲には燃素で誘導された炎で取り囲み、炎のドームで包囲することで外部からの酸素をシャットアウトする。
ドームが破られると更に広範囲の酸素を焼き尽くすように爆破させ、少女が窒息するまで時間を稼いでいたのだ。
少女「がぁ・・・・うぅぅぅ・・・・」
結局、これといった意味のある単語を発することなく、少女は酸欠で倒れた。
敵の沈黙を確認し、待機していた仰羽、βチームが少女のところへと駆け寄る。
任務の成功条件は“生け捕り”であり、彼女を窒息死させては意味が無い。
すぐに医療用マスクで酸素を供給し、彼女が死なないようにケアする必要があったのだ。
振動使いが倒れたことはすぐに樫閑のいる司令トラックへと伝えられた。
蟻J「振動使い。沈黙を確認。」
樫閑「そう・・・。全部隊に帰還命令。予定より派手に暴れ過ぎたわ。
野次馬もかなり集まってるし、警備員《アンチスキル》も来る。速やかに撤退なさい。」
樫閑(振動使い・・・。あなたの敗因は無能力者・・・、軍隊蟻《アーミーアンツ》を侮っていたこと。)
“その脳に刻んでおきなさい。これが軍隊蟻《アーミーアンツ》の、雑魚と弱者と罵られた者達の力よ。”
最終更新:2011年11月17日 22:50